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ジ・アナザー  作者: sularis
第十七章 メトロポリスの空
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第十七章 第十六話 ~エピローグ~

「暖かい……」

 ふと意識を取り戻した紗耶香が最初に思ったのがそれだった。

 周りは真っ暗で、何も見えない。

 そう思ったのは一瞬で、単に自分が目を閉じているだけだとすぐに気がついた。

「ここは……?」

 ただ、目を開けてみても大して状況は変わらなかった。

 何もないのだ。

 正確にはどこまでも続く白いガラスのような地面と、同じく真っ白なのに何故か地面と区別がつく何もない空。それだけはあった。

 だが、それ以外は何もなかった。

 空には太陽も星もないし、地面には土も木も草もない。遠くを見ても山も建物も何もなく、本当にどこまでも白い地面が続いていた。

 だから、

(ああ、死んじゃったんだ……)

 紗耶香は素直にそう受け入れることが出来た。

 とは言え、今の状況が良いかどうかは別だった。

 何しろ、何もないのだ。空と地面しかない世界。紗耶香自身も一糸まとわぬ姿である以上、服すらない。こんな所にずっといたら、普通なら確実に気が狂うだろう。

 それでも不思議と紗耶香に恐怖はなかった。気になることがあったからだ。それは死ぬ間際のこと。

(あの時……優司の声が聞こえた気がしたんだけど……)

 目は既に見えず、ただ誰かの温もりを感じた気がした。その時に懐かしい愛おしい声を聞いた気がしたのだ。

 それをあり得ないことと切って捨てるのは簡単だったが、絶対にないことかと言われると……宝くじに当たる確率と良い勝負かも知れないが、本当にあり得ないことではないだけに気にかかった。

「本当に優司だったら……」

 メトロポリスにいるときの自分はソーシャル・アバターだった。つまり、一目で分かったはずで、それはつまり紗耶香が死ぬ瞬間を見せてしまったということ。

「大丈夫、かな……」

 思わず蹲ってしまった紗耶香。その耳に、

「気になるかな?」

 あり得ない声が聞こえた。

 ガバッと顔を上げた紗耶香の目の前にいたのは、青っぽいローブに身を包んだ一人の青年だった。

「どこから?」

「その問いに答えても意味がないね」

 紗耶香の問いをバッサリ切り捨てた青年は、紗耶香の姿を一瞥して眉を顰めると、パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、ふわりと身体にかかった重みに自分の姿を確認した紗耶香は、僅かな間とは言え、青年に全裸を晒していたことに気がついた。

 が、今更それで赤くなるほど温い人生を送ってきたわけでもない。ただ、青年が服を着せてくれたことだけは何故か理解できた。

「服、ありがと。それで何の用なの?」

「恋人にもう一度会いたいかい?」

「っ!!」

 青年の言葉に紗耶香の脳は一瞬で沸騰し、しかしその右手は空を切った。それで今の自分は武器の1つも持っていないことを思いだした。

「……気にはなるみたいだね?」

 青年の言葉に答えるべきかどうか悩んだ紗耶香だったが、既に行動で答えを示してしまっている以上、誤魔化しても仕方ないだろう。

 そもそも、青年が紗耶香をここに連れてきたのかも知れない。だとするならば、紗耶香に出来ることなどほとんどないのだろう。今更ながら、そのことに思い至った紗耶香の頬を冷や汗が流れた。

 幸いなことに、青年からは害意も悪意も全く感じられなかった。平和ぼけしていた頃なら兎に角、今の紗耶香に感じ取れないと言うことは、少なくとも今は本当に青年は紗耶香に対する悪意はないのだろう。

 なら、多少は正直に答えてみても良いだろうと紗耶香は考えた。どうせ、こちらの事情などお見通しなのだろうから。

「そうね。今更どんな顔して会えば良いのか分からないけど、それでも恋人……だったもの」

 恋人と言い切れなかった紗耶香に、何故か一瞬、青年が申し訳なさそうな顔になったが、紗耶香がそれに気づくことはなかった。

「それで、もう一度彼に会える機会があるなら、会いたいかい?」

 それは悪魔の誘惑なのだろうか。

 悪意こそ感じられないが、あまりにも紗耶香にとって都合が良すぎる質問だった。

 だから即答は出来なかったが、それが地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸というのであれば、掴むしかないのだろう。

