第六章 第二話 ~北への商隊~
ある宿の一室。
「今回ばかりは、本気でマージンがいてくれて良かったと思うよ。俺は」
クライストがそう言うと、
「まったくじゃ。マージンがおらねば、今頃嵐の中を野宿する羽目になっておったやもしれんのう」
大げさに頷きながらディアナが同意する。
「ホント、マージンさまさまだね!」
投げキッスでも送りそうなのはリリー。
「うん。ホント助かったんだけどね。ほどほどにしないとマージンが困ってるよ?」
暴走気味の仲間達にブレーキをかけたのはレックだった。
眠りの魔術は実に悪用しやすいと言うことで、その祭壇の場所は公開されていなかった。のだが、大陸会議が蒼い月に寄せる期待と信頼は結構なものだったらしく、冒険者ギルドで蒼い月だと名乗ったところ、身元の確認の後、レック達はあっさり教えてもらえた。
それは余談として、眠りの魔術の祭壇を目指し、キングダムを発ってから一月ちょっと。
あらかじめ冒険者ギルドで注意は受けていたのだが、キングダムから遙か北に離れたこの地域には厄介な問題が存在していた。
ジ・アナザーは世界規模で展開されていたサービスだけに、『魔王降臨』以前はユーザー、プレイヤーも多国籍に渡っていた。当然使用されている言語も英語、日本語、フランス語、中国語、ロシア語、ポルトガル語、スペイン語等々と多岐に渡っていたことになる。
しかし、『魔王降臨』の際にジ・アナザー内部に取り残されたプレイヤーの大半が日本人であったため、それ以降のジ・アナザーでの公用語は事実上、日本語になってしまっていた。
だが、このキングダムの北方地域にはほとんど日本人がいなかった。代わりに多かったのがドイツ人である。そうなると、『魔王降臨』以降にこの地域で使われ続けた言語も推して知るべし、である。
当然そうなると、ドイツ語が話せなければ、キングダム北方地域を旅することなど出来はしない。のだが、結論から言うと、自称アメリカ人のマージンがドイツ語を話すことが出来たので何とかなっている。
キングダムの冒険者ギルドでこの問題について注意を受けた時に、マージンから直接ドイツ語を話せることを聞いていたので、そう驚くべき事でもなかったのだが、やはり周囲と言葉が通じない中、通訳してくれる仲間がいることは途轍もなく心強かった。
実際、レック達が今いる宿場町ではほとんど日本語が通じなかった。マージンがいなければ、宿に泊まれず、その辺で野宿……なんて事もあり得た。
「大陸会議は、キングダム大陸の公用語は日本語で統一するつもりらしいが、冒険者ギルドでは当分時間がかかりそうだと言っていたな」
グランスがそう言うと、クライストが首を捻った。
「もう、あれから一年だろう?いい加減、日本語覚えててもおかしくねぇか?」
「大陸会議がこの辺にまで手を伸ばし始めて、まだ半年も経っていない。それに、日本語を覚える前に、英語を覚えないと行けなかったらしいからな」
ドイツ語しか話せない人間に日本語を教えようとしても、言語による意思疎通が出来なければ始まらない。だが、ドイツ語と日本語の両方を話せるプレイヤーはほとんどいなかった。
英語を話せるプレイヤーはそこそこいたため、英語も話せる日本人プレイヤーと英語も話せるドイツ人プレイヤーが、今のところ2つの言語圏を結んでいる。だが、彼らを物流や統治などより重要な仕事に優先的に割り振った結果、語学教育に回せる人手が残らなかったのである。
「マージンを諦めて貰うのに苦労したくらいだからな」
マージンが日本語と英語だけでなくドイツ語も話せる、その事を知った冒険者ギルドなどの大陸会議傘下の各組織からの引き抜きを断るだけでも、グランスは随分苦労していた。その事を思い出してグランスはぼやく。
実際には、蒼い月に調子よく活躍して貰いたい大陸会議からのお達しで、彼らはやっと諦めたのだが……グランス達がそれを知る由はない。
「あ~……あの地獄はもうええわ……」
