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ジ・アナザー  作者: sularis
第五章 精霊の筺
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第五章 第八話 ~闇の中の少女・1~

 肌寒さを感じる真っ暗な闇の中、コツンコツンと固い足音が響いている。それも一人や二人ではない。もっと大勢だ。

 やがて、うっすらと赤っぽい光が差してくる。その赤っぽい光を放っているランタンを持っているのは、小柄な少女だった。

 金髪碧眼を照らし出すランタンを片手にした少女の後ろから、ぞろぞろと仲間達だろう者たちがついてきている。そのうちの約半数が少女と同じようにランタンを片手に持ち、合計4つのランタンが通路の闇を駆逐するべく、炎を揺らめかせていた。

「少し待って下さい」

 ミネアの言葉に、仲間達は足を止めた。

 ミネアは手に持ったランタンの明かりで手元の地図を確認し、次に周囲の様子を確認する。……もっとも、ランタンの弱い明かりでは数m先もまともに見えないのだが。

「これを持っていて下さい」

 ミネアはランタンをグランスに渡すと、ペンを取り出し地図にここまでの道を丁寧に書き込んでいく。

 この作業が、まだ地図が作られていない通路に入ってから、数十mおきに繰り返されてきていた。

「少しは進んだ?」

 ミネアの持つ地図を覗き込みながら、リリーが訊くと、

「ほんとに少しだけじゃがな」

 とディアナ。

 今のところエネミーが発見されていないだけ楽なのだが、それでもランタン以外に一切の光源がない地下でのマッピングは、途轍もなく大変だった。

 そもそも、通路がまっすぐ延びているのかどうかも分からない。距離もいまいち分からずで、地図の精度は推して知るべしである。あまりの精度の悪さに、冒険者達が提出した地図を元に、後から冒険者ギルドと軍が測量を丁寧にやり直すというのが常態化していた。

「にしても、ここまで暗いと幽霊が出ても分からねぇな」

 再びゆっくりと歩き出した一行の中、クライストが冗談交じりにそう言った。

 そんなクライストの言葉に、先頭を行くリリーの身体がびくっと震える。

「仮想現実に幽霊も何もないと思うけど」

 クライストの言葉をばっさり切り捨てたのは、ランタンを片手に持ったレックである。グレートソードを振り回すには地下通路は些か狭く、グランス共々マージンに武器を預けて、ランタン係となっている。

「幽霊がおったとしても、エネミーかゴーレムみたいなものじゃろうのう」

 そう言ってディアナが笑う。そう考えると、リリーもなんだか怖さが薄れてきた気がした。

 しかし、そこで全てをぶち壊す仲間もいたりする。

「そう言えば、最近、地下通路で幽霊が出るって噂、あるよね」

 さっきの自分の発言を全てぶち壊すような発言で、涙目のリリーに睨まれたのはレックである。

「あー。そういや、そんな話も聞いたな」

 クライストのその言葉に、あたふたしているレックから視線を移動させたリリーは、

「え?ホントに?」

 レックの台詞だけならまだ間違いか何かだと思うことも出来るが、もう一人証人がいるのではそれもままならない。

「噂だけで本当に幽霊が出たと確認されたわけでもありませんし……何より、死霊系のエネミーも存在すると聞いています」

 そうフォローしてくれたのはミネアである。

 それを聞いて、出ても偽物、出ても偽物とリリーは心の中で繰り返した。

 もっとも、偽物だからといって怖くなくなるなら、世の中ホラー映画もお化け屋敷も存在しない。ディアナやグランスはその事に気づいていたが、指摘してもリリーが青くなるだけなので、口には出さなかった。

 代わりに、

「まあ、先に進もうか。最低限、ノルマくらいは果たしておかないとな」

 グランスはすっかり足が止まってしまっていた仲間達を、そう促したのだった。



 こんな感じで、毎日の様にレック達は地下通路の探索を進めていた。何しろ、精霊の筺について何のヒントもないのである。ひたすら虱潰しに調べていくしかなかった。

 幸いなのは、ホエール達のおかげで大陸会議も動きだし、レック達と同様に地下通路を探索している冒険者が随分増えたことだろうか。加えて、軍からも二千人もの兵が動員されていた。

