第三章 第五話 ~キングダム~
目的を果たし、レック達がラスベガスを発ったのは、割とすぐだった。ラスベガスでは結局、4泊しかしなかったのだから、早かったと言って過言ではない。
それから街道沿いにいくつかの町を経由しながら、エネミーとの遭遇を除けば平和極まりない旅路を経て、ジ・アナザーの最初の街、キングダムを北西に望むことが出来る丘に着いたのは、ラスベガスを出て9日目のことだった。
「懐かしいね」
「そうだな。マジで久しぶりだ」
キングダムをぐるりと取り囲む城壁とその周囲に広がる些か荒れ気味の農地を彼方に見据え、蒼い月の仲間達は感慨深げだった。
「二年前に出てから、キングダムに帰ってなかったですしね」
「それ、『魔王降臨』までだよね?」
「うむ。『魔王降臨』からは既に130日以上が経っておるからな。もう二年半くらいキングダムに踏み入れてないことになるのう」
「あれ?ディアナは何で130日って分かるの?」
不思議そうにリリーに訊かれ、
「ちゃんと数えておるからのう」
意外とまめなディアナだった。
「曜日とかないと、日付とか日数とかさっぱり分からんなー」
「イデア歴とか誰も使ってないからのう……」
ディアナが言ったイデア歴とは、ジ・アナザー用の暦のことである。仮想世界をそれっぽくするために作られた暦なので、実用性はいまいちで、殆ど使われていなかった。
代わりに使われていたのが、リアルの暦と曜日である。ジ・アナザーの二日がリアルの一日であるため、たとえば火曜日の上、火曜日の下のように、リアルのそれに上下を付けて表すことが多かった。
それが使われなくなった理由は、『魔王降臨』の際の混乱が原因である。『魔王降臨』以降の日数をちゃんと数えていなかったプレイヤーが大多数だったため、互いに齟齬が生じ、気がついたら使わなくなっていたのであった。
もっとも、それでは人との約束や契約の際に不便極まりない。なので、大陸会議のメンバーでもあるクラン「ふたこぶらくだ」などでは日付を統一して、それまで同様の暦を使っていた。最近では、大陸会議として使っていこうという話になっているので、半年が過ぎる頃には暦は元通りになるのだが、それはまた別の話である。
「ちなみに、今何日目?」
試しにレックが訊いてみると、
「133日目じゃ。10月13日水曜日の上じゃな」
「すげぇな」
「ああ。懐かしいものを聞いた気がする」
すらすら出てきたディアナの答えに、仲間達は驚きを隠せなかった。
「夏休み、完全に終わってるね~……」
「そう、ですね」
「中間テストも終わってるね~……」
「そう、ですね」
どこかずれたやりとりをしているリリーとミネア。
「リアルで2ヶ月以上か。ほんと、リアルからの救出とか期待できそうにもねぇな」
今更ながらのクライストの台詞であったが、『魔王降臨』直後ほど、仲間達の心を暗くすることはなかった。それだけ、皆、今の生活に慣れてしまっていたのだった。それどころか、
「まあ、遅くても1~2年で出られるようじゃないと、ここから出たら全員ジジババだな」
とグランスが言えるくらいになってしまっていた。
もっともこの言葉は余計な一言で、
「うあ、それはイヤ……。まだ、彼氏も作ってないのに、いきなりオバサンとか耐えらんない……」
「僕もそれはちょっと……」
真面目に仲間達が悩み始めてしまった。特にクライストは、
「俺は、彼女が心配だな……」
と、リアルに残された恋人のことが気になったらしく、完全に鬱モードに突入してしまった。
これには仲間達もかける言葉も見つけられず(他は家族はいても彼氏彼女がいない独り身軍団だった)、それからしばらくは、黙々と沈んだ空気のまま歩き続けることになってしまった。
グランスも、仲間達から向けられる冷たい視線で、すっかり縮こまってしまっていた。
「相変わらずでけえ城門だな」
「そうじゃのう」
キングダムを取り囲む城壁には何カ所か、その城壁の規模に見合うだけの城門が設置されていた。
夕方も近くなった頃、そのうちの1つ、大陸会議の管理している街区への城門へと辿り着いたレック達は、久しぶりの城門のサイズに圧倒されながら、あることに気づいていた。
「あれって検問……?」
レックの言葉通り、門のところでは、軍の制服を着た何人もの武装プレイヤーが出て行くプレイヤーと、入ってくるプレイヤーを一人一人止めていた。
止められたプレイヤー達は腰に下げた革袋風のアイテムボックスから何か取り出して軍の兵士にそれを見せる。それを見た兵士は後ろに控えている兵士に何事か告げると、後ろの兵士が手元の用紙に何事か書き付ける。そして、後ろの兵士が頷くと、止められたプレイヤーが歩き出して門を通過する。それがひたすら繰り返されていた。
