第三章 第十二話 ~恒例大陸会議~
キングダム公立図書館の新たに解放されていた地下書庫に、蒼い月のメンバーが足を踏み入れていたその頃。ラスベガスでは大陸会議の臨時会合が開かれていた。
主な議題――というか報告――は勿論、キングダムについて、である。
ダイナマイツサンダーの壊滅により、大陸会議の支配街区が広がってしまったこと、新たに発見された地下通路の問題、さらにはそれらが原因で生じたキングダム常駐軍の人手不足。
事態に対処するに当たって、報告のみで済むものもあれば、大陸会議での同意を得る必要がある案件もあった。
「……というわけで、キングダム2番3番街区を支配していたダイナマイツサンダーは壊滅し、現在、両街区ともに軍が管轄下に置いているとのことで間違いないですね?」
今日も落ち着いた口調でピーコが、レインに事実確認を行う。
「ああ。おかげで人手不足だと泣き付かれて困ってる。近いうちに数百人ほど送るつもりだ」
そんなレインの回答に満足したのか、ピーコは1つ頷くと、
「お願いします」
とだけ言った。
大陸会議として対処しなければならない事態でも起きない限り、軍をどう動かすかは基本的にレインやパンカスに一任されている。
というか、最近は大陸会議のメンバーは割と自己裁量で動く事が多かった。いちいちメンバーを全員集めて同意を取った上で……等という手順を踏むと、何をするにも時間がかかるためである。
各自で判断していい範囲を超えている、あらかじめ他の同意も必要だと感じられる案件に関してのみ、不定期に開かれる会議で決定するのが最近のパターンだった。
そして、それはピーコ自身にも当てはまる。
「では、次は私からの報告です。前々から準備を進めていた定期馬車の営業準備が出来ました。ただ、ラスベガス、エラクリット、エントータを結ぶ路線を予定していましたが、先ほどの話もありキングダムも路線に組み込む事にしました」
そうピーコが報告すると、
「やっとかー」
「これで便利になるな」
等と会議メンバーの間から歓迎の声が上がった。
何しろ、プレイヤーが移動するのに、今は大半が徒歩である。確かに、馬を持っているプレイヤーもいるにはいる。しかし、例えば日常的に危険なところへ行く冒険者は、すぐ馬を死なせてしまいかねないので、馬を持っている者はほとんどいなかった。
『魔王降臨』以前であれば、必要なときに馬を買って、用が済めばすぐに売る……という事も出来ていたのだが、プレイヤーの激減とログアウト不能――ログアウト中の自動売買が出来なくなった――によりそれは機能しなくなっていた。
なので、冒険者ギルドを通じて、街と街を結ぶだけでもいいから、乗合馬車みたいなものを用意して欲しいという要望がちらほら出ていた。
「料金はやっぱり取るのか?」
冒険者ギルドのマスターを務めるギンジロウに訊かれ、ピーコは頷いた。
「利益を上げるとまでは言いませんが、維持費分くらいは料金として頂きます。今後、人の行き来が多い路線で馬車を増やすときに、費用の問題が軽くなりますから」
実際、馬車には維持にも運行にも金がかかる。馬車本体の修理費用も必要だし、馬のえさ代も必要だ。おまけに御者に手当も払わないといけない。
なので、それくらいの費用は乗り手に負担して貰う予定だった。
それからも細々とした報告が続いた後、いよいよ本日唯一の、報告だけでは済まない議題に入る。
「まずは、キングダムで発見されたという地下通路の件です。前々から噂はありましたが、ついにその存在が確認されました。……ダイナマイツサンダーの一件も、これが引き金になっています」
既にこの場にいるメンバーは、地下通路の事は聞かされていたので、ピーコの報告には特に反応もない。
「エネミーの類がいる気配は殆ど無いとの報告ですが、犯罪行為を行ったプレイヤーの住処になる懸念もあり、放置は出来ないとの報告を受けています」
そこでピーコは言葉を切り、レインに視線をやった。この件では軍の協力も仰ぐ必要があり、レイン達にもあらかじめ話は通してある。
ピーコに視線で促され、レインが口を開く。
「とりあえず、軍の兵力を投入して一部区画の探索を進める予定だが、地下通路の規模次第では軍の手には余る。今後の扱いもあるし、議題としたいというわけだ」
「一番手っ取り早いのは、封鎖して立ち入り禁止にしてしまう事なんだろうけどねえ」
最近作った飾り物のキセルを片手に、ケイがぼやく。お宝は元々期待薄。加えてエネミーもいないとなると、地下通路に手間をかける価値を見いだせないのだ。
「とは言え、ピーコが言ったように治安の問題もある。放置は出来そうにもないな」
これはパンカス。
次に口を開いたのが、ギンジロウだった。
「金がかかるけど、冒険者達に地図作成を依頼する手もある」
ギンジロウも悪い手だとは思わなかったので、こうして口にしたが、実はこれ、あらかじめピーコに依頼された台詞だったりする。ただ、大陸会議から金を出すにあたり、メンバーの同意を取り付ける必要があるのでこの場で発言したのであった。
