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ジ・アナザー  作者: sularis
第一章 魔王降臨と閉じ込められたプレイヤー達
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第一章 第二話 ~東の町へ~

「しかし、メトロポリスにパーソナルおいてる連中って何考えてるんだろうな」

 酒場を兼ねた食堂で、そんなことを突然言い出した男がいた。

 ちなみに、パーソナルとはパーソナル・アバターの事である。発音するには長いので、フォーマル・アバターもフォーマルとしか呼ばないのが一般的になっていた。

「さあな。お前はどー思ってんだ?」

 その連れが問いただすと、

「いや、無駄だろ。あっちで出来ることって、リアルと大して変わんないじゃんか」

「あー……確かになぁ」


 狩りの前の腹ごしらえにと寄った食堂で、レック達はそんな話を耳に挟んでいた。

「時々出るよな、あの手の話」

 とは、今日はログインできたクライストだ。白いローブの長身の金髪ハンサムで、お前はどこかの神官か!とレックは常日頃思っているのだが、いつだったか似たようなことを聞いたリリーに、「金髪なのはリアルがそうだから。白い服は白が好きだから。」と、答えていた。特に神職をイメージしてのことではないらしい。確かに、服の下に銃を隠してる神職者などいて欲しくない。

「映画とか音楽とかため込んだのを一気に消費するときは便利じゃな」

「でも、それ、フォーマルでもいいじゃん?わざわざパーソナル使う必要あるのかな?」

 一応、用途を挙げてみるディアナだったが、リリーがそれをあっさり否定した。

「リアルでは着れない服を着るというのもあるな」

 というグランスの言葉に、

「あー、ありそう」

「フォーマルだと実名そのままだもんな。趣味に走るなら、実名じゃなくていいパーソナルしかないってヤツもいそうだ」

 と、レックとクライストが頷く。

「ま、あたしはパーソナルはこっちのほうがいーけどね。せっかくのジ・アナザーなんだし、リアルじゃ出来ない経験した方がいー気がするし」

「変態趣味を実行するのもリアルじゃ壁が高いという点では似ておるのう」

「いや、それは一緒にしないで……お願い……」

 ディアナにからかわれるリリーを微笑ましく見守る一同。リリーのギルドでの立ち位置は可愛い小動物系マスコット……というのが共通見解かも知れない。

「でも、こっちに来てる人達って、結局はリリーと同じだと思います」

「「「まーね」」」

 ミネアの言葉に全員が頷いたところで、わざとらしくグランスが咳払いをした。

「さて、話を戻すぞ」

 それで、レック達は自分たちが何を話していたのか、やっと思い出した。

「なかなか人数が集まる機会がなかったから、結局、メールで意見を集める羽目になったわけだが、さすがに決めるのばかりは全員が揃ってる時じゃないと難しいからな」

「マージンは?」

「来れなくて済まないと言っていたが、みんなの決定に従うそうだ」

 そこで言葉を一度切って、他の質問がないかと言わんばかりにグランスは全員の顔を見た。

「じゃ、今のところの候補を挙げるぞ。

 まずは、南東のミリオドット。それから東北東のナスカス。最後に南方のミーアクア。

 どこも人がまだ少ないな。当然、物資の補給は厳しくなるから、町によっては、時々ここまで戻ってくることになる」

「もっとフロンティアの近くまでいけない?」

 リリーの質問に、

「それはうちにはきついんじゃないかな?生産系のメンバーいないし」

 とクライストが答えた。


 ジ・アナザーの世界は地球ほどの球状の大地である。少なくとも、イデア社はそう発表しており、ジ・アナザーの公開直後は兎に角、今となってはそれを疑うプレイヤーはほぼ皆無だ。実際には球状の大地というより、地球サイズの惑星のイメージの方がより近いのだが、太陽の周りを回ってるわけじゃないから、惑星という表現は間違っている、とは誰の言だったか。

 そして、ジ・アナザーには当然のように海がある。それも、世界を球状大地と表現するのが躊躇われるほど、陸地より遙かに広大な海が。イデア社から公開されている白地図によれば、地球同様に世界の面積の半分以上が海とされる。

