第五章 第二話 ~サークル・ゲート~
ロイドのログハウスを出てから一週間ちょっと経っていた。
橋が落ちた例の川をそもそも源流から迂回してしまうべく、レック達はログハウスから南下し、その後、山を1つ回り込むようにして進路を西へと向けていた。
そして今、レック達はは南向きの斜面の針葉樹林の中で野営の真っ最中だった。
「ふぅ……食った食った」
そう言って満足げに地面に寝転んだのはクライストである。
その様子を見ながら、仲間達も皿を布で拭くだけの簡単な食事の後片付けを済ませると、パチパチと火に炙られた針葉樹の葉が音を立てている焚き火を囲み、思い思いにくつろぎ始める。無論、最低限の警戒はしている。
「しっかし、今日は随分と楽だったなー……。やっぱ、アイテムボックスが広いのはいいよな」
「そうじゃのう。おかげで手荷物が随分減らせたからのう」
「おかげで、荷物持ちから解放されて助かったよ」
クライストの言葉にディアナとレックがそう頷く。
レック達はロイドの元を発ってから毎晩、野営の時間を使ってロイドのところにあった魔術の祭壇に書かれていたルーン文字の解読を試みていた。
文字数はそれほど多くもなく、ロイドから貰った辞書もあるしすぐに終わるだろうと思っていたその作業だったが、意外と手こずり……これで間違いないだろうと全員が納得する形での解読が終わったのが実に昨日の晩だった。
そして、効果の分からなかった例の魔術の効果とは、アイテムボックスの拡張というものであった。
レック達としては、アイテムボックスはシステムで固定されているものだと思っていた。なので、それを魔術で拡張するということに違和感を感じないでもなかったが、考えてみればここは仮想現実。ゲームの中な訳で、何でもありだろうとあっさり納得した。
そうなると、今まで縦横高さ50cmずつという、アイテムボックスの狭さに対して感じていた不満が解消される、かもしれないのである。早速試してみることとなった。
その結果、広さを維持するためにはある程度の魔力を消費し続けなければいけないことが分かったのだが、実際には少し広げるくらいなら問題なかった。
というわけで、魔力が少ないグランスと、制御が出来ないリリーを除く5人(クライストもロイドに判定してもらっていた)がアイテムボックスを広げることになり、それまで背負ったり手に持ったりして運んでいた大量の荷物の大半が、アイテムボックスに収められたのだった。
「わいらとしても、レックが前衛に復帰してくれたんは大助かりやったわ。やっぱ、攻撃役は多い方がええな」
「いや、昨日までも戦闘には参加してたと思うけど……」
マージンの言葉をレックが訂正するが、
「荷物を下ろすまでは、むしろ足手まといだったもんね」
というリリーの言葉で、撃沈した。
何故か撃沈したレックと、それを見ながら首を傾げているリリー。その二人の様子を見ていたミネアが、
「あまり虐めてはいけません……よ?」
「えっと……そんなつもりはないんだけど」
ミネアの言葉にも不思議そうに首を傾げるリリー。
そんなリリーの様子を見ながら、グランスも苦笑していたが、自分もあまり人のことは笑えないかも知れないと気がつき、表情を引き締めた。
いつもいつもミネアが隣にいる事に慣れきっていたのだが、最近、ふとその事に気づき、その理由を考えるに至った。その結果、これはひょっとしたら、と世の男性が一度は考える自惚れとも言える可能性に気づいたのである。
無論、ロイドの所にいた時ならいざ知らず。プライバシーも何もない旅路の途中では、他の誰かに確認してみるわけにもいかない。で、しばしば悶々としていたりする。
何しろ、ミネア(のアバター)は随分な美少女である。それを今まで意識してこなかったのは、アバターは本人よりも随分美化されている(ハズ)という意識があるからこそである。
