第四章 第一話 ~馬車の旅~
第四章開始です。
え?プロット?何それおいしいの?
……すいません、粗筋レベルでしか決めてないので、細部次第では予定通りに事が進まない可能性があります。
投稿ペースも、週1強を目指しますが、しばらくはそれが限界になりそうです。
では、次の挨拶?は四章最後の後書きにて。
「もう一度お願いします!」
声を張り上げながら、ロングソードを振りかざし、レックは目の前に立つ黒髪黒目、中肉中背のどこから見ても日本人そのものの男にかかっていった。
しかし、
「足下の隙が大きいよ」
という声が聞こえたかと思うと、あっさり足を刈られて転がされてしまう。
次の瞬間には、
「はい、これで詰んだ」
と顔のすぐ横の地面に剣が突き立てられる。
こうして、今日もレックはホエールから一本も取る事が出来なかったわけである。
ホエールに礼を言ったレックが、キングダムの一角に設けられた軍の練兵場の端に下がると、今度はグランスがホエールと対峙していた。
レック達がキングダムに来てからそろそろ一ヶ月が過ぎようとしていた。ダイナマイツサンダーとの衝突とそれに続いて起こった魔獣達による襲撃からでも既に二週間近くが経っていた。
グランス達5人が公立図書館の地下書庫に入った翌日、レックとマージンも地下書庫に入り、例の本を読む事になった。その晩、蒼い月のメンバー全員で話し合いをした結果、地下書庫とそこにあった本の事はやはり他言無用となった。
ルーン文字で書かれたその他の本については、
「いやー、辞書片手でも一朝一夕で読めるようになる代物とちゃうやろ」
というマージンの台詞に、約一名を除いた全員が頷いた。
その約一名であるところのディアナも、地上階からルーン文字の資料を何冊も地下に持ち込んで、丸一日籠もった挙げ句に解読を断念したため、ルーン文字で書かれた本は結局手つかずのままとなっている。
地下通路でリリーが見たという人影については、一度全員で行ってみたものの、何も見つけられなかったので謎のままとなってしまった。
ということではあるが、当初予定していたキングダムでの用事も済んだ。そこで、レック達は霊峰へと向かう事になったのだが、
「なんか、『ふたこぶらくだ』が中心になって、乗合馬車の営業始めるらしいよ」
と、挨拶にやってきたホエールが言っていたので、利用してみようという事になり、キングダムに滞在を続けていた。
もっとも、馬車を利用する事にした理由は「乗ってみたい」というだけではない。イデア社の関係者と思われるあの本の筆者がいるという霊峰の場所にも関係していた。
霊峰には、レック達全員が心当たりがあった。プレイヤーの間で霊峰と呼ばれる山が幾つか確かに実在するので、多分そのどれかだろうというわけだ。
幾つかという点が少々問題だが、ただ、いずれもキングダム大陸の中央部に集中しているので、一度エラクリットまで向かう事になる。それなら、そこまで馬車に乗って行ってみようという事だった。
ちなみに、最初の馬車は倍率が高そうだったのだが、魔獣襲撃の際の追加報酬(本来の報酬は別に貰っている)で、ホエールが口利きをしてくれ、レック達全員が乗れる事になっていた。
兎に角、そのような経緯で、随分と時間が空いてしまったため、レック達は軍の練兵場で戦闘訓練を行っていた。グランスとレックはホエールと模擬戦を繰り返してはぼこぼこにされていたし、クライスト、ディアナ、リリー、ミネアは一般兵に混じって訓練を行っていた。マージンだけは公立図書館で新しい武器や防具の知識を仕入れたり、軍の所有する工房で仲間達の装備の点検や修理、消耗品の補充に精を出していた。
「しかし、いよいよ明日だね。ちょっと寂しくなりそうだよ」
とホエール。
午後3時も過ぎ、レック、グランス、ホエールの3人は今日の鍛錬を終え、練兵場の隅に設けられた休憩スペースで一服していた。
