第五章 第七話 ~ホエール達と~
「やっぱり、驚いてるよね。ごめんね?」
ひとしきり驚いたレック達が落ち着いたのを見計らって、ホエールがそう頭を下げてきた。
「まあ、そう言うな。おまえを助けてくれたという連中に、俺も一度会っておきたかったんだ」
そう言うと、レインはレック達の方に向き直り、
「こいつとは銀竜騎団を立ち上げた時からの付き合いでな。親友と言ってもいいくらいのヤツなんだ。死にかけたと聞いた時はホントに肝を冷やした。だから、驚くだろうとは思ったんだが、直接礼を言いたかったんだ。驚かしたのは悪かったな」
と、頭を下げた。
その態度に好感を持つレック達。
「いや、驚きはしましたが、そう言うことなら謝って貰わなくても大丈夫です」
と、珍しくグランスが丁寧語で答える。
「そうか。そう言って貰えると嬉しいな。……それと、別にそんなに改まった口調でなくてもいいぞ。正直、堅苦しい口調は嫌いなんだ」
「そうか。なら、そうさせて貰おう」
レインの言葉を聞いて、グランスの丁寧口調は瞬く間に終わってしまった。
「では、こちらも自己紹介をさせて貰うべきだな。俺はグランス。蒼い月の……リーダーのようなものをやらせてもらっている」
グランスがそう言った途端、
「旦那、まだ諦めてへんかったんやな……」
「だよね~。もう認めたんだと思ってた」
「じゃのう。もう、誰がどう見てもリーダーじゃと思うがのう」
と、ひそひそ話がグランスの後ろから聞こえてきた。
グランスは3人を睨み付けようかとも思ったが、レインとホエールが苦笑しているのを見て、その気も削がれた。代わりに、手っ取り早く仲間の紹介を済ませることにする。
「で、そこの青いのがマージン。うちの武器や防具の修理・製造担当だな。腕の方は……並程度か?」
「ん。よう分からんけど、そんなとこやろ。……ド下手ではないで?」
「それは分かってる。で、その隣のちっこいのがリリー。さらにその隣のがディアナだ。……痛い。蹴るな」
「ちっこいとか言ったからでしょ!」
レイン達の死角からリリーがグランスを蹴っ飛ばしたらしい。もっとも、口で言うほどグランスは痛がってはいなかった。ただ、
「今のはグランスが悪いと……思います」
と、ミネアにジト目で非難され、少し小さくなりはした。
「こいつがミネア」
「グランスの嫁じゃ」
グランスに続けて、誰かがぼそっと言った。
「ほほう……」
感心したようなレインとホエールの視線を受け、一瞬で真っ赤に沸騰するグランスとミネア。ミネアは素早くグランスの後ろに隠れたが、グランスはその巨体故に逃げも隠れも出来ず、代わりに余計なことを言ったディアナを睨み付けた。
しかし、ディアナには全く効果がない。それどころか、
「ちゃんと所有権を主張しておかねば、どこかの優男に取られてしまうかも知れんからのう」
などと、曰う。
「いやいや。流石に無闇矢鱈と女性に手は出さないさ」
レインはディアナの言った優男というのが誰のことか察し、苦笑しながら片手を振って否定した。しかし、
「無闇矢鱈と……じゃなければ、手を出すんだね?」
「……訂正だ。本命以外には、だ」
後方からのフレンドファイアを受け、訂正を余儀なくされた。
「ふむ。それなら、失礼なことを申したのう」
ディアナも初対面の相手に失礼を働いた自覚は持っていて、素直に頭を下げた。その口調は上から目線だったが。
「いや、気にする必要はないさ。最初の頃に言われ慣れてるしな」
「そうそう。だから、気にしなくても良いよ」
「おまえが言うな」
放っておくと余計な一言を入れてくる仲間がいるのは、どこも似たようなものらしい。そう考えたグランスは、思わす口元が緩んでしまっていた。
だが、まだ二人ほど紹介が終わっていない。
「コホン。話が弾んでいるところ悪いんだが、後二人の紹介を済ませてからにしてくれないか?」
咳払いをしたグランスがそう口を挟むと、
「ああ、済まない。頼む」
レインはホエールからグランスに視線を移し、そう言った。
「では。そっちの白いのがクライスト。銃器使いだ。……が、弾切れだったか?」
「ああ、残念ながらほぼすっからかんだ」
クライストはお手上げと言わんばかりに、両手を挙げ、
「おかげで今じゃ、格闘家っぽくなってきちまったな」