マージンも、『魔王降臨』直後にフォレスト・ツリーに捕まって臨時の日本語教師やら通訳やらとこき使われた事を改めて思い出し、ゲンナリしている。だから、この話題を続けたくなかったのか、
「それよりも、今日もあれやるんやろ?」
そう、リリーに話を振った。
「え?そうだね~。一応やってみよっか」
リリーがそう言うと、ミネアが水を入れたコップをいつの間にか用意していて、それを部屋のテーブルの上に置いた。
それを前にするようにリリーは椅子に座り直すと、両手でコップを包み込み、目を閉じる。
ここ最近続いている日課なので、当初は真剣にそれを見守っていた仲間達だったが、ここ数日はリリーの邪魔をしないように静かに見守ってはいるのだが、目に見えてだらけてきている。
案の定、数分としないうちに、リリーは目を開けて大きく息を吐く。
「やっぱし、ダメみたい。ってゆ~か、あってるのかどうかも分かんないよ」
「一度、ロイドに方法を訊いた方がよいかも知れんのう」
ディアナの言葉に、リリーも頷く。
「精霊の声は聞こえるようになったけど、あたしの言うことを聞いてくれないってゆ~か、聞こえてるのかどうかも分かんないもん」
そう言いながら、リリーは自らの胸に両手を当てた。本人曰く、契約した水の精霊はこの辺にいる気がする、とのこと。
キングダムでリリーは、水の精霊王から水の精霊を預けられ、契約を交わしていた。当初どうやっても何の変化も無かったリリーだったが、キングダムを離れて一週間が過ぎた頃から、幻聴が聞こえると言いだした。どうやらそれが精霊の声らしいと分かるまで三日間。怯えたリリーが不眠症になりかけたり、それを仲間達が一生懸命宥め賺して眠らせたりと大変だった。
その後からずっと、今日みたいに水が入った入れ物を用意して、それを前に瞑想しながら精霊に話しかけてみるということをリリーは日課としてやっている。
が、何の成果も上がっていなかった。
「まあ、無理しても逆効果かも知れんしな。がっつくと逆に逃げられるで?」
そうリリーにアドバイスしたマージンだったが、
「ふむ。経験者は語る、じゃな」
「ああ、そう言うことか」
ディアナとクライストにジトーっと見られているのに気づき、
「んなわけないやろ!」
と否定するも逆効果。
「え?何の経験者?」
「えっと、リリーは知らない方が良いと思います……」
「……クラン内恋愛は止めはしないが、口説くのは禁止だぞ」
却って味方がいなくなってしまった。
「うが~!わいはロリコンちゃうわ!!!」
「「「………………」」」
「ロリ……コン……?」
そう呟いた後、少ししてから何故かショックを受けたような顔になるリリー。
それを見てディアナが露骨にしまったというような顔になり、慌ててマージンの首根っこを掴んで部屋の隅へと引きずっていく。
「マージン、あの言い方ではリリーの事を子供呼ばわりした様なものじゃぞ。訂正せい」
「え?そうなるんか?いや……そうなるかも知れんなぁ……」
言われて初めて気づくマージン。
リリーもまだまだ子供ではあるが、大人の階段を上り始めた乙女でもある。それを分かっていないマージンの様子に、ディアナは思わずため息を漏らしてしまった。
(これでは、リリーも苦戦しそうじゃのう。というか、先に愛想を尽かしてしまいそうじゃな)
ディアナとしては正直、それではあまり面白くない。が、あまり露骨にあれこれ動くわけにも行かないのはつらいところだった。
とりあえず、
「ほれ。早うフォローしてくるのじゃ」
そう言ってマージンをリリーの方へと送り出すのが精一杯である。
そうして、仲間達が注目する中、あまりに早い状況の進行について行けていない様子のリリーの前へと立ったマージンは、困ったように頬を掻いた。
仲間達は知らないが、マージンには女性を口説いたりという経験は無いに等しい。こういった場面でどう言えばいいのかなど、全く分からないのである。
いつの間にかショックを受けた様子が消え、別の意味で挙動不審に陥りかけているリリー。その様子を見ながら、マージンが口にした言葉は、
