第三章 第七話 ~ダイナマイツサンダー~
「おら、さっさと歩けや!」
そう言いながら、如何にもな格好をしたプレイヤーが、グランスを蹴りつける。
その傍らでは、
「へへっ。久しぶりの活きのいい女だな!」
と、ディアナ達のの胸に手を伸ばしては、深緑の髪の男に睨まれ、慌てて手を引っ込める輩が後を絶たない。
地下道で深緑の髪の男達に捕まったレック達は、両手を後ろ手に縄で縛られたまま、3番街区の通りを歩かされていた。逃げだそうにも、手を縛られている上に、ナイフだの剣だので武装した男達十数人に囲まれていては、言いなりになるしかない。
「しかし、まさか銃とはな。まだ、使えるのが残ってたのか」
深緑の男――レック達が見たところ、こいつがリーダー格だった――は、クライストから奪った銃の1つは腰のベルトに挟み込み、もう1つをいじりながら、時々その辺の建物に向かってぶっ放していた。
ちなみに、レック達が持っていた武器は全部男達に回収され、一緒に持ってこられている。さすがに重さが30kgを超えているグランスの戦斧とレックの――と言っても持っていたのはグランスだが――グレートソードは二人がかりで運んでいたが。
「弾もこれだけってこたぁないな。アジトに着いたら持ってる分は全部出して貰うとしようか」
と、クライストのあごに銃を突きつけ、ニヤニヤと笑い、
「おい、そこ。勝手に手ぇ出すんじゃねぇよ!」
と、リリーの腰に手を伸ばしていた男――まず、手下だろう――に銃を突きつけ、止めさせる。
びびったように、慌てて手を引っ込める手下の様子に、
「やっぱ、銃はいいな。ナイフよりこいつらの反応がきびきびするわ」
満足そうに笑った。
その様子を、歯ぎしりしながらクライストが睨むが、その視線に気づいたまた別の男に、思いっきり顔を殴られる。武器は取り上げられたものの、防具は剥がされてない事もあって、身体は蹴られる事はあっても、殆ど殴られてはいなかった。
自分の手を痛めるのが嫌なのだろうと、グランスやクライストは気づいていたが、敢えて口に出す事はしない。いや、さっきからそもそも一言も口をきいていなかった。相手を無駄に刺激して、余計に殴られる必要もないからだ。もっとも、レックは何度か暴れたため、かなり酷い顔になっていたが。
ディアナ達女性陣は、捕まえられた直後に胸や腰、お尻を触りまくられしたが、その後は深緑の男が睨みを効かせているため、丁重とは言い難いものの、余計な手出しをされる事もなく、歩かされているだけで済んでいる。
もっとも、「俺たちが使った後はおまえらに回してやる!」というリーダー格の男の言葉で、手下達がワッと盛り上がったあたり、この後、碌でもない事をされるのは目に見えていた。
そのせいで、ミネアもリリーも震えが止まらないほどに怯えている。リリーはリアルでもまだ少女と言っていい年齢のはずだが、それでもそういう知識だけはあったらしい。ディアナだけは、怯えているようで、どこか冷静さを保っていたが。
深緑の髪の男に率いられたチンピラ達に捕まったレック達は、武器を取り上げられ、縄で拘束された後、3番街区の出口から地上へと連れ出された。3番街区の地下通路への出入り口は、建物の地下室にあった。勿論、建物自体は裏通りの目立たないところにあったが。
その後、チンピラ達――おそらくはダイナマイツサンダーの構成員――は、時々グランス、クライスト、レックに暴行を加えながら、3番街区の彼らのアジトへと向かっていたのだった。
レック達が連行されている通りは、他に人影もなく、大陸会議が支配している4~6番街区の賑わいとは天と地ほども違う。時々、建物と建物の間に人影が見えるものの、チンピラ達が脅すとこそこそとどこかに消えてしまっていた。
