第十七章 第七話 ~狂った風を探せ~
その様子を、紗耶香は呆然と見ていた。
銃を持っていたところでどうにもならないような化け物の大群が、瞬く間に蹂躙され、駆逐されてしまったのだ。
はっきり言って、自分の目で見ていなければ、到底信じられなかっただろう。
それは一緒にその様子を見ていたリカードも同じだったらしい。
「……信じられんな」
そう言って軽く頭を振った。
二人がそうしている間にも、アリの大群を殲滅した冒険者――レック達は、どこかへと走り去ってしまっていた。
尤も、その後を追う気になるかと言えば、答えはノーである。あんなアリの大群と遭遇するようなことがあれば、自分達では間違いなく食い殺される。そう確信していた。
それはリカードも同じだったらしく、紗耶香に彼らを追うように命令してくることはなかった。代わりにその口から漏れた言葉は、
「キングダムの冒険者を少し侮っていたかもしれんな」
それでも、ヒュームの命令を遂行しない理由にはならないのだったが。
ガバメント街区を発ったレック達は、当初とは少し行動の方針を変えていた。すなわち、できる限りエネミーを倒しながら進む、である。
「まあ、あそこまで思ってた以上に被害が出とったらな」
「無視はできないね」
そう話しているのは、先頭を走っていたマージンとレックだった。
その後をリリーを抱えたディアナが追いかけ、殿をクライストが務めるという陣形である。
ちなみに、ミネアはエイジ、アカリと共にガバメントに残り、風間の所に風の政令に関係しそうな情報が入ったら、クランチャットで連絡してくることになっていた。
と、考えられる限りの体勢ではあるものの、問題がないわけでもなかった。
「ディアナは、あとどのくらい魔術使えそう?」
「流石に数発で魔力が無くなるようなことはないが……20も30もと言われると無理じゃな」
レックに訊かれて答えたディアナの台詞がそれである。
空を飛ぶエネミーも出現しているらしいことを考えると、飛んでいる敵を攻撃できる数少ない手段であるディアナの魔術が使えなくなる事態は避けなくてはならなかった。
「となると……わいらが奮起せなあかんのやろな」
マージンの言葉にレックが頷き、次の瞬間、その足を止めた。
「どうしたのじゃ?」
距離を開けていたおかげで、ぶつかることもなく止まることができたディアナに訊かれたが、レックはすぐに答えることはせず、代わりに耳を澄ませ、
「やっぱり悲鳴が聞こえる! こっち!」
すぐにそう言って走り出した。
そして、一分とかからずにレック達が辿り着いた場所では、既に悲鳴は聞こえなかった。
代わりに肉を割き、骨を噛み砕く音が響いていた。
「っ!」
即座に剣に魔力を込め、こちらに気づいたばかりのアリたちへとレックが襲いかかった。
「リリーは見ぬ方が良いな」
「死体くらい平気だよ!」
リリーはそう言ったが、血肉で真っ赤に染まった通りをリリーに見せないように、ディアナはリリーの目を隠してしまった。その様子を見ていたマージンが、
「クライストはここで二人の護衛頼むわ」
そう言って、レックの後を追うようにアリの群れへと切り込んでいく。
任されたクライストはというと、通りの惨状を一通り眺めると顔を顰めた。
「確かにこりゃ、きついよな」
ついこの間、別のエネミーが食い荒らした惨状を見た経験があっただけに耐えられたが、それがなければ自分も動きが鈍っただろうとクライストは分かっていた。
「ってか、あいつら、よくあんなところで戦えるな……」
「おぬしの言いたいことはなんとなく分かるのじゃが……戦えねば死ぬであろう?」
「全くだ」
ぼやきを拾われたクライストは、戦闘中だったが思わず苦笑を漏らしてしまった。
ちなみにリリーはというと、ディアナの目隠しを外すことを諦めたらしく、既に大人しくなっていた。ただし、周辺に水を薄く広げ、それでなんとか様子を探ろうとしていた。
そのことにディアナは気づいていたが、流石にそちらまで止めることは難しく、直接見るよりはマシだと考えて、見て見ぬ振りをしていたりする。
そうこうしている間に、20匹ほどしかいなかったアリの群れは、レックとマージンの手であっさりと壊滅させられていた。
「これくらいの数やったら余裕やな」
