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ジ・アナザー  作者: sularis
第十六章 昏きメトロポリス
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第十六章 第八話 ~エネミー探索~

 始まりの都市としてのメトロポリスはとかく広大である。東西にも南北にもそれぞれ100kmもの広がりを持つのは伊達ではない。

 単なる仮想現実でしかなかった『魔王降臨』以前は、各種交通機関の充実によりどこに行くにも30分もあれば事足りていただけにその広さは何の問題にもならなかったが、今となってはその広さこそがメトロポリスの問題の1つとなっていた。

 はっきり言ってしまうならば、外縁部以外に人がまとまって住むことは難しい。

 メトロポリスの食料はその大半が周辺部の農地から供給されているのだが、その農地の警備や各種農作業、収穫物の輸送を考慮すると、農地から片道何時間もかかるような場所には住めない。そこに移動手段が徒歩かせいぜい馬しかないとなると、外縁部しか住める場所がないのだった。

 だが、それにも例外があった。

 実のところ、メトロポリスには各所にちょっとした緑地が設けられており、その緑地を畑にすることで生き延びている集団もあった。緑地における食料生産能力などの制限で多くてもせいぜい20人程度にしかならないそれらの集団は、カンパニーユニオンやガバメントからは「はぐれ」と呼ばれていた。

 クリスタルタワーから北東に15kmほどいった所にある小さな緑地にも、そんな集団が1つ、住み着いていた。


「今日は良い天気だな。これなら作業も進みそうだ」

 メトロポリスでは珍しく、超高層建築に邪魔されることなく見ることが出来る青空に、ぼろぼろの作業着を着て、畑と化した緑地で野良仕事をしていた髭だらけの男がそう言った。

「そうだけど、そろそろ農具をどうにかしないと。また痛んできてるわよ」

 男の隣で手に持ったシャベルをチェックしながらそう言ったのは、40近い女性だった。こちらも服装はぼろぼろの作業着である。

 ちなみに、新しい服を手に入れることは簡単ではないが、不可能でもない。ただ、農作業に向いている服は難しいため、ぼろぼろになるまで着続けているだけだった。

「うーん。流石に近くはもう大体漁った後だしなぁ。今日の取引の時にちょっと訊いてみるか」

 女性に言われて農具に目をやった男は、頭を掻きながらそう言った。

 食料面ではほぼ自給自足をしているとは言え、道具類に関してはそうもいかない。汚れを落としたり刃物を研ぐのが限界だった。

 周辺の同じような集団との交流を通じて、食料や道具、情報などを交換しながら、はぐれと呼ばれる集団はこれまでやってきたのだ。そして、今日はちょうどその交流のために近くの集団から何人かやってくる日だった。

 だからだろう。始めにその人影が見えた時、彼らは何の警戒感も抱かなかった。ただ、

「お? もう来たのか? 午後からだと思ってたんだけどなぁ」

 そんな疑問を抱いただけだった。

 尤も、この時点で逃げ出したとしても、既に手遅れだったろうが、彼らが知る由もない。

「ちょっと、みんなに知らせてきてくれ。俺は挨拶に行ってくる」

「分かったわ。農具は……」

「俺が持って行く」

 男に農具を渡した女性が仲間がいる方へと走っていったのを見送ると、男は緑地に入ってきた人影の方へと歩いて行った。

「……?」

 途中、男はふと首を傾げた。緑地に入ってきた人影が動かないのだ。とっくにこっちには気づいているはずなのにである。

「おーい!」

 試しに声をかけてみるも、反応がなかった。ただ、いつの間にか人影が三人に増えていたが、それは特に気にならなかった。元々、数人が来るのが普通だからだ。

 その代わり、別のことが気になり始めていた。

 全く動かないのもそうなのだが、三人とも何も持っていない。どう見ても手ぶらだった。

 大抵は何かしら交換したい物を持ってくるだけに、これはちょっとおかしかった。

(なんか、面倒なことでも起きたのか?)