 おかげで、レック達がキングダムに戻ってきてから僅か二週間ほどで、冒険者ギルドは地下通路の第四層までの完全なマップを完成させていた。現在は、一番深いところで第七層まで発見されていて、そこのマップも作成が始まっていた。

 ただ、その途中で、1つの噂が広まっていた。

 それが、地下通路には幽霊が出るというものである。



 レック達が今日も地下通路を探索していたその日の夕方。

「今日も報告があったのか。これで6人目か」

 ラスベガスから引っ越してきた冒険者ギルド仮本部。その一室でその日の報告書に目を通していた冒険者ギルドのマスター、ギンジロウが呟いた。

「一緒にいた者たちは見ていないってところも、いつも通りかい?」

 そう言ったのは、隣の机でやはり書類を裁いていた金髪の男だった。ギンジロウから渡された書類を、その茶色い瞳で一瞥し、

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 そう言って、ジャケットが掛けられた椅子の背もたれへともたれ掛かる。

「幽霊とは言うが、普通の死霊系エネミーなら、その場にいた全員が目撃しているはずだ」

「だけど、目の錯覚というには共通点が多すぎる、だろう?」

 金髪の同僚の言葉に、ギンジロウは渋々頷いた。

 最初、幽霊を見たという報告があった時、はっきり言ってギンジロウは死霊系エネミーだと考えた。次に、その場にいた中でそれを見たのは一人だけだと聞いて、幻でも見たのだろうと片付けてしまった。

 だが、話はそれで終わらなかった。

 時々同じような報告が上がるのである。

 そして、それらの報告には必ず共通点があった。

 曰く、それが見えるのは一人だけである。

 曰く、見えているのはワンピースを着た小さい女の子である。

 曰く、女の子の姿は多少離れていても、何故か細部まではっきりと分かる。

 曰く、女の子は光源を持っていないのに、その周囲が明るい。

 などなど。

 あまりの共通点の多さに何かあると、ギンジロウは直属の冒険者達を使って目撃情報があった周囲を調べてみたが、結果はいつも空振りに終わっていた。

 そして、そうこうしている間に、地下通路には幽霊が出るという噂が広まっていたのだった。

 もっとも、それで地下通路の探索ペースが落ちることはなかった。

 そもそも、仮想現実であるジ・アナザーで幽霊が出るとは誰も本気で信じていない。ほとんどのプレイヤーは、それが幻か、狂言かだと考えていた。何かのイベントではないかと考えるプレイヤーもいたことはいたが、目撃例が少ない事以上に、ジ・アナザーでは『魔王降臨』以外にはイベントらしきものが行われたことはなかったことから、その可能性を真面目に考えるプレイヤーも皆無だった。

 ただし、幽霊だろうが何だろうが、小さい可愛らしい女の子ということで、一部の冒険者達――他の冒険者曰く、奴らは変態だ――はむしろ熱心にその姿を追い求めていたりする。

「狂言の類だと断言できたら楽なんだけどな」

 ギンジロウがぼやくと、

「近いうちに、改めて調査した方がいいだろうね。……任せてもらえるなら、取り仕切るけど?」

「そうだな。マイケル、そっちは頼む」

「ああ。それじゃやっとくよ」

 ギンジロウの金髪の同僚――マイケルは、そう答えると再び書類との睨めっこを再開した。



 その日の晩。

 レック達はいつも通り、宿の食堂で夕食を摂っていた。

「はぁ……それで、結局探索があんま進まなんだと」

 コロッケをついばみながら、呆れた様にそう言ったのはマージンである。

 幽霊の話が出た後、幽霊怖いから立ち直ったかに見えたリリーだったが、集中力も何もかも壊滅したままだった。そうなると、代わりに誰かが暗い地下通路の中で先頭を歩かなければならないのだが、誰がやってもリリーほど上手く探索しながら進むことが出来ず、早々に今日の探索を切り上げる羽目になったのだった。

