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ジ・アナザー  作者: sularis
第三章 キングダムと公立図書館
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第三章 第十一話 ~キングダム公立図書館~

 ダイナマイツサンダーとの戦闘とそれの途中で始まった魔物――というより魔獣達の襲撃から三日が経った。

 4~6番街区では、襲撃が始まった直後に非戦闘プレイヤーを屋内に退避させ、軍が対処に当たったために被害は相当抑えられた。……はずだったが、それでも、空からいきなり襲撃されるという半ば予想外の事態に、数十名にも上る死者とその数倍にもなる負傷者が出てしまった。

 治癒魔法を扱えるレック達は、幾ばくかの報酬と引き替えに、連日重傷者の治療にこき使われた。そのおかげで命を取り留めたプレイヤーも多く、蒼い月はキングダムでちょっとした有名人となってしまっていた。



 そんなこんなで、二日間で重傷者の治療も大体終わり、今日、レック達は宿の部屋でぐったりしていた。治癒魔法が使えないグランス達3人も、せめて手伝える事があるならと動き回っていたので、同様である。

 ちなみに、この日の朝食は部屋まで届けて貰った。


「まあ、今日は一日休んでもいいよね」

「というか、休む。絶対休む」

 そんな感じでベッドから降りる気がさらさら無い、引きこもりのようなレックとクライストを眺めながら、グランスは、

「一日くらいは構わないがな……明日は図書館に行くぞ」

 その台詞に、男部屋に集まっていた仲間達は皆、軽く驚いた。

「あんな危険なところに!?」

 とは驚いたリリー。

「いや、一昨昨日(さきおととい)のあれで、事実上ダイナマイツサンダーが崩壊したらしい。で、今は軍が入って事態の把握に努めているが、大した抵抗もなく街区の接収が進んでいると昨日聞かされた」

 グランスは蒼い月の代表ということもあり、軍の兵士達ともしばしば治療のために次はどこに向かえばいいかなどいろいろ話していた。そのついでに話を聞いていたのだろうと仲間達は思ったものの、図書館周辺の治安への懸念は消えない。

 そんな仲間達を代表して、ディアナが疑問をグランスにぶつける。

「ダイナマイツサンダーの残党はどうなっておるのじゃ?」

「大半はクックキー中央大橋の戦闘で捕まるなりなんなりしたそうだ。残った残党も次々と投降しているとかで、今日明日には2番3番街区は全て軍の管理下に入る見込みだと、フレッドは言っていたな」

「ふむ。それならば問題はないかも知れぬが……もう2、3日様子を見ても良いのではないかのう?」

 そのディアナの言葉に、仲間達はうんうんと頷く。

 そんな仲間達の様子を見たグランスは、

「ああ、それもそうだな。……少し気が急いていたか」

 そう苦笑しながら、頭を掻いていた。

「それじゃ、今日は引きこもってゆっくり休むか」

 そう言ってベッドに勢いよく横になるクライスト。それにレックも続く。相当、治癒魔法で疲労をため込んでいたらしく、すぐに二人の寝息が聞こえてくる。

「マージンとミネアは大丈夫なのか?」

 同じように治癒魔法を連発して疲れを溜めているのではと、グランスが視線をやると、

「わいは街の様子見てきたいとこやな。まあ、初心者が多いこの街やと、掘り出し物は少なそうやけどな」

 と、欠伸をしながらマージンは答えた。

 何故かわたわたしているミネアも、

「あの、寝てるとかえって疲れてしまいそうですから……」

 との事で、寝るつもりはないらしい。まあ、寝るなら寝るで女性部屋に戻らないといけないのだが。

 ディアナとリリーはというと、

「部屋にいても暇じゃしのう。マージンと一緒に街にでも出る事にするかのう」

「だよね。あたしも一緒に行くよ~」

 とのこと。

 そんなわけで両手に花で街に出る事になったマージンだったが、何故かイヤそうな顔をしていた。

 ちなみに、グランスも同行しようとしたところ、ディアナとリリーに猛反発され、ミネアと二人で街を回る羽目になっていた。――仲間達によるミネアへの援護射撃であるが、グランスはまだ気づいていない。


