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ジ・アナザー  作者: sularis
第三章 キングダムと公立図書館
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第三章 第九話 ~再潜入と黒い影~

 5番街区でちょっとした掃討戦があった翌日。

 朝早くにキングダムからほど近い牢獄の町ジェイル(そのまんまの名称である)からやってきた兵士達に、昨夜の戦闘で拘束したダイナマイツサンダーのメンバーを引き渡したフレッドは、キングダム支部をまとめるホエール中将に呼び出されていた。


「昨夜は大変だったみたいだね」

 中将の執務室に置かれた机に肘を突いたホエールの黒い瞳に見つめられ、

「はっ!久しぶりの大捕物でありました!」

 フレッドは背筋をびしっと伸ばす。

「グスタフも仕留めたとか。これでダイナマイツサンダーの勢力がまた少し弱くなるね」

 報告書をぴらりぴらりと捲りながら、ホエールが言う。

 報告書が既にホエールの手元に渡っている時点で、フレッドがここに来る理由など無く、正直、何故自分が呼ばれたのか、フレッドには心当たりがなかった。

「しかし、地下通路も問題だが、佐官以上の人間が誰もいなかったというのも問題だね」

 中肉中背黒髪黒目。どこから見ても平均的な日本人そのもののホエール中将は、こう見えても銀竜騎団所属の切れ者だった。それだけに、部下達の怠慢には――それが問題を引き起こした時には特に――厳しく当たる。

 今も、夜になって佐官が誰もいなかったという状況に、明らかに腹を立てているのが、フレッドには容易に見て取れた。もっとも、自分には関係ない事だと分かっていたので、特に慌てる事も怯える事もない。

「まあ、そちらの方は後でしっかりと対処しようか。君への用件は別にあるんだよ」

 そう言うと、報告書をぱたりと閉じて、ホエールはフレッドの目を見つめた。

「はっ!」

 改めて姿勢を正す……と言っても、これ以上正しようがないのだが。

「さて、君への用件は、しばらく別の任務を頼みたいという事なんだ。例の地下通路とやら、出入り口は5番街区だけじゃないと思ってるんだろう?」

「はっ!他にもあって然るべきと」

「その考えには僕も賛成だ。君の新しい任務というのもそれに関係している。というか、それそのものだ」

 この時点で、ホエールが何を言おうとしているか、フレッドには大体分かったが、口を挟む必要もない。

「地下通路の出入り口の探索を君にやって欲しい。やり方は任せる。必要な資金、部下はある程度までは融通しよう。質問は?」

 やり方を任せると言われ、効率のいい出入り口の探し方を考えたフレッドの脳裏に、蒼い月のメンバーの顔が思い浮かんだ。

「外部の人間を使う事は可能でしょうか?」

「ん?ああ、なるほどね。いいよ、許可しよう」

 フレッドの質問の意図を正確に理解し、ホエールはそう答えた。

「はっ!では、速やかに準備に取りかかります」

「ああ、よろしく頼むよ」

 ホエールがそう言うと、フレッドはびしっと敬礼をして部屋を出て行った。

「さて、それとは別にダイナマイツサンダーへの対処も必要だよね」

 フレッドを見送った後、ホエールは次に起きそうな問題へと思考を切り替えた。


 昨夜の戦果は報告書を読んで知っている。そこには、フレッドにも言ったように、グスタフの殺害という思いがけない成果が書かれていた。これによって、ダイナマイツサンダーの勢力は確実に弱体化するはずだった。しかし、ホエールは別の事も考えていた。

 ダイナマイツサンダー首領のグレンは、気に入った人間をかなり大事にする。そして、グスタフとシャイツという、ダイナマイツサンダーのリーダー格の残り二人は、グレンのお気に入りのはずだった。

 ということは、グスタフが殺害された――とは知らないので、捕縛されたと思っているかも知れないグレンが、ダイナマイツサンダーを率いて攻めてくる可能性があった。


「問題は地下から来るかどうかだけど……」

 正直、その可能性は低いと踏んでいた。あちらにはそれなりに頭が回るシャイツがいる。昨日と同じ失敗を繰り返すとは考えにくかった。だからこそ、さっきのフレッドの提案を飲んだのだが……

「罠くらいは仕掛けられているかも知れないよね」

 だが、それならそれで、地下と地上で敵戦力の分散が期待できる。注意を促す事はあっても、止める理由はどこにもなかった。もっとも、冒険者を雇うのなら注意を促す必要もないだろうが。