「どーして、あんな事してるんだろ?」
レックが首をかしげていると、
「治安維持じゃろうな。怪しいプレイヤーが入り込まないようにしておるのではないか?」
とディアナ。
「ああ、その通りだ。身分証がないプレイヤーは入れてもらえないそうだぞ」
「グランス、それ、初耳なんだけど?あたしたち、大丈夫よね?」
じと目で睨むリリーに、
「冒険者カードでいけるからな。説明するのを忘れていたが、そのことはラスベガスでも確認してきたし、間違いない」
平然と答えるグランス。
実際、兵士達に冒険者カードを見せると、2、3の質問をされただけで、レック達はすんなり街に入ることが出来た。
「すっごい人だね~」
「そう、ですね……」
門をくぐって中に入ると、久しぶりにやってきたキングダムは、レック達が思っていた以上に人が多かった。
リリーがはしゃいでいる傍らでは、ミネアがびくびくしながら、グランスの後ろに隠れようとしている。
「思ってたより人が多いよな」
「大陸会議の管理街区だからだろうな」
淡々とクライストに答えるグランス。
レックもまた、道行く人々の多さに驚きを隠せなかったが、何か違和感も感じていた。今までの街と何かが違う、そんな気がした。
「まー、先に宿を決めへんか?しばらくいるつもりなら、変な宿はゴメン被るしな」
「そうじゃな。マージンの言うことももっともじゃ」
「ああ、そうするか」
とりあえず、キングダムにも出来ていた冒険者ギルド支部で宿の情報を手に入れたレック達は、その中から宿を決め、男女別に2つの部屋を取っていた。
そして、その男部屋。
「で、明日からどうするんじゃ?」
全員が集まって、明日からの予定を話し合っていた。
「やっぱ、公立図書館に行けるかどうか、だよなぁ」
頭の後ろで両手を組みながら、クライストはベッドの上で体を揺らしていた。
「そこはまだ、大陸会議の管理下に入ってないのが問題だな」
テーブルの上に広げたキングダムの地図を睨みながら、グランスが言う。その地図には、ひょうたん型の湖とそれを取り囲む楕円形の街が描かれていた。
キングダムは、東西に7kmに渡って延びるひょうたん型のレフス湖を囲む形で設置された街である。
湖の西半分には北北東から、湖の東半分には東北東からそれぞれ1本ずつの大きな川が流れ込んでいる。反対に、湖の西側からは南西方向へとやはり1本の大きな川が海へと流れ出していた。
その湖を囲むように東西8km、南北4km、太さ1kmの楕円形のリング状に街区が配置され、そのさらに外側を城壁が取り囲む。キングダムはそんな形をしていた。
その街区は、3本の川といくつかの大きな通りによって12の街区に分けられており、北から時計回りに1~12の番号が割り当てられている。
その中でも大陸会議が管理できているのは南東部にある4~6番街区のみ。しかし、蒼い月の目的である公立図書館があるのは、流れ込む2本の川に挟まれた北~北東部の2番街区であった。
「2番街区に普通に入れるなら、楽やねんけどなー」
「城門での検問を見る限り、望み薄じゃろうな」
「大陸会議の管理下にある街区と2番街区はそんなに遠くはないが、途中のクックキー川の橋を渡るのがな。3番街区を占領してる連中に見つからないようにというのは少し難しいな」
地図で東北東から湖の東側に流れ込むその川を指しながら、グランスが言った。
川に架かる橋の長さが100m以上あることを考えれば、見張りがいれば見つからずに渡りきるのは不可能と言って良かった。
「プレイヤーが大勢通ってたら、普通に渡れるんじゃねぇのか?」
「治安が悪いところにわざわざ出向く酔狂なのがそんなに沢山おるのかのう」
そのディアナの言葉で、人通りが絶えないような賑わいを見せているのは治安のいいこの南西街区だけなのだと、レックは思い出していた。
「まあ、その辺は明日にでも実際に橋をこの目で見てみたら分かる事じゃがな」
「そうだな。まぁ、でも、ディアナの言うとおりかもしんねぇな」
「舟はダメなの?」
リリーはそう言ったが、
「レフス湖にいる水竜に沈められかねん。危険すぎるな」
そう、グランスに指摘された。
キングダムに囲まれたレフス湖。そこに水竜が住み着いているのは有名な話であった。
この水竜は自らの縄張りに侵入してくる全ての船を沈めてしまう。そのため、レフス湖の東側に浮かんでいる島があるのだが、未だそこはプレイヤー未踏の地となっているほどである。
