第五章 第三話 ~ゲートを挟んで~
仲間達の姿がいきなり消えた。
サークル・ゲートの石柱を何となく調べていたグランスとミネアが、「やばっ!!」という声にサークル・ゲートの中心へと振り向くと、サークル・ゲートの中央にあった巨大な岩が光っていた。そして、その上に飛び乗ったマージンの姿がフッと消えた。
グランスとミネアがその事にちょっとしたパニックを起こしている間にも、レック、クライスト、ディアナも次々と光る岩の上に飛び乗り、その姿を消していった。
そして、とりあえず後を追おうと二人が動き出した時には、岩の光がすっと消えてしまっていた。
「……今の、何が……?」
いきなり仲間達が消えたためか、震える声でミネアがグランスに訊ねる。
しかし、グランスも一気に起きた予想外の事態にすぐには考えがついていっていなかった。それでも、深呼吸を何度かすると、それなりに落ち着きを取り戻す。そうすれば、後はすぐだった。
「これがサークル・ゲートというなら、どこかに転送されたんだろうな」
「転送……?」
疑問系ではあったが、ミネアもそれなりに事情は理解したらしい。
「じゃあ、みんなは無事なんでしょうか?」
「ああ、大丈夫のハズだ」
グランスの知る限り、サークル・ゲートは単なる転送装置であり、プレイヤーに直接害を与えたことはない。つまり、レック達は転送されただけで、怪我などは一切していないはずだった。
しかし、だからといって安心できないことも知っていた。
何故なら、転送先が安全な場所だとは限らないのである。実際に転送先で強力なエネミーに襲われて大きな被害が出た事例は枚挙に暇がない。
それだけではない。ミネアはまだ気づいていないようだが、実はグランス達の方もそれなりに危険な状態に置かれていた。
何しろ、グランス達がいる霊峰のエネミーは多少の問題はあれ倒すことが出来ていたが、それはあくまでも仲間達が全員揃っていれば、である。
今エネミーに襲われれば、ミネアを守りながら何とかする自信はグランスには全くなかった。
(どうする?あいつらはすぐに戻ってこれるのか?そうならここで待つべきだが、そうでないなら安全な場所に移らないとまずい)
などと思考を走らせるが、流石にそう簡単に結論が出るような問題ではない。
それでも、今までにサークル・ゲートについて聞いた情報を元に、レック達がすぐに帰ってくることだけはないだろうと判断する。問題は、どのくらいの時間がかかるか、である。
(いや、すぐに帰って来れないなら、まずはここを離れるべきか)
そう結論を出し、近くに安全な場所があったかどうか考え、昨夜一晩を過ごした洞窟のことを思い出した。
(だが、俺達がここにいない間にあいつらが帰ってくる可能性もある……どっちにしてもずっとここにいるわけにも行かないしな)
そうしてグランスは結論を出した。
その結論を、ずっと自分の腕にすがりついていたミネアにも伝える。
「一度、昨日の洞窟にまで戻る。少し待ってくれ。チャットで連絡が付くかどうか試してみる」
そう言って、端末を取り出し、クランチャットを起動するが、
「……ダメか」
ため息を吐きながら、グランスは端末をしまった。
クランチャットはここのところ調子が悪い。全く使えないというわけでもないのだが、時々何時間も使えなくなることが起きるようになっていた。
そのうち、全く使えなくなるんじゃないか、とマージンが言っていたことをグランスは思い出し、舌打ちする。