と、わざとらしくため息を吐いて見せた。
それを聞いていたレインは驚いたように、
「銃を使っているプレイヤー、やっぱりいたのか」
そう言って、少し考え込む様子を見せた。どうやら、ホエールを助けてくれた張本人であることよりも、銃器使いであることの方が気になったらしい。しかし、それで最後の一人の紹介が止まってしまっているのに気づくと、
「ああ、済まない。進めて欲しい」
と、グランスに先を促した。
「最後の一人がレック。それで以上だ」
ディアナと同じように、これといった特徴もないレックの紹介もあっさり終わった。
グランスによるレック達の紹介も一通り済んだところで、
「隣に移ろう。ここではゆっくり出来ないから」
と言うホエールに連れられ、元の部屋から続き部屋になっている隣の応接室へと全員が移動した。
元の部屋は執務室っぽく椅子より堅苦しい机がその存在を主張していたが、こちらの部屋では背の低いテーブルを取り囲む4つのソファがその存在を主張していた。
「流石にこの人数を想定した部屋じゃないからね。でも、全員座れるよね」
ホエールの言うように、確かに全員座れた。
扉はないが廊下側のソファに、ホエールとレイン。向かってその左側にグランスとミネア。右側にクライスト、マージン、レック。ホエール達の正面、つまり窓側にディアナとリリーという並びである。
が、きつきつである。特に、クライスト達は3人で1つのソファに座っているので、ゆったりとくつろげそうな雰囲気は全くなかった。
それでも何とか全員が腰を下ろすのを待って、ホエールが口を開いた。
「さて。思ったより、素直に招待を受けてもらえて嬉しいよ。元気だった、とは訊かないでいいよね?」
「ああ」
グランスの短い返事にもホエールは気分を悪くした様子はなかった。何せ、仮想現実で病気になるはずがない。それが常識なのだから、元気かどうか訊いたのは習慣的な挨拶でしかなかった。
「僕達も元気だった……と言いたいところだけど、正直ちょっと疲れ気味かな。あの後も結構忙しくて」
「キングダム統一……と言うのか?そのせいか?」
既にキングダムの全ての街区が大陸会議の管轄下に入ったことを聞いていたグランスがそう確認すると、ホエールとレインは頷いた。
「ほとんど戦闘らしい戦闘もなかったのはいいことなんだけど、ダイナマイツサンダーとかが支配してた街区がめちゃくちゃ荒れててね。その後傘下に入ったエドバドとクラッカーズの街区はまだマシだったんだけど、そっちも大変だったよ」
「人数の把握までやろうと言い出したのがいたからな……。後回しにはさせたが、そのうち戸籍作りに駆り出されるかもな」
もう一人の大陸会議副議長を思い浮かべながら、しみじみとレインが言う。
「人数か。結局、プレイヤーは何人くらいいるんだ?」
そう訊いたのはクライスト。それにレインは静かに答える。
「まだ把握は仕切れていないな。メトロポリスにも相当数いるという話だし、そもそもキングダム大陸にもまだ、掌握できていない街が幾つもある。なので、推測でしかないが、全体で百万人近いプレイヤーが閉じ込められたと見ている」
「百……」
ある意味想像を絶する数値に、質問をしたクライストだけでなく、他の蒼い月のメンバーも固まってしまった。
「うち、約1/3にあたる30万から40万がキングダム大陸にいると、大陸会議では見ているな」
「それは……凄まじい数字だな」
あの日、万単位のプレイヤーが閉じ込められたのだろうとは予想していたが、実際はそんなものでは済まなかったことに、グランスは驚きを隠せなかった。
そんな蒼い月の様子を見ながら、
(推測される死亡者数は蛇足だな……もっとも機密扱いだが)
とレインはもう1つの数値を思い浮かべていた。
あの『魔王降臨』以降、エネミーによって殺されたり、プレイヤー同士の殺し合いで死んだプレイヤーの総数はかなりの数に上る。大陸会議が集めた情報から推測されたその数値は、キングダム大陸だけでも5000人にのぼった。メトロポリスなどでどうなっているか分からないが、単純計算で既に1万以上。閉じ込められたプレイヤーの1%以上が一年経たずに死んでしまった計算である。
