第三章 第六話 ~キングダム地下道~
地下道を探してみる事になってから、僅か三日で入り口らしき物は見つかった。聞いて回ると地下道の噂はあったものの、誰もその存在を信じておらず、実際に自分たちの目で探す事になってしまったのは余談だろう。
そして入り口を見つけた翌日早朝。
キングダムの表通りを大きく離れ、迷路のように枝分かれし、入り組んだ裏道の1つにレック達は立っていた。
「これ、か」
石造りの建物の壁に、隠れるようにあったその穴を前に、グランスはそう言った。
「思ったより小さいのう……」
「マジ、格子がはまってんのな……ビクともしねぇな」
しゃがみ込んで、穴を塞ぐように縦にはめ込まれた数本の鉄棒からなる格子を手で握り、クライストは動かないかと試していた。
「あたしが見たのとはちょっと違うけど……奥はどうなってるの?」
「ん?ああ…………確かに階段みたいな物が見えるな」
リリーに聞かれたクライストは、奥を覗き込んでそう答えた。
「ちゅーか、格子が外れてもグランスが通れるんかいな、これ」
「ぎりぎりに見えますね……」
「何ともならなかったら鎧を脱ぐしかないんじゃない?」
そう心配しているのは、レック達だった。実際、穴の幅は兎に角、高さが50cmちょっとと、グランスの巨体が通れるかどうかは些か微妙だった。だからこそ、入ってみようと思うプレイヤーが今までいなかったのかも知れないが。
「とりあえず、こん中で一番力があるのは、グランスとマージンか?壊せるか?」
自分の力では格子はどうにもならないと諦めたクライストは、立ち上がるとそう言った。
「やってみるか」
二人がかりでやった方がいいのだろうが、如何せん、グランスの巨体だけで穴の前が塞がってしまう。そのため、まずはグランスから試してみる事になった。
「む……ぐ、ぅぅぅ……!!」
背中の斧とグレートソードを仲間に預け、一本の格子を両手でがっしり握ると、グランスは力任せに引き始めた。が、
「くはぁっ……ビクともしないな」
手を離し、地面に座り込むグランス。
「ちょっと待った。力任せじゃなくて、普通は格子の根本を掘ったりして外すんじゃない?」
と、グランスを呆れたように見ていたレックが言う。
「あ?あー……」
それもそうかと仲間達が納得していると、
「ちょっと退いてみて」
グランスを退けて、レックは穴の前にしゃがみ込んだ。
「上も下も建物の石にしっかりはめ込んであるな」
と、横から覗き込んだクライスト。
「石は外れそうにないけど……」
そう言いながら、レックは剣で石を削ってみる。
「削るのは削れそうだね」
「剣で削るんか?」
後で修理する事を考えたのか、マージンがイヤそうな顔になっている。
「使い捨てのナイフか何かの方がいいかもね」
「いやいや、そこは普通、ノミとトンカチやろ」
「マージンの言うとおりだな。とは言え、さすがに誰も持ってないな?」
仲間達が頷くのを確認したグランスは、
「買ってくるか。みんなはここで待っててくれ」
そう言って、早速表通りへ戻るべく歩き出した。それを見ていたミネアは、ディアナに何か耳打ちされたかと思うと、
「あ、わたしも一緒に行きます……!」
慌ててグランスの後を追いかけていった。
「青春じゃのう」
「青春だね~」
と、仲間達は温かく見送るのだった。
それを見ながら、
「……おまえら、自分の青春はどうした」
そう、ぼそりと呟いたクライストの言葉は、幸い誰にも聞き咎められなかった。
待つ事二時間。
考えてみれば、店があるエリアまで往復するだけで一時間以上かかり、さらに目的の物を売っている店を探すとなると、余計な時間がかかるのは当然だった。
幸い、ここ久しく使っていなかったギルドチャット改めクランチャットの存在を思い出し、グランスと連絡を取りながらだったので、待機組も大人しく待つ事が出来ていた。
「別にここで待っていてくれなくても良かったんだが……すまんな」
ミネアと帰ってきた早々、グランスはそう頭を下げた。
とは言え、
「ここで待たずとも、他に行く当ても無いしのう。問題はあるまいよ」
というディアナの言葉通りでもあったのだが。
「とりあえず、これがハンマーとノミだ。これで、石を割るなり削るなりして、格子を外せばいいんだな?」
「そうやな。じゃ、わいがやるから貸してくれんか」