しかし、半年以上も現実に戻ることなく、ジ・アナザーの中で生活していれば、今いる仮想現実こそが唯一の現実であるかのような感覚になってしまっており、アバターだからなどという言い訳は既にほとんど崩れてしまっていた。
そうなると、今、グランスの横にいるのは実際に触れたら柔らかくて温かい生身の美少女ということになる。
グランス自身、豊富とは言い難いものの、現実での女性経験がないわけではない。それでも、とんでもない美少女がすぐ隣にいて、自分に好意を持っている(かもしれない)という状況はやはり落ち着かなかった……と言っても、その辺りは亀の甲より年の功ということで、表面上は完全に平静を装っていたのだが。
ちなみにマージンが、グランスが表情を引き締めるところをたまたま目撃して、
(ほほう……脈ありやな)
などと考えながら、ミネアとグランスを交互に見ていたりするのだが、当の二人は勿論気づかなかった。
その翌日。
今日もロイドに貰った地図を確認しながら、レック達は針葉樹林の中を歩いていた。
林冠の密度が高いためか、森の中はやや薄暗い。そのおかげで、
「下草が少なくて、歩きやすいのは助かるな」
というグランスの言葉が出てきたりする。
「だな。斜面の上に、下草生えてたら最悪だぜ」
「だよね」
クライストの言葉に、レックも頷いた。
実際、道など無い斜面を歩くだけでも気を遣うのだ。そこに下草が生えていると、躓きそうな障害物が隠されてしまったりするので、歩きにくさが倍増するなんてものではない。
もっとも、下草がない代わりに困ったことも起きていた。
「じゃが、太陽の位置が分かりづらいのは困りものじゃのう」
林冠を見上げながら、ディアナがそう零した。
「方角は兎も角……時間が分かりづらいですよね」
「全くじゃ……。まさか端末の時計が無くなってしまうとはのう……」
ここ数日、何度も繰り返されたぼやきの様に、プレイヤーがそれぞれ持っている個人端末。そこから時計機能が無くなってしまっていたのである。
気づいたのは、ロイドの所を発ってから3日ほど過ぎてからだった。そもそもここのところ、個人端末の出番など無いに等しかったため、いつ無くなっていたのかと言われると、誰も分からないのだが。
ちなみに、端末を見てなかったということは当然、
「まあ、ええやん。元々、時間なんて気にしとらんかったんやし」
というマージンの言葉通りだったりする。
実際その通りなので、ディアナは言い返すことも出来ない。せめて、
「町に戻ったら、時計を買いに行くとするかのう……」
そうぼやいた。
昨日までならそれに対しても、「まともな時計なんてあらへんで」というマージンのツッコミが入っていたのだが、流石に今日は自重したようである。
代わりに口を開いたのはレックだった。
「時計かぁ。あんまり大きくないがあるといいよね」
「ふむ。せめて端末と同じくらいか、もっと小さいといいな。……マージン、出来ると思うか?」
「そやな。手のひらに載るくらいなら何とかなるんちゃうか?それ以上は、すぐには手にはいらんやろな」
グランスに訊かれ、以前に見た置き時計の中身を思い出しながらマージンはそう答えた。
時間を知りたければ、今までは端末があったのである。ジ・アナザーに時計という物がないわけではなかったが、実用的な道具というより、部屋を飾る家具としての性質が強かった。その為、どれもこれも結構な大きさの物ばかりの上に、時間もすぐずれるという実用面から見れば欠点まみれの代物だった。
無論、極少数ながらも、熱心に機械時計を作っていたプレイヤーもいたことはいたのだが……
「職人達が追い出されとったら、『魔王降臨』以前のもんしかあらへんやろうしなぁ」
というわけである。
「にしても、やっぱ現実が懐かしいな」
「こっちにもだいぶ慣れたけどね」
そう言いつつ、レックもクライストの言葉を否定はしない。
「慣れはしたけどな。現実じゃスイッチ一つで出来たことが、ここじゃどう足掻いても出来ないことも多いからな……」
