表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジ・アナザー  作者: sularis
第六章 絡む思惑
55/204

第六章 第一話 ~暗躍する者たち~

いよいよ第六章の始まりです。


この辺から、ジ・アナザー内に閉じ込められたプレイヤー達を取り巻く環境について、徐々に明らかになってくる……はず?

 あの『魔王降臨』から一年が過ぎた。

 キングダム大陸各地の街は随分と平和になってきていた。これは大陸会議の勢力が拡大したことと、治安が悪い街はプレイヤーが逃げ出したことによる。

 いくら無法者達が暴力を持って街を支配していても、そこに住むプレイヤーがいないのでは話にならない。結局はそうした無法者達も、一部の盗賊や山賊化した者たちを除けば、大陸会議の支配する街へと住処を移さざるを得なかったのである。

 そうした事情で、今ではキングダム大陸に点在するほぼ全てのプレイヤーがいる街が大陸会議の勢力下に置かれ、見せかけの平和を享受するに至っていた。

 尤も、そうなる過程で見捨てられた街も少なくない。厳密に言うならば、『魔王降臨』以前にはキングダム大陸だけでも大小合わせて千単位で存在していたプレイヤータウンだが、今では数十人規模しか常駐していない宿場町を含めても200に遠く届かない。宿場町を外せば、100程度しか残っていなかった。

 では、人がいなくなった街はどうなったのか。

 その答えの1つが、キングダム大陸中部にあった。



 場所はユフォルとナスカスのちょうど中間くらい。

 嘗てはシャックレールと呼ばれたその街は、周囲を森に囲まれた小さなプレイヤータウンだった。

 あの『魔王降臨』の直後の時点で、利用していたプレイヤーの大半がジ・アナザーから強制的にログアウトさせられ、残っていたプレイヤーも早い段階で大きな街を目指して脱出してしまったため、早い段階からゴーストタウンと化した街の一つである。

 ただ、建物は未だ健在であった。衣料品や家具の類は、いなくなったプレイヤー達が残していった物がまだまだ数多く利用できた。

 食料や水に困ることもない。水は街の中央を流れる小川から、その他の食料は周囲の森から確保できるため、少人数なら十分慎ましやかに暮らしていくことも出来る。

 問題点は、プレイヤーによって重要な施設からも、街を街を結ぶ物流からも中途半端に離れてしまっていることだけ。

 そんな街であるから、人目を忍んでこそこそと動き回りたい人間にとっては実に魅力的だったりする。

 実際、このシャックレールは放棄されてから2ヶ月も経たないうちに、自らをレイゲンフォルテと名乗る集団が拠点として利用し始めているのだった。


 机の上にはビーカーやらフラスコやらが所狭しと並べられ、壁の本棚には雑多な本が無秩序に詰め込まれている。如何にも整理が苦手な研究者の部屋。

「で、つまりはどういう事なんだ?」

 そんな部屋の壁に背中を預け、そう言ったのは赤茶けた髪をぼさぼさに伸ばし、ついでに口の周りにも髭としてたっぷり蓄えた壮年の男だった。やたら筋肉質で、腰に差したバスタードソードとそれに見合わず小さめのバックラーが如何にも冒険者といった雰囲気を醸し出している。

「この世界に展開されていた監視のためと思われる術式が、使えなくなったと言うことだよ」

 それに対してどこか偉そうに答えたのは、白衣を着て部屋の中央の椅子に座っている青年だった。くすんだ金髪に隠されかけた暗い碧眼には鈍い光が宿っているが、その優秀さは仲間内でもトップクラスであることを、壮年の男は知っていた。

「要約すれば、イデア社の監視はもう無いってことか?」

「ザビエル、それは違うな。あくまでも当初から展開されていた監視術式が無くなっただけだ。人による監視は残るだろうし、大規模魔術を使えば間違いなく感知されるだろう……それが我々にも可能なように」

「なるほどな。だが、それでも今までより動きやすくなることは確かだな」

 ザビエルと呼ばれた壮年の男は、髭をしごきながらそう言った。

「でも、それってあたし達だけじゃないんでしょ?シュレーベとか他の連中はどうなのよ?」

 二人からは少し距離を置いた本棚の傍で、濃い紫の瞳を瞬かせてそう言ったのは、腰まで伸ばした濃緑色の髪を波打たせたグラマラス美人である。その色香に溢れる身体の線が浮き出るような、しかし扇情的というより活動的な服装と、腰のベルトに刺した短剣や投げナイフから、彼女も冒険者だと知れる。

