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ジ・アナザー  作者: sularis
第十八章 メトロポリスを離れて
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第十八章 第五話

「オーシャン大佐のところの連中が、外に出て行ったそうです」

「いつだ?」

「一時間は経っているはずだとのことです」

 西門に着いたエイドリアンはその報告を聞き、思わず舌打ちしていた。

 件の冒険者達は間違いなく、リドベックの部下達と行動を共にしていたはずである。そうでなければ、ここに来るまでにとっくに目撃情報が届いているはずだった。そこまでは想定通りだから問題は無い。問題は時間だった。

「時計なしで一時間以上前か。徒歩だとしても6km以上、下手すれば10km近く距離を稼がれているな」

 徒歩で一時間なら、せいぜい4、5kmである。それくらいの距離なら、馬がいれば問題なく見つけられる自信がエイドリアンにはあった。だが、10kmともなると一気に難しくなる。

 加えて、この辺り特有の問題もあった。10kmを大きく超える、例えば20kmともなるとそもそも追跡を行うこと自体がまずいのだ。

「分かり易いコースをとっていることを祈るしかないな」

 そうでなければ、見つかる可能性などほぼ無いと分かっていた。

「とりあえず、手広く探すぞ」

 西門の外に出たエイドリアンはそう言うと、馬に乗っている兵士達を二人一組で幾つかの方向に満遍なく放った。さらに馬がいない歩兵達をその間の方角を埋めるように幾つかのチームに分けて進ませることにした。

 ただ、それでも連絡手段という問題があったため、何頭かの馬は連絡役に割り当てざるを得なかった。

(せめて、ギルドチャットとやらが使えればよかったんだが……)

 ギルドチャットが使えれば、かなりの距離が開いていても無線よろしく即座に連絡が取れるのだ。だが、エイドリアン達にその選択肢は無かった。というのも、次官連中が拒否反応を示したからである。理由は幾つもあったが、最大の理由は結局のところ感情論だとエイドリアンは見ていた。

 尤も、こんな状況が発生した以上、必要最小限であればギルドチャットを使うことにも許可が出るだろう。正確に言うならば、許可をもぎ取ってみせる。

 そんなことを心に決めながら、エイドリアンは少数の兵士を連れ、西門からまっすぐ西へと向かっていた。その方角を選んだ理由は簡単で、リドベックの部下達がそっちへ進んでいったのを、西門を守っていた兵士達が見ていたからである。

 途中で方向を変えた可能性もあったが、まずは距離を稼ぐことを優先するなら、まっすぐ進んでいるだろうというのがエイドリアンの予想だった。

 そしてその予想は当たっていたらしい。進み始めて10分もしないうちに前方に集団の影が見えてきたからだ。

「エイドリアン大佐。そんな少人数で何をされているのですか?」

 その集団と合流したエイドリアンに声をかけてきたのは、リドベックの部下の一人、ジェフリーだった。その後ろにはやはりリドベックの部下の兵士達が付き従っていたが、それだけだった。

(見つかるのが早すぎると思ったが、適当なところまで送り出して戻ってきたところ、か)

 実際、敷地内での目撃証言よりもジェフリー達の人数がやや少ない。つまりはそういうことなのだろうとエイドリアンは解釈した。なら、ここでジェフリー達の相手をするのは時間稼ぎをされるだけだとエイドリアンは判断した。

「ちょっと上からの命令で捜し物をな。君たちがその行方を知っていたりすると、大変助かるんだが?」

「ふむ。大佐の捜し物戸やらにはさっぱり見当が付きませんが、教えていただいても?」

「なに。男女数名の集団だ。心当たりはないか?」

「残念ながら。……よければ探すのをお手伝いしましょうか?」

「いや、結構だ。それよりも君たちはどうやら戻るところなのだろう? 早く戻って体を休めると良い」

 白々しい会話を続けようとするジェフリーを振り切ってエイドリアンはそう言うと、再び西へと向かって歩き出した。自分たちもだが、どうせジェフリー達も実力行使などできはしないのだから、会話にさえ付き合わなければ時間稼ぎされることもない。

 そうして、エイドリアンは部下とともに西へと歩き続けたのだった。



「……時間稼ぎは失敗、だな」

 エイドリアン達の背中が豆粒ほどになったところで、ジェフリーが呟いた。やはりというか、こちらの思惑などお見通しだったということだろう。できれば数分ほどで良いから時間を稼ぎたいところだったが、まともに時間稼ぎをさせてもらえなかった。