「済まない。チャットがまた使えなくなってる。代わりにと言っては何だが、あいつらが戻ってきた時に俺達が洞窟に戻っている事が分かるようにメモを残していきたい。メモの方を頼めるか?」
「え?あ、はい。分かりました」
ミネアはまだ混乱気味だったが、グランスの指示には素直に従った。アイテムボックスから紙とペンを取り出すと、グランスが言うとおりの文章をさらさらと書いていく。
グランスはミネアから紙を受け取り、その文面を確認すると「よし」と頷いた。そして、
「済まないが、後何枚か同じように書いてくれ。万が一にもあいつらが見逃したりしないように、何カ所かに置いておきたい」
「あ、はい。そうですね」
グランスにそう言われ、ミネアはさらに何枚かの紙を取り出し、さらさらと一枚目と同じ文章を書いていく。
その様子を見ながらグランスは、長引くようなら一度ロイドの所に戻るべきだろうと考えていた。
やがて、ミネアが書き終えたメモをサークル・ゲートの石柱の根本などの数カ所に置いていく。その際、風でメモが飛ばされたりしないようにしっかりと石で押さえておくことも忘れない。
「目の高さに貼り付けたかったですね」
「糊の類は持ってなかったんだ。仕方あるまい」
残念そうなミネアの言葉に、グランスもそう首を振った。目の高さに合わせてメモを貼っておくことが出来るなら、レック達が気づく可能性もより高くなるというものだが……無い物ねだりでしかないのだ。
「さあ、少し遠いが昨日の洞窟にまで戻ろうか。急がないと日が落ちてしまうからな」
グランスがそう言うと、ミネアは無言で頷く。
そして、二人はその場を後にした。
さて、時間は少し戻る。
「消えてもうたな」
宵闇の中、呆然としてるのはマージンのみ。後の4人は未だに状況が掴めていない様子だった。
「あー、どこだ?ここ」
クライストが頭を掻きながら、誰にともなくそう訊ねる。
「とりあえず、さっきまでおった場所とは違うのは確かじゃのう」「というか、時間が同じかどうかも怪しいんじゃねぇか?」
そんなディアナとクライストの台詞を聞きながら、レックはとりあえず分かっている事をまとめてみる。
(多分、サークル・ゲートでこっちに転移させられた。時間と場所は不明だけど……)
そこでまず確認してみるべき事に気づく。
「ねえ。サークル・ゲートで移動したら、時間が変わるってことあるのかな?」
「それはないのう」
断言したのはディアナ。
「何で分かるんだ?」
「マージンと一緒に、ロイドをあれこれと質問攻めにしたからのう。そのおかげじゃ」
クライストに訊かれてそう答えると、ふっふっふと笑う。
「じゃあ、ここに来る前はまだ夕方にもなってなかったのに、ここが夜の理由は?」
「それも簡単じゃな。忘れておるようじゃが、ジ・アナザーの世界は平面ではなく惑星のような球面上に存在するのじゃ。そして、そのせいじゃろうが時差もある。同じ時間でも昼の所も夜の所もあるのじゃ」
レックの質問にも、ディアナはあっさりそう答える。
「なるほどな……」
クライストも納得している。
そうなると次に問題になるのは、やはりどこに来たのかということだった。
「場所は流石に分からない、よね?」
「そればかりは無理じゃのう。星座の見方を知っておれば、あるいはなんとかなったやも知れぬがのう」
レックは念のため、ディアナにそう訊いてみたが、残念ながら分からないとのことだった。
他の二人にも視線をやってみるが、クライストもリリーも首を振るばかり。
(……あれ?二人?)
