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ジ・アナザー  作者: sularis
第四章 霊峰へ
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第四章 第六話 ~ロイドの魔術講座~

「リリーが精霊使いの素質を?」

 そう言ったのは誰だったか。

 そのことを指摘したロイド以外、リリー本人を含む蒼い月の全員が驚いていた。

「私が見た感じでは、比較的高い素質の持ち主だな。無論、今のままでは精霊の筺(エレメンタルアーク)を開ける事は出来ても、精霊王と契約する事は無理だろうが」

 飄々とそう告げるロイドに、

「しかし、リリーは魔法を1つも使えておらぬのじゃが、それはどういう事じゃ?」

 仲間達の目配せでの合図の結果、一番角が立たないと思われたディアナが代表して、ロイドにそう訊いた。

 その質問を受けても、ロイドは慌てる事はなく、

「魔法が使えなくても、魔力さえあれば精霊使いにはなれる」

「つまり、リリーにも魔力はあるという事なのじゃな?」

「無論だ。正確なところは量ってみないと分からないが、それなりの魔力は持っているはずだ」

「魔力を量る?量れるのか?」

 ロイドの魔力を量るという言葉に釣れたのはグランスだった。

「魔王を倒せるように多少プレイヤーを鍛える事も、私の仕事のうちだ。そのプレイヤーの魔術との相性を正確に把握するための魔導具を与えられているのだよ」

 その言葉に、レック達の好奇心は思いっきり刺激されていた。だから、

「そうだな、さして時間がかかる事でもない。今、調べてみるか」

 そう言って席を立ったロイドに付いてくるように言われ、レック達はぞろぞろとその後を付いていったのだった。

 そして、ロイドがレック達を案内したのは、ロイドの書斎の隣の部屋だった。書斎を通り抜ける時、レックとマージン以外の初めてそこに足を踏み入れた仲間達が、あまりの本の量に圧倒されていたり、呆れていたりしたのは余談である。

 壁全面を用途のいまいち想像できない様々な道具で埋め尽くされた棚で覆われた、10人も入れば手狭に感じるような部屋。その中央には、木製の背の高い大きな机が置かれていた。

「さて、これが個々人の魔術能力を測定するための魔導具だ」

 そう言いながらロイドは棚の1つから木の台に乗せられた大きな水晶玉を取り出し、テーブルの上に置いていた。

 レック達が周りから覗き込むと、水晶玉が載せられた重厚な木の台には、大きな水晶玉を囲むように小さな溝がいくつも彫られ、その上を小指の先ほどの水晶玉がいくつも転がっていた。

「これで調べられるの?」

 そう言いながら、リリーが興味深そうに水晶玉を覗き込む。

「そうだ。だが、結果の見方は教えてもすぐに分かるようにはならないだろうな。私が読み取って教える事にしよう」

 ロイドはそう言うと、レック達に少し離れるように言う。

 そして、水晶玉の上で印を切りながら、ごにょごにょとよく分からない呪文のようなものを唱えた。

 レック達がよく分からないながらも、興味津々で見ていると、ロイドの呪文は唐突に終わった。だが、レック達が期待していたような変化は、水晶玉のどこにも見えない。

 レック達が首を傾げていると、

「準備は終わった。今から一人ずつこの水晶玉に手で触れて貰う。リラックスして触れてくれればいい」

 ロイドはそこまで説明して、ふと思い出したかのように説明を付け加える。

「ああ、魔術を使えるなら、くれぐれも使おうとはするな。正しい結果が分からなくなるからな。後……魔法の祭壇は使った事があるな?」

 レック達が頷くと、

「そうか。ならその魔法の祭壇で身体の中をいじられるような、魔力を無理矢理動かされる経験をしているはずだが、この水晶も同じ事をしてくる。抵抗せずに受け入れてくれ。それが終わったら、その感触に沿って魔力を動かしてみてくれ」

