第十七章 第九話 ~風の精霊~
「風が……」
紗耶香がふと気がつくと、窓の外で吹き荒れていた風が弱くなっていた。
その理由は窓から外を覗けばすぐに分かった。
「移動したようだな」
リカードの言葉を聞くまでもなく、あらゆる物を巻き上げ、黒く染まった暴風が離れていくのが紗耶香にも見えていた。
結局、あの暴風は何だったのか。
情報を与えられていない紗耶香には分からなかったが、リカードは何となく分かったらしい。
「ひょっとしたらあれも……」
リカードがそう呟くのが聞こえたが、紗耶香はその意味を訊ねようとは思わなかった。余計な注意を引く機会など、少ないに越したことはない。
それに、そう訊こうと考えるよりも早く、事態は動いた。
「風が……!」
そう言ったのは紗耶香だったか、それともリカードだったのか。
突如、二人の目の前で黒い風が掻き消えていったのだ。
直後、超高層建築の中に要るにもかかわらず、轟音が響いてきた。
「あれは……」
その意味を理解するよりも早く、何かを見つけたリカードが動いた。
「あっ!」
紗耶香の腰からレーザーガンを奪い取ると、素早く窓を開け、その見つけた何かへと狙いを定め。
そして引き金を引いていた。
細く絞られ撃ち出されたた水の糸が、レーザーのように風を切り裂き、突き進んで行くも、
「っ! 外れちゃった!」
いくら勢いを与えられようとも所詮は水。支える物もない空中では普通の人間であれば立って歩くどころか、簡単に吹き飛ばされ、ついでに粉々になってしまうような暴風の中では進路を逸らされた上に吹き散らされ、結局風の精霊のコアに届くことはなかった。
「いや、良くやった方やろ……って、あかん!」
「マージン!?」
リリーを慰めるような台詞を吐いた直後、慌てたようにリリーが展開していた水の膜を飛び出していったマージンを、ディアナもリリーも止めることすらできず、その名を思わず叫んでいた。
確かにレックほどではないが、マージンならあの暴風に突っ込んでいってもそれなりに身を守れるだろう。だが、心配なものは心配なのだ。
尤も、その心配は杞憂に終わった。
遙か上の方から凄まじい轟音が響いてきたかと思うと、急激に黒く荒れていた暴風が静まり始めたのだ。
轟音に身が竦みかけていたディアナとリリーの視線の先では、轟音にも急激に止んだ風にも足を止めることなく、マージンが駆けていた。
「マージンの奴、どこに行く気だ?」
戦力外通知を受けて超高層建築の中で、何かあったらすぐ動けるように外を観察しながら待機していたクライストは、すぐにそのことに気がついた。
急激に弱くなりつつある風に、どうやらレックがやってくれたらしいと判断し、クライストは外に出て、ディアナとリリーの所へと向かった。
「クライスト! ああ、もう問題はなさそうじゃな」
出てきたクライストを見たディアナの視線に、一瞬だけ非難の色が混ざったが、即座に状況を理解して、その色は消えた。代わりに、
「マージンが走っていってしまったのじゃ。レックも心配じゃし、追うぞ」
そう告げた。
その言葉に、クライストとリリーも即座に頷き、念のためにリリーが水の膜を維持したまま、三人は走り出した。
「これって、やっぱレックがやったと思うか?」
「あたしの攻撃は失敗したから、そーじゃないかな?」
「攻撃って、何かしてたのか?」
「えっと、見えてなかった?」
既に風も弱まった中、そんなことを話しながら走り続けた三人は、すぐにレックとマージンの姿をその目に捉えた。
「マージン!」
リリーがそう叫んだ視線の先で。
レックの側に立っていたマージンが不意に崩れ落ちた。
「っ!!?」
声を失う仲間達の前で、しかしマージンは地面に腰を付けたところでなんとか持ちこたえた。
「マージン! 大丈夫!?」
急いで駆け寄った仲間達の中で、一番慌てていたのが最初から近くにいたレックだった。
そんなレックにマージンはなんとか笑みを浮かべてみせると、
「今の感じやと、多分、あっちになんかおる。悪いけど、クライスト、レック。見てきてくれへんか?」