「となると、やはり地上……橋から攻めてくるかな」

 それも、グレンの気の短さから考えて、今日と見た。

「佐官達の処分は後回しにして、兵力を集めて移動させないとね」

 そう決断すると、部屋の外に待機していた兵士を呼んで、命令を伝える。


 軍が3番街区を攻めないのは、攻めるのはリスクが大きいからだ。相手の街区に罠が仕掛けられていたり、待ち伏せをされれば、それだけ簡単に兵に被害が及ぶ。しかし、守るだけならその心配はない。むしろ、装備や兵士の練度を考えれば、攻めてきたチンピラ達相手なら圧倒的に有利だとすら言える。だから、大した被害もなくダイナマイツサンダーを追い返すなり、壊滅させるなり出来るはず。

 ――このとき、ホエールはそう考えていた。



「と言うわけで、4~6番街区の地下通路を探索し、地上への出入り口を全て見つけ出す作業の手伝いをお願いしたい。勿論、報酬も出す」

 宿の食堂で朝食も済ませ、ノンビリしながら次の予定を話し合おうとしていたレック達のところにやってきたフレッドは、事情を簡単に説明してから、そう要請してきた。

 レック達が断りづらいことを分かって言ったのかは分からないが、地下通路の件では少々後ろめたいレック達としては、勿論断るという選択肢などあるはずもない。フレッドが提示してきた報酬はそれなりの額だったのが、せめてもの救いだろうか。


「で、どういう手順で進めるんだ?」

 5番街区の地下通路出入り口――既に軍の見張りも立てられ、ついでに出入りしやすいように地面を掘ったりして少しだけ拡張されていた――の前に集まっていたフレッドとその部下数名に、クライストがそう訊いた。

「ダンジョンのマッピングと同じ要領だな。まずは君たちに貰ったマップの空きを埋める形で、最上層から徹底的に調べていきたい。一応、ダイナマイツサンダーの襲撃も警戒しなくてはならないし、全員で行動する予定だ」

「なるほど。で、戦闘はどうするのか聞かせて貰えないか?」

 と、グランス。

「ああ、そうだな。一応、主戦力としては君たちに頼ろうと思っている。狭い空間で大人数で動くのは無謀だと思って、こちらはこれだけしか連れてきていないしな」

 そう、フレッドは後ろに視線をやりながら、

「なので、こちらは何かあった時の保険程度に考えていてくれていい。……他に質問は?」

「優先的に探索したいエリアはないんか?」

「そうだな、やはりダイナマイツサンダーの支配街区に近い4番街区からやっていって貰いたい」

 マージンの質問に答え、再び他に質問はないかとフレッドが蒼い月の面々を見回したが、今度は特に質問も出てこなかった。

「では、入ろうか」

 そのフレッドの合図で、蒼い月と軍の合同調査隊は地下通路へと潜っていったのだった。



 昼前。

 2番街区のダイナマイツサンダーのアジトでは、グレンの号令の元、所属するプレイヤー達がかり集められていた。その数、300人超。

「いいか、てめえら!いい加減大陸会議だの軍だのといった連中になめられるんじゃねえ!食い物も女も全部あいつらに持ってかれ、仲間まで次々と捕まえてくれてやがる連中を叩きのめし、俺達の物を奪い返すぞ!!」

 思い思いの得物を手に集まった構成員達を前に、アジトの3階から檄を飛ばすグレン。


 とは言え、集まった構成員の中には、4番街区に攻め込む事にあまり乗り気でない者も多かった。

 何しろ、軍は容赦がない。元々、ダイナマイツサンダーの方がPKに手を染めていたので、軍としても手加減する余裕がなく――つまりは自業自得なのだが――要するに軍と戦闘になれば、自分たちが死んでしまうかも知れないという恐怖は、無視できるものではなかった。

 無論、そんな事を周りに悟られたら、軍に殺される前に仲間に殺されかねないので、形だけでも周りにあわせて気勢を上げる。だが、そんな事をしてるうちに、雰囲気に飲まれ、何となくこの数なら大丈夫、勝てると思い込み始める構成員も多かった。


「これだけいれば、グスタフも取り戻せるな」

 アジトのテラスから、目の前に集まって気勢を上げる手下共を見下ろし、自信満々に頷くグレン。


 早朝に地下通路からアジトまで戻ってきた後、ダイナマイツサンダー全員にアジトまで集まるように命令し、仮眠を取っていた。そして先ほど、シャイツに手下共が集まったと起こされたのだった。

