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ジ・アナザー  作者: sularis
第十八章 メトロポリスを離れて
201/204

第十八章 第三話

「ここが……現実?」

 そう漏らしたのはクライストだった。

 動揺しているのはクライストだけではない。言葉を失っているディアナもだった。

 そんな二人の様子を見ながら、レックはここにも気づいた人間がいたのかと、どちらかというと感心していた。

 レック自身が最初にそのことを疑い始めたのは、キングダムの大図書館でのことだった。かなり前のことなので細かいことは忘れてしまったが、それでも、レイゲンフォルテと話をして、既に確信していた事実が、ここでも補強された形になる。

 とは言え、どんな形で風間がそれに気づいたのか。それを確認する必要があった。

「どうして、そう考えたのかな?」

「それを見せるために君たちをここに招いたんだ」

 風間はそう言うと、部屋の一角、いくつかの椅子が並べられているだけの所にレック達を連れて移動すると、レック達に座るように促した。そして自分も空いている椅子に適当に腰掛けると、説明を始めた。

「ここが仮想現実であるとした場合、絶対に起きえない状況というのが存在する。それは何か分かるかな?」

 その質問にレック達が誰も答えないでいると、風間は自ら答えを話し始めた。

「BPを用いた仮想現実は、あらゆる運動神経、感覚神経をインターセプトすることで実現されている。これにより、五感全てで体験できる仮想現実が実現されたし、その仮想現実の中で思うがままに身体を動かすことも出来た。それでも、人間の思考や感情、そういったものを直接操作することは出来ない。まあ、イデア社ならそう言う技術を持っていてもおかしくはないけど……BPそのものにそんなことは出来ないことは、全人類へのインプラントが推進される前に十二分に検証されてる。

 勿論、催眠術の様な技術を使えば、ある程度は人間の意識も操作できるけど、限界もあるし、何よりその辺りもインプラント計画の前に可能な限り防ぐ仕組みがBPには組み込まれてる。

 言い換えると、繰り返すことになるけど、BPは人間の思考や感情を直接操作することは出来ない。

 逆に言えば、BPではあり得ないはずのその現象が確認できれば、この世界がBPによる仮想現実ではないことの証明になる」

 そう言うと、風間は近くのテーブルの上に置かれていたフラスコを手に取った。

「その典型的な現象が、これを飲んだときに起きる」

 そう言って風間はフラスコの蓋を取ると、一番近くにいたレックに渡した。

 勿論、レックはそれをそのまま飲むような真似はせず、ただ臭いを嗅ぎ、その臭いの強さに顔を顰めつつ、隣にいたマージンに渡した。

 尤も既にマージンの所にまで匂っていたのか、マージンは臭いを嗅ぐこともなくリリーに……は渡さず、まだ呆けていたディアナにフラスコを渡した。

 その様子に、レックはふと気になった。

「マージン、もう平気なの?」

「まあ、何となくその可能性はあるんやないか思うとったからな」

「あ……そうなんだ」

「なんじゃ!? 酒くさくないかの!?」

 マージンの答えにレックが呆気にとられていると、渡されるがままにフラスコの臭いを嗅いだディアナが叫んだ。

 クライストもそんなディアナの様子に驚いて正気を取り戻したのか、フラスコを受け取って臭いを嗅ぐと、

「マジだな。これ、マジで酒なのか?」

 そう言って、フラスコを傾けて中身を少しだけ手の上に零して舐めた。

 その様子を見ていた風間は止めようともせず、むしろクライストがその液体を舐めるところまで観察していた。

「酒の味がするだろう?」

「つまり、本当に酒なんじゃな?」

「そうだよ」

「だけどよ、酒を飲んで何が分かるんだよ?」

 風間にクライストがそう噛み付こうとしているのとは別に、いつの間にかフラスコを確保していたリリーが中身を飲もうとして、マージンにフラスコを取り上げられていたのは、レックは見なかったことにした。

