第三章 第二話 ~ラスベガスの夜~
エントータを発ってから二週間ちょっと。
街道上で他のパーティとすれ違ったり、時々エネミーの襲撃を退けたりしながら、レック達はラスベガスに着いていた。
ラスベガスという名前ながらも、最初はギャンブルとは縁もゆかりもない街だったが、街の発展とともに、リアルのアメリカの同じ名前の街同様、ラスベガスを設置したギルドの手により、次々とカジノとホテルが建設された。その結果、『魔王降臨』の時までは、リアルのラスベガスをも上回るカジノの聖地とまで呼ばれるまでになっていた。
無論、『魔王降臨』時のプレイヤーの大量排除により、街の規模に見合うだけの人口を確保できていない。おまけに、ほとんどのプレイヤーがジ・アナザーで生きることに集中し、カジノで遊ぶ余裕は失っていた。そのため、見かけは派手なものの、その中身だけなら今ではすっかり普通の街である。
あえて、他のプレイヤータウンと違う点を挙げるならば、ラスベガスは現在大陸会議の本拠地であり、大陸会議直属の群の主要部隊の駐屯地でもあることだろうか。そのために、街の治安は非常に良く、今ではキングダムを差し置いて、大陸の流通と経済の中心地となっていた。無論、プレイヤーによる自治の中心地でもある。
「疲れた~……」
そう言いながら、レックは、軽装とはいえ防具を身につけたまま、ホテルのベッドに倒れ込んだ。
既に時刻は夜の9時。外は真っ暗である。
ちなみに、レック達は一時間ほど前にラスベガスに到着し、つい先ほどこのホテル、シルバーチップにチェックインしたばかりであった。
「あ~、食事よりもう寝ちゃいたいな……」
夕方、街道の脇で野宿するかどうかを話し合った時に、ラスベガスまであとちょっとだし、野宿せずに一気にラスベガスまで向かおうってことになって、実際そうしてみたのだが……思ったより疲れた。
で、このまま眠ってしまいたいレックだったが、この後、軽く夕食を摂ることになっていたので、さすがに寝るわけにもいかなかった。
が、しばらくぼーっとしていると、
コンコン
「そろそろレストランに行くぞ」
「あ、ちょっと待って欲しい」
ドアをノックする音に続いて聞こえてきたクライストの声に、レックは慌てて起き上がった。急いで身につけていた小手やプレートを外して床の上に置くと、テーブルの上に置いていた部屋の鍵をかっ攫い、部屋を飛び出す。
「他のみんなは?」
「もう先に行っちまったぜ」
親指で下への階段を指して、クライストが答える。
「にしても、久しぶりの個室ってどうだ?」
「やっぱり、それなりに落ち着くね」
宿屋と言うよりホテルと呼ぶに相応しい外見と設備を誇っていても、キングダム大陸に似合わないエレベータの類はさすがにないので、ゆっくりと階段を下りながら、そんなことを話す。
ジ・アナザーに閉じ込められて以降、レック達は寝る時は全員同じ部屋、良くて男女別に二部屋に分かれて寝ていた。なので、ラスベガスの宿泊施設事情を知った女性陣から、たまには個室に泊まりたいという要望が出た時、男性陣も特に反対はしなかった。
無論、個室だと大部屋で雑魚寝するよりかなり金がかかるが、幸い、治癒魔法の祭壇の発見報酬がほとんど手つかずで残っていた。長々と滞在する予定もなかったので、問題ないだろうと全員の意見が一致したのだった。
「みんなで寝るってのも、最初は悪くなかったんだけどね」
「もう、この世界にもすっかり慣れたしな」
「そうだね。もう……どのくらい経ったっけ?」
個人端末のカレンダーが機能しなくなっていたため、レックは詳しい日数が分からなくなっていた。が、
「そうだな。3ヶ月……ってこたないな。4ヶ月って言われてもおかしくないな」
クライストも、大雑把にしか数えていなかった。まあ、大体あっていたのだが。
「そっか。4ヶ月か……」
「多分な。おかげで、随分ジ・アナザーにも馴染んじまったな」
「トイレとかお風呂とかね」
「いつの間にやら、汗までかくようになってるしな」