「まあ、たまにはそういうこともある」

 微妙に小さくなっているリリーを横目に、グランスはあっけらかんとそう言った。

 仲間達も、「そんなもんだよね」と同意する。特にクライストとレックが力強く頷いている。

 何しろこの二人、無駄にリリーを怯えさせたということで、宿に戻ってきた後、ディアナとミネアに1時間ほど説教を喰らったのだ。反省の色が見られなかったら、後は推して知るべしである。

「にしても、リリーって幽霊とか苦手なんか。意外に可愛いとこあるんやな」

 仲間達の様子を見ながら、コロッケを2つに割りながら、マージンがそう言った。

「え?あ、う……」

 可愛いと言われた為か、変な声を出しながら、今度は別の理由で小さくなるリリー。その顔はしっかり真っ赤になっていたのだが、元々リリーが俯いていたこともあって、ディアナ以外誰も気づかなかった。

「ところで、その幽霊の噂とやらは、怖い話なのかのう?」

 マージンの台詞が天然なのか(たら)しなのか判断できないながらも、ディアナは気になっていた噂を誰か知らないかと訊いてみる。

 クライストとレックが揃って首を振る中、

「いんや。全然怖かないで」

 あっさりそう答えたのはマージンだった。

 仲間達の装備の本格的な修理と新しい武器の試作のために軍の設備を利用しているマージンは、そこでいろいろな話を聞き込んできていた。幽霊の噂もその1つだと言いながら、手短に噂の中身を説明する。

「要するに、地下通路にプレイヤーっぽくない、ワンピースを着た小さい女の子が出没するってそれだけやな」

「それが幽霊ってか?」

「そう言われとるけどな。誰も確認しとらんで?」

 だから、幽霊なのか、エネミーやゴーレムの様な一種のNPCなのか、はたまた人騒がせなどこかのプレイヤーなのか。さっぱり分からないのだとマージンは言う。

「実害はあるのか?」

 そう訊いてきたグランスに、マージンは首を振って、

「いんや。姿が目撃されるだけやな。それも、すぐに消えてしまうらしいで」

 そう答えた後、自分の皿に残っていた最後のコロッケをぱくりと口に放り込む。

「怪談の典型みたいな話じゃのう……」

 ディアナはそう言うが、確かに平気な人間にとっては全く怖くない。ただ、苦手な人間にとっては話は変わる。

 その苦手な人間であるところのリリーはと言うと、十分明るい宿の食堂にいるせいか、ディアナが見るところ、今は平気そうだった。

 しかし、

「ただな。この話にはおまけがあってな」

 コロッケを飲み込み終わったマージンが妙に低い声でそう言った。仲間達が思わず息を飲む中、リリーが微かに身を強ばらせたのをディアナは見逃さなかった。思わず、マージンを睨んでしまう。