 代わりに、まだ風間の言いたいことを察せていないクライストに答えを告げた。

「つまり、この世界が仮想現実なら本来酔っ払う事なんて出来ないはずってことだよ」

 それでもまだすぐには理解できなかったのか、しばらくの間クライストとディアナは視線を彷徨わせていた。やがて、視線が落ち着いたかと思うと、

「マジかよ!?」

「いや、しかし催眠術の類である可能性もゼロではないのじゃろう? ここが現実というよりはそちらの可能性の方が高いと思うがのう?」

 と、反応は真っ二つに分かれた。尤も、クライストもディアナの言葉を聞いてそっちの可能性に縋ることにしたらしい。

「えっと……」

 ちなみにリリーはついて行けていないようで、マージンとクライスト達の間で視線を往復させていたが、マージンに頭をぽふぽふと撫でられると、眼を細めて大人しくしていた。

「まあ、常識的に考えるならそうだね。ただ、他にも根拠はあるんだよ。……『魔王降臨』からどれだけ時間が過ぎたか、分かるかな?」

「間もなく4年じゃな」

「その通り。なら、現実では、あっちではどれだけ時間が経ってると思う?」

 最初の質問には即答できたディアナも、その質問には答えられなかった。

「普通に考えると、2年のはずだね」

 代わりに答えたレックに風間は軽く頷くと、

「それが正しいと仮定しよう。なら、あっちの身体はどうなってると思う?」

 その質問は、『魔王降臨』の直後に各所で散々議論され、結局確たる結論が出ないまま、ただ最悪のケースから予想された事態が起きなかったことで、誰もが忘れてしまっていたことをレック達に思い出させた。

「……他の人に助けて貰えてない限りは、今頃白骨だね」

 実際には部屋の中で死んだのであれば、白骨になるよりもっと酷い状態になる可能性が高いのだが……レックはそれには敢えて触れなかった。

「勿論、その状態でログインなんて出来るわけがない。なら、ここにいる僕たちはあっちの身体から切り離されて意識だけこっちにあると考えられるだろう?」

「じゃが、サーバーの中に意識だけが閉じ込められた可能性もあるじゃろう?」

 どこか必死なディアナの反論を切って捨てたのは、マージンだった。

「それこそありえへん。サーバーの上に意識が閉じ込められるっちゅうことは、その人間が持っとる全ての記憶、人格なんかをサーバー上にコピーして更にエミュレートせなあかん。しかも、閉じ込められるんはコピーされた方だけで、脳みそん方にある意識は接続が切れたら普通に元に戻るで?」

「そもそも、人間の脳が持っている情報量は半端じゃない。思考をエミュレート出来るだけの情報をネットワークで転送することも、1つのサーバーで処理することもどっちも不可能だね。それに、BPには人間の脳に収められている情報を全て読み取る機能なんて無いよ」

「なら、こっちだけ時間が途轍もない早さで流れてるって可能性はどうなんだ?」

「プレイヤーに家族がいれば、半日もログアウトできなければ即座に警察に通報が行って、強制切断が始まるだろう事を考えると、加速倍率はどんなに低く見積もっても、2千倍を超えるね。でも、人間の脳はそれに耐えきれない。耐えることが出来たとしてもせいぜい数秒だよ」