そう言いながら戻ってきたマージンの横では、レックが難しい顔をしていた。
「どうしたのじゃ?」
「……誰も助けられなかった」
レックの言葉に、ディアナは改めて戦闘が終わった後の通りを見た。
そこに散らばっているのは20匹ほどのアリの死体と、元は何人いたかもよく分からない血塗れの人間の残骸だった。
アリは兎に角、人間のそれをまじまじと見ていると流石に気分が悪くなりそうだとディアナは視線をレックに戻した。
「ならば、先に進むべきじゃな。次は間に合うかも知れぬ」
「……そう、だね」
ディアナの言葉にレックは僅かに頷くと、仲間達の顔を見回して、再び走り出した。
だが、現実はそう甘くはなかった。
走り出してすぐに再びアリの群れと遭遇したのだが、
「……まあ、あんまり考えん方がええで?」
赤い液体がたっぷりと付いたアリの大顎を見て顔を顰めたレックに、マージンがそう声をかけた。
「分かってる、よ……」
それから更に二度、アリの群れと遭遇するも、そのいずれもが人を襲った痕跡があった。
「一応、カンパニーユニオンにも対策は連絡したって、風間は言ってたよな?」
4度目のアリの群れを全滅させた後の休憩で、クライストがそう言った。
「そやな」
「なのに、なんでこんなに……なんだ?」
クライストは途中、レックの方を見て言葉を濁したが、それでも全員にその濁したところは理解していた。
「理由ならいくらでも考えられるで。そもそも知らんかったてのもあるやろうし」
「知らないって……どういうこと?」
「そもそも、風間やベルザから連絡を受けたんが信じんかったら、そこまでや。あとは、ガバメントともカンパニーユニオンとも関係が無い連中とかやな」
「そういう人たち、いるんだ……」
マージンの説明にリリーは納得したように頷いた。
「カンパニーユニオンと敵対しとった武装集団とかおったしな。この間のゾンビも妙に人数が多かったし、カンパニーユニオンにもガバメントにも所属してない連中、結構おると思うで」
マージンの分析に、レックを除いた仲間達はなるほどと頷かざるを得なかった。
てっきり、カンパニーユニオンとガバメントが、このメトロポリスに住む人間を全て管理しているものだと思い込んでいたが、まともな連絡手段も移動手段もない今、100km四方もの広さ全てを管理できるはずがないのだ。
ただ、それは、今回のことを未だに知らない人間がかなりいてもおかしくないことを意味していた。
ただ、そんな彼らがこれからどうなるかは、誰も訊こうとしなかった。マージンが答えるであろうその予想は、ただでさえ凹んでいるレックに追い打ちをかけるのは間違いなかったからだ。
だから、不意に顔を上げたレックの言葉に、仲間達は驚いた。
「いや、うん。ショックだったけど、もう、大丈夫だよ」
「本当かの? 無理はしておらぬか?」
空元気ではないかと心配するディアナに、レックは力ないながらも笑みを浮かべて見せた。
「全くしてないってことはないけど……このままだと何か失敗しそうだし、ね」
「ま、そうやな。今はそれでええと思うで」
「うん、マージン、ありがとう」
「お礼は、あいつら倒してからでええで?」
「あいつら?」
急に立ち上がったマージンに、仲間達は慌てて立ち上がり、その視線の先を追いかけた。
「あれって……」
「鳥のエネミーってやつやろな。ご丁寧にアリも一緒やで」
マージンの言うように、その視線の先にはアリの群れとその上を舞う十数の黒い影があった。
それがこちらに迫ってくるのを確認するや、ディアナが魔術の詠唱を開始した。
尤も、こちらに気づいた鳥エネミーの移動速度は速く、たかだか数百m程度の距離では20秒とかからないだろう。それはディアナの詠唱が間に合わないことを意味していた。
「とりあえず、牽制やでっ、と」
それを見て取ったマージンが、アイテムボックスからナイフを数本取りだし、鳥エネミーへと向けて立て続けに投げつけた。
が、
「あ、やっぱ外れてもうた」
特に練習していたわけでもない以上、届きはしても当たるわけもなかった。
それでも、ナイフを回避しようとした鳥エネミー達の速度は僅かに低下した。
そこに、今度は石つぶてが襲いかかった。こっちはレックである。
ナイフと違って数が多かったそれは、何発かは鳥エネミーの羽を見事に打ち抜き、地面へと落とすことに成功していた。