 そのシャイツはと言うと、集まった手下から2~30人ほど見繕い、地下通路を封鎖するとの事。後ろから攻められては面白くないというシャイツの説得にグレンも納得し、そちらはシャイツに任せる事にしていた。どうせ、また腹黒い事を考えているのだろうが、いつもの事なので気にする事もない。


「じゃ、俺もそろそろ行くぜ。ただ、引き時は間違うなよ?」

 そう言って部屋を出て行こうとしているシャイツを、

「ハッ!軍のクソ共に負けるかよ!」

 そんな言葉で見送ったグレンは、部屋の隅に立てかけてあった長い鉄パイプ――ではなく、鉄の棍を手に取った。長さ2m、重量20kgにもなるこれは、大抵の相手なら武器や防具もろともに吹っ飛ばせるだけの威力がある。いろいろ殴りすぎて多少歪んでいるのは、ご愛敬といったところだ。

 部屋の中なので棍を振り回すのは少しに留め、手応えを確かめると、グレンもアジトを出た。アジトの前に集まっていた手下共に改めて活を入れると、先頭に立ち、クックキー中央大橋を目指す。

 既に軍が待ち構えている可能性もシャイツに指摘されていたが、軍を叩きのめし、グスタフを奪い返すことしか考えていないグレンには、むしろ好都合というものだった。

 だからだろうか。空を横切った黒い影には結局気づく事はなかった。気づいていたとしても、その辺中にいるカラスだと思っていたかも知れないが。



 ダイナマイツサンダーがクックキー中央大橋へと向かっている頃、既にその橋の4番街区側の袂には軍の部隊が展開を終えようとしていた。その規模、実に1000人。キングダムに配備されている兵力の半分以上が投入されている。

 これだけの兵力が待ち構えていると知っていれば、ダイナマイツサンダーの下っ端達は最初から戦意を喪失し逃げ出していたかも知れない。しかし、そんな事は露ほども知らないのでは、逃げ出しようもない。

「予定通り、全軍配置につきました」

 部下からの報告が聞こえた証拠に、ホエールは軽く頷いた。そして、周囲に集まってきていた各隊長達に向かって、最後の作戦の確認を行う。ここに着く前に作戦の打ち合わせは全て済ませているので、本当にホエールによる確認だけだった。

「最初、相手に姿を見せるのは10部隊200人程度だよ。少なすぎては罠を疑われるし、多すぎては敵が逃げちゃうからね。

 それで敵を十分弓の射程内にまで引きつけたら、弓隊が出て相手の頭の上から矢の雨を降らせる。それで相手が退いてくれたら良し。退いてくれなかったら、全部隊でもって迎え撃つ。いいね」

 ホエールの言葉に全員が頷く。その様子に、どの部隊がどの役割を果たすかは改めて確認するまでもないと思ったホエールは、

「それじゃ、後はよろしく。……ああ、グレンが出てきたら教えて欲しい。あいつばかりは、僕じゃないと相手できないと思うから」

 その言葉に隊長達は頷くと、各々敬礼をして自分の指揮する隊へと戻っていった。

 その彼らを見送ったホエールは、自らの武器であるアバターには似合わない大きさの太刀を肩に担ぎ、兵士達の向こうに見えるクックキー中央大橋を眺めていた。

 そんなホエール中将の下、軍はダイナマイツサンダーが来るのを今か今かと待ち構えていた。



 同時刻。4番街区地下通路第一層。

 一カ所目の出入り口を見つけ、ついでに食事休憩を済ませた蒼い月と軍の合同調査隊は、探索を再開していた。

 行けども行けども、通路はある。左右に時々部屋もある。その部屋には机や椅子、あるいは樽や木箱が転がってる事もある。でも、めぼしい物は何にもないし、エネミーすら出てこない。

 レック達からあらかじめ聞かされてはいたが、あまりにも何にもない事に、ついついフレッドは、

「本当に何にもないんだな」

 そう呟いていた。


 『魔王降臨』という事件のせいで軍人みたいなことをやってはいるが、軍に所属しているプレイヤーも大半は元々冒険者としてプレイしていたのである。だからこそ、久しぶりに冒険っぽいことが出来ると、フレッドも兵士達もどこかでわくわくしていたのだが……その期待は見事に裏切られていた。せめて、命の危険が殆ど無い事を慰めとするべきかどうかといったところである。