 が、

「ちっちゃい女の子ゆうことで、ロリコン達が血眼になって探しとるいう話や」

 次の瞬間、マージンの口から飛び出してきたオチに、思わず仲間達は全員脱力してしまった。

「なんだよ、それ」

 そう言いながらも、口元が震えているクライスト。いや、クライストだけでなく、マージンを除く全員が、リリーまでもが身体を震わせて笑っていた。

「まー……ジ・アナザーにはロリコンやショタコンの好きな低年齢のアバターはおらんからな。飢えとったんやろ」

「いたとしても、手を出したら犯罪じゃろうが」

 呆れた様にディアナが言うと、

「いや、いるだけで既に犯罪臭が……」

 声を潜めて、クライストがそう言うと、

「まあ……実害はないだろうし、放っておいてやろう」

 グランスまでが苦笑しながらそう言った。

 それで再び、ささやかな笑いが蒼い月が囲んでいるテーブルで湧き起こる。

 その笑いが静まる頃、再びマージンが口を開いた。

「まあ、ロリコンは置いといて、や」

 それでまた何人かがクスクスと笑うのを横目に、マージンはリリーに視線を遣った。

 一瞬、リリーの動きが固まるが、それに気づいた様子もなく、マージンは言葉を続ける。

「この話で思い出したんやけどな。半年ほど前にここに来た時、地下通路でリリーが女の子を見たとか言うてたやろ?覚えとるか?」

「え?うん。そう言えばそんなこともあったっけ」

 慌てて頷いたリリーは、マージンの言葉でその時のことを思い出す。そして、あることに気づいて恐る恐るマージンに訊いてみる。

「……ひょっとして、あれが?」

「ん~。わいには何とも。リリーはどう思ったんや?」

「えっと……」

 逆にマージンに質問で返され、リリーはその時のことを、自分が見た女の子の様子を思い出す。

「……分かんない。けど、イヤな感じは無かったかな」

 確かに、あの時見た女の子は、幽霊と言われればしっくり来る気はする。でも、リリーは全く怖いとは思わなかった。むしろ、その逆だったかも知れない。

「なら、怖くはないやろ?」

 そう訊いてきたマージンに、リリーは素直に頷いた。

「そっか……あの女の子なんだ」

 そう言ったリリーはもう、幽霊の噂への恐怖は消えて無くなっていた。

 その傍ら、マージンが仲間達に向かって言葉を続ける。

「ただ、そうなると気になるんは、その目的や。プレイヤーの悪戯やなかったら……」

 そこで、マージンの言葉は切れてしまった。それ以上、考えがまとまっていなかったらしい。

「調べてみる価値があると考えているんだな?」

 グランスの言葉に、マージンは頷いた。

「気になったことを見過ごしとったら、何か見落とすかもしれへん。そんな気がするんや」

「勘が当てになるかどうかは兎に角……気になったことを調べずに後悔するのはイヤだな」

 グランスはそう言うと、仲間達の顔を見回し、

「少し調べてみるか?」

 そう訊ねた。

「まあ、それも良かろう」

「ちょっと、探索も飽きてきてたしね」

 口々にあっさり賛成する仲間達。

 こうして、レック達は翌日から、幽霊――と呼ばれている何者かを追いかけてみることになった。



 翌日。

 幽霊の噂を追いかけてみることにしたレック達が最初にすることにしたのは現地調査ではなく、目撃情報の確認である。

「軍のホエール中将から紹介を受けてきたんだが、責任者に会わせてもらえるだろうか?」

 ミネアを連れたグランスが訪ねてきたのは、冒険者ギルドのキングダム仮本部である。最初はホエールを訪ねていったのだが、もっと詳しい人間がいるからと冒険者ギルドを紹介されたのだった。