「まー……あれや。リリーは今でも十分可愛いで?」
「「「…………」」」
今度はさっきと真逆の台詞に唖然とする仲間達。そして、くるりと向きを変えると次の瞬間にはベッドに潜り込むリリー。
何が起きたのかよく分からず呆然としているマージンを見ながら、一名を除いて、仲間達が爆笑したのは次の瞬間のことだった。
翌日。
嵐も去って、カラリと晴れ渡ったことだし、予定通り更に北へと進むべく宿を出たレック達が宿場町の北門で目にしたのは、馬車3台からなる隊列が足踏みしている様だった。
「何があったんでしょう……?」
「さあ?少し訊いてきてみるか」
そう言うと、不安そうなミネアを仲間に預け、グランスは馬車の隊列へと歩いて行った。
残されたレック達が待つこと暫し。
やがて、頭が良くテカっている男を連れ、グランスが帰ってきた。ただ、何故か、微妙な表情である。
「グランス、そちらは誰じゃ?」
「ああ、この商隊の人だ。ワッペンさんという。ちょっと話があってついてきてもらった」
「初めまして。ワッペンと言います。どうぞお見知りおきを」
「いえいえ、こちらこそ」
そう言いながら、レック達も各々名乗る。
「それで早速本題ですが……」
レック達の名前を一通り聞くと、ワッペンはそう話を切り出した。
「私たちはキングダム北方地域に商品を運んでいる所なんですが、少々困った事態が起きまして、皆さんを護衛として雇いたいという訳なんです」
「しばらくは同じ道を進むことになるしな。馬車にも乗せてくれるという話だから、おまえ達の意見も聞いてみようと思った訳だ」
「馬車って……あれ?」
しかし、早速リリーがイヤそうな顔をする。正確には、グランスとマージンを除く蒼い月の全員が、であるが。
以前、ロイドを探すため霊峰に行った時、ユフォルまでの道中の一部で馬車を利用したのだが、その時の乗り心地の悪さを思い出したのである。
そんな仲間達の懸念を察し、グランスが説明する。
「ああ……。あれからだいぶ改良が進んだらしいぞ。振動でアイテムが傷むとかで、今じゃ全部の馬車にサスペンションがつけられたらしい」
「はい。振動ゼロには遠いですが、大幅に改善されたことだけは保証します」
にこやかに説明するワッペン。
それが本当なら、馬車に乗せてもらった方が楽かもしれないと悩み始めるレック達。ただ、あまりに酷かった以前の馬車の記憶が足を引っ張り、馬車に乗りたいとは素直に思えなかった。
が、
「なんでしたら、話を受けてもらえるかどうかにかかわらず、1kmくらい同乗してもらっても構いませんよ」
無理そうだったら、それでも良いとワッペンは言う。
だが、それでレック達も踏ん切りがついた。
「では、一度試しに乗ってみるか。乗ってる間は護衛の義務も発生するから、忘れないでくれよ?」
「ちなみに、最後まで護衛してもらえるなら、報酬も別途渡しますので」
自信満々にワッペンはそう断言した。レック達が護衛を止めるという可能性を全く考えていない様子からして、余程、馬車の乗り心地に自信があるのだろう。
こうして、レック達はワッペンの商隊の護衛として、馬車に同乗することになったのだった。
結論から言うと、馬車の振動は激減していて、レック達はワッペン達の目的地であるペルまで同行することになったのだが、それはまた後の話である。
まずは商隊の他のメンバーに顔見せするべく、馬車の隊列の先頭に向かう。そこでは、急遽生じた問題にどう対処するか、商隊の主要メンバーが話し合っているところだった。
「ん?ああ、そっちがさっき言ってた冒険者達か?やっぱり、少ないな」
ワッペンについてきたレック達に気づき、そう言ったのは浅黄色の髪を後ろで短く束ねた男だった。
「……何があったんだ?」
「……ここに来る途中の道の1つで土砂崩れがあったらしい。それで落ち合う予定だった冒険者達が来てないらしい。それが発覚したのがついさっき、だそうだ」
