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ジ・アナザー  作者: sularis
第五章 精霊の筺
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第五章 第六話 ~キングダム再び~

「かれこれ、半年ぶりか?」

 夏を思わせる陽気の中、馬上で額の汗を拭いながらグランスがそう言った。

「まだそこまでは経っておらぬが……そんなとこじゃな」

 端末や何かのメモを見るでもなく、あっさりそう答えたディアナに、レック達は感心したような呆れたような視線を送った。

 ちなみに、馬上の人になっているレック達は全員軽装である。今までローブを脱いだことのないディアナも、ローブをアイテムボックスに仕舞い込み、艶めかしい肩の線が剥き出しになっていた。

 ミネアとリリーも身体の線がよく分かるような薄手の服装にかわっていて、男性陣は目のやり場に困ることが増えていた。

 とは言え、

「……(子供と手つきとドS女やと)いまいち目の保養になった気がせえへん」

 とかうっかり漏らしたマージンが、声に出さなかった心の声を感付かれ、女性陣――主にリリーとディアナ――にきつい折檻を受けたりもしていた。

 で、何でそんなに軽装になったのかというと、三週間ほど前にラスベガスに着いた頃から、妙に気温が高くなってきていたのである。

「まさか、夏が来たって言うのか?」

「季節まで再現する気なら、ありそうな話だけど」

 とはラスベガスを出た翌日のクライストとレックの会話である。

「まあ、そろそろキングダムが見えてくる頃だ。早く宿に入って、汗を流したいものだな」

 その言葉には、仲間達全員が一も二もなく頷いた。


 ユフォルを発ったレック達、蒼い月一行は徒歩でエントータまで移動した後、そこの冒険者ギルドで馬を借りた。冒険者ギルドでは幾つかの街で厩舎と馬を維持していけるだけの目処が立ったため、それらの街を行き来に関してのみ、小規模ながら馬の貸し出しが再開されていた。レック達は馬車が改良されたという話は聞いたものの、あの振動を忘れることは出来ず、今回は乗り慣れている馬を選んだ次第である。

 エントータから三週間弱で着いたラスベガスでは、大陸会議が拠点をキングダムに移したと聞き、レック達は驚いた。クライストが弾薬の補充の為に前に来た店を訪れると何故か閉店していて、店の前で呆然となっていたところをマージンに回収されたりもした。しかし、最大の目的であるマージンの鍛冶の材料と道具は十分に確保できたので、キングダムへと戻ってきたのであった。

 ユフォルを出てから、一月と一週間ちょっとが経った日のことだった。



 日も暮れようかという時間にキングダムに入ったレック達は、東門を入ってすぐの所に用意されていた厩舎――前に来た時は空だった――に向かった。

 そこで馬を冒険者ギルドに返すのだ。

 駆け足でやってきた担当者は、グランスと話をしながら、馬の数を数え、ついでに馬が大きな怪我などしていないかどうか確認していく。

「確かに……目立った怪我もありません、ね。では、馬の返却の手続きと保証金の返却がありますので、ついてきて下さい」

 確認を終えた担当者は馬の世話をする職員に馬を預けると、グランスを連れて事務所へと戻っていった。

 残されたレック達は、グランスが戻ってくるまで厩舎の入り口で待つことにした。

「しっかし、なんで保証金はあんなに高いんだ?」

「馬の値段がそれだけ高いということじゃろう」

 今更保証金の高さに驚いた一月前の事を思い出して愚痴るクライストと、それを宥めるディアナ。

 保証金というのは、馬を乱暴に扱ったり持ち逃げしたりすることを防ぐための制度である。怪我をさせることもなく馬を返せば、きっちり耳を揃えて返してもらえるが、馬に怪我などさせたら治療費の分だけしっかり引かれる。当然、最悪のケースは借りたまま返さないケースや馬が死んでしまうケースなので、保証金の額は馬の値段と同等かそれより少し高く設定されていた。

「でも、保証金を除いても、馬車の方が安かった気もしますね」

「あー……でも、長々と乗るのはまだ御免だぜ?」

「それは……そうですね」

 クライストに言われてユフォルへ向かう時の事を思い出し、ミネアは素直に頷いた。

 馬車と違って、馬を借りるとそれなりの頭数を借りることになる。一頭の馬にはせいぜい二人くらいしか乗れないので、レック達なら最低4頭は借りなくてはいけない。どうしてもその分、馬車よりも割高になってしまうのだった。――それでも、あのよく振動する馬車よりはマシだとレック達は思っていたのだ。