実際には『魔王降臨』から徐々に死亡ペースは落ちてきているので、最近は随分マシになっているはずだが、それでもパニックを恐れる大陸会議はこの試算結果は公表しないことに決めた。
死にたくないのは誰も同じなので、死ななくて済むように取れる対策は個々人で既に取られているはずだった。つまり、今更新しく何か出来ることはない。死んだプレイヤーの数など公表しても、せいぜい新たな混乱の種になるだけなのだった。
そんなレインの思考は、新たに上がった声で遮られた。
「しかし、それだけおったら、ちっちゃい国に匹敵せえへんか?」
「するな。日本でも人口が少ない県ならそれくらい、か?」
マージンの言葉に、グランスが頭を捻りながら答えている。
「なんか……うん。大陸会議、ご苦労さんって感じやな」
そう、マージンから微妙にねぎらいの言葉をかけられた気がするレインだったが、軍以外のことは原則人任せなので、内心苦笑するしかなかった。
それからしばらく、街ごとの人口だとか、幾つくらい街を維持できるとか、そんな政治だか経済だかの話が何故か続いた後、
「それで、君たちはどうだった?身体強化は無事に覚えられたのかな?」
次は蒼い月の番だと、ホエールが訊いた。
「ああ。大体な」
「大体?」
レインが不思議そうな顔をする。
「一人を除いて全員が覚えることが出来た」
「……それはまた……多いな」
グランスの言葉を聞いたレインは、呆れたようにそう言った。
身体強化は比較的習得しやすい魔術である。それでも、二人に一人は覚えられない。7人中6人が覚えたというのは、少しばかり珍しかった。
「まあ、うちは相性が良いやつが多いみたいだからな」
「治癒魔法も使えるメンバー、多かったよね」
グランスの言葉に、ホエールが思い出したようにそう言う。
「なんというか、魔法部隊だな。正直、軍にスカウトしたいくらいだ……入る気はないよな?」
「ない」
グランスに断られ、レインは念のため他の蒼い月のメンバーにも視線を向けたが、全員に拒否された。
「それはさておき」
あまりにもあっさり拒否されたためか、少々へこみ気味のレインのことは放ったまま、ホエールは昨夜から気になっていたことを訊いてみる。
「身体強化を覚えてきただけにしては時間かかったよね。橋が落ちたという報告は聞いてるけど、それにしても遅かったと思うんだけど……どこか寄ってきたの?」
ホエールが蒼い月のメンバーを招待したのは、勿論、恩人であり友人でもある彼らと純粋に食事をしたかったからである。しかし、彼らが帰ってきたと聞いた時に、彼らが図書館に何度か行っていた事を思い出し、もしかしたらと気になっていたのだ。
「……まあ、寄り道はしてきたな。いろいろ」
そして、グランスの返事は微妙に間が空いたものだった。
実際、ホエールからの質問に、どこまで答えていいものか。グランスは悩んでいた。
先ほどまでいた図書館で、ホエールには精霊王と精霊の筺のことを伝えることにはしていたのだが、それはあくまでもホエールにだけである。大陸会議副議長のポストを持つレインが同席することは予想外だった。
ホエールの親友であるなら、それなりに信用は出来そうな気もするが……だが、覆水盆に返らずである。一度教えてしまえば、なかったことには出来ない。
せめて、仲間達と相談してからならと思うものの、今ここで仲間達を連れて席を外すわけにもいかないわけで。
ちらちらと仲間達の方へと視線を遣れば、正面のクライストやマージンなどは素知らぬ顔をしている。腹立たしい限りではあるが、表情から隠し事がばれるというのはあり得る話なので、やむを得ないのだろうとグランスは自分を納得させた。ただ、その隣のレックは微妙に困った顔になっていた。
(やはり、まだまだ腹芸とか無理だろうな)
などと考えつつ、結局グランスは今は黙っておこうと無難な選択をした。
一方、ホエールはグランスの視線を追って、蒼い月のメンバーの顔をさっと窺った。クライスト、マージンと見ていって、レックのところで、
(あー、何か言いたくないことがあるんだね)
グランスの懸念通り、そう気づいてしまう。
「いろいろ、ね」
ホエールはそう言いながら、どこまでのカマなら、外れても大丈夫かと考える。
(地下書庫とか隠者とか……あまり具体的すぎるとまずいよね?)