男が口にした少ないという言葉に、今更ながら事情が気になったクライストが訊くと、ワッペンから事情を聞いていたグランスがそう説明した。
「そいつらと比較して少ない、か」
「そういうことだろうな」
そんな事を二人が話している先では、
「少ないと言っても、他に冒険者はいないみたいだ。出発を遅らせるわけにも行かない」
「かといって、エネミーに襲われて被害を出すのは御免だぞ」
「出発しなければ、向こうに届く品はゼロだ」
ワッペンと浅黄色の髪の男がぶつぶつと話し合っていた。
暫くすると、
「……分かったよ。だけど、俺は責任取らないからな?」
「オーケー。何かあったら俺が責任取るさ」
そう言って、ワッペンが浅黄色の男を説得したらしい。
こうして、レック達はワッペン達の商隊の馬車に護衛として同乗し、街道を北へと向かうことになった。
この街道は、元々は細い道だったが、最近大陸会議によって整備され直した道の1つである。
目下、キングダム大陸にはキングダムを中心とした物流が存在している。『魔王降臨』以前には地域ごとにある程度での自給自足をしていたのだが、人口が激減した今ではそれではやっていけない地域が出てきた。そのため、大陸会議にも参加しているふたこぶらくだとティーパーティという2つのクランが主導し、大陸全域を網羅する物流網を整えたのだった。
道中は割と平穏だった。
天候もよく、エネミーとも遭遇しない。平穏かつ順調なペースで商隊は街道を進んでいく。
「前乗った馬車も、これくらい揺れなきゃよかったんだけどな」
「だよね。同じ馬車とは思えないよ」
馬車の後ろから、ゆったりと後ろに流れ、小さくなっていく景色を眺めつつ、荷台でノンビリとしているクライストとレック。
今、ここにいる仲間はこの二人だけだった。
レック達は1つの馬車に集まっておきたかったのだが、分散して乗っておいた方が何かあった時に護衛として対応しやすいので、グランスの指示で分かれて乗っている。ちなみに、レックとクライストが乗っているのは3台の馬車のうち、一番後ろを進んでいる馬車であった。
「正直、サスペンションのおかげで私も助かってます。『魔王降臨』の前より、快適なくらいですからね」
そう言ったのはワッペンである。
『魔王降臨』以降、無闇矢鱈とリアリティが追求され、細かいところで不便や不快感までが再現されてきている。だが、『魔王降臨』以前にも不便や不快感を感じる場面がなかったのかと言えば、そうではない。むしろ結構あったと言える。
馬車もその1つで、馬車の振動で積んでいる荷物や人がダメージを受けることはなかったのだが、乗り物酔いする人はいた。しかし、サスペンションを開発して全ての馬車に取り付ける労力に見合わなかったため、放置されていたのである。
それが、『魔王降臨』以降、振動で荷物も人もダメージを受けるようになってしまっていたため、やっとサスペンションの開発が行われ、ここ2~3ヶ月で一気に取り付け作業が進んでいた。
それに伴い、乗り物酔いに悩まされていたプレイヤーの状況も改善してきたのだとワッペンは説明する。
それに「ほほ~う」と感心するレックとクライスト。
こうして、最後尾の馬車ではのんびりまったりとした空気が流れていたのだった。
その一台前、つまりは商隊の真ん中の馬車には、蒼い月の女性陣が乗り込んでいた。ディアナもミネアもリリーもバリバリの前衛ではないので、エネミーの襲撃があった時に真っ先に立ち向かう羽目になりづらい場所に配置されたのである。
が、
「そうなんだ。ずっと旅してるんだ~?」
「大変じゃない?どっかに定住しようと考えないの?」
男所帯の商隊の中に突如として(プレイヤーのアバターは大体そうなのだが)美人や可愛い系の少女が現れたのである。
出発してからずっと、下心が見え見えの商隊メンバーが二人。何かにつけて話しかけてくるのだった。本当なら一人は御者台の方にいるはずなのだが、荷台の方に移ってくる始末である。