 そんな感じで雑談をしていると、グランスがすぐに戻ってきた。

「待たせたか?」

「いや。思ったより早くて驚いてるくらいだぜ?」

 そうクライストが軽口で返す。

「なら、さっさと宿を決めようか。まずは汗を流したいしな」

 そのグランスの言葉に頷くと、レック達は宿を探して歩き始めた。

 すぐに見つけることが出来た宿屋でいつも通り3部屋確保すると、そのまま浴場へと直行する。そして、さっぱりしてから夕食である。

 ただ、この日レック達が確保できた宿には食堂はなかった。外食でも良かったのだが、あまり人には聞かれたくない話もしたかったので、近所で買ってきた食べ物を借りた中でも一番広い部屋に持ち込み、夕食と相成った。

「さて、明日からいよいよ精霊の筺(エレメンタルアーク)の探索だが……」

 さっさと食べ終えたグランスだったが、言葉のきれが悪い。というのも、

「簡単に見つかる気はしないのう……」

「ま、ロイドのやつは、キングダムとしか教えてくれなかったからな」

 ディアナとクライストが口にしたとおりである。

 キングダム大陸全土から探し出すよりはマシだが、それでも都市としてのキングダムも十分すぎるほどに広い。闇雲に探して見つかるような事は期待できなかった。

「やはり、何回か話したとおり、まずは地下通路からか。いけるところで一番怪しいのはあそこだしな……誰かが少しでも探索を進めてくれていると助かるんだがな」

「冒険者ギルドにでも行って、話を聞いてみるしかねぇな」

「そうだな。現在の地下通路の状況も確認しておきたいし、まずはそうなるか」

 クライストの言葉を、グランスは素直に受け入れる。

 その一方で、

「出来れば、島を調べてみたいところじゃがのう」

 ディアナがそう不満を漏らした。

「キングダムの未踏の地だもんね」

 レックがレフス湖に浮かぶ島のことをそう表現した。しかし、決して誇張表現ではない。

 キングダムの町並みに囲まれているレフス湖には水竜がいる。その水竜が湖を渡り島へと向かう全てのものを粉砕してきたため、『魔王降臨』以前に島に渡れたプレイヤーは一人としていなかった。空の王と呼ばれる巨大な猛禽類を従えたプレイヤーが空からの侵入を試みたこともあった。だが、水竜の強力なウォーターブレスは1km以上の高さを飛んでいた空の王をもいとも簡単に撃墜してしまったのである。

「正直、一番怪しいのはあの島なんだけどね」

「湖を渡る方法がないのでは仕方ないだろう」

「だよねぇ」

 グランスに言われ、レックもしみじみと頷いた。

「後は、やはり公立図書館か。何かあるとは思うんだが……」

「地下書庫のこともあるしのう。行くだけ行ってみるべきじゃろうな」

 簡単に見つかるような所に、レフス湖を渡る方法が載っているなら、『魔王降臨』以前に誰かしら見つけていてもおかしくはない。しかし、ディアナが言ったように『魔王降臨』以降に立ち入りが許可された地下書庫の例もある。今なら何か見つかる可能性は否定できなかった。

「なら、まずは図書館、その後冒険者ギルドで話を聞いてから地下通路だな。だが、すぐに見つからなかった時はどうする?」

 グランスにそう言われ、仲間達は頭を悩ませた。

 図書館に籠もりきりになって探したとして、いつ見つかるかも分からない。かといって、手がかりもないままに地下通路を探索し続けるのも似たようなものだった。

「ま、悩むより行動してみるしかあらへんやろ」

 そう言ったのは、一人だけ別行動の予定のマージンである。

 気が向いたら探索を手伝うものの、しばらくは新しい武器の設計と製造にかかりきりになるはずだった。

「結局、そうなるよね」

「だな」

 レックとグランスが力を抜いて頷いた。

「それはそれとして、二手に分かれて行動するのはどうじゃ?図書館は危険なところではないし、地下通路も今のところ危険は見つかってはおらんじゃろう?」

「ふむ。一理あるな。ここも前と違って治安も問題無さそうだ。しばらくは様子を見たいところだが、問題がないと判断できたら、二手に分かれて動いた方が効率は良いだろうな」

 ディアナの提案に、グランスはそう賛意を示す。他の仲間達も特に反対することもなく、こうして翌日からの行動方針は決まった。――少々どころか、かなりの行き当たりばったり方針だが、それについてはとりあえず知らない振りである。



