第五章 第五話 ~ユフォルでの一日~
「今日も天気、良くないなぁ……」
朝、ベッドから這い出したレックは、宿の窓のカーテンを開け、外を見て思わずそうぼやいた。
窓から見える空はここ数日、どんよりと曇っている。雨は降っていないだけマシなのだが、こうも曇りが続くと何となく気が滅入ってくる。
「んー……なんだ、もう朝か?」
カーテンが開けられて、一気に部屋の中が明るくなったせいか、クライストも起き出してきた。
「おはよう。今日も曇ってるけどね」
「なんか、前に来た時も天気悪かったよな。ここ、雨男でも住んでるのか?」
「かもね」
仮想現実で雨男も何もないと思うのだが、敢えてそこは触れずにレックはそう答えた。
結局、サークル・ゲートで仲間達がばらばらになってしまいかけたあの事故から一月近くかけて、やっとレック達はユフォルに辿り着いた。辿り着いた後に、強化魔術の祭壇への橋が、簡単な物とは言えかけ直されたと聞いた時には多少脱力してしまったが。
ちなみに、公立図書館の地下書庫で見つけたあの本のことと同様に、ロイドのことも他のプレイヤーには話さないことを、レック達はユフォルに到着する前の日に話し合って決めていた。
グランスがロイドに確認したところ、あの本を自力で見つけてやってきたプレイヤーかその仲間達にしか会うつもりはないとのこと。下手に噂などになってしまったら、今後、ロイドに会ってもらえるプレイヤーがいなくなってしまう恐れがある。それは非常に好ましくないからだ。
それから、既に一週間。本当なら、ユフォルに滞在するのはせいぜい1~2日の予定だったのだが、ここに戻ってくるまでにあったちょっとした問題のせいで、長く滞在することになってしまっていた。
もっとも、レック達はその問題についてあまり愚痴は言わないことにしていた。何故なら、
「……今日もマージンはあっちにお泊まりだったか」
部屋のドアに一番近いベッドを見たクライストが、頭を掻きながらそう言う。
一応、宿にマージンのベッドも取ってあるのだが……ユフォルに戻ってきてから、一度も使われたことはない。
「それだけ、大変だって事だよね」
この場にいないマージンのことを考えながら、ほんと、もう頭が上がらないななどと、レックは考えた。これについては他の仲間達も同じ意見であったりする。
「まあ、とりあえず食事に行こうぜ」
クライストの言葉で、二人は部屋を出た。
食堂に着くと、既にディアナとリリーがテーブルに着いていた。
「あれ?グランス達は?」
「……まだ、寝ておるのじゃろう」
レックに訊かれ、投げやりに答えるディアナ。
「……なんか、あの二人、起きるのが遅くなった気がするな」
椅子の1つに座りながら、クライストは投げやりにそんなことを言った。
「まー……ねー」
理由は知らないながらも、レックも頷く。
「こんなことなら、部屋分けない方が良かったんじゃない?」
初日、二日目くらいまでは羨ましそうにしていたリリーも、こう何日も続くと、ちょっとウンザリしている。
少し遅れるくらいならいいのだが、ここ数日のグランスとミネアは朝の予定が微妙に狂いかねないくらい遅くなることも多いのだった。
「それもそうかもなー……」
テーブルに突っ伏したクライストが、そう答えた。
ユフォルに着いたレック達は、今までと少し違う部屋割りで宿を取っていた。リリーが言っているのはその事である。
今までは、男性陣4人と女性陣3人に一部屋ずつの二部屋が基本で、4人部屋が確保できない時には男性陣を二部屋に分けたりしていた。
しかし、今回はちょっと違う。
4人部屋がなかったので3部屋確保したまではいつも通りなのだが、その構成がいつもと違う。ついに誕生したカップルに一部屋割り当てて、残りの男性陣と女性陣で一部屋ずつという部屋割りにしたのである。勿論、これは仲間達によるミネアとグランスへの気遣いというかお祝いというかである。
そこまでは良かったのだが……何故だか、二人が朝起きてくるのが遅くなってしまった。
宿の壁やドアの防音性能はお粗末極まりないため、二人が良からぬ事をしていればすぐに分かるのだが、どうもそういう気配はない。しかし、それがかえってグランスとミネアの寝坊の原因を分からなくしてしまっていた。
「まあ、先に食べておくことにするかの。二人にはそう言ってあるし、問題はあるまい」