 流石にその翌日は、クライストとレックも流石に寝るのに飽きたらしい(ただ、レックを見て何故かディアナがにやにやしていた)。全員が街に出て、冒険者ギルドの訓練施設で身体を動かしたり、軍のキングダム支部に2番3番街区の接収状況を聞きに行ったりしていた。



 そして、さらにまたその翌日。

 2番3番街区の治安状況に問題がなさそうだと判断したレック達は、ついにキングダムに来た目的を果たすべく、公立図書館へと向かっていた。

「どれくらい本があるんだろうね」

 どちらかというと本が好きなレックは、少しばかり楽しみだった。

「1億冊以上あるゆう話やけどなぁ」

「1億って……多すぎるだろ……」

 マージンの言葉に、クライストがげんなりする。

「そんなんで、目的の本、探し出せるのか?」

「自力やと無理やな」

 あっさりそう答えるマージンにクライストが何か言う前に、様子を見ていたグランスが、

「確か、司書がいたはずだ。それに訊けば、本の場所くらいは教えてくれるんじゃなかったか?」

「司書?」

 と、首をかしげたレックに、

軽量型(ライトタイプ)ゴーレムらしいがな」

 グランスはそう答える。

 その言葉に、違和感を覚えたクライストが、

「らしいらしいって、ひょっとしてグランスも図書館行った事ねぇのか?」

「ああ。必要な本ならメトロポリスで読んだ方が早い。あちらの電子図書館の蔵書もこちらと同じだしな」

 そう、グランスは素直に頷いた。

「しかし、それならば、ここの図書館で目新しい情報など手に入らぬ様な気もするがのう……?」

 と疑問を呈したディアナに、

「ちっちっち。ディアナ、それは思い込みっちゅうもんやで」

 どや顔でマージンが指を振る。

「メトロポリスの本は今のわいらにはどうせ利用できん。なら、ここで調べるのが妥当やろ」

「……いや、私が言いたいのは、ここで調べられるような情報なら、既に出回っておるのではないかということなのじゃが」

 ディアナのその言葉で、マージンのどや顔は見事に凍り付いた。

「「…………」」

 そんな、仲間達の間に生まれた寒い空気を吹き払ったのは、

「でも、ジ・アナザーの情報とか、メトロポリスで調べた事あります?」

 というミネアの言葉だった。

「ん。確かに無いのう……」

「ないね」

 言われてみると、調べようと思った事すら無い気がする。

 そもそも、ジ・アナザーは日常生活の延長のようなもので、分からない事があれば個人端末からヘルプで調べれば済む話だったのだから、当然と言えば当然なのだが。――ちなみに、個人端末のヘルプ機能は、『魔王降臨』以降、ログアウトコマンドと一緒にどこかに旅立ってしまっていた。

「まあ、そう考えると改めて調べてみるのも悪くはなさそうじゃな」

 ディアナのその言葉で、やっとマージンがほっと息を吐いた。



 そして、間もなく公立図書館にレック達は着いた。

「おっきいねー……」

 とは、公立図書館に初めて来たリリーの台詞。

 何度か来た事があるらしいマージンを除けば、他の仲間達の反応も似たようなものだった。


 無骨な石造建築のキングダム公立図書館は、キングダム大陸では珍しい六階建てで高さはなんと30メートル。しかも地下まであるという噂もある。面積の方も半端無く、建物だけで奥行き300m幅600mという広さを誇るキングダム最大の施設である。2番街区はこのためだけにあると言うプレイヤーすらいたほどだ。

 その蔵書数はというと、やはりこれも半端無く、マージンがさっき言ったとおり、優に一億冊を超えるという。勿論、そんなものを数えきれるプレイヤーがいるわけもなく(試みたクランはあるらしい)、これはイデア社の発表である。

 何故、そんなに蔵書が増えたのかというと、最大の理由は現実世界の本をイデア社の手が届く限り、ことごとく網羅したためである。対象となるジャンルも手当たり次第で、小説や漫画は勿論、あらゆる雑誌や論文、古文書や果ては石碑の類まで、片っ端から集められている。おまけに電子媒体しか存在しない書籍も、ここでは本という形で収められているため、余計に数が膨れ上がったのである。