 さて、レック達が宿の部屋で夕食を食べていた頃のこと。

 場所は変わって、大陸会議直轄軍キングダム司令部が入っている建物の一室で、中将位を預かるホエールはキングダムの城門を守っている――というより人の出入りをチェックしている衛兵達からの報告に目を通していた。

 大陸会議がキングダムに移ってきたのはいいのだが、軍の中枢は主力と共に未だにラスベガスにあったりする。近々移ってくる予定ではあるのだが、それまでの間、ホエールがキングダムに駐留している兵力の総司令官という立場のままであった。

 そんな訳で、ホエールは今が一番忙しかった。

 机の上には既にこれ以上何も載せられないほどに書類が(うずたか)く積み上がり、部屋の隅には用を終えた書類が大量に箱に詰め込まれている。もっとも、箱に詰め込まれた書類は明日にでもゴミとして中庭で燃やす手筈になっていた。

「今日も出入りが激しいな……。いい加減、こんな情報まで報告してくるのは止めさせた方が良いかな」

 そうぼやきながら、それでも根は真面目なせいで、一応全ての報告書を眺めるだけは眺めていく。――ホエールも、頭ではこんな読み方では見ても見なくても一緒だとは分かっているのだが。

 とはいえ、そんなほとんど無駄そのものの行為が意味を成すこともないわけではない。

「ん?」

 ぱらぱらと捲っていた中に、ふと見覚えがある名前があった気がして、ホエールは紙を捲る手を止める。ついでに少し行き過ぎてしまっていた分を逆に捲って、その名前を探し出した。

「あ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ」

 それは数ヶ月前にキングダムに来ていた冒険者達の名前。クラン名もメンバーの名前も一致するから間違いない。

 あの時は大変だったと思い出しながらも、既に懐かしく感じてしまう。

(元気にしてるのかな?ちょっと会ってみたいな)

 少しくらいなら時間も取れるだろうし、どこに行ってきたのか話も聞いてみたい。中将としての立場が邪魔をして、ここのところキングダムどころか軍関連の建物からすらおいそれとは離れることが出来ていないのだ。

(うん。決めた決めた。明日の朝一番にでも誰か人を遣って、こっちに招待しよう。……お茶もお菓子もないけど)

 客を招くに辺り、多少のもてなしをしたいところではあったが、お菓子などという嗜好品は今のところまともに手に入らない。せめて昼食くらいは奢らせてもらおうかと、ホエールは明日の計画を練りつつ、今日のノルマをやっつけていくのであった。

 その傍ら、部下を呼んで、蒼い月がどこに泊まっているのか調べさせることも忘れない。

 しかし、翌日は昼食どころじゃなくなることなど、この時点では想像だにしていなかった。



 そして、翌朝。

「こちらに蒼い月というクランの人たちが泊まっていると聞いてきたんだが」

 起き出してきたレック達が部屋から降りてくると、宿の受付カウンターの前で軍の制服を着た二人の兵士がそんなことを訊いているところだった。

 しかし、受付も()る者で、

「一応、守秘義務というのがありますので……」

 などとなかなか答えようとはしない。

 誰が泊まっているかという情報は個人情報に当たる。迂闊に教えることは犯罪に繋がりかねないので、大陸会議からも注意喚起がされているのだった。例え相手が軍の兵士だったとしても、私的に動いている可能性は否定できないので、軍の将軍クラスのサインが入った令状か何かがない限りは、答える義務はないことになっている。