「流石やな。これなら間に合うか?」
「分からないけど、もう一発!」
そう言ってレックが再び石つぶてを投げつけると、それを見ていた鳥エネミー達は一気に高さを稼いだ。が、それでレックの投げつけた石は回避できたものの、レック達が欲しかった時間を与えてしまった。
上空で体勢を立て直した鳥エネミー達が再びレック達の方へと向き直った瞬間、ディアナの詠唱が完了した。
ディアナから放たれた火球は瞬く間に鳥エネミー達との距離を詰め、爆炎を上空にまき散らした。
鳥エネミー達はなんとか直撃は回避したものの、まき散らされた炎から逃れることはできず、悉くその羽を燃やされ、飛翔能力を失った。
「後は僕たちの仕事だね!」
鳥エネミー落ち始めたのを確認したレックが、地上に落ちるまで待たずに、その落下地点目掛けて走り出した。
「なら、わいはあっちのアリやな」
マージンの声にクライスト達が地上を見ると、鳥エネミーには遅れるものの、かなりの速さでアリの群れが迫ってきていた。
「さっきから思ってたんだけどな。時速何キロでてんだ、あれ」
「ちょっとした車並だよね?」
獲物に気づいたアリたちの速度は、時速にしてざっと50km程。身体強化が使えない人間では、走って逃げることは不可能な速度だった。
とは言え、既に問題なく倒せると分かっている相手である。
念のため、リリーが自分とディアナを守るように糸状の水を周囲に張り巡らせると、クライストは少し離れたところで他のアリが来ていないか警戒する。レックやマージンを手伝わないのは、殴って倒すタイプのクライストでは正直、効率が悪いからだった。
「銃が使えりゃな」
「無い物ねだりは仕方あるまい。それに、あのアリは普通の銃でどうにかなるようには見えぬぞ?」
ディアナに言われ、それもそうかとクライストは肩を落とした。銃と相性が良さそうだったから、剣ではなく自らの拳を武器としてきたが、流石にそろそろ宗旨替えを考えた方が良さそうだった。
(何でこんなに人が死ぬんだ)
鳥エネミーはディアナの魔術に焼かれた上に地面に落ちたせいでかなりのダメージを受けていたが、それでも流石と言うべきか、レックが近づくと鋭く尖った嘴を突き出して牽制をしかけてきた。足が無事な個体に至っては、飛びかかってくる始末である。
体長が1mもあるような巨大な鳥が襲いかかってくれば、普通の人間であれば逃げるしかないところだったが、身体強化を発動させているレックにとっては雑魚そのものだった。
僅かに魔力を流し込んだ剣を振るって、鉄すらも貫きそうな嘴もろとも、鳥エネミーを次々と真っ二つにしていく。
はっきり言って、それはただの作業だった。
だから、周囲に気を配る余裕もあったし、目の前の先頭以外のことを考える事すらできていた。
(イデア社はどうして人を殺すんだ)
尤も、その余裕は今は邪魔だった。
目の前でなくても、人が死んでいっていることがはっきりと分かる状況は、レックにとってグランスを守れなかったことを思い出させるのだ。
(それに、ここで死んだ人たちはどうなる?)
だから、また一羽、黒焦げになった翼を引きずりながら襲いかかってきた鳥エネミーの首をすっ飛ばしながら、レックは気になっていたことを考え続けていた。
(目が覚める? それとも、本当に死ぬ?)
アーノルドの言葉を鵜呑みにするのであれば、後者なのだろう。
だが、BPにそんな機能があるとは聞いたこともなかった。サビエルの記憶にもそんな情報は無い。
尤も、BPそのものがかなり異常なデバイスでもある。
現実世界での魔術の行使を阻害するとか、例え身体に埋め込んだところで、普通の機械ではあり得ない。
勿論、それを回避することは大して難しいことではなかったが、それは魔術の存在を知っていればの話である。一般人なら例えジ・アナザーで魔術を覚えたところで、現実世界で発動させることはないだろう。BPが阻害するのだから。
と、そこで思考が逸れていることにレックは気がついた。どうせ、今の事を考えても意味はない。そのあたりはレイゲンフォルテで散々議論されたことだからだ。
それよりも、何で今回の襲撃に限ってこんなに人が死ぬのかということが気になっていた。
(実はメトロポリスの人口が想像よりも遙かに多い、とか?)