通りの左右の建物はキングダムでどこででも見られるような石造りのしっかりした建物ばかりだったが、その窓はどれもこれもしっかりと閉じられていた。ただ、板で補修されているものもあるものの、窓ガラス自体が割れてしまっている窓も少なくない。
そんな窓から通りを覗いている人影も時々あったが、チンピラ共に見つかりたくないのか、レック達を連行している彼らが近づくと、人影はいずれも室内へと消えていった。
そんな3番街区の様子は、平たく言えば荒れ果てているの一言に尽きる。
荒れている割に路上にゴミが殆ど無いところには逆に違和感を感じるが、VRMMOに限らない一般的なMMO同様に、地面に落とされたアイテムは一定時間経過後に消滅する仕様である以上、別に驚く事でもなかった。
もっとも、そんな街の様子をどこか冷静に観察できていたのは、ディアナとグランスだけだった。セクハラ攻撃に晒されたミネアとリリーは言うに及ばず、さんざんに殴る蹴るの暴行を受けたクライストとレックも、どこか諦めともとれるような表情を浮かべ始めていた。
「ってか、シャイツさん。女はとにかく、男まで連れて帰る意味あんですか?」
地上に出てからも20分近く歩いた頃、レック達を取り囲んでいた男の一人がそう言いだした。
周りの連中も、同じ考えのが少なくないのか、そんな質問をした男と深緑の髪の男――シャイツに注目している。
「ん?あー、そういやそうだな……」
そう答え、グランス、クライスト、レックの順に移動したシャイツの視線に、レック達は一瞬身体を強ばらせた。
「いや、やっぱ、連れて帰るか。こいつらのアイテムボックスの中身とか、出させないといけねぇからな」
と、クライストに視線を戻し、シャイツは笑った。
「特に銃弾な。服に入れてなかったってことは、アイテムボックスの中って事だろうからな?」
そのシャイツの言葉に、手下の男達は納得したらしい。
レック達も今すぐ殺される事はないと分かって、身体の力が抜けはしたが、それでもシャイツ達のアジトに着いた後はどうなるか分からない。とても、安心も楽観も出来る状況ではなかった。
そんなレック達の心情など露知らず、ダイナマイツサンダーの面々は久しぶりの欲望の充実を期待し、テンションは上がる一方だった。
だからかも知れない。
いや、警戒していても、彼らにはそもそもどうにもならなかったのかも知れなかった。
建物の影から不意に飛び出してきたその人影は、自分の身長ほどもある長大な剣を振り回し、列の前の方にいた男達を3人、まとめて吹っ飛ばした。
「「「!!!?!?」」」
「「マージン!?」」
その人影が誰なのか認めたレック達がすぐさま声を上げたのとは対照的に、カエルが潰れたような声を残して数メートルも吹き飛ばされた彼らが地面に落ちる頃になって、やっとダイナマイツサンダーの男達は動きを見せた。いきなり飛び出してきた人影へと警戒を向け、各々の武器を構え始める。
もっとも、それが間に合ったとは到底言えない。
マージンはダイナマイツサンダーの男達が体制を整える前に、既に先頭にいたシャイツをリーダーと見なしていたのか、一気に距離を詰める。
「貴様!?」
シャイツは他の連中よりも一足早く、右手に持っていた銃をマージンの方へと向け、引き金を引こうとして、
マージンは下からすくい上げるように振り上げたツーハンドソードでその銃を弾き飛ばした。
その勢いで引き金が引かれた弾丸は、当然のように明後日の方向へと飛び出していった。
「ぐっ!」
構えていた銃を無理矢理弾き飛ばされたシャイツは、顔を痛みに歪めると、命の危険を感じたのか、すぐさまマージンが出てきたのとは別の小道へと逃げ込んでしまった。
しかし、マージンの動きは止まらない。
シャイツの手から銃を弾き飛ばした勢いのまま、大きく振り上げていたツーハンドソードを今度は思いっきり石畳へと叩き付けた。
易々と敷かれていた石は砕け散り、周囲に破片をまき散らす。その破片をレック達まで喰らってしまったのは、マージンの予測のうちか否か。
