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ジ・アナザー  作者: sularis
第三章 キングダムと公立図書館
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第三章 第八話 ~地下通路防衛戦?~

「待った待った!俺達はダイナマイツサンダーじゃねぇ!!」

 クックキー中央大橋の4番街区側の警備に当たっていた兵士達に剣を突きつけられ、そう叫んでいるのはクライスト。その両手は何も持たないまま上に上げられ、抵抗するつもりがないことを表していた。

 蒼い月の他の仲間達も似たようなもので、後ろの方にいた女性陣太刀こそ剣を突きつけられたりしていないものの、両手を上げてみんなで降参のポーズである。


 3番街区の裏道を駆け抜け、クックキー中央大橋の3番街区側に屯していたダイナマイツサンダーの下っ端達をクライストの銃で脅しつけて沈黙させ(まだ、プレイヤー相手の暴力には抵抗があった)、がれきのバリケードを乗り越えて、レック達が橋を渡りきった頃には、既に時間は夕方。一帯は夕焼けの赤い光に包まれていた。


「そうは言われても、はいそうですかと信じるわけにはいかないな。連中の手下がちょくちょく忍び込んでるからな」

 隊長と覚しき兵士が、顎を擦りながらそう言った。その視線は、レック達の顔の上を順番に通過していく。

「とりあえず、身分を証明できる物は何かあるか?」

 そう問われて、クライストがゆっくりと冒険者カードを取り出した。

 隊長はそれを受け取り、まじまじと書かれている内容を確認する。

「ふむ?エラクリット?」

 どうやらエラクリットの町を知らないらしく、首をかしげる。

「そんな町、あったか?」

 部下の兵士達に訊いても、誰も知らなかったのか、全員が首を振った。

「となると、偽物……というより、俺達が知らないだけか。確認する必要があるな」

 隊長はそう言うと、手が空いていた部下を一人呼びつけ、冒険者ギルドまで確認に向かわせた。

「あまりノンビリしておる時間は無いんだがな」

 剣を突きつけられたままグランスがそう言うと、

「すまないな。一応、3番街区から来たプレイヤーはしっかり調べる事になってるんだ。……ああ、もう手は下ろしてくれて構わないぞ」

 隊長に言われ、やっとレック達は両手を下ろした。やれやれ、である。

 隊長はその様子を見て苦笑しながら、

「まあ、ダイナマイツサンダーの仲間だとは思ってないさ。連中にそんなでっかい武器を振り回せるようなヤツはほとんどいないしな。なにより、女の子が仲間ってのがあり得ない」

 そう言うと、部下達に剣を引かせた。

 警戒していた部下の兵士達も、隊長の言葉に言われてみればと納得したのか、すんなりと剣を引く。

「出来れば、今すぐ軍のキングダム支部に行きたいんだが……」

「さすがにそれは待ってくれ。ここで少し話を聞かせて貰ってからじゃないと、許可は出せないな」

 グランスにそう答えた隊長は、何人かを残して部下達に見張りに戻るように指示を出す。

「さて、どうして冒険者があっちから来たのか、説明して貰おうか」

 左手の親指で3番街区を指し示し、隊長はそう言った。

「それは構わないが……出来れば、軍の支部に移動しながらにして貰えないか?多分、あまり時間がないんだ」

「時間がない?妙な事を言うな。……まあ、その理由に納得できたら、そうしても構わないぞ」

 隊長のその言葉に、グランスは隣に来ていたディアナと視線を交わして、

「分かった。それでいい」

 そう言って、地下通路の事、地下通路の地図をダイナマイツサンダーのメンバーに奪われた事、ひょっとしたらすぐにでも地下通路を通って連中が略奪に来るかも知れない事をかいつまんで説明した。

 最初はその説明を興味深そうに聞いていた隊長だったが、説明が終わる頃にはその顔には厳しい表情が浮かんでいた。

「おまえ達はここで見張りを続けてくれ」

 そう、部下の兵士達に告げると、隊長はレック達をつれて、橋の袂を離れた。

 途中、名前を知らないままなのは不便だったので、軽く自己紹介などしながら、早足で軍のキングダム支部へと向かう。


「つまり、他にも出入り口がある可能性もあるという事か」

 主に隊長――フレッドと名乗った。何故かリアルネームを名乗るプレイヤーは相変わらずいない――からの質問に答える形で、説明の補足を入れていると、ますますフレッドの顔は険しくなっていた。