そして、この水竜の縄張りの広さはよく分かっていない。湖の中央に出ようとする船は全て沈められるのは確かだが、湖の岸沿いや湖に繋がる川であれば、沈められない事もある。
だが、沈められない「かも知れない」では、デスゲームと化した今のジ・アナザーでは試す事は出来なかった。
「一応、2番街区も城門があるから、そこから入るという手もあるんだが……」
「そっちの状況も分からぬのじゃろう?」
「そもそも、キングダムの外のクックキー川を渡る橋は、一日以上行かないと無いはずやしなー」
「……出来れば、最終手段にして欲しいな」
「おまけに、2番街区を占領してる連中が、城門で検問の真似事しとる可能性もあるしなー」
「……してたら、完全に無駄足だな、おい」
「まあ、選択肢の1つではあるがな」
そう言うグランス自身、面倒そうな様子を隠していなかった。
「どちらにせよ、まだ情報不足だ。よって、明日からは情報収集をしばらくやっていきたい。それでいいか?」
「いや、ちょっと待って」
グランスの確認に、待ったをかけたのはレックだった。
「全員ばらばらに行動するつもり?」
「ん?それでもいいと思っていたがどうかしたか?」
グランスだけでなく、他の仲間達も概ね、レックの質問の意図がつかめず、首をかしげていた。
「ん。ちょっと、警戒心が足りないんじゃないかって思って。だって、ここ、プレイヤータウンじゃないんだよ?おまけにやばい地域と隣接してるっていうんだったら、やばい連中が忍び込んできてる可能性もあると思うんだけど……」
「言われてみれば確かに……」
レックの説明に唸る仲間達。
もっとも、盲点を指摘されただけで、解決策は簡単だった。
キングダムでの行動は最低でも二人以上で、出来れば女性だけでの行動は慎むという事であっさり決着がついたのだから。
その翌日。
それほど治安は悪くなさそうだったが、昨夜のレックの指摘もあり、警戒しておくに超した事はないと、グランスは仲間達を2つのチームに分けた。
レック、マージン、ディアナ、リリーの4人のチームと、グランス、クライスト、ミネアの3人のチームである。
「では、あまり目立つような行動は避けて動く事を忘れるな。あまり目立つと、2番街区に行ける可能性がそれだけで下がるからな」
そんなグランスの注意を受け、レック達4人は宿の前でグランス達と分かれた。
この後グランス達は、冒険者ギルドや商人ギルドを回って、キングダムの状況を訊いて回る事になっている。一方、レック達は3番街区と4番街区を結ぶ橋の様子と、6番街区と7番街区の境界線付近を見て回る事になっていた。
「ひょっとしなくても、こっちの方が歩かなきゃいけない距離、長かった??」
ディアナが持っている地図を横から覗き込みながら、イヤそうな顔になるリリー。しかし、
「そうじゃな。地図を見る限り、20kmくらいは歩く事になるじゃろうな」
「う~、やっぱり距離あるね~」
ディアナの返事を聞いて、リリーはがっくりと肩を落とした。。
旅をしていると一日の移動距離は20kmなど遙かに超える。エネミーとの戦闘などもあるとは言え、一日で40km近く歩く事もざらである。
それでも、やはり5時間以上歩き詰めというのは、大変な事ではあった。
「で、先にどっちに行く?」
「ま、橋やろな」
「じゃな」
マージンとディアナがさも当然と頷きあい、要らない事を訊いてしまったとレックは少し赤くなった。
その後、リング状になったキングダムの市街地の中心を走る一周36kmもある中央通りに沿って、レック達は移動を開始した。中央通り沿いの商店や露天の表に出された商品を眺めたりしながら、レック達は3番街区を通り抜け、5番街区の宿を出てから一時間ほどでクックキー川に到着した。
クックキー川は川幅80m、河川敷や土手も含めると実に幅が200メートルにもなる大きな川である。『魔王降臨』以前は川岸で釣り糸を垂れているプレイヤーや、網を投げているプレイヤーもいたのだが、今はそんな事をしているプレイヤーは一人もいなかった。
その川に跨るクックキー中央大橋(川の名前と橋に繋がっている通りの名前をつなげただけの名前である)は、幅10m、長さ200mの緩やかなアーチ型の巨大な石造りの橋であった。クックキー川の川面に突き刺さっている何本もの橋脚が重厚な橋をしっかりと支えていた。
「やはり、検問が張られておる……のかのう?」
クックキー中央大橋に着いたレック達の目に映ったのは、4番街区側の橋の袂に積み上げられたガラクタの山と、その手前に屯している、軍の装備に身を固めた10人ほどの兵士達だった。
「検問……なのかどうなのか、判断しづらいね」