 ロイドのその言葉に、レック達はあれは魔力を勝手に操作される感触だったのかと思った。

「さて、誰からこれに触れるかね?」

 そのロイドの言葉に、レック達の間で視線が絡み合う。

 何と言っても、今までよく分からなかった自分たちの魔法についての能力が測定できるというのである。皆が皆、すぐにでも試してみたい誘惑に駆られていた。

 もっとも、グランス、マージン、ミネアがすぐに順番を譲る。次にディアナが仕方ないのうといった感じで視線を逸らし、最後はレックとリリーの一騎打ちとなった。が、その状態はあまり長くは続かなかった。数秒ほどで何かに耐えきれなくなったレックがすいっと視線を逸らしてしまい、一番手はリリーに決まった。

「えっと……手を乗せればいいのかな?」

 水晶玉に近づいたリリーがそう確認すると、ロイドが無言で僅かに頷く。

 恐る恐る水晶玉に手を近づけるリリー。

 その様子を仲間達も興味津々で見守っていた。

 ひたりとリリーの手が水晶玉に乗せられ、十数秒ほど経つと水晶玉の中に何か青い光が浮かび上がる。その光はゆらゆらと揺らめきながらしばし水晶玉の中を漂っていたかと思うと、すーっとリリーの手の方へと吸い寄せられていった。

「んっ……」

 何かを感じたのか、リリーが我慢するような声を出す。

 その状態が暫く続いたかと思うと、今度は台の周囲の溝に転がっていた小指の先ほどの水晶玉がてんでばらばらにゆっくりと動き出した。

 リリーを含めたレック達全員がそれを見ていると、やがて小さい水晶玉達は動きを止めた。

「ふむ……これはまた極端だな……」

 今ので何がどう分かったのかレック達にはサッパリだったが、流石にロイドは何か読み取ったらしい。少しばかり興味深そうにしていたが、リリーがまだ手を乗せている事に気がつくと、

「もう手は下ろしても構わない。……結果は全員分が出そろってから説明しよう」

 その言葉に、リリーがやっと水晶玉から手を離した。結果発表は後回しだと言われ、少々不服そうではある。

「っと、まだ触るな」

 ロイドにそう言われて、レックが水晶玉に伸ばしていた手を慌てて引っ込める。

「まだ、先の者の魔力が残留している。先にそれを消さないといけないからな」

 ロイドはそう説明すると、先ほどと同じように水晶玉の上で印を切りながら、呪文を唱えた。

 それが終わり、やっとレックに水晶玉に触れる許可が出る。

 好奇心を抑えきれないながらもどこか恐る恐る、レックが水晶玉に触れた。

 リリーの時と同じように、十数秒ほどすると水晶玉の中に光が浮かび上がってくる。ただ、今度のそれはリリーの時と違って白い、強い光だった。

 マージンがふと視線をロイドへと向けると、ロイドの表情が微かに変わっていた。それに首を傾げつつも、マージンは再び水晶玉へと視線を戻した。

 そのマージンが戻した視線の先では、水晶玉の中を回っていた白い光がレックの手のひらへと吸い込まれていくところだった。

「う……」

 レックも何か感じたのだろう。短い声を上げると、その後は何かに耐えるように身体を震わせる。その身体の震えは暫くすると収まり、そしてリリーの時と同じように、台の周囲の溝に転がっていた水晶玉がすーっと動き出す。しかしその動きはリリーの時と違って、ゆっくりながらも揃っていた。

 やがて、ロイドの合図でレックが水晶玉から手を離す。

 レックもすぐに結果を聞きたいのか、ロイドの方へと視線をやったが、既に平静さを取り戻したロイドに素気なくあしらわれてしまった。

 それからも、ディアナ、ミネア、グランスと順番に水晶玉に手を乗せていった。マージンがちらちらと見ていたところロイドの顔には、ディアナの時には感心したような表情が浮かび、ミネアの時には特に何もなく、グランスの時にはホッとした表情が浮かんでいた。仲間達は水晶玉に起きる変化に夢中で、ロイドの表情に気づいたのは、結局マージンだけだった。

 そのマージンの番も無事に終わり、結果を書き記した紙を懐にしまい込んだロイドは、水晶玉を元あった棚へと戻した。

「さて、結果の発表といこうか」

 その言葉に、誰かがゴクリとつばを飲み込んだ。

「いや、その前に試験内容と基準を少し説明しておこうか。今調べたのは、属性と魔力保有量、そして魔力制御だ。制御はその精度と早さが対象となっている。個々の説明は必要ないだろう。大体想像できるはずだ」