 そんなことを考えながら人影に近づいた男は、もう残り数mのところで彼らの異常な様子に気がついた。

「おいっ! そんな血まみれで……何があった!?」

 服にはたっぷりと血が付き、よく見ると破れてもいる。怪我もしているようだ。

 そのことに気づいた男は人影に駆け寄ると、改めて声をかけた。

「大丈夫か!? 何があった?」

 だが、血まみれの彼らの反応はなかった。

 そのことに苛立ちを感じた男は、思わず先頭の男の肩に手をかけ、その身体を揺さぶろうとして、手から感じたその冷たさに固まった。

「っ?!」

 慌てて手を離そうとするも、いつの間にか伸ばした腕を掴まれていてそれは叶わなかった。

「な、なんなんだ!?」

 本能的に感じた恐怖に任せ、全力で手を引くがびくともしない。

 そうしている間に、いつの間にか残りの二人が横に立っていた。

「お、おまえら……そ、それは……」

 それが男の最後の言葉だった。

 先頭の男の影に隠れていた彼らの身体には、立って歩くことは不可能だと言い切れるだけの、大きな穴が開いていた。

 そのことに驚愕し、言葉を失った男に彼らはゆっくりと掴みかかり、おもむろに顔を寄せたかと思うと、男に食らいついた。

 次の瞬間、男の悲鳴が一帯に響き渡った。

 その悲鳴に真っ先に駆けつけたのは、先ほどまで男と一緒にいた女性だった。

「ちょっと! 何があったの!?」

 女性が見たのは立っている男の背中と、その男を取り囲み顔を近づけている三人の見知らぬ人間だった。

 その状況を確認しようとした女性もまた、男と同じ運命を辿ることになる。

 だが、女性の悲鳴に駆けつけてくる仲間は、結局いなかった。

 それを責めることは誰にも出来ないだろう。

 その時、緑地を囲む一角には同じような人影が幾つも幾つも徘徊し始めていた。そして、時間を追うごとに増えるそれの数に比例するかのように、あちこちで悲鳴が上がり始めていたのだから。



 メトロポリスの別の場所でそんなことが起きているとは、誰も知らないまま。

 ワッツハイム街区ではエネミー討伐のために、レック達が出発しようとしていた。

 その作戦は単純なものだった。蒼い月の5人でエネミーの縄張りと目されている街区を巡回し、エネミーが襲ってきたところを返り討ちにする。それだけである。

 何故そんなことになったかというと、冒険者ですらない人間を交えても足手まといになるか、被害が増えるだけだと思われたからだった。実際、しっかり装備を調えた20人からの集団ですら全滅している状況だけに、冒険者以外では今回のエネミーに対しては役に立たないのは全員の共通認識だった。

 エネミーの縄張りを特定するためにきめ細かな巡回を行うことも考えられたのだが、帰ってこなかったチームの巡回路からはじき出すという犠牲が前提となる上に効率が悪い作戦だったため、誰も口にすらしなかった。

 唯一の懸念は、想定外の事態で被害が出ることだが、このメンバーなら複数のワイバーンが相手でも問題なく乗り切れるという自信があった上に、最初の一撃で余程の重傷を負わなければ治癒魔術でなんとかなることもあり、レック達はさほど気にしていなかった。

 ただ、それでも出来るだけの準備はしておくに越したことはない。


「とりあえず、全員の装備に問題はあらへんな。レックは大剣久しぶりやけど、大丈夫か?」

 一通り装備のチェックを行ったマージンの言葉に、レックは軽く頷いた。

「元々そんな重たい物じゃないし」

 そう言いながら、久しぶりに取り出した大剣、重量にして50kgは優にあろうかというそれを片手で軽々とレックは振るった。

「じゅーぶんに重たいと思うけど?」

 身体強化が使えないリリーは、手に纏っていた水をくるくると回しながら、レックにじと目を向けていた。実際、レックが振るっている大剣はリリーよりも重たいのだから、無理もない。