そこで、何か思い出したようにクライストは足を止め、軽く周りを見回して誰もいないことを確認すると、
「あと、女のな、生理も来るようになったらしい」
と、小声で言う。
「……本当に?」
信じられないと思いつつも、今のジ・アナザーでは何が起こっても不思議じゃないとも、レックは思った。
「ミネアは来たらしいな。……俺は何もしてないけどな」
レックにじと目で見られ、慌てて無実を言い張るクライスト。
階段を下りきり、レストランへと歩きながら、会話は続く。
「いろいろ問題の種になりそうだったからな。マージンとグランスにも一応話はしてある。おまえは女性陣と完全に離れる機会が少なかったから、今になっちまったな」
「問題って?」
「んー、俺にもよく分かんねぇよ。ただ、リアルでもナプキンだの何だのあったってことは、やっぱ、どうにかしといた方がいいことなんだろな」
とクライストが話したところで、二人はレストランについて、その話はそこまでとなった。
「メニュー、そんだけ……?」
「こんな時間に作ってもらえるだけでもマシじゃろうな」
レストランのウェイターから、今作れるメニューを伝えられ、ショックを受けるリリーに、ディアナはそう言った。
「まあ、閉めようとしていたところを無理言ったんだ。何か作ってもらえるだけでもありがたいさ」
とは、グランス。
そもそも、ジ・アナザーでは、近代都市メトロポリスを除けば、電気などない。夜の光源は殆どがランプという貧弱な灯りであるため、特に『魔王降臨』以降は日が落ちた後は、さっさと食事をして寝てしまうものになっていた。
夜の9時とかまでレストランが営業していたというのが、そもそも非常識とも言える。ラスベガスならではなのだが。
「ま、選択の余地なんてあらへんのやし、それ、7人分まとめて頼みますわ」
注文を待っていたウェイターに、マージンが勝手に注文を出してしまった。まあ、メニューが1つだけでは、仕方ない。
「あ、二人も来ましたよ」
ウェイターと入れ替わるようにいてテーブルに近づいてくるレックとクライストを、ミネアが見つけた。
「待たせたな」
「遅れてごめん」
そう言って空いている椅子に二人は座った。
「メニューは手っ取り早くできる1つしか頼めなかったけど、構わないな?」
グランスの確認に、二人とも頷く。
「では、明日からの予定を少し話しておくか。部屋に戻ったら、さっさと寝たいだろうし、何よりここの部屋は全員で集まれるほど広くない」
実際にはツインなら何とかなるのだろうが、今回は全員シングル――つまりは個室に入っていた。そこに7人はちょっと狭い。
「まあ、予定と言っても、冒険者ギルドから仕事を受ける予定はない。ここで各自が必要なものを補給するだけか。つまり全員、必要なものを言っておいて欲しいだけだな」
今のところ、お金は十分にあるので、相当余計な出費がない限り、余計なクエストや仕事は受けずにキングダムを目指す方針なのは、今までに何度か確認していることだった。なので、グランスの言葉には誰も異論を挟まない。
そして、最初に口を開いたのはマージンだった。
「わいは細工関係の図面とか設計図とかコマンド登録できるのがいくつか欲しいな。特に……」
そこでクライストに視線をやって、
「銃関係のな」
「あー、手間かけさせて悪りぃな」
「ま、あんま気にせんでええって。半分趣味やしな」
「ってわけで、俺は銃の修理用の部品と弾薬だな」
ついでに必要なものを述べるクライスト。
「あたしはパチンコ用の玉かな。役に立ちそうなのが見つかればいーんだけどね」
「わたしは矢ですね。ただ、かなり嵩張るのですけど……」
「あー、材料あれば作れるで。金属の鏃以外は街の外でも手に入るから、鏃だけ確保しといてくれたら、わいが作るわ」
「それは助かります。お願いできますか?」
作ってあげると言っている仲間に対して、妙に腰が低いミネア。
「任しとき!」
そう言って、自分の胸を叩くマージン。