 そこでロイドは一度言葉を切って、レック達を見回す。レック達はロイドと視線が合うと微かに頷いて見せた。

 それに満足したのかしてないのか、表情からはサッパリ分からないものの、ロイドは話を続ける。

「さて、今回は属性を除く3つについてはアルファベットのA~Eの5段階で評価した。Aが最高評価でEが最低評価だ。Eから説明していくと、Eはゼロではないが才能無し。Dは見習い程度。使えない事はないが工夫無しでは実用性に乏しい。Cは一人前。Bは一流。Aは努力だけでは到達する事の叶わない超一流だ。属性については5段階評価はしづらいからしていない」

 随分とざっくりした分け方であるが、自分たちの結果が気になるレック達はそんな事は気にならなかった。

「では、改めて発表だ。順番はそのままでいいか」

 手元のメモを見ながらのロイドの言葉に、再び誰かがつばを飲む。

「まずは最初の彼女だが、精霊使いによく見られるパターンだな。魔力制御は精度・早さともにE。壊滅的だ。鍛えてもどうにもならないだろうな」

 あまりに酷い結果にリリーがガクッとしかけるが、精霊使いという言葉の力もあって、ちょっと力が抜けた程度で済んだ。そして、

「ただし魔力はB。どうにかして鍛える事が出来れば、Aにも手が届くだろう。属性は水だった」

 まさかの高評価に仲間達から感嘆の声が上がった。

 リリー当人に至っては涙ぐんですらいた。一人だけ魔法が使えないという劣等感は、未だリリーの心の奥底に蟠っていたのだから、仕方ないことではあった。

 そんなリリーやレック達の様子を見ていたロイドがそろそろいいだろうと再び口を開くと、レック達はすぐに静まりかえった。

「次の少年は、制御は精度・早さ共にDだった。魔力は……」

 そこでロイドは何かに悩むかのように言い淀み、

「Aだ」

 思い切って放たれたその一言に、レック達は大きくざわめいた。

「既に超一流ということかの。人は見かけによらぬのう」

「レックさん、すごいです!」

「ま、負けた……」

 口々にそんな感想が飛び出してくる。

 そんな感じでやいのやいのとやっていたが、

「まだ、あと4人分あるんだ。静かにしたまえ。……ああ、ちなみにレックというのか?君の属性は風だった」

 少し不機嫌そうなロイドにそう言われ、残りも聞こうと静かになった。

「3人目の彼女は、魔力制御は精度・早さ共にDだった。魔力はB。属性は火。……何でこんなに魔力が高いメンバーが集まってるんだ?」

 ディアナの結果を読み上げたロイドは、呆れたようにそう言った。

「珍しいのか?」

 ロイドはグランスの言葉に頷くと、

「D以上ならまだしも、C以上の魔力を持つ者は10人に1人程度の筈だ。かなり偏ってると言わざるを得ないな」

 その言葉にレックはふと違和感を覚えたが、ロイドがミネアの名前を口にしたことで、その違和感はどこかへ行ってしまった。

「4人目の……ミネアとか言ったな」

「あれ?何で名前知ってるの?」

「わいと旦那とミネアは、自己紹介すましとるからな」

 首を傾げるレックだったが、マージンの言葉に納得した。起きるのが少し遅れたディアナとリリーはまだだったので、ロイドも名前を知らなかった、ということらしい。

 コホンという咳払いでレックとマージンを黙らせると、ロイドはミネアの結果を発表し始める。

「ミネアも魔力制御は精度・早さ共にDだった。魔力はCだったが……やはり高めだな。ちなみに属性は氷だ」

 ロイドはそうは言ったが、リリー、ディアナがBでレックがAという後では、レック達は特に高いとは思えなかった。

 もっとも、ロイドは自分の感想をレック達と共有するつもりはなかったらしく、さっさと次の結果発表に移る。

「5人目のグランスは……こう言ってはあれだが、私としてはホッとしたよ。魔力制御の精度・早さ、そして魔力量そのもの。全部Dだ。属性は土だった」

 ロイドはそう言ったものの、最低値を叩き出したグランスはというと撃沈していた。流石に姿勢を崩すほどではないが、その顔には失望の色がありありと見て取れた。