「そもそも、中身や仕組みを全く知らぬ機械に囲まれておったわけじゃからのう」
「まあ、確かにな。……メトロポリスとかどうなってんだろうな」
そうクライストの口から零れた、キングダム同様にエントランス・ゲートを有する都市の名前に、仲間達も思いを馳せる。
「あそこなら……現実と大差ない生活が送れていたかも知れんな」
「そう、ですね」
「様子、見に行ってみたいね」
ジ・アナザーにおいて唯一、現実世界と同等の環境が用意されているメトロポリスの様子を思い出し、そこでの生活と今の生活を比較して、あっちの方が良かったかもと思うグランス達。
しかし、そうは考えない仲間もいるわけで。
「でもな。『魔王降臨』直後の混乱はこっちよりずっと酷かった言うしな。何より、現実と変わらない生活しとったら、魔王倒そういう意志が無くなってまいそうやな」
そんなマージンの言葉に、それもそうかと納得する仲間達であった。
そんな感じで、雑談をしながら歩いたり、話題が尽きると暫く黙って歩いたりしていると、不意にミネアが立ち止まり、右の方へと視線を向けた。
瞬時に、仲間達にも緊張が走る。今更「どうした」などと訊くまでもない――エネミーの気配を捉えたのだ。
ロイドに課せられていた訓練の1つが、身体強化を常時維持し続けるというものだった。
身体強化はさほど難しい術式ではないが、それでも一日中維持し続けるということは、とてつもなく神経を使う。おまけに、魔力配分を間違えると一時間も持たないだけでなく、余計なところで力が入りすぎて物を壊してしまったりもする。
そんないろいろと大変な訓練ではあったが、制御力の向上には大きく役に立った。
で、ロイドの元を発ってからも制御能力皆無で身体強化が使えないリリーと魔力がやたら少ないグランスを除く5人は、最低レベルの身体強化を常に維持し続けていた。そのおかげで、常時視力や聴力もいくらか底上げされており、接近してきたエネミーをちょっと早めの段階から誰かが気づくことが多くなっていた。
「ああ、確かに何か来てるな」
立ち止まって耳を澄ませていたクライストも、ミネアが察知したそれを確認する。
「じゃな……こっちに気づいておると思うか?」
「どうだろうな……」
ディアナに訊かれ、そう返したクライストは、指示を求めるべくグランスへと視線をやった。
「いつも通り、態勢だけ整えて様子見だ。気づかれないならそれに越したことはない」
流石に身体強化を行い聴覚を研ぎ澄ませたグランスは、いつものようにそう指示を出す。
「了解っと」
「分かった」
仲間達は口々に小声でそう答えると、グランスとマージンを挟むようにレックとクライストが左右に展開し、真ん中にリリー、後方をディアナとミネアが固めるいつも通りの布陣を、進行方向に対して右向きに敷く。
身体強化が使えないリリーの安全や、クライストの銃の弾がほぼ切れて――ロイドの所でも補充できなかった――前衛に回らざるを得なかったなどの事情で、戦う時のメンバーの配置は大きく変わっていた。
「……どうだ?」
「……駄目だね。気づかれてるみたいだよ。まっすぐこっちに向かってきてる」
グランスに訊かれ、最も魔力が多いレックが最大限まで強化した聴覚でエネミーの出す足音を確認し、そう答えた。
「どうにも、上手くやり過ごせた試しが殆ど無いのう」
「ですね……」
後ろの方でされているディアナとミネアのやりとりを耳に挟みながら、グランスはさらにレックに訊ねる。
「どんなやつか分かるか?」
「足音だけで羽の音はしない……それ以上は分からないよ」
「飛ばない相手と分かってるだけでも十分だ。……どうせ、魔獣だろうしな」
グランスの言葉に、仲間達の間に緊張、よりも諦めが走った。
どうにも、この霊峰では何らかの魔術的な能力を持つ魔獣の割合が高い。その事に、既に慣れてしまっているのであった。
ちなみに、プレイヤーから手を出さなくても襲いかかってくるのがエネミーとされるのだが、それらはプレイヤーによって大きく3種類に分けられていた。