「少々お待ち下さい」

 受付の担当者はホエールの紹介状をグランスから受け取ると、中身を確認し始める。

「確かに。では、責任者を呼んで参りますので、暫くこちらの部屋でお待ち下さい」

 すぐに確認を終えた担当者は、そう言ってグランス達を少し奥にある小部屋へと案内した。

 小部屋には小さい机と幾つかの椅子が並べられていて、ちょっとした会議なら出来そうな雰囲気である。

「どのくらい待つことになるだろうな」

 椅子の1つに腰を下ろし、グランスがぼそりと呟いた。

 軍は兎に角、冒険者ギルドはとても忙しい組織である。キングダム大陸中の冒険者の活動を把握し、サポートしているのだ。

 その本部ともなれば、忙しさは想像に難くない。正直、こうして時間を取ってもらえただけでも予想外と言える。

「意外と待たなくても良いかもしれませんよ?」

「だと良いがな」

 隣の椅子に腰掛けたミネアにそう返しながら、グランスは長期戦も覚悟していた。

 が、実際にはミネアの言葉通りだった。

 二人がマージンが新しく作ろうとしている武器のことなんかを話していると、扉がノックされた。

「どうぞ」

 グランスがそう答えると、ガチャリと扉が開き、その向こうから肩まで銀髪を垂らした男が一人、姿を現した。

「君たちが蒼い月、か。待たせたな」

 その男はグランス達をそのオレンジの瞳で一瞥すると、後ろ手に扉を閉め、さっさとグランス達の正面に移動した。

 グランスとミネアが立ち上がり、

「蒼い月のグランスだ」

「ミネア……です」

 と挨拶をすると、

「ホエール中将やレイン副議長から聞いてる。俺はギンジロウ。冒険者ギルドのマスターだ」

 とにやりと笑った。

 冒険者ギルドのマスターなどという予想外の大物の登場に、グランスとミネアが驚いていると、

「噂の蒼い月のメンバーには会ってみたいと思ってたんだ。多分、会議の他の連中もそうじゃないか?……まあ、座ろうか」

 ビックリさせることに成功したためか、機嫌良くギンジロウはそう言った。

「さて、個人的にあれこれ聞いてみたい話はあるんだが、先にそちらの用件を済ませようか。どうして訪ねてきたんだ?」

 グランスとミネアも椅子に座るのを待って、ギンジロウはそう口にした。

「ああ。幽霊の噂というのを仲間が聞いてきてな。探索の傍ら、少し調べてみることにしたんだ」

「つまり、その話を聞きに来たわけだな」

「そういうことだ」

 グランスが肯定すると、ギンジロウは「なるほど」と頷き、

「何か気になる点でもあるのか?」

 そう訊いてみる。ひょっとしたら、自分も知らない何かを知ってるのではないかと思ったからだ。

「具体的には何とも言えないな。敢えて言うなら……幽霊を怖がっているメンバーがいて、探索ペースが落ちそうなんだ。他の仲間は地下通路の探索に飽きたとか言っていたな」

 そのグランスの言葉に、ギンジロウは苦笑しつつも、誰が飽きたのかとは訊かない。他の冒険者達にも、似た様なことを漏らし始めている者がいると報告を受けているからだ。

 真っ暗な中での、何の実りもない、先も見えない探索など続けていれば、いずれ、どうしてもそうなる。まだ、精霊王という言葉のおかげで冒険者達は元気にやっているが、たまには気分転換も必要だろう。

「まあ、気持ちは分かるな」

 ギンジロウはそう言うと、「では」と話を続ける。

「幽霊の噂の件だが、実はこちらでも少し調べてみた。だが、何も見つからなかったのさ。正直お手上げってところだ。それでもやってみるか?」

「ああ。何も無いなら無いで、仲間も納得するだろう」

 グランスにそう言われ、それもそうかとギンジロウは心の中で頷き、

「そうか。なら、止めはしない。むしろ、何か分かったなら教えて欲しい。そうだな、成功報酬を出しても良いな」

「報酬は……期待しない方が良さそうだな」

「ちゃんとした額は出すぞ?」

 一瞬、冒険者ギルドはケチだと思われているのかも知れないと思ったギンジロウだったが、グランスはそうは考えていなかった。

「いや、調査が空振りに終わるかも知れないだろう」

「あ、ああ、そうだな……そっちの意味だったか」

 勘違いを指摘されたギンジロウの言葉、その後半はギンジロウの口の中で溶け消えた。

「まあ、空振りだったとしても、報告さえしてくれれば多少は報酬を出そう。正直、幽霊の件はこちらも気にはなってたからな」

 空振りでも報酬が出るという言葉に、グランスの表情が緩んだ。

「それは助かる。……ところで、そろそろ幽霊の情報を聞きたいんだが……いいか?」

「ああ、そうだったな」

 ギンジロウは気を取り直して説明を始める。

 今までに何人がそれを目撃したのか。

 詳しい姿形。

 目撃した時の状況。

「人数よりも……状況が気になるな」

 パーティの中でも一人にしか見えず、他の仲間には見えていなかったという説明のところで、グランスがそう呟いた。

「まあな。だから、最初は目の錯覚だろうと思ったんだが、全員が同じ背格好の女の子を見たと言う。となると、単なる目の錯覚ではないんだろう。何か条件があるのかも知れないが、一緒に行動していて一人だけ条件を満たすことなど無いはずだからな」

 さっぱり分からない。とギンジロウは言う。

「そうだな……済まない。話の邪魔をした。続けてくれ」

 実はグランスは別のことを思い出していたのだが、今言う必要もないだろうとギンジロウに先を促した。

「ああ。後は目撃された場所、か」

 ギンジロウは場所を伝えようとそう言ったところで、ふと気がついた。

「済まない。ちょっと地下通路のマップを持ってきていなかった。取ってこさせるから少し待ってもらえないか?」

 そう言ってギンジロウが立ち上がろうとすると、グランスがそれを止める。

「待ってくれ。それなら持ってきていたはずだ」

「あ、はい。あります」

 グランスの言葉で、ミネアはここのところいつも持ち歩いている地下通路のマップを取り出した。

「一昨日貰ったやつですけど……」

「……いや、これなら大丈夫だ」

 ミネアが机の上に置いたマップを見て、ギンジロウはそう答えた。

 地下通路のマップは日々新しい通路の探索が進んでいるため、毎日の様に新しい通路が書き加えられたマップが探索に当たる冒険者達に配布されていた。つまり、ミネアが取り出したマップには最新の探索結果が反映されていないのだった。