しかし、そんな事を気にする様子もなく、マージンは声を大きく張り上げた。
「逃げ去れ!!」
石畳が砕かれた様と音とに動きが完全に止まっていたダイナマイツサンダーのメンバーは、それで一気に腰が引けてしまった。
取るものも取り敢えず、三々五々に逃げ出したダイナマイツサンダーを見送ると、マージンはツーハンドソードを背中に戻した。
「よ。無事やった……訳でもなさそうやな」
ぼろぼろになった男性陣の顔を見て、顔を顰めた。
「マージン!」
「どうしてここに?」
喜色満面でマージンを迎える仲間達。地獄に仏である。
「まあ、そないなことは後回しにして、とりあえず縄切るで」
そう言いながら、手際よく仲間達を拘束していた縄を切っていくマージン。
「助かった……の?」
「やれやれ。貞操の危機は取り敢えず免れたのかのう」
怪我こそ少なかったものの、下手すると男性陣よりも酷い目に遭いかねなかった女性陣、中でもミネアとリリーは安心のあまり腰が砕けてしまったのか、へたへたと地面に座り込んでしまった。
「説明は後や。とりあえず、さっさと逃げるで。連中が仲間連れてきたら洒落にならんしな」
「ああ、そうだな」
その場を離れる前に、レック達は男達が運んできていた自分たちの武器をしっかり回収する。
その横では、
「大丈夫かいな?」
と、マージンがリリーとミネアに手を貸して立たせていた。
「げ。これ、いろんな意味で使えねぇ……」
そう言ったのは、マージンに弾き飛ばされた銃を拾ったクライストだった。指先で摘むように自分の銃を持ち、思いっきり顔を顰めている。
それも無理もない。マージンの一撃で銃身はひん曲がり、その他の部品いくつか吹き飛んで無くなっていた。おまけに引き金のところには人の指が一本、絡まっていた。
「すまんけど、堪忍や」
片手で謝罪の形を作るマージンを見るも、クライストも仕方ない事とは分かっていたので、責める事も出来ない。
「まー、予備はまだあるからいいけどな……ってか、1つ持ってかれちまった」
「あたしの短剣も無いんだけど……持って行かれちゃった?」
何とか、自分の足で歩けるようになったリリーも、どうやらお気に入りの武器を持って行かれてしまったらしい。とは言え、ラスベガスで買ってきた棍は無事だったらしく、しっかりと拾っていた。
唯一武器を持ってないのがミネアだったが、
「わたしの弓はアイテムボックスの中にしまっていましたから」
との事。
「とりあえず、さっさとここを離れるぞ。マージン、いい場所はあるか?」
「地下通路はダメやな。連中、何チームも地下通路に人を送り込んでるみたいやから、途中でこんにちわなんて事になりかねへんわ」
そのマージンの答えを聞いて、仲間達は地下通路に逃げ込むのはとりあえず諦めざるを得なかった。
「まあ、ついてきてや。ここは離れるに越したことはあらへん」
それには誰も異論はなく、武器も拾ってこの場に留まる理由もなくなった蒼い月の仲間達は、隠れる場所を探すため、その場を急いで立ち去った。
しばらくして蒼い月の面々が潜り込んだのは、2番街区と3番街区の境界付近の空き家だった。先ほどの場所にあまり近いのもあれだが、遠すぎると移動に時間がかかりすぎるというのもあり、まーまーなーなーな場所で落ち着いた。
「で、マージンはどうしてあそこに?」
治癒魔法で全員の怪我を治した後、窓ガラスが残っていた空き家の二階で車座になっていた。そして、まずはマージンから説明を聞こうと、グランスが口を開いた。
「そやなー。どっから話したもんか」
「はぐれた後からでよいのではないか?」
「そやな。そうしよっか」
マージンは軽く頷くと、説明を始める。