ディアナとリリーがしっしと追い払っているのだが、狭い荷台ではどうにもならない。というか、追い払われるのすら楽しんでいる節がある。
(休憩で馬車が止まったら、分け方を変えた方が良さそうじゃな)
しつこく話しかけてくる商隊メンバーからミネアをかばいながら、ディアナは露骨なため息を吐いたのだった。
ちなみに、商隊の先頭を行く馬車にはグランスとマージンが乗り込んでいる。が、ここも空気はよろしくない。むしろ、刺々しくて、居心地がかなり悪い。
というのも、浅黄色の髪の男――ロックという名前らしい――が荷台に乗り込んでいるのだが、未だにレック達の実力を疑っているのか、とても友好的とは言えない態度でグランスとマージンに接しているのだ。
具体的には、黙りである。
要するに、気に入らないから話したくないという事らしい。
おまけにグランスとマージンが雑談を始めようものなら、不機嫌丸出しで睨んでくる。
(クラン名を教えれば、もっと友好的に接してもらえたかもしれないがな)
グランスは口には出さず、そう思った。
実は、グランスは自分たちのクラン名を商隊メンバーに教えていない。
というのも、水の精霊王を解放したクランということは秘密だったはずなのだが、大陸会議からその傘下クランに蒼い月を支援するようにと通達された事で、それらのクランやその周囲の目を引いてしまい、あそこには何かある!と目をつけられ、名乗った先々で媚びを売られ、あるいは嫌がらせを受けと、何かと大変だったからである。
冒険者ギルドのマスターのギンジロウに相談したところ、机にぶつけかねない勢いで頭を下げられ、やっと事情を知ったわけだが、その時のアドバイスの1つが、蒼い月と名乗るのは控えた方が良いだろうと言うことだった。で、その通りにしているのだが……
(名乗っても面倒、名乗らなくても面倒……困ったものだな)
グランスは心中、密かにため息を吐いた。
ちなみに商隊のメンバーは全部で10人いて、先頭のこの馬車には御者台と荷台に二人ずつメンバーが乗り込んでいる。つまり、この場にはもう一人商隊メンバーがいるのだが、巻き添えを食うのを恐れているのか、出発からこちら、ずっと隅の方で置物と化していた。
こんな具合で、正直、レックとクライストを除く蒼い月の面々は着実にストレスを溜めつつあった。
そんな状況が一変したのは昼前のことである。
エネミーの襲撃である。
「ディアナ、一匹抜けた!頼む!」
前衛のグランスからの声に反応するまでもなく、ディアナは飛びかかってきたエネミーに向かって槍を一閃させる。
魔術で強化された身体能力で振り回された槍の威力は凄まじい。
体長1mほどの猿に似た、しかし全身が毛ではなく鱗で覆われたそのエネミーはいとも簡単に心臓を貫かれ絶命する。
「おおお……」
それを見ていた商隊のメンバーから驚きの声が上がる。
スケイルエイプと呼ばれているそのエネミーは、猿ならではの素早さに加え、全身を覆う鱗のおかげで結構な防御力を誇っており、戦闘系以外のプレイヤーや、戦闘系プレイヤーであっても初心者程度では手も足も出ない強さを誇る。中級者でもそこそこ手こずる相手なのだ。
当然、商人が高い戦闘能力を誇っているわけもなく、ギルドに護衛の依頼を出していたところ、それを見つけたグランス達が歩かずに済んで金も稼げて一石二鳥と受けたのである。
ディアナは槍を軽く振って、その先に刺さったままのスケイルエイプの死体を振り落とした。体長1mほどとはいえ、スケイルエイプは十数kg程度の体重はある。それを軽く振り払えるのだから、身体強化恐るべし、である。
一方、馬車の前方ではレック、グランス、マージンの3人が波状攻撃を仕掛けてくるスケイルエイプの群れを食い止めていた。
今のレック達にとって、スケイルエイプは1:1なら苦もなく倒せる相手なのだが、群れとなると話が変わってくる。一匹だけを相手にしようとしても、横から他のスケイルエイプがちょっかいを出してくるため、なかなか倒せないのである。
