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ジ・アナザー  作者: sularis
第十六章 昏きメトロポリス
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第十六章 エピローグ

 ソレが引き起こした一連の事件が終わってからも、メトロポリスは騒がしかった。各街区に住む一般人は兎に角、事件について少なからず知ることが出来る立場にいた者達は、後始末に追われ、忙しい日々を送っていた。



 ローエングリス街区。ヒュームの執務室。

「あれだけの損害の割に、結局大した収穫なし、か」

「申し訳ありません」

 不機嫌そうなヒュームの前で、そう言ってリカードが頭を下げた。

 リカードの後頭部を眺めながら、ヒュームは虐殺事件に始まり、ガバメントが襲撃されるに至った今回の事件についての報告書を机の上に投げ出した。

 お目当てのエネミーはレックに倒されてしまい結局手に入らず。そのレック達もどうやら戻ってくる気はないらしいと見て始末させようとしたが、想定を遙かに超える身体能力のために、確実に始末できるタイミングを見計らっていたが、今のところそんな隙は見当たらず、である。

 一方で、ソレを引きずり出すために派遣した数十人は見事に全滅である。半分は使い捨てても惜しくないような人間だったが、残りはそれなりの実力を持つ者達だっただけに、決して小さい損害とは言えなかった。

 ただ、収穫が皆無だったわけではない。

「それで、捕まえてきたあれはどうなっている?」

「はい。一体は解剖して調査中です。他はとりあえず閉じ込めてあります」

「やはり、ゾンビか?」

「分かっている限りはそうとしか……。何人か噛ませてみたところ、噛まれた者もそうなりました」

 ここ数日、カンパニーユニオンとガバメント共同で行われているゾンビの掃討作業。そこに潜り込んだリカードは、数体のゾンビを捕らえてきていた。それを調べている最中なのだった。

 とは言え、どうにも手探り感が否めなかった。

 何しろ、現実世界にはいなかった代物である。性質とか特性とかは映画などに出てくるゾンビそのものだとすぐに分かったのだが、そこから先がどうやって調べたら良いのか分からない。

 そんな中でも、ヒュームから真っ先に指示が下ったのが、

「増やすのは簡単か。で、飼い慣らせそうか?」

 その2点である。

「残念ながら、今のところ目処は立っていません」

 リカードのその返事に、ヒュームが機嫌を悪くすることはなかった。相手は生き物ですらないのだ。普通の方法が通用しない以上、すぐにどうにか出来るとは期待していなかった。

 それでも、折角手に入れた代物である。何かしら便利な使い道はありそうだと考えていた。例えば、敵対勢力の元に送り込んでやれば、その勢力削ぐことくらいは出来るだろう。最悪、武器弾薬を消耗させることが出来るだけでもいい。この世界では、銃火器の類は補充が効かないのだから。

(……逆に言えば、それ以上は考えつかないわけだが)

 そう考えたヒュームは頭を振った。今のところ、ゾンビの扱いについてそれ以上考えても無駄だった。

 だが、1つだけ念を押しておくことは忘れなかった。

「まあ、いい。ただ、始末する方法だけはしっかり調べておけ。他の連中もサンプルを確保した可能性があるし、何より、始末し損ねたのが残っている可能性もある」

 いくら動きが鈍いと言っても、手足がもげたり、胴体に穴が開いたくらいでは平然と動き回る代物である。つまりは銃では始末しづらい。そんなものがうっかり手元で増殖でもしたら、目も当てられないことになるのは分かり切っていた。

 それ故の指示に、リカードは短く首肯した。

「なら、用事は終わりだ」

 ヒュームはそう言って部屋からリカードを追い出すと、手元から逃げ出した冒険者達のことを思い出した。

(サルの割に能力は高かったか。とは言え、言うことを聞かないサルは始末すべきか)

 紗耶香を張り付けてはあるが、紗耶香にどうにか出来る相手には見えないとリカードは言っていた。尤も、それは全員を始末させようとした場合で、一人だけなら隙を突けばなんとかなるはずだとも言っていたが。

 そのことを思い出したヒュームは、新たに紗耶香に与える命令を決めた。

 だが、実際に命令を伝えるのは後でも良いだろう。

 なんだかんだあったが、一連の事件でメトロポリス全体が騒がしい状況はまだ続いていた。ローエングリスを動かしているヒュームには、その中でやるべき事が幾つもあったのだった。