「ということはあれか。俺はまともな魔法は使えるようにはならないと言うことか?」

 すすすすっと寄っていったミネアに慰められていることも気づかず、グランスがそう質問すると、

「一般的なゲームや漫画、小説でイメージされるような派手な魔法は無理だな。だが道具や工夫で補えば、ある程度は何とかなる」

 ロイドは淡々とそう説明した。

「道具や工夫?」

「ああ。だが、それについては後でだ。後一人、マージンの結果が残っている」

 その言葉にグランスが引き下がると、

「では、マージンだな。君は魔力制御は共にDだったが……あとちょっとでCだった」

 その言葉に、再びレック達がざわつくが、ロイドはそれを片手で制すると、

「驚くことではない。君たちは既に治癒と身体制御を覚えているのだろう?魔力制御は実際に魔術を使うことで、ある程度鍛えられる。2つだけとは言え魔術を丁寧に使い続けていれば、センスがある者なら独自にCに届くこともある」

「なら、俺でもいけるのか?」

 グランスの質問に、「可能性はあるな」と答えたロイドだったが、

「あたしでも?」

 リリーの質問には、

「いや。それはない」

 あまりにもきっぱりとした即否定に、横から見ていたレック達は思わずリリーを哀れに思ったが、

「精霊使いの素質を持つ者の……代償みたいなものだと考えればよいだろう」

 そういう仕様なら仕方ないと、リリーと一緒に納得した。

「また話が脱線したが、マージンの魔力はC。属性は雷だった」

 ロイドはそう言うと、寝室がある方角へと視線を向け、

「これで、残るは彼だけだが……」

 そう呟いた。

 マージンの魔力などには今更関心も引かれなかったレック達も、クライストのことを思いだす。だが、用事が済んだ――と思われる――今、いつまでもここにいる理由はなかった。ここにいる間にクライストが何らかの形で踏ん切りを付けてくれれば、クライストの魔力も調べられるのだが、

「あの様子じゃ、ちょっとかかりそうだよね」

「そやな」

 目覚めた後のクライストの様子を知っているレックとマージンには、見当も付かなかった。

 もっとも、その辺の懸念は懸念でしかなかった。

「まあ、君たちにはそうだな……二週間くらいはここに滞在して貰うことになるだろう……なんだ?そんなに驚くことか?」

 自分の台詞でレック達の驚愕の視線を集めたことにも、全く驚く素振りを見せないロイド。

「二週間も何故じゃ?」

 そう口に出した後で、ディアナは露骨にしまったという顔になった。先ほどのロイドの言葉を思い出したのである。

「魔王を倒せるようにプレイヤーを鍛える事も仕事だと言っただろう?実際には魔術の訓練の仕方などを教えるだけだが、それでも二週間くらいはみておきたい」

「もっと早く出来ないのか?」

「最低限の知識だけを口頭で伝えるだけなら、半日もかからないがね。正しい訓練法を身につけたかどうかまで確認するなら、最低でも一週間。君たちの飲み込みが悪ければ、二週間くらいかかってしまうのだよ」

 ロイドはグランスの言葉にそう返すと、「居間に戻ろうか。ここは狭いし立ったままはつらいだろう」とレック達と共に居間へと移動した。

 書斎を抜け、居間に移動したレック達は、ロイドに自由に座っていいと言われ、テーブルの周りの椅子に思い思いに陣取る。勿論、ミネアの席はいつも通りである。

 ロイドのログハウスの居間は、幾つかある観葉植物の鉢を除けば飾り気など殆ど無く、ソファやら椅子が部屋の真ん中に置かれた背の低い円形のテーブルを囲むように置かれているだけだった。

 書斎や先ほどの部屋には窓がなかったため、レック達には分からなかったが、居間にある窓から見える外は既に暗くなっていた。その割に暗さを感じさせないのは、壁に取り付けられたランプがやたら明るいからだろう。気になったのか覗き込んだリリーは、そこで明かりを放っているのが火ではない事を知って驚いた様子だった。ロイド曰く、「それも魔術だ」とのこと。