 幸い、二人組の兵士はその手の書類を持ってきていたようだ。

 宿の受付の対応に苛立つこともなく、懐から一枚の書状を取り出し、受付に提示する。

「これは……分かりました。昨日の件ですね。確かに泊まっておられます」

 その書状にされたサインを確認し、受付はあっさりと兵士達の質問に首肯した。

「まだ、チェックアウトはしてないな?」

「ええ。部屋番号は……」

 と、自分たちのクランの名前が出てきて何事か、と立ち止まっていたレック達の前で、そんな会話が続いていく。

「……あの受付、俺達の顔、覚えてねぇのか?」

「そうみたいじゃな……」

 名乗り出るべきかどうか決めかねたまま、ひそひそとクライストとディアナが話し合う。

「どうして訪ねてきたのか気になりますね」

「そうだな」

 ミネアにそう答えたグランスは、逡巡も僅かに、

「おい」

 そう、自分たちの隣を通り過ぎ、奥の階段を上っていこうとしていた兵士達に声をかけた。

 ホエールとのコネもある。というか、他に軍に声をかけられるような理由がない。だから、悪いことにはならないだろうとの判断だった。

「ん?なんだ?何か用か?」

 すぐに声をかけられたと分かったのか、兵士の片割れが振り返る。

「いや、その台詞はそのまま返させて貰おう。軍が俺達に何か用なのか?」

「いや、あんたらには用は……」

 もう一人の兵士も振り返り、グランスにそう答えかけたところで、何かに気づいた最初の兵士がそれを遮った。

「ひょっとして、あんた達が蒼い月、か?」

「ああ、そうだ」

 グランスがそう答えると、二人の兵士は顔を見合わせると上りかけていた階段からすぐに下り、

「そうか。顔を知らなかったとは言え失礼した。あんた達の噂は聞いてるよ。その節は仲間達が随分お世話になったらしいな。礼を言っておこう」

 最初の兵士が軽く頭を下げると、もう一人もそれに続いた。

「いや、当然のことをしたまでだ」

「それでも、だ。実を言うと、俺達の知り合いにもあんた達に助けられたってのがいてな。こうして礼を言いたかったのさ」

 そう言って満足したのか、やっと兵士は用件に入った。

「我々はホエール中将閣下より伝言を預かってきたのだ」

 兵士が出したホエールの名前に、グランスはやっぱりな、と心の中で呟いた。

「その伝言とは?」

「食事でもしながら旅の話を聞かせて欲しいから、顔を出してくれないか?だそうだ」

「ふむ」

 伝言の内容にグランスは少し考え込んだ。

 出来れば今日は図書館だの冒険者ギルドだのに行って、最低限の情報収集をしたいところだったが……

(地下通路の件は、ホエールにも聞けるか。図書館も急ぐことではないな)