 もっとも、幽霊が目撃された場所は既に載っている場所だったので、ギンジロウの説明には十分である。

「場所はばらばらで、毎回違う場所で目撃されている」

 そう言いながら、ギンジロウの指は机の上に広げられたマップの上を辿り、

「ここ。それから、こことここ」

 と、幽霊が目撃された場所を順番に指していく。

「6カ所か」

「そうだ。もっと回数が多ければ、どこに出やすいとか傾向も掴めるんだけどな」

 ギンジロウは言ったとおり、6回程度では傾向も共通点も見つけづらい。偶然かも知れないと言われたらそれまでだからだ。

 おまけに目撃された場所も毎回ばらばらで、何の共通点も見つけられない。

「うちのメンバーも、この辺りで前に何か見たらしいんだが……」

 グランスはそう言って地図のある場所を指す。勿論、幽霊が目撃された他の場所からは離れている。

 だが、ギンジロウを軽く驚かすのには十分だった。

「おたくらもか?」

「ああ。外見も確認してみたが、多分、同じだろう」

「……と言っても、目撃情報が1つ増えただけか」

 軽く驚きはしたが、言ってしまえばそれだけのこと。グランスに特に詳しく話を聞く必要もない。

 なので、

「せめて、現場を見てみるくらいしかできないか」

「そうだな」

 歩き回る距離を考えてウンザリした様子のグランスに、ギンジロウは相槌を打つことしかできなかった。



 グランスとミネアが冒険者ギルドでギンジロウと話をしていた頃。

 蒼い月の残りのメンバーのうち、レック、クライスト、ディアナは、軍の訓練場でホエールを相手に模擬戦をやっていた。

「はぁっ!」

 気合いと共に、グレートソード代わりの大きな木刀が横なぎに振るわれる。しかし、それはホエールの身体を掠ることすらない。

 レックの剣筋を軽く読み取って僅か1歩下がるだけで完全に回避したホエールは、身体強化しているレックが巻き起こした風に前髪を靡かせながら、手に持った木刀を軽く突き出す。

「!!」

 やはり身体強化を纏ったホエールの突きのあまりの早さに、木刀を振り切った体勢だったレックは反応が遅れそうになるも、ギリギリ半身になって回避することに成功する。だが、

「まだまだ甘いよ」

 そんなことを言ってきたホエールは、易々とレックとの距離を詰めてきた。

「!」

 レックは慌てて木刀をホエールに叩き付けようとするも、勢いに乗る前のグレートソード(を模した木刀)など、ホエールにとっては何ら脅威ではなかった。

「はい」

 そんな声と共にレックは木刀を握っていた左手の甲に強い痛みを感じ、次の瞬間には木刀が強い衝撃と共に弾き飛ばされてしまう。

 そして、

「これで終わり。降参する?」

 気がつけば、喉元にホエールの木刀が突きつけられていた。


「やっぱり、身体強化を使える相手との訓練はひと味違うね」

 一汗流し、部下が持ってきた水を飲みながら満足そうに言うホエール。最近のキングダムの陽気もあって、上半身は薄いシャツ一枚という格好である。これでも、女性がいるから上半身素っ裸は我慢しているのだと、本人は言っていた。

 一方、レック達は汗まみれになってへとへとに疲れ切っていた。もっとも、水も飲めないほどではないので、こちらもちびちびと水を飲んでいた。

 ホエールに叩かれた痕は、全員治癒魔術で治療済みである。

「前は勝てなかったけど、今度は勝てると思ったんだけどね」

「身体能力の差だけじゃないという事じゃな」

 残念そうなレックとは対照的に、淡々と敗因の分析を試みるディアナ。

「もっと、技を磨かないといけねぇってことだな」

 クライストはそう言ったが、実際にはレック達には経験とかいろいろ足りないのである。レック達にあるのはあくまでもエネミー相手の戦闘経験で、対人戦闘の経験はまだまだ少なかった。