「ああ。しかし、結局、一本も取れなかったのは残念だ」
借りたタオルで汗を拭きながらグランスが答える。
仮想現実のハズのここでも汗を掻くようになったのは数週間ほど前からだが、誰もかもが今ではすっかり慣れていた。
「どうせなら、一本とれるまでここにいてくれてもいいんだけど?」
「そうしたいが、俺達にも目的はあるからな」
「目的、か。遠いよね」
ホエールはレック達の目的を聞かされていたが、打倒魔王というのは遠いと言う他ないものだった。もっとも、それは軍の究極目標でもある。
「どちらの道の方がいいんだろう」
そのホエールの言葉には、グランスもレックも答える事は出来ない。ホエールも答えを求めているわけではなかった。
「でも、ホエールに鍛えて貰って、少しは目的に近づけた、かも知れないよ」
「そうだな。やはり、強くなっておくに超した事はないからな」
レックの言葉にグランスが頷いた。
「やっぱり、次は身体強化の魔法を覚えるのかな?」
「ああ。威力を実際に目で見たから余計にな」
身体強化の魔法を使ったホエールとの模擬戦を思い出し、グランスとレックは頷いた。
ただでさえ、技量で劣っていた二人だが、それでも二人がかりなら勝てるかも知れない……くらいには、ホエールと戦う事が出来た。しかし、身体強化を用いられると、まさしく赤子の手を捻るよりも容易く叩き伏せられてしまったのである。
その威力を実感した以上、今まで以上に覚える必要性を強く感じていた。
「そうだね。あの辺のエネミーは決して楽な相手じゃないけど、打倒魔王を掲げるなら、身体強化は必須だろうね」
と、実際に身体強化の魔法の祭壇に行った事のあるホエールは言った。
「ああ。周辺のエネミーの情報も教えて貰ったしな。準備もしっかりしてから行くさ」
「……マージンの負担がまた増えそうだけどね」
未だ、蒼い月のメンバーは装備の準備を、かなりマージンに頼っていた。ラスベガスで負担の分散をすることにしていたはずなのだが……予定は未定という事のいい見本であった。
などと雑談をしていると、
「中将!鍛錬が終わったのでしたら、すぐに戻ってきてくれないと困ります!」
とやってきたホエールの部下に、ホエールが連行されて行ってしまった。その様子を見送ったレックとグランスも、仲間達を迎えに行く事にした。
その晩。
すっかり長逗留になってしまった宿で、蒼い月のメンバーはいつも通り男性部屋に集まっていた。今後の予定確認である。
地図を広げたグランスが、
「まずは、馬車に乗ってエラクリットまで移動。その後、北東に進路を取って、ユフォルに向かう。そこで最後の補充を行って、身体強化の魔法が得られる祭壇を目指す。身体強化の魔法を覚えた時点で、一度ユフォルに戻るか、そのまま霊峰を目指すかを決める」
と、地図の上で指を滑らせながら、予定を述べていった。
ユフォルとは、身体強化魔法の祭壇に最も近い街である。治癒魔法の祭壇に最も近いエントータと同じく、『魔王降臨』以降の情報公開のおかげで、小さいながらも割と賑わっている街の1つであった。
グランスの説明が一通り終わると、まずはクライストが、
「ユフォルと祭壇ってどのくらい離れてるんだ?」
「ざっと120kmと言われてるな。半分山岳地帯だから、強行軍でも4~5日かかる距離だ。多分、片道一週間くらい見ないと駄目だろう」
「朝から夕方まで歩き詰め……大変そうやな」
マージンが言うまでもなく、仲間達はゲンナリしている。
「まあ、身体強化の使い勝手次第では、徒歩での旅も楽になるはずだ」
と、グランスのフォローが入る。
次に質問したのはリリーだった。
「馬車はユフォルまで通ってないの?」
「残念ながら利用できるのはエラクリットまでだな。余裕があれば、ユフォルにも定期馬車を走らせる計画もあるみたいだが、いつになるかは分からないそうだ」
「どうせなら、ユフォルまで馬車で行きたかったよ」