 ワッツハイム街区。ベルザの執務室、の隣の応接室。

 表紙に暫定と大きく書かれた報告書を読み終わったベルザは、それを持ってきたシモンに疑問をぶつけることにした。

「結局、あれって何だったの?」

「所謂エネミーだと思いますが……」

 とは言え、シモンも暫定報告書にあったこと以上のことは知らなかった。何しろ、ソレと直接戦ったレック達ですら、ソレがなんなのか、分かっていない様子だったのだ。

 そのことを伝えられたベルザは、大きな溜息を吐いた。

「疑うつもりはないのだけど、正直、信じられないのよね」

「まあ、無理もありません。ただ、ガバメントの人間にも、あれが話すのを聞いた者がいます」

「……どう思う?」

「どう、とは?」

「イデア社が何を考えてるのかって事かしら、ね」

 ベルザの言葉に、シモンは少し考えて……すぐに思考を放棄した。今更少し考えたくらいで、自分達全員をこの世界に閉じ込めたイデア社の考えが分かるなら苦労はしない。

「はっきり言って、何も分かりません。単なる遊びだったと言われても、驚きませんよ」

「役に立たないわね。……キングダムの霊峰にはイデア社の人間がゲームを進めるためのスタッフとして配置されてたらしいけど、こっちでも探してみようかしら?」

「それは……」

 ベルザの考えを肯定も否定も出来ずに、シモンは口ごもった。

 イデア社の人間と接触できれば、力尽くでは無理でも、何かしらの情報は得られるだろう。それも、自分達ではどうやっても分からない情報を、だ。そのメリットは考えるまでもない。

 一方で、どこにいるのかも分からない人間を見つけるのはほぼ不可能だった。これがちょっとしたRPGの世界程度の広さしかないのであればまだしも、この世界は実際の地球とほぼ同じ広さがあるのだ。今の状況ではメトロポリスをくまなく探すだけでも、どれだけの時間がかかるか分からなかった。

 そのことはベルザも分かっていたらしい。

「冗談よ冗談。流石に本気で探そうとは思わないわ。でも、探さなければ可能性はゼロのままだわ。少しくらいはそっちに力を割くべきかも知れないわね」

「では、何人くらい出せるか検討してみますか?」

「そうね。お願いするわ」

 ベルザはそう答えると、話題を変えた。

「話は変わるけど、ゾンビは全部始末できたのかしら?」

 ソレが寝床にしていた街区には、ソレが作り出したらしいゾンビが無数にいた。正直、普通のエネミーであってもメトロポリスに入り込んでいるなどとは考えたくないのだが、ゾンビともなるとますます放置は出来ない。

 そのため、カンパニーユニオンとガバメントが共同でゾンビの掃討を行っていた。

「めぼしいのは始末し終わったと思いますが……おそらくはまだ残っているかと」

 メトロポリス全域を覆い尽くしている超高層建築は、いずれも地上200階、地下100階という代物である。今のメトロポリスでその全てを調べ上げるのは不可能だった。せいぜい、地上付近の数階を調べて回るのが限界である。

 つまり、その範囲外にはぐれたゾンビがいたとしても、見つけることは出来ないのだった。

「そう。ほとんど残っていなければ良いのだけれど」

 少数なら、地上に戻ってきたとしても被害が大きくなる前に事態を収拾できる。だが、あまりに多いと面倒なことになる可能性もあった。

 そのことはシモンも分かっていたらしい。

「当分はあの付近を中心に、広めに巡回を行う予定です。万が一残っていても、早めに見つけられれば問題ないでしょう」

 実際、動きが鈍いゾンビは、その数さえ少なければ始末するのは難しくはない相手だった。弾薬の消耗は痛いが。

 むしろ、シモンが気になるのは別のことだった。

「ただ、その報告書にはまだ書かれていませんが……ローエングリスが何体か捕獲し、持ち帰ったそうです」

 その報告にベルザは眉をしかめた。

「あの男、何のつもりかしら?」

「碌な事は考えていないでしょう。抗議しますか?」

 シモンの言葉に、ベルザは少し考えた後、首を振った。

「やめておくわ。どうせ、しらを切られて終わりでしょう」

 誰かを派遣しても、直接問い詰めても、証拠がないと突っぱねられて終わるのは目に見えていた。

 かといって、何もしないわけにもいかない。あのヒュームである。同じカンパニーユニオンにも隙あらば牙をむくに違いなかった。

「念のため、ゾンビを使った攪乱とかへの対策は練っておいて」

「こちらも確保はしなくて良いのですか?」

「それは……効率の良い倒し方を調べるために必要な分だけなら許可するわ。利用しようとするのは駄目よ」

 嫌悪感からシモンの質問を切って捨てようとしたベルザだったが、途中で思い直した。今回は力押しでなんとか出来たとは言え、シモン曰く、かなり効率が悪かったらしい。無駄な準備になってくれれば良いが、予め悪い事態に備えておくのは間違いではないはずだった。