ディアナはそう言うと、給仕を呼んで、適当に注文を頼んだ。レック達も、それぞれ数点ずつ注文する。
「で、皆、今日はどうするのじゃ?」
ディアナは、すぐに運ばれてきたベーコンエッグを突きながら、仲間達にそう訊いた。
「俺は特に予定無し。せいぜい、特訓でもするさ」
同じく運ばれてきたピザトーストを飲み込んでそう言ったクライストだったが、
「僕はマージンの所行ってみるよ。まだ終わってないなら、少し手伝いたいし」
「ああ、それじゃ俺もそっちに顔出してみるか。訓練場の近くだしな」
と、レックと一緒にマージンの所に行くことにした。
「リリーはどうするのじゃ?」
「んー、あたしもマージンのとこに行ってみよっかな」
それを聞いて、レックの口元が緩み、暫くすると慌てて引き締められた。もっとも、大きな動きでもなかったためか、ほとんどの仲間は気づかなかった。
ただ一人、レックの表情の変化に気づいていたディアナであるが、他人が口出しするようなことでもないので、見て見ぬ振りである。代わりに、
「それでは、私も共用鍛冶場に行ってみるとするかのう。……差し入れくらいは持って行った方がよいじゃろうかのう」
自分も共用鍛冶場で仲間達の装備の修理に勤しんでいるはずのマージンの所に行くと宣言した。
差し入れを持って行くという下りで、リリーが微妙に慌てていたが、そこは敢えてスルーした。ディアナとしては、言ってみただけで、マージンの邪魔にしかならない物をわざわざ持って行く気はない。
そんな感じで今日の予定も決まり、後はノンビリ雑談を交えながらレック達が食事を終える頃になって、やっとグランスとミネアが食堂に降りてきた。
「あー……今日も寝坊してしまったな」
「……もう、皆さんは食べ終わったんですね」
「うむ。この後準備をして、マージンの所に陣中見舞いに行く予定じゃ」
やっと降りてきた二人にディアナはそう答えた。
「マージンの所か。……俺も顔を出したいが、流石に全員で行くと邪魔だな。また、明日にでも顔を出すと伝えておいてくれ」
「うむ。そうしよう。それでは、ミネアも今日は来ぬな?」
「あ、はい。わたしも明日にします」
ミネアはそう答えると、ディアナ達の食器を片付けに来た給仕を捕まえ、グランスの分と合わせて注文を出した。
グランスはというと、ミネアに全て任せ、鷹揚に座っているだけである。
そんな二人の様子を観察していたレックは、あることに気づいた。
(なんか……二人とも寝坊してきた割には、そんな顔じゃないような……?)
とは言え、流石にカップルに堂々と訊くのはまずい気もする。
(後で、誰かに確認してみよう)
そう決めて、今は静かにしておくことにした。
食事を終えたレック達は、遅れてきたグランスとミネアを食堂に残し、一度部屋に戻った。それから外出の支度だけ調えると、共用鍛冶場へと向かった。
その途中。
「グランス達って、ホントに寝坊してるのかな?」
てくてく歩きながら、レックは先ほど感じたことを、そう仲間達に訊いてみた。
「どういうことだ?」
そう聞き返したのはクライスト。だが、ディアナとリリーも首を傾げてレックを見ていた。
「いや、寝坊して起きてきたにしては、寝起き直後の顔に見えないって言うか……ね」
「なるほどのう……言われてみれば、そんな気もするのう」
「わざわざ降りてくるのを遅らせてるってこと?」
「そうかも知れないってだけだから、分からないよ」
訊いてきたリリーにレックはそう答える。
「……まあ、明日よく観察してみようぜ。普通に寝起きの面して降りてきてるなら、レックの勘違いだろうしな」
クライストはあまり深く考えるつもりはないらしく、そう言った。
「まあ、それが無難じゃろうな。ここで変な勘ぐりをしていても、外れていたら恥ずかしいだけじゃ」
「それもそうだね」
ディアナとレックもあっさり同意する。
「むー。それはそれでつまんない」
リリーだけはそんなことを言ったものの、一人だけでは話も続かないので、この話はそこで終わった。
ちなみに、グランスとミネアが遅く降りてくるのは、二人でゆっくり食事をしたいから……という事を、翌日レック達は知ることになる。