グランスの答えに、ちょっとがっくりした様子のリリー。
「エラクリットからユフォルまでの距離が直線で400kmじゃったか?一日30kmとしても二週間かかる計算じゃのう……」
と、ディアナがユフォルまでの日数を計算する。
馬車なら半分くらいの日数で移動できるとされているから、馬車が使えれば一週間で着く計算だった。
「まあ、運が良ければギルドで馬も借りられるそうだし、そうすればもっと早く着けるだろう」
グランスのその言葉に、仲間達は微妙な期待を持った。馬が使えれば、馬車よりさらに早く着けるかも知れない。
しかし、
「尻が痛くなりそうやけどな」
と、マージンが余計な一言を入れる。
『魔王降臨』以前には何度か馬に乗った経験もあるレック達だったが、その時には身体が痛くなったりするような事はなかった。だが、『魔王降臨』以降、どうなってるのかは分からない。
それだけに、マージンの言葉でその様を想像した仲間達は、顔を顰めるしかなかった。
「そうなったら、諦めるしかないな……」
クライストのその言葉が精一杯である。
微妙にケチが付いたところで……というわけでもないだろうが、
「さあ、明日はいよいよ出発だ。そろそろ寝ようか」
というグランスの言葉で、とりあえず早めに寝る事となった。
そして翌日。
早めに宿を出たレック達は、城門の1つに来ていた。ここから馬車に乗るのである。
「……何、このボロ馬車」
「リリー、いうでない。幻が本物になってしまいそうじゃ……」
リリーとディアナの台詞も当然だろう。
レック達の目の前に何台も並んでいるのは、屋根が付いているだけマシのぼろぼろの馬車だった。それぞれはさほど大きくない馬車で、一台ごとに馬が一頭ずつ繋がれている。
「荷運び用の馬車を転用したという話だからね」
とは、見送りに来ていたホエール。
「数を揃えないといけなかったから、座席も付いてないという話だよ」
との言葉に近くの一台の中を覗き込んだクライストが、
「げ、マジで付いてねぇ……」
と顎をかくんと落とす。
「まあ、雨に濡れずには済みそうやで?」
いつの間にか、馬車の足回りや上に張られた幌のチェックを済ませたマージンが、嬉しそうにそう報告する。
雨に降られたときの鬱陶しさから解放されると聞いて、現実逃避をしていたリリーとディアナも、ようやく戻ってきた。
「まあ、それならマシだよね」
「マシじゃな」
そんなこんなでレック達がわいわいやっていると、いつの間にか周囲に人が増えてきていた。ただ、馬車の乗客よりも見物客の方が多いようではある。明らかに、馬車に乗りきれない人数が集まっていた。
「あー、馬車に乗る方達はこちらでチケット見せて下さいー」
出発の時間が近づいてきたのか、御者と覚しき一人が、馬車の列の端っこで大声を張り上げる。
声を上げた御者が少し離れた場所に立っていたので、レック達が彼の元に着いたときには既に何人かの乗客が並んでいた。
御者は「何人様ですか?」とか、「アイテムボックスに入らない荷物はありますか?」などと確認を取りながら、手早く乗客を馬車へと振り分けていく。
乗客達は、ボロ馬車に時折顔を顰めながらも、行儀良く指定された馬車へと乗り込んでいく。
そして、レック達の番が来た。
「7人だ」
とグランスが答えると、御者は全員分のチケットを確認した上で、全員最後尾の馬車に乗り込むように指示してきた。
レック達が指示通りに何とか馬車に乗り込むと、さして大きくもない馬車はもう一杯一杯である。
「定員何人だよ……」
とぼやいたクライストに、
「8人ですよ」
と御者台から返事が返ってきた。
レック達が見ると、濃青の髪を刈り上げ頭にした御者が、御者台に座っていた。
「これから四日間。この馬車の御者を務めるジョージです。よろしくお願いしますよ」
そう言いながら、ジョージと名乗った御者はレック達に愛想笑いを振りまいた。
レック達もつられて挨拶すると、