 とは言え、ジェフリーは出来なかったことや出来ないことを気にするような性格でもなかった。

「まあ、後は彼らの運次第、か」

 それだけ言うと、これ以上ここにいても無駄と言わんばかりにさっさと歩き出した。



 さて、そんなことが自分たちの遙か後方で起きていたことを蒼い月の面々は知る由もなく。しかし、別れ際にジェフリー達から追っ手が出たことだけは知らされていたので、ノンビリともしていなかった。

 具体的には、

「思ってたよりも、ゴワゴワしてますね……」

「そうかな~? 十分ふわふわだと思うけど」

 結局レックが呼んだリーフの背に、身体強化が使えないアカリとリリーを乗せて移動していた。

 ちなみにエイジはミネアが抱いていた。鞍も手綱もないリーフの背にエイジを一人で乗せることは出来なかったし、かと言って誰かがエイジを抱いて乗るのも十分危険だったからである。当のエイジはかなり不満げな様子だったが、そこはなんとか我慢してもらっている状態である。

「こりゃ、夜が大変そうやなぁ」

「そうです……ね。みんなも手伝って……くれますか?」

 早足で移動しながらだが、軽く身体強化を使っているので誰も息を乱すことなく、ちょっとした雑談を交わす余裕すらあった。

「構わぬが……多分、疲れて寝ておると思うのう」

 ディアナの意見に、ミネアは確かにと頷いた。

 抱かれているだけでも、それが歩いている人間に抱かれた状態だと半日でもかなり疲れるらしい。このまま暗くなるまで歩き続けたなら、その前にエイジは睡魔にとらわれてしまっているのは確実だった。

「どっかで一休みするか?」

「追っ手が出てるなら、せめて西門から10km以上は離れた方が良いと思う。この辺、見晴らしよすぎるし」

 レックの言葉通り、今歩いている付近の見晴らしはかなりよかった。まともな木が無いのだから当然と言えば当然だろう。全くの平地ではないものの、大した凹凸もない地形が続いていることもあり、2km先は無理でも1km先は普通に見通せるのだ。

 せめてもの救いは、レック達が歩いた後が目立つような状況ではないということだろうか。それでも、経験がある人間が丁寧に地面を調べればすぐに分かってしまうだろうが、そこまで気を遣っていてはいつまでも距離を稼げない。

「まだ、7kmかそこらやしな。徒歩相手でも油断したら見つかってまうで。馬とか持ち出されたら、即アウトやな」

 後方へと視線を向けながらのマージンの言葉に、誰ともなく溜息が漏れた。

「まあ、暑さに耐えなくて良いだけマシと思うかのう」

 そう言いながら、ディアナは自らの手首のブレスレットを軽く撫でた。そこからはやんわりと冷気が染み出していて、汗ばむ陽気を和らげていた。

 同じようなブレスレットは後はリリーとミネアしかつけていなかった。風間のところにいる間にマージンが新しく作っていたらしいのだが、やはり一晩では全員分は作れなかったらしい。

 それでも、隊列をちょっと工夫することで、男性陣も魔導具の恩恵に与っていた。平たく言えば、冷気を垂れ流している女性陣の後ろにピタリと張り付いていた。第三者の視点から見ると少々アレな隊列だが、本人達は気づいていないのだから問題はないのだろう。

「後はエネミーがおらんのも助かるな。戦うにしろ逃げるにしろ、ちょっと距離があるところからでも目立つやろうし」

「それはそうだけど……ちょっといなさすぎじゃない?」

 マージンの言葉に、そう言えばとレックが首をかしげた。

 何しろ、メトロポリスを出てからこっち、まともなエネミーと全く遭遇していないのだ。メトロポリスに来る前なら考えられないことだったが、マージンの次の言葉にぎょっとする羽目になった。

「可能性は2つやな。1つは全部食われた。もう1つは特殊エリアやからそもそも配置されへんかった」

「全部食われたって……何に!?」

「そら、この辺に住んどる人間に決まっとるやん」

「あー……そういうことね……」

 マージンの答えに、レックはホッとした。てっきり、凶悪なエネミーでもいるのかと思ってしまったのだ。

「しかし……エネミーすら食い尽くすようでは、食料が相当足りておらぬのではないか? よくこれまで持ちこたえたものじゃのう」

「まあ、その辺はあんま考えへん方がええと思うで」

「む。……そういうことかの」

 ディアナはマージンの言いたいことを察したのか、それ以上深く聞こうとはしなかった。他の仲間達もマージンが考えていたことを察したり、あるいは素直に忠告を聞き入れてかそれ以上、この話が続くことはなかった。