そう言って、ある方角を指し示した。
「何かって……ああ、そういうことかよ!」
マージンの言いたいことを察したクライストが走り出し、
「ここは大丈夫じゃ」
そう言って頷いたディアナに背中を押され、レックもマージンのことを心配そうに視線をやりながらも、クライストの後を追いかけた。
それを見送ったリリーがいつの間にか解除してしまっていた水の膜を張り直すと、マージンの横にかがみ込んだ。
「マージン、大丈夫?」
「ちょい、腕に何かが刺さっただけや。痛いけど血も出とらんし……」
実際、そう言って自らに治癒魔術をかけるマージンの腕からは、焦げ臭い匂いこそすれど、あまり血の臭いはしていなかった。
「何かが刺さったと言うより……焼かれたのではないのかのう?」
「そうかも知れへんな。ま、身体強化のおかげか、大した怪我にはならへんかったけど」
ディアナにそう答えたマージンは、崩れ落ちた割に大した怪我ではなかったらしく、既に怪我を治し終わっていた。
「……その割には、随分派手に崩れ落ちておったのう」
「ちょい、驚いてしもうたからな。……リリー、ホントに大丈夫やで?」
ディアナに答えつつも、マージンは自らの腕の怪我の様子を確認しようとするリリーを止めようとしていた。
「ふむ。それならば良いが……しかし、何者じゃ?」
「ま、レック達が行ったら分かるやろ」
その何者かのところへレック達を行かせた割には心配そうな様子もなく、マージンはそう答えた。
「ちっ! 失敗か!」
引き金を引いたその瞬間、いきなり斜線上に割り込んできたマージンの腕にレーザーが当たったことを確認したリカードは、そう舌打ちした。尤も、予定通りレックの首に当たったところで、表面を焦がして終わり……などという可能性もあったことを考えれば、あの三人のうちの誰かを仕留めること自体、不可能なのかも知れなかったが。
(こんなことなら、素直にあっちに行っておけば良かったか?)
最終的にこっちに来はしたが、リカードが望めば、今動いているはずのもう1つの計画の方に行くことも可能ではあった。
ただ、そちらは何というか、個人的な旨味が少なかった。だからこっちに来たのだが、レック達には秘蔵のレーザーガンでも致命傷を与えることができなかったことで、今更ながらそのことを悔いていた。
それでももう一回くらいは撃てるかとスコープを覗き込んだリカードは、改めて舌打ちする羽目になった。
どうやら勘が鋭いのがいたらしく、さっきの一発でこちらのおおよその位置に気づいたのだろう。レックとクライストがこっちへ向かって走ってきていた。
(流石にここにピンポイントで来るとは思えないが……)
とは言え、時間をかけて徹底的に探されたらいつかは見つかるだろう。途中で探索を打ち切ることを期待するのは、少々虫の良い考えにも思えた。
となると、さっさとこの場を離れるべきだがと考えて、リカードは紗耶香を一瞥した。
人種はともかく、女としての見た目は悪くない。多少乱暴に扱っても壊れないのも良かった。
だが、この場を離れるにあたっては少々邪魔だった。かといって、このままここに置いていくわけにも行かなかった。あの冒険者達は紗耶香のことは知らないだろうが、接触して問い詰められた紗耶香が余計なことを言う可能性は十分にあった。幸いなことに、既にヒュームからも許可は出ていた。
となると、少々勿体ないがここで始末していくべきだと結論を出したリカードは、どのように紗耶香を始末するかを考え始めた。
余計なことを話さずに死んでくれることは必須として、できれば単独犯だと思われるのが望ましいが、レーザーガンを使った以上、そう考えてくれるとは思わない方が良いだろう。
ならば、自分が逃げる上での時間稼ぎに使うべきだとリカードは結論づけた。
(まあ、見つからなければそれまでだがな)
それならそれで仕方ないと、リカードは振り向きざまに紗耶香の右胸を撃ち抜いた。
「っ……!?」
何が起きたのか分からないまま、床に崩れ落ちた紗耶香を一瞥し、
(これで可能な限り、命令は遂行した、か)