「身体強化が使えれば、これくらい出来るよ」

「いや、無理だからな? 両手なら兎に角、片手で振り回すのは無理だからな?」

 レックの呆けた台詞にクライストが真面目に突っ込みを入れた。それにディアナとマージンもうんうんと頷いた。

「レックの身体強化は半端ないでな。多分、わいらの倍以上の力が出てるんちゃうか?」

「そんなに? っていうか、マージンもこれ、片手で扱えるよね?」

 そう言いながらレックが投げてきた大剣を受け取ったマージンも、確かに片手でそれを振って見せた。これよりかなり軽いとは言え、身体強化を覚える前からツーハンドソードを使っていたマージンは、最初から力が強いせいか、レックほどではないが片手で大剣を振り回せるだけの膂力があった。

「マージン、凄い!」

 その様子を見ていたリリーが目をきらきらと輝かせると、レックががっくりと肩を落とした。が、敢えて何も言わない。下手に何か言えば、ダメージを受けるのは自分になりかねないと分かっているからだ。

 一方、マージンは大剣を振るのを止めると、リリーが操っている水を見た。

「リリーも、水の扱いがちょっとばかし上達したんちゃうか?」

「え? そう思う~?」

 リリーが嬉しそうに言うと、リリーが手に纏っている水も楽しげにはねた。

「最近、少し暇を持て余してたから、ちょっと練習してたんだ~。操れる水の量もだいぶ増えたんだよ~?」

 リリーはそう言いながら、アイテムボックスからも水を出した。結果、最初から操っていた分と合わせて20リットルもの水がリリーの周りを踊るようにくるくると回り始めた。

「なんや、ちょっとした盾にも使えそうやな」

「このくらいの厚さで銃弾は防げるよ~」

 リリーはそう言うと、厚さ5cmほどの水の盾を作り出した。20リットルという量もあって、盾として十分な大きさがある。

「それは大したもんやな」

 マージンに褒められ、ちょっと赤くなりながらも嬉しそうなリリー。

 そんな二人の様子を見ていたクライストはレックの内心を少し心配しつつも、隣のディアナに声をかけた。

「なんか、リリーが積極的になった気がするな」

「……ん? あ、ああ。そうじゃな」

 そのディアナの返事にクライストは首を傾げた。いつもなら、にやにやしながらそれなりのコメントが返ってくるところだが、気の抜けた返事だったからだ。

 ディアナに視線をやると、小難しい顔でマージンと彼にじゃれつくリリーを見ていた。

 だが、

「どうかしたのか?」

「……いや。何でもない」

 ディアナはクライストの問いを一蹴すると、

「そろそろ出発するべきじゃろう」

 そう言ったのだった。



 そして、その日の夕方。

 探索を終えたレック達は、エネミーの縄張りと覚しき街区の片隅で、一夜を明かす準備をしていた。

 と言っても、超高層建築の1つに入り込んで適当な部屋に陣取るだけである。一応建物の構造を確認し、周りの部屋の様子を調べて回って終わりだった。

 そうして適当な部屋に入り込んだレック達は、今はあまり良くないと思いつつも泊まることにした部屋の中を漁っていた。

 メトロポリスの超高層建築の部屋の大半は、ジ・アナザーにアカウントを持っていた誰かの個室だった。ただ、『魔王降臨』後、エネルギーを必要とするような他の機械が動かなくなったのと同時に大半の部屋の施錠が解除されてしまい、事実上出入り自由になっていた。そのため、現在人が住んでいる辺りの部屋は既に漁り尽くされて何も残っていないのだが、人がほとんど来ない街区にある部屋はまだ部屋の物が残っていることも多かった。

 レック達が入り込んだのもそんな部屋の一つで、いろいろ物を漁られた痕跡はあるものの、今のメトロポリスではまず役に立たないような物はまるまる残っていた。

「ディスクとか……すっごく懐かし~」

「これ、何かな?」

「ヒーターの類じゃと思うがのう」

 今までに出入りした部屋にはもう残っていなかったか、木っ端微塵に壊されていたような物を幾つも見つけ、レック達はちょっとばかり浮かれていた。

「これ、なんとかして聴けないかな~……」

 見つけてきたディスクをリリーが持ってきたが、プレイヤーが動かない以上、どうにもならない。

 他の仲間達もいろいろ気になる物を見つけはしたようだが、結局どれ一つとして動く物などなく、ひとしきり部屋を漁った後は妙な虚しさだけが残っていた。いや、正しく表現するならば、郷愁にとらわれたと言うべきだろう。

