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ジ・アナザー  作者: sularis
第三章 キングダムと公立図書館
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第三章 第三話 ~寄り道ラスベガス初日~

 ラスベガス到着の翌日。

 レック達はバイキング形式の朝食を摂った後、個々人で武器の修理や消耗品の補給を行う――はずだったのだが、何故か全員で冒険者ギルドに向かっていた。

 グランスは元々ギルドで情報を仕入れるつもりだったし、マージンも新しいアイテムを生産スキルに登録するために、他のプレイヤーの情報を仕入れるつもりでギルドに行く予定だった。クライストも、店を一軒一軒回るよりはギルドで聞いた方が早いと同行した。レックは修理をマージンに任せたため、手持ちぶさたになってしまい、それなら修理や補修くらいは自分で出来るようになろうということで、その手のスキルを教えてくれそうなプレイヤーの情報を仕入れるためにやはりギルドに同行した。女性陣3人は、生理用品の状況を知るために、やはりギルドへと同行した。

 平たく言えば、全員が情報を仕入れにギルドに向かったわけだった。



「すっごい人だね~」

「マジ、すげぇな」

 ラスベガスの冒険者ギルドに着いたレック達は、建物を出入りするプレイヤーの数に圧倒され、次に、建物の中でもそこに来ていたプレイヤーの数に圧倒された。


 ちなみに、ラスベガスの冒険者ギルドの建物――通称ギルド会館――には、大陸会議によって設置された他のギルド――生産者ギルド、農家ギルド、商人ギルドの3つも同居していた。また、ギルドメッセージを使った連絡網を受け持つメッセージギルドの支所も入っていた。

 そのことを受付で聞いたレック達は、人が多いことに何となく納得はしたものの、それでも『魔王降臨』以降は見ることもなかったほどの人、人、人という光景に圧されていたのだった。


「生産者ギルドは二階やそうやから、わいはここで別行動やな」

「僕もそっちに用事あるから、一緒に行くよ」

「あー、俺もだ」

 こうして、まずマージン、レック、クライストがわいわい言いながら二階の階段へと消えていった。

「では、私たちもあれの情報を探しに行こうかのう。商人ギルドじゃろうから、西館じゃな」

「さっさと済ませよ~」

「ですね」

 そうして、女性陣は西館への通路へと消えていき、残されたのは、

「俺が別行動か……」

 とぼやいたグランス一人だけだった。

 それでも、元々一人で来るつもりだったのだと開き直り、情報掲示板へと向かう。

 情報掲示板は壁一面に、各地の情勢や大陸会議や各ギルドが決めたルールなどが所狭しと貼り付けられていた。ホールの反対側の壁には種々のクエストが張りまくられていて、そっちに比べるとこちらは人が少ないものの、それでも、グランスの巨体が動き回ると周りに迷惑がかかるくらいは人がいた。

 それでも何とか、お目当ての情報を探し出し、掲示板の下に積まれていたメモ用紙を何枚かもらい、書き込んでいった。


 その頃、二階に上がったマージン、レック、クライストは、生産者ギルドの受付で、それぞれが知りたい情報を貰っていた。


 ちなみに、各ギルドでの情報料は原則無料である。やる気があるプレイヤーに役立つ情報を惜しみなく与えることは、プレイヤーの強さの底上げにつながり、結果として魔王討伐がそれだけ近くなる。そんな大陸会議の見解の現れであった。


「んー、いくつかは無理かも知れんけど、一応行ってみるか」

「マージンはどこに行くの?」

「あちこちの工房やな。アイテムのコマンド登録して回りたいからな」

 レックに訊かれ、受付で貰ったメモと紹介状の束をひらひらさせるマージン。

「多分、一部はレックやクライストと被っとると思うけどな。数が数だけに、一人で回らせて貰うわ。距離があるから、順番に回らなあかんからな」

「そう言うレックはどこなんだ?」

「僕は共用鍛冶場かな。そこの担当の人に鍛冶スキルを教えて貰って、しばらく練習していこうと思ってるけど」

 そう、レックはクライストに答えた。


 ある程度大きな街では、旅をしていて定まった拠点を持たない生産系プレイヤーのために、生産者ギルドによって共用の生産施設が整備されている。共用鍛冶場もその1つであった。


「んで、クライストはどこ行くんや?」

「銃と火薬の専門店だな。互いに離れたところじゃないから、多分、移動は楽だな」

 やはり受付で貰った紹介状と地図を見ながら、クライストは答えた。

「じゃ、全員ここからは別行動だね」

「だな」

「そうやな。場合によったら、レックとは鍛冶場で会うかもしれんけど、次の集合は夕食時やな」


 こうして、生産者ギルドで情報を貰った3人組がばらばらに行動し始めた頃、蒼い月女性陣はギルド会館西館で、誰が受付に話をするかでジャンケンをしていた。

 何しろ、話の内容が内容なので、あまり他人、特に異性には聞かれたくない。にもかかわらず、商人ギルドの受付ホールには、各地の物価や需要、供給の情報を求める商人プレイヤー達が次々とやってきていて、人の波が絶えない。さすがのディアナも恥ずかしさには勝てなかったのか、ミネアかリリーに押し付けようとしたものの、二人も当然イヤなわけで……