一匹が振るってくる鋭いツメを防ぎ、その勢いでその腕に斬りつけようとしても、身を低くして突っ込んできた他の一匹が振るってくるツメを防ぐために身体を引かざるを得なくなる。
尤も、そんな様ではたった3人で十数匹もいるスケイルエイプを食い止めきることなど出来はしない。
ただ、後ろからミネアが弓矢で牽制してくれているため、スケイルエイプ達も簡単に前衛を回り込むことができないでいる。
おかげで、前衛を抜ける事が出来るスケイルエイプは一度に1~2匹であり、むしろそうなったスケイルエイプの方がディアナとクライストに簡単に仕留められている。
「ほんまっ!面倒やな!」
そう叫びながら、マージンが振り上げたツーハンドソードが、マージンを狙って飛びかかってきていた一匹の足を捉えた。
足を真っ二つに切り裂かれ、凄まじい悲鳴と共に地面に落ちたスケイルエイプ。ミネアがそれに矢を打ち込んで、素早くとどめを刺す。
レックはというと、今日はグレートソードではなくロングソードで応戦している。
「これで3匹目!!」
その言葉と共に、やはり飛びかかってきていたスケイルエイプの首をその腕もろとも斬り飛ばし、反対側から飛びかかってきていた一匹のツメは、左腕に装備した丸い小さな盾――勿論、マージン製――で受け止め、そのまま弾き返す。
レックは破壊力よりも小回りを優先した武器の選択が功を奏し、本日の撃退数トップを突っ走っていた。――尤も、グレートソードでもロングソード並みの速さで振り回せるようになっているので、身体強化のおかげなのかも知れないが。
一方、グランスは防戦一方だった。
何しろグランスの武器は巨大な戦斧である。破壊力はあるが、小回りが効かない。スケイルエイプを仕留めようとして空振りしたところを狙われれば、痛い一撃を貰うことは目に見えていた。下手に鋭いツメで首を切り裂かれようものなら、即死もあり得るのだ。慎重にもなる。
そんな訳で、グランスはスケイルエイプを食い止める壁に徹していた。時折攻める振りをしながらも、戦斧で慎重に攻撃を受け止めていく。そのおかげか、今のところグランスも危なげなく戦えているように見えた。
そんな感じでレック達は一人一人堅実に戦い、着実にスケイルエイプの数を減らしていく。
そして、スケイルエイプの数が6匹くらいにまで減ると、状況が一気に変わる。
横やりを気にする必要が大幅に減り、レックとマージン、ついでにミネアの護衛をしていたクライストが攻めに転じたのだ。
クライストの代わりに下がってきたグランスに護衛されたミネアの援護で、短時間でもレック達と1:1に持ち込まれ、次々と討ち取られていくスケイルエイプ。
「これで最後!」
レックが最後の一匹の首にロングソードを突き刺すと、観客をしていた商隊メンバーの歓声と共に、戦闘が無事に終了したのだった。
ちなみに、リリーはパチンコの目つぶし弾での参戦を狙っていたのだが、仲間にも被害を出した前科があったため、商隊メンバーと一緒に観客役であった。
「前に護衛してもらった冒険者の人たちもそうだったが、やはり見事なものだ。いえ、彼ら以上だな」
道の上にも散乱していたスケイルエイプ達の死体を、商隊のメンバーが片付けている。いや、片付けるだけではなく、エネミーの死体から鱗やツメと言った武器や防具の材料になりそうな部位をしっかり回収している。
それを横目に、グランスの怪我に治癒魔術を施していたレック達に、商隊の一人が声をかけてきた。
それが誰か確認した途端、特にグランスとマージンが内心でうえっと言ってしまうが、勿論心の中のことなので気づかれたりはしない。
「そうか?身体強化が使えれば、このくらいは何とかなると思うが」
ロックに答えたグランスも内心では嫌がっているのだろうが、態度に出さない辺りは流石と言うべきか。
「だとしても、俺が思っていた以上だ。正直、もっと弱いと思っていた」
今朝の宿場町でのレック達に対するロックの態度を見ていれば、本当にその通りだったのだろうと分かる。
だが、先ほどの戦闘でレック達に対する評価は180度変わったようだ。