少し離れたところから様子を覗いながら、レックが答える。
城門にいた兵士達は確かに検問をしていたものの、こちらの橋の袂にいる兵士達は到底検問をしているようには見えなかった。ガラクタの山はよく見ると人が2~3人通り抜けられそうな隙間はあるものの、兵士達自身は呑気に雑談に興じている。もっとも、通行人がいないのではたとえ検問が仕事だったとしても、仕事できないのだろうが。
「まー、話聞いてみたらえーやん。別にわいら、やましいとこがあるわけちゃうし」
「それもそうじゃの。むしろ、今のこの様の方が怪しく見えるのう」
そう言いながら、堂々と姿を晒して、マージンとディアナは歩き始めた。
「ちょっ、待って待って」
慌てて追いかけるレックとリリー。
橋の袂に屯していた兵士達も、すぐにレック達に気づいたようで、雑談を止め、何人かは武器を構えていた。しかし、
「お勤めご苦労さん。ちょっと話聞かせてもろてもえーかな?」
マージンがフレンドリーに話しかけると、兵士達の緊張は僅かに緩んだ。
「それは構わないが、こちらからも質問をさせて貰う。いいか?」
隊長格と覚しき、一人だけ鎧の上から羽織っているチュニックが立派な兵士が、マージンに応対してきた。
だが、後ろの兵士の何人かは、まだ武器を構えたままだった。そのせいか、レックとリリーも僅かに緊張している。
「ああ、構へんで」
しかし、敢えてそのあたりの事を無視するマージン。
「では、君たちの身分証と、何故ここに来たのかを教えて貰いたい」
「ん、やっぱ、ここ、検問みたいなもんなん?」
「まあ、似たようなものだ」
マージンの言葉を肯定する隊長。
レック達が渡した冒険者カードを順番に確認した彼が、他の兵士達に武器を降ろすように指示を出すと、やっとその場を支配していた緊張が緩んだ。
「済まないな。状況は多分知ってると思うが、キングダムは平和と言い難いんでな」
少しばかり申し訳なさそうに言いながら、隊長はレック達のカードを返してきた。
「警戒しとるってことは、あっちからちょっかい出された事があるんか?」
「中からもだな。まあ、ホントにちょっかい程度だったけどな」
怪我人すら出なかったと、隊長は笑った。
「じゃあ、このガラクタの山は……」
「バリケードの代わりだな。うまい事作れなくてな。やはり、街の管理者の許可がない構造物は、すぐに勝手に壊れてしまう。で、これで代用しているというわけだ」
「ははぁ~……なるほどなぁ。よう考えとるわ」
「苦肉の策だがな。で、用事の方を聞いていないんだが、聞かせて貰ってもいいか?」
「ああ。ちょっと、2番街区にある図書館に行ってみたいんや」
「図書館に?」
「せや。ちょっと最近、リアルで読んでた小説が懐かしくなってな~。で、図書館やったらあるんちゃうか思うたんや」
何やら、自分たちの目的と全然違う事を言い出すマージンに、リリーが何か言おうとしたが、さりげなくディアナに止められた。それを見たレックも、後から理由を聞けばよいと、今は静観する事にした。
「あ~、確かにあそこならあるかもな。ちなみに、どんなのを読んでいたんだ?」
「SFとかホラーとかやなぁ。推理小説も割とよく読んでたわ」
「なるほどな。なんか、俺も久しぶりに本を読みたくなってきた」
「で、図書館って今行けるんか?」
「2番街区はチンピラ共の巣窟だからな。図書館自体は無事だろうが、そこまで何事もなく辿り着けるかどうかは分からん」
「ちなみに、わいらがここを通りたい言うたら、通して貰えるんかな?」
「通すだけなら問題はないが、そこから先は自己責任になる。それでいいのなら、だな」
そう言うと、隊長は小難しい顔になり、
「まあ、出来ればあちらに行くのは勧められないな」
「そうなんか。まあ、仕事、頑張ってな」
そう挨拶を終えたマージンの後について、レック達は元来た道を引き返し始めた。
「で、さっきは何であんな嘘ついたの?」
もうこちらの話し声が橋のところまで届かないくらいに離れると、ディアナに止められていて訊けなかったことを、早速リリーがマージンに訊いた。
「馬鹿正直に理由を話す必要もあらへんかったしな」
「あの兵士達の中にもチンピラ達の仲間がおるかもしれんしのう。こっちの目的はどうでもよさそうな物に見せかけた方が、周りの興味を引かなくて済もう」
「それって、小説の読み過ぎ……?」
「しかし、警戒しておくに超した事はあるまい?」
「……そだね」
ディアナの説明に、リリーは納得して頷いた。
レック達がクックキー中央大橋を離れようとしていた、その頃。
グランス達は、キングダム公立第二銀行に立ち寄っていた。当座の資金を下ろすためである。