「それなら、その数秒しかまだ経っていないという可能性は……?」

「数万倍もの加速倍率なら、それこそ一瞬で廃人のできあがりだね」

「じゃあ、プレイヤー全員が無事に保護されてるんじゃねぇのか?」

「それもあり得ない。100万を超える人間を保護することなんて出来ないし、そもそもそれをやるくらいなら強制切断させるだろうね。BPの安全機能にそういうのがあるし」

 それからもしばらくクライストとディアナは必死な様子であらゆる可能性を挙げていたが、その悉くを風間にきっちり否定された。

 それでも人間というものは、信じたくないことはどんなに論理的な説明をされても受け入れることは難しい。この時のクライストとディアナも同じだった。

 もう思いつくような反論がなくなっても、それでもどうにか否定しようと粘る二人に、風間は最後の証拠を見せることにした。

「それじゃ、最後の証拠を見せようと思うけど……1つだけ注意させて欲しい」

「何をや?」

 大分疲れが溜まりつつあったクライストとディアナの代わりに、マージンが口を開いた。

「現実世界に戻れない以上どこまで意味があるか分からないけれど、最後の証拠を見れば、ある意味戻れなくなる」

「それって、そんなに覚悟が必要なこと?」

 レックの言葉に風間は頷いた。

「今から見聞きすることを余所で話したりしなければ、命を狙われるようなことにはならないけど、世界の見方が一変するのは間違いないかな」

「命狙われるって……随分物騒やな」

「話す相手によるね。大抵は信じてもらうことすらできないと思うけど、人には話さない方が無難だね」

「まあ、余所で話さなんだら問題あらへんのなら、そっちはええわ。世界の見方が一変するってのはどうなんや?」

「……物騒だと言った割にはあっさりと。いや、まあいいか」

 マージンの割り切り方に呆れ半分関心半分の風間は、マージンを見習って気にしないことにしたようだった。

「例えるなら……普通の生活をしていたのに、ニュースにすらできないような社会の裏側を知ってしまったような感じ、かな?」

「……それ、かなりやばい気がするんだけど」

 風間の言葉を想像したレックが、唾を飲み込みながらそう言った。

 マージンもレックの言葉に同意するかのように頷き、クライストとディアナは半信半疑の様子だった。リリーはクライスト達と風間の議論について行けなくなったあたりで、船を漕いでいたりするが。

「まあ、それを知ったことでどんな風に感じるか、考えるかは個人差が大きいから、意外と大丈夫かもしれないけどね……。さあ、どうする?」

「……ちょっと、相談する時間もらっても良いかな?」

「ああ、構わないよ。ただ、この後のことも考えると、持ち帰ってと言うのは流石に遠慮して欲しいところかな」

 ここにいないミネア達とも確かに相談したいところではあるが、それはミネア達が全部知りたいと言ったときに改めて考えれば良いことだとレックは割り切った。

 そして、風間から少しだけ、1mほどなので本当に少しだけ距離をとって、レック達は輪を作って相談を始めた。

「はっきり言って、最後の証拠とか、良い予感が全くしないんたけど……クライストもディアナも、この世界が現実そのものだっていうこと、まだ信じられない?」

「そう、じゃな」

「信じられねぇ。大体どうやってんだよ」

 生憎と、レックはクライストの言葉に対する答えを持っていなかった。

「信じる必要があらへんのやったら、無理に見せてもらう必要もないんやろうけどなぁ……」

「マージンは信じた方が良いと思うのか?」

「現実から目を逸らしとったら、いつか痛い目見ると思うで」

 マージンがそう言った瞬間、仲間達の脳裏を(よぎ)ったのは冷たくなったグランスのことだった。

 それで一瞬空気が凍ったことに気づいたのか否か。マージンは言葉を続けた。

「まあ、信じるんやったら、風間の言う最後の証拠とやらは見んでもええんやろうけど……」

「けど?」

 まだ少し眠そうながらもそう訊いてきたリリーに苦笑いを返すと、

「その証拠とやらも一応見といた方がええ気がするんや」

「どうして?」

「一概には言えんけどな。大抵の場合、情報はあればあるほどええんやで」

「……なんか、すごい極論だけど、一理はある、ね」

 ため息を吐きながら、レックがそう言った。

「ちなみに、僕は証拠を見せてもらえるなら見せて欲しいって思ってる。マージンじゃないけど、知っていれば避けられる出来事もあると思うから。マージンもそうなんだよね?」

