第三章 エピローグ
キングダム公立図書館で新たに解放されていた区画――地下書庫でリリーが見つけた日本語の本は、結論から言うと、魔法入門書とでも言うべきものだった。
正直、たった一冊の本に5人が群がっているので、本を捲るディアナの後ろから覗き込んでいるグランスとクライストにとっては、読みづらい事この上ない。だが、魔法についての興味は簡単に抑えられる物でもなく、誰からも不平不満が出ることなく、ゆっくりと一ページ一ページ、読み進められていた。
魔法を覚えようという者たちに。
魔法を使う上で重要なのは、魔力とその制御力、そして属性である。綿密に制御された魔力によって魔法は発現する。故に、魔法を扱う者は魔力と制御力を共に高いレベルで兼ね備えていなくてはならない。いずれか一方でも足りないならば、魔法が発現する事は決してあり得ない。そして、属性が相反する魔法もまた、発現する事はあり得ない。
個人が保有する魔力は生まれつきの物である。多少の変動はあるが、特殊な儀式によってのみ、個人が保有する魔力は大きく増加しうる。だが、その儀式は簡単に執り行う事が出来るようなものではなく、ここに書くべき事でもあるまい。
制御力は個人差はあれど、ある程度までは後天的に鍛える事も可能である。自らの魔力を感じ取り、それを慎重に精緻に操る事で、あるいは魔法を丁寧に使い続けていく事で、自ずと鍛えられよう。
魔力は属性を帯びる。属性とはすなわち、地・氷・水・火・雷・風・光・闇の8つである。魔力が帯びる属性は、魔力保有者自身の生まれ持った属性に大きく依存する。属性を帯びた魔力はそれだけで何らかの現象を引き起こす事があるが、やはり魔法として行使した方が遙かに効率よく現象を引き起こす事が出来る。しかし、属性を帯びた魔力で発現できる魔法は隣接属性まで。対立属性の魔法を発現する事はけしてかなわない。
魔法の発現様式は大きく分けて2つある。1つは魔力そのものによって直接現象が引き起こされる物。より純粋な魔法である。1つは魔力を精霊などの超自然的存在に捧げる事により、望んだ現象を代わりに引き起こして貰う物。精霊魔法と呼ばれる魔法である。精霊魔法は、精霊との契約により行使される物である。現象の発現は精霊によって行われ、術者は意志を伝えた精霊に魔力を捧げるのみであるため、精霊魔法は魔力制御力が無くとも発現しうる。
魔法の習得は祭壇にて行われる事もあるが、その方法は本来のあり方ではない。魔法とはすなわち神秘であり、しかし法則に基づく技術である。十分な知識を持ち、理解し、体感する事によって習得されるべき物である。
故に祭壇にて習得した魔法は、それだけでは完全な物とはなり得ない。呪文の一句一句、印の有り様、触媒の果たす役割、制御される魔力の形と流れ。それら全てに意味が含まれるが、それらが含んでいる意味は一切祭壇で伝えられる事はない。しかし、それらに含まれる全ての意味を理解する事で、より正しく、より正確に、より精密に、より効率よく魔法を扱う事が出来、それにより魔法本来の力が引き出される。
などなどと、その本には延々と書き連ねられていた。
しかし、途中まで読み進めたところで、
「魔法の使い方が書いてある訳じゃないんだね」
「そうじゃのう……」
微妙に外れくじを引いたような気持ちで、リリーとディアナがぼやく。
「だが、魔法が使えない条件というのがあるな。個人の属性とか、制御力とか、魔力とか」
「制御力以外は、本人の努力じゃどうにもならねぇみたいだけどな。まあ、祭壇に行っても全員が同じように魔法を使えるようになるわけではねぇってことか」
大きく伸びをしながらグランスとクライスト。
「とは言え、俺達は7人いるからな。誰か一人くらいは使えるようになるだろう」
「それでも、属性や魔力、制御力をどうにかして知っておいた方が良いと思うがのう……この本には書かれておらぬようじゃが、他の本には書いてあるのかのう?」
ぱらぱらとページを捲りながら、ディアナが言う。
「一応……最後まで読んでみませんか?」
そのミネアの言葉に、
「そうじゃな。教科書のような本のようじゃし、一通りは読んでみようかのう」
と、ディアナは元のページに戻す。