「全部を探索した訳じゃないからな。各街区に最低1つずつは出入り口があると思ってもいいはずだ」

 そう言った後、実際にはもっとあるかも知れないなと、グランスは付け加えた。

「となると、既知の出入り口以外も探し出さないと行けないか。出来れば、地下通路自体を制圧しておきたいところだが……」

 その辺の感覚は、フレッドもレック達もそんなに違わないらしいが、心配事もあるようだ。

「ただ、上がどれだけすんなり動いてくれるかだな。時間帯もよろしくない」

 そう、レック達に聞かせるためではなく、呟く。

 実際、既に日も落ちたこの時間帯では、当直を除いた支部の幹部達はそろそろ各自の寮やら自宅やらに帰り支度を始めている頃だ。最近は、他の街区からの侵入も低調かつマンネリで、幹部達の気がかなり緩んでいる事を、フレッドは知っていた。



「で、案の定か」

 完全に日が落ちてから5番街区の片隅にある軍の支部に着いたフレッドは、詰めていた兵士の一人に誰か幹部、将官クラスでなくとも佐官クラスが残っていないかと尋ね、答えを聞いてそう言わざるを得なかった。

「少佐以上の人は全員帰っちゃいましたよ」

 では、話にならない。


 そもそも、キングダムには軍の将官クラスの人間は二人しかいない。彼らは戦闘系ギルドの幹部として、割と真面目にやっているものの、訓練やら再編やら戦略やらで忙しく、その分、休息をしっかり取るために昼勤が基本になっている。

 佐官クラスは、4桁に上る兵士がいることもあって、少しは数がいるが、とりあえずのまとめ役として任じられたプレイヤーが大半で、真面目さにはいまいち欠けている。将官以上の上級幹部達の頭痛の種であった。


 兎にも角にも、フレッドの後ろでは蒼い月の面々が、渋い顔をしてやりとりを眺めている。

 それをちらりと確認し、フレッドは自分の青髪をかきむしると、

「なら、そいつらはもうどうでもいい!今すぐ動ける兵をかき集めてくれ。ちょっとやばい事態が起きそうなんだ!」

 明らかに苛立っているフレッドの様子に、応対していた兵士もこれは変だと思ったのか、

「何か起きるんですか?」

「地下通路の噂くらいは知ってるだろう?本当にあったんだよ!それが!」

「「「マジで!?」」」

 それを聞いて、何事かと集まってきていた兵士達が驚きの声を上げる。

「いや、でも、何でそれだけで兵がいるんです?」

「ダイナマイツサンダーの連中が、そこを通って5番街区まで来かねないんだ」

 さすがにこのフレッドの言葉には、何人かの兵士が反応した。

「ってことは、地下通路の出口も監視して、出てきた連中を捕まえないと行けないって事か?」

「まあ、いきなり5番街区に出入りされるのは困るな」

 などと、口々に話しながらも、とりあえずフレッドの話が終わるまでは動くつもりはないらしい。

 ちなみに、フレッドの相手をしている兵士は、お世辞にも頭の回転が早いとは言えないようで、後ろの雑談でやっと危機感を――少しだけ――持ったかと思われたが、

「そんな情報をどこから?というか、別に急がなくてもいいんじゃないですか?」

 と、危機感皆無の質問をしてきた。

 これにはさすがにフレッドもキレそうになったのか、後ろから見ているレック達は、彼が握り拳をブルブルと震わせ、何かに耐えているのがよく見えた。

「情報源は今はどうでもいい。だが、連中が早ければ今すぐにでも地下通路からやってきてもおかしくないんだ!さっさと、動ける連中を集めろ!!!」

 とりあえず、拳骨に物を言わせる前に、怒鳴り始めただけマシだったのかも知れない。

 さすがにこれに驚いたのか、フレッドの相手をしていた兵士も周りの兵士も、慌てて自分の武器を取りに行ったり、支部で休んでいた兵士達を呼びにいったりと、やっと動き始めた。夕食の時間が近かった事もあり、時々不満の声も聞こえてきたが、なんだかんだで兵士達が集まってくる。