「5番と6番の地下もあるから、第一層だけでもあと数日かかるかもな。……まあ、飽きるのも分かるんだけどな」

 やれやれといった案配で、クライスト。

 そこにマッピング担当のミネアが、

「わたしの見立てでは……4番街区の分だけでもまだ半分も終わっていません」

 作成途中の地図をランタンで照らしながら、そう告げる。

「まあ、通路が網の目状に走ってないだけマシか。部屋がやたらと多いけどな」

「その部屋をいちいち確認する手間も考えてくれ……」

 兵士達も雑談に参加してきたが、全員もれなく小声である。

 ダイナマイツサンダーの待ち伏せの可能性も否定できないため、あまり大きな声は出せないのだった。明かりに関しては、無いと何も見えないため、ある程度諦めざるを得なかったが。


 そんなこんなで、探索を進めているときのことだった。

「……あれ?」

 そう呟いたのは、最前列のすぐ後ろを歩いていたリリーだった。

 どうかしたのかと仲間達が彼女を見ると――リリーより前を歩いていたグランスとクライストしか見る事が出来なかったその視線は、通路の前方……ランタンの明かりも届かない闇の中を直視していた。

 その視線を追うように、自然とグランスとクライストも正面の闇を見据えるが、当然何も見えない。

「どうかした?」

「え?どうかしたって……あれ、見えないの?」

 レックに訊かれ、リリーが指さしたのはやはり正面の闇の中。

「……何も見えないけど、みんなは?」

「私も何も見えんのう」

「俺も見えねぇな」

「わたしも見えません……」

 そう答えたのは蒼い月のメンバーだけだったが、少し後ろを歩いていたフレッドや兵士達にも何も見えていなかった。

「リリーにしか見えていないとしてや。何が見えとるんや?」

 仲間達が首を捻る中、リリーにそう訊いたのは、やはり目をこすって正面の闇の向こうを見ようとしていたマージンだった。

「えっと……女の子……かな?遠くて良く分かんない」

 そう答えたリリーは、幽霊でも見えてるんじゃないかと不安げな表情になっていた。

 もっとも、そうは考えなかった仲間もいたわけで、

「何かのクエストかのう?」

 ディアナがぼそりと呟いた。

「一部のプレイヤーにしか見えないキャラなんて、いたっけ?」

「いや、そもそもジ・アナザー(ここ)にはNPCがいないはずだが?」

 ああでもないこうでもないと、ぼそぼそ議論が続く。

 しかし、今問題なのは、

「とりあえず、近づいて確認してみるか?」

 ということだった。

「いいのか?」

 グランスが確認すると、提案した本人であるフレッドは頷いて、

「出入り口の調査もだが、訳の分からないものがいるなら、ついでに調べておくべきだからな」

 そう言うとにやりと笑い、

「という建前はさておき、面白そうじゃないか」

「……なるほど。言えてるな」

 グランスもにやりと笑い返すと、

「それじゃ、リリー。案内を頼めるか?

 あと、陣形を少し変えるぞ。マージンと俺が先頭に立つ。レックはリリーを護衛。クライストはディアナ、ミネアと一緒に後衛を頼む。フレッド達は殿で、後ろの警戒を頼む」

 その指示に従って、素早く陣形を組み替えると、一行はリリーにしか見えていない女の子の元へと向かった。

 しかし、歩き始めてすぐに、

「あ……」

 リリーが小さな声を上げた。

「どうした?」

「女の子、歩き出した」

「見失いそうか?」

「角曲がったりしたら分かんないけど……」

「まあ、見失うまで追いかけてみるか」


 しかし、実際にはリリーにしか見えない女の子らしき人影を見失う事はなかった。あたかも一行はその女の子に誘われるように進んでいた。途中、いくつか階段を下りて、結局第四層にまで降りてきた時には、

「最下層まで行ったりしてな」

 などと、クライストが軽口を叩いたりもした。


「ここ、3番街区への通路じゃ……?」

 そう気づいたのはレックだった。

 地図を見ながら進んできていたミネアも、それを肯定する。

「まさか、ダイナマイツサンダーの罠、とか?」

 それを否定したのは、フレッドだった。

「あり得ないな。そもそも連中のところには、女の子と呼べるようなアバターのプレイヤーはいないはずだ。女性プレイヤー自体少ないしな」

「何で?」

「……女の子がいる前では言えないな。察してくれ」

 その言葉の意味をしばし考えていたレックだったが、すぐに思い当たったらしく、気まずそうな表情になった。

 その時だった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 突然聞こえてきた悲鳴に、緊張が走り、全員が武器を構える。