「会えるなら、ね」

 掴んだ後に何が起こるか分からない。そう覚悟して答えた紗耶香が見たものは、ホッとしたような青年の表情だった。

「それは良かった。それならその時まで……眠ってもらっていても良いんだけど、起きていた方が良いかな? 本とかゲームくらいしか用意できないけど」

 青年がそう言った次の瞬間、音もなく紗耶香達の周囲に無数の本棚が現れた。

「っ!?」

 やはりここは現実ではない。それどころか、青年は間違いなく自分をどうとでも出来る立場にある。紗耶香がそう警戒していると、青年は困ったように笑った。

「警戒させちゃったようだね。まあ、ベッドも用意しておくから、その時まで好きなように過ごしてくれたら良いよ。ここでは君は魂だけの存在だから、食事とか生命維持に必要な活動は要らないし。それじゃ、時々は様子を見に来るから、またね」

 そう言い残してベッドだけを出した青年は、逃げるようにその姿を消してしまった。

 後に残された紗耶香が青年の言葉を理解するのには、それから数日を要したのだった。



 そして時間は今に戻る。

「アルフレッド!!」

 扉を蹴破って入ってきたクライストは、そう言ってあるフレッドの姿を探してキョロキョロと室内を見回したが、目的の人物の姿は見つけられず、

「……誰だ?」

 代わりに、夜の具現のような美しい女性の姿を見つけていた。

「生憎と、名乗る許可はマスターよりいただいておりません」

 全てを吸い込むような美しい声に、クライストも思わず吸い込まれそうになり、慌てて頭を振った。

「マスターってアルフレッドのことか? どこ行ったんだ?」

「アルフレッドはマスターではありませんし、もういません」

「いない? 帰ってこないのか?」

「帰って来るも何も、望み通り、完全に消滅しましたから」

 女性のその言葉を聞いたクライストは、思わず溜息を漏らした。

「……中二病かよ」

「厳然たる事実です」

 聞こえないような声で言ったはずなのに、しっかりと聞かれていたクライストは少しばかり居心地が悪くなった。

 ここに来るまでは十分に感情的だったので、これが男相手であれば胸ぐらに掴みかかるくらいのことはしていただろうが、流石に女性、それも目を見張るようなと言う形容詞でも足りない程の美女相手では、攻撃的な感情はなりを潜めてしまっていた。

 とりあえず、気を取り直したクライストは、改めてアルフレッドについて確認することにした。

「アルフレッドは留守にしてるんだな?」

「いないことを留守と言えるのであれば、そうですね」

「で、帰ってこないのか?」

「今後、この建物の中に彼が存在することがあり得ないことを帰ってこないと言うのであれば、そうですね」

 ここまでは良い。夜のような女性の言い方は何かと引っかかるものがあるのだが、まあいい。

「どこに行ったんだ?」

「消滅しました」

 これでクライストは改めて頭を抱えた。

 今更女性に掴みかかるような真似はしづらい。が、こんな答えしか返ってこないのであれば、そもそも会話が成り立つとは思えなかった。

 そんなクライストを見かねたわけでもないだろうが、今度は女性からクライストに声をかけてきた。

「マスターから、あなたには幾つか説明をしておくようにと言われています。例えば、木下紗耶香という女性のこととか」

 その名前を聞いた瞬間、クライストはガバリと顔を上げ、そこで小指の先すらも動かせなくなった。

「ああ、暴れられても困るのでちょっと拘束させてもらいました。大人しくしてくれるのであれば、解きますが?」

 その台詞で、クライストは今の状態が目の前の女性の仕業だと理解するも、どうやったのかさっぱり分からなかった。いや、思いつく可能性としては、

「……まさか、ゲームマスターか?」

「違います。どちらかと言えば、今のは魔術に近いですね」

 それにしては呪文の詠唱もなかったのだが、自分が知らない魔術もあるのだろうとクライストは無理矢理納得することにした。それよりも、暴れても無駄なら、さっさと拘束を解いてもらった方が良い。