共用鍛冶場はレック達が泊まっている宿から歩いて20分ほどの町の外れにあった。直線距離では1kmもないのだが、ユフォルはなだらかとは言え山の斜面に作られた町であり、その為、道がやや入り組んでいるため、距離の割に時間がかかるのだ。
「おはようございまーす」
そう挨拶しながら共用鍛冶場の建物に入り、受付へと向かう。
「今日もマージンさんの?」
受け付けの外見だけは若い女の子にそう訊かれ、クライストが頷いた。この一週間で4~5回は訪れているせいか、すっかり顔を覚えられてしまったレック達である。
「あいつ、もう、起きてるか?」
そう訊ねたクライストの言葉に、受付の女の子は首を振った。
「残念だけど、まだ起きてないみたい。部屋に行ってみたら?」
その言葉に、レック達はマージンへの部屋へと向かうことにした。
共用鍛冶場の建物は、大きく分けて居住区と作業区に分かれている。最初は仮眠用の設備しかなかったのだが、いちいち外に出ていてはキリがないという利用者からの要望で、事実上泊まり込んでの作業が可能となっていた。
作業場から響き渡るハンマーの音を聞きながら、レック達はすぐにマージンの部屋へと辿り着いた。
「マージン、起きてるかー?」
クライストがそう言いながらノックをするが、全く返事がない。
「寝ておるようじゃのう」
「折角来たのに……叩き起こそっか?」
「流石にそれは酷かろう」
「まーね。冗談冗談」
ディアナにそう言いながら手をひらひらさせたリリーは、しかし少し残念そうだった。が、
「とは言え、手ぶらで帰るのもなんだな。少し覗いてみるか」
そう言ってクライストが扉を少し開けると、すぐさまその隙間に取り付いて部屋の中を覗き始めた。
その様子を見ながらディアナは苦笑していたが、レックはあまり面白くなかった。
そうこうしているうちに、ドアの隙間から部屋の中を覗いているだけだったはずのクライストとリリーは、ちゃっかり部屋の中に入り込んでしまっていた。
それに気づいたディアナも、
「む。こうなったら毒も喰らわば皿までじゃ」
などと言いながら、さっさと部屋の中に入ってしまう。そして、
「ほれ、レックも早う入らぬか。ドアを閉めねば、ちと五月蠅いからの?」
そう誘われて、レックも急いで部屋へと入り、ドアを静かに閉めた。
途端、外で響いていたハンマーの音が一気に小さくなる。宿泊のための部屋だけあって、防音はしっかりしていた。
ただ、マージンが寝ている部屋は所詮、共用鍛冶場を使う職人が寝泊まりに利用するためだけの部屋である。お世辞にも広いとは言い難く、実際、レック達4人が入ってきたことで、既にきつきつになっていた。広々としているのはマージンが寝ているベッドの上だけである。
部屋にはベッド以外には小さなテーブルが1つあるだけで、他には椅子すらない。ただ、壁にはレック達の武器が立てかけられており、それを見つけたディアナが、
「ふむ。私の槍の修理は既に終わっておるようじゃの」
自分の槍を手にとって、満足そうに頷いていた。
「俺のナックルは……と。歪んでたのは直ってるみたいだな」
クライストも、テーブルの上に置かれていたナックルを触りながら、小声でそう言った。
そう、レック達がユフォルで足止めを喰らっている理由は、武器の修理のためであった。身体強化魔術によって強化されたレック達の力に武器が耐えきれなかったのか、何人かの武器に歪みが生じていたのである。そのまま使い続けるのもいつ本格的に壊れるか分からず危険なので、マージンがユフォルで修理することになったのであった。
一方で、身体強化魔術を使えないリリーは、ほとんど武器が痛んでいない。なので、自分の武器よりもマージンの寝顔を興味津々で覗き込んでいたりする。
「男の人の寝顔って初めて見たけど……みんなこんな感じなのかな?」
「いや、人それぞれだと思うけど……」
泥のように眠っているせいか、割と寝相が大人しいマージンを見ながら、レックはひそひそとそう答えた。ただ、マージンのことはどうでも良かったりするのだが。
「あまり声を出すでないぞ?起こしてしまっては悪いからのう」
ディアナは自分の槍を元通り壁に立てかけると、マージンの寝顔を覗き込んでいる二人に気がつき、そう注意する。
部屋に入り込んでがさごそしている時点で既にアウトのような気もしながら、レックは渋々ベッドの側を離れ、壁に立てかけられていた自分のグレートソードを手に取った。