「それじゃ、出発前に幾つか説明を。
まず、馬車が進むのは朝から夕方暗くなる前までです。薄暗くなる前に馬車を止めて、野宿の準備です。……ご覧の通り、寝泊まりできるような馬車ではないので。野宿に必要な道具も貸し出したりは出来ません。
次に、エネミーに襲われた場合、馬車を守って貰うために戦って貰う事になります。その分、お代が安くなってるはずです」
実際に代金を払ったグランスが頷く。
「馬車の中では何をしていても構いませんが、馬車を壊すような真似はしないで下さい。場合によっては、修理費用を払って貰います……以上かな」
そう言いながら、ジョージは懐から出した紙切れを確認する。
その様子を見ていたクライストが、
「……素人か?」
と思わず訊くと、
「ん?あ~……その辺の話は、途中の暇つぶしにでも、ね」
と、わざとらしい愛想笑い。
これでレック達は何となく不安になったが……
「運営する『ふたこぶらくだ』の名誉がかかってるんや。そこまで酷くはないやろ……」
ぼそぼそっと言ったマージンの言葉を信じてみる事にした。
とりあえず、いろいろ気にしない事にしたレック達は改めて腰を下ろす。進行方向に向かって左にグランス、マージン、クライスト、右にレック、リリー、ミネア、ディアナの順である。
座席らしきものはなかったが、定員8人というジョージの言葉を裏付けるかのように、こればかりは新品のクッションが8つ置いてあったので、当然その上にみんな座った。
「そうそう、進行中に揺れたりする事がありますが、それが原因で怪我しても、保障できませんのでご注意下さい」
そう付け加えたジョージに、
「そんなに揺れるのか!?」
とクライストが突っ込むと、
「乗ってみてのお楽しみです」
「「「………………」」」
「サービス業なら、即クビやな……」
マージンがぼそりと言った言葉は、ジョージには聞こえなかったが、仲間達は小さく頷いた。
馬車を見るまでのわくわく感は既にどこかに消え去り、今のレック達の気分はドナドナだった。見送りのつもりか、レック達の乗った馬車の後ろから覗き込んでいたホエールも、何やら苦笑していた。
「出発するぞー!」
やがて馬車の外からそんな声が聞こえてくる。
「それじゃ、皆さん、気が向いたらまた。歓迎するよ」
そう言ったホエールに、レック達も軽く手を振って、
「縁があれば、よろしく頼むよ」
クライストが代表してそう挨拶を交わし、
「皆さん~。この馬車も出発しますよ」
ジョージのその言葉と共に、馬車は動き出した。
ただでさえ衝撃を吸収するサスペンションの類もないのに、とどめが木の車輪という馬車では、案の定、ガタゴトガタゴト振動が激しかった。用意されていたクッションがなければ、とてもではないが乗ってなどいられない。
そんな感じだったので、レック達も会話する余裕すら無かったのだが、それでも人は慣れるもの。しばらくすると、何とか外を見たりする余裕も出来てきた。
「で、ジョージとか言ったか。どういう経緯で定期馬車の御者になったんだ?」
クライストがジョージにそう訊いたのは、キングダムを離れてから30分以上経ってからの事だった。
まだ城門から5kmと進んでおらず、キングダムの住人の胃袋を支える農業エリアをやっと抜けたばかりである。馬車の後ろからは、キングダムの巨大な城壁と、その周囲に広がる農地が見渡す事が出来ていた。
「あー、募集が出てたので、応募しただけです」
「……つまり、『ふたこぶらくだ』のメンバーじゃないんだな?」
「そうなりますねー。単なる雇われ人です」
ガラゴロと車輪がたてる喧しい音に負けないように、結構な大声を出すクライストとジョージ。
他の仲間達は、大声を出さないと会話が成り立たないのではと特に会話をする事もなく、ディアナのように外を見ているか、クライストとジョージの怒鳴りあいのような会話に耳を傾けていた。