そう考えて、レックは即座に否定した。
キングダム大陸での各街への襲撃では、住人が多い町ほど襲撃してくるエネミーの数も、犠牲者の数も多かった。
それでも、住人の1%を超えたという話は聞いたことがない。もし、今回の襲撃で聞いているだけの被害が1%未満に収まっているというのなら、メトロポリスの総人口は未だに数十万に達しているということになってしまう。
それはまずあり得なかった。レックが見たところ、今のメトロポリスの人口は10万。多くてもその倍もいかないはずだった。
しかし、そうなると今回に限り、被害者の数があまりに多くなっている理由が分からなかった。
それでも、1つだけはっきりしてることがある。
(……仲間だけは守り切る)
アリや鳥に殺される人を減らすことも大事だが、それ以上に大事なのは仲間達だった。
ついつい余計な考えに集中しすぎて、仲間達への注意が散漫にならないようにしながら、鳥を全滅させたレックは、マージンがやりあっているアリの群れに突撃するのだった。
その頃、ガバメントで留守番をしていたミネア達は、自分達に割り当てられている部屋ではなく、風間の執務室の近くの部屋で待機していた。何か情報が入った時に、クランチャットですぐにレック拉致に伝えるためである。
「レック達、大丈夫でしょうか」
「さっきのエネミーの……強さを見る限り……まず問題はないと……思います」
ミネアはそう言ったが、アカリは不安だった。
レック達が強いのは知っている。それでも、多少なりとも危険なところに突っ込んでいくのだから、自分がいないどこかで何かが起きる不安は拭えなかった。グランスのこともある。
「アカリねー?」
そんなアカリに、ミネアの膝の上にいたエイジが声をかけた。と言っても、名前を呼んだだけである。
それでも、エイジに名前を呼ばれ、アカリはハッとしたように笑顔を浮かべた。
「エイジ、大丈夫です」
尤も、アカリのその言葉はどちらかというと自分に言い聞かせるためのものだったが。
そんなアカリの様子に何を感じたのか、一瞬きょとんとしたエイジは、首を傾げつつミネアの顔を見た。
「ママ?」
「大丈夫……ですよ」
その頭を撫でながら、ミネアはエイジに頬を寄せた。
ただ、部屋の前の通路は先ほどから少々騒がしくなってきていた。
「……また来たんでしょうか」
騒がしくなってきている原因は幾つか考えられたが、その中でも一番あって欲しくない可能性に、アカリはブルッと震えた。
「大丈夫です……よ。入り口さえちゃんと……閉じていれば……入って来れないはず……です」
そう言ったミネアの声は落ち着いているように聞こえたが、微かに震えていることにアカリは気づいてしまった。
尤も、エイジがいる以上、そのことを指摘するつもりはない。
代わりに、
「ちょっと、様子を聞いてきますね」
アカリはそう言って部屋を出た。
部屋を出たアカリの目に飛び込んできたのは、薄暗い通路を慌ただしく走り回る職員達の姿だった。
その不安を煽る光景に息を飲みつつ、アカリは風間の部屋を目指した。走り回っている職員の邪魔をしたくなかったからというより、声をかけることを躊躇われたからである。
ちなみに、風間は忙しそうにはしていたが、アカリをあっさり部屋に入れてくれた。
「大変なのは確かだけど、報告を聞く以外、今できることはないからね」
そう言いながら、アカリに入室許可を出した風間の目には、緊張が見て取れた。
ちなみに、忙しい中入ってきたアカリに渋い顔をした職員も少なからずいたが、周りからアカリのことを耳打ちされるや否や、何かを期待するかのような視線に変わっていたが、アカリが気づくことはなかった。
「何が起きてるのか聞きに来たと思うんだけど……違うかな?」
みんなが忙しそうにしている中、勧められた椅子に居心地悪そうに座ったアカリに、風間はそう言った。
その問いかけにアカリが頷くと、風間はすぐに説明を始めた。
「新しいアリの群れが現れたんだ。扉を破壊したりはできないみたいだけど、念のためバリケードで固めようとしているんだ」
「……っ、大丈夫、なんですか?」
「流石銃弾でも傷一つ付かないだけはあって、今のところは扉が壊れる気配すらないね。ひょっとしたら扉に付いているロックだけでも問題ないかも知れない。こういうの、非破壊オブジェクトって言うのかな」
そのゲームチックな表現に、アカリはこの世界がなんなのか、思い出した。