マージンはそう言うと、グランスからハンマーとノミを受け取った。仲間達は、マージンの力は強い方だと思っていたので、特に反対も出ない。
「格子を外しても……落ちてきたりはなさそうやな……」
道具を受け取って、穴の前にしゃがみ込んだマージンは、穴の上側の石をつつきながら、何やら確認を始めた。
「落ちてくるって、何が?」
「いや、この穴、建物の壁にあいとるやろ?格子に建物の重さがかかっとったら、外した途端に建物が崩れたりするかも知れんからな」
レックにそう答えると、マージンはそんな事はなさそうだと判断したのか、いよいよノミを格子の根本に当てた。
コンコンコン……
ノミをハンマーで叩きながら、少しずつ格子がはめ込まれた石を削っていく。
「割った方が早いかも知れんなぁ……あー、でも、割っても石が外せんかったら、意味あらへんか……」
等と、ぶつぶつ言いながら、まもなく、一本の格子の根本がぐらぐらし始めた。
「どうだ?外れそうか?」
グランスに訊かれ、
「思った通り、建物の重さはかかっとらんかったわ。あとちょっと削れば、これは外れるやろ」
そう答える間もマージンの手は休むことなく、石を削り続け、
「ん」
と言ったかと思うと、ハンマーを地面に置いて、右手で格子を揺さぶり始めた。そして仲間達が見守る中、最初の格子が外れたのだった。
それからは、グランスとマージンが交代でハンマーでノミを叩き、次々と格子を外していった。そして、5本全ての格子が外れたのは一本目の格子が外れてから、30分以上経ってからの事だった。
「やっぱ、階段だな、これ」
アイテムボックスからランタンを取り出したランタンを片手に、最初に穴に入り込んだクライストは穴の先を確認した。そうして見た穴の先には、闇へと続いていく階段がひたすら下へと伸びている。
「中はどうなってる?」
外からの声に、
「階段が下へと続いてるだけだぜ。それと、階段の途中からは立って歩けそうだ」
そう答えると、四つん這いのまま階段の側まで進んだ。ここまで来ると、穴の天井も少し高くなっていて、しゃがんだままでも何とか進めそうだった。グランスの巨体では無理だろうが。
「行けそうだぜ。入り口は狭いが、奥は割と広いぜ!」
階段の天井が高くなってきている付近まで降りてみたクライストは穴の入り口に向かって、そう伝えた。
すぐに、リリーが潜ってこようとしていたが、ミネアとディアナに止められる。
その後、何故かパーンという頬を張るような音が3回ほど続いたかと思うと、顔に赤い紅葉を貼り付けたレックとマージンが四つん這いで入ってきた。続けて、やはり紅葉付きでグランスも腹ばいで潜ってくる。
「何があったんだ?」
「まぁ、いろいろと……」
どこか、諦めの境地でマージンがぼやいた。
「これは、ランタン1つじゃ足りないな」
階段に降り立ったグランスがそう言いながら、アイテムボックスからランタンを取り出し、明かりを灯す。
そうしてる間にも、リリー、ミネア、ディアナの順で女性陣も穴に入ってきた。狭い階段なので、自然と圧される形で階段を少し進む羽目になるクライスト。
「思ったより深そうじゃのう」
ディアナは首を伸ばして階段の奥を見透かそうとして、闇に阻まれる。
「何があるかわくわくするね」
実際、かなり楽しそうなリリー。
「でも、何でこんなところがあるんでしょうか……」
ミネアの言葉で、仲間達の視線は一斉にマージンに集まった。
「いや、わいに訊かれても困るわ……」
「まあ、この辺はゲームだということで納得しておこう。むしろ、この先の構造とか、何があるのかとか、そっちの方が大事だと思うんだが、分かるか?」
「仕事で見たことあるゆーても、一部だけやけどな。なんか、迷路か迷宮みたいな印象やったわ」
マージンのその答えに、
「迷路の類か……一日じゃ向こうに着くかどうか怪しいな」
グランスは唸ったがすぐに、
「マッピングしながら進むしかないが、準備不足だな。今日はこの周辺のマッピングにするか。明日からは準備を整えて、2番街区方面を重点的にマッピングしていこうか」
そう、行動を決めた。
そして動き出そうとする前に、
「ここ、エネミー出るのかな?」
と、レック。
「マップデータからやと何とも言えんわ」
「キングダムの足下といえど、警戒はしておいた方がよいじゃろうな」