「今の悲鳴はどこからだ?」

 それでも誰も冷静さを失わなかったのは、悲鳴が遠かった事からだろう。だが、そうしている間も悲鳴は続いていた。

「正面……2番街区側からだな」

 クライストの言葉に、まだ方向を特定できていなかった何名かも耳を澄まし、その通りだと確認する。

「何があったんでしょうか……」

「碌でもない事と言うのは確かじゃな」

 怯えているミネアに、ディアナがそう答え、

「え?あれ?」

「リリー、どうかした?」

「女の子も、2番街区の方を見て、それから消えちゃった……」

 リリーのその言葉に、しかし残念だと思った者はこの場にはいなかった。

「とりあえず、リリーにしか見えてなかったその人影の事は後回しだ。まずは、悲鳴の正体を突き止めるべきだろう」

「ああ。ただ、こっちの兵は何人か支部への連絡に回したい。戦いになった場合、そっちに頼り切る事になるが、構わないか?」

「逃げる選択肢が残ってるならな」

 蒼い月と兵士達のリーダー格のグランスとフレッドはそう話し合って、手早く次の行動を決めた。

「よし、おまえ達は戻って、支部にさっきの出入り口とこの悲鳴についての報告をしてこい。俺はこっちに同行する」

 そんなフレッドの指示に従い、速やかに元来た道を戻っていく兵士達。

 そしてレック達は、

「ここからは慎重に行く。マッピングは中止。ランタンも、ディアナとリリーの分だけで行くぞ」

 というグランスの言葉で、緊張をはらんだまま、前進を再開した。

 それから一分と経たないうちに、

「悲鳴、聞こえなくなったな……」

 ぼそりと呟いたのはクライストだった。

「どういうことかは、あまり考えたくないのう……」

 そう言ったディアナの横では、暗くて顔色は見えないものの、ミネアが真っ青になっているに違いなかった。

 何しろ、悲鳴が聞こえなくなったという事は、悲鳴を上げていたプレイヤーが全滅した可能性が高いからだ。そして、さっきまで聞こえてきたあの悲鳴は驚いたとかそういうモノではないと、みんな確信していた。

「とりあえず、警戒だけは怠るな。悲鳴を上げたプレイヤーを襲っていた何かが、こっちに来る可能性もある」

 皆、無言でグランスの言葉に頷き、前進を続けようとした。が、

「どこに行けばいいか、分かる?」

 レックのその言葉で、足が止まった。

 悲鳴のする方に進もうとしていたわけだから、悲鳴が途絶えてしまった今では、どう進むべきなのか分からなくなっていた。もっとも、曲がり角にでも着けば、全員が気づいただろう。

「確かにな。……こう言っては何だが、悲鳴を上げていたプレイヤーを助けるという目的なら、おそらく手遅れだ。何があったのかを調べるなら行く意味はあるが……」

 という雇い主のフレッドの言葉に、

「だが、見つける事が出来る保証はない、か」

 グランスも唸る。そこにマージンが、

「多分やけど、3番街区の出口目指したら、途中で見つけられるかも知れへんで」

「どういう事だ?」

「推測やけどな。地下通路に一般人が入り込んどる可能性は相当低いやろ。なら、他に入り込んどるのはダイナマイツサンダーの連中やと思うんや。そんで、連中が入り込む理由ゆうたら……」

「4番街区を目指していた可能性は高いな。あるいは、こちらからの侵入に備えていたか」

 そう、グランスは頷いた。

 一方、フレッドは別の疑問をマージンにぶつけた。

「逆の街区を目指していた可能性はないのか?」

「あらへんやろ。それやったら、第一層から直接行けばええ。悲鳴が聞こえたゆうことは、わいらにそれなりに近かったはずや。第一層ってのは考えられへん」

 それでフレッドも納得し、引き下がる。

「なら、3番街区の出口を目指そう。ただし、場合によっては引き返して撤退する事もあり得る。最大限警戒しながら進むぞ」

 そのグランスの言葉で、やっと一行は前進を再開した。


 そして、そろそろ進む事30分。

 3番街区第三層に入ってまもなくだった。

「この臭いって……」

 リリーの言葉に、ディアナとレックが頷いた。

「血の臭い、じゃな」

 まだ微かに臭うだけだったが、間違いようもない。殺したエネミーのそれを嗅ぎ慣れているのだ。そして、大半のエネミーのそれとプレイヤーのそれが同じである事を、フレッドを除く全員が知っていた。……フレッドも別の理由でプレイヤーの血の臭いくらいは知っているのだが。