「尤も、壊れないことと壊れるかも知れないという恐怖は別だ。だから、どっちにしてもバリケードは必要だね」
アカリには、風間の言いたいことがはっきりと分かった。いや、そもそも絶対に入り口が壊れないという方が、アカリには信じられなかったが、バリケードまで作っているのなら大丈夫だろうと思えたのだ。
そこまでの説明を聞いたアカリが、礼を言って風間の部屋を出ようとした時だった。
「風間さん! 大変です!」
職員が一人、ノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「どうした?」
部屋にいた全員が一瞬ビクリとする中、風間がそう訊くのも待たずに、その職員は報告を始めた。
「エネミーが増えました!」
「アリが増えたところで状況は変わらないだろう?」
風間のその言葉に、飛び込んできた職員は説明不足に気づいたらしい。
「すいません。アリじゃないエネミーが、飛んでる鳥みたいなのが増えました!」
少々言葉遣いがおかしくなっていたが、それでもその職員が言いたいことは全員に伝わった。
「……窓は全部閉まってるか? それと、念のために窓に攻撃してる鳥がいないか、確認を。こっちは室内だが極力姿は見られるな」
状況を理解した風間は少し考えると、そう指示を出した。
それを聞いた職員達が一斉に部屋から飛び出していき、後に残されたのは風間とアカリだけになった。
「まさか鳥型まで来るとはね。まあ、今のところ建物から出なければ大丈夫だろう」
アカリの不安そうな様子を見て取った風間はそう言うと、
「何か分かったら人を遣る。今はミネアの所に戻るといい」
と、アカリを部屋から送り出した。
アカリとしては、確認から戻ってくるであろう職員達の報告まで聞いてから戻りたかったのだが、そろそろ一度戻らないとミネアが心配しているだろうと戻ることにしたのだった。
尤も、この僅か数分後、風間の部下が自分達の所に駆け込んでくるとは予想はしていなかったが。
「やっぱり、鳥がちょっと面倒やな」
「いや、面倒の一言じゃ済まねぇだろ」
鳥エネミーとの初遭遇から僅か30分で、レック達は更に三度アリの群れと遭遇し、二度鳥エネミーの群れと遭遇していた。
そのいずれも被害ゼロで切り抜けたレック達だったが、アリの群れは兎に角、鳥エネミーの群れには少々手を焼かされていた。
そこへのマージンの発言である。
「私もクライストの意見に一票じゃな。最初のが運が良かっただけじゃろうな。ああもバラバラに来られては、対応しづらいのう」
ディアナの言う通り、最初以外の鳥エネミーの群れは、レック達を見つけるや否やばらけて襲いかかってきたのだ。そのため、ディアナの魔術で一掃することもできず、個別に撃ち落としてはトドメを刺すという戦い方になっていた。
おまけに、空を飛んでいるためにレックとマージンが壁になることもできず、平然と後衛のディアナとリリーに攻撃を仕掛けてきた。おかげで、全員が気を抜けない戦闘が続いたのである。
尤も、ディアナ達後衛に襲いかかってきた鳥エネミーは全てリリーの水糸の餌食となったが。
そのことをマージンが指摘すると、リリーが嬉しそうに、
「それほどでもないよ~」
と、もじもじし始めた。
が、
「まあ、レックも大概やったしな」
平時であれば微笑ましいとも言えるその仕草はサクッとスルーされた。
そのことにリリーが微妙に落ち込んでいたりするが、レックにはそれを気にする暇はなかった。
「まあ、マージンの言いたいことは分かるのう……」
「だな。ありゃ、非常識だろ」
レック自身、できるからやったとは言え、同じ事をできる人間がそうそういるとは思えず、ディアナとクライストの言葉を否定できなかった。
「ジャンプするだけやと空中で身動きとれへんからって、建物の壁を足場にするとか、相当やで? まあ、おかげで思うてたよりサクッと終わったわけやけど」
ちなみに、細いとは言え間に通りが一本通っているだけあって、建物と建物の間は10mほど空いていたりする。
レックは建物の壁を足場にすることで、その空間を縦横無尽に跳び回り、空を飛んでいた鳥エネミーを次々と切り落としていったのだ。
せめて言えることがあるとすれば、1つだけだった。
「……身体強化、もう1つ覚えたら多分、マージンとクライストもできると思うよ?」
「そやなぁ。ちょい時間かかりそうやけど、レックが見つけた祭壇、行っといた方がええかもしれんな」