「……俺達、いつになったら元の世界に戻れるんだろうな」

 部屋に残されていた椅子の一つに座ったクライストが、ぽつりとそう言った。

 半ば忘れかけていた自分達の目的を思い出させるその言葉に、誰も答えることは出来なかった。そもそも、魔王を倒せるかすら怪しいのだ。

(いや、それ以前に魔王を倒しても戻れない可能性もあるんだよね……)

 この世界について、ある種の確信を得ているレックはそんなことを考えていた。

 正直、サビエルの知識を受け継ぐことさえなければ、その確信は嫌な予感の範疇を超えることはなかっただろう。だが、実際にはサビエルの知識を得て、この世界を見聞きしてきた。レイゲンフォルテのメンバーとも情報を交換し、証拠がないだけでレックはそのことをほぼ確信していた。

 ただ、

(でも、こんなこと、言えないよね……)

 仲間達の顔を眺めながら、レックはそう思った。

 そもそも証拠がない。どうしてそう考えたのかも説明できない。何より、クライストの希望を絶つような言葉を口に出来るはずもなかった。

(それでも……いつかは説明しないと行けない気がする)

 その時はディアナかマージンか。どちらかに最初に話すことになるだろう。

 レックがそんなことを考えていると、ディアナが口を開いた。

「いつかは分からぬ。じゃが、そのために一歩ずつ前進していくしかあるまい」

「そうなんだけどな。……ちゃんと前進してるか、それも分からねぇからさ」

 その言葉に、今度こそ仲間達は返す言葉がなかった。

 前進しているはずだと言うのは簡単だが、そこに説得力はないからだった。

 結局、数分ほど沈黙が続いた後、口を開いたのはクライスト自身だった。

「悪い。変な空気にしちまった」

 そう言うと、仲間達の反応も待たずにそそくさと寝袋へと潜り込んだ。

 それを見た仲間達も、互いに顔を見合わせると、予め決めていた見張り役のマージンを残して無言で寝袋に潜り込んだのだった。すぐに眠れたかどうかは別として。



 翌日。

 外が明るくなってすぐに動き出したレック達は、再びエネミーの縄張りと覚しき街区を歩き回っていた。

 基本的に、超高層建築の中はいちいち調べない。キリがないからである。むしろ、できる限り大きく動き回って、エネミーをつり上げることを優先していた。

「全然出てこないね~」

 リリーが退屈そうにそう言った。それでも警戒を緩めていないのは、流石にずっと旅を続けてきた成果だろう。ぱっと見では分からないが、両腕には操っている水を纏わり付かせ、いざという時にはすぐに出せるようにしているはずだった。

「ひょっとしたら、人数が少ないから見つかりづらいとか?」

「なら、騒ぎながら歩いてみるか?」

「……いや、それはなしで」

 メトロポリスには元々マーダーズという武装勢力もいる。とっくにエネミーに襲われて全滅している可能性が高いとシモン達は分析していたが、ひょっとしたらエネミーのことを知ることもなく、その辺を彷徨いているかも知れない。下手に騒ぐと先にそっちに見つかるかも知れないと、昨日の探索も静かに行ったのだ。

 そのことはクライストも分かっていて、レックの言葉に「冗談だ」とあっさり返した。

 そんな二人のやりとりを見つつ、マージンが口を開いた。

「それはそれとして、や。もっと早く襲われると思っとったんやけど、出てこおへんな」

 予めシモンから聞かされた情報では、ローエングリス社やマージナル社が出していた巡回チームは、早ければ一日目で連絡が取れなくなっていた。一番長くもった場合でも、三日目には連絡が取れなくなったという。

