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ジ・アナザー  作者: sularis
第五章 精霊の筺
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第五章 第一話 ~ある街の食堂で~

第五章です。


少しずつ話が動いていく………………予定です。



更新頻度は週1は目指したいですが~……ばたついてるから、どうなるんだろう?



では、次は第五章の後書きで。

 ペルは、キングダムから北に1000km以上離れた山間部にある中規模の町である。周辺地域におけるキングダムとの流通は、一度は必ずこの町を経由する。そのため、この地域の要として発展してきた。

 『魔王降臨』の時にはこの街を管理していた公認ギルドのメンバーがいなくなってしまったこともあって、大きな混乱に見舞われもしたが、その重要性もあってすぐに大陸会議が軍を派遣。そのまま大陸会議の統治下に入ることで、今では落ち着いている。

 周辺地域ではプレイヤーの激減で維持できなくなった町も相当数出たが、ペルと幾つかの町は残ったプレイヤーが集まることで今でも町として機能していた。


 さて、そんなペルには幾つもの食堂がある。

 自分たちで料理などしないプレイヤーが多かったこともあって、ジ・アナザーでは食堂に対する需要が高く、それに比例して食堂の数もやたらと多かった。無論、味も人気もピンキリだったので、人気が無くて寂れていた食堂なんて珍しくも何ともなかった。ただ、生活がかかってるわけでもなかったので、寂れたままでも何とかなっていたのである。

 しかし、『魔王降臨』によって、プレイヤーにとってはこのジ・アナザーという仮想現実で生き延びることに真剣に向き合わなくてはならなくなった今では、そうも行かない。プレイヤーの激減と相まって、食堂に限らず寂れた店は大半が消滅していったはずなのだが……中には寂れたままなのに、今でも営業し続けている店もあった。


 ペルのとある裏道にある古ぼけた看板を掲げた食堂、『オーガスト』もその1つであった。

 看板に相応しく古ぼけた、それでも割と広い店内には、数だけは揃えられたランプが天井からぶら下がっている。しかし、火が灯されているのは一部だけ。カウンターと一部のテーブルの周りだけで、窓に常に掛けられているカーテンと相まって、店の中は昼でも薄暗い。

 テーブルも椅子も数だけは揃っているが、よく見るとがたが来ているのが大半で、まともに使えるのは一部だけだとすぐ分かる。


 そのごく一部の無事なテーブルを囲んで、昼間っから管を巻いている3人の男達がいた。だが、その表情は冴えない。

「オイゲンはまだ来ないのか?」

 男達の一人、ブロンドの長いあごひげを無造作に紐で括っただけの男がそう言うと、

「見れば分かるだろう、クレメンス」

 ウェーブがかかった焦げ茶の髪の若い男が、そう返した。

 クレメンスと呼ばれた最初の男は「そうだな」と答えると、

「もっとまともな連絡手段を考えないとな」

 とぼやく。


 ちなみに、彼らの会話は全てドイツ語で行われていた。というのも、ペルとその周辺は元々ドイツ人プレイヤーが大多数を占める地域だったのだ。

『魔王降臨』の際に残されたプレイヤーにおいて日本人が占める割合がいくら多いとは言え、日本人以外が残っていないわけでもない。そして、元々日本人がほとんどいなかったこの地域では、残されたプレイヤーもほとんどがドイツ人だったこともあり、ドイツ語が普通に使われているのだった。

 このせいで、大陸会議との意思疎通に手間取り、治安の回復が遅れたりもしたのは余談である。


「いっそのこと、伝書鳩でも飛ばすか?鳩くらいは確かいただろう」

 若い男がそう返すと、

「ペトロスよ、実に魅力的な案だな。……まったく、ギルドチャットが使えればこんな不便はしないんだがな」

 とクレメンス。

「全員の所属ギルドが違うんだからどうにもならないだろう。そうでなくても、迂闊に使えないがな」

「分かってるって。言ってみただけさ」

 自分に対して僅かに苛立ちを見せる若い男――ペトロスに対し、そう宥めるクレメンス。


 ちなみに、彼らがギルドだのギルドチャットだのと言っているのは聞き違いなどではない。

 クランという名称は大陸会議が定めたものであり、大陸会議支配下で日本語を使用しているプレイヤー達はクランという名称を使っている。しかし、大陸会議の影響力が弱かったり及んでいない地域では、未だ旧来の意味でギルドという名称が使われていた。