霊峰に行ってきたのかも知れない、とは思うものの、確証がない。なら、迂闊に余計なことを言ってしまえば、彼らから隠者に会える権利を奪ってしまうかも知れなかった。出来れば、それは避けたい。彼らがそれなりに優秀である(とホエールは思っている)という以上に、恩人達の選択肢を狭めるような事はしたくなかった。
一方で、少し寂しくもあった。魔物の襲撃の後しばらくグランス達の訓練に付き合うなど、親しくしていたつもりである。
(クランメンバーとまでは行かなくても、もう少し信用してくれてもいいのに……)
そう考えたところで、ふと気がついた。
グランス達があの本を読んだのなら、彼らも迂闊に話せる内容ではないと考えているはずだ。なら、隠そうとするのも無理はない。
(僕らが既に知っていると臭わせてみれば、いいのかな)
そう考えて、慎重に言葉を選ぶ。
そしてホエールはそれをゆっくりと口にした。
「人に教えることの出来ない捜し物は見つかったかい?」
ほとんど謎かけ同然の言葉だ。
しかし、あれを知っているなら、勘付くかもだろう。少なくとも、何らかの反応はあるはずだった。
果たして、その言葉を聞いたグランス達は一瞬訝しげな表情になり、次の瞬間には一様に驚愕を浮かべていた。
「お、おい。何を言い出すんだ?」
と慌てているのは、ホエールの隣に座っていたレインである。これは当然のことだろう。
ホエールでさえ、さっきまで蒼い月のメンバーが図書館に行っていたを忘れていたのである。当然、レインはその事を知らない。だから、レインはレック達が既に知っているかも知れないという可能性に気づいていなかったし、今のがホエールによる知っている者にしか通じない謎かけだと言うことにも気づいていなかった。
だが、慌てるレインを置き去りにして、話は転がり始める。
グランスは未だ驚愕を顔に浮かべたままの仲間達と、今度は隠すことなく視線を合わせる。そして、
「確認してみるしかあらへんな」
「そうだな」
マージンの言葉に頷くと、グランスはホエールへと向き直った。
だが、いきなり口に出すのは難しかったのか、一つ深呼吸をする。そして、口を開いた。
「ホエールも地下のあれを知っているんだな?」
ほとんど確信している。しかし、まだ自信がない。
そんなギリギリのグランスの心境を反映してか、出てきた言葉もギリギリのものだった。
だが、ホエールはこれで確信をより深めた。一方で、まだ、どちらが先に決定的な言葉を言うべきかを考えていたりもするが、知っていると肯定さえすれば、グランスの方から言ってくるのは間違いなかった。そして、そうするべきだとも思う。だから、
「知ってる。このレインもね」
だから、言ってしまって大丈夫だと、ホエールは言外に告げた。レインはというと、やっと状況を飲み込めたのか、まだ顔に驚きを浮かべてはいるが大人しくしている。
ホエールの言葉を聞いたレック達が頷き、仲間達の様子を確認したグランスも決心がついた。
「公立図書館。地下書庫の本の事だな?」
この瞬間、部屋を覆っていた緊張が一気に解けた。
話してはいけない秘密を既に全員が知っていたのなら、隠す必要はもはやない。気づかれないようにする努力も、探り出す努力も全て必要なくなった。
「は~……知ってたんだね?」
「ああ……そっちこそな」
大きく息を吐いたホエールに、同じように息を吐いていたグランスが首肯する。
「どういう経緯で知ったのか訊いても……ああ、意味はないかな?」
「ないな。多分、考えてるとおりだ」
「つまり、たまたまなんだね?」
「ああ。そっちはどうなんだ?」
「見つけた人から報告があってね。結構悩んだらしいけど、自分ではどうにも出来ないからと相談されたんだ」