「僕は武器や防具の修理かな」
「ああ、それは俺もだな。武器に関しては、マージンとリリーは大丈夫か?」
「んー、あんまし使ってないけど、あたしのも一応見といてもらった方がいーかな?」
「見るだけなら、今見よっか?」
「ホントに?じゃ、お願い~」
そう言って、リリーはアイテムボックスから取り出した短剣をマージンに渡した。
その短剣を「ん~」とか言いながら確認し始めたマージンを横目に、
「ディアナはないのか?」
「私のはのう……杖で殴るだけじゃが、それも最近出番がのう……」
グランスに確認され、どよーんと沈み込むディアナ。
実際、マージンとクライストが常にいる今のパーティでは、殴るだけという相当火力に欠けるディアナの出番は皆無だった。良くて後衛のミネアやクライストの護衛であるが、実際に杖で敵を殴ったことは、最近は殆ど無かった。
「あー、まー、気にすんな。魔法覚えたら何とかなるって」
「……治癒魔法、使えないんじゃが」
クライストの台詞はもちろんフォローになっていなかった。むしろ、ディアナをより沈ませてしまう。
しかし、そんな状況を一人だけ知らないように見えていたが、
「ん。問題なしやな」
リリーの短剣をチェックしていたマージンは、そう言って短剣をリリーに返すと、
「魔法の祭壇は他にもあるわけやし、別の魔法なら使えるようになるんちゃうか?」
「……それまで役立たずでいろと言う訳じゃな」
「しばらくの間、別の武器に変えてみたらどうだ?」
「……それしか無いかのう」
グランスの提案に、やっと少しだけディアナは浮き上がってきた。
そこに、
「お待たせしました」
と、ウェイターが料理を運んできた。
「何で、親子丼……」
メニューを知らなかったレックはそれを見て、驚いた。
「残っていた材料で手っ取り早く作れるのはこれくらいだったんですよ」
とウェイター。
「まあ、わいらとしてもちゃっちゃと食べれるから嬉しいんやけどな」
マージンのその言葉には、仲間達も「確かに」と心の中で同意した。疲れているし、簡単に食べられる丼ものは歓迎できた。
いつの間にかディアナも復活し、そのまま仲間達は親子丼をかき込む作業に没頭する。
「あー、食った食った」
「結構おいしかったね~」
満足そうなクライストとリリー。
「あの、お風呂はまだ入れますか?」
食器を下げに来たウェイターにミネアがそう訊くと、
「湯が冷めていてもよろしければ」
とのこと。
勿論、女性陣のみならず、いくらかの汗をかいていた男性陣も文句は言わない。やはり、どうせならすっきりしてから眠りたいものなのだ。
ウェイターが食器を下げ終わり、仲間達が精算のために立ち上がる中、
「マージン、後でちょっと良いか?」
「ん?構へんけど?」
ディアナに声をかけられたマージンは、疑問符を浮かべていた。
コンコン
「ちょい待ってや~」
男女別々の浴場から個室に戻ってきた後、ドアをノックされたマージンはディアナが来たのだろうと扉を開けに行った。
何の用なのかは……ある程度は予想はしていた。多分、食事の際に出ていた話に絡んで、ディアナの新しい武器でも相談されるのだろうということだ。間違えても、男女の話ではあるまい。
しかし、
「何で、ミネアとリリーもおるねん?」
蒼い月の女性陣が全員そろっていたことに、首をかしげる。
「それは説明するから、先に入れてもらえんかのう?」
「ああ、構へんで」
マージンがそう言うと、ディアナ達はぞろぞろマージンの部屋に入ってきた。
「で、何の用や?」
一応レディには優しく……というわけでもないが、女性陣をベッドに座らせ、マージン自身はテーブルに腰掛け、ディアナにそう尋ねる。
「あー、それじゃがな……」
ディアナにしては珍しく、歯切れが悪い。それどころか、驚くべき事に顔を赤くして、ミネアやリリーと顔を見合わす。それも、何度も。
マージンがディアナの左右に目をやると、ミネアとリリーも微妙に赤くなっている。
(……何しにきたんや?)