 主要な陸地――すなわち大陸は、赤道付近に1つと、それを囲むように北半球に2つと南半球に1つ、合計4つの大陸が海に浮かんでいる。それだけだと想像しづらいのでメルカトル図法で想像して欲しい。

 メルカトル図法では、上下逆さまの大きな三角形の真ん中を北向きの三角形でくり抜き、そうして出来た真ん中の海に丸っこい大陸が1つ浮かんでいる形となる。逆向き三角形の3つの角を占めるそれぞれの三角形の大陸同士は、真ん中の三角の形をした海で分断されていた。ただ、何故か北半球の2つの大陸は、地図の両端をつなぐ形で地続きになっている。

 北半球と南半球の大陸にはそれぞれジ・アナザーの入り口となるエントランス・ゲートが1つずつ設けられ、それらのゲートを中心にして、3つのゲートと同じ名前の都市が定義されていた(余談になるが、大陸の名前もゲートと同じになっていて紛らわしいと不評だった)。

 北半球の大陸にあるのは、東の大陸に現代の大都市を模倣したメトロポリスと、西の大陸に中世の都市を模倣したキングダム。南半球の大陸にあるのは、都市というより小さな村といった感じのカントリー。

 通称、中央大陸と呼ばれる赤道にある大陸にはエントランス・ゲートがない。また、造船技術が未発達(リアルでの造船技術は金属や樹脂が主体の上、機械を使っての製造のため、ジ・アナザーでは全く役に立たなかった)の上、かろうじて製造された大型船も海に棲息している巨大な海獣や魔獣達に沈められたため、未だ、大海原を渡る手段がない。そのため、ジ・アナザーのサービス開始から20年以上が経過した今ですら、中央大陸はプレイヤー未踏の大陸のままであった。

 エントランスゲートを持つ三都市の中で人口が最も多いのは、フォーマル・アバターが唯一活動でき、リアルに近い街並みと経済が発達しているメトロポリスだった。しかし、ジ・アナザーをゲームとして楽しんでいるプレイヤー達にはキングダムの方が人気があった。カントリーは田舎過ぎてかえって敬遠されている……のが実情である。

 ちなみに、メトロポリス内部を除けばこれといった交通手段があるわけでもないため、ジ・アナザー内で各都市間の交流はほとんど無い。未だに主要な移動手段が徒歩か馬という状態なので、プレイヤーは最初に入ったエントランス・ゲートのある大陸から出ることはほとんどない。ただ、最初の5回までのログイン時には、ログインするエントランス・ゲートを選択できるので、6回目までに好きな都市を選んで、以降のジ・アナザーでの冒険(?)を楽しむことは出来るようになっている。

 3つしかないエントランス・ゲートと限られた移動手段によって、プレイヤーの活動圏は、円形とはほど遠いながらも、3つのエントランス・ゲートを中心にして広がる形となっている。活動圏内には、プレイヤーが作った幾つもの町や村と、それらを結ぶ街道が整備され、プレイヤーの活動圏内にありながらも、未だプレイヤーの手が届いていない地域やダンジョン、遺跡への冒険の基盤となっている。

 一方で、プレイヤーの活動圏の端っこも未だ確かに存在し、それがリリーが言った通称「フロンティア」である。そこでは新しい地域への進出をもくろむプレイヤー達が、連日新しい地域へと冒険に出かけ、プレイヤーが作成している地図に新しい情報を付け加え続けている。キングダム大陸ではエントランス・ゲートが西側にあったこともあり、西から東へとフロンティアは移動し続けていた。

 しかし、プレイヤーの活動圏の端っこだけあって、フロンティアでは物流が貧弱で、消耗品が補給しづらいという問題が常に生じている。なので、フロンティアまで出張ることが出来るのは、消耗品の補給ルートを確保できるプレイヤー達に限られる。