実際にはちょっとどころか、月単位の時間がかかりそうだが、それでも誰もマージンの発言を否定しなかった。身体強化をもう1ランク上げることができれば、エネミーを倒す上でも、身を守る上でも確実に役に立つからだ。――レックほどになるかは別として。
唯一問題があるとすれば、メトロポリスからレックが見つけたというその祭壇まで、何千km離れているか分からないということだろう。
レック達はそんなことを話していたが、クライストが話題を変えた。
「それはそれとして、だ。このまま探してて、風の精霊ってのは見つかると思うか?」
「まあ、運任せなんは否定せん」
全員が黙り込むかと思いきや、マージンがあっさりと言い放った。
とは言え、他に手がないのも事実なのだ。
メトロポリスに侵入してきたのがアリだけなら、今の5人を更に2つのパーティに分けてもなんとかなるだろう。だが、鳥エネミーが相手となると、流石に2、3人のパーティでは不安だった。
「少々不謹慎じゃが……せめてガバメントかカンパニーユニオンあたりに出てくれると助かるのう」
そのあたりに出てくれれば、風間、ミネアを通して連絡を貰うことができるからと、ディアナは言った。
「ま、見つけられなくてもその辺に出てくれることを祈るしかねぇか」
クライストの言葉に仲間達が頷いたところで、レック達の個人端末がクランチャットの着信を告げた。
「……マジ?」
「マジだな」
その内容を見たレック達は、目を疑った。
だが、それも一瞬である。
「急いで戻ろう!」
真っ先に気を取り直した、というよりどこか青ざめたレックが声をあげ、
「その前に、もっかい準備運動せなあかんみたいやで」
近づいてくる鳥の羽音を聞きつけたマージンがそう止めた。
「また鳥じゃな」
少し遅れてそれに気づいたディアナが、嫌そうな顔になったがどうにもならない。これがアリの群れなら逃げても振り切れるかも知れないが、鳥エネミー相手となるとそれは期待薄だった。むしろ、この場できっちり倒しておかないと、風の精霊と戦う時に邪魔になりかねない。
「ディアナ、魔力はあとどれくらいや?」
「安全目に見ても、ここで火矢を数発使うくらいは問題ないはずじゃ」
マージンの確認にそう答えるや否や、ディアナは詠唱を開始した。
「先に行くよ!」
一方、一足先に駆け出したレックは、剣を抜き放つと建物の壁を蹴りつけながら、瞬く間に鳥エネミーが飛んでいる高さへと到達し、急襲をしかけた。
それで体勢を崩した鳥エネミー達に、ディアナが放った火矢が命中する。
それ一発で鳥エネミーが絶命することはないが、翼が燃えてしまえば飛び続けることはできない。そして、地面に落ちた鳥エネミーは大した脅威ではなかった。
リリーはいつの間にか自分達の周囲に細い水の糸を張り巡らせ、鳥エネミーが抜けてくるのに備えていた。魔術のような遠距離攻撃さえなければ、これだけでほぼ守りは完璧だと言えるというのは、先ほどまでの戦闘で十分に証明されていたため、クライストとマージンも前に出ることにした。
とは言え、ツーハンドソードなんぞを振り回しているマージンと違い、クライストの射程は非常に短かった。
結果、
「落ちた鳥は任せるで!」
「仕方ねぇな!」
クライストは、レックに叩き落とされたりディアナに羽を燃やされたりして、地面の上でのたうち回っている鳥エネミーのトドメを刺して回る羽目になった。
マージンの方は、そんなクライストや自身を狙ってくる鳥エネミー達をツーハンドソードで的確に叩き落としていく。まともに当たらなくても、引っかけるだけで鳥エネミーが面白いように吹っ飛んでいくのは、ツーハンドソードの質量故だろう。
とは言え、やはり撃墜数はレックには及ばない。
建物の壁を蹴りつけながら、通りの上空を縦横無尽に跳び回り、隙を見せた鳥エネミーを次々と叩き落としていくのだ。しかも、先ほどまでより慣れたのか、時々鳥エネミーを足場にするほどだった。
「うわ、えげつな……」
その様子を見たマージンが思わずそう漏らすほどである。
そんなレックの勢いに負けたのか、鳥エネミー達は全滅を待たずに逃げ出してしまった。
「追っかけるか?」
「時間の無駄やろ。リーフにでも任せたらええんちゃうか?」
「そうだね。それより、急ごう」
そんなことを話していたクライストとマージンは、先ほどよりも更に青ざめたレックに急かされ、ディアナ達と共にガバメント街区へと駆け出した。