確かこっちに来たのは自分を含めて5人。後一人……
「マージンは?」
と首を回してみると、その姿――というか影――はすぐに見つかった。何やら、サークル・ゲートの周囲の石柱の間をふらふらと歩いていた。
もっとも、自分の名前を呼ばれたのにはちゃんと気づいていたらしく、
「なんや?」
とすぐに戻ってきた。
「いや、ここがどこか分からないかなって。マージンも分からないよね?」
期待せずにそう訊いたレックだったが、
「ん?随分東に飛ばされたみたいやけど、一応キングダム大陸のはずやで」
あっさり返ってきたマージンの言葉に、他の仲間達と一緒に目をむいた。
「なんで分かるんだ?」
「まあ、星の位置やな。細かくは測れへんけど、大体の目星はつくで」
クライストにそう答えるマージン。
「ここ数日、夜に見えとった星が幾つか見えとるんや。その高さから大体、この辺は日が落ちてまだそんな時間が経っとらん事が分かる。後は北極星の位置とかその辺でな」
マージンの説明に、仲間達も空を見上げた。
このサークル・ゲートの周辺だけは妙に木が少なく、夜空が、そこに瞬く星々がよく見える。
所詮作り物の夜空であり星座であると、興味を持っていなかったレック達には、夜空に瞬く星々の見分けなどほとんど付かなかったが、北極星だけはよく分かった。……一番明るいのだから当然ではあるのだが。
「緯度は……あまり変わっておらぬのかのう?」
「正確に測ってみんと分からんけど、多分な」
北極星の角度を測ろうとしているディアナに、マージンがそう答える。
レック達も何とか北極星の角度から、自分たちの今いる緯度を想像しようとしていたが、あまりうまくはいかなかった。代わりに、しばし、星空を眺め、ほうっとしてみたくなる。
が、勿論そんなわけにもいかない。
「場所が分かったところで……戻り方は分かる?」
さっきの台詞から、サークル・ゲートについてよく知っていそうなディアナとマージンに、レックがそう訊くと、
「サークル・ゲートでもう一度転移すれば、さっきのサークル・ゲートに戻れるはずじゃのう」
「いや、そうじゃなくて……どうすれば転移できるかってこと」
サークル・ゲートは2つ一組で互いの間でのみ転移することが出来るというのは、レックも知っていた。だから、今ここにあるサークル・ゲートさえ動いてくれれば、簡単に戻れるはずだと考えて訊いたのだが、些かぼけた答えがディアナから返ってきた。
「動いておるサークル・ゲートに入れば、転移できる……のじゃったかのう?」
態となのか天然なのか。そんなことを言いながら、確認のようにディアナはマージンを見た。
「いや、レックが聞きたいのはどうやってサークル・ゲートを動かすかゆうことやと思うで」
どうやら自分の聞きたいことをちゃんと理解してくれていたらしいマージンの言葉に、レックはホッと息を吐きながら「そうだよ」と肯定する。
それでやっとディアナも勘違いに気づいたのか、「おお」と言うと、
「魔力を貯めてやればよいのじゃったか?」
「ロイドはそんなこと言っとった気もするわ」
自分の言葉をマージンが肯定してくれたので、安心してディアナは思い出すように説明を続ける。
「サークル・ゲートは魔力で動くのじゃ。普段なら周囲の魔力を吸収して、必要な魔力が貯まった時点で勝手に動くのじゃとロイドは言っておった」
「なら、また魔力が貯まるまで待たないといけないって事?」
そう口を挟んできたリリーにディアナは首を振った。
「プレイヤーが魔力を供給してもよいそうじゃ。そうすればもっと早く動かすことも出来るそうじゃ。必要な魔力がどのくらいなのかは知らぬが、魔力量Aならば問題ないとロイドは言っておったのう」
「つまり、僕かリリーが魔力を提供すればいいんだ?」
ディアナの視線を受けたレックがそう確認すると、
「うむ。そうなるのう」
ディアナはそう答えた。
「じゃあ、そうするとして、その魔力の提供だか供給だか……どうするのか分かる?」
そのレックの言葉を受けて、ディアナは「ちょっと待つがよい」と言うと、ランタンを取り出してその明かりで周囲の石柱を何やら調べ始めた。