今までと打って変わってにこやか笑顔で接してくるその態度に、マージンがかなり気味悪がっているのだが、ロックがそれに気づく様子はない。ディアナとリリーがこっそりロックをニブチン認定したのだが、勿論それも気づかない。
「兎に角、これで安心して商品を運べる。最後まで頼む」
ただ、グランスにとって幸いなことに、ロックはそうとだけ言うと思ったよりあっさりとグランスを解放した。
どうやら、今からスケイルエイプの解体を手伝うらしく、ロックにとってはその前にちょっと挨拶しておこうくらいのものだったようだ。グランスに挨拶を済ますと、馬車の前方で繰り広げられているスケイルエイプの解体ショーに参加すべく、そちらに歩いて行った。
レック達は周囲への警戒といざという時の対処があるため、解体作業を手伝うことはない。そして、警戒と言っても、今いるのは山道だが周囲に木が生い茂っているわけでもなく、前後左右の見通しはよい。おかげで先ほどの襲撃も余裕を持って対処できたし、今も襲撃されても不意打ちされる心配はない。つまり、割と暇を持て余していた。
「久しぶりの戦闘だったけど……勘は鈍ってなかったね」
「やな。数が多いだけの格下やったしな。余裕を持って動けたのは大きいわ」
「俺は余裕はあまりなかったがな……もう少し軽い武器を持った方が良いかもしれんな」
とりあえず、前衛3人組は馬車の横に集まり、久しぶりの戦闘についての感想を述べ合う。グランスとマージンは別のことを話したかったのかも知れないが、本人の耳があるところで流石にそれはない。
「やっぱり、大きい武器は大変だったんだ?」
「ああ。レックのロングソードは正解だったな」
「ついでに、この盾も結構役に立ったんだよね」
そう言いながら、レックは左腕に取り付けた直径20~30cmほどの円形の盾をグランスに見せる。
レックは左手の手甲で敵の攻撃を受け止めたりいなすことが多かった。ただ、左手に盾など持つと動きが鈍るため、断念していたのである。
そんな戦い方をずっとしていたため、身体強化を手に入れた後も盾を持つという発想はレック自身には戻ってこなかった。むしろ、横から見ていたマージンが気づいて、キングダムで「無いよりはマシやろ」と試作。出発直前にレックに渡してきたのである。
「確かに便利そうだな」
「ゆうても、今んとこレック専用やけどな。あくまで、攻撃に左手を補助程度にしか使わんから、生かせる装備やで」
改めて物欲しそうにグランスが言うが、マージンはそう言って諦めさせる。
実際、マージン自身も円形盾を片腕につけて試してみたのだが……盾自身にそこそこの大きさがあるため、ツーハンドソードを振る時かなり邪魔になったのである。
正直、形状をもっと考えないと、片手剣を扱う時のレック以外では逆に足を引っ張りかねない代物だった。
「それは残念だ。だが、俺にももっと小さめの武器を見繕って欲しいのは本当だ。……今更な気もするがな」
「死ぬ前に気づいたんなら、ええんちゃうか?武器はペルに着いてからやな。材料は兎に角、設備があらへんしな」
ちなみに、各種金属のインゴットはマージンではなくレックのアイテムボックスに詰め込まれている。レックのアイテムボックスには他にも仲間から頼まれて保管してあるアイテムが多数入っており、すっかり足の生えた倉庫扱いである。
そんなことを話している前衛組に、女性陣がいつの間にか近寄ってきていた。
「少しいいかの?」
そう言ってディアナが切り出したのは、女性陣が乗り込んでいた馬車での事である。
「そんな事があったのか。少し考えないとまずいな」
「だな。とりあえず、男女ペアで分けるか」
女性陣の後ろからついてきていたクライストの言葉で、とりあえずの方針が決まる。誰がどれに乗るかはそれからだった。
「まず、グランスとミネアはセットじゃな」
当の本人達が少々照れているが、これはディアナが言うまでもなく決定事項である。