「フロンティアの方が面白いっちゃ面白いけどな。遠征っぽくなるから、いちいち戻らないといけないのがなぁ」

 クライストの言葉が、フロンティアに行きづらい事情を説明していた。

「でも、最近は前人未踏の場所なんか行ってないし、たまには楽しそうだ」

「それなら、フロンティアに近い町がよいかのう」

「でも、それじゃ、ナスカスよりもっと進まないと」

 というレックとディアナの言葉にクライストとリリーも、

「そうだな、もっと行ってみるのもありか?」

「補給が出来るならそれもアリよね」

 と、もう少し先まで行ってみようと言い出した。

「グランスはどう思う?」

「俺も久しぶりにフロンティアまで行ってみたいな。ただ、それにはかなり本気の準備が必要になる。

 とりあえず、補給が安定して出来るところまで行ってみて、もう一度考えてみる……という手もあるな」

「ふむ、悪くない方法じゃのう」

「何か、しばらく根無し草になりそうですね」

 さらりとミネアが何か言ったが、冒険者として活動するなら、安定した拠点がある方がおかしいとも言える。そのことに気づいたリリーが、

「いいんじゃないの?冒険者ってほんとはそんなもんでしょ?」

 と指摘すると、

「それもそうですね」

「だな」

 と、特に反発はされなかった。

 ただ、しばらくエラクリットに居座っていたせいか、拠点がある生活に慣れてしまってることをレック達は妙に自覚した。

 しばし妙に沈黙してしまった仲間達の空気を吹き飛ばそうと、グランスが、

「では、とりあえずナスカスに移動。その後は、安定した補給が期待できる限り、東の町へと移動。これでいいか?」

 と、確認を取った。

「私はそれでよいぞ」

「ああ、俺も構わない」

「あたしも賛成~」

「わたしも賛成です」

「それで僕もいいよ」

 と、賛成が相次いだものの、

「あ、でも、マージンはどうする?」

 ここにいない約一名をどうするかが問題として残っていた。

「一人旅って訳にもいかないしな」

 クライストの言葉に、グランスが、

「出来れば全員で移動したいところだが、そう都合良くは行かないだろう。2つのグループに分けて移動することになるな」

「それじゃ、今日はまだ移動しないってこと?」

 リリーの言葉にグランスは頷いた。

「全員の予定を聞いた上で、スケジュールを決めたいと思う。

 ただ、折角その気になったんだし、どうせなら早めに移動してしまいたいところだからな。みんな、準備だけは整えておいてくれ」


 その後、いつも通りグランスが全員のスケジュールを確認した上で、移動スケジュールとグループ分けを決めることになった。



 そして、数日後。

 レック達は今日は珍しく馬に乗っていた。正確には、レック達があまり馬に乗らないのではなく、冒険者として活動しているプレイヤーは普通馬に乗らないだけなのだが。


 確かに馬に乗れば目的地まで早く着くことが出来る。しかし、ダンジョンなどに入るときには、馬は怯えてしまったりダンジョン自体が狭かったりで中まで連れて行くことは出来ない。かといって外に繋いでおこうものなら、いとも簡単に肉食獣や魔獣の餌食になってしまう。見張りを残しておこうにも、馬を守りながら戦えるだけの戦力を、馬の見張りに使うのも勿体ない……ということで、町から町へ移動するときくらいしか、冒険者達が馬を利用することはないのであった。


 ギルド「蒼い月」のナスカスを目指しての移動は、予定通り2つのグループに分かれて行うこととなっていた。グランスの調整の結果、先に出発する第一グループのメンバーは、レック、クライスト、リリー、ディアナの4人となった。残りのグランス、ミネア、マージンはレック達の四日後にエラクリットを発つ予定だ。思ったより早くマージンの予定が空いたものの、今度はクライストの方に予定が入ってしまったため、結局2つのグループに分かれることになってしまったのが残念だとはグランスの言。


「んー、久しぶりに旅って感じ~」

 だだっ広い草原の真ん中を突っ切る街道……と言っても、そこだけ土がむき出しになっているだけだが……を、のんびり馬に揺られながらリリーが大きく身体を伸ばした。

「おいおい、手綱から手を放したら危ないぞ」

 とクライストが注意したが、リリーの身軽さを知っていることもあって、実際には誰もほとんど心配していない。

「しかし、ここのところエラクリットから大きく離れることすらなかったからのう。リリーの気持ちもよく分かるの」

 そう微笑みながらも、ディアナは周囲への警戒を怠ってはいなかった。いや、それは他の3人も同様である。


 プレイヤーの活動範囲が広くなったとはいえ、プレイヤーの活動圏内からエネミーと呼ばれる野獣や魔獣の類が一掃されたわけではない。というか、町の周りを除けば全く減っていないというのが正しい。