キングダムには2番、5番、8番、11番街区にそれぞれ1つずつとても立派な銀行が設置されていて、時計回りに番号が振られていた。つまり、第二銀行は5番街区にある銀行である。
「ゴーレムは動いてんだな」
銀行の窓口の向こうを見やったクライストがそう言った。
ジ・アナザーの特徴の1つは、NPCの不在である。他のゲームなら街のあちこちに配置されていて、店を営んでいたり、クエストや情報をくれるNPCだが、ジ・アナザーには一人もいなかった。
その理由を運営が明かす事は終ぞ無かったわけだが、銀行などのサービスの提供にはプレイヤーに応対するキャラが必要だった。プレイヤータウンではその役を街を運営している公認ギルドのメンバーが担っている。だが、管理・運営にプレイヤーの手が入っていないキングダムではそうもいかなかった。
で、代行として人型のゴーレムが配置されていた。
このゴーレムには2つのタイプがあった。
1つ目はプレイヤーに直接応対する軽量型。ライトタイプは自動人形とも呼ばれる女性形であり、何故か全てメイド服を着用していた。顔にはマスクを被っていて、人間の目に当たる部分は隠されていたが、鼻から下は精巧に作られた顔が覗いていた。
もう1つが、重量型。こちらの方が一般的なゴーレムのイメージに近いため、単純にノーマルゴーレム、あるいは単にゴーレムとだけ呼ばれていた。
いずれも中級冒険者ですら圧倒する性能を持つが、基本的にキングダムの公共サービスの提供やそれらの警備目的でしか配置されていなかった。
「運営があんな事をしでかして、ゴーレムも止まったと思っていたが……いや、考えてみれば分かる事だったか」
止まっていれば噂になっていたはずだと、グランスは頭を掻いた。
「でも、ゴーレムが無事なら、図書館も……」
「ああ、無事だろうな」
グランスはミネアの言葉に頷いた。
ゴーレムは自らが配置されている施設やその備品への攻撃、破壊行為などを一切見逃さない。本に落書きをしたプレイヤーが図書館から叩き出されたという話すらあった。
とにもかくにも、クランの口座からいくらかの金を引き出した後、グランス達は商人ギルドへと向かった。冒険者ギルドより先にしたのは、単に銀行から近かったからで、他意はない。
キングダムの商人ギルドは、こぢんまりとした建物に入っていた。銀行と違って、プレイヤー達が作った組織なので、こればかりはどうにもならなかった。
ただ、殆どのプレイヤータウンの人口が1万人に遠く及ばない中、キングダムの5万人を超えるとされる(実際には8万人近い)突出した人口規模のためか、治安に不安を抱えながらも商業はかなり盛んだった。それを反映してか、商人ギルドも人の出入りが激しかった。
そんな中、かろうじて手が空いていた商人ギルドのメンバーを何とか捕まえたグランスは、4~6番街区以外の街区の状況を教えて貰っていた。
「あー?大陸会議が制圧できてない街区の状況だと?」
「ああ、それを知りたいんだが、分かるか?」
「まあ、ある程度はな。だが、そんな事を知ってどうするつもりなんだ?」
「ちょっとあっちに用事があってな」
「ほぉー……?」
何とかグランスが捕まえたプレイヤーは、茶色い瞳を細め、グランスをじーっと見つめた。
「まあ、どういう用事なのかは訊かないでおくか。どっちにしても、あんた達冒険者には、被害を被らない限りは最大限の便宜を図るように言われてるしな」
そう言うと、彼はキングダムの状況についての説明を始めた。
それによると、キングダムは現在5つの主要な勢力が各街区を支配している。大陸会議は管理だとか言っているが、支配も管理も大差ないとは彼の言であった。
言わずもがなの大陸会議が支配しているのが4~6番街区。治安は比較的良好で、他の街区から逃げてきたプレイヤーが流れ込んだ事もあり、人口は5万人とキングダムにいるプレイヤーの半分以上が住み着いている。
ついでに言うと、キングダム周囲の農地のうち、東北東のクックキー川と南西のウィルソ川を境にした南側全域が大陸会議の支配下にある。
ダイナマイツサンダーが支配する2番3番街区と、夜露死苦連合が支配する7番8番街区。支配している連中はプレイヤーへの暴力、強盗、レイプ、PKなどなど、はっきり言ってやりたい放題の最低の連中で、当然、治安は未だに最悪。がれきに阻まれて、大陸会議の軍も入りづらく、手をこまねいている状況だとか。
ただ、当然のように流通が停滞。最近は食糧不足に陥り、プレイヤーに他の街区から食料泥棒をさせている。