そちらの邪魔はしない方がいいだろうが、何をしているのかは気になるレック達が、マージンへと視線をやると、
「内側の列の石柱に魔力を込める場所があるらしいんや。……ただ、こうも暗いと見つけられんやろうな」
「なら、せめてランタンを持つ手伝いくらいはした方がいいか。1つよりは2つの方が明るいだろうぜ」
マージンの言葉を聞いて、クライストが自分のランタンをアイテムボックスから取り出し、ディアナの手伝いへと向かった。
「じゃ、わいも別の石柱調べるわ」
「あ、あたしも手伝う」
「僕も」
こうしてマージン達もランタンを取り出し、ディアナ達とは別の石柱に向かおうとした時だった。
「ガオォォォォ…………」
どこからともなく、獣の叫び声が聞こえてきた。
思わず、全員の身体が硬くなる。
「……エネミー、いるってことか?」
「まあ、町の中でもないわけじゃしな……」
クライストとディアナの声が小さかったのも無理はないだろう。
二人は急いでランタンの明かりを消すと、サークル・ゲートの中央に戻ってきた。レック達もランタンの明かりを付けるのを止め、円陣を組むように周囲の様子を窺う。
「……襲われたとして勝てるような相手だと思う?」
「キングダム大陸西部のエネミーゆうなら……きついかもな」
レックの疑問に、マージンは希望も何もないような答えを返した。その内容に、リリーがびくりと身体を強ばらせ、彷徨っていたその右手がマージンの服の裾を掴む。
その手を振り解くことはせず、マージンは自分の武器であるツーハンドソードを背中の鞘から抜き放つと、目の前の地面に突き立てた。
「念のため、な」
マージンのその言葉を聞いて、仲間達も緊張に震えながらも各々の武器を取り出す。リリーも、左手だけで何とか棍を取り出していた。
そのままどれほどの時が過ぎただろうか。
時折聞こえる鳥の鳴き声やざわつく木々の音。それらに混じる猛獣と覚しき叫び声。何かに襲われる獣の悲鳴。
移動したくとも周囲の様子が分からないのでは移動も出来ない。いや、単に木々が茂った森の中の暗闇が怖かったのかも知れない。
サークル・ゲートの中央で円陣を組んだままのレック達の精神は緊張に晒され続け、着実にすり減っていっていた。
そんな中、がさがさっと茂みをかき分ける音が聞こえたかと思うと、
「くそっ……」
クライストが短く唸った。
仲間達が先ほどの音がした方へと視線をやると、石柱の間から何か大きな影が見えた。
「ひっ……」
誰かがそう漏らす。
その声に反応したわけでもないだろうが、その大きな影はゆったりとレック達の方へと向かってきていた。
やがて、それは木々の影を抜け、その正体が月明かりに照らし出される。
獅子と狼の頭を持ち、その尾は蛇そのもの。胴体は形こそ獅子のそれに見えるが、その表面を覆うのはワニの鱗だろうか。両前足は熊のようだが、両後ろ足は影になっていてよく分からない。そして、その背中に生える羽はコウモリのそれだった。
「キメラ、やな」
意外にも冷静なマージンの言葉よりも、とりあえずは相手の姿が見えたことで、仲間達の身体のこわばりは緩んだ。しかし、緊張は解けない。相手の強さが分からないのだから、油断は出来ない。
レック達は無言のうちに身体強化を発動させ、女性陣をかばうようにレック、マージン、クライストがキメラの方へと出る。
その様子を見たからか、キメラは大きくその身体を縮め……次の瞬間、一気に距離を詰めるべく跳躍してきた。
迎撃するべく、レック達の緊張も一気に高まる。
しかし、両者が衝突することはなかった。
「ギャインッ!!」
キメラはサークル・ゲートの周りにある何か見えない壁にでもぶつかったのだろう。空中で大きく姿勢を崩すと、そんな悲鳴を上げながら地面へと墜落した。
そのあまりにも意外な様に、レック達の思考が停止する。
その間に、キメラは姿勢を立て直し、再びサークル・ゲートの中へと侵入を試みるが、その全ては完全に無駄に終わった。最後には、酸やら炎やらまで吐いていたが、その攻撃の欠片すら、サークル・ゲートの中に届くことは無かったのである。