 図書館の入り口には、警備の重武装重量型(ヘビータイプ)ゴーレムと一緒に何故か軍の兵士達が並んでいた。

 レック達が警戒していると案の定、兵士が一人、レック達に気づいて寄ってくる。逃げ出すのも間違えている気がするので、やむを得ずレック達も兵士に向かって歩いて行く。

「図書館に用事か?」

 素性を探ろうとでもいうのか、不躾に観察してくる兵士の視線にレック達はいくらかの不快感を覚えたが、数日前までのキングダムの状況を考えれば無理もないと我慢する。

「ダイナマイツサンダーが壊滅して、ここまで来れるようになったというから、どういう本があるのか見に来たんだ」

「ふむ……。まあ、いいだろう。俺達も別に利用者を追い返せと命令されてるわけじゃないからな」

 グランスの言葉に、ちょっと不機嫌そうに兵士は答えた。

「一応、公立施設だから、軍としても警備を置かざるを得なかったのは分かるんだが……いや、おまえらに愚痴っても仕方ない。入るならさっさと入れ」

 そう言われると、レック達にも何となく兵士の気持ちも分かった。警備と言っても、実際にはゴーレムがいれば図書館に害をなそうとする輩への対策は万全なわけで。兵士達がここにいる理由など無さそうだった。

 とは言え、いつまでも入り口にいても仕方ないので、レック達はさっさと図書館へと足を踏み入れた。途端に、ヒンヤリした空気にレック達は包まれる。カビ臭くはない。

「薄暗いんだね」

 とは、やはり図書館初体験のリリー。

「強い光は紙に良くないからのう」

「仮想現実でそれはないだろ……」

 知ったかぶりのディアナに突っ込むクライストだったが、

「いや、あるかも知れへんで?最近、無駄にリアリティに凝っとるみたいやしな」

 とマージンに言われ、「それもそうか」と納得する。

 そんなやりとりで足が止まっていた一行は、

「ほら、さっさと行くぞ」

 とグランスに促され、歩みを再開した。

 利用経験のあるマージンの案内で、一行はまずは司書カウンターへと向かった。兎にも角にも、司書に本の場所を教えて貰わなくては始まらない。

 司書カウンターに着くと、カウンターの裏に未整理の本が山と積まれている……なんて事は無く、すっきりと片付いているカウンターには数体の司書が座っていた。

 ちなみに、司書も勿論(メイド服装備の)ゴーレムである。NPCなどいない。

「本日はどのような本をお探しでしょうか?」

 グランスが最初にカウンターの前に立つと、司書は正面に立ったプレイヤーに合わせた言葉で、流暢にそう訊いてきた。

 露出の少なさと精巧なマスクにこの流暢な話し方が合わさると、とてもではないがゴーレムとは思えない。司書さんファンクラブが実在するというのも、あながちデマではないだろう。

 グランスはそう思いつつも、

「魔法、魔王、イデア社に関連する本を探して欲しい」

 仲間達とあらかじめ相談していた優先順位で、検索を依頼するが、

「お探しのジャンルのうち、イデア社関連の書籍は機密書類となっています。許可のない一般の方は閲覧頂く事が出来ません」

 司書はそう返してきた。

 予想通りの返事にグランスは、

「では、魔法と魔王に関連する本だけでいい」

 改めて探して欲しいジャンルを伝えた。

「かしこまりました」

 司書はそう答えると、手元に視線を落とし、カウンターの外からは見えないところで何かやっている。

 覗き込もうとすると、何故かカウンターに常備されているハリセンで吹っ飛ばされるため、ファンクラブですら確認できた者はいない。なので、彼女(?)たちがカウンターの影で何をやっているのかは、図書館七不思議の1つと言われていた。