 特に問題はないと判断する。

 ただ、念のため、

「ホエールの所に顔を出すのに反対はあるか?」

 と後ろを振り返って、仲間達に確認しておく。

「いや、ねぇな」

「あらへんな」

 と、レック達は言葉で、あるいは軽く手を振って反対はしないと表した。

 その様子を見てホッと息を吐いていた兵士に、

「ということだ。ホエールの所に顔を出すのは構わない。今から行けばいいのか?」

 グランスはオーケーを出しながら、予定の確認を行った。

「いや、昼食を一緒に摂りたいそうだ。だから、来てもらえるならそのくらいの時間に来て欲しいと言っていた」

「なるほどな」

 そう答えつつ、それなら午前中は予定通り図書館に足を運ぼうかとグランスは考えた。

「ところで、向かえに来た方が良いか?」

「ん?あ、いや。場所が変わっていないなら、こっちから行こう」

「そうか。では、そう伝えておこう。邪魔したな」

 そう言うと、軽く敬礼をしてから、兵士達は宿から出て行った。

 彼らを見送った後、

「そういうことで、今日は図書館に行った後は、ホエールのところでご馳走になろう」

 グランスがそう言うと、ただ飯にありつけるとあって、仲間達はわっと盛り上がった。まだ路銀に余裕はあるが、それはそれ。これはこれ。

 ただ、レックだけは喜んでいるものの、グランスの目には少しばかり演技臭く映った。気になったグランスが声をかけようとしたのだが、

「お客様、あまりここで騒がないでいただけますか?」

 と受付に注意されてしまった。

 グランスは頭を下げると、仲間達を黙らせ、受付に部屋の鍵を返してチェックアウトした。


「いやー、ただ飯か。楽しみやな」

 宿を出た一行の先頭を機嫌良く行くのはマージン。鼻歌でも歌い出しそうであるが、

「味はあまり期待しない方がいいんじゃねぇか?」

 後ろからクライストに釘を刺されてしまう。

「それ以前に、食いだめする気ではあるまいな?」

「あ、あたしも甘いもの沢山食べたい!」

 マージンの食いだめを疑ったディアナだったが、別の方向から飛んできた食いだめ宣言に近い何かに、苦笑せざるを得なかった。

「確かにのう。甘いものは別腹じゃな」

「そうですね」

「……別腹でも太るけどな?」

 マージンはこそっと突っ込んだつもりだったのだろうが、女性陣の耳にはしっかり届いてしまっていた。

 ディアナとリリーがつかつかと前に出てきてマージンを挟み込むと、左右から容赦ない制裁を加えた。

「ぎゃふっ!?」

 奇怪な悲鳴を上げて、蹲るマージン。

「……身体強化、使ってたな」

 ディアナに殴られた所だけ手を当てているマージンの様子に、クライストが戦慄する。

 その様子を見ながらグランスとレックが苦笑し、ミネアはさも当然ですと言わんばかりである。

 そんなたわいもないやりとりをしながら、一行は一時間ほどで公立図書館に着いた。

 相も変わらず巨大な図書館の門前には、前に来た時と同じように2体の警備の重武装ゴーレムが左右に突っ立っている。ついでに、軍の兵士が警備に当たっているのも同じだったが、こちらの人数は少し減っていた。もっとも、警備兵にやることがないのは前と同じで、二人で呑気に雑談に花を咲かせていたのだが。

「ああ、利用者?」

 レック達に気づいた警備兵の片割れがそう訊いてくる。

「ああ。入っても良いんだろう?」

「勿論。正直、俺達はここにいるだけだからな。気にしなくて良いよ」

 それだけ言うと、再び警備兵達は雑談を始めた。ただ、今度はミネアやらディアナやらリリーやらをチラ見しながらであったが。

 その事に気づいていたリリーは、

「……あいつら、イヤらしい視線であたしたちの事見てたよ?」

 館内に入るそうそう、文句を垂れた。

 それに対して、

「そうですね……わたしもちょっとイヤでした」

「私は気にならんかったがのう?」

 とミネアとディアナでは反応が分かれてしまっていた。

 ちなみに、蒼い月男性陣は自分たちにも心当たりがあるのか、全力で知らんぷりを決め込んでいた。が、

「それに、そんなことを言っておったら、こやつらと一緒に旅などできぬぞ?」

 ディアナに水を向けられてしまった。

 思わず身体を硬くする男性一同。

 もっとも、リリーもミネアもその事はあまり気にしていなかったらしい。というか、

「そっちはもう慣れたし」

 とリリーは冷ややかに返し、

「……グランスになら」

「はいはい。ご馳走様ご馳走様」

 ミネアが爆弾発言を投下し、直撃を受けたグランスが真っ赤になり、仲間達はこのバカップルはと、呆れ返ったのであった。

 ちなみに、そんな中、リリーが一瞬だけマージンに視線をやったことを、ディアナはめざとく見つけていた。

(この調子では当分進展しそうにないのう……)

 内心ため息を吐きながら、気づかない振りをする。

 ついでにレックの様子を窺うと、

(……おや?)

 リリーの様子に気づくどころか、一人だけテンションが低い。ディアナはそんな気がした。

 だが、その感触は、

「さあ、さっさと受付に行くぞ」

 という、照れ隠し混じりのグランスの台詞で雲散霧消してしまった。

 受付カウンターに着いたレック達は、早速司書担当の自動人形(オートマタ)に「精霊王」と「精霊の筺(エレメンタルアーク)」という2つのキーワードで蔵書検索を頼んだ。勿論、周囲に他の利用者がいないことは確認済みである。というか、朝っぱらから図書館に来るようなプレイヤーは珍しいのだろう。がらがらだった。