対照的なのがエドバドが支配する9~11番街区。エドバドの支配は恐怖政治に近いが、それなりの秩序を保っているとか。
キングダム周辺の農地のうち、北北東のエルマ川と南西のウィルソ川に挟まれた地帯を支配しており、潤沢な食糧を確保しているらしい。
クラッカーズが支配する1番12番街区は、それらを足して割ったような状況。クラッカーズがやりたい放題やった結果、支配街区の人口が激減。しかし、自分たちの首を絞めていた事に気づき、最近はエドバドのやり方を見習って、何とか支配街区に落ち着きを取り戻そうとしているらしい。
エルマ川とクックキー川の間の農地を支配しているが、今のところ軌道には乗っていない。
「ま、そんなとこだな。正直、早く軍を増員して、何とかして欲しいんだがな」
そう言いながら、説明を終えた男は次の用事があるからと、商人ギルドの奥へと消えていった。
それを見送った後、
「みんなと相談しないといけませんね……」
「マジで厄介そうだな」
「同感だがな。もう少し話を聞いて回るとしよう」
と、グランス達は次は冒険者ギルドへと向かった。
昼前。
クックキー中央大橋を離れたレック達は、6番街区と7番街区の境界へとやってきていた。
「この辺、なんか寂れてるね」
「店もでておらんしのう」
6番街区に入ってすぐは、道の人通りもそれなりにあったし、建物に人が住んでいる気配もあった。しかし、境界が近づくにつれ、道から人の姿が消え、周囲の建物からも人の気配が無くなってきていた。
「7番街区はチンピラの勢力圏じゃしのう。それが原因やもしれんのう」
「ってゆーか、あれ、何?」
そう言ってリリーが指さした200mほど先にあったのは、
「……ゴミの山?」
「にしか見えないけど、バリケードのつもりじゃないかな」
マージンの言葉に、クックキー中央大橋で見たバリケードを思い出しつつ、レックが答える。
「にしては、随分と大きいのう」
「臭ったりしないよね……?」
感心したようなディアナと、イヤそうな顔になるリリー。
「腐るような物は放置されるとすぐ消えるはずじゃが……」
自信なさげに、ディアナはそこで言葉を切った。
周囲を見回すと、いろいろなゴミが転がっている。それ自体、以前はあり得なかった事なのだ。『魔王降臨』以前は地面などに放置されたアイテムは、長くてもゲーム時間の半日ほどで消滅していたのだから。
もっとも、マージンとレックはその心配はしていなかった。
「そのうち臭うようになるかも知れへんけど、あれは大丈夫やろ」
「生ゴミのバリケードって、すぐ崩れて役に立たないだろうしね」
という事らしい。
その言葉に安心したリリーとディアナと一緒に、それからすぐにレック達はがれきのバリケードの側に辿り着いていた。
「7番街区の建物の間、全部こうなってるのかな」
「みたいやなー」
6番街区と7番街区の間の道、通称南大通りに立ち、レック達は左右(つまり南北)を見渡した。
南大通りはリング状になったキングダムの街の幅と同じ長さしかない。つまり、長さは1kmしかなく、中央大通りを歩いてきたレック達からは、南にも北にも500m先の通りの端に巨大な城門が見えていた。そして、そこまでの全ての建物の間に、がれきが積み上げられたバリケードが詰め込まれていたのであった。
「よく、こんな量のがれきを集められたものじゃのう……」
「だね~……」
しみじみと感心するディアナとリリー。
「街の建物を壊して造ったみたいやな」
バリケードに近づいて、がれきを調べていたマージンが答えを出していた。
そんなレック達に、いつの間にか軍の装備を身にまとった兵士が二人、近寄ってきていた。検問……というより、ここを警備していたのだろう。
「あんたら、何しにここに来た?」
「昨日キングダムに久しぶりに帰ってきてのう。ひどい事になっておると聞いて、見に来たのじゃよ」
南大通りに来た時点で、20人ほどの人影を見つけていたレック達は特に驚く事もなく、応対した。むしろ、話しかけてきた中肉中背の兵士の方が、外見に合わないディアナの話し方に驚いたようだった。
「一応、噂程度は他の街にも伝わっていると思っていたんだがね」
「噂に聞くのと、実際に見るのとは違うじゃろう?」
話しかけてきた兵士の方は、そう答えたディアナの口調をもう気にしない事にしたらしい。
一方、もう一人の小柄な若い兵士の方は、レック達をじろじろと見ていた。まるっきり不審者扱いだったが、それにしても視線がきつすぎる印象を、レックは受けていた。
「とりあえず、身分証明が出来る物は何か持ってるかな?一応、仕事だからね」
そう言われ、レック達は次々と冒険者カードを取り出し、兵士に見せた。