 レック達が全員腰を落ち着けたのを確認すると、教師面したロイドは布張りのソファに腰を下ろした。

 自然と集まるレック達の視線を受け、

「さて、魔術について聞きたいこともあるだろうが、基本的な説明だけ済ませてしまおう。細かいところは、部屋にいる彼もいる時に説明したいしな」

 ロイドはそう話を始めた。要するに、二度手間はイヤだということらしいが、今からされる説明に興味津々のレック達は気にもとめなかった。

「まずは幾つかの用語の説明からか。そうだな、『魔術』・『術式』の辺りから始めようか。

 まず、『魔術』だな。既に気づいているかも知れないが、君たちが『魔法』と呼んでいるものを我々は『魔術』と呼んでいる。何故なら、君たちが『魔法』と一括りに呼んでいるそれは、厳密には幾つもの系統に分類できるからだ。

 ざっくり言ってしまえば、精霊など他者の力を借りて行うのが『魔術』で、自分の力のみで行うのが『魔導』となる。この分類に従えば『魔法』は『魔導』に近いはずなのだが、『魔術』だという意見もあってイデア社でも意見は統一されていない。……そのこともあって、敢えて我々の方から呼び方を指定してこなかったのだ。

 もっとも、使い分けるのも大変だから、『魔術』も『魔導』もまとめて、『魔術』という総称を使っている。

 ちなみに『魔法』が何なのかについては、まだいいだろう。極めて特殊なものなので、『魔術』や『魔導』にもっと慣れ親しんでからの方でなくては理解もしづらいからな。ただ、『魔法』が特殊だという事情があって、『魔法』という言葉を総称として使うことはないな」

 その言葉に、何故ロイドが『魔術』という言葉を使っているのか、内心疑問に思っていたレックやディアナ、ミネアは納得した。

 一方で、やたらと設定に凝っているなという感想も持ったりしたのだが……余談である。

 そして、ロイドの説明は続く。

「次は『術式』か。魔術を使う上で重要なのが、『魔力』と『術式』だ。これに『触媒』が必要になることもあるが、普通は要らないな。

 魔術は魔力を術式に沿って走らせることで発動する。そうだな……電気と電子回路に例えられるか。ただ流れるだけの電流は大した意味を持たないが、電子回路の中を流れることで様々な働きをするようになるだろう?あれと同じだ。電気が『魔力』に、電子回路が『術式』に置き換えられる。だから、『魔力回路』とか『魔術回路』などと呼ぶこともある。

 だが、電子回路と違って『術式』は基本的に物としての形を持っていない。あくまでも、『魔力』に『術式』をなぞらせるのは全て魔術を使う者の力だ。それをどれだけ正確に、早く行えるか。それが制御力だな。

 無論、『術式』を組み立てるのは大変だ。そこで『呪文』や『魔方陣』、手で組む『印』を利用する。小型化した『魔方陣』を持ち運べるサイズの道具に刻みつけ、『術式』の組み立てに利用するケースもあるな」

 随分と凝った設定にだんだんレック達の頭が麻痺しそうになるが、ロイドもその辺りは予想済みだったのか、

「細かい説明は必要があれば、またしよう。次は、訓練方法だ」

 と、話を切り替えた。レック達もホッと息を吐く。

「はっきり言って、魔術の行使は才能によるところが非常に大きい。それでも、制御力は訓練を重ねることでそれなりの向上が見込めるが、魔力保有量は基本的にほとんど増えない」

「つまり、俺はDのままと言うことか?」

 思わず口を挟んだグランスだったが、誰もそれを咎めたりはしなかった。一人だけD――見習い扱いされたのだから、むしろやむを得ないといった空気が流れる。

 だが、ロイドはグランスの言葉に首を振った。

「基本的に、と言っただろう。増やす方法はある。最も単純な方法は、効果は薄いがひたすら魔力を使い切ることだな。あるいは、自分より強い魔力を持つモノの血肉を食べるという方法もあるが――強すぎる魔力は猛毒だ。下手をすれば死んでしまう。かといって、自分より少し強い程度の相手を食べても、効果は薄いな」