 ただ、最悪の事態と言えば、もっと考えたくない状況もあった。

「この街。あとどのくらい持つかしらね?」

 ついでに思い出したくもないことを思い出し、ベルザは憂鬱げになった。

 一方のシモンはと言うと、口を閉ざしたままだった。自らが口を出す領分を超えているとの判断である。

 ベルザの元には、今回の件に関する報告書とは別に、定期的に作成させているメトロポリスの状況についての報告書があった。

 そこに載っているのは、現在の人口、メトロポリスにおける食糧その他の資材、資源の事情、メトロポリス周辺における状況が主である。

 そして、その内容は回を追うごとに悪化する状況を伝えていた。

 今のメトロポリスには住み着いている人間全てを養えるだけの生産能力が無い。それは食料だけではなく、生活に必要なあらゆる物がそうだった。

 今まではメトロポリスに蓄えられていた物資を食いつぶすことでなんとかなっていたが、それが枯渇してしまえば、一気に破滅に向かって突っ走るのは確実だった。メトロポリスの外縁に広がる農地とて、耕したり収穫したりするための道具がなくなってしまえば、ただの広い草原である。

「略奪、()めておくべきだったわね」

 メトロポリスからある程度離れた町や村には、道具を作ることが出来る設備も人間もいたという。だが、メトロポリスによる略奪はそれらを悉く無に帰した。

 今考えれば、自給自足できる町や村が健在なら、そこに分散して移住すればよかったのだ。一度に大人数で移住することは出来なくても、予め準備しておけば十万単位の人間でも、移住させることが出来たはずだった。

「キングダムからの援助、受けますか?」

 シモンの言葉に、ベルザは首を振った。

「せめてメトロポリスを大きく離れないと、無理ね。ここには奪うことしか考えない人間が多すぎるわ」

 キングダムから援助を受けようとしても、まず彼らの牙にかかるだろう。そうなってまで援助が続くとは思えなかった。そもそも遠すぎる上に、こちらに比べて圧倒的に人口が少ないキングダムに、そこまで依存できるとも思えない。

「でも、良い機会だわ。ワッツハイムはメトロポリスを出ます。時期はまだ先だけど、あなたもそのつもりでいて頂戴」

 そのベルザの言葉に、シモンは深く頷いた。



 PCのモニターがずらりと並んだオフィス。

 既に就業時間も過ぎているのか、ほとんど人は残っていなかった。残っている数人も、まさしく帰る準備をしているところだった。

「結局、あれは何だったんだ?」

 電源を落としたモニターの前で、スーツ姿の男がそう言った。

「分かりません」

「でもなあ。実装だけして導入はしてなかったゾンビが湧いたんだぞ? 気になるだろ?」

 そう言われると、部下の――こちらもスーツ姿の――女性も頷かざるを得なかった。

 ただ、可能性だけなら幾つも挙げることは簡単だった。

「他の部署で聞いてきた話ですけどね」

 そう前置きして、話し始める。

「だいぶ前に一度、結界に穴が開いたじゃないですか。その時に侵入を許した奴らがいたんじゃないかって噂ですよ」

「それは……流石に考えたくないな。増えたりしてないだろうな?」

「それは流石にないと思いますよ。本当に危ない状態なら、警告が来るでしょうし」

 その言葉に、男も頷いた。その点は確実に同意できたからだ。そうでなければ、魔術師たる自分がこんなところで働いたりはしていない。それでも、やはりその噂通りであって欲しくはない。

「一応、調査部隊は出てるんだよな?」

「規模は知りませんけど、出したって話です。余所の魔術師の仕業かも知れませんし、流石に放っておく訳にもいかないですし。ただ、システムの保護がだいぶ弱くなってきてますから、どこまで調査できるか分からないですけど」