「依頼、か。報酬はどのくらいを考えてるのかな?」
「エネミーがいないと目されている以上、安くていいと思っている。何かめぼしい物を見つけた場合には、別途報償を出すという形にすれば、不満も出ないはずだ」
今まで静かにしていたグラニッドに問われ、ギンジロウはそう答えた。そして、その答えを聞いて会議のメンバーはそれぞれ考え込む風を見せる。
正直、この場にいるメンバーは、ピーコやギンジロウも含め、地下通路の価値は今のところ無いに等しいと考えていた。
魔物の襲撃などに対する避難場所……にしようにも、出入り口が少なすぎて使えない。かといって、放置も出来ないという面倒な代物であった。
「無制限にやると同じ場所の報告が相次ぎそうだしねえ。一度に入れる人数を制限してやるんなら、マシになるのかねえ?」
乗り気では無さそうだが、それならやってもいいとケイは言う。
そのケイの言葉で、どっちつかずになりかけていた他のメンバーも大体心が決まったらしい。
すぐに「それなら」と賛成が相次ぎ、ギルドとして無駄金を使わないように気をつけるという条件付きで、冒険者達にキングダム地下通路のマッピングを依頼する事になり、この日の会合は終わりとなった。
大陸会議の他のメンバーが出て行った後の会議室。
そこにはまだ3人の人影が残っていた。エルトラータ、ピーコ、ケイである。
本当なら、彼らは今日、ある事を他のメンバーに報告するつもりであった。だが、考えれば考えるほど、良くない予感しかしなかった。
下手に知る人間が増えれば、誰かが開けなくてもいいパンドラの箱を開けてしまう。そんな気がするのである。
「いつかは、他の連中にも伝えないといけない事だと思うけどねえ?」
ケイの言葉に、ピーコは目の前に取り出していた一枚の紙を見つめる。
そこにはふたこぶらくだ諜報部からの報告が載っていた。「酒で酔っぱらったプレイヤーが見つかった」というものである。
この報告を聞いたとき、ピーコは一瞬耳を疑った。何故なら、ジ・アナザーに酒という概念はない。当然、酔っぱらいもいるはずがない。
ジ・アナザーに酒がない理由は簡単で、BPの動作原理上の制限に由来する。BPは電気信号で脳と直接情報をやりとりする装置であるものの、脳への信号送出は感覚神経に対してのみ作動している。いや、そうのような形でしか作動できないように作られている。何故なら、脳そのものへの介入は思想、記憶、感情といった人間の人格そのものを操作する事に繋がりかねないからである。
言い換えれば、各種感覚神経を電気信号で刺激することでしか感覚を再現できない。つまり、薬物やそれに準じるものによる脳への直接の刺激や感覚、状態は原則として再現できないのである。そこには当然アルコールも含まれていた。
なので、VR内で酔っぱらいたければ、予め酒を飲んでからログインするか、ログイン中にリアルで誰かにアルコールを注射して貰う必要がある。逆に言えば、リアルでどこかのベッドに寝かされている(と信じたい)プレイヤーの身体に誰かがアルコールを注射すれば、酒がないはずのジ・アナザーでも酔っぱらいが誕生する。少なくとも、ピーコ達は他の方法を知らなかった。
そして、これは十分問題だった。何故なら、誰かがジ・アナザー内部を監視していて、アルコールの注入を行っているということになってしまう。
数十万人ものプレイヤーが閉じ込められているという事は、リアルでもそれだけの人間が寝たきりになっているはずである。そんな彼らにアルコールを注入するなどという行為が社会的に許されるだろうか?
断じて否である。
言い換えれば、間違いなくプレイヤーの身体は社会的に真っ当な保護を受けられない状態にあるわけで、そんな事は、まかり間違っても、全プレイヤーが知っていい事ではなかった。
エルトラータとケイは何とか耐えたようだが、ピーコは耐えきれなかった。今、こうして立っていられるのは、エルトラータのおかげと言っていい。
だが、誰かに支えてもらえないプレイヤーや、支えてもらってもなお耐えきれないプレイヤーはどうなるのか。
そのことを考えたとき、3人が出した結論は、混乱を招かない方法で公表できるようになるまで、この情報を秘匿するというものだった。そうしなければ、瞬く間にアルコールがプレイヤーの間に広まり、誰かがピーコ達と同じ事実に気づいてしまう。
そのため、この情報に触れた者は最初の酔っぱらいや目撃者を含め、全員を隔離している。彼らの中でも酔えるという事実が意味しているであろう事実に耐えられそうな者には、そのことを伝え、協力側に回って貰った。残りの者たちにも、様子を見ながら説明していっている。
「近いうちには伝えます。ただ……怖いんです」
ピーコが何を恐れているか、そのことは良く理解しているケイは何も言わなかった。ただ、
「期限は切っておいた方がいいわよ?ずるずる先延ばしして、予想もしないところから話が漏れると、面倒な事になるからねえ」
と助言する。
それに対し、
「善処します……」
そう答えたピーコの肩に、エルトラータはゆっくりと手を載せていた。