「食べるって……エネミーを?」

 今までに見てきた様々なエネミーを思い浮かべながら、レックが訊ねると、

「その通りだ。出来れば生の方がいい。調理してしまうと、魔力が抜けてしまうことが多いからな」

 生という単語で、レック達、とりわけ女性陣がイヤそうな顔になった。

「出来れば遠慮したいのう……」

 ディアナの言葉にうんうんと頷いている。

 一方で、グランスはというと真面目に考え込み、ロイドに質問を1つぶつけた。

「魔力が低いと身体強化の効果も弱いのか?」

「そうだな。身体強化は込める魔力が多ければ多いほど、身体能力が上がる。魔力量CとDではかなり変わってくるな」

「……では、身体強化を使いこなせたという前提で、俺とレックが力比べをしたらどうなる?」

「Aの彼――レックか。赤子の手を捻るよりも容易く彼が勝つだろう」

 思い切った質問は、グランス自身にとってはかなり酷な答えが返ってきた。

「そんなに差が出るんですか?」

「ああ。魔力量Aとはそれほどのものだ。……ちなみに、魔力量CとDでも、男女の差が軽くひっくり返るほどの差がある」

 このロイドの言葉を聞いた仲間達は、

(じゃあ、ミネアの方が……)

 とは思ったものの、流石に口には出さなかった。

 ファンタジー最大の目玉の1つである魔法――魔術において劣等生とも言える烙印を押された挙げ句、仲間の誰にも勝てないと言われたに等しいグランスに、塩を塗り込む必要はない。

 代わりに、別のことを訊いたのはマージンだった。

「で、魔力を増やす方法はそれだけかいな?」

「いや。手間をかければ、DからC程度までなら増やす方法は他にもある。儀式による増強や霊薬の類にも魔力量を増やす効果があるものがある。あるいは精霊の力を借りる手もある。

 使える魔力を増やすだけなら、魔力を蓄える魔導具を利用する手もあるな」

 そう言いながら、ロイドは右手にはめていた指輪をレック達に見せた。

「この指輪は普段は周囲の魔力を少しずつ吸収し、蓄積している。そして、私が必要とする時にその魔力を放出する機能がある。このような魔導具を使えば、魔力量の少なさを補うことが出来る」

 その説明に、レック達は感心してロイドの指輪を熱心に見つめた。金色の台座に埋め込まれた赤いルビーが、部屋の明かりを反射して輝いている。

「もっとも、大抵は大した量の魔力は蓄積できないがな。使い方も覚える必要があるし、沢山付けても一度に全部使うことは難しい」

「手には入れやすいものか?」

「容量が小さくていいなら、私も幾つか持っている」

 ロイドはそう言った後、何かに気づいたようににやりとすると、

「そうだな、君たちは初めてここに来たプレイヤーなのだ。1つくらいは進呈しても問題あるまい」

 そう言いながら、自分がはめていたその指輪を外し、テーブルの上をグランスの前まで滑らせた。

「……いいのか?」

 思いもかけない事に、戸惑うグランスだったが、

「構わない。人の好意は受け取っておくものだ」

 というロイドの言葉と、

「もろとけもろとけ」

「そうじゃな。折角くれるというのじゃから、貰っておくとよいじゃろう」

 という仲間達からの声で、

「なら、ありがたく貰っておく」

 目に前に滑ってきていた指輪を手に取った。

「使い方はまた教えよう。ネックレスのように首にかけていても問題ないから、サイズが合わなくとも良いだろう」

 ロイドの言葉に、「分かった」と頷きながらグランスは指輪をまじまじと見つめ、それから無くさないようにとアイテムボックスへと仕舞い込んだ。

「さて、魔力を増やす方法に戻るが、正直、儀式によってというのは無理がある。何人もの術者が必要となるし、その他の準備も大変だ。霊薬も簡単に手に入る物ではないしな。個人的には、定期的に魔力を使い切ることと、魔獣の肉を少しずつ摂取する事を勧めておく」