「そうだな。だが、こうも狭いと俺やマージンの武器は振り回しづらい。クライストとレックで前衛を頼めるか?俺とマージンは殿に回って後ろからの攻撃に備える。盾くらいにはなれるだろう。ディアナはマッピングを担当。ミネアは前衛の援護。リリーはディアナとミネアの護衛でいけるか?」
グランスの指示に頷いた仲間達は、早速陣形を整えると、ゆっくりと階段を下り始めた。
「思ったより、長かったな」
結局、地下10mくらいには降りてきただろうか。リアルでの地下街の深さくらいを想像していたレック達は、思っていた以上の深さに少し驚いていた。
「階段もまっすぐじゃなかったですね」
ミネアの言葉通り、途中で何度かくねくねと曲がっていて、方位磁針が無ければ、方角を見失っていたかも知れなかった。
「しかし、完全に人の手が入ってるデザインだぜ、これ。何のつもりなんだか」
壁にランタンを近づけながらクライスト。
レック達が降りてきたそこもまた、自然の洞窟などではなく、立派に人の手が入り、壁も地面も天井も石でしっかりと組まれていた。通路と呼んで差し支えないそこは意外と広く、幅も天井までの高さも3mほどあった。
空気は、地下という事でヒンヤリしていて微妙に肌寒いかどうかといったところだった。ただ、湿度は低いし、空気に澱んだ感じもなく、不快感は感じなかった。
そして、
「で、どっちに行けばいいんだ?」
階段を下りきったところで通路は二手に分かれていた。
「一応、こっちが北向きですね」
方位磁針を見たミネアが、通路の一方を指した。
「じゃ、そっちに向かって進めばいいのかな?」
「迷路みたいになっておらねば、そういう事になるのう」
レックに些か意地の悪い答えを返すディアナ。
「まあ、今日はマッピングのみの予定だ。間違えていても問題ないだろう」
グランスはそう言うと、改めて通路を見回し、
「しかし、ランタンの明かりだけだと暗すぎてよく分からないな。ミネア、マッピングはちゃんと出来てるか?」
「え、はい。何とか出来てます。……距離はちょっとあやふやですけど……」
「気にするな。迷子にならなければそれでいい」
おどおどと答えを返したミネアにそう言うと、
「では、まずは北から行ってみようか」
そのグランスの言葉で、レック達はゆっくりと歩き始めた。
時々立ち止まり、ミネアが紙に歩いてきた通路を書き込むのを待つ。
石造りの通路には行けども行けども明かりはない。ただ、時々広くなったり狭くなったりしてはいる。時々通路の左右に部屋らしきモノはあるが、何故か木製の机や椅子が置いてあるだけで、めぼしい物は見つからなかった。
エネミーの類も全く見かけない。時々ネズミっぽい何かが走り回り、レック達に緊張を強いていたが、襲ってくる気配もなかったため、すぐに緊張しなくなってしまった。ただ、ランタンの明かりだけでは、走り回っているモノが何なのかはさっぱり分からなかった。マージンも正体は知らないらしい。
「これで6つめの分かれ道だね」
右へと伸びている分かれ道を確認して、前衛のレックが言うと、
「後からこいつらも調べて回るのは手間かかりそうだな」
と、クライストがぼやく。
「どのくらい来たか分かるか?」
「2kmくらい、ですね」
殿を守るグランスに、手書きの地図を見ながらミネアが答える。
ここへの入り口となった穴があったのが5番街区の北の方だった事を考えれば、そろそろ6番街区を抜けてもいい頃だ。
「これ、どのくらい続くんだろね~」
「キングダムの地下全域に広がっておるかも知れんのう」
ディアナがそう答えると、
「全部調べるの、大変そ……」
想像したのか、リリーはげんなりとしてしまった。が、
「でも、キングダム中に広がっとるなら、島にも繋がっとったりしてな」
というマージンの言葉に、
「それ、ホント!?」
と元気よく振り返った。
「いやいや……かも知れんってだけやで?」
「それでも、何もないよりずっと面白そう!図書館の後は、島への通路探してみるのもアリかもね!」
そんなリリーに、
「ふむ。初上陸……というのは良いかも知れんのう」
「だね。何もなくても、誰も行った事のない場所に初めて入る、それだけでもいいよね」
と、仲間達もテンションが上がる。
「まあ、そのためにも地道なマッピングだ。……ホントに島に繋がってるなら、多分、もっと下の階層があるだろうしな」
「あー、確かに湖の深さ考えると、そうなるな」
「逆に言えば、下へ降りる階段が無ければ島には行けないってことかな?」