「一般に公開されている魔法関連の資料は6階、西のA―257になります。魔王関連の資料は6階、西のA―114です」

 司書はそう言いながら、同じ事をメモした紙片をグランスへと差し出してくる。

「ああ、ありがとう」

 グランスが何となくお礼を言うと、

「仕事ですから、お気になさらずに」

 などと言うあたりも、ファンクラブが出来た一因なのかも知れない。

「じゃ、次はわいやな」

 と、マージンがカウンターの前に立つ。

「武器や防具の資料が見たいんや。近代兵器や銃器やない、中世風の剣や盾や鎧で頼むで」

 そう注文を出すと、「かしこまりました」と言って、司書は再びカウンターの中で何かを始めた。そして、

「お探しの本は、4階、東のB―753になります。銃器などの近代兵器の資料も同じ棚に収められていますので、興味があればご覧になって下さい」

 そう言いながら、グランスの時と同様に、検索結果をメモした紙片をマージンに渡してきた。

 それを受け取ったマージンは、

「とゆうわけで、わいは別行動させて貰うわ」

 そう言い残して、そそくさと奥へと消えていった。

 その後ろ姿を見送ったグランスが、

「じゃあ、俺達はあっちだな。別に全員で行動する必要もないだろうし、個人的に読みたい本や調べたい事があれば、また後で合流する事にしようと思うが……」

 そう言うと、クライストが手を挙げて、

「じゃ、俺は別行動させて貰うわ。ちょい、探したい本があるからな」

 と、別行動を宣言した。

 ちなみに、他のメンバーはグランスと一緒に6階、西のA-114へと向かう事にした。


 そして、仲間達が全員立ち去った司書カウンターで一人残されたクライストは、仲間達が十分離れたことを確認すると、

「……アダルティな写真集はどこか教えてくれ」

 カウンターから身を乗り出すようにして、小声で司書にそう尋ねた。

 一分後には、踊るような足取りで奥へと消えていくクライストの姿があったのは余談である。



「…………」

「…………」

「…………」

 司書に教えて貰った6階、西のA―114に着いたグランス達は、その棚から何冊かの本を取り出し、近くの閲覧スペースのテーブルで内容を確認して固まっていた。

「これは予想外じゃったのう……」

「そうだね~……」

「……ですね」

 ぱたりと本を閉じた女性陣からの無言の圧力に、グランスの額を冷や汗が流れ落ちる。

「確かに魔王について書かれている本ではあるがのう……」

「リアルの神話とかファンタジーの魔王じゃね~……」

 まあ、ディアナとリリーの言ったとおりである。

 要するに、ジ・アナザーに出現した魔王とは全く関係のない本ばかりであった。

 レックはというと、

(ごめん、グランス。擁護できないよ……)

 と、心の中で謝るのみであった。

「この調子では、A―257の方も期待できそうじゃな」

「そうだね。あたしも期待できると思う」

 ちくちくと女性陣によるグランスいびりは続く。ミネアは流石に参加していないが。

 助け船は出せないものの、せめて出来る事はということで、レックは仲間達が持ってきていた本を回収し、元の棚へと戻しに行った。

 ちなみに、A―257の棚も、黒魔術大全だのファンタジー魔法大全だのと、ジ・アナザーの魔法と全く関係のない本ばかりで、グランスはすっかり小さくなってしまっていた。



 そしてその日の午後。

 午前中のグランスの失敗で、仲間達は今日は自由行動と相成った。

 グランスは責任を感じたのか、訊き方を変えて司書に別の棚を教えて貰っていた。それにミネアが同行していたのは、言うまでもないかも知れない。

 クライストは午前中と同じエリアに人知れず潜り込み、グラビア写真だのなんだの――図書館は中世風なのに何故かあった――を堪能していた。

 マージンは午前中と同じように、鍛冶で作れそうな武器防具を調べるべく、資料を読みふけっていたし、ディアナは料理本のコーナーを見つけ出し、新しいレシピの習得に余念が無く、リリーは漫画コーナーを訪れてみていた。

 レックも棚の間で久しぶりの漫画を堪能していたが、こちらは少年漫画ということで、リリーのいる少女漫画の棚とは結構離れていたりする。

(にしても、漫画まであるって……世界観ぶち壊しだよ)

 ちらほらそんな事を考えながらも、久しぶりに漫画を読む手は、懐かしさも手伝って止まらない。

 気がつけば、日もだいぶ傾いていた。

(あ、そろそろ集合の時間かな)