「いずれは気づくだろう。しかし、敢えて教えてやる必要もないだろう?」

「そりゃそうだ。……それより、今の状態、イデア社の予定の範疇だと思うか?」

 白衣の青年の言葉に苦笑しながら、ザビエルはそう問いかける。

「僕個人の考えで良ければ答えるが?」

「構わないさ」

「あたしも聞いてみたいわ」

「そうか。なら答えよう。予定の範疇だろうな」

「そうか」

「やっぱりね」

 青年の答えに、ザビエルも美女も驚いた様子はない。むしろ、自分たちの予想と同じ答えが返ってきたという感じである。

「こんな世界を作り上げた張本人達だ。やりたい放題だろうな」

「そうね。それはそうと、クラウス。その直前にあったあの魔力の波動は何なのか分かったの?」

「残念ながら、そちらはまだ分かっていないな。ただ、あの直後から契約している水の精霊の活動が活発化したという報告が、ビアンカから入っている」

 クラウスと呼ばれた白衣の青年はそう答えた。

「それって、あれじゃない?マルコ達が言ってた水の精霊王の解放と関係があるんじゃないの?」

 美女の言葉にクラウスは軽く頷く。

「可能性は高い。だが、確証は得られていない。あの後から、チャットの調子も悪いだろう?マルコ達が戻ってくるまで、詳しい情報はお預けなのさ」

 実際にはクランチャットは調子が悪いどころではなかった。

 あの魔力の波動が世界を駆け巡った後、クラウスが仲間達と調べたところでは、ある程度距離が離れるとクランチャットが機能しなくなることが判明していた。相互に連絡が取れるのは頑張ってみてもせいぜい200kmと言ったところ。2つ3つ街を挟んで通信するのが限界なのである。

 一方で、以前にあったチャットが全く機能しなくなる時間帯というものは無くなっていたが、使用者が疲労困憊――というより魔力を使い果たしているとチャットが使えなくなっていた。

 どちらかというと、

「あれは調子が悪いと言うより、仕様変更だと思うわ」

 クラウスの調査に協力した一人である美女がそうぼやく。

 イデア社に分からないようにチャットの内容を暗号化する必要があり、暗号化できないような内容は送れなかった。とは言え、距離を無視して連絡が取れるクランチャットは、彼女たちも随分お世話になっていたのである。その最大のメリットである距離が制限されたことは不便としか言いようがなかった。

「だが、それも我々が考えていた仮説を支持する変化だった。どうやったらそんな事が可能になるのか想像も出来ないがね」

「それを観測し、調べるのが俺達の目標だ。俺達自身の手で作れなかったのは残念だが、ここには我々の到達すべきモノの1つが確かに存在してるんだ。面白いじゃないか」

 ザビエルの言葉に、クラウスも美女も首肯する。

 まさしく、彼らの目的はザビエルの言ったとおりだったからだ。

「全くだ。またしても、アルフレッドの好奇心がこんな大当たりを引くとはね……。彼についてきた甲斐があったというものさ」

 そのクラウスの言葉に残る二人は苦笑で答えた。

 彼ら全員がマスターと認めるアルフレッド。その性格と好奇心については全員がよく知るところである。

「それはさておき、近いうちに全員が一度ここに集まる。その時に情報を整理すれば、今何が起きているのか。もっとはっきりするだろう。それまではゆっくり羽でも伸ばしておくといいさ」

「ああ、そうさせて貰う。ティータ、行くぞ」

「ええ。またね、クラウス」

 そう言い残し、ここでの用事が済んだ二人は部屋を出ていったのだった。



 あるいはまた別の放棄された町。

 ラッパはペルの北東に位置する、町というのもおこがましい小さな集落である。遥か下には一筋の白い川が流れる険しい谷間。その両側の崖に張り付くようにこの集落は作られていた。

『魔王降臨』前はその物珍しさからそれなりのプレイヤーが足を運んでいたが、今となってはあまりの不便さに普通のプレイヤーは全員ペルやあるいはキングダムへと引っ越してしまっていた。