 従って、町からある程度離れてしまうと、例え街道沿いといえども、いつ何時エネミーに襲われるかは分からない。これこそがプレイヤーの一人旅があまり推奨されない理由であり、また、警戒が欠かせない理由でもある。


「にしても、人とすれ違わないね」

 エラクリットを発ってから既に1時間。

 遠くに見える森を除けば、何の代わり映えもしない草原の風景をひたすら眺めながら馬に揺られているだけだと、さすがにちょっと飽きてくる。

 せめて、他のプレイヤーとすれ違うことがあれば、休憩がてらちょっと雑談……と気分転換も出来るのだが、レック達は他のプレイヤーとまだ一度もすれ違っていなかった。

「やっぱ、あれじゃない?

 こないだ、メトロポリスへの道がついに開通したから、みんなそっち見に行ってるんじゃない?」

「ああ、一応地続きだったもんな。ただ、20年もかかるってどういう事だと言いたい」

 と、クライストがため息をついた。


 ちなみに、キングダム大陸の西とメトロポリス大陸の東が地続きとなっている。このため、世界地図が些か見辛いことになっているのは、ジ・アナザーに対するプレイヤーの不満の1つである。


「仕方ないじゃろう。ドラゴンが道を塞いでいたのじゃからな。正直、よくあれを倒せたものじゃと思うぞ」

「ドラゴンか。どうせなら、討伐隊に参加したかったなぁ」

 ディアナの言葉に、レックは一度だけ見に行ったそのドラゴンの姿を思い出していた。

「いやいや。上級プレイヤーが200人くらいでかかって、やっとだったらしいからな。俺たちじゃ足手まといになるだけだって」

 無理無理と軽く手を振るクライストに、リリーも相づちを打ちながら、

「でも、討伐隊ほとんど全滅したよね。ほんと、ドラゴンどんだけ強いんだって話」

「ま、ドラゴンだしな。弱かったら話になんねーな」

 そんなクライストの言葉に、それもそうだとレックは頷いた。

「上級ダンジョンにもときどきおると聞くが……そっちは倒せたという話は未だに聞かんのう」

「ダンジョンだと狭いもんね。出会い頭にブレス一発とか食らったら全滅とかありそうだよね」

「いや、それ無理ゲーだろ。つか、倒せない敵なんか作るなって話だ」

 レックの言葉に、クライストが頭を振った。

 するとリリーが、

「でも、簡単に倒せる敵ばっかりだと、つまんないよね~」

「ああ、それ分かるわ。キャラ鍛えて簡単に倒せる敵ばっかになると、一気に冷めるしな。そっから新ボスとか追加されても、大抵ライフが高いだけとかそんなんだしな」

 いくつかのVRMMOをプレイした経験のあるクライストがリリーの言葉にしみじみと賛意を示す。

「ジ・アナザーはその辺はいいよね。マップがバカみたいに広いから観光するだけでも楽しいし」

 楽しげなリリーの言葉に、しかしディアナは、

「マップが広すぎるのもどうかと思うがのう。一番手っ取り早い移動手段が馬ではのう……移動するだけで一週間とかかかるのはどうかと思うがの」

「「あー……」」


 ディアナの言ったとおり、ジ・アナザーのマップの広さは開始直後こそ驚きを持って歓迎されたが、すぐにはた迷惑扱いされ始めた。

 広すぎるのである。

 そのくせ、馬以上に早い移動手段はほとんど無い。

 一応、2点間を一瞬で移動できるサークル・ゲートと呼ばれる遺跡がいくつか見つかっている。しかし、対になったサークル・ゲートが設置されている2地点を結ぶだけの設備である上に、周囲に凶獣や魔獣の類が無数に彷徨いていたり、単純に街や街道から遠かったりというアクセスの便の悪さに加え、不定期にちょっとだけ起動するのを除けばほとんど稼働していないため、冒険目的以外ではほとんど利用されていない。

 それとは別に、一部のプレイヤーが空の王と呼ばれている巨大な猛禽を従えるのに成功し、それに乗って移動するのがジ・アナザー最速の移動手段と言われている。もっとも、それでも大陸の間を行き来することは無理なのだが。