「なるほどな……。それで、どのくらいこの話は広がっている?」
ホエールとグランスの間で、とんとん拍子で話が進んでいく。周囲は折角緊張が解けて楽になったこともあり、そんな二人に説明も質問も暫く任せるつもりだった。が、レインはそうも行かなかった。
ホエールに視線で説明を要求され、口を開く。
「一応、箝口令は敷いた。もっとも、大陸会議の上層部はこの件については全員知っている。他にも大陸会議の中には知ってる人間がいるはずだ。一般プレイヤーでも何人かがあそこを見つけて、本を読んだという報告は受けているな」
「そうか」
レインの説明を聞いて、グランスは短く答えた。
「それより、ずっと気になってることがあるんだけど……いいかな?」
「なんだ?」
そう言って、グランスはホエールに視線を向ける。
「身体強化の祭壇って、霊峰の割と近くだと思うんだよね。行ってきたんじゃないかって思ってるんだけど」
「ああ。行ってきた。お目当ての人物にも何とか会うことが出来た」
もう隠す必要もないので、グランスはあっさりとロイドのことを話した。
流石に大きく驚いているホエールとレインに、グランスはロイドがイデア社の社員であること。しかし、彼にはこの状況をどうにかする権限も力もないことを順番に話していく。
「ま、権限があったところで、ロイドは力尽くでどうにか出来る相手じゃないがな」
グランスのその言葉は十分予想していたのか、ホエールとレインは素直に頷いた。
「運営側だからな。それくらいで驚くことはないな」
とは、達観したかのようなレインの台詞である。
それを聞きながら、ホエールはグランスに先を促す。
「それはそれとして……ロイドとは他にも話をしたんでしょ?聞かせてくれるよね?」
「ああ。とは言っても、大半が魔術の訓練だったんだがな。めぼしいことと言えば、アイテムボックスと精霊の筺か」
「アイテムボックスも気になるけど……精霊の筺?」
「なんでも、中に精霊王が封印されてる、だったか?」
そこでグランスはリリーに視線を遣った。精霊使いの素質があるとロイドが言っていたからである。……確認のためだけで、説明は期待していない。
「うん。そだよ。キングダムにあるって言ってたね」
リリーの言葉を聞いて、驚くホエールとレインだったが、それでもまだ精霊の筺の重要性を知らないため、それほど驚きは大きくなかった。
しかし、
「その精霊王とやらを解放するとどうなるんだ?」
「うまくいけば、魔王を倒す力になるらしい」
グランスのその言葉には、ホエールもレインも今度こそ思いっきり驚いた。いや、興奮したと言った方が適切だろう。
「そ、それはマジか!?」
「本当なの!?」
思わずソファから腰を浮かし、グランスへと詰め寄るレインとホエール。
無理もない。『魔王降臨』から一年近く経つが、居場所も倒し方も、それどころか強さすら分からないのである。言ってしまえば、『魔王降臨』の時に空に映った姿と聞こえてきた声が話した内容がプレイヤーが知る全て。それ以外の情報としては、どんな些細なものでもこれが初めてだった。まして、それが倒す方法に繋がりそうなものとなれば、ホエールとレインが興奮したのも無理はない。
「ロイドから直接聞いた。嘘を吐かれていなければ、そういうことだ」
どうどうと詰め寄ってくる二人を宥めながら、グランスは説明する。
「ただ、精霊使いの素質があるプレイヤーでなければ、精霊王の解放は出来ないらしい。その素質の見極め方は、短期間では無理だと言って教えてもらえなかったがな」
それを聞いて、ホエールとレインは目に見えてがっくりと肩を落とし、ソファへと戻った。