「そやな」

「で、リリーは多分見るって言うと思うから……クライストとディアナはどうする?」

「……そんな風に言われて、ノーとは言えぬじゃろうが」

 不満そうにディアナが言うと、クライストも頷いた。

「正論だけど、ちょっとズルいぜ……」

 ちなみに、リリーは当然のように頷いていた。

「まあ、逃げ道用意するとやな? わいとレックだけが見せてもろうて、クライスト達に教えるかどうかはその後で判断するっちゅう手もあるで」

「そこまで甘える訳にもいかねぇだろうが」

「……どうやら、結論は出たみたいだね?」

 そこで、レック達の話し合いを眺めていた風間が、声をかけてきた。

 レックとマージンがクライストとディアナに視線をやると、その意味を察した二人が風間に答えた。

「ああ。見せてもらおう」

 クライストの言葉に風間は軽く頷くと、指をパチンと鳴らした。

「え?」

「へ?」

「おー……」

 その瞬間、風間の手の上に生じた現象を見たレック達は、思わず呆けた声を出していた。

「魔術、使えたんやな」

 真っ先に立ち直った、というより、そもそもあまり驚いた様子がなかったマージンが風間に声をかけた。

「そうだね。そして、これこそがこの世界が現実だと確信している最大の理由だよ」

 風間はそう言うと手の上に浮かべていた火の玉を消し、淡々と説明を始めたのだった。

 そして、十分後。

 今度こそクライストとディアナも納得せざるを得なかったことを確認した風間は、これからの話をしたいと言い出した。

「これからの話は大きく分けて3つある。1つは今日この後のこと。1つはもうちょっと長い期間の話で、数ヶ月か最大でも1、2念くらいの話かな」

「年単位の時点で十分長いと思うけど」

「3つ目はもっと後のことになるからね」

 魂が抜けたように呆けているクライストとディアナを放置してのレックの突っ込みに、風間はそう答えた。

「とりあえず、順番に話していこう。今日この後のことだけど、ここでの用事が済んだ以上、できる限り早く、この施設を離れて欲しい」

「どうしてや?」

「さっきはなんとか追い返したけど、上が君たちに余計な関心を持ってる。力押しで出て行くような真似をしたくなかったら、上が次の動きを見せる前にさっさとここを離れてしまった方が良いよ」

 その風間の説明で、レックとマージンが揃って嫌そうな顔になった。リリーはよく分からなかったのか、きょとんとしていた。

「んー、少しくらいは落ち着ける時間があった方がいい気がするけど……」

「後にしてもらった方が良いね。ここを出るときには、こちらも手を貸すから」

「それはありがたいわ。んで、その件は選択の余地とかあらへんし、次の話いこっか」

「順番から言うと2つ目の話なんだけど、説明の手間を考えて3つ目から先に話すよ」

 風間はそこで一呼吸開けた。

「……魔王を倒せたとして。本当にあっちの現実世界に戻れると思うかい?」

 その言葉に、まだ先ほどの話を消化し切れていないクライストとディアナがびくりと震えた。

「ここも現実って言うなら……戻れない可能性もあるってこと?」

 レックの言葉に風間は頷いた。

「それも1つの可能性だね。ただ、本当だったとしても2つほど問題がある」

「問題?」

「1つはいつになるか。あれから既に4年経ってる。それでも、未だに魔王の場所もそこへ行く方法も分かってすらいない。今の状態だと、あと10年かかるって言われても驚かないよ」

 それは誰も否定できなかった。

 だが、風間が言ったもう1つの問題の前には、1つめの問題は小さなものだった。

「もう1つは、魔王を倒したとして、全員が(・・・)あっちに戻れるのかってことだね」

「っ!!」

 今までその可能性すら考えていなかったレック達は、絶句せざるを得なかった。その可能性はつまり、最悪、ほとんどの人間がこの世界で一生を終えざるを得ない可能性を示していたからだ。

