第三章 第一話 ~旅路の夜に~
第三章
ジ・アナザー再開です。主人公達は寄り道はしないものの、作者の筆が寄り道しています。さてはて。
治癒魔法の祭壇を見つけた事による賞金を受けとったレック達は、しかし、すぐにエントータを発つことは出来なかった。旅の準備はすぐには終わらない、というのもあるが、受けていた警備の仕事がまだ残っていたからである。さすがに途中で仕事を放り出したりすると、今後の評判が悪くなる。
そんなこんなで、賞金を受けとってから5日後。
レック達はやっとエントータを発つことが出来たのだった。
「マージン、これ何……」
呆然としたレックの手には、マージンが使っているのと同じような巨大な剣が握られていた。
「見れば分かるやん。グレートソードや」
持っているレックの身長に匹敵しそうなそのサイズとその外見に違わぬ重量。間違いなく30kgは軽く超えている。
「前に言ったやろ?ちっちゃい剣やとデカ物相手にするのはきついやんか。だから、一本打ったったんやで。いやー、苦労したわ」
そう言って、レックに剣を押しつけた張本人はケラケラと笑った。
正直に言って、レックにとって邪魔である。使えないだけならいいが、一辺50cmの立方体であるアイテムボックスには、こんな巨大なものは入らない。つまり、常に持って歩く羽目になる。
「まあ、いいんじゃないか?俺はマージンの意見に賛成だな。レックの武器だと、でかい相手に役に立たんからな」
「でも……」
「使えるようになるまでは、俺が持っていてやるさ。それでいいだろう?」
グランスにそう言われると、逃げ場はない。
渋々ながら、レックはグレートソードを練習する羽目になったのだった。
そんな数日前の、エントータでの出来事を思い出しつつ、レックは野宿のために街道から少し離れたところに張ったテントの裏で、グレートソードを何度も何度も振っていた。
正直、使いこなす自信はない。素振りしているだけでも、まだまだ剣に振り回されている感じがする。しかし、ロングソード程度だと、まともに相手に出来るのが人間と同じくらいの大きさのエネミーまでに限定されてしまうのは事実だった。それに、この重さの武器を振り回すのは、筋力パラメータを上げる役に立つだろう――数値は全く見えないが。
「おー、やっとるなー」
そう言いながら、見回りからテントに帰ってきたのはマージン。既に日が落ちてからずいぶん経ち、月もやせ細っていてかなり暗いというのに見回りというのは、余程夜目が利くのだろう。
レックはグレートソードを押しつけた張本人を険呑な目で睨み付けたが、マージンはそれに全く気づいていない様子で、
「どや?ものになりそうか?」
などと、呑気に訊いてきた。
「はぁ……」
睨み付けても効果がないと知ったレックは、ため息をつきながら、グレートソードを鞘に収め、地面に転がす。ついでに自分も地面に腰を下ろす。
「全く。エントータで一月も訓練してないはずなのに、なんでもう、こんな物を作れるのかな?」
「ま、スキルコマンドから実行すれば、とりあえずノーマル品ならすぐ出来るからなー」
背中から抜いたツーハンドソードを軽く振りながら、マージンが答える。
「武器は大抵難易度低いんや。鎖鎌とか凝った武器は別やけどな」
ヒュンヒュンと振り回した剣で風を切り、次の瞬間、自らの正面でピタリと剣を止める。
その様に、レックはマージンの筋力はいったいどれだけあるのか気になった。しかし、訊いたところで数値じゃあるまいし、分かりそうにもないとレックは別のことを訊いてみた。
「そう言えば、クライストもナックルだかなんだか買ってきてたよね」
警備の仕事がない日にクライストは一人で武器屋に出かけ、ナックルを買ってきていた。曰く、「弾薬切れると困るからな」とのこと。
「まー、弾薬だけの問題とちゃうねんけどな」
ツーハンドソードを背中から下ろした鞘に収め、レックと同じように地面に腰を下ろしたマージンはそう言う。
「どういうこと?」
首をかしげるレックに、
「銃本体の修理やメンテナンス、出来るプレイヤーが残っとらんかったら、アウトやで?クライストも自分で掃除くらいはしとるみたいやけど、壊れたパーツはどうにもならん」
「言われてみれば……」
「そやろ?銃は強力な武器やし、実際役に立つ。そやけど、維持し続けるんが大変なんや。そやから、使っとるプレイヤーが少ないんや。正直、クライストのあの銃、よーもっとる方や思うで。よっぽど大事にしとるんやな」
「マージンはパーツとか作れないの?」
「まだ無理やな。細工を極めていけば、何とかなるとは思うんやけどな。設計図もあらへんし、コマンドからの制作・修理も無理や」
「じゃ、壊れたら……?」
「修理できるプレイヤーが見つかるまでは、別の武器で戦ってもらわなあかんな」
「そのためのナックル、かな?」
「そうやな。理由はどうあれ、保守が簡単な武器も持っとくのはアリやな」