と、マージンは心の中で首を捻った。
まず、3人が赤くなって言い出しづらいことというと、恥ずかしいことなのだろうとは見当がつく。その筆頭となると……まあ、ベッドの中での男女の営みというやつだろう。確かにジ・アナザーでは男女の営みとやらも出来ないことはない。ただ……
(恋愛感情抜きにしちゃ時期がおかしいわな。いや、個室っちゅーんは便利な環境やけどな)
しかしそれなら3人で来るというのがおかしいと決めつけ、可能性から排除する。
(まさか、3人揃って変態っちゅーわけでもないやろしな)
そうだったら、この3人との距離感を見直さなくてはならない。
(そやけど、そーなら、何の用件なんやろなぁ?)
あれこれ考えてみるものの、さっぱりディアナ達の用事が分からず、マージンが首を捻っていると、やっとディアナが覚悟を決めたらしい。
「他の3人には秘密にしておいて欲しいんじゃが……」
そう切り出したディアナ達にマージンが頼まれたのは……ナプキンかその代用品を作れるようになっておいて欲しいということだった。
(あ~、なるほどな~)
クライストから、どうも女性の生理も再現されているらしいと話は聞いていた。とは言え、男性相手に気軽に話せるようなものでもないのも何となく分かる。
「私だけではなくて、ミネアも生理が始まっておるからのう……。今後、ずっとこうなるのであれば、我慢すればいいというわけにもいかんからのう……」
一度話し出してしまって開き直ったかのようなディアナに対し、ますます赤くなるミネアとリリー。
その様子を見ながらマージンは、
「まあ、ナプキンは作れるようになってもええけどな。ただな……」
そこで言葉を一度切って、
「作り方覚える時には、誰かについて来て欲しいんやけど。ってゆーか、作り方知ってる人は、君らで探して欲しいんだけど。ってゆーか、再利用できるやつならいくつか買っておいたら、わいが作る必要はないと思うんやけど……」
さすがに男であるマージンにとって、ナプキンの作り方を教えて欲しいなどと聞いて回るのはあまりにも恥ずかしかった。こっそり作れるようになって、こっそり作るまでならいいが……出した条件は絶対譲れない一線である。まあ、そもそも必要な分だけどこかで入手してきてくれるのが一番ではある。
そのマージンの言葉に、ベッドの上で女性陣がひそひそと相談を始めたが、なかなか結論は出ない。
その3人には、こうなったついでに、もう1つ言っておかないといけないことがあるのだが、相談が終わるまでは待った方が良さそうだとマージンは考えた。
やがて、3人の相談はまとまったらしく、
「探すのは私たちでやるし、必要な分だけ買う努力はしよう。じゃが、念のためにやはり作れるようにはなっておいて欲しいのじゃ。作り方を知っているプレイヤーを見つけたら、私たちも同行するから、作り方は覚えておいて欲しいのじゃが……」
結局、避けることは出来ないのかと、マージンはため息をつきながら、
「まあ、それならしゃーないけどな。ほんま、誰かついて来てや?一人は絶対嫌やからな!?」
「うむ。それは約束する」
ディアナの言葉に、ミネアとリリーも赤い顔のままで何とか頷いた。
それを見たマージンは、言うべきことを言うために口を開いた。
「じゃ、こっちからも1つ言っておくことがあるわ」
それを聞いて、身構える女性陣。
「生理が始まったことは、他の連中にも言っとくべきや。フォローが必要になる場面があるかどうかは分からんけどな。そうなってからは遅いからな」
既に全員が知っているはずだとは、一言も言わない。
ミネアが何か言いかけたものの、ディアナに止められ、再び3人でひそひそと話し合いが始まった。そして、すぐに結論が出たのか、
「分かった。それは私の方から伝えておこう。……他にはないかのう?」
マージンが頷くと、
「では、もう1つの相談じゃ。さっきのレストランでの話じゃがな……」
今度は普通に、ディアナが今後乗り換えるべき武器の相談だった。
この話し合いにはミネアとリリーも普通に参加し、マージンが修理できるという条件の中で、とりあえず槍を使ってみることになったのだった。