 その兵士達の一人が、ふと思い出したように、

「一応、牢獄の方にも連絡を入れておきますか?」

「ああ。そうだな。場合によると相当数引き取って貰う事になるかもしれないし、連絡しておいてくれ」

 フレッドはそう答えると、集まってきた40人ほどの兵士を見回した。

「ちょっと少ないか?」

 そう首を捻る。

「これだけいたら十分じゃないのか?」

「いや。ダイナマイツサンダーの構成人数は500人は下らないはずだ。おまえ達を頭数に入れても、こっちの人数が1/10ではちょっときついが……」

 クライストに答えながら、フレッドは頭の中で戦力計算を行う。

(実際に全員で来る事はないだろうから、そこまで差が開く事はないだろうが、こちらの兵はさほど鍛えられていないし、被害を出さないためにも数を揃えておきたいところだが……まてよ?)

 そこまで考えたところで、ある事に気づいて、クライストに尋ねる。

「そう言えば、5番街区にあるという出入り口は広いのか?」

「いや、すっごい狭いぜ。立ったまま通る事はできねぇな」

「なるほど……それなら、先に出口を抑える事さえ出来れば、出てこれないようにする事は簡単そうだな」

 死人が出るような事態にならずに、脅威を押さえ込めそうだと安心したフレッドは、

「よし、問題もなさそうだし、このまま行くぞ!」

 と、兵士達を引き連れて、支部を出発した。無論、案内としてレック達も同行した。



 その頃、ダイナマイツサンダーのアジト。

「マジか?クソッ!」

 何とか目が覚めたところに、クックキー中央大橋に貼り付けていた手下達から、7名のプレイヤーがバリケードを強行突破したと報告を受けたシャイツがテーブルに右の拳を叩き付けていた。

 報告をした手下やその場に立ち会っていた他の手下達は、自分たちにとばっちりが来ないかと戦々恐々としている。

 無論、シャイツが手下に八つ当たりをして鬱憤を晴らす事を考えなかったわけではない。しかし、自分が今手負いであり、グレンもグスタフもここにはいない事を考えると、手下共を怯えさせることは得策とは言えなかった。

(……いや、待てよ?)

 名案を1つ思いつき、シャイツは手下達が思わず引いてしまうような笑みを浮かべた。

「おい、そいつを拘束しろ」

 その場にいた手下共に命じ、橋の見張りをしていた手下の動きを封じさせる。

 自分たちが八つ当たりの被害を被らなくて済むのならと、その場に立ち会っていただけの手下共は、実に素早く橋の見張りをしていた手下を拘束してしまった。

「なっ!?ちょ!待ってくれ!待ってくれ!!」

 見張り役だった手下が必死に叫ぶが、その叫びはシャイツに嗜虐心を刺激する物でしかない。

 拘束している側の手下達は、拘束されている見張りの叫び声を何とか無視しようとし、シャイツの顔に浮かんでいるおぞましいとしか言えない笑みからも目を逸らしていた。……それでも、とばっちりを恐れ、拘束する力は一切緩めない。

「あいつらはなぁ?この俺に怪我させた連中なんだよぉ?それを取り逃がしただぁ?そんなことが許されると思ってんのか!?」

 そう言いながら、右手に持ったナイフで、ひたひたと見張りの頬を張る。

 この後どうなるのか、実によく知っている見張りの顔からは一切の血の気が失せ、既に自力で立つ事も出来ていないようだ。ただ、拘束されているから床にへたり込んでいない、それだけだった。

「だって、あいつら銃を……銃を持ってたんだよ!!俺は悪くない……悪くないんだ!!」

 ナイフの刃に当たって頬が裂けるのにも構わず、必死に首を振って自分の責任を否定する見張りだったが、元々そんな言い分を聞くつもりはシャイツには全くない。これっぽっちもない。