それによるとマージンは、はぐれて仲間達とクランチャットで何度か連絡を取った時には、既に地下通路の一層目まで上がってきていた。そこでダイナマイツサンダーのメンバーと覚しき集団を見かけたので、息を潜めて彷徨きながら、周囲の様子を窺っていた。すると、わいわいがやがやと賑やかな集団を見かけたので、よくよく観察していると仲間達が捕まっていた。
放置しておけばろくな事にはならないだろうと、救出を決意。機会を窺いながら後をつけていると、3番街区の出入り口から地上に出てしまった。このままアジトまで連れて行かれると厄介な事になると考え、しばらく後を付けて行き先をある程度見定めた上で、先回りをして襲撃をかけた。
と、マージンから一通り説明を受けた仲間達は、
「それにしても、良く一人で襲撃をかける気になったのう」
「おかげで助かったけどな」
「いやいや。さすがに仲間を見捨てるわけにもいかんやろ。まあ、勝算も無かったわけちゃうしな」
「勝算?」
その言葉に、首を捻る仲間達。
「まあ、想像やったんやけどな」
と前置きして、再びマージンの説明タイムが始まった。
「言うてしまえば、わいらは中級冒険者で、あいつらは所詮キングダムっ子っちゅうことや。
キングダムに居座ってるようなプレイヤーは、大抵アバターのスペックが低いままや。考えてもみ?今のわいらで、キングダム周辺のエネミーに苦戦とかする思うか?」
「ありえんな」
「無いね」
仲間達がどう考えても、そんな事はあり得なかった。みんな、動きもパワーも、キングダムにいた頃より確実に上だという自信がある。
「なら、普通に戦えばまず負ける事はあらへんってのが1つ」
「まだあるのか?」
クライストの言葉にマージンは頷くと、
「心構えの問題やな。死にたくないのは誰も一緒やけど、連中、死ぬかも知れへん状況に慣れてへんと思うたんや。やったら、命の危険を感じたら、それだけで逃げ腰になるやろ?」
「確かに僕たちも、『魔王降臨』以降、デスゲームに慣れるまで時間かかったよね」
「そや。まー、連中が腰抜けの可能性は半々やってんけどな」
マージンがそう苦笑すると、
「まあ、大筋は理解した。次はこれからどうするかだな」
グランスが話題を変えた。
「正直、俺は無理はせずに図書館は諦めて、さっさと大陸会議の管理街区にまで戻るべきだと思う」
その言葉に、
「まあ、仕方ないじゃろうな」
「こんなとこ、さっさとおさらばしたいよね」
「あいつらにまた絡まれるのも面倒だしな」
次々と賛意を示す仲間達。
「で、どうやって帰るんだ?」
そんなクライストの質問に、
「一番早いのは、4番街区へクックキー中央大橋を渡ってしまう事だろうな。後は、地下通路をもう一度通るか、あるいは一度城門から外に出て、そこから4番街区の城門までもう一度歩くか、だ」
指折り数えながら、グランスは3つの方法を提示した。
「城門も橋も、連中が見張っておりそうじゃな」
ディアナの言葉に、グランスの隣で思わず震えたミネアが、
「地下通路がいいです……」
「地下通路の出入り口も見張りがいるかもな」
クライストの言葉に泣きそうになりながらも、ミネアはクライストを睨み付けた。
「どこを通っても連中に遭うというなら、一番早く戻れそうなコースがよいのう」
「となると、橋だな。がれきのバリケードを越えるのは大変そうだが、地下通路をちまちま歩くよりは早く着くだろうぜ」
「連中の仲間がいたとしても、マージンの言葉通りなら、ごり押しでいけそうだしな」
そうして、クックキー中央大橋を通って4番街区に戻る事で仲間達の意見がまとまろうとしていた。その時、
「それでいいのかな?」
仲間達が見ると、レックが難しい顔をしていた。
「急いで帰る事に問題があるのか?」
「問題があるかどうかは分からないけど……気になる事はあるんだ」
クライストに、レックはそう答えた。
「気になる事か。言ってみてくれ」
レックはグランスの言葉に頷くと、