1つめが凶獣。一切の魔術やそれに類する能力を持たない単なる獣の類である。
2つめが魔獣。魔力による肉体の強化や、魔術にも思えるような何らかの特殊能力を有しているエネミーを指す。
ここまでは生物の枠内だと言われれば、何となく納得できるのだが、そうはいかないエネミーもいる。
それが魔物。代表的な物がアンデッドだろう。あるいはあまりにも禍々しすぎて魔物に分類されるエネミーもいる。悪魔っぽいエネミーもここに分類される。
ただ、プレイヤーによる大雑把な分類なので、人によって分類が変わってしまうエネミーもいるし、そもそもこの枠の中に入りきらないエネミーも存在する。
だが、少なくとも魔術的な能力も特殊能力も全く持たないエネミーを魔獣と呼ぶことだけは無かった。
「飛び道具はあると思うか?」
「無いと思いたいがな……警戒は怠るな」
クライストに訊かれ、グランスはそう注意する。
一応、ロイドに霊峰で遭遇しうるエネミーについての情報はある程度聞いてある。その限りでは、落ち着いていけば対処できる相手が大半のはずなので、レック達が特に怯えるようなことはなかった。
「……来るよ」
レックの言葉通り、すぐに木々の間に大きな影が見え隠れし始めた。
その影を見たグランスが呟く。
「熊か?」
「っぽいな」
クライストも頷いたように、体長4mほどと熊としてはやや大きめのその影は、歩くよりも少し速いペースでレック達へと向かってきていた。
その距離が確実に縮まっていく。
そして、残る距離が10mとなり、灰色の地に幾つもの赤い筋が走った毛皮と、冷えるような青い瞳が視認できた瞬間、
「いくぞ!!」
グランスのかけ声と共に、前衛4人が一斉にその熊に襲いかかっていった。
熊の方も、レック達をめがけて向かってきていただけあって、不意を突かれるようなことにはならない。
「グオオォォォォ!!」
獰猛な叫び声を上げながら、正面から向かってきたグランスとマージンに、体重を乗せた前足の一撃を見舞う。
無論、グランスもマージンもそんな攻撃をまともに受けるわけにはいかない。いくら身体強化の魔術で力が底上げされているとは言え、人間を大きく上回る熊の力にはまだまだ敵わない。
グランスとマージンは左右に避けながら、勢いの乗った武器をそれぞれ迎え撃つ形で熊の前足に叩き付ける。が、
「のわっ!」
人間が扱う武器としては十分重量級のツーハンドソードをはじかれ、マージンがバランスを崩す。
一方のグランスも、ツーハンドソードよりもさらに重量のある戦斧とは言え、熊の10cm近くもある鋭い爪にがっちりと受け止められてしまっていた。
とは言え、動きが止まったのはチャンスである。
「今だ!!」
グランスの合図と共に、左から飛びかかっていったレックがグレートソードで熊の背中に切りつけた。
「グオオォォォォ!!」
熊が再び吠える。今度は怒りを込めて。
その背中にレックが付けた斬り傷から、赤い血がだらだらと流れ始めるが、
「手応えが浅かった!というか、毛皮が硬いよ!」
一撃離脱で距離をすぐに取ったレックが、そう報告したように、決して深い傷ではなかった。
「厄介だな」
熊の怒りがレックに向かったことで、熊との力比べなどと言う勝ち目のない綱引きから解放されたグランスが、そう零す。
その間にも、熊に襲いかかられたレックは、その爪を何とかグレートソードで弾き返している。その魔力のおかげか、身体強化中のレックの力は相当に強化されるのだ。
それでも、体長4mという巨体が立ち上がって振り回す2本の前足の猛攻を凌ぎきることは出来ていない。数回しか打ち合っていないというのに、逸らしきれなかった爪で既にレックの顔や腕には幾筋もの傷が産まれていた。
急いで駆けつけたグランスとマージンは、隙だらけの熊の背中に各々の武器を全力で叩き付ける。が、
「固いな!」
グランスの戦斧こそ少しは食い込んだものの、あくまでも少しだけ。マージンのツーハンドソードに至っては毛皮を少し傷つけただけに終わっていた。