「一応、鞘には入るようになったんだ?……でも、何か変な感じがするんだけど……」
持った瞬間、違和感を感じ、そう呟く。ただ、その違和感が何なのかはすぐには分からなかった。
試しに抜いてみようとも思ったが、グレートソードは狭い部屋で抜くには大きすぎた。
「んー……気になる……」
そう言いながら、20cmほどだけ抜いてみると、スムーズに鞘から出てきた。ユフォルに戻ってきた時は、正直鞘に収めるのを諦めていただけに、ちょっと感慨深いものがある。
しかし、違和感の正体は分からないまま、グレートソードを再び壁に立てかけたレックに、
「マージンが起きたら訊いてみたらよいじゃろう?」
ディアナがそう言った。
「さて、そろそろ戻るか。これ以上ここにいて、マージンを起こしちまったら、悪いだろ」
やがて、ナックルの具合を十分に確かめたらしいクライストがそう言って、全員に部屋の外に出るように促すと、
「そうじゃな」
「だね」
「りょ~かいっと」
ひそひそとそう言いながら、レック達はそっと部屋を出た。
金属を打つハンマーの音を後に、レック達が共用鍛冶場を出ると、
「じゃ、俺は訓練施設でちょっと身体動かしてくる。また、後でな」
クライストがそう言って、冒険者ギルドが提供している訓練場へと去っていった。
そして、レックがどうしようかと決めかねている間に、
「昼まではちょっと店でも冷やかして歩くかのう」
ディアナがそう言いながらリリーを捕まえて、さっさとどこかへ行ってしまった。
「あー……うん」
一人残されたレックは、少し呆然としながら、することがないなら訓練でもするかとクライストの後を追うことにした。
「よ、今日も来たのかい?」
レックより一足先に訓練施設にやってきたクライストをそう言って出迎えたのは、赤い髪と髭のダンディーな中年だった。
名前はフォーレン。訓練施設の受付なのだが、訓練施設の利用は原則無料と言うこともあって、設備品の持ち出し以外チェックすることもない。おかげで暇なのか、しょっちゅう建物の入り口に出てきては、道行く人々を眺めていたりする。
「ああ。空きはあるんだろ?」
「無論だ。橋が直ったから、ここで暇を潰していた連中もほとんど行ってしまったからな」
フォーレンはそう言うものの、訓練施設の利用者は多い。
打倒魔王のためにより強い冒険者を一人でも多く、しかし出来る限り命の危険を減らして鍛えていこうという大陸会議の方針に沿って冒険者が多く集まる町に用意されたのが、訓練施設である。
戦闘技術を鍛える上で最も有効なのは実戦だが、エネミーとのそれは常に死の危険と隣り合わせである。それと比べれば、戦闘技術はそれほど身につかなくても、命を危険にさらすことなく効率よく体力の底上げをはかれる訓練施設は、冒険者という道を選んだプレイヤーによっては便利な施設なのだった。利用料が無料というのも大きい。
「じゃ、今日も世話になるぜ」
「ああ。しっかり鍛えていきな」
軽い挨拶を交わし、クライストは施設の建物に入る。
訓練のみを目的とした建物の構造は至って簡単で、受付を除けば、訓練で使う道具や模擬武器が置かれているロッカールームと、室内訓練用の大部屋が3つあるだけである。屋外には模擬戦用のグラウンドとかいた汗を簡単に洗うための場所がある。もっとも、井戸などはないので水が入れられた水瓶がででんっと置かれているだけだが。他には仮眠室も何もない。食事を摂るのも、町に繰り出してその辺の食堂で食べてくるしかない。
利用料が要らない代わりに、維持費がかかりそうな設備を可能な限り片っ端から省略した結果であった。
クライストはロッカールームで身体を動かすのに邪魔になる服を脱ぎロッカーに放り込むと、こればかりはちゃんと洗濯されているタオルを手首と足首に巻き、その上からウェイトを巻き付ける。そして、それとは別にダンベルとグリップを2つずつ持って、訓練用の大部屋へと向かった。
クライストが入った大部屋では既に4人ほどのプレイヤーが汗を流していた。クライストと同じようにウェイトを身につけて筋トレをしているのが大半であるが一人だけいびきをかいていたりする。
そのいびきをかいて寝ている冒険者――らしき人物――を見ながら、