「こんなのだって知ってたら乗りたくなかった……」
ぼそりと呟いたリリーの言葉は、あまりの五月蠅さに隣に座っていたレックにもミネアにも届いていなかった。
何事もなくその晩。
馬車隊は暗くなる前に予定通り次の街ラバーンに入っていた。街の規模は大きいのだが、周辺にダンジョンがあるわけでもなく、狩り場があるわけでもなく、生産者にとって魅力があるわけでもなく……と無い無い尽くしのためか、はっきり言って寂れてしまっている。
ただ、キングダムと他の街の間を行き来する人々にとっての宿場町としての役割は残っており、街の真ん中を突っ切る大通り周辺はまだ活気が残っていた。
「お尻が痛いです」
リリーの第一声がそれだった。
馬車のついでに予約されていた宿に入ったレック達は、特に用事もなかったが、何となく男性部屋に集まっていた。
宿に泊まった時はしょっちゅうこうして集まっているせいか、むしろ寝る前に一度集まらないと違和感を感じる事すらある。
「まさか、あんなにきついとは思わなかったぜ……」
「だよね」
クライストとレックもリリーに同意して頷く。
特に何も言わなかった仲間達も、一人を除いてその顔が「きつかった」と雄弁に語っていた。
ちなみに、一人だけ平気な顔をしているマージンはというと、
「リアルで牧場に時々遊びに行っとってな。そこで乗っとった馬車はもっと酷かったわ」
リアルで乗っていたから慣れているという事らしい、が、
「とは言っても、あと十日間はきつそうやわ……」
流石にノーダメージでは済まなかったようだ。
ただ、仲間達は「あと十日間」という言葉で一層ゲンナリした。
「クッション、自前で買い足した方がいいかも知れんな……」
そうグランスが言ったものの、
「売ってる店、あるでしょうか……」
「……探すしかなかろうよ」
ディアナもそうは言ったものの、思っている事はミネアと一緒だった。
「キャンセル料取られてもいいから、歩いて行った方がマシかも……」
リリーがそう言うと、仲間達はそれもそうかと悩み始めた。
すぐ賛成に回る事が出来ないのは、払ったお金が勿体ないとか、あと一日くらいは耐えられるんじゃないのかとか考えているからである。ジ・アナザーで日本人とは思えないような外見になっていても、やっぱり中身は日本人……ということである。
ちなみに、一人だけ日本人じゃないのが混じっていたが、マージンは仲間達ほどダメージを受けていないので、この件は仲間達に任せるつもりだった。
結局、クッションを買い足してあと一日耐えてみようという事になり、寝る事となったのだが、
「今日はうつ伏せじゃないと寝れそうにないぜ……」
というクライストの言葉に、仲間達はうんうんと頷いていた。
そして翌日。
早朝から起き出したレック達は、ラバーン中を駆け回り、ついにクッションを売っている店を発見した。ただ、馬車隊の他の乗客達も同じ事を考えていたようで、結局5人分しか確保できなかったのだが、
「わいはいらんし、もともと1つ余っとったやろ」
というマージンの言葉通り、足りたと言えば足りたと言える。
全員が朝食を済ませると、乗客達を乗せた馬車隊は再び動き出す。
「じゃ、お客さんがた。今日も元気に行きましょうか!」
レック達の馬車でも、元気そうなジョージがそう言って馬車を出発させた。
「そろそろ馬車には慣れましたか?」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、御者台からジョージがそう訊いてくる。
「……当分慣れそうもないな」
思ったより効果の無かったクッションに顔を顰めながら答えるグランス。
二日目の席順は、進行方向向かって左側にグランス、クライスト、マージン。右側にレック、ミネア、ディアナ、リリーの順となっていた。