「グオオォォォォ!!」
熊は再びグランスへと向き直り、今度は体当たりを仕掛けてくる。
しかし、幸いにも直線的な突撃だったこともあり、グランスはいとも簡単に熊の攻撃を回避した。
ちなみに、クライストはと言うと、後衛の女性陣の元へと戻っていた。ナックルで熊と殴り合うのは流石に無謀なので、誰も咎めたりはしない。
もっとも、後ろから見ているだけというつもりはないらしく、万が一に備えて銃は構えている。無論、ミネアが構えている弓と同様、熊相手には時間稼ぎになればいい位にしか思ってはいない。
兎にも角にも、武器の問題で参戦できない4人の見ている前で、レック、グランス、マージンの3人と、熊との戦闘が繰り広げられていった。
そして、20分後。
「なんとか……なった……な……」
少しずつでもダメージを蓄積させていくことで何とか熊を倒した後、その死体から十分距離を取った上で、地面に座り込んでいる3人の姿があった。
無論、レック達もあちこちに傷を負い、装備もぼろぼろの満身創痍である。とは言え、傷だけは、
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
そう言いながら、クライストとミネアがかける治癒魔術で次々と完治していく。
その治療を受けながらグランスが漏らした、
「なんというか……今までで一番の強敵だったな」
という言葉に、仲間達も頷いた。
「攻撃力よりも、あの防御力が面倒やったわ……」
「もっと小型の相手だったら、私たちにも手伝えたのじゃがのう」
マージンの感想に、ディアナも残念そうに答える。
これといった魔術や特殊能力こそ使ってこなかったものの、やたら頑丈だった熊の毛皮こそが倒す上での一番の障害だった。
その事をレック達は噛み締める。
そして、
「やはり、ロイドの持っていたらしいエネミー除けの魔術だか魔導具だか、欲しかったな」
「それやと、強くなる機会逃しそうやけどな」
ふとグランスが漏らした言葉に、マージンがそう返す。
「だね。魔王を倒さないといけないプレイヤーを鍛える為にも、頼んだところでロイドがくれたとは思えないよね」
レックのその言葉に、グランスもそれもそうかと頷いた。
「それより気になるのは、身体強化の方かな」
「何かあるの?」
レックの言葉に、リリーが首を捻る。
少なくとも、魔術が使えないリリーにとっては、レック達の身体強化は十分驚異的に見えていた。問題があるようには思えない。
「なんて言うのか……強化具合、かな」
こちらも首を傾げながら、レックが答える。
「ロイドは僕とグランスなら、僕が圧倒的に強くなるって言ってたよね」
「そう言えば、言ってたね」
ロイドの言葉を思い出しながら、リリーは頷く。
「彼に鍛えられて、それなりに身体強化を使えるようになったとは思うんだけど……」
「その割には、グランスに比べて力が強い感じがしないのう」
レックの言いたいことに気づいたらしいディアナが、レックの言葉の後を継いだ。
レックはそれに頷くと、
「さっきの戦闘でも、僕は手加減したつもりはないんだ。だから、グランスを圧倒できるほどに力が強くなるなら、あの熊相手でも互角以上に立ち回れててもおかしくないと思うんだ」
「つまり、まだ身体強化の魔術の力を引き出し切れておらぬということかのう?」
「そう言うことだと思う。けど……」
「ロイド……さん……の元で、十分訓練は受けたはず……ですよね」
ミネアの言葉にレックは頷き、
「だから、なんか変だな、ってね」
無論、考えても答えが出るような事でもない。
暫く考えた挙げ句、身体強化魔術をもっと練習したら何か分かるかもと、レック達はそう言う結論に落ち着いたのだった。
暫くの休憩の後、再び森の中を歩き続けたレック達は、特に強力なエネミーに襲われることもないままに、その日の夕方、運良く洞窟を見つけた。そしてそこで一夜を過ごし、翌日、再び森の中を歩き始めた。