「う、負けた……」

 そう言って、右手のチョキを恨めしげに睨み付けるリリー。

 その隣ではディアナと特にミネアがホッとしていた。

「まあ、リリーよ。頼んだぞ?」

「……そんな顔じゃ頼まれたくない」

 受付での羞恥プレイをリリーに押し付けられて、安心したのかにやけ顔が止まらないディアナを、リリーは睨み付けたが全く効果はなかった。

「……すいません」

「……そう思うなら、代わって……」

 ミネアに頭を下げられても、勿論今のリリーには効果はなかった。

 そんな感じで、女の子(一部そこまで若くないかも知れないが)3人が商人ギルドの受付ホールの隅の方で赤くなりながら、こそこそ話しているのは、商人ギルドの職員から見ると、結構目立っていたらしい。

「あのー、ちょっとよろしいですか?」

 覚悟を決めたリリーが受付に出来ている短い列(殆どの商人が求める情報は壁に掲示されている)に向かおうとした時、一人の眼鏡をかけた女性プレイヤーがリリーたちに声をかけてきた。

「ん?なんじゃ?」

 そう答えたディアナに、その女性は声を潜めて、

「生理用品のお尋ねですか?」

「「「!!!」」」

 その三人の反応だけで、彼女には十分だったらしい。にっこりと笑顔になると、

「急にあんな事になっちゃって、同じような用件の方が増えてるんです。皆さん、大抵あなた達と同じような挙動なので、すぐ分かりました」

「そういうことが言えるそちらは?」

「あ、申し遅れました。ここの受付担当のミーフィと申します」

 ディアナの誰何に、胸に止められているネームプレートを示すミーフィ。そこには確かに、商人ギルドのロゴとミーフィの名前が彫り込まれていた。

「了解した。にしても、私達と同じ用件のプレイヤーが増えてるということは……やはりそういうことなのかのう?」

「ええ。まあ、こんな話をここでするのもなんですから、どうぞこちらへ」

 そう言って、ディアナ達を別室へ案内するミーフィ。その最後尾で、羞恥プレイを免れたリリーがホッと息をついていたのは余談である。



 そんなこんなで、その夜。

 ホテルのレストランの混雑が収まった時間に、蒼い月の面々は集まって、食事を摂りながら、今日の報告やら明日の予定やらを話し合っていた。

 その途中で、基本的な生産スキルを一通り習得しているマージンにいろいろと負担が集中していることをレック達は改めて認識し、マージン以外の仲間達も生産スキルを少し身につけることになった。その割り当ては、裁縫はミネア、ポーション調合はディアナ、銃の維持に必要な細工がクライストで、鍛冶がレックである。もっとも、いずれもマージンのスキル習熟度が既にそこそこ高くなっているために、スキルを覚えてもすぐには出番など無く、当面はマージンにおんぶに抱っこなのだが。

 ちなみに、グランスとリリーは当面はノルマ無しである。

 そして、今はグランスからの報告の時間だった。


「まず、キングダム自体の状況だが、キングダムとその周辺の治安は思っていたより良くないな。目的としている公立図書館も周辺の状況が随分面倒なことになっている。治安悪化の原因は、言わなくても分かるだろう」

 とグランスは説明を始め、仲間達も頷いた。


 公認ギルドの管理下にあるプレイヤータウンなら、一般的に犯罪と見なされる行為を行ったプレイヤーは、街の施設の利用や時には街への立ち入りを公認ギルドによって制限される。そのため、犯罪行為を犯すようなプレイヤーは極めて少なく、治安もいい。

 しかし、エントランス・ゲートが存在するメトロポリス、キングダム、カントリーの3つの街は運営直轄であり、公認ギルドによる管理がなされていない。そして、その運営は『魔王降臨』以降は全く機能していなかった――このような大がかりな事件を起こしただけに、プレイヤー達とまともに向き合う気がないのは当たり前であったが。また、『魔王降臨』以前のプレイヤー同士の問題行為を制限するセキュリティシステムも機能しなくなっていた。


「具体的には、犯罪者集団がいくつか出来ていて、そいつらがキングダムの街中で縄張り争いをやってるらしい」

「犯罪者集団って、暴力団とかマフィアみたいな?」

「それならまだ良かったんだろうけどな。今のところ、粗野なチンピラの集まり程度でしかないそうだ」

 レックの質問に答えると、グランスは説明を続けた。

「所詮チンピラの集まりだから、自分たちさえ良ければってことで、後先考えずに暴れてるらしい。一般プレイヤー相手の暴力・暴行沙汰も日常茶飯事で、殺されているプレイヤーもかなりいるという話だ」

 その言葉に、仲間達は顔を顰めた。

 デスゲームと化した(と認識されている)現在のジ・アナザーではPKは事実上の殺人なのだ。それを「はいそうですか」と流せるような神経の持ち主は、蒼い月にはいなかった。

「最近は調子に乗って、キングダムの外にまではみ出していたらしい。軍が巡回を始めてからは、キングダムの周辺地域はだいぶ安全になったそうだが、まだ安心できるほどじゃないそうだ」