「なるほど。エラクリットとは、また随分遠くから戻ってきたんだね」
兵士はカードの発行場所を見ると、感心したように言った。
「フロンティアに近い方が、面白かったからのう」
「ってことは、フロンティア組かい?」
驚いたような兵士に、ディアナは首を振って、
「いや、近い場所にいただけじゃ。フロンティア組ではなかったのう」
「そうか」
「ちょい、質問ええかな?」
きりのいいところを見計らって、マージンが声をかける。
「何だ?」
「このバリケード、作ったんはやっぱり向こうの連中なんか?」
「さあな。でも、軍がキングダムに入った時にはもうあったみたいだし、俺たちじゃない事は確かだよ」
「ついでにも1つ。これ、超えられるんか?」
「見ての通り、ただのがれきの山だからね。超えようと思えば簡単さ。おかげで、こっちに忍び込もうとする連中が後を絶たないのさ」
「それで、この辺は人が住んどらんのやな」
「ま、そういうことさ」
納得したようにマージンが下がろうとすると、
「そんな事を訊いてどうするつもりだ?」
それまで黙っていた少年兵士が口を開いた。
「別にどうもせんで?」
「なら、何でそんな事を訊いた!?」
少年兵士の様子に驚いたような兵士が「おい……」と手をかけて、止めようとするも、少年兵士はそれを振り払って、マージンに詰め寄った。
とは言え、
「この辺に人が住んどらんみたいやったからな。その理由を知りたかっただけや」
マージンは気にした様子もなくひょうひょうと答える。
「嘘だ!おまえら、連中の仲間だろう!」
「連中??」
「とぼけるな!!夜露死苦連合の連中の事だ!」
「夜露死苦連合て……えらい愉快な名前やな……」
呆れたようなマージンの言葉に、少年兵士の剣幕に驚いていた仲間達も思わず頷きそうになった。
「っ!!ふざけるな!!」
そう言って腰の剣を抜こうとした少年兵士だったが、思いっきり連れの兵士に頭を殴られ、地面とキスをする羽目になった。
「すまないね。彼、友達を連中に……ね」
地面の上でもがき続ける少年を押さえ込みながら、兵士は軽く頭を下げた。
「ああ、いや。別に気にせんからええで」
「そう言ってもらえると助かるよ」
そう言いながら、兵士は目線でマージンに早く立ち去るように促した。
それを見たマージンは、
「じゃ、いろいろ聞かせてくれて助かったわ」
そう、仲間達とその場を立ち去った。
「さっきのあれ、驚いたね」
宿への帰り道。どこか、おびえた様子の残るリリーに、
「そうじゃな。あれは、友人を殺された、ということなのじゃろうな」
そう言いながらディアナは、確認するようにマージンを見た。
「そうなんやろうな」
「こんな事になっていてもPKとか、やっぱりいるんだ……」
そう言ったのは沈んだ感じのレック。PKそのものではなくとも、それを肌で感じ取れる出来事に、ショックを受けていた。
「リアルでも殺人犯とかおるんや。ゲームの中もその延長に過ぎんしな」
そこで一度言葉を切ると、マージンは立ち止まってレックとリリーの目をじっと見つめた。
「PKやのうても、魔王が倒されるまで魔物の襲撃でもプレイヤーは死んでいくんや。人が死ぬ事に慣れろ、とは言わん。でもな、それを見届ける覚悟は必要や。その全てを避ける事は絶対に出来んのや」
そう言ったマージンの目は、真剣そのもので、レックもリリーもその真剣さに、頷く事しかできなかった。
「で、私に言ってくれないのは、どういう了見かのう?」
すねたように言うディアナだったが、
「こういうことするんは、未成年限定や」
「それはつまり、私が年を取っておると?」
「そうは言わんけどな~。でも、子供っちゅーわけでもないやろ?」
さすがにそれには、ディアナも反論できなかった。
レックとリリーも、マージンに言われた覚悟が出来てるかどうかと訊かれれば、出来てない、分からないとしか答えられないので、子供と扱われても文句は言えなかった。
その晩。
例によって、夕食の後に宿の男部屋に集まったレック達は情報交換を終え、明日からどうするかを話し合っていた。
「まず、図書館は十中八九無事だ。そして2番街区に入れるかどうかだが、クックキー中央大橋を渡って3番街区に入る事は出来そうだ。だが、入った後にどうなるかが分からないわけだな」
「情報不足だな」
クライストの言葉に、ディアナとレックが頷く。
「見つからないか、見つかっても気にされないならいいんだが、様子すら分からないのではな」
ちなみに、見つかっても構わず相手をなぎ倒す……というのは、自分たちの力を過大評価しないようにしているレック達にとって、選択肢とはならなかった。それで死んだら身も蓋も無いのである。