そして、昼も過ぎ、太陽も傾きかけた頃。
レック達は未だに森の中を歩き続けていたが、地面自体は平坦になっていた。
そんなところを歩いている途中のことである。
「ん?」
ふと、リリーが立ち止まった。
一瞬、エネミーかと仲間達は身構えるが……リリーの緊張していると言うより、何かに興味をそそられている様子に、エネミーではなさそうだと緊張を解く。
「何か、見つけたんですか?」
「んー、ちょっとね。あれなんだけど……」
そう言われ、リリーが指さした先を見たミネアは暫くその方向を見た挙げ句、やっとリリーが見ていた物を理解した。
「何か……ありますね……石?岩?」
今一行がいる場所からでは木々に隠れてよく見えないが、どうやら白っぽい大きな岩のように見える。
ミネアのその言葉で、同じ方向を見ていた他の仲間達も見るべき物を理解したためか、
「あー、確かに岩だかなんだかあるな」
というクライストの言葉通り、次々とそれを見つけていた。
誰もがそれに興味を引かれたようで、しかし、一人としてそっちへ歩き出すことはない。流石に、強力なエネミーが徘徊する場所で仲間からはぐれて行動する様な真似はしないのだった。
とは言え、
「行ってみるか?」
とグランスに訊かれれば、否やはない。
元々は冒険をして愉しむためにジ・アナザーにログインしていたのである。冒険……とまでは行かなくても、珍しい物を見てみたい、触れてみたいとレック達が思うのは当然のことであった。
「うん、勿論行ってみたい!」
元気よく答えたリリーを先頭に、レック達はその岩の方へと歩き始めた。
歩き始めて暫くすると、近づいた分だけ少しずつでもその岩の様子が分かるようになってくる。
「1個じゃないみたいだな」
クライストの言葉通り、高さ数mにもなる岩はどうやら幾つもあるらしかった。そのいずれもが、柱のように立っているらしい。
「ストーンサークルみたいじゃのう」
かなり距離も縮まって、様子もはっきり分かるようになってきた頃には、誰もがディアナと同じ感想を抱いていた。そして、同時にある可能性に思い至る。
そして、レック達はすぐに自分たちが想像していたとおりの物を目にすることになった。
「サークル・ゲートだよね?」
「だな。見たことはないが、話に聞いている特徴と合致する」
レックの言葉に、グランスが同意する。
高さ数mにもなる白い巨石が柱のように幾つも、二重の円を描くようにして立っている。その中心には巨大な丸い平たい岩が埋め込まれており、その周囲にも小さな岩が一定の規則性を持って埋め込まれていた。
そんな話に聞いていたそのもののサークル・ゲートを目の前にし、レック達は暫く動きを止めていたが、やがて好奇心を抑えきれなくなってうろうろし始めた。ぺたぺたと石柱を触ったり、石柱の表面に刻まれた紋様をじっと観察したり。
「真ん中には入るなよ?」
サークル・ゲートは真ん中に入っている人や物を対になるサークル・ゲートへと転移させる。今は停止しているようだが、万が一を考えてグランスは仲間達にそう注意した。
だが、
「は~い」
と生返事をしたのはリリー。しっかりと、真ん中の平たい岩の上に乗ってしまっている。レックもその周囲の小さい岩を見て回っていた。
クライストとマージン、ディアナは石柱を見て回っていて、石柱に囲まれた中側には入ってはいなかった。
「困ったものですね」
いつものようにグランスの横に陣取っているミネアが、言葉の内容とは裏腹に、微笑ましげにリリーとレックを見ている。もっとも、リリーとレックに対して向けられる視線の意味は微妙に違っているのだが。
グランスもその事を感じ取り、苦笑するしかなかった。
万が一を考えるなら、リリーとレックをすぐにでも呼び戻すべきなのだが、初めて見るサークル・ゲートにはしゃいでいるリリーを呼び戻すのは少々気が引ける。レックの方はまあ、野暮というものだろう。