 ただ、シャイツがやりたいのは、ストレス解消だった。

「銃、銃ねぇ……?俺よりも、そんな物の方が偉いってのか?あ?どうなんだよ?」

 もはや、ナイフの腹ではなく、刃の部分で頬を突かれていたが、見張りはそんな事に気づく余裕も失いつつあった。

「いやっ……!そんな訳じゃない!あんたより偉いもんなんて、ないに決まってるじゃないかっっ!!」

 必死にシャイツの機嫌を取ろうとする見張りの頬からは、既に止めどなく血が流れ始めており、拘束している手下達の手を、腕を赤く染め始めていた。

「じゃあ、何でそいつらをすんなり通しちまったんだ?あ!?」

 シャイツはそう叫ぶと、見張りの膝にナイフを突き立てた。

「っっっ!!!!」

 一瞬声にならない悲鳴を上げ、しかし、拘束されてるが故に怪我をかばう事も出来ない。

 シャイツはそんな見張りの様ににやけながらも、うっかり他の手下を傷つけないように注意する事は忘れない。犠牲はこいつ一人だと確信させる事で、他の手下が恐怖のあまり反逆しないようにしなくてはならないのだ。

 その分、この見張りにはしっかり楽しませて貰わねばならないが。



 30分にも及ぶ拷問の末に絶命した見張りの死体の処理を、見張りを拘束していた手下共に任せると、シャイツは比較的すっきりした頭で、状況の把握を始めた。

(まず、あの連中があっちの街区に逃げやがったことは確実だな。となると、俺達が地下通路に出入りしていた事、地図を手に入れた事も軍の連中にばれるのも時間の問題か。

 軍の幹部連中は概ね愚鈍なクズ共だ。すぐに軍が動く事はねえと思うが、5番街区の出口が封鎖されてる可能性はある、か。

 そうでなくても、警備が厳しくなる可能性は……ねえな。上が動かねえと、軍はそこまで大きく動けねえ。なら、気をつけねえといけねえ状況は、出入り口付近での戦闘、か。

 グレンとグスタフに連絡しておきたいところだが、地図を持ってかれたから無理か。……グレンとグスタフは問題ねえが、手下共がかなりやられることは覚悟しておかねえといけねえな。

 逆に軍の連中がこっちにまで攻めてくる可能性は……ねえな。その気なら、とっくに橋から攻め込んできてる。が、地下通路はもう使えねえ、か。

 ……クソッ。連中さえ逃がしてなければ、当分5番街区でやりたい放題出来たのによ!見張りに立っていた他のカス共も、後で全部始末するしかねえな。

 つか、あの連中なんだったんだ?いや、考えるまでもねえな。あの装備、冒険者か。この怪我のお礼をしねえといけねえが、さっさと捕まえねえと、この街から出て行っちまうか?

 いや、その前にあいつら、何しにここに来たんだ?そりゃ、当然何かの目的があったはずだな。それは南東街区じゃ達成できなかったからあんなところを?なら、その目的次第ではもう一度ここに来るか?)

 そこまで考えると、シャイツは邪な笑みを浮かべた。

(もう一度来たら、今度こそ逃がさねえ。男共は拷問の末、川に放り込んで水竜の餌だ。女共は気が狂うまでしっかり愉しませてもらうか)

 そう考えると、笑みが止まらない。そうできたときのことを考えると、左手の痛みも気にならない。

 早速、シャイツはあの連中――レック達、蒼い月が来た時に備えた計画を練り始めたのだった。



「……どうした?」

「いえ、何か悪寒が……大丈夫、です」

 一瞬ブルブルっと身体を震わせたミネアは、それに気づいたグランスにそう答えた。

「そうか?ならいいが」

 そう答えると、グランスは再び視線を地下通路への出入り口がある路地へと向けた。


 しばらく前にここに着いた後、周辺の様子を確認して間に合った事を確信したフレッドは、さらに周辺の路地の構造を確認し、兵士達と顔をつきあわせて作戦を練っていた。その結果、出入り口すぐのところで待ち伏せるより、少し引いたところで待ち伏せる事になった。

 出入り口すぐで待ち伏せると、それを知った相手がさっさと撤退しかねない。しかし、出入り口から離れたところで待ち伏せれば、何人か、何十人か出てきたところを襲う事が出来、かつ、相手は撤退しようとしても地下通路への入り口が狭くて逃げられない、という状況を作り上げる事が出来る。