「地下通路の事なんだけどね。キングダムのプレイヤー、殆ど知らなかったよね?でも、ここの連中は地下通路の事を知ってた」
「私たちみたいに、自力で見つけたのじゃろう?」
「かも知れないんだけど……気になるのは、本当に僕達が来る前から地下通路の事を知ってたのかどうかってこと。ミネア、さっきの連中にマップを取り上げられてたよね?」
「え?ええ、はい……」
急に話を振られ、その内容でさっきまでの事を思い出し、ミネアは再び震えだした。隣に座っていたディアナが、さりげなくその身体を押し、グランスに寄りかからせる。
「む……」
そんなディアナの行為にグランスは何か言いたそうだったが、ミネアが震えている事に気づいて、何も言わなかった。
「ごめん。余計な事思い出させたみたいで」
その様子を見ていたレックはそう謝ると、
「でも、その時、あいつが言っていたよね。「いいもん持ってるな。そうか、5番街区まで行けるのか」って」
それで仲間達も思い出す。
「ああ、そう言えばそんな事を言ってたな」
「だね」
「じゃな……ということは!?」
ディアナは途中で気づいたらしい。
「つまり、今まであいつらは地下通路を通って大陸会議の支配街区に行った事はないんだよ。でも、僕達の地図を奪った今なら、それが出来る」
そこまで説明されて、仲間達も事の重大さに気づいたらしい。
「放っておくと、地下を通って、4~6番街区で略奪とかしかねないってことか」
「それ、絶対ダメだって!やばすぎるよ~……」
騒ぎ始める仲間達。
「……放っておける問題ではないな」
グランスも難しい顔になっていた。
「そうなると、単純にここから逃げるだけってのは保留やな。さすがにわいらの地図が原因で、普通のプレイヤーに迷惑がかかったら、夢見も悪くなりそうや」
「じゃ、連中を叩き潰すのか?」
「いやー。それは連中を殺すくらいやないと、意味があらへんかもな」
マージンが何気なく言った「殺す」という言葉に一気の場の空気が凍り付く。それに気づいたのか、
「まー、軍に地下通路の事を教えて、出入り口を固めて貰うってのもアリやけどな」
そう続いたマージンの言葉で、仲間達はほうっと息を吐いた。
「兎に角、どうするかだが……状況をまとめ直すか」
そう言うと、グランスは仲間達が頷くのも待たずに、状況を整理し始める。
「まず、ダイナマイツサンダー……だと思われる連中は、今まで地下通路を使って大陸会議の街区に出没する事は無かったはずだ。しかし、俺達の不手際で、それを可能にしてしまった。何らかの対応が必要だ。
次に、俺達は連中より強い。これは中級プレイヤーと初級プレイヤーの差だと見ていいんだな?」
グランスの視線を受けたマージンが頷く。
「それから……ミネア、マップの控えはあるか?」
「え!?えと、あ、はい。ありま……す!」
名前を呼ばれ、慌ててグランスから離れたミネアも頷いた。
「となると、奪われたマップは1つということか」
「あいつらがせっせと写したりしない限り、そうなるのう」
グランスはディアナの言葉に顔を顰めた。
「あまり写されたくはないな……まあ、他に何かあるか?」
「俺の銃、1つ持ってかれてるな」
「あたしの短剣も」
武器を奪われたクライストとリリーが手を挙げた。
「……短剣は兎に角、銃は脅威になりそうだな」
グランスは唸ったが、先に状況確認を優先する事にしたらしく、
「他には?」
と訊いたものの、それ以上は特に何も出てこなかった。
「さて、ではどうするかだが……一番手っ取り早いのは、このまま4番街区に戻って、軍に地下通路の事を伝え、警戒を促す事だな」
「軍が警戒しかしなかったら、地下がチンピラの巣窟になりそうやな……」
「それ、すっごくイヤ……」
マージンの言葉に、リリーが顔を顰める。もっとも、自分たちが安穏としている足下に、悪党共が屯しているというのを歓迎できる者は、この場には一人もいなかったが。