「ぞろぞろ行くと見つかりやすくなるしね」
レックがそう言うと、
「やったら、少人数での潜入やな。こう、ジェームズ・ボンドみたいにな。格好ええやん」
「いや、それは映画の見過ぎ」
銃をぱんぱん撃つ振りをするマージンに、レックはツッコんだ。
「大人数での潜入よりは見つかり難かろうが、見つかった時に逆に危ないのう」
「まあ、バリケードの上から覗くくらいはしてみたいわ」
「それもそうだな」
「ないしは、地下から潜り込む!とかな。文字通りの潜入や」
「いや、そんな都合のいいものは無かろうに」
しかし、ディアナがそう否定しようとした時、
「あるかも」
マージンの言葉を聞いて、ちょっと真剣な表情になったリリーがぽつりと呟いた。
「「え?」」
思わず聞き返す仲間達。
「地下道みたいなもの、あるかも」
「どういうことだ?」
そう尋ねるグランスに、
「前にどこかの裏道の奥の方に、格子がはめられた穴が開いてたの。格子は外れなかったけど、覗き込んでみたら地下に続く階段っぽいのが見えたから、地下があるかも」
リリーはそう答えた。
「そういや、キングダムの地下にはなんかあるって噂、あったよな」
思い出したようにクライストがそう言い出す。
「私は聞いた事はないのう……」
「俺もない」
ディアナとグランスは揃って首を横に振る。
「わたしは、地下があってもおかしくないというくらいなら……」
「僕は地下があると面白いな、くらいかな」
噂にもなってなかったのがミネアとレック。
「地下はあるんやけどな」
あっさり断定したのがマージン。
「「「……はい?」」」
そのあまりに平然とした口ぶりに、仲間達は一瞬、マージンが何を言ったか理解出来なかった。
「まー、もう守秘義務もクソもあらへんしなー」
仲間達の視線を集める中で、そう前置きをしたマージンは、
「わい、リアルでイデア社の仕事受けとったやん?」
そこで仲間達がうんうんと頷く。
「で、キングダムの街データの構築も少しな。やらされたことあるんや。その時に見たんや」
「なるほど。じゃあ、ここには地下道がある、と?」
そう確認してきたグランスに頷き返すと、
「出入り口までは知らんけどな。地下室みたいなちんまい空間ではなかったで」
「ってゆーか、そーゆー話はさっさと出してよね」
ため息をつきながら、睨み付けてくるリリーにマージンは、
「随分前の話で、すっかり忘れとったんや。堪忍堪忍」
と両手をパンと合わせて、頭を下げた。
「……まあ、マージンの年齢が随分気になるところじゃが、本当だとするなら、2番街区まで見つからずに行けるかもしれんのう」
「「「………………!!!」」」
ディアナの台詞に、再び仲間達の視線がマージンに殺到した。
「キングダムのデータ構築に関わったって……何年前だ……」
「確かに……。ジ・アナザーのサービス開始って10年以上前だよね……」
「何歳ですか……」
一斉に引いてしまった仲間達に、「いやいや待て待て!」と慌てるマージン。
「言うておくけど、そんな昔とちゃうで!?」
勿論、その程度で仲間達のジト目は戻らない。
「ジ・アナザーのマップデータとか、オブジェクトデータとか、プログラムとか、毎日少しずつ少しずつ更新されとったんや。その時わいの受けてた仕事もその1つで、手狭になってきたキングダムの拡張の仕事やったんや!!」
その言葉でグランスが、
「そう言えば、確かに時々拡張していたな」
と思い出した。
それに続いて仲間達も、
「あー、あったあった」
「やってたやってた」
と思い出す。
「じゃあ、マージンさんのリアル年齢が40歳とか50歳ということは……」
「あらへんあらへん」
ホッとしたように、否定するマージンだった。
「で、その地下道を使えば、見つからずに厄介ごとを避けて図書館まで行けるのか?」
仲間達が落ち着きを取り戻すのを待って、グランスは口を開いた。
「それは分からん。さっきも言うた通り、出入り口も知らんし、そもそも川の下を潜っとるかどうかも、見た事あらへんし」
「でも、クックキー川の下も貫通していて、図書館の近くに出入り口があれば、図書館行けるね」
「まあ、探してみる価値はありそうじゃな」
「地下道……ネズミとかゴキブリとかいないでしょうか……」
「いたら、やだね~……」
ホントにイヤそうにおびえる(?)ミネアと顔を顰めるリリー。
「まあ、まずは見つけるのが先だけどな」
「では、入口をまずは捜すという事でいいな?」
グランスの言葉に仲間達が頷き、レック達は翌日から地下道の入口を捜す事になったのだった。