「後はリリーと私じゃが……リリーは身体強化も使えぬし、精霊もまだ使役できておらぬからのう。二人つけた方がよいじゃろうな」
ディアナがそう言う前から、落ち着かなく彷徨っていた視線が2つほどあった。が、ディアナは敢えてそれを無視する。ディアナにとって面白そうな組み合わせにするなら、どっちにしても結果は同じなのだ。
「レックとマージンをつけるかのう」
とはいえ、実は前衛が二人も固まるのでこれはバランスが些か悪い。それに気づいたグランスが指摘しようとしたが、ミネアに腕を引っ張って止められた。
「野暮です、よ?」
ひそひそと言われても、しかし何のことか分からないグランスだったが、とりあえず黙っておいた方が良さそうだと、口を閉ざした。
しっかりその様子を見ていたディアナがミネアによくやった、と合図を送ると、ミネアも笑顔で頷き返す。自分のことがうまくいったせいか、今度は人の恋愛に興味が出てきているミネアだった。
「で、後は私とクライストとなるが、それでいいかの?」
途中からディアナの興味本位で決まったようなものだが、レックとリリーはそれぞれ好意ないし関心を持ってる相手と一緒なので文句はない。ミネアはディアナと同じ理由で賛成である。クライストも何となく察しているのか反対はしない。グランスはミネアに発言を止められている。残るマージンはというと特に気にしていないらしく、
「ええんとちゃうか?」
とあっさり賛成してしまった。
そのままディアナの仕切りで、どの馬車に誰が乗り込むかが話し合われる。
「リリーは真ん中に置いておきたいところじゃが、さっきのあれではのう……。真ん中は私とクライストが良いじゃろうな」
実のところディアナはリリーよりも、商隊メンバーがリリーに言い寄る所を見ざるを得なくなるレックに気を遣っていた。三角関係っぽい状態だから面白いのであって、そこに邪魔者が入ってレックがどうこうなるのは好ましくない。が、そんなことはおくびにも出さない。
「となると、俺とミネアが先頭か最後かだが……」
そう言って、グランスの視線がそろそろスケイルエイプの解体を終えようとしているロック達の方へと向いた。
先ほどのロックの様子を見る限り、刺々しい空気が流れる心配はもう無さそうであるが、反対の意味での心配はした方が良さそうだった。そして、その時点でどちらに乗るべきか、グランスの答えは決まった。
「俺達が先頭の馬車に乗った方が良さそうだな」
マージンがいるとは言え、社会人経験の無いレックとリリーが、あのロックの相手をちゃんと出来るとは思えない。というか、させない方が良いような気がする。
さっきのロックの様子を見ていただけに、他の蒼い月の大人組も同感だったようだ。
「なら、わいらが最後の馬車やな」
マージンがそう言って、誰がどの馬車に乗るかが決定した。
尤も、完全に空振りに終わった懸念もあった。
乗る馬車を少し変えたいというレック達の申し出は、商隊メンバーに多少首を傾げられながらもあっさり受け入れられた。スケイルエイプを撃退した実力を見た後だけに、レック達の行動にあまり口を挟まない方が良いとでも思っていたのかも知れない。
それはさておき、実際に馬車に乗って走り出した後、ディアナ、クライスト組が乗り込んだ真ん中の馬車では、商隊メンバーの態度がさっきまでとは打って変わっていた。随分と礼儀正しくなっていたのである。
「これなら別に、リリーたちがここでも良かったかも知れんのう」
そう言ったディアナだったが、商隊メンバーの態度が大幅に改善した理由が、彼らの目の前でスケイルエイプを串刺しにして見せたことにあるとは、思ってもいなかった。
一方、最後尾の馬車ではワッペンとマージンがのんびり世間話に興じている脇で、話に入るきっかけを掴むべく虎視眈々と狙うリリーと、更にそのリリーに何か話しかけようと目論むレックという図が見られた。
先頭の馬車では妙に機嫌が良くなったロックが愛想を振りまき、グランスの胃に穴が開きそうになっていたらしいが……余談である。