「いや、サークル・ゲートがあれば別じゃろう」
「つまり、可能性はゼロじゃないって事よね」
などと賑やかに話していたレック達だったが、さらに数分も進まない間に、初めての行き止まりにぶつかってしまい、引き返す事になった。
その後は、途中で枝分かれしていた道を1つ1つ調べていったが、そのうちの1つでは、さらに下へと続く階段が発見された。もっとも、グランスの「この下は明日にしよう」という一言で、この日の探索は第一層(最初に降りてきた層はそう呼ぶ事になった)だけになった。
地下道二日目。
予定通り、初日に見つけていた階段から下りた先の二層目を探索。おそらく4番街区の北端にあたる辺りで、前日同様に行き詰まった。他には特に変わった事もなかったため、一部で早くも倦怠感が漂い始めた。三層目に続くであろう階段を見つけ、翌日以降の探索をそこに設定して二日目は終了した。
地下道三日目。
三層目の探索を行うものの、やはり4番街区を抜ける事が出来ず、一度そこで休憩という事になっていた。
「これはあれやな。クックキー川なんやろな」
とマージンが言ったのは、あらかじめ買ってきていたサンドイッチを、昼食には少し早いながらも、ランタンの明かりだけで食べながらの事だった。
「なるほど。そういうわけなんじゃな」
と、ディアナをはじめとした何人かはすぐにマージンの言葉を理解した。
「どういうこと、ですか?」
理解しきれなかった一人、ミネアが首をかしげると、
「地下通路は川を横断する事は出来ないのは分かるかの?そして、4番街区の北端と言えば……ということじゃ」
「なるほど……そーゆーわけなんだ」
もう一人理解できてなかったリリーが頷く。
「つまりは、クックキー川より深くまで降りないと、3番街区の地下への道は見つかりっこないわけだな」
「あらかじめ予想しておくべきだったか」
ミネアから預かったミネアお手製マップを見ながら、グランスが呻いた。
マップには一層目と二層目の4番街区部分、それに三層目の4番街区北部分にあたる地下通路が書き込まれていた。ただ、同じ場所で通路が行き詰まっているのが必然なのかどうか、区別を付けられるほどには通路の数が多くなかったが。
「となると、川底より深くなるまでは水平方向の探索は意味があまりないか?」
「かも知れんのう。今、どのくらいの深さなのか分からんがの」
「確か、クックキー川の水深が深いところで10mだったか?」
「それくらいじゃな。それに川底が抜けない程度の地盤の厚みを確保するなら、20mは潜らんといかんのかのう……?」
「いや、そこまでは分からんが……」
数字が分からないと悩むグランスとディアナ。
もっとも、他の仲間達もどのくらい深く潜ればいいのかなど、さっぱり分からなかった。
「で、この三層目で深さどんくらいや?」
「あ、はい。えと、25m、くらいです」
マージンに訊かれ、グランスからマップを返して貰って、ミネアは確認した。
「川の水面から街の地面までの高さが3~4mはあったはずやな。となると、三層目の天井で川底から10m弱。素人考えやと足りそうな気もするんやけどな」
その数字に、地下の暗がりの中、再び「う~ん」と唸る仲間達。
しかし、そもそも考えても答えの出ない問題だったりする。知識がないのだからどうしようもない。おまけに、レック達は気づいていないが、イデア社の地下道をデザインした担当者が、そこまで考えていたかどうかも怪しいようでは、考えるだけ無駄なのだった。
そのことに気づいたわけでもないだろうが、
「考えても答え出ない気がするし、北に進める通路だけ確認して、他は無視するでいいんじゃないかな」
そう言ったのはレックだった。
「幸い、ひねくれた構造にはなってないみたいだしさ」
「確かにな。3番街区への通路を探したければ、北に向かっている通路を確認するだけでいいはずだな」
これまでにマッピングしてきた通路を思い出しながら、グランス達も賛意を示す。
「それなら、だいぶ手間も減らせそうだな」
「そうですね」
そんな感じで何となく仲間達のテンションが回復してきたところで、レックはもう1つ、言うべきことがあるのを思い出した。
「あと、何層目まで確認するか、決めておいた方がいいと思うんだけど」
「む。それももっともじゃな」