サークル・ゲートの周囲にはエネミーを防ぐ何かがあるのか、キメラは結局一歩たりとも中に入ってくることは出来ず、最後に不満そうに一声鳴くと、渋々と森へと帰っていった。
その姿を見送ったレック達は大きく安堵のため息を吐いた。
ついでに思わずへたり込んでしまったが、誰がそれを責められようか。
「ここ、エネミーは入って来れないみたいだね」
「じゃのう……心配して損したわ」
武器を仕舞うのも忘れ、力なく笑い合うレック達。
だが、いつまでも脱力しているわけにもいかない。
「とりあえず、こっちは安全みたいだけど……グランス達は大丈夫かな?」
「これなら大丈夫なんじゃない?」
「だよな」
レックの言葉に、リリーとクライストは気楽にそう答えたが、ディアナは違った。
「サークル・ゲートの中におれば大丈夫じゃろうが……」
「どういう……ああ!」
聞き返そうとしたクライストは途中で気づいたらしい。
「ゲートの中にいるとは限らねぇな」
そう言いながら、端末を取り出し、クランチャットを起動する。そして、すぐに舌打ちして端末を収めた。
「また、使えなくなっておるのか?」
ディアナの言葉にクライストは無言で頷いた。
その様子を横から見ていたリリーの顔も、心配そうなものへと変わる。
「どうしよう……早く戻らないと!!」
「ま、落ち着き。急がば回れ言うやろ」
あたふたし始めたリリーを宥めるマージン。
もっとも、それくらいで慌てている人が簡単に落ち着くなら苦労はない。マージンもそれは分かっていたようで、さっぱり落ち着く様子のないリリーのことはあまり気にしていないようだった。
そんなリリーとマージンの様子を見ていたレックは、こっそりとため息を吐きながら、次にするべき事を考え、口にする。
「とりあえず、出来る限り早く戻るためにも、石柱を調べよう。魔力を込める場所を見つければ、戻れるんだよね?」
「そうじゃな」
「それじゃ、さっさと調べようぜ。早く合流した方がいいのは確かだからな」
レックの言葉をディアナが肯定すると、クライストがさっさと立ち上がる。
レック達もそれに続いて立ち上がると、やるべき事がはっきりして落ち着きを取り戻したリリーも急いで立ち上がった。
「では、私とマージンが石柱を調べる。おぬし達はランタンで石柱をしっかり照らしてくれぬか」
ディアナの指示に仲間達は収めていたランタンを取り出し、再び明かりを付けた。
明かりが付いた瞬間、周囲の闇が深くなったような気がして、誰かが身をすくめる気配がした。だが、エネミーがここに入って来れなかったという事実のおかげもあって、特に混乱も恐慌も起こらない。
ランタンで石柱を照らし、レック達は冷静に石柱を調べ始め……そして、それはすぐに見つかった。
「マージン、あれではないか?」
「ん?どれどれ?」
サークル・ゲートを二重に囲む石柱。その内列の石柱の外向きの面を調べていたマージンが、ディアナに呼ばれ、リリーとレックを連れてやってくる。そして、ディアナが指さす先にランタンを掲げ……
「逆光でよう見えん……」
そうぼやくと、ランタンを離し、弱くなった光で何とか確認しようとする。
「ん、それっぽいな。けど、ちょっと高うないか?」
そう言ったマージンの視線は彼らの身長よりもかなり上――2.5mほどの高さへ向いていた。
「じゃから、おぬしを呼んだのじゃが……おぬしでもよう見えんか」
「やな。……クライスト、済まんけど肩車してもらえへん?」
「仕方ねぇな……ほらよ」
そう言って屈んだクライストの肩に乗り、マージンは今度こそディアナが見つけたそれをしっかりと確認する。
「確かにこれやな。ってか、何考えてこないな高いとこに作ったんや……」
降りてきた早々そうぼやくマージン。
「じゃが、他の石柱も同じような所にあるじゃろう。とりあえず、確認しようではないか」
「外側の列の石柱はどうする?」
ディアナとマージンが動き出そうとしたところで、クライストがそう訊いた。
先ほどのキメラを見る限り、確かにエネミーはサークル・ゲートの中には入って来れないが、それでも外側の列の石柱をさらに外から確認するとなると、安全だとは思えない。