「ゲーム的な考え方で行くと、魔王を倒したパーティしか戻れないなんて事があっても驚かないね」

 まさしくその最悪の可能性をあっさり口にした風間にレックが絶句していると、代わりにマージンが口を開いた。

「っちゅうことは、もうここに骨を埋める覚悟、しとるんか?」

「してるね。少なくとも、この部屋にいる人間は全員そうだし、他にも信用できる者にはそれとなく教えて、覚悟もしてもらってる」

「やっぱ、信用できへんのもおるんやな」

「それは勿論。それはそれとして、この世界で一生を終える覚悟こそが2つ目の話に繋がる」

 そこで風間はレック達の顔を順番に見回した。

「全員とは言わない。僕たちはキングダムで受け入れられる範囲で構わないから、あっちに移りたいと考えているんだよ」

 これにはレック達はほとんど驚かなかった。メトロポリスやその近辺の街がそのうち行き詰まってしまうのは、なんとなく分かっていたからだ。

 ただ、疑問もあった。

「別にわいらに話す必要、あらへんと思うんやけど」

「実は大陸会議でも準備をしておいて欲しい理由はあってね……」

 マージンの言葉に疲れたように風間が答えた。

「何も考えずに全員でキングダムに移った場合、大陸会議を乗っ取るか潰すかしようとするだろう連中がいるんだよ」

「あー……ガバメントの上の方とか?」

「恥ずかしい話、その通り。まあ、カンパニーユニオンも気を許せるような相手じゃないと思うけどね」

 どうにも厄介極まりない話だった。

「……ベルザもキングダムへの移動を考えてるみたいだけど」

「ベルザか。彼女は多分大丈夫じゃないかな。気をつけないと良いように弄ばれる可能性はあるけど、実権を奪うような真似はしないはずだね」

 レックは風間の返事に、その根拠が少々気になったが、聞き出しても意味がないだろうと、あえて訊かないことにした。

「実際には、メトロポリス周辺に住んでいる人間のうち、半分だけでもキングダムに移ることができれば、大分ましにはなると思う。ただ、そうなるとさっき言った問題だけじゃなくて、人数の面でもかなりの問題になると思う」

「メトロポリスの半分って……どのくらい?」

「10万は確実に超えるね。2、30万は見ておいた方が良いかな」

「思っとったより多いんやな。キングダムの全人口に匹敵せえへんか?」

「確かにその人数がいきなりキングダムに押しかけたら……共倒れになるね」

 碌でもない状況しか想像できず、レックもマージンも頭を抱えるしかできなかった。

「共倒れは意味がないからね。僕にはキングダムへの移住を指示する権限はないから、実際にそんな状況が発生するかどうかは分からないよ。ただ……ガバメントやカンパニーユニオンの上の方ははっきり言って油断できる相手じゃない」

 風間はそう言いながら、一通の封筒を取り出し、マージンへと渡した。

「これは?」

「大陸会議に移住者を受け入れてもらう際の注意事項とか、かな。気をつけるべき相手の情報とか、本格的な移住が計画された時の規模や問題の予想とか。あっちに戻ったら、大陸会議に渡して欲しい」

「それでこんなに分厚いんやな。まあ、渡すだけなら構わへん。正直、さっきの話聞いた後やと、あんまキングダムに来て欲しゅうなくなったんやけどな」

「気持ちは分かるけど、まあ、そう言わないで欲しい」

 マージンの言葉に風間は苦笑した。

「さて、僕は上に戻るけど……君達はどうする?」

「ここに残る理由もないから、戻るよ。ミネア達にもいろいろ話さないといけないし、さっさとここ、離れた方が良いんだよね?」

「そうだね。ああ、そうそう。ここでした話だけど、少なくともメトロポリスにいる間は蒼い月の中だけにとどめて欲しい。仲間内で話すときも、誰かに盗み聞きされないように注意して欲しい」

 そうしないと、予期せぬ行動をとる連中が出てきそうだからと風間は付け加えたのだった。



「え?」

「嘘ですよね?」

「かそーげんじつって何ー?」

 戻ってきたレック達の説明を受けたミネア達の反応はそんな感じだった。

「まー、最初はそう反応するわな」

 マージンが言うなとレックは言いたくなったが、ブーメランが返ってきそうなのはそれは我慢し、

「でも、それが本当みたいなんだよね。少なくとも、僕たちは否定できるだけの根拠がなかった」

 そんなレックの言葉の後は、先ほど、風間とディアナ達の間で交わされたやりとりの再現だった。尤も、信じたくなくても、仲間であるレックとマージンが信用せざるを得ないと断言している以上、否定し続けることもできず、クライストとディアナよりは早く、現実を受け入れることを判断していたが。ちなみに風間が見せた最後の証拠――魔術の件については、教えてもショックが増すだけだからと、必要がなければミネアとアカリには伏せておくことで、レック達5人はここに戻ってくるまでに簡単に合意していた。

 それはさておき、受け入れることとショックを受けないことは別である。

 そうして脱力しきった二人と、同じくまだ立ち直り切れていなかったクライストとディアナに、マージンが言葉をかける。

「まあ、極端な話、今更やねんけどな。最近、現実に戻ること、考えたことあったか?」

 その言葉に、項垂れていた仲間達の肩がびくりと震えた。

(確かに……全然考えなくなってた)