仲間達もさっきと同じ体勢になって、再び文字を追い始めた。
が、そこから先は何を書いているのか分からない内容ばかりだった。日本語のはずなのだが、書かれている言葉が日常に全くなじみのない物ばかりで、ディアナ達は、いわゆる専門書を読んでいるかのような感覚を覚えていた。
「ある程度魔法に慣れ親しんだ後であれば、意味が分かるのかのう?」
既に、ディアナはまともに文字を追う事もなく、ひたすらページを捲り続けている。何かの絵が描かれていれば手が止まる事もあるが、その程度だった。
仲間達も既に理解を諦めたのか、そんなディアナの行動にも文句一つ出ない。
「ん。後書きじゃな」
そんな言葉と共に、やっとディアナの手は止まった。
既にグランスとクライストは、先ほどまでの姿勢が良くなかったのか、その辺の壁にもたれ掛かって身体を休めて、ディアナのその言葉にも顔を少し上げただけだった。
椅子に座っていたリリーとミネアは、ディアナの言葉に反応して再び本を覗き込むが、興味を持ってというより、反射的にと言った方がしっくり来る感じだった。
ただ、後書きを読み進めていたディアナはぴくりと眉を顰めたかと思うと、急に厳しい表情になった。
何となく文字を目で追っていただけのミネアとリリーも、少し遅れて真剣な表情になる。
「……どうかしたのか?」
3人の表情の変化に気づいたクライストに訊かれ、ディアナは頷くと、
「この本の著者は、ジ・アナザー内にいると書かれておる」
「……何だと!?」
「……マジか!?」
理解するまで一瞬の間があったが、すぐに理解して叫び声を上げるグランスとクライスト。
この本は明らかにジ・アナザー専用書籍である。立ち入りが禁止されていた区画にあった事もだが、「私はキングダム大陸にある霊峰の1つに居を構えている」という一文が何よりの証拠だった。
つまり、この著者はイデア社の人間である可能性が高かった。少なくとも、マージンよりもジ・アナザーの開発に深く関わっている事は間違いない。
「イデア社が何を考えてこういう事をしでかしたのか。分かるかも知れないな」
グランスの言葉に皆が頷いている中で、ディアナは別の一文を読んで顔を顰めていた。
「私たちだけで探さねばならぬようじゃがな」
「どうして?」
真っ先にそう訊いてきたリリーに、ディアナは今目を通したばかりの文を指で示す。そこには、
「私に会いたければ、この本を自力で見つけた者たちだけで私を捜し、会いに来る事だ。この本の事や、この本が隠されていた部屋の事を人に聞いて知った者には、私のいる場所は見つけられない。会う事も叶うまい」
と書かれていた。
「仮に大陸会議にこの部屋の事を教えたりすると……どうなる?」
そう口にしたクライストだったが、既に答えは分かっているのだろう。
「彼らや彼らから聞いたプレイヤーは、この著者を見つける事が出来なくなる……ということだな。つまり、教える意味は全くない。むしろ、たまたま見つけるかも知れない可能性を排除してしまう分、マイナスだな」
グランスはそう答えた。その表情は決して明るくない。仲間達も、著者を捜す困難を思うと、似たようなものだった。
「しかし、この代償とか制限とは何のことじゃろうな?」
重い空気の中、まだ気になる事があったディアナはそう口にする。その視線の先にあるのは、
「これは私がここに居を構える事を許されるための代償。それでも尚、私の行動には厳しい制限が課せられた。故に、私からは全てを話す事は出来ない。それでも私に会いたいと思う者よ。私を捜すがいい」
ミネアがそう読み上げると、仲間達の表情はますます厳しくなった。
「分かってはいたけどな。悪意だかなんだかに塗れた陰謀の臭いがぷんぷんするな」
クライストが腹立たしげに吐き捨てると、
「だが、大きなヒントは得られるかも知れん。彼を捜さないという選択肢は無さそうだ」
顰めっ面のまま、グランスが言う。
仲間達も、それには同意せざるを得なかった。
これにて第三章は終わりです。最後の二話は短い事もあって、連投になりました。
そろそろちょろちょろ何かを小出しにし始めています。
ネタバレにならないように気をつけないと……ネタバレするのはまだまだ早いのですよ。
第四章の投稿はしばらく間が空きます。