「軍はキングダムの治安維持には乗り出さないのか?」

 クライストが訊くと、

「一部の街区は管理下に置いているな。ただ、軍の練度が低く、規模もあの広さをカバーするには足りないとかで、今のところほんとに一部にとどまっているらしい。

 もっとも、軍の管理下にある街区の治安はかなり改善されていて、キングダムから出るだけの実力がないプレイヤーが集まってきているという話だ」

「なんか、大変そうですね……」

「全くじゃ」

「まあ、人数が少ない俺たちにはどうすることも出来ないがな」

 少し無念そうにいうグランス。

 もっとも、犯罪を見て見ぬ振りをせざるを得ないのは、誰にとっても気持ちいいものではなかった。

「で、俺たちの目的の公立図書館だが……軍が確保した街区にはない」

 頭を振って、気分を切り替えたグランスの言葉に、

「ってことは……チンピラ共の縄張りの中ってことか?」

 クライストの言葉に、仲間達が実にイヤそうな顔になる。

「残念ながらな」

 勿論、グランスもだった。

「ということで、本当にこのままキングダムに向かうべきかどうか、一度話し合っておきたいんだが」

 グランスのその言葉に、レック達は難しい顔になった。

「キングダムの公立図書館なら、いろんな情報が手に入るはずやけど、PKも平気な連中がうろうろしとるから、命の危険があるっちゅうのはな」

「リスクを冒してまで得る価値のある情報かどうかということじゃな」

 マージンとディアナの言葉こそが、要点であったが、

「図書館で得られる情報がどんなものなのか、分かんねぇんだよな?」

 クライストの言葉通りでもある。

「軍が公立図書館一体を制圧した後でもいいんじゃないでしょうか?」

 ミネアがおそるおそる提案すると、

「だが、いつになるか分からん」

「早めに手に入れた方がいい情報あるかも知れんし、そもそも図書館を荒らされたら身も蓋も無いわな」

 グランスとマージンに反論された。

「でも、厄介ごとはゴメンだよ~?」

「いや、『魔王降臨』そのものが最大の厄介ごとだったから」

 思わず、リリーの台詞にレックが突っ込む。

 そしてしばし、発言が途切れ、場が静まってしまう。

「とりあえず、キングダムの軍が管理してるところまで行ってみるってのは?」

「まあ、選択肢の1つではあるな」

 レックの提案に、グランスはそう頷いた。

「ちなみに、キングダムに行かないとしたら、次の目標はどーするんか訊いといてもえーか?」

「確かにそれは気になるのう」

「やっぱ、他の魔法の祭壇に行くとかじゃねぇか?」

「でも、使えるようにならなかったら、無駄足だよね」

「確かに、レックの言うとおりだな。治癒魔法だってここにいる全員が使えるようになった訳じゃない。って事は、全員使えるようにならなかった可能性ってのもあるわけか」

 グランスの言葉に、仲間全員が唸る。

「他の祭壇ってどこにあるの?」

 そう尋ねるリリーに、

「どれも結構遠いな。正直、あまり無駄足は踏みたくないと思うくらいだ」

「ってことは、試しに行ってみるってのは……」

「他の用事のついでじゃなければ、相当な時間のロスになる」

 グランスの答えを聞いて、あちゃーといった感じの顔になるクライスト。

ジ・アナザー(ここ)から出られないだけなら、そう簡単に死ぬことはないみたいですけど……」

「いつまでも、閉じ込められてたくはないよね」

 ミネアとレックが互いに頷きあっている。

「じゃ、祭壇案は却下でよろしく」

 案を出したクライスト本人がそう言って、祭壇案は取り下げられた。

 それからしばし。代替案も出ない中で、

「お宝探し……は無謀かのう?」

 さりげなくを装ってディアナが案を出したが、

「ありえへんありえへん」

「ドラゴン討伐ですら、精霊石くらいしか出なかったっていうし、無理だろ」

「うん、ないね。それは」

「……ごめんなさい」

 一瞬にして仲間達に否定されてしまった。


 実際、ジ・アナザーではレアアイテムの類がほとんど無い。

 ちょっと変わった植物だとか動物とかはいるし、ちょっと珍しい鉱石なんかの素材もある。だが、マジックアイテムだの宝具や神具だのといった類のアイテムは、無いに等しかった。

 一応、精霊の力が宿った精霊石のようなアイテムは存在するのだが、一般的なRPGと異なり、それを武器や防具に取り付けるだけで使えるようになるわけでもない。むしろ、火の精霊石を取り付けた武器防具は熱くなりすぎて触れなくなるとか、氷の精霊石を付けると凍傷になったとか、殆ど呪いのアイテム同然である。

 もっとも、光の精霊石などは非常に長持ちするランタンとして使えるし、火の精霊石も熱源としてなら、いくつかの用途が確立されているので、それなりの価値はある。だが、戦闘の役に立つことだけは殆ど無かった。


「となると、とりあえずキングダムに行ってみる、でいいのか?」

 グランスが確認してみたものの、他に案も出ず、やはりキングダムを目指すことになった。

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