 それを考慮して、ディアナが答えた。

「遅くとも今日明日には襲われるじゃろうな。ひょっとしたら、もうこちらを見つけて、タイミングを計っておるのかも知れん」

「タイミングを計るとか……そんなのは止めて欲しいぜ」

 クライストの言葉に、仲間達は同意した。エネミーはできる限り単純でいてくれた方が楽だからだ。尤も、扉を開閉して建物に自由に出入りする時点で、その希望は多分叶わないだろうとも思っていたが。

 そんな感じで時折雑談を交えながら、ひたすらレック達は歩き回ったが、何人もの人間が行方不明――おそらくはエネミーに襲われて死んでいるとは思えないほどに、何も起きなかった。

 そんな具合で、昼過ぎまで歩き回ったレック達が、今日も何も起きないのではないかと思い始めた頃だった。

「「っ!」」

 真っ先にレックが、一瞬遅れてマージンが後ろを振り返った。

「今の、聞こえた?」

「わいは聞こえた。みんなはどうや?」

「あたしは何にも聞こえなかったけど……」

「俺も聞こえなかったが、何が聞こえた?」

 クライストの確認に、

「銃声」

 レックがそう答え、マージンも頷いた。

 ただ、何故か二人ともすぐには動き出さなかった。

「エネミーでしょ? すぐに行かないの?」

「いや、エネミーが出たとは限らへんし、エネミーやったとしても銃を撃った連中の正体が気になってな」

 マージンの言葉に、リリーはきょとんと首を傾げた。

「要するに、すぐに向かうと銃を撃った連中にこっちも撃たれるかも知れぬのじゃよ」

 そのディアナの説明もすぐには理解できなかったようだが、それでもなんとか理解したらしい。

「それって……マーダーズとか?」

 確かにそれはちょっと嫌だとリリーが思っていると、なにやら考え事をしていたらしいレックが口を開いた。

「ああ、でも、折角エネミーが出たなら、近くには寄っておこうよ。運が良ければ、戦闘が終わった直後のエネミーを不意打ちできるかも知れないし、それがなくてもエネミーを直接確認するチャンスだから」

 その意見は尤もだと、仲間達が頷くと、レック達は気配を消して、今もまだ銃声が響いている方へと歩き出したのだった。



 さて、レック達の予想は半分だけ当たっていた。もう少し詳しく言うなら、三分の二は当たっていたと言うべきか。

「くそっ! なんなんだ、こいつら!」

 銃を撃ちながら叫んでいるのは、ジャレッドだった。

 他にも十数人の男達がジャレッドと共に円陣を組んで、周囲に向けて銃を撃ちまくっていた。

 だが、その効果は、

「なんでこいつら倒れない! ちゃんと当たってるだろうが!」

 やけくそな叫び声から分かるように、全く出ていなかった。

 今、彼らを取り囲んでいるのは、ちょっと様子がおかしいが、どう見ても人間だった。

 にもかかわらず、銃弾が当たってもちょっと身体が揺れるだけでそのままジャレッド達の方へと歩いてくる。

 時折衣服が弾けているのだから、それどころか眼球が潰れすらしているのだから、致命傷のはずだ。

 にもかかわらず、平然とジャレッド達との距離を詰めてくる。

「何なんだよ! こいつらは!!」

 いくら叫んでも、彼らが晒されている状況は変わらなかった。

「くそっ! こんなん聞いてないぞ!」

 誰かがそう叫んだ。

 実際、彼らは詳しいことは聞かされていなかった。ヒュームから、レック達が何者かと戦闘に入ったら、何者かが弱ったタイミングでレック達に攻撃を仕掛けて排除しろ。その後、その何者かを捕獲しろとしか聞かされていなかった。