 とは言え、ホエールも楽勝とは思っていなかった。

「でも、レックの身体能力にはかなりひやひやしたよ?スピードもパワーも完全に僕より上だったよね」

「まー……魔力量Aだからな。持続時間も馬鹿にならねぇよな」

 クライストの言うとおり、レックは疲れ切ってはいたが、それはあくまでも体力を使い切ったからで、まだまだ魔力は残っていた。

「そうだね。まだ、魔力は残ってるよ」

 最近、体力の消費と魔力の消費を、区別できる様になってきたレックがそう言う。

「どのくらいじゃ?」

「それは分からないけど……あんまり減った気はしない、かな?」

「……化け物め」

 レックと同じように、なんだかんだで魔力の減りを認識できる様になっていたクライストが、自分の魔力が随分減っていることを感じつつ、そう言い捨て、

「全くじゃな」

 それに同意したディアナが頷いた。もっとも、ディアナはそれなりに魔力が減ってはいたが、まだ十分残っていると感じていた。今へばっているのは、レックと同じく単に体力を使い果たしただけである。

「それでもホエールに勝てないんだから……魔力がいくらあってもね」

「流石にそう簡単には負けられないよ。でも、君たちがもっと対人戦闘の経験を積んだら、確実に勝てるとは言えなくなりそうだね」

 ホエールはそう苦笑しながら、訓練場の時計に目を遣った。

「あー……残念だけど、僕は今日はここまでかな」

 そう言いながら、立ち上がる。

 一応、中将という立場上、ホエールにはやらなくてはいけない仕事が沢山あるのである。レック達が訓練場を使えないかと訪ねてきたのを良いことに、書類から逃げ出してきたのだが、流石にそろそろ戻らないと拙いことになりそうだった。

「じゃあ、僕は戻るけど、暫くここは使ってて良いよ」

「ああ、助かるぜ」

 そう返したクライストに軽く手を振って、ホエールは部下を連れて建物の中へと消えていった。

 そうして訓練場に残されたのはレック達3人だけである。

 地下通路の探索に軍も駆り出された結果、普段なら一般兵で溢れかえっているはずの訓練場はすかすかだった。おかげで、周りの目を気にせずホエールと模擬戦を出来たのである。

「折角じゃし、もう暫く身体を動かしていくかのう」

 地面の上からホエールを見送ったディアナがそう言いながら立ち上がると、

「だね」

 そう言って、レックものっそり立ち上がった。

「てか、本当なら冒険者ギルドの方にこういった施設があるもんじゃねぇのか?」

「まあ……無いんだから仕方ないよ」

 レックも似た様なことを前に考えたなと思いながら、クライストを宥めた。

 プレイヤー向けの訓練施設は『魔王降臨』以前からあちこちの街にあった。そして『魔王降臨』以降はより安全に戦闘訓練を行うため、大陸会議が管理している全ての街に訓練施設が用意されつつあった。

 そのような訓練施設は通常、冒険者ギルドと軍が共同で管理・使用している。だが、キングダムは大陸会議が入るまで半ば無法地帯であったこともあり、軍が優先的に各種施設を占有していた――というより、冒険者ギルドがキングダムに入るのがかなり遅かった。 そんな経緯があって、キングダムでの実用的な施設・建物は大体軍が管理しているのである。

 最近、その辺のことでレインとギンジロウが何やら時々話し合っているのだが……レック達には知る(よし)もないことである。

「にしても……グレートソードはエネミーと戦うのにはいいけど、模擬戦だと不利な気がするよ」

 と、グレートソードを模した木刀を軽く振りながら、レックは言う。

「そりゃあな。それだけでかかったら、威力がある分隙もでかいからな。その点、ナックルは良いぜ?」

 そう言いながら、クライストは両手を握ってボクサーの様な構えを取る。しかし、

「その分、間合いが短すぎて、手も足も出ておらんかったと思うがのう」

「うぐ……」

 ディアナに指摘されたくない事実を指摘され、撃沈した。

 実際には、ホエールの木刀を手で逸らす事が出来ていたので、防御面では一番良かったのだが……間合いの短さだけはどうにもならなかった。

 ちなみに、ディアナも槍を模した棍でホエールに挑んだのだが……「軽いよ」の一言で攻撃はことごとくいとも簡単に受け止められ、あれよあれよという間に負けてしまっていた。