 渋々と読んでいた漫画を棚に戻そうとして、水が一滴、漫画の表紙に落ちた。

「あれ……?」

 雨漏りでもしているのかと、天井を見上げるが、当然そんな事はない。

 目の錯覚だったかと思い、もう一度漫画の表紙を見ると確かに水滴が付いている。そして、目の前でもう一滴。

 そこでレックはやっと気づいた。

 それが自分の涙だという事に。

「あれ……?何で、僕、泣いてるんだ?」

 その理由が分からない。

 ただ、泣いている事を自覚したその時から、胸の奥に言いようのない感覚と不安とが渦巻き始めていた。

 戻そうとしていた漫画を抱え込むようにして、レックは(うずくま)る。

 その漫画は、レックでプレイしている張田恭平がリアルで集めていた漫画だった。

 ……どれくらいそうしていたかは分からない。

 個人端末がクランチャットの着信を伝えてくるアラームで気がつくと、既に外は暗くなっていた。

 涙も止まっている。

 ただ、胸の奥のもやもやは完全には消えていなかった。

 クランチャットを確認すると、案の定、仲間達からの呼び出しだった。既に他のみんなは集まっているらしい。

 レックは服の袖で軽く顔を拭き、抱えていた漫画を棚に戻すと、急いで図書館の出口へと走っていった。



 その日の微妙に気まずい夕食後(仲間達はレックが泣いていたらしい事をうすうす察していた)。

「成果は一応あったんだがな……」

 いつも通り、宿の男性部屋に集まった仲間達の前で、グランスが話し始める。

「ジ・アナザーの魔法について書かれた本は確かに見つかったんだが……」

 ただし、やたらと歯切れが悪い。事情を知っているミネアも何やら居心地が悪そうだった。

「ジ・アナザーのマニュアルだった……」

 その言葉を聞いて、仲間達はなるほどと納得するよりも、ショックを受けていた。

 何しろマニュアルである。本来、ヘルプ機能があろうが無かろうが、誰もが真っ先に読んでいないといけないはずの物である。ショックも受ける。そもそもマニュアルの存在自体、気にかけた事すらなかったのでショックも倍だったりする。

 それでもショックを受けっぱなしでいるわけにもいかないと、仲間達は気を取り直してグランスの説明を聞く事にした。

 で、グランスの言葉を要約すると以下のようになった。


 魔法を覚える方法は、いくつかあるが代表的なのは祭壇での習得。他にも方法はあるが、いずれも難易度が極めて高いらしい。

 次に、魔法を使うには魔力が必要。ただし、個人の保有する魔力の最大量は非常に成長させづらいらしい。また、魔力が十分にあっても、使い方が下手だと無駄に疲労困憊する事もあるとか。

 属性というものもあるらしいが、説明がかなり充実していたらしく、ちょっと長い。

 地・水・火・風の基本四属性に氷・雷の二つと、さらに光・闇の二つを加えた八属性がジ・アナザーの魔法属性とされる。プレイヤーの持つ属性と正反対の属性を持つ魔法は覚えられないか、覚えられても使う事は出来ない。逆に、プレイヤーと同じ属性の魔法は効率よく使えるとか。正反対の属性の組み合わせは素直に、火と水、風と地、氷と雷、光と闇にあたる。

 ちなみに基本四属性には強弱もあって、風は火に強く、火は水に勝る。水は地に強く、地は風に勝る。絶対ではないものの、基本的にそんな関係があるらしい。

 あと、各属性を司る精霊もいるらしいが……グランスが見つけた本には詳しくは書かれていなかった。


 その説明を一通り聞いたディアナが一言。

「普通じゃな」

 一刀両断である。とは言え、

「じゃが、属性があるとなると、全員が同じように魔法を使えるようになるとは限らんのう」

 と、ディアナは唸った。

「あたし達が治癒魔法を使えないのも関係あるのかな?」

 リリーが首をかしげるが、

「関係あるかも知れねぇけどな。治癒魔法の属性も俺達の属性もさっぱり分からねぇから何とも言えねぇんじゃねぇか?」

 とクライストが言う。

 誰にも反論できないその言葉に、ディアナが、

「とりあえず、他の資料がないかどうか、調べるしかあるまいな。明日からは私も手伝うとしようかのう」

「ああ、そうしてくれると助かるが……マージン、どうした?」

 グランスがふと気がつくと、マージンが何やら首をかしげていた。

「あ、いやな。立ち入り禁止区域はどうなったんやろ思てな」

「立ち入り禁止区域?なんだそれ?」

 マージンの言葉に、クライストが首をかしげる。その様子を見たマージンは説明を始めた。

「前に公立図書館に来たときには、立ち入り禁止区域ゆうのがあったんや。一般プレイヤー立ち入り禁止。ゴーレムに訊いてみたら、そのうち解放されますとか言うとったけど……今、それ思い出したんや」