詰め寄ってきていた二人から解放されたグランスは、ホッとしながら、続きを話す。
「幸い、ロイドは見分けがつくらしくてな。うちのリリーがその素質持ちだと言われた」
「なんだと!?」
「ほんとに!?」
再びがばっと立ち上がるレインとホエール。また詰め寄られるかと思ったグランスだったが、二人の視線はリリーの方へと突き刺さっていた。
「え、ちょ、そんなに見つめられても……」
まじまじと見つめられ、慌てふためいたリリーは、ソファの背もたれの影へと隠れてしまった。
ミネアでそんな光景に慣れてしまっていた蒼い月の仲間達は温かい視線でリリーを見守っていたわけだが、リリーとしては出来れば助けて欲しいわけで、
「なんとかしてよ!もう!」
と、その叫び声でハッと気がついたホエールとレインが、咳払いをしながらソファに再び腰を下ろした。
「済まない」
「ごめん」
レインとホエールの謝罪を聞いて、リリーはソファの影から顔だけ覗かせ、二人の支線を確認すると、ホッと息を吐いた。が、暫くそこから出てくる気はないらしい。
ソファの裏側の床に座り、そのままソファへともたれ掛かった。
「しばらく、こーしてるから」
そう言われて困ったのはホエールとレインである。が、レック達に視線で助けを求めても、ついっと視線を逸らされてしまった。お手上げである。
グランスもそんな二人を助ける気はさらさら無いらしく、
「まあ、話を進めるか。他にも話しておきたいことがある」
そう、話の続きを始めた。
ホエールとレインはリリーを放って置いて良いのかどうか少し悩んだようだったが、グランスの話を聞き逃すわけには行かないと、そちらに集中することにした。
「次は、アイテムボックスだな。……レック」
「なに?」
「このテーブル、入るか?」
首を傾げたレックに、グランスはソファに囲まれたテーブルをぽんぽんと叩きながら、そう言った。
「了解」
レックはそう答えると、片手でテーブルに触れた。
「いや、ちょっと待って。こんな大きな物、アイテムボックスに入らない……んじゃ?」
ホエールがそう言っている目の前で、レックの手元に吸い込まれるようにしてテーブルが消える。まさしく、アイテムボックスに物を収納する時の現象そのものだったが、理解が追いつかずに呆然とするホエールとレイン。
「アイテムボックスの拡張魔術というのがある。ロイドの所で覚えられる魔術だ。効果は見ての通りだな」
グランスがそう説明を紡いでいる間に、レックがアイテムボックスからテーブルを取り出し、元の場所に設置する。
「いや、まあ、うん。そう言うことなら分かるけど……なんかすごいね」
何とかそれだけ口にするホエール。
「ああ……すごいな」
レインはもっと短かった。
「個人差はあるが、人によってはご覧の通り、今までとは比べものにならないくらい物が入るようになる。維持するのに魔力が必要だから、普通はここまでのサイズは厳しいかも知れないがな」
「魔力?身体強化でも何か疲れるけど、やっぱりそういう設定があったんだね」
「そこは今更だが、普通は厳しいって……そいつは普通じゃないのか?」
グランスの言葉にホエールが納得したように頷く傍らで、レインはレックを見ながらそう確認する。
「うん。魔力量がAなんだよ」
「「A??」」
またしても知らない事が、微妙にどや顔のレックの口から飛び出し、ホエールとレインは首を傾げた。
「あー。俺から説明する。いいな?」
説明下手なレックに任せてホエール達を混乱に陥れる前に、手短に説明しようとグランスがレックを止めた。
レックも自分で説明することに固執しておらず、素直にグランスに頷いた。