 同じ言葉を聞いていたレックも思った。

「それに、や。こっちにも大事なもん、少しはできてしもうてないか?」

 その言葉に、ミネアが真っ先に反応した。

「おかーさん?」

 ベッドに並んで座っていたエイジを見て、そのまま膝の上へと抱きかかえた。

 が、

「正直、今あっちに戻れたとしてや。そしたら二度とこっちには来れへんやろな」

「それは困るよ!」

 次のマージンの言葉に真っ先に反応したのはリリーだった。

「そしたら、もう二度とみんなに会えないってことだよね!? それはヤだよ!」

「えっと……オフラインだったら会えると思うんだけど」

「え? あ……そ、そうだっけ?」

「まー、わいはちょいと厳しいけどな?」

「あう……」

 レックに勘違いを指摘されて恥ずかしそうにしたリリーは、マージンの補足にそのまま撃沈した。

「……マージン」

「ディアナ、なんや? ……って痛い痛い痛い!!?」

 呆然としたままでも流石に見過ごせないものがあったらしいディアナが、マージンの顔面を捕獲し、身体強化まで発動させて握り潰しにかかった。

「え? あ? あ、ちょっと、ディアナ!?」

 目の前で突如として始まった惨劇にリリーが慌てるも、ディアナがすぐにマージンを解放することはなく。解放されたマージンが床の上に崩れ落ちたのは、たっぷり一分ほど経ってからのことだった。

「とは言え、じゃ。マージンの言ったことも一理あるのは認めざるを得んのう」

 ディアナはマージンをリンチにかけたことで多少気を取り直した様だった。

「不本意ながら、現実世界のことをほとんど思い出さぬ様になっておったことは確かじゃ。明日のことを考えたとしても、全部こっちでのことばかりなのじゃからな」

 ため息をつきながらのその言葉を否定できる仲間はいなかった。良いも悪いも誰も口を開かなかった。

 ただ、いつまでも沈黙が続くこともなかった。いつの間にかリリーの膝の上に回収されてあまりの痛みに軽く痙攣していたマージンが復活すると、

「まあ、なんや。何か変わるわけでもないんや。どうせ、魔王倒さんと先には進めへんのやし」

 その言葉もまた、誰も否定できなかった。

 ここが現実そのものだろうが仮想現実だろうが、体感では区別ができない上に、抜け出すこともできないのであれば違いはないのだから。

「それよりも、や。さっさとここ、出発してしもうた方がええと思うんやけど?」

「それは……ああ、あれじゃな」

 マージンの言葉に一瞬否定的な雰囲気を匂わせたディアナだったが、すぐに風間の助言を思い出したらしい。

「せめて一晩だけ時間が欲しいところじゃが……」

 そう言いつつも、下手を打てば風間の上司とやらがまたちょっかいをかけてくるのは分かっていたし、そっちの方が後々面倒になることも理解していた。

 できれば、ちゃんと心を落ち着けるために一晩でいいから時間が欲しいところだが、おそらく、そんなことをすれば後悔が待っているのはなんとなく分かっていたのだ。

 ミネア、アカリは何のことか分からない様子だったが、風間からの助言のことを話すと、早めにここを離れた方が良いという判断を支持せざるを得なかった。

「まあ、一旦メトロポリスに戻れば、2、3日くらいはゆっくりできると思うよ」

 そんなレックの言葉で少しくらいはミネアとアカリが気を取り直せたかどうかは、本人にしか分からないだろう。

「とりあえず、風間にはわいが挨拶しとくわ。レックはどないする?」

「僕はこっちに残ってた方が良いかな」

「ま、二人で行ってもしゃあないしな」

「あ、あたしもマージンと一緒に行くよ!」

 そう言って、部屋を出ようとしていたマージンの後をリリーが追いかけた。

「レック達はあまりショックを受けてませんね……」

 マージンとリリーが出て行った後、ぽつりとつぶやいたのはアカリだった。レックを見るその視線は、いつもと違う、理解できない相手を見るものだった。

 他の仲間達の視線にも似たような気配を感じていたレックは、どうしたものかと考えながらも、少しだけ言い訳をしておくことにした。

「時々、そうなんじゃないかなって考えてみることがあったから、かな?」

「それだけで、か?」

 ディアナの言葉にレックは軽く頷いて説明する。

「そうかもしれないって、思うのって結構怖かったんだよ? 常識ではそんなことあり得ないって考えても、否定できるだけの証拠もないし、こっちに馴染むほどに感覚的にもそんな感じになってるのが分かったし」