 その言葉を聞いてディアナとクライスト、リリーが唸った。

「そのうち、か。他のMMOならアップデートやイベントで解放されるパターンだな」

「だよね。どうなってるか見てみたいね」

「うむ。もしかしたら、何か見つかるやも知れんのう」

 三人の言葉にグランスは一つ頷くと、

「マージン、その場所は覚えているのか?」

「いんや。残念ながら覚えとらん。ゴーレムに訊いた方が早いと思うで」

 そんな返事であったが、とりあえず、明日はそれを探してみるという事で話は決まった。



 その翌日。

 再び図書館にやってきた一行は、立ち入り禁止になっていた場所へ向かった。場所の方は、司書に訊いたところあっさりと教えて貰えたので、仲間達は揃って拍子抜けしたほどである。

 ちなみにマージンは、鍛冶や細工で使う各種道具の解説本を読みふけるために今日も別行動。面白そうな発見があったら見に行くなどと、探す苦労を人に押し付ける発言をしていたが、その代わりに武器や防具の修理や製造のノウハウの勉強をするのだから、誰も文句はなかった。

 あと、レックは今日も様子がおかしかったので、落ち着くまで別行動となった。いつまでも元気にならないようなら兎に角、しばらくはそっとしておこうというわけである。――それでいいのかどうかは、誰にも分からなかったが。



 グランス達が司書に教えて貰ったのは、地下書庫だった。廊下の奥まったところにあった扉には、裏返された札がぶら下げられていて、リリーがひっくり返してみると、『立ち入り禁止』と書かれた文字が二重線で消されていた。

「随分暗いな……」

 階段を下りながらクライストが呟くと、

「確かに暗いがのう。まあ、文字は読めるじゃろう」

 その前を歩いていたディアナがそう答えた。

 そもそも地下という事で、壁際に取り付けられたランプ以外の光源がない。真っ暗ではないだけマシというものだった。

「どうやら着いたみたいだぞ」

 先頭を歩いていたグランスはいつの間にか階段を下り終えていて、その正面には扉があった。

「そっちの廊下は何だと思う?」

 クライストが顎で差した先、扉の左側にはどこかへと続く廊下が延びていた。ただし、立ち入り禁止を示すかのようにロープが張ってある上に、強行突破を防ぐためか、重量型ゴーレムがデデンと居座っていた。

「図書館なのじゃから、書庫じゃろうな。そのうち解放されるのではないかのう?」

 ゴーレムの横から覗き込みながら、ディアナが答える。幸い、覗き込む程度ならゴーレムは身動き一つしなかった。

「何か、扉がいくつも見えるけど……全部書庫なの、かな?」

 リリーのその言葉に仲間達が目をこらすと、確かに廊下の壁の片側に扉が並んでいるのが見て取れた。

 しばらく皆で扉をじーっと見ていたが、不毛だと感じたグランスは咳払いをすると、

「まあ、無理に押し入るわけにもいかないしな。今はここに入る事にしよう」

 そう言って、正面にあった扉を開けた。しかし、

「なんじゃ、ほとんど空ではないか」

 グランスに遅れて部屋に入り込んだディアナの言うとおり、物置程度の広さしかないその部屋には、ほとんど本はなかった。

 図書館らしく本棚はあるものの、1つだけ。しかも、ほとんどの棚は空っぽで、大人の腰の高さくらいにある棚に十数冊程度、本があるだけだった。

 一応、入ってすぐのところにテーブルと燭台が用意されていて、廊下よりは明るいのが救いだろうか。

 とりあえず、ディアナは棚から一冊本を取り出し、ぱらぱらと捲ってみる。

「……なんじゃ、これは」

 そして思わずそう口にする。

「読めないね」

 横から覗き込んだリリーが、そこに書かれている文字を見て、残念そうな顔をする。

「……ルーン文字、ですね」

「ルーン文字?言われてみれば、そんな気もするな」

 唖然としたミネアの言葉に、クライストは何か思い出したようにそう言った。

 とりあえず、グランスは他の本も何冊か取り出して、テーブルの上に開いて並べてみた。

「……全部ルーン文字、なのか?」

 呆然とグランスが呟くが、やむを得まい。

 ルーン文字など誰も読めないのだから。おまけに、文字が読めたところで、何が書かれているか理解できるかどうかは別である。

「コンピュータが使えないのは痛ぇな」

 とクライストが言ったように、リアルであれば、例えルーン文字であろうともコンピュータに読み込ませれば、あっという間に翻訳してくれていたはずである。が、今のグランス達には無理な話であった。