「まあ、あまりに簡単な移動手段が用意されていると、密林の奥の遺跡も火山の火口に隠されたダンジョンも、身近になりすぎてつまらんしの」

「そーなんだよな」

 それも経験済みらしく、しみじみと頷くクライストとリリー。

「新しい上級ダンジョンが見つかってもさ、あっという間に初心者から上級者までが群れをなして押し寄せてくるのは、かなり萎えるぜ」

 ぶつぶつとぼやき始めるクライストとリリー。

「その点、こっちはマシよね。むしろ、ダンジョンの中で他のプレイヤーに遭遇しても、それも楽しめるし」

「ああ、どこのライブ会場だってくらいに混み合ったダンジョンなんて最低だ」

「そんなに酷いの?」

 他のVRMMOを知らないレックが訊ねると、

「「酷いなんてもんじゃない!」」

 と、リリーとクライストの二人がハモった。

「まあ、酷いときには敵が瞬殺されるか、身動きできずにプレイヤーが一方的に虐殺されるかじゃからの。楽しいとは口が裂けてもいえんのう……」

 ディアナもそういう経験があるらしく、どこか遠い目でしみじみと呟いた。

 と、その時。急にディアナの目が鋭くなった。

「ん?……あ!」

 その視線の先を追って、レック達も草原の彼方にそれを見つけた。

 草原に広く分布している大型の牛、スチームバイソンである。

 まだ距離はかなりあるものの、既にレック達に気づいているらしく、明らかにレック達に向かって突撃してきている。その速さは家畜の牛など比べものにならないほど速い。

 スチームバイソンという名前の由来になっている鼻から吹き出す蒸気はまだまだ見える距離ではないが、一斉にレック達は戦闘準備に入った。

「暇をもてあますよりはマシか!?」

「ちょっと面倒な相手だけどね!」

 そう言いながら、スチームバイソンを迎撃するために馬から降りてレックは前に出た。

 クライストとリリーも馬から下りると、援護のために左右に展開する。ディアナも馬から下りると全員の馬の手綱を受け取って、地面に打ち込んだ杭に素早く巻き付ける。

 ディアナの攻撃は杖による打撃がメインなので、身体の大きな相手にはあまり役に立たない。役に立たないメンバーは後衛に回ってメンバーに注意を飛ばしたり、他の敵が来ないか警戒したり、あるいは単純に馬を守ったりするのが、レック達の間では常識になっている。

 そうこうしている間にスチームバイソンは距離を大きく縮め、もう、あと100メートルほどにまで迫っていた。

 ッパパァン!

 スチームバイソンを射程に収めたクライストが、両手に一丁ずつ持った銃を撃つ。しかし、2発とも命中したにも関わらず、スチームバイソンのスピードは全く落ちない。落ちないまま、クライストへと突撃の向きを変えた。

「こっちだよ、っと!」

 スチームバイソンの注意を引くべく、今度はリリーが炸裂弾をパチンコで撃ち込む。既に彼我の距離は10メートルを割り込んでいたこともあって、弾は命中し、スチームバイソンの脇腹で小さいとは言えない爆発が起きた。

 その爆発でスチームバイソンが一瞬バランスを崩したかと思うと、足を絡ませてドーンと地面に倒れ込んだ。

 そこに距離を詰めていたレックが、大きく振りかぶったロングソードをスチームバイソンの前足めがけて振り下ろす。

「グオオォォォォ!!」

 左の前足の根本を大きく切り裂かれ、とても牛の仲間とは思えない声でスチームバイソンが叫んだ。

 その間にレックはさっさと後退する。

 前足を一本使えなくしたからと言って、到底油断できる相手ではない。間違えて頭の角にでも引っかけられたら、ポーションを飲むまもなく即死しかねない。

 案の定、頭を激しく振り回しながら、スチームバイソンは意外に早く起き上がった。

 それを待っていたかのように、左右からクライストとリリーが、今度はスチームバイソンの目を狙って攻撃を仕掛ける。

 レックに向かって突撃を始めようとしていたスチームバイソンの勢いはそれで削がれた。頭を激しく振り回しながら、クライストやリリーに突撃しようとするが、二人ともスチームバイソンの周りを回りながら攻撃を仕掛けているので、なかなか狙いが定まらない。