 その言葉に理解できるところがあったのか、仲間達はレックの言葉を否定するようなこともなく、

「まあ、確かに日頃からそういうことを少しずつでも考えておったなら、多少はショックも少なくて済むかもしれぬな」

 少しの間を置いてのディアナのその言葉を最後に、部屋にはしばしの沈黙が落ちたのだった。



 さて、自分たちが出た後の部屋の様子など知る由もないマージンとリリーはというと。

「そういや、リリーはあんましショック受けとらんみたいやけど……大丈夫なん?」

 廊下を歩きながら、アカリがレックにしたのと同じような会話をしていた。

「えっと、全然平気ってこともないけど……」

 リリーはそこで一度言葉を切ると、マージンの顔をじっと見つめ、

「どないしたん?」

 そんな言葉を吐いたマージンの足をげしっと蹴りつけた。

「えっ? ほんま、どうしたんや?」

「それよりも! マージンこそ平気みたいだけど、無理はしてないの?」

「あー。まあ、あっちに戻らなあかん理由もあらへんしな」

「家族とかいないの?」

「おらへんな」

「あ、うん。えっと、友達とかは?」

「うーん、おるにはおったけど、4年も経つとなぁ。もう今更な気もするんや」

 実際、現実世界への執着がほとんど見て取れないマージンの様子に、これはこれで大丈夫なのだろうかとリリーは少し心配になった。

(ひょっとして、ぼっちだったのかな~?)

 こっちでのマージンを見ている限りはそうは思えないが、そうでも考えないとちょっと説明がつかない気もした。

 が、

(ま、いーかな? マージンはここにいるんだし!)

 そうあっさりと割り切った。

「それにしても……キングダムまで戻るんは、ちょいと面倒やなぁ……」

「あー、うん。そだねー」

 いきなり話が飛んだマージンの言葉に、リリーはここを離れた後、キングダムに戻ることを思い出した。来るときには半年以上かかったのだ。戻るのにも同じくらいの時間がかかると思うと、マージンではないが、かなりげんなりしてしまった。

「ゲートとは言わへんけど、せめて足の速い乗り物くらいは欲しいで」

「魔道具で何かないの?」

「あー、微妙なんは幾つかあるんやけどな。自動車みたいなんはあらへんわ」

 ちょっと良いアイデアかもと思ったリリーだったが、残念そうにマージンが答えたように、そう都合よくはなかった。

「ちょっとしたゴーレムみたいなんは作れるんやけどな。そっちも材料は足らへんし、おまけにスピードが出えへんし。改造でもできれば別やろうけどな」

「改造? できないの?」

「そこまでの知識は祭壇では貰えへんかった。キングダムに戻ったら研究やな。ってか、リリーやったら精霊使ってなんとかできるんちゃうか?」

「でも、水の精霊とか馬みたいにして動かし続けるの、かなり大変だよ?」

「風で自分を押してみるんは?」

 言われてみればと、リリーは風の精霊を少し動かしてみた。室内にもかかわらず弱い風が吹き、

「ちょっとだけ歩くの速くするのはできるかも」

 試してみた感触からそう答えた。

「ちょっとかー。いっそのこと吹き飛ばした方が早いんちゃうか?」

「それ、流石に危なくないかなー?」

「あー、それは否定できんわ。レックなら平気そうやけど」

「あ、うん。あたしもレックだと怪我するのも想像できないかなぁー……」

「ちゅーか、風をうまいこと使ったら、なんや飛べそうやけどな」

「え? そう、かな?」

 リリーはちょっと想像してみた。ついでに契約している風の精霊にもできそうか訊いてみた。

「……練習すればできる、かも」

「マジ? うまくいったら、すっごい便利になりそうやな。……キングダムに戻る役に立つかは分からへんけど」

「意外と簡単かもしれないよー?」

「そやけど、全員まとめて飛ばせるんか? 一人だけやったら、移動っちゅう意味ではあまり役に立たへんで?」

「あ、うん。そう、かも」

 確かに自分が飛ぶことしか考えてなかったと、リリーは肩を落とした。

「いっそのこと、アルフレッドんとこ、家捜ししてみてもええかもしれへんな。面白いのんが見つかるかもしれへんし」

「怒られないかなー?」

「そん時はそん時や」

 マージンはなぜか胸を張ってそう言った。

 そんな感じであれこれ話しながら、二人は風間のところに行ったのだった。

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