 自動人形(オートマタ)はすぐに検索結果をメモしてカウンターに出してきた。

「やはり、相当少ないな」

 受け取ったメモに目を走らせ、グランスはそう零す。

「あるだけマシじゃろう」

「ホントに少ないね~」

 グランスからメモを受け取ったディアナと、それを横から覗き込んだリリーが口々にそう言う。

「まあ、これだけなら調べるのにそんなに時間はかからないか?」

 この後予定が入っている今日は無理でも、明日か明後日には調べ終わるのではないかとグランスは期待したが、

「分厚くなけりゃな」

 というクライストのツッコミの前に、

「それもそうだな」

 と、時間がかかるかも知れないなと考え直した。

「そう言えば、このままこのメモの書架へ行くのかのう?」

「他に見たい本でもあるのか?」

 何事か言い出したディアナにグランスがそう聞き返すと、

「いやの。ホエールの所に行くことになっておったの?ホエールなら信用できると思うのじゃが、この事について相談してみてはどうかのう?」

 ディアナの言葉に、仲間達は顔を見合わせた。

「しかし、相談と言っても……ああ、そう言うことか」

「地下、ってことか」

 グランスが気づいた事に、クライストも気づき、その言葉で仲間達もディアナが何故そんなことを言い出したのか、理解した。

「確かに、あそこならいいか。……みんなもいいか?」

 グランスの言葉に、仲間達は全員頷いた。

「では、行こうか」

「あ、ちょい待ってや」

 そう言って、棚へ向かおうとした仲間達を止めたのはマージンだった。

「どうした?」

 クライストが訊くのにも構わず、マージンは周囲に他の利用者がいないことを確認すると、

「精霊の(エレメンタルアーク)の場所、で検索」

 と、自動人形に指示を出した。

 もっとも、そのキーワードに仲間達が微妙に感心しそうになったところで、

「指定された条件に合致する書籍は、当図書館にはございません」

 自動人形の口から、そんなにべもない答えが返されてきた。

「……ま、念のため、な?」

 そう言ったマージンが、少し恥ずかしそうにしていたのは、仲間達の気のせいではないだろう。



「やはり、誰もおらんのう」

 薄暗い地下書庫は前に来た時と全くと言って良いほど変わっていなかった。勿論、予想通り誰もいない。

 ちなみに、新しい書庫の開放はされていなかったようで、廊下に立っているゴーレムの配置も、まだ奥を塞ぐ形のままだった。

「ここへの入り口、少し見つけづらいし、ま、普通やろ」

「だな」

 そう言いながら、全員が部屋に入り、最後にグランスが扉を閉めた。

「まあ、おかげで人に聞かれたくない話がしやすいわけだ。今はここをありがたく使わせて貰おう」

 グランスはそう言うと、相談すべき内容を仲間達に確認する。

「要するに、ホエールにどこまで話すか、だ」

「そうじゃな。全部話してしまうか、それとも精霊王と精霊の筺の事だけ話すかじゃな」

 ディアナの言葉に、グランスは軽く頷いた。

「後はアイテムボックス拡張のことくらいか。ロイド自身のことは……話してもあまり意味がない気がするな」

「他にも社員がおるって情報があっても、それを元に探せへんのやったら、意味あらへんしな」

 マージンがうんうんと頷きながら、そう言った。

「ま、精霊王と精霊の筺については教えてもいいんじゃねぇか?誰かが見つけて、解放すれば、それだけでも一歩前進だしな」

 魔王を倒すための旅ではあるが、あくまでも目標はジ・アナザーから出ることであって、魔王を倒すことは手段でしかないのだと、クライストが改めて言う。

「ああ、俺達自身が魔王を倒す必要はないわけだからな。ただ、ホエールがどこまで訊いてくるかだが……」

「それはホエール次第やけど、言いたくないことは断固拒否するしかないんちゃうか?」

 あまりに気楽かつ単純なマージンの台詞に、グランスは思わず苦笑した。

「まあ、深い付き合いではないが、その程度は信用できるな。で、ロイドのことはどうする?精霊王だの精霊の筺だのに比べれば、話さなくても構わない気もするが、ロイドの所まで行くメリットはあるしな」

「でも、ロイドのことを誰かから聞いて、探しに行ったんじゃ……ダメだよね?」

「だな」

 グランスはレックの言葉に首肯した。

「となると、話すだけ無駄か。むしろ、変に情報が広まるよりは黙っていた方が良さそうだな」

 そのグランスの言葉に、仲間達も次々と頷く。

「では、精霊王と精霊の筺のことだけ、ホエールには伝えよう。ロイドのことは、話すなよ」

 そのように方針が決まったところで、レック達は地下書庫を出て、先ほど受付で検索して貰った本の所へ向かうことにした。

 ただ、検索結果は僅かに4冊のみだった。「精霊王」というのは兎に角、「精霊の筺」というキーワードのせいだろうとレック達は判断した。

「ま、4冊しかないなら、7人でぞろぞろ行っても邪魔になるだけやろうし、わいは武器の資料でも漁ってくるわ」

「そうだな。7人は多いな。じゃ、俺もそっちを手伝ってくるぜ」

 そう言って、マージンとクライストはレック達とは別行動を取ることになった。

 ディアナの見ていたところ、リリーはそちらについていきたそうにしていたものの、精霊使いの素質があると言われていることもあって、精霊王や精霊の筺について書かれている(かもしれない)本にも興味があり、今回は検索で出てきた本を優先することにしたらしい。ディアナがマージンについていく、などと言い出していれば、どうなったかは分からないところだが。