 が、シャックレールと言いこのラッパと言い、このような不便な集落は、人目につきたくない者たちには絶好の隠れ家となるのである。

 実際、ここにも怪しげな者たちが住み着いていたりする。

「なんだ、またそんな服を着てんのか」

 いきなり扉を開けて飛び込んできたピンクの物体に、部屋のベッドに寝っ転がっていた青年は呆れたように声をかけた。

「仕方ないじゃない!っていうか匿って!!」

 ひらひらのドレスを着せられた少女の必死の訴えに、青年は群青色の髪を掻き(むし)りながら、

「あー……自主申告をしない、くらいならな。それ以上は無理だ」

 そんな青年の答えに少女は歯がみする。

「くっ!ヨハンの甲斐性無しっ!」

 そう青年を罵ったところで、少女は身体をびくりと強ばらせる。

「メ~リ~ル~……見つけましたわ~」

 少女――メリルの背後の扉。その向こうから、こんな状況でなければ老若男女問わず聞き惚れそうな美しい女性の声が聞こえてくる。

 が、それはメリルにとっては死刑宣告にも等しかった。

「あうあうあうあう!」

 最早言葉にもなってない呻き声を漏らすだけのメリルを見ながら、ヨハンはおかしそうに笑みを浮かべた。

 メリルからすれば断罪ものの行為であるが、当のメリルにヨハンの行動を糾弾する余裕など無い。

 ギギギギギィィ……

 そんな音が立つはずはないのだが、確かにそんな音を立てながらメリルの背後で扉が開いていく。

 その向こうから現れたのは、途轍もなく可愛らしいリボンまみれのカチューシャを手にした、これまた途轍もなく美しい女性だった。プラチナブロンドの髪はゆったりと波打ちながら背中まで届き、彼女が着ているドレスと相まってどこかのお姫様――どころか神聖な聖女と言われても10人中10人が納得しそうな雰囲気を醸し出している。何より、整った顔の中に煌めく澄んだ青。その瞳に見つめられれば、誰もが自らのあらゆる罪を懺悔しそうである。

 ……尤も、今はその瞳にはいたずらっ子のような光が浮かんでいるのだが、それでも彼女の神々しさは全く失われていない。

 その瞳に捕らわれたメリルは、聖女とそっくりの青い瞳をうるうるさせながら、必死に自らの主たる聖女に許しを請う。

「フランさま!どうか、それだけは!それだけは!僕には似合いませんから!!」

 そう言って、手にしたカチューシャをメリルの銀の頭髪に乗せようとするフランに説得を試みる。

 が、

「そんなことありませんわ。絶対にこのカチューシャはあなたに似合うんです!わたしの見立てに間違いなどあり得ません!」

 フランは全く聞く耳を持たない。

 実際、横から見ているヨハンは、フランのセンスは――今の状況下で相応しいかどうかは別として――確かだと知っていた。それを必死にメリルが拒否しているのは、メリルの趣味に合わない、単にそれだけなのである。

 で、いつもならフランのオモチャにされるメリルを生暖かく見守るところなのだが、今日のヨハンはフランに伝えておくべき事があった。後でも良かったのだが、ここに来たならちょうど良い。

「フラン、今日の夕方にもオットー達が帰ってくるそうだ。先ほど鳩が来た」

「オットー達がですか?何か他には?」

 そう答えながらも、フランは嫌がる――しかし自らの主に抵抗できないメリルの頭に嬉々としてカチューシャをつけていく。

「エセスとロマリオはキングダムに寄った分、数日遅れるらしい。あんな事がなければ、今日にでも全員が久しぶりに集まってたんだがな」

「あれの出所はやはりキングダムなのですか」

「ああ。誰よりも近くにいた二人はそう断定しているな。そのまま調査に向かったわけだが……二人だけでどこまで調べてこれるか。……やはり、レイゲンフォルテかアステスあたりと組んだ方が良いかもしれんな」

「そうですね。せめて、もう10人いれば良かったですね」

「ちょっ!僕はあいつらと組むのは反対ですよ!!」

 無理矢理カチューシャをつけられ――ヨハンの想像通りそこには完璧な美少女が出来上がっていた――涙目になりながらも、フランの下でメリルがそう主張する。

「と言われてもな。俺達だけじゃ人手が足りないし、他の……ナイトガウンなんかと組むのは論外だろう?」

 そう言われてメリルは黙り込んだ。

 彼らの噂はよく聞いている。人を人とも思わない集団なのである。いや、そもそもジ・アナザーからの脱出を彼らが望んでいるかどうかすら怪しい。むしろ、イデア社からこの世界を奪い取る……くらいのことを考えていかねない。してみると、とてもではないが、彼らと手を組むなどという選択肢はあり得なかった。