 とりあえず、リリーたちの言葉で一行は足を止めた。

「この先に何があるのか、大体分かった気がするけどな。覚悟だけはしといた方が良さそうだよな」

 クライストがそう言うと、

「そうだね」

「……うむ」

 多少間が開いたものの、仲間達は次々に賛成した。

 何があったのかを調べておいた方がいいが、ここで集団を2つに悪のもイヤな予感がする。なら、苦手であろうともスプラッタな場面をあらかじめ覚悟しておくしかなかった。

 もっとも、その覚悟はどれだけ意味があったのか。


「暗すぎてよく分からないが、かなりの人数のようだな」

「そやな」

 現場に着いてまず、前衛を務めるグランスとマージンが、そんな感想を漏らす。

「明かりは増やさない方がいいか?」

「まじまじ見る羽目になりたくないよね」

 これはクライストとレック。

 ミネアとリリーはあまりの血の臭いに、言葉もない。

 とは言え、状況を調べるためにももう少し明かりが必要だった。

 マージンがランタンを取り出し、その明かりが後ろに漏れないようにしながら、グランスとマージンの二人は足下に転がる死体の検分を始めた。

「……この服装、やっぱ、ダイナマイツサンダーみたいやな」

「そうだな……しかし、この傷は……凶獣なんかの爪でやられた感じに似ているな」

「やな。……防具は一応効果あったみたいやで」

「何?……ああ、確かにな」

「しかし、意外にきれいなままやな」

「……もっと酷かったら、俺は吐いてるぞ」

 だんだん会話が生々しくなってきて、すぐ後ろで警戒に当たっていたクライストとレックも死体の様子を想像してしまい、徐々に気分が悪くなってきていた。せめて、何であの二人は死体の検分を冷静に出来るのかとかなどと、関係ない事を考えて気を逸らすので必死であったが、効果は殆ど無かった。

「二人とも、その辺にしておかぬと、後ろが吐く事になりそうじゃぞ」

 とディアナが止めなければ、ミネアとリリーあたりは本当に吐く寸前だった。

 ちなみに、フレッドはまだまだ余裕がありそうだった。


 とりあえず死体の検分はほどほどにして、さっさと現場を通り抜けた一行は、第二層に上がってやっと一息つく事が出来た。途中、うっかり死体を踏んだレックがパニックを起こして転びかけたり、死体の指が足首に触れたミネアが失神したり、死体を蹴ってしまったリリーが悲鳴を上げそうになったりはしていたが。

 今一行がいるのは、地下通路の各所にある部屋の1つ。無論、部屋の入り口は全員が警戒している。……リリーとミネアはまだ顔色が悪かったが。


「改めて結論を言うと、死んでいたのはダイナマイツサンダーの連中で、殺したのはプレイヤーではない」

 その部屋の中でグランスはそう言った。

「つまり、エネミーがいるって事?」

 レックの言葉にグランスは頷くと、

「おそらくは凶獣。魔法でやられたような死体は無かったからな」

「私たちで倒せるような相手かの?」

「それは何とも言えへん。ダイナマイツサンダーの連中、わいらに比べて結構弱いしな」

 ディアナにマージンがそう答えると、

「ただ、エネミーの死体や身体の一部のような物はなかったと思う。油断はしない方がいいだろうな」

 と、グランスが補足した。

「どんなやつかも分からない、か。とりあえず、ここを出たら地下通路の出入り口はしっかり封鎖しなくてはいけないな」

 真剣な表情でフレッドがそう言うと、

「そうだな。だがその前に俺達が無事に帰らないとな。リリーとミネアの調子が少しでも戻り次第、さっさと地上に出るぞ」

 それを聞いて、

「あ、あたしはもう、動けるよ」

「わたしも……歩くだけなら何とか……」

「……そうだな。外に出た方が調子も早く戻るか。ダイナマイツサンダーには警戒しないと行けないが、連中相手の方が気楽だな」

 そう言ったグランスに続いて、一行は部屋を出た。そして、地上を目指し歩き出す。


 警戒しながらだったので遅いはずの足取りは、見えない脅威に追い立てられていたためか、何事もないままに、意外に早く、30分と経たないうちに出口に着いた。

 何故か誰も見張っていなかった出入り口を通り抜け、出入り口が隠されていた建物の窓から外を窺う。

 そして、

「何だ、あれは……」

 レック達が目にしたものは、空を飛び交ういくつもの黒い魔物の影だった。

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