 それからは黙々と歩き続けていたが、しばらくすると沈黙に耐えきれなくなったのか、リリーが口を開いた。

「今からキングダム戻ると、いつぐらいになるのかな~?」

「それこそ、ゲートでも見つからねぇ限り、半年はかかるんじゃねぇか?」

「つまり、冬になっちゃうってこと?」

「何事もなけりゃな」

「なんや、フラグっぽいな」

 そんなリリーとクライストの会話に、マージンが口を挟んだ。

「フラグって何だ、フラグって」

「ゲームや漫画やとようあるんやけどな。余計な一言を言うと起こってほしゅうないことが起きるんや。今の場合やと、キングダムに戻る前に一悶着起きるって具合やな……あ痛っ!」

「余計なことを言うでないわ」

 実際、その一悶着の種を引き連れている、かも知れない状況でまさしく余計なことを言うマージンの頭を引っぱたいたハリセンをアイテムボックスにしまいながら、ディアナはそう言ったのだった。

 とは言え、実際にはマージンが余計なことを言おうが言うまいが、面倒ごとは起きるもので。

「……みんな、止まって」

 それから間もなく、レックがそう言った。

「何か来たのか?」

 クライストの言葉に、斜め後ろを睨み付けていたレックが軽く頷いた。

「微かにだけど、馬の蹄の音が聞こえる」

「こっちに向かっておるのか?」

 ディアナの問いかけに、レックはすぐには答えられなかった。まだ遠すぎて、どっちに向かっているのかよく分からないのだ。

「……とりあえず、しゃがんどいた方が良さそうやな」

 確かに、立ったままでは見つかる確率が上がってしまうと気づいた仲間達は、リーフも含めて身をかがめた。

「……見つかったらどうすんだ?」

「出来れば、気絶だけさせてその間に逃げたいとこやけど」

 まだ大丈夫だろうが、ついつい声を抑えたクライストの質問に、マージンが悩ましげに答えた。

「そもそも見つかってしもうた時点で、こっちの方向に逃げとるってのがバレるわけや。そうなってしもたら、後は馬よりも速く逃げるしかあらへん」

 見つかってしまうとどれだけ面倒になるか、マージンの説明で改めて理解した仲間達は思わず顔を顰めていた。

 尤も、今回は杞憂だったらしい。

「……こっちには向かってきてないみたいだね。一応、音が聞こえなくなるまで待ってから、前に進もう」

 レックの言葉に、誰ともなく安堵の息を吐いた。

 とは言え、一度はニアミスがあったわけである。間もなくして移動を再開したレック達だったが、その歩みは先ほどまでより明らかに遅くなっていた。ただ、そのおかげでもう一度ニアミスがあったが無事に見つからずに済んだのだった。



「……やはり、簡単には見つからないか」

 夕方、出ていた騎兵達と合流し、その日の報告を聞き終わったエイドリアンだったが、全くの予想通りだっただけに特に気落ちすることもなかった。いや、うるさい次官連中の相手をしなくてはならないことを考えると、全く気が滅入らないと言えば嘘になるが。

 それに、全く収穫がなかったわけでもない。

 地面の様子を確認しながら進ませていた歩兵達の一部から、何者かが通ったような跡が何カ所かで確認できたという報告もあったのだ。人間以外の足跡も残っていたとかで、少々気になるところだが、ひとまずはその足跡が向かっていた方角を重点的に捜索することに決めていた。

 ただ、問題もある。

 既に訓練施設から10km以上も離れてしまっていた。言い換えるなら、あと数kmも進むと、他国の訓練施設が見えてくるのだ。元々友好国の施設とはいえ、油断できるものではない。下手にこちらの行動を察知されようものなら、何らかの難癖をつけられるのは確実だった。そうでなくても、こんな状況になってからというもの、他国の動向にはどこも神経質になっているのだ。余計な刺激などしたくはなかった。

(捜索できるのは今夜が限界だな)

 そう判断したエイドリアンだったが、既に冒険者達を捕らえることは諦めていた。

 見つけることまでは出来るだろうが、捕まえるために実力行使が必要になった場合、その戦闘が原因で確実に周りに感づかれる。おまけに、そこまでやったとしても身柄を押さえられる確証がない。

(まあ、多少は報告できる何かが必要だしな)