 相手にしないといけないダイナマイツサンダーの人数が多くなりそうな問題はあったが、何せ狭い路地だ。囲まれる心配がない。おまけに、中級冒険者である蒼い月のメンバーの力も借りられるとあって、この機会に相手の勢力を削ぐためにも、思い切った作戦と相成った。

 この作戦唯一の欠点があるとすれば……

「いつ来るんだろね?」

 というリリーの言葉に集約される。

 どちらかというと念のためにこうしているだけで、実はダイナマイツサンダーが絶対来るという保証はない。来たとしても、明日とか明後日かも知れない。

 それでも、無視できる危険ではなかったし、「あいつら、堪え性がないから来るだろうな」というフレッドをはじめとする兵士達の意見もあって、フレッド達もレック達も、今、こうしてここにいる。


「とりあえず、今夜は徹夜で見張るとして、明日からどうするかも考えないといけないな」

「当番制にして見張れば済む話じゃないんですか?」

「いや、他にも出入り口があるらしい。連中よりも先にそれを押さえないといけないからな」

 さすがに大声では話せないので、ひそひそと話し合っているフレッドと兵士達。

 時々、兵士の一人が路地の曲がり角から顔だけ出して、地下通路への出入り口の様子を窺っている。だが、何も起きる気配がないので、軍の兵士達もレック達も些か気分がたるんできていた。

「そう言えば、あっちからこっちに抜けるまで、どのくらい時間がかかると思う?」

 グランスが気がつくと、隣にやってきていたフレッドがそんな事を訊いてきた。先ほどから、部下(?)の兵士達と話し合っていたようだったが、いつの間にかそっちの話は終わっていたらしい。

「俺達がこっちからあっちに抜けるのにかかった時間が6時間弱だった。連中は順番に探索したわけでもないだろうから、もう少し時間がかかるだろうな」

「君たちが地図を奪われてから、そろそろ6時間か……。もう少し時間がかかるかも知れないが、本格的に警戒しておいた方が良さそうだな」

 グランスの返事を聞いたフレッドは、そう呟くと、兵士達に発破をかけ始めた。


 それから30分ほど経っただろうか。

「何か来たみたいだぞ」

 出入り口の様子を見に顔を覗かせた兵士が手を振って合図するのを見て、グランスが仲間達にそう囁いた。

 レック達が声も出さずにそちらを見ると、確かに戻ってきた兵士がフレッドに何かを伝えているところだった。

 すぐにフレッドが身振り手振りで周囲に指示を出し、動きがあった事を察知していた周りの兵士達もすぐに指示に従って、武器を構え、配置につく。

 無駄にこちらに被害を出す必要もないという事で、前衛の兵士達の武器は槍と剣が半々だった。間合いを詰められる前に槍で相手にダメージを与え無力化を狙い、槍を抜けてきた相手は剣を持った兵士が対応する形である。後衛には弓も控え、こちらとぶつかる前の相手に射かける事になっていた。

 その彼らには、蒼い月のメンバーと違って、明らかに殺す事に躊躇はない。


 ここに来るまでにフレッドとグランスが話し合っていた事の1つだが、蒼い月の仲間達はプレイヤーを――人を殺した事がない。

 一方の軍では、相手を殺す事を躊躇っていると仲間や自分が死んでしまう。あるいは、助けるべき一般プレイヤーを助けられない事もある。実際、キングダムの4~6番街区制圧時にはかなりの敵を殺してもいた。

 この違いは無視できる物ではなく、兵士達と蒼い月が肩を並べて戦う事は難しいだろうと、フレッドとグランスの意見は一致していた。いくら中級冒険者であるレック達が強くても、人が死んでいく現場を見る事で心が乱れれば、却って足手まといにしかならない。

 かといって、何もしないのは流石に肩身も狭く、蒼い月は後ろで待機し、怪我の治療に当たる事になった。

 蒼い月が戦闘に参加しない(出来ない)と聞いて、冷ややかな視線を向けていた兵士達も、多少の怪我なら治癒魔法で治してもらえると聞くと、一気に好意的になったのは余談である。