「やはり、そうなるのかのう」

「やな」

 その言葉を何となく予想していたディアナとマージン。

「儀式の準備はそんなに大変なんですか?」

 一方で、グランスのためということなのか、妙に積極的なのがミネアだった。そんなミネアを、グランスを除く4人が暖かく見守る中、

「術を覚えるのは何とかなるとしてもだ。儀式に必要な触媒に入手が極めて困難な物が多い。全部揃えられるようなら、そもそも魔力量を増やそうとする必要すらないだろうな」

「つまり……強いエネミーの身体の一部、とかですか?」

「その通りだ」

 ロイドのその言葉を理解したレックは、まるで鶏が先か卵が先かだななどと思った。

「では、他に質問がなければ今日はこのくらいにしようと思うが?」

 ロイドがそう言って、レック達の顔を見回すと、

「1つあるのう」

 ディアナが小さく手を挙げた。

「強すぎる魔力は猛毒と言うたな?」

「ああ」

「あと、調理すれば魔力が抜けるとも言うたな?」

「言ったな」

「調理したら全部抜けるのかのう?」

「いや。調理の仕方にも寄るが、多少は残るな」

「どのくらい残ったか調べる方法はあるのかの?」

「ある。知りたいなら、また教えよう」

 その言葉に、満足そうにディアナは頷いた。

 それを確認したロイドは、一つ手を叩くと、

「では、今日はここまでだ。魔力制御の訓練などは、明日以降にする。後、彼には君たちから伝えてくれ」

 ロイドの言った「彼」が誰なのかを察し、レック達は頷いた。



「……済まなかったな。もう大丈夫だ」

 ロイドの話が終わり、部屋に戻ってきて恐る恐る声をかけてきたレック達に、クライストはそう答えた。

 もっとも、その言葉を鵜呑みにした者は一人もいない。どう見ても、クライストは憔悴しきっていた。だが、勿論そんなことは言えない。

 ただ、何故あんなに取り乱したのかは、出来れば訊いておくべきだと思っていた。

「……で、何であんなに取り乱したんや?」

 訊きにくいことをあっさり切り出したのはマージンだった。

 一瞬、空気が凍り付く。が、

「そうだな……俺にも分かんねぇ。心当たりは……あるけどな」

 当のクライストは仲間達が思っていたより静かだった。

 仲間達はその様子にほっと胸をなで下ろし、クライストを囲むように思い思いに、しかしゆっくりとベッドに腰を下ろした。

「それは話せる事なんか?」

 マージンの言葉に「全部は無理だ」と首を振るクライスト。

 空気がその重さを微妙に増す。

「なら、別の質問や。……次にロイドの顔を見た時には、冷静でおれるか?」

 これにはクライストは即答しなかった。だが、

「……多分、大丈夫だ。もう、手を上げたりはしねぇよ」

 その答えに、仲間達から思わず息が漏れた。

 ぐううぅぅぅぅぅ…………

 それで少し空気が軽くなったところに、盛大な腹の虫がなる。

 出所は言うまでもない。

「……悪い。何か食べ物持ってきてくれないか?」

 流石に今の空気をぶち壊した自覚があるのか、クライストは仲間達から顔を背けてそう言った。

「それじゃ、何か取ってきますね」

「あ、あたしも手伝うよ」

 そう言ってミネアとリリーが食堂に戻っていく。

 その様子を見送り、

「……っああぁぁーー!締まんねぇな!」

 クライストは身体を勢いよくベッドに倒した。

「まー、あれだけ派手に腹の虫がなったら締まらんわな」

 気が抜けた笑顔で、マージンが答え、

「ま、ついでや。最後に1つだけ訊いときたいんや」

「なんだ?」

 ベッドに倒れ込んだままクライストは続きを促した。

「今日のロイド……彼の話やと、多分、わいらはこれからも何人かのイデア社の連中と会うことになるかもしれん」

 その言葉に、クライストが身体を固くするのが仲間達には分かった。しかし、マージンは言葉を続ける。

「彼らと会った時にも、最低限の落ち着きは保てるか?」

 その問いかけに、クライストは目を閉じた。

 そして仲間達が待つことしばし。

「……そうだな。今回みたいに心の準備が出来てない時にいきなりだったらダメだったろうな。でも、多分大丈夫だ」

 身体を起こし、クライストはそう笑った。その笑みはまだどこか固かったのだが、そのことを仲間達が気にする前に、

「お待たせ~」

「持ってきましたよ」

 クライストの食事を取りに行っていたリリーとミネアが帰ってきた。

「ん?」

 部屋に残っていた固い空気の名残にリリーが首を傾げるが、

「ありがとよ。ありがたく頂くぜ」

 そう言うと、クライストは料理を受け取り、ベッド脇の小テーブルに並べた。

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