 まだクレメンスに対して不快感が消えていない様子のペトロスは、クレメンスのどこか人をからかう様な態度を咎めようとして、結局止めたらしい。代わりにテーブルに一緒にいた残りの一人に視線をやると、

「ハリス、オイゲンが来ないことについてどう思う?」

 そう、黒髪を背中まで伸ばした仲間に訊ねた。

「……予想外の事態に巻き込まれた。それしか無いだろう」

 ハリスと呼ばれたその男が、閉じていた瞼をゆっくりと開けると、神秘的な雰囲気を持った黒い瞳が現れる。

「予想外の事態、ね。それが何なのか知りたいわけだがな」

 そんな言葉を吐いたクレメンスを、ペトロスが一瞬睨み付ける。しかし、すぐに自制したのか視線をハリスに戻した。

「最悪のケースだと思うか?」

「……それはないだろう」

 少しの間を置いて返ってきたハリスの言葉。根拠も何も示されなかったが、ペトロスもクレメンスもその言葉を疑うことはしなかった。

 根拠を示さなかったのは二人もよく知っている理由があるからであるし、それにハリスが言わずとも二人とも最悪のケースではないだろう根拠に心当たりはあったからだ。

 そこでいったん会話が途切れる。

 何しろ、今日の待ち合わせはオイゲンも含めた4人である。彼が来るまで、するべき話は始められない。とは言え暇を持て余しているので、結局、オイゲンが未だに来ていない理由をネタに、話を続けるくらいしかすることがなかった。

「では……」

 そんな訳で、ペトロスが口を開きかけた時のことだった。

「待て」

 再び目を閉じていたハリスが、片手でペトロスを軽く制し、

「待ち人が来たようだ」

 その言葉に、食堂の入り口へと視線をやるペトロスとクレメンス。

 二人が凝視する中、食堂の入り口のドアを押して入ってきたのは、小柄な少年だった。

 その少年は、店内の予想外の暗さに思わず足を止めてしまう。そして、一度入り口の外に出て、看板を確認すると、改めて入ってきた。

「あれが待ち人か?」

 クレメンスが呆れたようにハリスに確認したが、ハリスからの返事はない。

 一方、少年の方は店内を見回してハリス達を見つけると、すたすたとハリス達のところへやってきた。

 思わず警戒するクレメンスとペトロスだったが、ハリスには何の緊張も見られない。

 それを見た二人が、警戒を少し緩めようとしている間にも、少年は三人の元へと辿り着いていた。

「ハリスさん、達だね?」

 少年の確認に、ハリスが無言で頷く。

 それを見て少年はホッとしたように息を吐くと、

「オイゲンって人から伝言を預かってる。『済まないが、事情があって行けなくなった。当分は欠席だ』ってさ」

 そう頼まれていた伝言をハリスに告げると、少年はさっさと食堂から出て行ってしまった。

「……やっぱ、ここ、怖いのかね?」

 少年の背中を見送ったクレメンスが呆れたようにそうぼやくと、

「今はそれはどうでもいいことだろう……。それよりも、ちょっと外の様子を窺ってくる」

 ペトロスはクレメンスを咎めると、店の入り口へ行こうと立ち上がった。が、

「その必要はない。特にこちらに注意を払っているような気配は全くない」

「そういうことなら」

 とハリスに止められて再び椅子に腰を下ろした。

 その様子を見ていたクレメンスが、

「本格的にまずい事態なら、そもそも連絡をよこさないからな」

「その連絡が信用できるのか?」

「さあな。だが、偽の連絡係を仕立てる手間をかける理由がないだろう」

 そのクレメンスの言葉に、ペトロスは黙るしかなかった。相手には、自分たちの事などどうとでも出来るだけの力があるはずなのだ。

「オイゲンは自分で何とかするだろう。何とか出来なくても、我々が助けられることなど無い。それよりも、今日の本来の用事を果たすぞ」

 ハリスはそう言うと、カウンターにいた黒髪の店主に目配せで合図を送る。

 その合図を受けた店主は僅かに頷くと、さっさと入り口に向かい、そのまま閉店の看板を出してしまった。そして、入り口の扉にしっかりと鍵をかけると、店主は奥へと引っ込んで行ってしまった。