 エイドリアンはそんな風に割り切ると、暗くなってきて休憩するつもりだった部下達からの不満を受けながらも、後数時間ほど頑張るようにと命令を下すのだった。



 一方、レック達も暗くなってその歩みを止めていた。ただ、十分に距離を稼いだからではない。ある作戦について話し合うためだった。

 既に追っ手が半分諦め気味であることを知っていれば、もう少し呑気にしていたに違いないが、残念ながらそんなことはつゆ知らず。

「リーフに運んでもらって、他の国の訓練施設を飛び越える、か」

「確かに、そこまですれば確実に追っ手を振り切れるじゃろうな」

 流石に他国の訓練施設を突っ切ってまで追跡が続くとは思えないだけに、レックのその案は悪くないように思われた。

 ただ問題もあった。

「歩かなあかん距離が20kmくらい追加やなぁ」

 マージンの言うとおり、まっすぐキングダムに戻るのに比べて、移動距離が結構伸びてしまうのだ。とは言え、キングダムまでの距離を考えれば誤差に過ぎない。

「じゃあ、最初は予定通りマージンとリリー。その後はディアナとミネア、エイジ。それからアカリを運んで、最後がクライストと僕、かな」

 そう運ぶ順番が決まると、後は実行に移すだけだった。

「えっと……よろしくお願いします」

「こっちこそよろしゅうな」

 妙な挨拶を交わしてから、平常運転のままのマージンとマージンの背中に抱きつくことに今更緊張しまくっているリリーがリーフに乗り込んだ。

「場所はリーフに任しといたらええんやな?」

「それなりに夜目も利くから、大丈夫」

 マージンとそんなやりとりをしたレックが合図を出すと、リーフが空へと舞い上がった。

「んー、これ、わいが後ろの方が良かったんちゃうか?」

 夜空に舞い上がってすぐ、マージンは背中にしがみつくリリーに話しかけていた。

「え、あ、うん。じゃなくて……」

 尤も、リリーは返事をするどころではなかった。

 今までもちょくちょくマージンにしがみついていたのだが、ここまで密着したのは久しぶりだったからだ。ちなみに、背中にしがみつくことにしたのは、マージンの前に乗ったときの体勢を妄想してしまったからである。

(そんなっ……マージンのっ……腕の中……とかっ……!)

 想像するだけでも頭がどうにかなってしまいそうだった。だからこそ、そんなリリーの様子を見ていたディアナが、複雑そうな表情を見せていたことに気づかなかったのだが。

 ただ、リリーにとっては残念なことに、マージンに密着できる空の旅はすぐに――と言っても20分ほどなのだが――で終わってしまった。勿論、周囲の様子を楽しむ余裕など全くなく。

 気がついたときにはマージンに抱きかかえられて、リーフの背からひょいっと下ろされるところだった。

「リーフ、後もよろしく頼むで」

 そんなマージンの言葉に短く鳴いて応えると、リーフはそのまま夜空へと飛び立っていった。

 その羽ばたきの音を聞いてもぼーっとしたままだったリリーの意識がはっきりしたのは、マージンの言葉を聞いてからだった。

「さて、と。30分ほどやけど、ほんまに二人っきりやな」

「え? え? あ?」

 いや、茫然自失から混乱状態になっただけだった。

「え? え? 二人っきり?」

 確かにそうなることは、リリーも頭では分かっていた。ただ、この状況でマージンがそんなことを言い出した理由が分からなかった。いや、期待してしまったと言うべきか。

 勿論、リリーが期待したようなことが起きるはずもなく。

「いやいや、何考えとるんか知らんけど、落ち着いたらどうや? ちゅうか、今のうちに訊いておきたいことあるんやけど、大丈夫か?」

「え? あ? うん……?」

 妙に落ち着いたマージンの声音とその言葉に、茹で上がりかけていたリリーも少し落ち着きを取り戻した。むしろ、妙な不安が沸き起こってきていた。

(え? もしかしてあたし、フラれちゃうとか?)

 ここ最近の自分の行動を思い起こしてみれば、少々ウザかったかも知れないという自覚はあった。美少女に迫られて嬉しくない男はいないはずだから、問題はないはずなのだけど、今更ながら不安を感じたのだった。

 そんなわけで、ビクビクしていたリリーにマージンはゆっくりと話しかけた。

「まあ、リリーがわいに好意を持ってくれてるんは流石に知っとる。それなのに、すっとぼけたフリ続けとるんをディアナに怒られてなぁ。内容が内容やから、他のみんながおらんタイミング見計らっとったんやけど、機会がのうてな。ちょうどええから、この機会を利用させてもろうたんや」

(内容が内容って……言いにくい話なんだ……。じゃ、やっぱり……)