「では、10時半にここに集合だ。いいな?」

 地下からの階段を上りきったところで、グランスがそう指定すると、

「10時半だな。マージン、行こうぜ」

「ん、分かった」

 集合時刻を復唱したクライストは、マージンと一緒に一足先に武器などの資料が置かれているエリアへと向かった。

「さて、俺達も行こうか」

 グランスの合図で、残っていた5人も図書館の奥へと向かう。

 その途中、レックの身体が妙に強ばっていることに、ディアナは気づいた。レックより後ろを歩いているからこそ気づけたとも言える。

(リリーを意識しておる……にしては変じゃのう)

 二人きりでもあるまいし、普段通り仲間と歩いている時に今更意識するとは思えない。

 緊張しているように見えるそれが良い意味でのものなら良いのだが、今朝から時々垣間見えるいつもと違うレックの様子を考えると、

(何か抱えておるのかも知れんのう……後でグランス達に相談しておくかの)

 ディアナはそう結論づけて、とりあえず今日一日は見守ることにした。

 ちなみに当のレックはと言うと、ディアナの心配したとおりの状態である。というのも、前に来た時に気づいてしまったことを、再びここに来たことで思い出してしまったのだった。

(もう、割り切ったんだ……大丈夫……大丈夫……)

 何をどう割り切ったのかも分からないまま、そう考え続ける。ただ、不安が表に出て仲間に心配をかけたくはない。いや、問いただされて、あの疑問をぶつけた時に、最悪の答えが返ってくるのが怖いだけかも知れない。

 そんな理由で、レックは一生懸命ひた隠しにしようとしていたのだが、実際には行動の節々に怪しいところが出来てしまっていた。……その事に気づく余裕はなかったのだが。

 やがて、目的の書架に着き、

「この辺りだな……まずは、これか」

 と、グランスが本を抜き出してきた時には、正直、レックはホッとしていた。やることがあるなら、余計なことは考えなくて済む。

「ミネア、どんな本?」

 グランスから受け取った本を抱えていたミネアに、リリーがそう言って本を見せて貰っていた。

 ミネアはと言うと、グランスが別の書架に移動しようとしているのを見ると、リリーに本を渡し、急いでグランスの後を追っていく。

「かなり……重たい……ね」

 リリーが抱えている本は、凶悪なサイズのハードカバーの本だった。A3サイズで厚さも10cmほど。相当な重量があるはずだった。

「持とうか?」

 見かねたレックはそう言って、リリーからその本を受け取った。やはり、ずっしりと重たい。

「あー……助かったよ。レック、ありがと」

 リリーにお礼を言われ、レックの心臓が軽く跳ねる。既にさっきまでの不安はどこかに消えてしまっていた。

「とりあえず、閲覧スペースに持って行こうか。机の上に置かないと、とてもじゃないけど読めそうにないよ」

 気分が高揚し、レックはいそいそと閲覧スペースへと本を運んでいった。その後ろを跳ねるようにリリーがついていく。

(……まあ、単純なのはいいこと、かのう?)

 苦笑しながら、ディアナはグランス達の後を追うことにした。あんな本があと3冊も出てくるなら、そっちの手伝いが必要だろうから。

 ちなみに、この日見つけた4冊の内訳は、おとぎ話っぽい本が一冊、どこかの宗教か何かの書物っぽい本が一冊、ファンタジー小説が一冊、精霊図鑑っぽい本が一冊だった。

 いずれも、ジ・アナザーの精霊王などと関係があるのかどうかも怪しいような本で、ざっと確認した後のグランスの台詞は、

「やはり、『魔王降臨』以前から閲覧できていた本はダメだな」

 だった。少しずつ増えてきた利用者を気にして、ひそひそ声である。

「となると、地下書庫かのう」

「でも、ほとんど読めなかったよね?」

 リリーの言葉に、ディアナは首肯しつつ、ひそひそと、

「じゃが、新しく入れる場所が増えておるかも知れんからのう。それに、読めなんだ本に書かれておる可能性もあるじゃろう?」

 もっとも、後者の可能性はあまり信じていない。

 もしそうなら、根性でルーン文字で書かれた本を解読さえしてしまえば、情報提供役のロイドに会いに行く必要がないからだ。……読めないプレイヤー向けのサービスなのかも知れないが。