「まあ、そのあたりは軍に任せるしかないのう……」
そう言ってから、「あまり期待は出来そうにないがのう」とディアナは付け加えた。
「俺達にとっては兎に角、必ずしもベストな選択肢じゃなさそうだな」
枕を高くして眠れないかもなとクライスト。
「俺達自身の危険を無視するなら、ダイナマイツサンダーを叩き潰してマップも銃も奪い返すのがベストだが……」
「それ、うまくいっても途中で結構な数を殺す羽目になるで?」
「……考えたくねぇな」
「避けたいね」
クライストとレックがそう言っただけだったが、他の仲間達も顔を見れば二人と同意見なのは一目瞭然だった。
しかし、マージンはついでとばかりに言葉を続けた。
「まあ、悪党に堕ちたプレイヤーが少なくない以上、いつかは殺す事になるかもしれん。今殺す必要はなかったとしても、明日は分からん。覚悟だけは必要やと思うで」
「……正論だとは思うが、避けたい事態ではあるな」
グランスはそう言いながらも、咎めるような視線でマージンを睨んだ。しかし、マージンは気にもとめない。
「ま、な。そこは否定はせんで。でもな、相手がこっちを殺す気でおってな。そいつを止めるには殺すしかないなんてこともあるんや。そのことだけは覚えといてな」
そう、あまりにも真剣に話すマージンに、マージンの態度に反発を覚えかけていた仲間達も思わず圧されてしまった。
そんな中、レックがふと気づいた。
「マージン、ひょっとしてそういう経験がある、とか?」
その問いかけに、
「そればっかりは言えへんわ。秘密って事で堪忍や」
そう答えながらも、どこか寂しげだったマージンの目を見て、レックはそれ以上訊くのを止めた。と言うより、訊けなかった。
仲間達はすっかり忘れていたが、マージンだけは日本人ではなかった。マージンの母国のアメリカは、未だに日本ほど治安が良くない。銃器の個人所有が認められており、それによる銃犯罪も多発しているのだ。
そのことを思い出した仲間達は、ひょっとしたらマージンも巻き込まれた事があるのではないかと思い当たり、マージンの態度への反発は引っ込んでしまった。そして、無言ながらもマージンの言った事をしっかりと考えようとしていた。
「マージンの言う覚悟とやらもいつかは必要になるだろうな」
しばし落ちた静寂の後、グランスがぽつりと言った。
「ここはもう、警察に手が隅々まで行き届いているリアルの日本じゃない。自分たちの命を守るためにってのはあり得る話だ。
なら、考えたくないからと言って逃げる事は出来ない。逃げ続けていて、いざという時に自分も仲間も守れなかったら、俺は絶対後悔するだろうな」
それだけ言うと、顔を上げ、自らの頬を張り、
「よし。じゃあ、これからどうするか。改めて考えよう」
重くなった場の空気を吹き飛ばそうと、グランスは努めて明るい声で仲間達に呼びかけた。
さて、時間はそれから少し前に遡る。
「ク……ソッ……!」
路地裏に、一人、左手を抱え込むようにして、激痛に耐えながら歩を進める男の姿があった。
深緑の髪、ぼろぼろのスーツ。
ダイナマイツサンダーのシャイツである。
レック達をアジトに連れ帰ろうとしていた途中にマージンの襲撃を受け、構えていた銃を弾き飛ばされた直後には、勝つか負けるかではなく生存本能に従って、その場から逃走していた。
「何なんだ!あいつは!!」
憎悪を込めて口走るシャイツの左手は、酷い状態だった。構えていた銃を弾き飛ばされた際に、もろともに左手の人差し指と中指が千切れ飛んでいたのだ。他の指も残ってはいるが、親指などは異様な形に折れていて、使い物にならなかった。
「クソ……ッ……タレッ!」
シャイツにとって、負傷が左手だけで済んだ事は幸いだったとも言える。他は全くの無傷だったので、アジトまで帰るのは問題無いだろう。