しかし、
「ロイド曰く、内側の列の石柱にしかないそうじゃ。だからその必要はあるまいよ」
というディアナの返事で、仲間達――マージンは除く――は安堵のため息を吐いた。
そして、ディアナとマージンが残りの内列の石柱を調べ始めること数分。やや高いところにあったため、多少確認に手間取りはしたものの、内列全ての石柱に魔力を込める場所があることが確認された。
ちなみに、周囲にエネミーの気配がないことを確認したマージンが手早く見てきたところでは、やはり外側の列の石柱には無かった。
そして、確認を終えたレック達は一度サークル・ゲートの中央に戻った。
「で、次はどうすればいいの?」
「全ての石柱に魔力を込めねばならん」
「どうやって?」
「そこまでは分からん……のう」
実際に魔力を込める役であるレックに訊かれ、しかしディアナは首を振った。
「駄目じゃん」
クライストが呆れたようにそう言う。リリーもどこか呆れたような感じでディアナを見ていた。
そこへマージンが口を挟む。
「ま、ロイドもその辺りは教えてくれへんかったしな。試行錯誤するしかあらへんのちゃうか?」
「試行錯誤といっても……ヒントもないんじゃ難しいよ」
「ん~。治癒と身体強化で魔力を動かす感覚はもうあるわな」
レックと同じく両方使えるマージンは、レックに訊いたと言うより確認のためにそう言うと、さらに言葉を続けた。
「それを単純に押し出してみるってのはどうや?」
「押し出す?」
「そや。手から……こう……」
そう言って、マージンは両手を合わせて前に突き出し、生き物の口のようにぱくぱくと開け閉めする。
そのあまりに珍妙な格好に思わず仲間達からは笑い声が漏れ、それで照れたのか、マージンはすぐに止めてしまった。
一方、レックは真面目に――しかし後ろを向いて――マージンの動きを真似ていた。それを見て、
「いや……別に両手でやる必要はないと思うで……。片手でも押し出せると思うし……」
笑われたためか、テンションも低くマージンが助言する。
それを聞いたレックは仲間達の注目を集める前に、素早く左手を下ろすと、前に突き出したままの右手を睨みながら唸っていた。
しかし、なかなかうまくいかない。
やがて、レックを見ていたディアナも、
「ふむ。私も試してみようかのう」
そう言って、右手を前に出して目を閉じた。
すると、
「ま、うまくいけばヒントくらいは教えられるかも知れねぇしな」
とクライストも後に続く。
ただ、リリーはというと、
「あたしは……制御力があれだから、ね。それよりもマージンはやってみないの?」
と、残念そうに首を振りながらマージンに訊いた。
それに対しマージンは、
「わいはもう出来るし」
とあっさり宣う。
「え??」
思わずマージンを注視する仲間達。
するとマージンは少し慌てて、
「いや、元々魔術使う時って術式に魔力流すわけやん?それを手のひらの外に向かって流すように変えるだけやしな。……何の役にも立たんけど」
と言葉を付け足した。
「漫画とかなら、それだけでも岩を壊したりできるんだけどな。そう上手くは行かねぇってことか」
「そや。だから、言うても意味あらへん思うたんや」
マージンの説明を聞いて、納得したようにクライストが頷く。他の仲間達も、確かに役に立たないのでは、マージンが今まで言わなかったのも無理はないかと納得した。
とは言え気になることもある。
「いつの間にそんなこと出来るようになっておったのじゃ?」
そうディアナが訊いてみると、
「そやなぁ……何となく、やな。ロイドの所で訓練してるうちに何か、こうな?」
「いや……さっぱり分からんのじゃが……」
どうやらかなり感覚的なものなのか、全く当を得ないマージンの答えに、仲間達は説明を求めることを諦めざるを得なかった。
とりあえず、マージンの爆弾発言で中断してしまったが、レック達は何とか気を取り直すと、再び右手から魔力を押し出す練習を再開した。
途中、ディアナが武器を手に持って、それに魔力を押し出すようにやってみたところうまくいったということで、レックとクライストも同じように挑戦してみる。