「だよな。……全く、どうせ問題が起きるならもっと早く起きて欲しいもんだ」

 男はそうは言ったが、自分達が管理しているこのシステムの仕組みなど、1%も知らないという自覚があった。そもそも、男達が作ったものですらないのだ。

 それがなんなのかは知っていても、どうなっているかはほとんど知らない。実のところ、管理していると言うよりログを眺めているだけと言った方が正確かも知れない。そんな状態だった。

 それでも、全く何も出来ないわけではなかった。だからこそ、男達はここでこうして働いているのだ。

「まあ、後は調査部隊に任せて……どう? 今日この後何か予定ある?」

「ありますね。まっすぐ帰って早く寝たいです」

 すげない部下の女性の答えに、男は苦笑した。

「まっすぐ帰るも何も、俺達全員ここに住んでると思うんだけど」

「言い直します。部屋にまっすぐ帰って早く寝たいです」

 こんな答えではあるが、別段、男が嫌われているわけではない。部下の女性は本当に早く帰って寝たいだけなのだった。

 実のところ、それは男も同じだった。ただ、言ってみただけで、ちょっと飲みに行こうなどと言われたらむしろ困るところだった。

 ここしばらくメトロポリスで起きていた異常事態の監視のため、まともに休めず、だいぶ疲れがたまっていた。いつもならこのオフィスにはもっと人がいるのだが、過労により半数以上がダウンし、残る数名も疲れをとるべく早めに帰ってしまっていた。男達が残っていたのは、仕上げなくてはならない報告書があったからである。

 それも仕上げて無事に上に送った以上、男は明日は寝坊するつもりだった。

 部下の女性が帰ったのを確認すると、男もオフィスの様子をチェックした上で自らの寝床へと帰って行ったのだった。



 そこには、冷たい空気が流れていた。淀んでいないところを見ると、余程広いか、どこかから風が流れ込んできているのだろう。

 太陽の光が全く差さないそこだったが、ここに連れてこられたソレは部屋の様子がよく見えていた。

「ここがそうなのか?」

「そうですね。ここがあなたに守って貰いたい場所です」

 百組もの男女が一度に踊ることが出来るだけの広さを兼ね備えた広間は、遙か向こうに大扉があり、そこに至るまでには左右に巨大な円柱がずらりと並んだ赤いカーペットの道が見えた。

 反対へと目を向けるとそこには巨大な漆黒の玉座が安置されていた。だが、その存在感とは反対にどこまでも空虚なそれは、座るべき主が未だ定まっていないかのようだった。

 そのことを肯定するかのように、

「あの玉座はなんだ?」

「座りたければご自由に。ただの飾りですから」

 ソレの問いかけに、ここへと連れてきた女はそう答えた。まるで関心が無いかのように。

 そのことにソレは疑問を感じはしたが、玉座に対する興味が勝った。確かにその玉座は空虚だったが、まさしく王が座るに相応しいだけの威厳を持っていたのだ。

 ならば、いずれは王となるべき自分が座るに問題はない。

 そう考えたソレは、女性に断ることなく玉座へと向かい、腰を埋めた。

「座り心地はどうですか?」

「悪くない。ここなら、戦うべき相手を待つのも楽しいだろう」

 ソレはそう答えると、女へと視線を向け……すぐに背けた。

 今なら女が持つ力を奪い取れそうな気がしたのだが、やはり気のせいだった。先ほどソレ自身にあれほどの力を与えておきながらも、未だ力の気配を全く感じさせないのだ。勝てる気がしなかった。