後はヒュームがこれで納得してくれることを祈りつつ、リカードはその場を立ち去ったのだった。
「っ……!」
その瞬間、声もなく紗耶香は床に崩れ落ちた。
言葉も発せないほどに、右胸が痛かった。
レーザーガンの割に出血が多いのは、出力が下がっていたからだろうか。
それでも、レーザーによって右肺が貫かれた事実は変わらないし、そのせいでまともに呼吸もできなかった。呼吸をしようとするだけで気が狂いそうな痛みに襲われるのだ。
だから、走るような足音が近づいてきたことにも気づけなかった。いや、既に失血のせいか、意識そのものが遠くなりつつあった。
それでも。
「紗耶香!?」
その声だけは。
「どうして!? 紗耶香なのか!!?」
自分の名前を呼んだその声だけは、はっきりと聞き取れた。
頭の下に柔らかい何かが差し込まれ、いつの間にか閉じていたまぶたをこじ開ける。
「優……くん……」
顔はよく見えなかったが、この声を聞き間違えることなどあり得なかった。
だから、現実世界に置き去りにしてしまったはずの恋人の名前を口にした瞬間、
「紗耶香! 大丈夫か!!? 紗耶香!!」
懐かしいその声が、紗耶香の名前を連呼したが、もう何を言っているのかも分からなかった。
胸の辺りがほんわりと暖かくなって痛みが消えた。
それでも、紗耶香の意識がはっきりすることはなかった。そんな中、紗耶香には言わなくてはいけないことが1つだけ、あった。
「ごめ……ん……ね……」
なんとかそれだけを絞り出し、紗耶香の意識は闇に飲まれた。
「紗耶香っ! おいっ! 怪我は治ったんだ! もう、目を開けられるだろ!?」
レックが微かに感じとった人の気配を頼りに辿り着いた一室で、血だまりに沈んだ紗耶香にしがみついたクライストが、その名を連呼していた。
警戒しつつ、部屋に入った直後、クライストがその女性の名前を呼びつつ駆け寄ったのにはレックも驚いた。そして、その女性――紗耶香が既に死にかけてあることを見て取ったレックは、思わず唇を噛んでいた。
クライストが紗耶香の名前を連呼しながら、必死にその胸の傷へと治癒魔術をかけ続けていたが、クライスト達が使う治癒魔術には失われた血を回復させる効果はない。言い換えれば、今の紗耶香ほどに血を失ってしまっては、治癒魔術で助けることはできないのだった。
身体強化を発動したままだったレックは、紗耶香が残した二言を確かに聞き取っていた。それで、何となくクライストと紗耶香の関係を察してしまった。
紗耶香の亡骸と、紗耶香にしがみついたままその名前を呼び続けるクライストを見続けるのが苦しくて、でもこの場を離れることもできなかった。
紗耶香を殺した犯人らしき気配は感じ取れないが、それでも万が一もあり得る。
かといって、このまま紗耶香にしがみついて泣き続けるクライストを一人で見続けるのもつらかったレックは、クランチャットでマージン達を呼んだ。
「そうか……」
すぐにやってきて、レックから事情を聞いた仲間達は、そう言うのがやっとだった。
クライストに恋人がいるのは知っていた。クライストがその恋人のことをどれだけ好きなのかも、『魔王降臨』前から散々にのろけを聞かされ、『魔王降臨』の後のクライストの必死さも知っていただけに、良く理解していた。
その恋人の死に立ち会う羽目になったクライストの心境は、察してあまりあるだろう。いや、何も知らなかったとしても、今のクライストの様子を見るだけで、全てを理解するに違いない。
そんな中、ディアナがゆっくりと口を開いた。
「皆は外に出ておれ。クライスト達は私が見ておこう」
「それじゃディアナが……ううん。ありがとう……」
ディアナだけにつらいことを押しつけるのは嫌だと抵抗しようとしたレックは、ディアナの視線の先に気づき、その言葉に甘えることにした。
「リリー、マージン。外に出ていよう」
レックにそう促され、リリーが、そしてマージンが音を立てないように部屋を出た。レックもその後に続く。
通路にまで出て音を立てないようにゆっくりと扉を閉めたところで、リリーが両手で顔を覆ってワッと泣き崩れた。