 しばらくすると、曲がり角の向こうからざわめきが聞こえてくるようになった。「女だ女」とか、「旨いもん食いたいぜ」とか、欲望丸出しである。

 予定では、最大限相手が出てくるまで待つために、相手が角までやってきてこちらを視認するまで待つ。その後、混乱を突いて出入り口周辺まで一気に押し戻し、攻撃開始。殲滅あるいは無力化するという作戦である。

 やがて、ダイナマイツサンダーの一人が角までやってきた。

 躊躇無くその肩と膝を貫く槍。

「あ?」

 一瞬何が起きたのか理解し損ねたそのプレイヤーは、自分の肩と膝から生えている槍を見て、それからやっと痛みを感じ、

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 その叫び声が合図となった。

 兵士達が一気に前進を始め、何が起きたのかと顔を出してきたダイナマイツサンダーのメンバー達を次々と槍で突き倒していく。この時点ではまだ余裕があるので腕や足を狙っていたが、時折狙いが逸れて運悪く身体に槍を突き立てられるメンバーもいる。

「何だ!?何が起きてる!?」

「敵だ!!軍がいやがった!!!」

「逃げろ!!」

「おまえ、そこをどけ!!邪魔だ!!」

「てめえら逃げんな!」

 左への曲がり角の向こうからは、そんな混乱の声が聞こえてくる。

 兵士達は速やかに前進を進める。その足下に転がっていたダイナマイツサンダーのメンバー達は生死に関わらず何人かの兵士達が回収し、邪魔にならないところまで運んで縄で片っ端から縛り上げていった。レック達も顔を顰めながら、その作業を手伝った。

 やがて、弓を持った兵士達が、行き止まりの奥にある地下通路の出入り口周辺をそのの射程に収め、次々を矢を放ち始める。

「弓だ!!」

「痛え!痛えよ!!」

「ごふっ……!」

「くそったれ!!てめえら、逃げんな!!」

 路地裏の混乱は一層酷くなり、痛みに呻く声と怨嗟の声でその場が満たされた。


 結局、戦闘とも言えない――どちらかというと害虫駆除だったとはフレッドの言――戦闘が終わるまでに、それほどの時間はかからなかった。

 奇襲を受けたダイナマイツサンダーは混乱から立ち直る事もなく、狭い地下通路への出入り口のために逃げる事も出来ないままに、組織だった軍の攻撃の前になすすべ無く無力化された。そして、地上に出てきていた37人は、12名の死者を出して全員が拘束された。

 その中に、ダイナマイツサンダーのリーダー格の一人であるグスタフが混じっていたのは大きな戦果だとフレッドはご機嫌だった。


 ちなみに、地下通路にはまだ多くのダイナマイツサンダーのメンバーがいたようだったが、地上で起きた戦闘を警戒した……というよりビビって逃げ出してしまっていた。



「クソッ!何で軍がもう待ち伏せてやがったんだ!」

 5番街の出入り口で軍の待ち伏せにあい、急遽撤退する羽目になったグレンは、手下共と一緒に地下通路にある部屋の1つに潜り込んでいた。

 今は、あまりの失態に大荒れに荒れていて、迂闊に近寄った手下が何人か、思いっきりぶん殴られて、壁の近くで気絶していた。無論、その様子を見ていた手下達はすっかり距離を取って引いている。


 いつもなら、グスタフかシャイツが宥めるのだが、グスタフは軍に捕まってしまってここにはいなかったし、シャイツはそもそも怪我のせいでアジトから出てきていない。

 そういうわけで、荒れているグレンを宥める者も、グレンの質問に答えようとする者もいないのであった。


「こうなったら、全面戦争だ!今すぐとって返して、橋から攻め込んでやる!!」

 流石に、あの狭い出入り口から呑気に出入りしていると、順番に捕まるだけだというのは頭に血が上っていたグレンでも想像がつく。実際、出入り口が狭かったせいで先に地上に出ていたメンバーはあっさり捕まってしまったのだった。

 怒鳴って立ち上がったグレンは、床の上で気絶していた手下の頭を思いっきり蹴り飛ばし、

「グスタフを取り戻すぞ!!」

 怯える手下共は、誰もそれを止める事は出来なかった。

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