「これは保守が簡単とは思えないけど……」
マージンの台詞に、自分に押しつけられたグレートソードを見ながらぼやくレック。
「銃に比べたら、大抵の武器は保守は簡単やで」
「……それもそうだね」
「ってゆ~か、二人とも、まだ寝ないの?」
後ろから声をかけてきたのは、テントから顔を出したリリーだった。
「僕は当直だから、クライストに交代するまでは寝ないよ」
寝ることは出来ないと答えるレック。
基本的に何かに襲われることはないとはいえ、町の外で野宿するときには見張りは欠かせない。見張りを立てずに寝込みをエネミーやらPKやらに襲われました、では、間抜けにも程がある。
「そっか。ごくろーさま」
レックにねぎらいの言葉をかけたリリーは、
「で、マージンは?」
「久しぶりの夜のフィールドやからな。もうしばらく起きとるつもりや。夜って結構好きやから」
実際、そう答えたマージンはどこか楽しそうだった。
「そうなんだ?ちょっと意外」
そう言いながらも、リリーもテントから完全に出てきて、レック達の側までやって来た。
「星も見えるしな」
「でも、作り物でしょ?」
「それゆーたら、わいらの今の身体も作りもんやで?」
「それはそうだけど……」
「気にしたら負けっぽいね」
レックの言うとおりだった。実際、普段は今の自分たちの身体がアバターという作り物であるということを、忘れて生活しているのだ。
「ま、プラネタリウムやと思えばええんや」
「それはうまい例えだね」
「そうね」
そして、偽りの夜空に瞬く偽りの星を、地面に寝転がって3人で眺める。
「他の連中は爆睡中かいな?」
「ま、そうね」
「テント1つでよー眠れるな……狭ないんか?」
「狭いわよ」
「……今日は外で寝るわ」
「風邪引くよ?」
「レック……アバターが風邪を引くっちゅーのは、結構ナイスなボケやと思うで?」
マージンに突っ込まれ、思わず赤面したレックだったが、暗かったおかげで誰にも気づかれることはなかった。
「あたしも外で寝ようかな~……中狭いもん」
「見張りの隣で寝られると、ちょっと辛いものがありそうなんだけど……?」
眠気に耐えて見張りをしている横で、寝息を立てられるのは、レックにはちょっと辛そうだった。多分、眠気に耐えきれなくなってついつい一緒に寝てしまいそうだ。
「わい、しばらく眠気来そうにあらへんし、何なら、当直代わったろうか?」
「それは助かるけど、いいの?」
「いいんじゃないの?見張りが眠気に負けて眠っちゃうよりはマシだと思うけど?」
マージンの代わりに答えるリリー。
「じゃ、先に眠くなったらお願いするよ」
「ああ、任せとき」
「あたし、寝袋とってくる」
リリーはそう言って起き上がり、言葉通りにテントの中から自分の寝袋を持って出てきた。
「でも、大きいテントにするか、もう1つテント買わないと、きついなぁ」
上半身を起こしたマージンが、テントを見ながら言うと、
「狭いなら外で寝ればいいだけだし、問題ないんじゃない?」
と、リリー。
マージンはそれに首を振って、
「季節があるかどうかは別としてな、雪があるような寒いところに行く可能性はあるやろ?逆に、蚊がぶんぶん飛んでるところにも行くかも知れん。そないなとこで、寝袋だけって拷問やと思うで?」
「それは……勘弁だね」
「そうね……」
寝袋から出ている顔に蚊が群がってくる状況を想像してしまったのか、ブルブルッと全身を振るわすレックとリリー。
「そんなところに、行く必要あると思う?」
「分からん。ただ、魔法の祭壇がとんでもないところにあったら、行く羽目になるやろな。サークル・ゲートも探してみたいしな」
レックに訊かれ、そう答えるマージン。
それを聞いたリリーが、
「サークル・ゲートって何だっけ?」
「ワープ装置や。二点間を移動するだけの装置やけどな。でも、物によっては大陸間を繋ぐのんもあるやろうし、使えたら行動範囲広がるで」
「じゃあ、中央大陸にも?」
「いけるかもしれん。というか、船が頼りにならん以上、サークル・ゲートで行けないなら無理ゲーやな」
一人うんうんと頷くマージン。
「そのサークル・ゲートの場所は公開されてないの?」
「されとらんな。場所も悪けりゃ使い勝手も悪いとか聞くからな。下手に公開すると死人が出るかもしれんし、当分は公開せんのちゃうか?」
ずいぶん物騒な答えが返ってきて、レックは呆然とした。
「死人が出るって……」
「あー。なんや、連続稼働時間がずいぶん短いみたいでな。行ったらしばらく帰って来れんようなるんやて。で、行った先が危険地帯やったら……」
「ゲートがもう一度開くまで凌げる実力がないと、アウトってわけだね」
「じゃ、あたし達も……」
「しばらくは手ぇ出さん方がええやろうなー」
などと話しているうちに、夜も更けてきていた。
あくびをし始めたリリーとレックは寝袋に入って素直に寝息を立て始め、一人起きていたマージンはジ・アナザーの星空を見ながら、物思いに耽っていった。