「これもロイドの所で聞いてきた話の1つというわけだ。プレイヤーは魔力を持っているが、その魔力の量は全員ばらばらだ。多かったり少なかったりな。で、Aが最も魔力が多くて、Dが最も魔力が少ないんだそうだ。ロイドは普通のプレイヤーはDだみたいな事を言っていたな」
「なるほどな。ちなみにAとDの差はどのくらいある?」
「分からないが、相当、だな。俺がレックみたいにアイテムボックスを広げても、10分も維持できない」
「じゃあ、レックはどうなんだ?」
そうレインに訊かれ、レックはグランスに視線で答えるべきかどうか問うた。
「丸一日維持できるよ」
グランスが頷いたのを見て、そう答えるレック。
「単純計算で100倍以上だね。RPGの戦士と魔法使い並の差かな」
ここもゲームの中である事を脇に置いたホエールの台詞であるが、分かりやすい例えにレインも頷いた。
「ところで、その魔力の量って身体強化とかにも影響するのかな?」
「影響する。少なくとも持続時間は影響を受ける。慣れないうちは、何かあまり差がなかったが……」
そうホエールに答えながら、グランスはレックに視線を遣り、何で最初はあまり差がなかったのか、説明を求めた。
「よく分かんないけど……精神的に疲れたって感じ?」
分かるのか分からないのかレックの微妙な説明を聞いたグランスは、マージンへと視線を遣る。
「そやな。最初は慣れてへんから集中力を無駄にすり減らしてもうて疲れるけど、慣れてきたらそんな事せえへんようになるから疲れへんようなるってとこやな。魔力も無駄に使うとったように思うしな」
「……ということだ」
元々魔力が少なかったグランスは今でも魔力がすぐ尽きるので、自分ではよく分かっていなかった。だが、言われてみればそんな感じもするなと納得しつつ、そう締めた。
「後は……魔王は中央大陸にいるということくらいか?」
頭を捻りつつ、グランスはそう言った。
ただ、これに関してはホエールとレインの反応は薄かった。
「やっぱりね」
「そうだな。予想通りだ」
魔王の居場所についての情報は今まで全くなかったとは言え、いるとしたら中央大陸だろうというのは、ほとんどのプレイヤーが予想していたことである。根拠が得られたのは大きいが、予想外のことでもなかったので、ホエールもレインも大人しかった。……既に他のことで十分驚いたというのも大きい。
その反応を見て少し寂しく思いながら、
「大体、そんなところだな」
報告するべきことは他に特にないはずだと考え、グランスはそう言った。
だが、ホエールやレインにはまだ訊いておきたい事が幾つかあった。
「ロイドという人物の場所は分かるのか?」
「ああ、それは説明できると思う。だが、人除けの結界を張ってあって、ロイドが承認しない限り近づくこともままならないそうだ」
「つまり、俺達が直接訪ねても、会うことは出来ないか?」
「多分、な。断言は出来ない」
「君らに連れて行って貰ってもか?」
「無理だろう。……試してみるのには時間がかかりすぎるしな」
レインを同行させたところで、ロイドに蒼い月ごと拒否されたら意味はない。あるいは、レインだけ近くの街に飛ばして、グランス達だけ迎え入れる……などなど、いくらでもロイドが取れる方法はありそうだった。
もっとも、レインもそんなことなど先刻承知。ダメ元で訊いてみただけなので、大して失望もしなかった。
「精霊の筺って、どんな物なのかな?」
レインの質問が終わるのを待って、そうグランスに訊いたのはホエールである。
「済まない。俺達も教えて貰っていない。ただ、見れば分かる、だったか?」
「そやな。そんな感じのこと言っとったな」