その結果、
「確かに、手ぶらでやるよりイメージしやすいな」
「だね……多分出来た、と思う」
クライストの言葉に、武器に魔力っぽい何かがまとわりついているのを感じつつ、レックが頷いた。
魔力を送り出すのを止めると、すぐに武器にまとわりついていたそれは霧消してしまうが、もう一度送り出してみるとまたまとわりついている。
何回かそれを繰り返したレックは、満足して、
「うん。これでいいと思うよ」
そう仲間達に出来たことを告げた。
「では、早速試してみるかのう?」
「その前に……どうなったらオーケーなのか分かる?」
急かそうとするディアナを制し、レックはそう訊いた。魔力を込めるのは何とかなりそうでも、どのくらい込めればいいのかとかはまだ分からない。
「必要な魔力が込められたら、サークル・ゲートの中央が光るそうじゃ。あと、魔力はある程度均等に込めねばならぬと聞いておるのう」
「どのくらい込めればいいのかは分かる?」
「いや、分からぬ。じゃが、込めすぎても問題はないそうじゃ」
「ということは……う~ん」
ディアナの説明を聞き、分かったような分からないような、そんな感じでレックは唸っていたが、
「ま、やってみるしかあらへんな」
「……そうだね」
そんなマージンの言葉に頷くしかなかった。
とりあえず、物は試しと石柱の1つに魔力を込めてみることにして、レックはクライストに肩車をして貰った。
「えっと、これかな?」
そう言ったレックの目の前には、球体とそれを取り囲む魔方陣のような複雑なレリーフがあった。球体は余程磨き込まれているのか、レックが左手に持つランタンの光を反射して輝いてすらいる。
「ああ、それや。その球体に手を当てて魔力を込めるんや」
下から確認したマージンの言葉に従い、レックはその球体にそっと右手を触れる。
石の冷たさを手に感じながら、
「じゃ、やるよ」
仲間達に合図を送り、レックは半眼になって右手から魔力を送り出し始めた。
が……
「クライスト、揺れてる揺れてる」
肩車という状態は些か不安定で、レックはなかなか上手く集中できなかった。
「ああ、済まない」
クライストもわざとではないので、そうは言うが、やはりなかなか安定しなかった。
それでも何とかレックが上手いこと石柱に魔力を込め始めたかと思うと、
「悪い。マージン代わってくれ……」
疲れてきたクライストとマージンが交代することになり、またレックの集中が乱れる。
おまけに、
「また何か来たようじゃぞ……」
森の様子を見張っていたディアナが警戒の声を上げる。
先ほどのキメラのようにサークル・ゲートの中には入って来れないのだろうが、緊張は強いられる。
今度現れたのは、上半身は成人男性のそれだが、腰から下が大蛇そのものの蛇人間――ラミア――とでも呼ぶべきものだった。
レック達も動画でなら何回か見たことある蛇人間は、実際に相対するとなると、脅威よりもおぞましさが先に立った。人間と動物の融合というのはファンタジーやSFではお馴染みの概念であるが、五感が現実のそれと全く同じ仮想現実の中で遭遇したそれは、人間という身近な素材が入っている分だけ、おぞましさも増していた。
「あれはダメ……いなくなったら教えて……」
そう言ってリリーがあっさり目を逸らす。サークル・ゲートの中という安全地帯にいるからこその行動である。
流石に他の仲間達は視線を逸らしたりはしないものの、
「慣れるのには時間がかかりそうだよな……」
と、イヤそうな顔をしていた。
ちなみに蛇人間もサークル・ゲートの中に入ってこようとはするものの、やはり見えない壁に阻まれるかのように、全ては無駄な努力に終わる。終わるのだが……
「心臓に悪いのう……」
とディアナが言ったように、大丈夫だと頭で分かっているのと、心が納得するのは別問題だった。
目を閉じていても蛇人間が体当たりをしてくる時の音は聞こえてくる。その都度、びくっとしてしまうのは仕方ないことだろう。
とは言え、人は慣れる生き物である。おまけに、蛇人間も馬鹿ではない。
どうやっても無駄だと理解した蛇人間が、とりあえず無理にサークル・ゲートに入り込もうとするのを諦めると、周囲には静寂が戻った。