 クレメンスとペトロスはその様子を見送ると、視線をハリスへと移した。

 その視線を受けて、ハリスは懐から3枚の金属プレートを取り出す。クレメンスとペトロスはそれを凝視し、

「それが?」

「そうだ」

 ペトロスに短く答えたハリスは、クレメンスとペトロスにプレートを1枚ずつ手渡した。

 二人が受け取った灰色の金属プレートは、中央に小さな宝石が埋め込まれ、その周囲には複雑な文様がびっしりと描かれている。

「性能は?」

「予定通りだ。これを持っていれば、効果の小さい魔術を使っても感知されることはないはずだ」

 その言葉に、クレメンスは満足そうに頷いた。

「これでいろいろ動きやすくなるな」

「そうだな」

 すぐにクレメンスに噛み付くペトロスも、満足げだ。

「しかし、これは万能ではない。やはり、堂々と魔術を使いたければ、祭壇で取得してくる必要がある」

 ハリスは二人にそう釘を刺し、懐からもう数枚のプレートを取り出した。

「これは他の仲間達に。ただ、祭壇に触れる時には誰かに預けておいた方がいいだろうな」

「分かった。そうしよう」

 そう言いながら、クレメンスとペトロスはプレートを受け取った。

「さて、次は俺の方からだな。……この間、やっと大陸会議の構成ギルドに一人潜入することに成功した。ピンクちゃんだ」

 クレメンスからの待ちかねていた報告に、ペトロスが「さすがだね」と感心したが、

「まあ、まだ下っ端だから大した情報は期待できないんだがな。……情報も遅いしな」

 事実、クレメンスがこの情報を受け取ったのは、ピンクちゃんことシリルが潜入に成功してから一月以上も経ってからのことだった。

「……活動をせめてキングダムに移すべきか」

「検討はすべきだね」

 ハリスの言葉に、ペトロスがそう答える。クレメンスも、

「後方支援組だけ工房のあるこちらに残して、後は移動してしまうのは方法の1つとしてありだな」

 そう賛意を示す。


 情報伝達が遅い最大の理由は、距離である。大手のクランではクランチャット――彼らはギルドチャットと呼んでいるが――を使って情報伝達のタイムラグを無くしているが、別々のクランに所属したままのハリス達には――別の理由もあって――クランチャットの恩恵には預かれていなかった。

 他のプレイヤーに頼んで、彼らのクランチャットで伝言して貰う手もあり、実際に大陸会議傘下のクランでは、それ専門のサービスを提供しているところもあった。しかし、ハリス達はそれを使うわけにもいかなかった。

 となると、残る手段は人が直接情報を持って移動するか、伝書鳩みたいなものになる。しかし、ジ・アナザーではクランチャットがあり真面目に取り組まれなかったため、後者はまだ実用化できていなかった。となると人が直接行き来するしかないが、その場合馬を使っても1日100km程度しか移動できない以上、キングダムから遠く離れたペルでは、情報が届くのが一ヶ月遅れなどざらであった。

 逆に言えば、キングダムにいれば、もっと早く情報が届くのである。


「……即決した方がよいだろうな」

 否定的な意見は出なかったこともあり、ハリスはこの場で決断を下すことにした。と言っても、今更奇抜な事を言うこともない。

「ウルフレッドには俺から伝えておく。クレメンスの言ったように、工房で研究を続けるメンバー以外は、キングダムに移動しよう。ウルフレッドは当分こちらにいるだろうから、二人で何人か選んで先にキングダムに向かってくれ。俺もこちらでの用事を済ませたら、向かうとしよう」

 ハリスの指示に、クレメンスとペトロスは頷いた。


 こうして、彼らは動き出す。

 勿論、彼ら以外にそのことを知る者はいない。

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