クライストとマージンの入れ替わりは、ダメージが少ない方が外に近いところに座っていた方が、馬車から転げ落ちる心配が少ないだろうという理由による。リリーが出口側に移動したのは、外の景色を見ていたいと理由だったが、そう言ったリリーをディアナは何故か微笑ましげに見ていた。
「そう言えば、皆さん、冒険者なんですよね?やっぱり、目標は魔王ですか?」
気を遣ってなのか、それとも単に暇だったからなのか、今日はジョージがよく口を開く。
理由は兎に角、レック達としても会話で少しでも気が紛れるならそれに越した事はない。
「そうだな。いつになるか分からないがな」
グランスが答えると、
「ですよねぇ……。でも、それまでの間、せめてこの世界を愉しんでみようとは思いませんか?」
どうやらジョージはポジティブシンキングの持ち主らしい。
「ジョージにはジ・アナザーで叶えたい夢でもあるのか?」
「ええ。ありますとも」
グランスに訊かれ、嬉しそうに答える。
「実はね、こう見えても乗り物好きなんですよ。でも、リアルではちょっとそれが叶わない事になりまして……ね」
何やら事情があるらしいが、そこはそれ。訊こうとしないのがマナーである。
「しかし、ここならその夢を果たせます。まあ、乗り物といっても機械じゃなくて全部動物の類ですけどね」
「メトロポリスなら、機械の乗り物もあったはずだけど?」
レックが首をかしげると、
「いやいや。あれは決められたコースを決められた速度で走るだけです。自由がない。そんなのつまらないじゃないですか」
分かってないなとジョージが言う。
「俺が乗りたいのは、そんな押し付けられた乗り物じゃなくて、もっと自由がきくやつです」
「馬車はいいのか?」
グランスが訊くと、
「……まあ、理想と現実の間の壁は厚いんですよ。それにこれは仕事ですから」
そういう事らしい。
ただ、まだジョージの話は終わらない。
「俺の夢はね。空の王ですよ。リアルで飛行機に乗った事もありますが、やっぱり空を飛ぶってのは別格だと思うんです。まして、風を切る感覚を直接味わえるってのは最高だと思いませんか?」
「……ごめん。高所恐怖症にそれはつらい」
「俺は平気だぜ」
想像しただけで鳥肌が立ったレックとは対照的に、クライストは楽しそうだった。
「確かに、空を飛ぶってのは面白そうだよな」
と頷く。
それにジョージは、
「分かってもらえて嬉しいですよ。……ただね、そのためには準備が、先立つものが必要です。かといって、俺はそんなに強くないんでね。着実に稼ぐ事にしたわけです」
堅実な将来設計というヤツである。
「しかし空の王か。乗りこなしていた連中がいたはずだが……どうなったんだろうな」
「ああ。どうやら、誰も残ってないようですよ。面接の時に『ふたこぶらくだ』の人たちに訊いたんですけどね。そう教えて貰いました」
グランスの呟きに、しっかりそう答えるジョージ。意外と耳も良いらしい。
「そうか。彼らが残っていれば、出来る事も増えただろうにな」
「ええ。俺としても、後ろに乗せて貰うだけでも楽しみだったんですが……まあ、こうなったら自分で空の王をとっつかまえますよ」
とことんポジティブシンキングなジョージであった。
男性陣が夢を語っている間、女性陣はというと、
「夢より何より……やっぱりつらいです」
「うむ……お腹も空いたしのう……」
沢山食べると戻すかも知れないという事で、朝食を少なめにした影響にも参っていた。
リリーはディアナにもたれ掛かる形で既にノックダウン。
その正面のマージンも馬車の幌に寄りかかって目を閉じていたが、こちらは単に寝ているだけのようだった。時折顔を顰めているあたり、決して寝心地は良くないようだが。
それでも、寝ているマージンを見たディアナが、
「羨ましいのう……」
と呟くと、
「羨ましいを通り越して、妬ましいよ……」
と、リリーは手に持った棍でマージンをつつく。
そんな馬車の後ろの様子を目に端に捉えたレックは、どこか落ち着かない気分になっていた。