「酷い、酷いよ……こんなのって……あんまりだよ!!」
そんなリリーの姿を見ていたレックも、言葉もなくその横に立ち尽くしていた。
胸が苦しい。
その苦しさはグランスの時とは違うものだったが、苦しいことに変わりはなかった。
視界の端に映るマージンも言葉もなく、ただリリーの頭を優しく撫でていた。
そして、数分ほど経った頃、マージンが口を開いた。
「レック、ちょっとリリー借りてってええか?」
その言葉に、リリーがビクッと反応した。こんな時でもそのことに微かに寂しさを感じつつ、レックがその理由を訊ねると、
「今の状況がどうあれ、タワーに入る鍵、探しとかんとな」
とのことだった。リリーを連れて行くのは、ひょっとしたらリリーがいないと見つからないかもとのこと。
「分かった。ここは僕が見張っとくよ。気をつけてね」
「ま、エネミーはもう撤退始めとるやろうけどな」
「え? ああ、あれがボスなら……そうかも知れないね」
マージンの言葉に一瞬きょとんとしたレックだったが、その推測の根拠には心当たりがあった。ただ、その推測が当たっているとは限らない以上、十分注意するように念は押しておいたが。
そうして、建物を出たマージンとリリーは周囲を警戒しながら先ほどの場所へと戻った。
「やっぱ、エネミーはおらへんな」
「そう……だね」
そう答えたリリーは、こんな時でもマージンと二人っきりになったことを意識してしまう自分に軽い嫌悪を抱きながら、戻ってきた目的を果たそうと、周囲を見回し、
「なんや、でっかい瓦礫落ちとるなぁ」
マージンの言葉で、それに気がついた。
先ほどまではなかった巨大な金属の塊が無数のガラス片と共に、幾つも路上に落ちていたのだ。
「あれが鍵、だと思う?」
「ちゃうと思うで」
そう言いながらも、マージンはその瓦礫に近づくと、その表面をペタペタと調べ始めた。
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫やな。ってか、これ、超高層建築の一部やで」
途中で上を見上げながら吐き出されたとの言葉に、リリーは軽く驚いた。
「超高層建築って壊れないんじゃなかったの?」
「レックの馬鹿力やったら壊れるみたいやなぁ……」
発動したままの身体強化で強化された視力で、超高層建築の破損を確認したマージンは呆れたようにそう答えると、
「ついでや。何かに使えるかも知れへんし、貰っていっとこ」
そう言って、金属片を片っ端からアイテムボックスに収めてしまった。
その様子にちょっと引きかけたリリーだったが、ふと、呼ばれたような気がして周囲を見回した。
「どないしたん?」
そのことに気づいたマージンが声をかけてきたが、やはり何かに呼ばれているような気がするリリーは、その何かを探すことに集中していた。
(どこ? 何? どこから呼んでるの?)
ただ、周囲を見回すも地面の上には何も見当たらない。それに、何となくだが声の出所は……少し上の方のような気がする。
そう感じたリリーは視線を少しあげ、それで気がついた。
「あれ……風の精霊っ!?」
一気に警戒レベルを跳ね上げたリリーだったが、その隣のマージンはかなり呑気そうだった。
「あー、レックにぶん殴られて、正気に返ったいう設定なんか?」
言われてみると、確かに宙に浮かぶ風の精霊――透明な丸っこい何かにしか見えない――からは、何の脅威も感じなかった。殺気も攻撃性もまるっと抜け落ちた感じだった。
「……ひょっとして、あの風の精霊がそのまま鍵、とか?」
「あり得るんちゃうか? 呼びかけてみたらどうや?」
「えっと……」
マージンの言葉にリリーは流石に即答できなかった。確かに怖さはなくなっているが、それでもさっきまでの記憶が風の精霊に呼びかけるのを躊躇させていた。
が、それも、
「最悪、わいが守るから、やってみ?」
「うん。分かった!」
マージンの台詞に、リリーは思わずそう答えていた。そのことにすぐに気づいて赤くなりかけるも、それはなんとか押さえ込み、改めて宙に留まっている風の精霊を見上げた。