「……とりあえず、暴れない。暴れないから、動けるようにしてくれ」

 そう言った瞬間、クライストの身体はあっさりと動くようになった。正直、ゲームマスターとか言われた方が納得できるのだが、実力行使が無駄なことだけは確かだった。ならまずは話を聞くしかない。

「紗耶香について、何を説明してくれるんだ?」

「そうですね。もしもの話ですが、もう一度会いたいですか?」

「っ……。会えるならな」

 思わず声が大きくなりかけたのを押さえ込みながら、クライストは答えた。

「そのためには何でもしますか?」

「ああっ。何でもするさ。もう一度あいつに会えるなら」

「大変良い返事です」

 そこで夜のような女性が浮かべた笑みを見て、クライストはハッと気がついた。会えるとしたらと言われて、そこから思わず反射的に答えてしまっていたのだ。

 尤も、そんなことは女性の次の言葉ですぐにどうでも良くなった。

「してもらうことはただ1つ。最後まで旅を続けなさい。そうすれば、愛する女性ともう一度、会う機会を差し上げましょう」

「ふざけんな! あいつは死んだんだ! 会えるわけねぇだろ!」

 そう叫びながら、クライストはある意味あれからずっと側にいた紗耶香の、その死体の冷たさを思い出していた。肌は勿論、髪すらも冷たいのだ。髪が冷たくなるなんて、考えたことすらなかった。

 ただ、クライストにも分かっていた。

 紗耶香の死体と寄り添っていても、もうそこに紗耶香はいないのだと。それは抜け殻でしかなくて、自分に笑顔を向けてくれることはないのだと。

 何となく理解せざるを得なかったそのことを、否が応でも自覚させられてしまった女性の言葉に、クライストは思わず叫んでいた。

 ただ、女性はクライストが叫んだことなど全く気にもしていなかった。

「なるほど。あなたはまだ知らないのですね」

「何をだ!?」

「人は死んでもその魂が消滅するか、リセットされるまではその人格は残ります」

「何を言って……」

 クライストの言葉の途中で女性が、静かにするようにと人差し指を唇に当てると同時に、クライストの声が出なくなった。ついでと言わんばかりに、再び動くことも出来なくなってしまっていた。

「説明の最中です。まずは大人しく聞いてください」

 クライストの動きを完全に封じた女性はそう言うと、平然と言葉を続けた。

「この世界でも人が死ねば魂はいずれリセットされます。その行く末は人それぞれですが……木下紗耶香の魂は今、一時的にその流れから隔離されています。どういうことか分かりますか?」

 分かるわけないだろうと叫びたくても、クライストは瞬きすら出来ないのだ。女性もそのことは忘れてはいなかったのか、すぐに説明を続けた。

「今、木下紗耶香は木下紗耶香のまま、保護されています。もし、あなたがある役目を最後まで果たしてくれるのであれば、保護されている彼女と会わせてあげましょう」

 そこで、クライストの拘束が解けた。

 だが、クライストはそのことに気づけなかった。女性の言葉があまりにも衝撃的だったためだ。

「会える? もう一度?」

「ええ」

 そこでクライストは黙り込んでしまった。

 どうしてここに来たのかも、さっきまであんなに叫びたかったことも、全て忘れ、ただ女性の言葉をなんとか理解しようとしていた。

 いや、それが嘘じゃないと信じようとしていた。

 普通に考えれば、あり得ないのだ。

 魂とか転生とか、そんなのは宗教とかマンガの中だけのことだと思っていた。

(いや、現実世界でってことか?)