「一応、上には辞書などもあるはずじゃが……訳してみるかの?」

 ディアナがそう呟くも、簡単に決める事は出来ない。

 とても役に立つ情報が書かれているなら兎に角、そうでないなら相当な時間の無駄になるのは間違いないからだ。

 しかし、仲間達が頭を悩ましていると、

「あれ?これだけ日本語で書いてあるよ?」

 と、本棚から別の本を次々と取り出して開いていたリリーが、そのうちの一冊をテーブルの上に持ってきた。

 とりあえず、ルーン文字で書かれている本を全部閉じて空けたスペースに、リリーが持ってきた本を置く。

「ふむ。確かに日本語じゃのう……」

「これなら読めますね」

「……違和感ありまくりだけどな」

 最後のクライストのツッコミはスルーされた。

「まあ、順番に見ていこうか」

 生憎と、部屋には椅子は3つしか無かったので、女性陣がそれに座り、真ん中のディアナがページを繰る事になった。グランスとクライストは立って後ろから覗き込む形で、彼らはその本を読み始めた。



 その頃、マージンは閲覧スペースに広げた何冊もの資料と格闘していた。

「むぅ。あと一週間くらいは通わんとあかんかも……」

 ……孤独な戦いはまだまだ続きそうである。



 そして、レックはと言うと、今日は漫画コーナーではなく、コンピュータの技術書の棚にやってきていた。理由は特にない。敢えて言うなら、多少興味があったから無意識のうちに、だろう。

 適当に本を取り出しては、ぱらぱらと捲る。

 何かをしていないと落ち着かないが、何かに集中するには気もそぞろなので、文字を目で追っていても頭にはほとんど入ってはいない。レック本人もそのことは理解していて、ややこしすぎる本はさっと目を通すだけで、すぐに片付けていた。

 本当は、みんなの手伝いでもするべきだと思っていても、こんな状態じゃ役には立ちそうにないと自嘲しながら、次々と本をとっかえひっかえ開いていく。

 その頭の中では、

(……まあ、明日には落ち着くと思うけど)

 とか、

(……ああ、みんなには気を遣わせちゃったな。明日少し謝っておこう、かな)

 などと考えている。

 そんなこんなで、ある本を開いたときの事だった。

 ふと、ある単語が目にとまる。

 すなわち、「回線遅延」。

 その言葉が妙に気になり、さっきまでの憂鬱とも言える気分はどこへやら、レックはその本を手に閲覧スペースへと場所を移し、腰を据えてその本『ネットワーク入門』を読み始めた。


「なんだこれ……。いや、でも……」

 読み始めてすぐに何が気になったのか理解し、そして混乱しそうになり、無理矢理落ち着こうとして失敗する。

「ジ・アナザーで使ってるBPも、ネットワークを介してイデア社のサーバーに繋がってるだけ、のはずなんだよね?」

 という事は、ネットワークを通じてデータをやりとりしているわけで、その分、どうしても回線遅延が発生するはずだった。理論上、どうやっても数十ミリ~数百ミリ秒単位で発生するはずのそれを、レックはジ・アナザーで感じた事はない。

 ジ・アナザーがあまりにも滑らかに動くので完全に忘れ去っていたが――どころか、誰一人気づいていないようだが――BPを利用した他の最新ネットゲームですら、回線遅延によるもたつきを感じる事がある。なのに、ジ・アナザーにはそれがない。

 その事をはっきり認識した瞬間、レックはとてつもなく嫌な予感に襲われた。

 自分の肩を抱きかかえ、知らず知らずのうちに震え始める。

 ……今すぐ、仲間と合流したかった。

 一人は……あまりにも不安だった。

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