「まあ、観察者を気取ってるレイゲンフォルテには無視されそうだけどな」

 そう言いながら、ヨハンはため息を吐いた。本来なら大所帯のレイゲンフォルテは一番力を借りたいところなのだが、一番力を貸してくれそうにないところでもあるのだ。

「そんな!フランさまの頼みを断るなんて考えられないよ!」

 メリルはそう言うが、ヨハン達も含めて、レイゲンフォルテもアステスもナイトガウンも……そしてイデア社も、一般人の範疇には入らない人間の集まりなのだ。その精神構造も一般人のそれとは当然異なる。

 フランの神々しい魅力は確かに一般人なら容易に虜にし、フランのお願いを断れなくしてしまうだろう。だが、一般人の範疇に入らない者たちにそんな普通の反応は期待できないのだ。

「まあ、全員の了承を得られたら、連絡くらいは取ってみるさ」

 ヨハンはとりあえずそう言うに止めておいた。



 さて、ヨハン達の話題に出てきた集団のうち、ナイトガウンと呼ばれた集団は、意外にもキングダムの一角に拠点を構えていた。

 無論、彼らも人気が少ないところの方が活動しやすいのだが、彼ら自身の目的のためにより新しい情報をより早く得られるメリットを優先したと言える。

 とは言え、流石に大通りに面した場所に堂々と拠点を構えるほどではない。それどころか、最近までならず者集団が牛耳っていた7番街区の裏通り。それも奥まったところにある建物をこっそり占拠しているくらいである。

「……最近、この辺も人が増えてきたな」

 建物に入ってきた早々、男はそう言った。フランス語であるが。

 黒髪黒目、ふっくらした外見は一見人畜無害である。だが、この建物に出入りしている時点で、中身もまともであることは到底期待できない事を、玄関に隣接する居間にいた男――ハンネマンは知っていた。

 まともな場所で今までやらかしてきた事全てを白状させれば、裁判にかけるまでもなく即刻死刑間違いなし。それも、ジ・アナザーでの所行ではない。

 尤も、そんなことを考えていたハンネマン自身も、ばれたら即座に死刑確定と言えるような事を十二分にやってきている。

 要するに、この建物にいるのは全員、現実世界で片手の指どころか、両手両足の指全てを使っても足りないほどに人を殺した経験がある者ばかりだった。

「……ここでも日本語を使え。ファティマがそう指示していただろう?」

 ハンネマンがそう声をかけると、

「ああ、そうだったな」

 後から入ってきた黒髪黒目の男は慌ててそう言った。今度は日本語である。

「まあ、大陸会議がキングダム全域を支配して治安が一気に良くなったからな」

「おかげで材料調達も一苦労だぜ」

 黒髪の男がソファに腰を下ろしながらそう言うと、

「……ここではもうそう言うことはやらん方が良いかも知れないな。指名手配されたりすると面倒だ」

「そうか?あんなぬるい連中に俺達をどうにか出来るとは思わないが」

 その言葉にハンネマンはため息を吐いた。

 分かっていない。

「この世界は魔術があることが常識だ。魔術を信じない人間などいない。それどころか、一般人にすら魔術を使う者がいる。そんな連中に俺達のことが知れてみろ。徹底的に追い回されるぞ」

 そう、黒髪の男を諭す。

 現実世界でなら、彼らの行為の目撃者が出たところでその証言は一笑に付されて終わるだろう。だが、ここではその証言が遥かに真剣に取り扱われることは間違いない。

 そうして、一度追われる立場になってしまえば、数の力であっという間に追い詰められてしまう。個人の力量でも、この世界には彼らを遥かに凌駕する者が数多くいるのだ。

 だが、どうやら黒髪の男はピンとこないらしい。首を傾げている。

(このシニストリだけじゃないがな)

 黒髪の男――シニストリを見ながら、男は思った。

 幸い、慎重であれという彼らという人種のもつ一種の性質のおかげで、今のところ問題は起きていない。だが、彼の仲間達は、未だここが現実世界とは違う常識が働く世界だと言うことが、理解できていない節があった。いや、正確には彼ら以外の一般人をなめていると表現した方が正確だろう。

 とは言え、血の気の多い仲間達のことだ。あまり熱心に説得すると、こちらの身の安全が脅かされかねない。じっくりじわじわ説得していくしかないのは、どうにも先が思いやられた。