「まあ、その辺は明日調べてみよう。今日はそろそろ時間だからな」

 グランスの言葉に、仲間達が閲覧スペースの壁に掛けられた時計を見ると、確かに10時半が近かった。



 予定通り図書館の受付で合流した蒼い月の仲間達は、その足で軍のキングダム支部へと向かった。

「ああ、ちゃんと来てくれたな」

 そう言ってレック達を出迎えたのは、今朝、宿にやってきた兵士の片割れだった。

「約束だったからな。それに、昼飯代が浮くのも悪くない」

 グランスの返事に兵士は軽く笑うと、

「あれから、中将がそわそわして、全く仕事にならなくてな。ここじゃあんた達にはどっちかというと好意を持ってる連中が多いんだが……今日ばかりは少々恨みを買ったかもな」

 そう言いながら、建物の中、「こっちだ」と一行を案内していく。

 ただ、その兵士――ジョージと名乗った――がそう言った割には、廊下ですれ違ってもレック達に注目しない兵士が多い。何故なのかと、レックが訊くと、

「あの時現場にいた連中も、状況が状況だけに、意外とあんた達の顔を覚えてるのは少なかったのさ。あの後、ここから別の場所に移動した連中も少なくないしな。ってわけで、あんた達は名前は有名だが顔はあんまり知られてないってわけだ」

 その言葉に、なるほどと納得するレック達。少し残念な気もしたが、あまり有名であちこちで声をかけられても、困るかも知れないとも思う。

 特に女性陣は困るという思いの方が強かった。これは『魔王降臨』以前によくナンパされていた経験によるところが大きい。

「わたしは今でも十分……その……」

 とはグランスの影に隠れようとしているミネアの台詞である。

「まあ、ホエールにはあまり噂を広めないように頼んでおくか」

「割と手遅れな気もするけどな」

 グランスは、すかさず余計なツッコミを入れてきたマージンを睨んで黙らせる。マージンの台詞でますます困った表情になっているミネアを見れば、グランスの視線の意味も自ずと知れよう。

「楽しそうな所を悪いんだが……着いたぞ」

 そんな中、ジョージがそう言ってホエールの部屋に着いたことを知らせた。

 レック達がおしゃべりを止めている間に、ジョージは部屋の前にいた衛兵に断ると、ドアをノックする。

 部屋の中から聞こえてきた誰何の声に答えると、

「じゃ、俺の役目はここまでだ。また会おう」

 そう言ってジョージは廊下の向こうへと消えていった。

 その姿を最後まで見送ることなく、レック達は扉を開ける。

「ああ、久しぶり。よく来てくれたね」

 部屋の中で満面の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がってレック達をそう出迎えたのは勿論、ホーエルだった。それと金髪青眼の優男が一人。

 その姿を見て、ミネアが思わずグランスの影に隠れ直す。ミネアの頭の中では、優男=プレイボーイ=ナンパしてくる、の図式でもできあがっているのかも知れなかった。ジ・アナザーのアバターは大体美形揃いではあるのだが。

 とは言え、見知らぬ誰かが一緒にいるとは思っていなかったレック達も、その優男のことは気になった。

 これが軍の制服でも着ていれば、兵士なのだろうと気にすることはなかっただろうが、その優男が着ているのはどう見ても制服ではない。おまけに、威圧的ではないものの、無視できない存在感を放っていた。

「久しぶりだな。ところで、そっちのプレイヤーが誰なのか。紹介してもらえるのか?」

 グランスのその言葉に、その優男はにやりと笑うと、グランスの方へとつかつかと歩み寄ってきた。

「君たちが蒼い月か。話はホエールからよく聞かされていた。その節は彼を始めとして、沢山の部下が君たちのおかげで命拾いしたと聞いている。ありがとう」

 本心からそう言っているらしい。そう感じ取れたレック達は優男への警戒心を――元々あまり持っていなかったが――少し緩めた。

 いや、むしろ彼の台詞にあった「沢山の部下」という言葉が気になった。あの兵士達を部下と言うからには、この優男は軍の人間、それもそれなりの地位を持っていると考えていい。

 幸い、レック達がその事で延々と頭を悩ませる必要はなかった。

「さて、自己紹介と行こうか。まあ、君たちも俺の名前くらいは聞いたことがあると思うけどな」

 そう言って、優男は姿勢を正した。

 思わず、レイン達も釣られて背筋を伸ばす。

「大陸会議直轄軍元帥、レインだ。よろしく頼む」

 優男――レインの口から出てきた自己紹介に、一瞬脳みそがフリーズするレック達。

 それを見たレインは、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたのだった。


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