「前みたいな事もあるし……対人戦闘も出来るようにしないといけないよね」

 半年前、キングダムであったことを思い出しながらレックがそう言うと、

「だな」

「じゃな」

 こればかりはクライストとディアナも素直に頷いたのだった。



 レック達3人が訓練を再開した頃。

 マージンはというと、鍛冶場でガンガンと鉄を叩いていた。仲間の装備の必要な修理や補強は数日前に完成させ、今は新しい武器を作ってみているところだった。

 作っては壊し。作っては壊し。

 ひたすらその繰り返しである。

「また壊すの?」

 その様子を見学していたリリーに、

「多分、そうなるやろな」

 剣の形になってきた鉄の塊を叩きながら、マージンはそう答える。

 新しい武器の基本的な設計図は既に完成しているのだが、実際に打ってみると思った様にはなかなかならない。

 今までに作った武器はスキルを使っていたので、勝手に身体が動いていた。完成した武器も設計図通りバランスよく仕上がっていたのだが、設計の段階から作るとなるとそうも行かない。

 流石に、今更ヒビが入るとか、変に曲がるとかはないものの、重心がずれたり、思ったより重くなったり、力がかかった時に壊れそうな部分が出来たり。

 そんなことをリリーに説明しながら、マージンは鉄を打っていく。

 リリーはと言うと、最初はマージンが鉄を打っている様子を大人しく眺めていたが、すぐに飽きてしまった。

 もっとも、邪魔をしてはいけないとは思っているので、大人しくはしている。

 かといって、他の仲間の所に行くつもりもない。というのも、グランス達に付き合うのは堅苦しいし、レック達に付き合おうにも身体強化が出来なければついていけないからである。……マージンに付き合っても何も出来ないのだが。

 代わりと言っては何だが、リリーはちょくちょくマージンに話しかけていた。

「ねね……噂の幽霊って、やっぱりあたしが前に見たのと同じだと思う?」

 マージンの近くにいると焼けた鉄の熱気でかなり暑いので、ちょっと離れたところからマージンにそう声をかける。

「まー……そうやろな」

 リリーに答える間も、マージンの視線は手元の鉄から離れない。

「幽霊、だと思う?」

「ちゃうやろな」

 マージンはそう言って、ハンマーを置き、横に置いてあったタオルで額の汗を拭う。

「違うって……じゃあ、何だと思う?」

 マージンがあっさり否定したことに驚いたリリーは、好奇心を煽られた。

「イベントキャラとかやろな」

「でも、あたしにしか見えなかったよ?」

 リリーは驚きながらも、そう返した。

 イベントキャラというのはジ・アナザーでは十分珍しい――というより、前例が皆無である。しかしそれ以上に、アバターにしろエネミーにしろ特定のプレイヤーにしか見えないというのが気になる。

「服装とかステータスとか関係しとるんかもな」

「そうなのかな~?」

 キャラによって開始できたり出来なかったりするイベントは確かにMMOでは珍しくはない。だからこそ勿論、ギンジロウ達はその可能性も考慮した。だが、幽霊を目撃したプレイヤーの間に、これといった共通点が見つからなかったのである。

「ま、ここで話してても分からんやろ。ダメ元で探してみるしかあらへんやろな」

「結局、そういうことだよね~……」

 そこで会話が途切れる。マージンがハンマーを置いて、やっとこで打っていた剣を持ち上げたからだ。

 マージンはいろいろな角度から出来映えを確認する。しかし、結局気に入らなかったのか、再び炉に放り込み、あっさりと溶かしてしまった。

 そんなマージンの作業を、リリーは昼頃までひたすら眺めていた。


 ちなみに、マージンはこの日も一本の剣も仕上げられなかった事は余談である。


「……鍛冶屋への道は遠いわ」

 そんなマージンの言葉を、リリーは聞いた気がした。

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