幸い、サークル・ゲートが稼働するのは数週間おきであるし、何が何でも呼び戻す必要もないだろうとグランスは考えていた。
グランス自身も初めて見るサークル・ゲートにはそれなりに興味もあったので、多分大丈夫だろうと、石柱を一本ずつ見ていく。
「すごい細かい紋様と……これはルーン文字、でしょうか?」
「そうだな……。何を意味してるのか……」
グランスはそう言うと、アイテムボックスからルーン文字の辞書を取り出し、何とか調べてみようと試みるが、すぐに調べられるものでもない。
「……ダメだな。すぐには分からないか」
そう諦めたグランスの横では、ミネアがしっかりと紙に書き写していた。
「役に立つかどうかは、分かりませんけど……」
「……いや。損にならないなら、メモを取っておくのは賛成だ」
メモを取っていた手元とは言え、グランスに見つめられてもじもじするミネアと、冷静にフォローを試みるグランス。
ディアナとクライストは、そんな二人の様子に気づいて、石柱を調べるよりもグランス達の様子をにやつきながら見つめていたりするが……グランスもミネアも気づいてはいない。
リリーはサークル・ゲート中央の岩の表面の紋様を観察するのに飽きると、今度は周囲の小さな岩を飛び石に見立てて、跳ねて遊んでいた。レックはと言うと、そんなリリーの様子は気になるわ、グランス達の方も何か気になるわで、石柱のサークル・ゲート内側の面を調べる振りをしながらも、全く集中できていなかった。
だからだろうか。
レックが真っ先にその異変に気づいたのは当然のことだったのかも知れない。
「光って……る?」
ふと気がつくと、サークル・ゲートの中心に埋め込まれた巨大な岩がいつの間にかほんのりと光っているように見えた。
そして、次の瞬間、
「やばっ!!」
という誰かの声がしたかと思うと、その巨大な岩の上に飛び乗ったリリーの姿がフッと消えてしまった。
続いて、マージンがその後を追うように巨石の上に飛び乗ったかと思うと、リリーと同じようにその姿がフッと消える。
(姿が消えた!?いや、ゲート?だから転移した!?)
レックは目の前で起きたことに一瞬混乱しかけるも、かろうじて正解をつかみ取った。
そして、放ってはおけないと、
「二人飛ばされた!追いかけないと!!」
と残った仲間達に声をかけながら、リリーとマージンの後を追うようにサークル・ゲート中央の巨石に飛び乗り、次の瞬間、強い浮遊感に包まれたかと思うと、周囲の景色は一変していた。
(暗い!?)
幾つもの石柱に囲まれているのは変わらない。足下の巨石がほんのり光っているのも同じだ。
しかし、さっきまで昼だったはずなのに、周囲の暗さはどう見ても夜のそれである。
転移したのだろうと分かっていても、戸惑ってしまう。
そんなレックの耳に、
「なんや、レックも来てもうたんか」
そんな声が聞こえて振り向くと、マージンとリリーが立っていた。
暗くて表情までは確認できないものの、さっきの声音からしてマージンは少し焦ってるような気がしないでもない。
だが、それよりも戸惑いの方が大きかったレックは、
「えっと……ここ、どこ?」
などと訊いてしまった。
その問いにマージンはため息を吐くと、
「そんなんより、すぐに戻るで。ゲートの稼働時間、30秒もあらへんのやで」
そう言って、リリーの手を引きながらレックが立っているサークル・ゲートの中心へと歩いてこようとして、
フオンッ……
そんな音を立ててレックの隣に現れた走ってるような姿のクライストとディアナに、その足を止めた。
「え?え?」
状況のあまりの変化に頭が付いていかない様子のクライストとディアナを見ながら、レックはさっきの自分もこうだったのかとちょっと恥ずかしくなった。
一方で、マージンは慌てたように、
「ちょ!おまえらもか!!ってか、早く一端ゲートから出て、入り直すんや!!戻れなく……」
その言葉が終わる前に、レック達の足下で巨石の光がすっと消えた。