グランスに訊かれ、マージンが頷いた。
「見れば分かるって……随分と大雑把だね」
呆れた様にホエールが言う。精霊の筺そのものをどうこうするのは蒼い月に任せるとしても、探す手伝いくらいは軍の方でも出来るとホエールは考えていた。だが、外見すら分からないのでは探す苦労が増えそうだった。
「まあ、ロイドのその言葉を信じてみよう。レイン、軍の一部を精霊の筺の探索に当ててもいいよね?」
とはいえ、探索してみても損はない。
「ああ。ヒントはキングダムにあると言うことだけなんだろう?他のヒントが無いなら、人海戦術で虱潰しに探すのはアリだろう。目標が目標だけに、士気も上がるはずだ」
ホエールの提案に、レインもあっさり許可を出した。
「済まないな。助かる」
「いや、プレイヤー全員に関わる事だ。むしろ、有用な情報を提供してくれたことに感謝するべきはこちらの方だ」
そして、何故か頭を下げ合うグランスとレイン。そして、互いに苦笑する。
とりあえず二人とも姿勢を正すと、レインが口を開いた。
「今日中にでも大陸会議に緊急招集をかけて、報告と今後の予定を話し合う。あと、君たちには情報提供料ということでいくらかの謝礼も出そう。……今後の予定も出来れば聞かせて貰いたいんだが?」
レインの最後の台詞は精霊使いの素質があるというリリーの存在を明らかに意識していた。
もっとも、蒼い月の仲間達は最初からリリーに精霊の筺を解放させようと考えていたので、グランスは素直に答える。
「当分はキングダムに滞在する予定だ。元々、精霊の筺を探しに来たんだしな」
「そうか。なら、見つかったら連絡しよう」
「よろしく頼む。それと、出来れば俺達が情報源だと言うことは……」
「分かっている。大陸会議のメンバーには教えるだろうが、それ以外には漏らさない様にする。他に希望はないか?」
レインの言葉を受け、グランスは仲間達の顔を見回した。
「無いのう」
「今は特にあらへんな」
「無いね」
と、仲間達が答える中、クライストだけが手を挙げた。
「銃弾が手に入る場所だけ知りたいんだけど、いいか?」
「銃弾?そう言えば銃器使いだったな」
「銃と言えば、大陸会議の方で生産も販売も全部管理下に置いたんじゃなかったっけ?」
「マジか!?そんな話、聞いてねぇぞ?」
ホエールの言葉に驚くクライスト。
「内密にやってるから当然だ。銃はプレイヤーに対する殺傷力が高すぎる。表だって禁止令を出す前に回収を済ませておかないと、隠すプレイヤーが続出するだろう」
そう言いながらも、レインはクライストの銃を回収するべきかどうか考えていた。つい先日の大陸会議で銃器の回収が決まったものの、信用できるプレイヤーなら回収しなくても良いという例外規定もある。
(回収の必要はないな)
すぐにそう結論づけ、
「銃の所有登録をギルドの方で済ませてくれ。そうすれば、ギルドの方で銃の修理や弾の販売を行っているのが利用できるようになる」
そう言いながら、懐から取り出した紙にさらさらと何事か書き付け、側に座っていたクライストにそのまま手渡す。
「紹介状だ。これがあれば所有登録もすぐに済む」
「なんか……面倒なことになってんだな……まあ、ありがとよ」
複雑な顔をしながら、クライストは紹介状を受け取った。
「さ、そろそろ食事といこうよ。すっかり話し込んじゃったし、お腹も空いてるよね」
今、この場で話すべき事はほぼ終わったと見て、ホエールがそう言う。
「ただ飯待ってたで!」
あまりに露骨なマージンの言葉に、思わず苦笑する一同。
そんな中、誰かのお腹が盛大に鳴り、
「じゃあ、行こうか」
ホエールの言葉で、全員がぞろぞろと食堂へと向かったのだった。