「あちらの世界ではありませんよ」

 クライストの思考を読めるのか、タイミング良くそんな言葉を投げかけてきた女性を睨み付け、クライストは改めて女性の言葉が嘘じゃないのか考え込んだ。

 それでも、答えなど出るはずもない。

 そもそも証拠がないのだ。その上、今までのクライストの常識を全てひっくり返しかねないことだった。

「常識など、この世界に閉じ込められたときに十分壊れたものだと思っていましたが……」

 どうやら、本当にクライストの思考を読み取っているらしく、またしてもタイミング良くそんな言葉が飛んできた。

 だが、クライストにとってそれはちょうど良い一押しだった。

「……本当に、紗耶香に会えるんだな?」

「その後ずっと一緒にいられるとは限りませんが」

 余計な一言だったが、同時にそれは肯定の言葉でもあった。だから、

「俺は何をすれば良い」

 クライストはそう女性に尋ねた。

「簡単です。最後まで旅を続けてください。魔王を倒せたなら、その時、あなたの大事な人と会わせてあげましょう。……それと、このことは仲間にも秘密にすること、でしょうか。イデア社の人間になら漏らしても構いませんが」

「魔王を倒せって事か」

「あなたが倒す必要はありません。助力はしてもらいたいところですが」

 どうやら、中途半端な役割らしい。それと同時に、イデア社の人間になら言っても構わないというところが、クライストは気になった。

「イデア社の連中になら言っても良いってのはどういうことだ?」

「魔王が倒されたときには分かります」

「……なんで、俺を脅してまで魔王を倒させようとする?」

「それも魔王が倒されれば分かります。1つ言えることは、魔王を倒す者達の動機は1つでも多い方が良いということですね」

 それは何となく分かった。

 紗耶香が死んでしまった以上、クライストにはもう、レック達と旅を続ける理由が薄れてしまっていたのだ。勿論、レック達のことは気になるから、それなりに一緒に旅を続けはするだろうが、最後まで同行するかと言われると、確かに疑問ではあったし、もしレック達が旅を止めると言い出してしまえば、一緒に旅を止めてしまうだろう。

 だが、どういう形であれ、目的を与えられた今なら、例え一人ででも最後まで旅を続ける。クライストにはその確信があった。

 ただ、1つだけ確認しておきたいことがあった。

「もし、俺が途中で死んだら、その時はどうなるんだ?」

「わざとでなければ、それも旅を最後まで続けたということです。約束は守りましょう」

 それを聞いたクライストは安心した。

 最後まで死ぬつもりはなかったが、万が一と言うことはある。グランスの死を見ただけに、絶対に死なないなどとは言えなかった。

「そうか。なら……」

 そこでクライストは言葉に迷った。約束だなどとは言いたくない。強いて言うなら、取引とか契約だろうか。

 尤も、クライストが悩む必要はなかった。

「これで契約の合意はなされました」

 夜のような女性はそう言うと、クライストに背を向けようとして、ふと何かを思いついたかのように振り返った。

「そうそう。是非とも頑張ってください。木下紗耶香に時々あなたの状況、教えてあげようと思いますから」

「っ!!」

 その言葉に動きを止めたクライストが、慌てて女性の後を追おうとしたときには、既に女性の姿は溶けるように消えてしまっていた。

 ただ、今の出来事は決して夢ではない。そんな確信がクライストにはあった。

 ちなみに、別の証拠も用意されていたのだが、クライストがそのことに気づくのはもう少し先のことになる。

1年以上かかってやっとこさシティ・メトロポリス終了、かな?

でも、プロット崩壊のため、メトロポリス大陸編はもーちょい続きます。本当だったらあの人もs……いや、何でもありませぬ。


次章からは章タイトルだけで各話のタイトルは、まあ、考えるのがあれなので、なくなります。

ではなく。

何を考えたか竜の山に行こうとでもしない限り、メトロポリス大陸編最終章になります。そこでレック達にはある真実が突きつけられます。その後どうなるかは……まだ考えてないので、その時になるまで作者も分かりませぬ。


では、また一月以内に。




……そうそう、前の話の最後の方、ちょっと思っていたよりあっさり終わらせすぎた箇所があったので、文章書き足してます。ストーリーには全く影響ありませんが。とりあえず。

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