 そんなことをハンネマンが考えていると、

「それより、シュレーベに対する返事はどうするんだ?」

 シニストリがそう訊ねてきた。

「ああ、あれか。ファティマは前向きに考えているみたいだな。幸い、あそことは目的も似ている。最後の最後までは無理だろうが、協力関係を結ぶ利点は十分あるだろう」

 シュレーベからの申し出。それはイデア社の構築したこのジ・アナザーの解析への協力の要請だった。力尽くで事を進めるのも厭わない辺り、ナイトガウンの方針とよく似ている。

「やはりそうか。最後にはシュレーベともやり合うことになりそうだな」

 そう言ってクックックと笑うシニストリに、ハンネマンは補足する。

「ペトーテロともだ。あの後、シュレーベはそっちにも声をかけたらしいからな」

「それは楽しみだ。ギュンター辺りにこの話をしてみろ。楽しいことになるぜ?」

「……言わないでくれ。あの殺人狂の扱いには少々頭が痛くなってきたところだ。流石に、協力関係にある相手にまでは手を出さないと思うが、今から胃が痛い」

「ハハッ……まあ、頑張ってくれ。それで、この間のあれの解析結果は出たのか?」

「……ギュンターに訊いてくれ。やつは今、その辺で拾ってきたオモチャで遊んでいるところだがな」

 ハンネマンがそう答えると、シニストリは動きを止めた。

「……いや、また後でいい」

「……賢明だ」

 ギュンターと呼ばれている男は、遊んでいる最中に邪魔をすると、仲間であっても平気で切り刻みかねない。その事を知っている二人は、軽く身震いし、話題を変えることにする。

「まあ、あの直後から、冒険者ギルドで精霊王が解放されたという話が広まっている。精霊王がどんな代物かは知らないが、生半可なモノじゃあるまい。なら、あるいはそれなのかも知れないな」

 ハンネマンが言うと、シニストリも乗ってきた。

「精霊王……ねぇ。実在するのかね?」

「この世界と一緒に作っていればあるいは、な。まともな代物だとは思えないが……生憎と精霊に詳しいのはうちにはいない」

「それもシュレーベと手を組む理由の1つって訳か」

「ああ。そうは言っても、解析方法が限られているからな。どれくらい時間がかかるやら、だ」

「その点だけは、面倒な世界だな。ここは」

「イデア社の監視さえなければ、楽なんだがな。あるいは、イデア社に抗うだけの力があればな」

「ハッ!両方とも無い物ねだりじゃないか!まったく……面倒なことになったものだぜ。ミハイルが余計なもん持ってこなけりゃ楽だったのによ」

 シニストリのその言葉に、ハンネマンは無言で答えた。

 確かに、こうして閉じ込められてしまった事は非常に不本意であり、面倒である。

 しかし、このジ・アナザーという仮想現実そのものには非常に興味を引かれていた。それもハンネマンに限らず、ナイトガウンのほぼ全員がである。だからこそ、ナイトガウンとしてジ・アナザーに何人も送り込み……結果、ハンネマン達は『魔王降臨』の際に閉じ込められてしまったのであるが、それでもこの世界を知らない方が良かったとは口が裂けても言えなかった。

 興味を持っている一人であるシニストリも愚痴ってこそいるが、本気ではない。だから、ハンネマンが返事をしないことにも何も言わなかった。



 ハンネマン達が口にしたシュレーベとペトーテロも、この頃にはキングダムに拠点を構えていた。そのうち、3番街区の裏通り沿いの建物の1つに設けられたペトーテロのキングダム拠点では、薄暗い部屋の中、数人の男達が小難しい顔をして何事か相談していた。

「正直、今の人数でシュレーベの申し出を受け入れるのは……」

「逆に、だからこそ、という考え方もできるのではないか?」

「しかし、飲み込まれてしまうぞ」

「そこはそれ。うまく立ち回れば……」

 先日届いたシュレーベからの一時的な協力の申し入れについて、喧々囂々……というには静かすぎる話し合いをしている真っ最中なのである。

「せめて、ハリス達と合流できれば良いんだが……」

「あんな所に行った後だ。イデア社の監視がついているかどうかはっきりするまでは、定期連絡だけに止めておかないとまずいだろう」

「4人も回したのは失敗だったかも知れないな」

「ああ。二人でも良かったはずだ」

「それでも、ここに残るのは8人だがな」

「いや、6人と8人では大きく違う。シュレーベは兎に角、ナイトガウンの人数を考えると特に」

 いつの間にやら、埒があきそうにもない方向へ話がずれ始める。

 と、

「コホン」

 上座から小さな咳払いが聞こえ、男達は一瞬静まりかえった。話が逸れていることに気づいたためである。いや、気づかされたと言おうか。先ほどから、男達の話が逸れそうになる度に、上座の男が咳払いをしているのだ。