(この汗臭さは流石に慣れることはねぇんだろうな……ってか、よくこんなところで寝れるな)
などと、口に出すと周りから睨まれ、ついでに「おまえも汗臭くなるんだ!」などとツッコミを受けそうなことをクライストは考えた。無論、そんなことはおくびにも出さず、
「こんにちわ!お邪魔するぜ」
そう挨拶をする。
「おう」
「ああ」
などと短い返事が返ってくるのを聞きながら、クライストは空いているスペースに陣取り、まずは身体をほぐすために柔軟体操から始めた。
「ああ、いたいた」
「ん?なんだ、レックも来たのか」
「まー、他にすることもなかったしね」
「違いねぇな」
暫くするとクライストと同じようにウェイトを装備したレックがやってきた。
クライストの隣に陣取り、クライストと同じように柔軟体操から始める。
「エントータもそうだったが、小さい町は娯楽が少ないよな」
グリップを握りながらクライストがそう言うと、
「だよね。前はこんな町でも楽しかった気がするけど……どうしてなんだろう?」
ダンベルを上げ下げしながら、レックが首を傾げる。
「そりゃ、ゲームとして見てるのと、そこに実際に住むのは話が違うって事だろうな」
「どういう事?」
「なんて言うかな……。過ごす時間が変わるからだったか?いや、待てよ?」
実はクライストもレックと同じような疑問を持ったことはあり、居合わせたグランスとマージンにその話をしたことがあったのだった。その時、グランスとマージンに説明され、ああ、そう言うことかと納得した記憶があるのだが……
「悪い。忘れちまった」
「え?あ、うん?」
クライストは結局思い出せず、レックに謝る。謝られたレックの方は、訳が分からないという顔をしているが、機嫌を損ねたりはしていなかった。
「で、後の二人はどうしたんだ?」
「ウィンドウショッピングで店を冷やかして回るって」
ディアナとリリーはどうしたのか、気になったクライストが訊いてみると、そんな答えが返ってきた。
「あー、なるほどね」
女というのはそういう生き物だったと、彼女のことを思い出しながらクライストは苦笑した。
(そういや、あいつ、どうしてるんだろうな……)
少し気持ちが沈みかけるが、そこは仲間の手前、ぐっと堪える。
レックはそんなクライストの様子には勿論気づかず、
「買うわけでもない商品を見て回るだけで楽しいって……ちょっと想像がつかないんだよね」
「あー、何となく分かる気はするな」
思わず頷いてしまうクライストだったが、
「だけど、それは女の前で言っちゃいけねぇぜ?」
「どうして?」
「それは……そうだな。自分で考えろ。それか気づけ。じゃなきゃ、女にはもてねぇぞ」
改めて首を傾げるレックに、クライストはそう言ってにやりと笑った。
昼頃。
レック達は再び宿の食堂に集まっていた。昼食のためである。共用鍛冶場での作業が終わったマージンも、一週間ぶりに仲間達と食事を摂るべく、やってきていた。
「一週間お疲れだったな」
食事を突きながらグランスが言った。その言葉を投げかけられたのは、
「あー、ほんま、疲れたで。ついつい昼まで寝てしもうたわ」
その割にはまだ眠そうにしているマージン。
修理が終わった武器は既に仲間達にそれぞれ渡してあったが、レックとクライストは何か違和感を感じたのか、受け取った後暫く首を傾げていた。
「何か、変わった気がするんだけど……何か変えたのか?」
「ちょっと強度を上げたんや。補強やな」
「僕のも?」
「そや」
クライストに訊かれたマージンが答えたところによると、身体強化のせいで上がったレック達の力に、武器が耐えきれなくなっていたらしい。
一方で、武器を補強されてない仲間達もいた。
「俺のは何ともなかった気がするんだが?」
「グランスの戦斧は元々頑丈やったからな。まだ余裕があるみたいや」
「私の槍も補強された様には見えんのう?」
「ディアナの槍は柄を補強するべきなんやけどな。出来れば木製の柄はやめて金属製にしたかったんやけど、いろいろ問題があったんで断念したんや」
「わたしの弓は……」
「弓の強化は、まだ無理なんや……済まんけどスキル不足やな」
「あたしの棍は?」
「……リリーは身体強化できへんやんか」
仲間達の質問を順次裁いていくマージン。一部納得できないような答えもあったものの、まだ疲れ気味のマージンを問い詰めるほど極悪非道な仲間はさすがにいなかった。