しかし、それと、左手のダメージや激痛は別だった。
『魔王降臨』以前は、ダメージを受けたり、怪我をしたりしても、大した痛みはなかったし、余程の大ダメージ・大怪我でもなければ、一日二日も休めばまず完治した。指が千切れるくらいの大怪我でも、翌日には動かないまでも指が復元されていた。
しかし、今では身体の欠損が自然に治る事はない。
ダイナマイツサンダーの一員として、2番3番街区を支配するようになった前後で、シャイツ自身、多くのプレイヤーに暴行を加えてきた。その際に見ているのだ。失った耳や指はいつまで経っても失ったままだということを。
おまけに、左手を支配するこの激痛。
今までではあり得ないほどの、まさしく現実そのものと言える痛み。それが治まることなくシャイツを苛み続ける。
「あいつら……絶対、許さ……ねえ!」
額に脂汗を浮かべながら、何とかアジトまで辿り着いたシャイツは、自らの様子にビビった手下達を押しのけながら、3階の幹部室に入った。
「あ?シャイツ、どうしたよ?」
部屋に入ってきたシャイツにそう声をかけたのは、茶髪の男だった。大柄とは言えないが筋肉質の身体をソファに埋めたまま、糸目なりに目を大きく見開いている。
「侵入者……だ!」
「侵入者?その怪我はそいつらにやられたって事か?」
そう声をかけてきたのは部屋にいたもう一人。
銀髪のオールバックがトレードマークだと言って憚らない大柄な男だった。
「そう……だ。クソッ……痛みが……引かねえ……!」
シャイツは空いていたソファに倒れ込むように身体を埋め、そのまま左手を抱え込むように身体を丸めた。
その様子を見ていた銀髪の男が、
「……とりあえず、そいつらの特徴教えろや。見つけ出して潰してやるよ」
怒気をはらんだ声で、シャイツに命じる。
「グレン、その前に治療だろう?」
茶髪の男は銀髪の男にそう言うと、部屋の外に声をかけ、包帯を取ってこさせた。消毒薬は、VRMMOであるジ・アナザーには存在しない。
「ちっ。薬草もポーションもないのは面倒だな」
シャイツの左手に、包帯を持ってきた手下――当然男――が包帯を巻き付けているのを見て、茶髪の男がぼやく。
『魔王降臨』の後の混乱や、彼らダイナマイツサンダーが2番3番街区の支配権を確立するまでの争乱で、かなりの消耗品が使い果たされて無くなってしまっていた。怪我やダメージの治癒速度を上げる薬草や、飲むだけでそれ以上の効果が得られるポーションなどは、真っ先に無くなっていた。
時々、大陸会議が支配している4~6番街区へ強奪に行くものの、戦力面では圧倒的優位に立たれている軍との衝突を避けながらでは、大した収獲は望めない。
商人プレイヤーから仕入れようにも、ダイナマイツサンダーのこれまでの行いが災いして、商人プレイヤー達はダイナマイツサンダーの支配街区に全く近寄ろうともしなかった。
「クソったれな侵入者をどうにかする前に、ポーションを奪ってくるか」
両手をパンと打ち鳴らしながら、グレンがそう言って立ち上がると、
「グレン、行くなら……いい抜け道がある……ぞ」
左手を包帯の固まりに変えたシャイツが、血まみれの右手を懐に入れ、一枚の紙を取り出した。
「なんだ、こりゃ?」
受け取った茶髪の男が首を捻ると、
「地下通路の地図……だ。侵入……者が持っていた」
「グスタフ、よこせ」
シャイツの言葉を聞いたグレンに命じられ、グスタフは渋々地図を渡した。
「なるほど……地下からなら、軍の連中に見つからずにあっちに出入りできるな。グスタフ、すぐに人数を集めろ。あっちに侵入するぞ。薬だけじゃねえ。食いもんも女も、がっつり奪ってくるぞ!」
そう言ったグレンの顔も、「おう」と返事を返したグスタフの顔も、欲望の充実への期待に歪みきっていた。シャイツだけは、痛みのあまり失神したのか、いつの間にか目を閉じていた。