そして、いつも水の精霊魔術を使っている時に水の精霊を感覚をつなげるのと同じように、正確にはその一歩手前の感覚で、そこにいる風の精霊に呼びかけ、
『水の娘よ……』
「っ!」
水の精霊と違い、はっきりとした言葉が返ってきたことに、リリーは驚いた。
『言葉、話せるの?』
『いかにも。そなたの側にいる精霊は話せぬのか?』
『話せないよ』
リリーがそう答えると、風の精霊から戸惑ったような感覚が伝わってきた。
『ひょっとして、精霊ってみんな言葉話せるの?』
『いや。……だが、そうか。まだ格が少し足りていないのやも知れぬな』
とても気になることを言った風の精霊だったが、リリーが質問するよりも早く、次の言葉を発した。
『まあ、よい。我はずっとそなたを探しておった』
「え?」
思わず声にも出してしまったことで、不思議そうな顔をしてリリーを見ていたマージンが首を傾げたが、幸いなことにリリーは気づかなかった。
『私を探してって……どうして?』
『理由は知らぬ。おそらくは、生まれ落ちた時にそう定められたのだろう。だが、そなたを見た時に気づいたのだ。そうなのだと』
その精霊の言葉に、リリーは少し怖くなった。ひょっとしたら、今回の襲撃は自分のせいではないのかと。
『もし、あたしがいなかったら……ここには来なかったの?』
『いや。そなたがいなくてもここには来たであろう』
どうやら、自分は関係なかったらしいと知って、リリーはホッと安堵の息を吐いた。そして、そこでやっと本題を思い出す。
『そうなんだ……。えっと、それであなたが鍵なの?』
『鍵、とは?』
知らない様子の風の精霊に、リリーは一瞬動揺しかけたが、いつの間にか頭の上に乗せられていたマージンの手の感触に、すぐに落ち着きを取り戻した。
『竜巻に囲まれたクリスタルタワーに入る鍵。あたし達はそれを探してるんだけど……』
リリーのその言葉に、風の精霊はしばらくの間黙り込んでいた。どうやら、何かを探っているらしいと気づいたリリーがしばらく待っていると、風の精霊が言葉を発した。
『あそこに入りたいのであれば、手を貸すことはできよう』
「ホントに!?」
再び声に出してしまったリリーが、恐る恐るマージンの顔を見ると、訳知り顔で笑みを浮かべていた。
(っ~~~~~!!!)
恥ずかしさのあまり逃げ出したくなったリリーだったが、勿論逃げることはできず。
『……それじゃ、力を貸してくれる、かな?』
『もとよりそのつもりだ。よろしく頼むぞ、マスターよ』
さっくりと風の精霊の了解を得た。
その後、風の精霊との接続を確認したリリーは、いそいそとマージンの手の下から抜け出すと、
「えっとね、風の精霊はクリスタルタワーに入るの手伝ってくれるって」
マージンと目を合わせないようにしながら、そう報告したのだった。
そして、留守番をしていたレックの所にマージンとリリーが戻ってきてから1時間後。
部屋の中からディアナが出てきた。
「クライストの様子はどう?」
声を抑えたレックの質問に、ディアナは首を振った。
「多少は落ち着いたが……まだ駄目じゃ。今日はここに泊まった方が良いかも知れぬな」
「ミネア達が心配してるから帰りたいけど……そう」
既に、ミネア達には推測混じりではあるが、大体の事情はクランチャットで連絡していた。その際、既にエネミーの襲撃が終わったらしいことを伝えられていたため、一晩くらいなら問題ないだろうとレックも頷いた。
だが、
「いや、大丈夫だ……」
「クライスト!」
愛おしげに紗耶香の遺体を抱きしめたクライストがゆっくりと出てきた。
「ここじゃ、紗耶香も寒いだろうし、せめて暖かい部屋で柔らかいベッドに寝かせてやりてぇんだ」
物言わぬ紗耶香に頬ずりしながらそう言うクライストに、誰も声をかけられなかった。
それでも、何も言わないわけにはいかず、
「……なら、戻るとしようかの」
そんなディアナの言葉で、一行はすぐ側のガバメントの建物まで戻ったのだった。