が、マージン自身の話は終わっていなかった。
「ラスベガスに着いたら、また時間貰うで」
「何故だ?」
他の仲間達を代表してグランスが訊く。
「ここ、いろいろ材料とか不足しとってな。満足のいく補強は出来とらんねん。正直、強化した馬鹿力で振り回されたらどこまで持つか、保証できへん」
「つまり、補強をやり直したいと言うことか?」
「場合によると、もっと頑丈な武器に乗り換えた方がええかも知れん。元々、今みたいな馬鹿力で振り回すように作られてへんからな。設計上無理があるかも知れんしな」
「しかしそうなると、結構時間がかかるんじゃないか?」
「やろうな。設計や試作も含めると……最長で一月くらいみときたいわ」
マージンが出したその期間の長さに、思わずレック達はブーイングをしてしまった。
皆、精霊王とやらに興味津々なのである。ユフォルでの滞在は、久しぶりの町での宿泊と、武器の修理という事情があって不満無く過ごしていたが、そろそろ早くキングダムに戻りたいと思い始めているのであった。
「……ラスベガスでなくてはいけないのか?」
そう訊いたのは、一人冷静なグランスだった。――実際にはミネアもブーイングには加わってはいなかったが。
「ん?いや、材料と設備と道具さえあれば、どこでもええで」
「なら、キングダムでも構わないのではないか?」
「そうやな……設備さえあれば道具と材料はレックに運んでもらえば、済むしな」
その言葉で小さいながらも再びブーイングが巻き起こる。
しかしそれは気にすることなく、グランスは、
「なら、途中で必要な物を揃えながらキングダムに行く。キングダムでは、マージンに武器の補強なり製作なりをして貰っている間に、他のメンバーで情報収集をする、でいいだろう」
そうまとめた。
もっとも、キングダムに必要な設備がなかったら話にならないので、設備があることが確認できれば、という条件だけマージンが付け加えた。
「にしても、まさか武器が壊れるのは……予想してなかったよね」
「そうだな。元々、使えば痛む仕様ではあったが、随分早く痛んだな。やはり、身体強化のせいだと思うか?」
レックの言葉を引き継ぎ、グランスがそうマージンに訊く。
「身体強化のせいと言えばそうなるやろな。元々、武器へのダメージは、武器が敵に与えたダメージやら受け止めた攻撃の威力で決定されてるっちゅー話やからな」
「つまり、身体強化で敵に与えるダメージが増えた分だけ、武器の傷みも早くなるということか。理には適ってるな」
「多分、な。わいも、鍛冶仲間から聞きかじっただけやから、詳しくは知らんで?」
間違っているかも知れないとマージンが言外に臭わしたが、説明された設定は自然なものだっただけに、仲間達は素直に納得できた。
「……今後も武器がよく壊れるのかな?」
「それを防ぐための補強や。やけど、やっぱ後からの付け足しやからな。せんよりはマシ、程度やと思っといてくれ」
「分かった。あと、こっちも補強しないとダメかな?」
そう言いながらレックはロングソードを取り出した。身体強化魔術を使えるようになってからは、出番がめっきり減った武器である。
「そやな。折角やから、これも頑丈にしといた方がええやろな」
ロングソードを手にとって、確認しながらマージンはそう答えた。
「じゃあ、そのうちお願いできるかな?」
「ん。任せとき」
マージンはレックに頼まれ、あっさり頷いた。
それを見ながら、
「……前に、マージンの負担を減らすために、何か話し合った気がするのじゃが、気のせいだったかのう?」
ぼそっとディアナが呟いたが、それは誰の耳にも届かなかった。
その後は雑談をしながら、レック達はいつの間にか中断していた食事を再開したのだが、すっかり冷え切っていた食事に思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまったのは、余談である。
ちなみに、その日の午後は、午前中に訓練を終えたレックとクライストは午後をノンビリと過ごした。逆に午前中ノンビリしていたディアナとリリーは、やはり午前中ノンビリ過ごしていたハズのグランスとミネアを交え、訓練施設で簡単な筋トレの後、模擬戦を行い汗を流した。マージンだけは爆睡していたが。