 ソレがそんなことを考えたと知ってか知らずか、女はソレに声をかけた。

「それでは、これから数年間、ここをよろしく頼みます」

「本当に、それだけでいいのだな?」

「ええ。それでは私は次の用事がありますので」

 女はそう言い残すと、フッとその姿を消した。

「さて、これでどれだけの力を得られるか。実に楽しみだ」

 そして声には出さなかったが、その力を得た暁には女の力全てを奪い取ることさえ考えていた。勿論、無理なら無理で、別の方法を考えるまで。

 まずは一度元の場所に戻り、自らを生み出した上位者の力を簒奪するのも良い。約束通りの力を得られるというのならば、決して夢ではないはずだった。

 その後でならあるいは。

 そう考えてソレは、誰もいない闇の底で笑みを零したのだった。




 そこは空の中だった。

 尤も、足下には無数の葉が生い茂っているのだから、完全な空中ではない。だが、切れ間無く続く葉の向こうに見えるのは地面ではなく、真っ白な雲だった。

 見上げるまでもなく、周囲を青空に囲まれたそこに、音もなく一人の女が姿を現した。

 見事な黒髪は背中を流れ落ちて足下にまで達し、透き通るような白い肌は一点の汚れが付くことすらも許さなかった。

 その宝石のような美しさを持った女は、周囲をゆっくりと見回すと、目的の何かを見つけたのか、すぐに葉の上を歩き出した。

 女には体重がないのか、足下の葉は全く揺れることもない。

 そうして、女が声をかけようとした時、

「終わったか?」

 海のような青いローブに包まれたその背中から声をかけられた。

 空を見上げ、どこまでも広がる葉の海に一人座っていた青年は、どうやら女が来たことを知っていたらしかった。

 そのことに女は驚かなかった。自らの主であるこの青年にとって、それは当然のことだと知っていたからだ。

 ただ、その声に微かだが悲しみを感じたことに、女は驚いていた。

「どうかされたのですか?」

 だが、その問いかけに青年から答えはなく。

「マスターもたまには感傷に耽りたくなることもあるだろうさ」

 女にそう声をかけたのは、メトロポリスで女と共にいた一人の美丈夫だった。

 輝くような金髪がゆっくりと渦を巻き、日に焼けることがないであろう顔には、強い意志を感じさせるサファイアのような瞳が輝いていた。

 尤も、

「そんなマスターのそばでそんなに輝いているのは、かなり目障りだと思うのですけど」

 女にそう言われた男は、「確かに」と一言言うと、すっとその輝きを収めた。それでも、街を歩けば十人中十人の女性が振り返るだろうが。

 美丈夫をいさめた女は、自らがマスターと呼ぶ青年に何があったのか、知りたかった。だが、自らの好奇心よりもマスターが優先する。

 その基本原理に従い、女は先ほど訊かれた質問に答えることにした。

「指定されたモノは予定通りの場所に配置しました。与えた力の大きさも予定通りです」

 だが、それにも答えはなかった。

 女がそう思いかけた時、

「そうか」

 青年の背中から、短い答えが返ってきた。

 そして、その場には静寂が落ちた。

 高い空の上だというのに、風の音すら聞こえない。

 無数の葉の上だというのに、葉擦れの音すら聞こえない。

 そんな静寂を破ったのもまた、マスターと呼ばれる青年だった。

「やはり、あまり情を移すのは良くないな」

 そう零すと、美丈夫と女の反応も待たずに立ち上がった。

「さて、そろそろ戻る」

 そう言い残して、青年の姿は虚空に溶けた。

「それで、マスターは何を感傷に耽っていたのですか?」

 青年の気配が完全に消えたことを感じ、女は美丈夫を問いただした。

「なんでそれを俺に訊くんだ?」

「あの状態のマスターに訊けというのですか?」

 そう言われた美丈夫はあっさり言葉に詰まった。全くもってその通りだったからだ。

 かといって、素直に答えるのも面白くはなかった。

「まあ……覗き見してれば分かるさ」

 そう言うと、あっけにとられた女の顔が怒りで真っ赤に染まる前にその場から逃げ出したのだった。

やっとこさ第十六章が終わりました。

なにやら仕事が忙しすぎて、なかなか書く時間を確保できません。おかげで何を書いていたか忘れかける始末……変なことを書いていたらご指摘いただけると助かります。


さて、グランスがついに脱落。

彼の死はかなり最初の方から決めていたことの1つでした。最初からいたキャラの一人なので、この後は回想くらいでしか出てこなくなるのだと思うと、それなりに寂しい気がします。

とは言え、当初は予定になかったアカリやエイジの登場もあり、蒼い月の人数は実は増えている辺り、なんかなー。


それはそれとして。

13章から続くメトロポリス編。予定では主だったところは次の章で終わるはず、です。当初のペースなら1年ちょっとで書き終えられる量だったのですが、最近のペースダウンは目を覆うばかりで……。

出てきてすらいないカントリー大陸やら未踏の中央大陸が残っているというのに、この小説はいつ終わるのか。ついでに言うと、物語の中の時間も後どれだけかかるのか。もう3年以上経ってるわけです。小説の中でも。……うっかりエイジが大人になったら問題だなー。いや、エイジが小学校に入る歳になるまでには終わるはず、多分。

まあ、兎に角。

次で風の精霊王さんが登場予定です。あと、ちらほらと現実世界だとか、レック達が閉じ込められているこの世界についても、ネタバレさせていく予定です。ホントにちょろちょろと。


さて、プロット作るカー。

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