 へこみ始めるリリーだったが、その様子に気づいていないのか、マージンは話を続けた。

「正直に言えば、リリーに好かれとるんは、全く嬉しくない言うたら嘘になる。そやけど、恋人になりたいか言われたら、無理やって思うんよ」

 その言葉の前半で舞い上がったリリーは、後半の言葉で即撃沈した。

 それでもマージンの言葉は続く。

「怒られたときにディアナには教えてあるんやけどな……」

 そこから先の言葉は、とても小さい声で発せられたのにもかかわらず、なぜかリリーにははっきりと聞き取れた。その意味を理解すると同時に、信じたくない気持ちとそれは多分本当だという理解が入り交じる。

 膝の力が抜け、地面にへたり込んだリリーの耳に、最後のマージンの言葉が届いた。

「それでもその気持ちが捨てられへんのやったら……」

 マージンは途中で言葉を切ったが、リリーにはなんとなく言葉の続きが分かった。

 だから、顔を上げて、

「この気持ちは捨てないよ」

 そう、宣言したのだった。

 ちなみに、その後続々と合流した仲間達、正確には女性陣にはリリーの雰囲気の変化が即座にバレたようで、その夜の女性陣のテントの中ではガールズトークが夜更けまで続いたらしい。




「今日の被害は17人、ね」

 日々増え続けるゾンビの被害の報告を聞いたベルザは、軽く米噛みを揉んだ。

 ローエングリス街区が壊滅した影響は大きかった。

 まるっと無くなってくれるなら、大した問題ではなかっただろう。むしろ、何をしでかすか分からない人間が消えてくれたと、諸手を挙げて喜べたに違いない。

 だが、現実は非情なもので、壊滅したローエングリス街区にいたほとんど全ての人間がゾンビと化したのだった。

 すぐにその影響が出たわけではない。だが、ローエングリス街区の住人の成れの果ては、徐々にメトロポリス全体に拡散しつつあった。

 勿論、それが1体や2体なら何の問題も無く処理できる。仮にそれより多かったとしても、最低限の訓練さえ積んだ人間にとっては、ゾンビなどナイフ一本で十分無力化できる存在に過ぎない。

 だが、ほとんどの人間はまともな戦闘訓練を受けたことがないのだ。そこに何体ものゾンビが現れたらどうなるかなど……今更予想するまでもなかった。

 故にベルザはこれ以上準備に時間をかけられないと判断した。

「全員に通達。明日の朝、計画を実行に移します。それにあわせて、カンパニーユニオンにも連絡を。……半分くらいは同じことを考えてそうだけどね」

 執務室に集まっていたシモンやティムをはじめとする部下達は、ベルザから命令を受けると即座に行動を開始した。

 確かに準備は不十分である。だが、このメトロポリスを離れる決断はしばらく前になされており、全く準備が出来ていないわけでもなかった。

 少なくとも食料を運ぶ準備は完了しているし、持って行ける消耗品の選定も済んでいた。

 問題は武器だった。

 この周辺にはもうまともなエネミーは存在しない。だが、メトロポリスを離れれば、少なくとも武器も戦闘経験も無い人間では手に負えないエネミーと遭遇するのは避けられない見込みだった。

 だからある程度は武器を揃えておきたかったのだが……実際にはワッツハイムの私兵達の装備を調えるので精一杯だったのだ。

「後は、行く先々で調達していくしかないわね」

 とはベルザの言葉である。

 流石に人が住んでいる町や村から略奪することは難しいが、既に住人が全滅した町や村はその辺中にあるのだ。まともなものはあらかた持ち去られているだろうが、根こそぎ持ち出すのが不可能な以上、多少は使えるものも残っているはずだった。

 ちなみに調達対象には食料も含まれる。

 というか、下手すると万に達する集団をキングダム大陸まで一気に移住させることなど、不可能である。故に、ベルザ達の計画では、メトロポリスからそれなりに離れていて、住民が全滅しているような街か村に一度腰を落ち着ける予定だった。候補も幾つか選んである。

 勿論、そこに住み着こうとしても、ベルザ達には作れないものが多すぎるから、いつかは破綻するだろう。だが、少なくともこのままメトロポリスにいるよりはマシだった。まあ、食糧が尽きる前に農業を軌道に乗せないと、それはそれでマズい事態になるのだが……少なくとも緩やかな破滅よりはマシだろうという点で、ベルザ達の意見は一致していた。

「どっちにしても博打よね」

 部下が全員出て行った部屋の中でベルザはそう苦笑すると、自身の準備を確認すべく、自らも執務室を出たのだった。

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