 さっきの攻撃も、目には当たらなかったものの、左目には炸裂団の破片でも入り込んだらしく左目は閉ざされていた。

 ただ、スチームバイソンの5メートルを超える巨体には、クライストの銃弾もリリーの炸裂弾も大きなダメージを与えることが出来ていない。

 そのことは二人もよく分かっていて、ダメージを与えるためではなく、レックから注意を逸らすための攻撃をしている。

 レックは、次の狙いをスチームバイソンの後ろ足に定めていた。そして、スチームバイソンが完全に自分と逆を向いた隙を突いて距離を縮め、右の後ろ足の腱を一気に切り裂いた。

 さすがにこれにはスチームバイソンも耐えきれなかった。残り二本の足では立つことも出来ず、巨体が地面に再び崩れ落ちる。

 無論、この程度でスチームバイソンの闘志が萎えるわけでもない。

 血が流れ込んでいない左目には激しい闘志を宿したまま、いっそう激しく頭を振り回し、レック達を串刺しにしようと試みている。

 しかし、既に満足に身体の向きも変えられなくなっていた。

 角が届かない脇腹や背中を中心に、レックは何度も斬りつけていく。そのたびに、着実にスチームバイソンのライフは削られていき……身動きしなくなるまで、それほどの時間はかからなかった。


 スチームバイソンを仕留めたレック達は、そのまま解体作業に入った。

 ジ・アナザーでは、必要があれば獣や魔獣の死体を解体し、角や爪、肉や皮といった資源を得ることが出来る。ただし、かなり生々しいため、近くに15歳未満のプレイヤーがいないときに限られる。

 切り出したスチームバイソンの角と肉は、レックとクライストがそれぞれのアイテムボックスに放り込んだ。


 重量に関わらず一定体積まで何でも詰め込め、更に詰め込んだアイテムの重さをプレイヤーが感じることはないという亜空間がアイテムボックスである。

 だが、アイテムボックスの実装は、ジ・アナザー設計時にイデア社でもどうするかかなり議論があったとされる。というのも、あまりに非現実的だからだ。何しろ、縦横高さ0.5メートルずつとは言え、亜空間を個人で所有する……というのはさすがに現実ではあり得ない。その辺が、ジ・アナザーの現実主義に反するだの何だのと揉めたという話が一般プレイヤーの間で噂されている。

 で、妥協点として、プレイヤーが各自、魔法でアイテムボックスを作り出す――厳密には、アバターに最初から付属している鞄の中身を拡張する――という仕様となった。そして、そのためのチュートリアルもわざわざ用意された。プレイヤーはチュートリアルの中で、如何にも怪しげなローブ姿のNPCからアイテムボックスの魔法を習うのだ。そして、アイテムボックスを作ることに成功して初めて、同じNPCから個人端末を受け取り、ジ・アナザーの世界へと旅立つことが出来る。


「お疲れ様、かのう」

 馬の手綱を杭からほどいてやってきたディアナに、

「いい暇つぶしにはなったよ」

 ロングソードを拭きながらレックが答える。

 単独行動を取る獣の類は行動が単調というか読みやすいため、余程高い肉体スペックを誇っていない限り、何人かで連携を取って当たれば、倒すのに苦労はしない。

「むしろ、今夜の食事がステーキになったから、ありがたいな」

 これは使った分の弾を銃に込めているクライスト。

「あたしは、炸裂弾でちょっと赤字気味かも」

「角売ったくらいじゃ足りないか?」

「どーだろ?」

 クライストの言葉に首をひねるリリー。

「どっちにしても、人数少ないとあれこれ無理が出てくるからの。もうちょっと急ぐかの?」

「ああ、その方が良さそうだね」

 レックはそう答えると、ディアナが連れてきた馬に跨った。ディアナとリリーも続いて馬に跨り、銃に弾を込め終わったクライストもそれに続いた。

「じゃ、もう少し急ぐかの。急げば暗くなる前にナスカスに入れるはずじゃ」

 ディアナの言葉にみんな頷き、馬に先を急がせた。

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