 その上座の男の名前はウルフレッド。地味な褐色の瞳と服装に似合わず、肩まで伸ばしたストレートの金髪に一筋、ほんのり赤く染められたようにも見える房が混じっている。

 これでもここに集まった男達を力でまとめ上げているのだが、話し合いに積極的に参加していないことから分かるように、基本的に本人にやる気はあまり無い。

「人数を言うなら、オイゲンはどうした?」

「まだ、イデア社には捕まってないみたいだな」

「結構持っているな……ひょっとしなくても、見つかってないんじゃないのか?」

「見失っている可能性はあるな」

 ちなみに、オイゲンというのは数ヶ月前にうっかり魔術を行使し、イデア社に目をつけられたのではないかという理由で、仲間達から離れて行動しているメンバーである。他のプレイヤーに言伝を頼んだり、あらかじめ決めた場所に手紙を互いに残すなどして、定期的に連絡を取っていた。

「いっそのこと呼び戻すか?今までの例だと、二ヶ月も泳がされていた試しはないぞ」

「既に三ヶ月以上経っているな……」

「ふむ。見つかっていなかった可能性が高いな」

「オイゲンが戻れば、7人……か。発言力の確保の上では役に立つな」

「危険は低いと見るが……どうだ?」

「ゼロではないが、呼び戻すメリットの方が大きいようには思われるな」

「よし。なら、本人に近況を報告させ、問題が無さそうなら呼び戻すか」

「それで7人。それなら、シュレーベからの申し入れも受けてもよかろう」

 こうして、ペトーテロの方針が決まっていく。

 上座にいるウルフレッドは、今日もそれを眺めているだけだった。





 一方、イデア社の一室。

「今日も徹夜か……」

 机に突っ伏してぼやく男。

「監視システムの正常終了を確認する必要がありますから」

 手元の資料を確認しながら、若い女性。

「他の部署もこんな感じかね?」

「早いところはほぼ終わったそうです」

「羨ましいな……俺もそっちが良かったな」

「私たちが進んでいない最大の理由は、あなたがそうやってすぐサボるからですが?」

「だけどさ~……。どうせ完璧なんだよ?そう分かってて、確認するのって不毛だよ。精神衛生上良くないよ」

「確かに今までは何の問題も発見されていません。ですが、それはこれからもそうだという証拠にはなりません」

「でも、これ作ったの、どう考えても人間じゃないよ?人間業じゃないよ?」

「人間業じゃないことと、問題が全くないこととは話が違います」

 容赦なく自らの愚痴をばっさばっさと切り捨てられ、男は口を閉ざ……

「あ~。爺さんたちの相手もあるんだぜ?その度に暑っ苦しいローブ着てフード被って……いい加減に誰か止めようとか言い出さないかな」

「それも込みでの仕事です」

 さなかったが、それもまた若い女性は無情にも切り捨てた。

 こうなると男も流石に抵抗を諦めた。

 そもそも、似たようなやり取りは今までに何度も繰り返しているが、彼女に勝てた試しは一度もないのだ。

「……でも、これからどうなるんだろうな?」

 代わりに口から零れたのは、そんな言葉だった。





 広すぎる仮想世界は、それを作り管理しているはずの者たちにすらその全容を把握しきることを許さない。

 仮想世界の設計時に配置した物や、システムに登録されている静的な動き回らない物であれば、どこに何があるかは調べればすぐ分かる。

 しかし、時々刻々と変わり続ける膨大な情報は、例え機械の手を借りたとしても、神ならざる人が把握しきることは不可能である。その時々刻々と変わり続ける情報の最たるモノ。それはプレイヤーの情報である。

 だからこそ、暗躍を試みる者たちは今日も密かに活動する。

 だが、イデア社の監視の目が無くなった事に、彼らのほとんどはまだ気づいていない。

 それに気づいた時、彼らがどう動き出すのか。

 それは、彼ら自身にしか分からない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