確かに、地下100mも潜る必要があるとは思えない。というか、見つからないままどこまでも潜っていくのも――底がないとしてだが――おかしな話であった。
「今は三層目か。で、深さ25mほど。3番街区への道があるなら、どちらにしてもそろそろだな」
「だな。次かその次くらいに見つかってもおかしくないと思うぜ」
「となると、今日か明日くらいかのう」
「なら、明日まで探索してみて、見つからなかったら、地下から3番街区に行くのは諦めるか」
「四日もかけて諦めるのは、ちょっと勿体ねぇ気もするけどな」
「いっそのこと、底まで……あう、ごめん。なんでもない」
「じゃ、明日まで探索してみて、見つからなかったら他の方法を考えるとしよう」
途中、リリーが変な事を言いかけたが、こうしてあと一日半だけ探索を続ける事になった。
そして、翌日。
午前中の四層目の探索で、レック達はついに3番街区地下への通路を発見した。その日は地上までの通路の探索に費やされ、2番街区と思われる場所への出口の確認までを行い――
そして、さらに翌日。
昼前に目的地近くの出口に到着したレック達は、困った事態に陥っていた。
「マージン、結局合流できなかったな……」
「うむ。ここに来て合流できないようでは……」
「ごめんなさい……」
「いや、俺たちに謝られてもな……」
つまり、マージンとはぐれていた。
てっきり地下通路にはエネミーの類はいないだろうと呑気にしていた蒼い月の面々だったが、途中、怪しげなうなり声がどこからか聞こえてきた。それを聞いたミネアがパニックを起こし、そんなミネアを仲間達が必死に追いかけている間に、気がついたら一人いなくなっていた。という訳である。
幸い、ミネア達は現在地を見失う事にはならなかったが……
「マージンのやつ、地図は持ってないよな。道順は覚えてるのか?」
「……いや、覚えてないと言ってるな」
マージンとクランチャットで連絡を取っていたグランスが、そう答えた。
実際、はぐれた事が分かった直後からクランチャットで連絡を取り合流を試みていたのだが、めぼしい目印もない上にランタンの明かりしかない暗闇の中では、到底合流できそうにもなかった。そこで、地上への出入り口での合流を目指したのだが……結果は言うまでもあるまい。
「とりあえず、地上を目指しているらしい。まあ、地下のどこかで飢死などという心配は要らないだろう」
「で、先に合流するのか?」
クライストに訊かれ、グランスは首を振った。
「いや、俺たちはこのまま図書館を目指す。マージンも、図書館の近くに出られたら、図書館を目指すと言っていた。まあ、無理そうなら先に宿に戻っているそうだ。どちらにするかは、地上に出てから連絡してくるそうだ」
「大丈夫、でしょうか……?」
「一人なら目立たずに動き回れるから心配するなと言っていたな。まあ、何かあればクランチャットで連絡もつくし、合流したいならさっさと図書館に行って用事を済ませるのがいいだろうな」
心配そうなミネアに、グランスはそう言った。
「じゃ、何とか出口の格子を外して、さっさと外に出ようぜ」
「じゃな。もっとも、外の様子が分からぬ以上、あまり大きな音も立てられんがの」
そう言って、さっさと出口へと向かうクライストとディアナ。
残りの仲間達もその後を追い、すぐに出口に着いた。
「近くにはプレイヤーの気配はないよ」
出口も、レック達が地下通路に入り込んだ入り口と似たり寄ったりで、高さが殆ど無いくせに格子だけはしっかりはまってた。そんな出口に張り付いて、外の様子を窺っていたリリーが周囲の安全を報告すると、
「よし、では静かに格子を外していくか」
ランタンを仕舞ったグランスが、代わりにハンマーとノミを持って、出口に張り付いた。
そのまま、大きな音を立てないように、少しずつ格子の根本がはめ込まれている石を削り始める。予定通りの街区であれば、外はPKをもやらかしている連中の縄張りど真ん中である。
油断は出来ない。時々手を止めて、周囲の様子を窺い、何もなければ再び音を立てないように石を削る。
やがて、
「よし、1本とれたぞ」
そう言って、外れた鉄棒を仲間に渡そうとグランスが振り向くと、
「ああ、ご苦労さん」
そこにいたのは深緑の髪を肩まで伸ばした見知らぬ男だった。
その後ろでは、仲間達が喉元にナイフを突きつけられ、武器を取り上げられ、次々とロープで両手を縛り上げられているところだった。