それを見ていたレックは、
「レック、そろそろ作業再開しようや」
と肩車をしてくれているマージンに急かされ、再び石柱に意識を集中させていった。
とは言え蛇人間も完全に大人しくなったわけではない。蛇人間が身じろぎする度に注意がそちらに逸れながらも、何とか一本目の石柱にそこそこ魔力を注ぎ終わったのは、作業再開から20分以上も経ってからのことだった。
「これくらいで足りるかな?」
「ダメやったら、もう一度やるだけやな……クライスト、次は頼むわ」
レックに答えながら、マージンはクライストに肩車役の交代を頼む。
そうして、2本目の石柱に魔力の注入が始まって暫くした頃に、
「またなんか来たで?」
今度は休憩中のマージンが、またもや森の中から現れた何かの影を見つけた。
それとは反対側でとぐろを巻いていた蛇人間も、新たな気配に気づいたのか、鎌首?をもたげ、威嚇の鳴き声を立て始める。
「でっかいイノシシ……?」
蛇人間は見たくないけど、新手は確認しておきたいのか、目を開けたリリーがそれを見てそう言う。
反対側から現れたそれは、確かにイノシシだった。ただし、体長3m強、体高も2m程度もあるかなりの大物である。しかも、
「毛皮が光っておるのう……」
というディアナの言葉通り、その毛皮は青白い光を放っていた。
現れたイノシシは当然のように、レック達めがけて全力疾走で突撃を開始する。
直後、ドガアァァァン!という凄まじい音がして、あっという間に距離を詰めてきていたイノシシがサークル・ゲートの外側で停止しているのを、レック達は目撃した。
「すごいな……」
レックの下でクライストがそう漏らす。
何が、とは誰も訊かない。
ただ、驚きでレック達の動きが止まっている間に、別のものが動いていた。
見えない壁へ衝突した衝撃で頭を振っているイノシシの後ろから音もなく這い寄ったそれは、次の瞬間にはイノシシの身体に巻き付いていた。まさしく一瞬の早業である。
だが、イノシシも蛇人間にされるままにはなっていない。
蛇人間を巻き付かせたまま、サークル・ゲート周囲の空き地をぐるぐると走り出した。時には木やサークル・ゲートの見えない壁に蛇人間をぶつけながら、延々と走り続ける。
「目が回るのう……」
凄まじい音がするのでレック達としても目は離せないが、追いかけているとだんだん目が回ってくる。
だが、そんな状態は長くは続かなかった。
蛇人間を引きずるように走り回っていたイノシシは、数分と経たないうちにその速度を落としていった。となると、後は蛇人間の独壇場である。
イノシシの速度が緩んだ隙を逃さず、蛇人間はイノシシにより巻き付いていき、さらに強靱にイノシシを締め上げる。そして、締め上げられたイノシシの動きは見る間に緩慢になっていき、するとさらに蛇人間がそこに巻き付く。
イノシシの速度が緩んで一分と経たないうちに、イノシシが真ん中に入っているはずの蛇人間のボールができあがっていた。
「まんま、大蛇の獲物の仕留め方そのもんやな」
「じゃな」
マージンとディアナが頷きあっている後ろでは、蛇団子を見ないようにリリーがまた目を閉じていた。
「まあ、これで暫く静かになるはずじゃ。レック、魔力を込める作業を進めてくれんかのう?」
ディアナに言われ、またしても手が止まっていたレックは作業を再開する。
そして、二本目の石柱に魔力を込め終わる頃、蛇人間は締め付けを解き、イノシシの丸呑みを始めた。
こればかりはディアナも目を逸らす。
どうやって人の上半身であのイノシシを飲み込むのか。幸いにも夜の暗さのおかげではっきりと見ることは出来ないが、影だけでも十分衝撃的な光景なのだ。
最初は興味津々で見ていた男性陣も、流石に途中で目を逸らす。
やがて丸呑みも終わり、胴体の中程がぷっくりと膨れた蛇人間はもそもそと鈍くさく森へと姿を消していった。
「……とりあえず、次の石柱に魔力込めるよ。マージン、手伝って」
レック達が何とか気を取り直し、再び石柱に魔力を込め始めたのはそれから10分以上も経ってからのことだった。