 勿論、彼らを率いているジャレッドだけはもう少し詳しく説明を受けていて、その何者かがエネミーであることを知っていたが、それでも今の状況は全く予想していなかった。

「仕方ない! 手榴弾を使って吹っ飛ばせ!」

 このままでは命令を実行する以前の問題だと判断したジャレッドがそう指示を下すと、何人かの男達が懐から取り出した手榴弾をそれぞれの正面へと向かって投げた。

 直後、すさまじい爆音と衝撃が辺りを襲う。

「やったか!?」

 目と耳を塞いで地面に伏せていた男達の一人が、そう言って顔を上げた。

「やったのか!?」

 周囲の様子を見回し、迫ってきていた連中が軒並み倒れているのを確認したが、男達の表情は瞬時に凍り付いた。

「なんなんだ……なんなんだよ!!」

 下半身を失った男が、上半身が半分吹き飛んだ女が、頭が半分えぐれた何かが、ずるずると這い寄ってこようとしていたのだ。

 ホラー映画でもあるまいし、実際に目の前で起きていることに、彼らの理解が追いついていなかった。

 それでも、目の前で起きている何かに恐怖した。



 そんな彼らを観察している者がいた。

 尤も、彼女が感じているものは、ジャレッド達が今感じているそれと大差ない。

 すなわち、恐怖である。

(何? 何が起きてるの?)

 死の危険にすら感じづらくなっていたはずの恐怖を今、紗耶香は確かに感じていた。

 だからこそ、元々隠していた気配を、必死になって更に隠した。

 エネミーが人間を襲っているのは知っていた。

 それで少なくない人数が死んでいるらしいことも知っていた。

 だが、ジャレッド達を取り囲んでいるそれは、現実には存在しないはずのものだった。

 動く死体なんて、現実にはあり得ない。ジ・アナザーにもそんなエネミーは用意されていなかった。

(冒険者達はあんなの相手にしてるの?)

 がちがちと鳴り出しそうな歯を音が出ないように食いしばり、ひたすらに気配を殺す。

 出来ればここから離れたいが、少しでも動けばあれに見つかってしまうのではないか。そんな恐怖が足を竦ませていた。

 そしてその恐怖は、目の前で起きている惨劇から目を逸らすことも許さなかった。

 ジャレッド達の真上から、何かが音もなく落ちてきた。

 それは、巨大なコウモリのようで。

 その黒は夜ではなく、恐怖と絶望を連想させ。

 ぶわっと広がったそれは、背後で何かが起きたことに気づいたジャレッド達が振り返るよりも早く、ジャレッド達を飲み込んだ。

 そこまでが紗耶香の限界だった。

 これ以上見ていたら、それに気づかれる。

 そう感じて強く目を閉じたのだ。

 だから、しばらくして聞こえてきた爆音が何なのか、すぐには理解できなかった。



 ソレはそろそろ今の状況に飽きてきていた。

 確かにこのメトロポリスは獲物が豊富だ。狩りも比較的容易で、既に十分な力をためることが出来ていた。

 勿論、獲物が怯える様子やその恐怖、絶望と言った感情はいつでもソレを喜ばせた。

 それでも、飽きてきたのは事実だった。

 こんな弱いまずい獲物ではなく、もっと手応えのある旨い獲物を喰らいたい。

 そう考えたソレは、キングダムの冒険者達を思い出した。

 今の自分は魔王を名乗れるほどではないが、十分に力を付けた。なら、キングダムの冒険者達を喰らうのも一興だ。何より、ここの住人よりも遙かに力の強い彼らを喰らえば、自分の力もとても強くなる。

 それこそ、魔王にすら手が届くほどに。

 そんなことを考えていた時だった。

 メトロポリスに散在する小規模な集団を1つ喰らった後、新たな獲物を求めて徘徊させていた人形から強い反応があった。

 それはソレが求めていた冒険者達に匹敵する反応だった。いや、冒険者そのものなのだろう。キングダムから何人もの冒険者達がこの町に来ていることを、ソレは知っていた。

 故にそれは歓喜した。

 今の自分であれば、冒険者の数人程度、何の問題もない。ちょうど良い餌でしかない。

 場合によっては、眷属にしても良い。これから先、使える手は多い方が良いが、人形では出来ることに限界があった。

 そんなことを考えながら冒険者の反応へと向かうそれは、もう1つ人間の集団がいることに気がついた。規模は20人ほど。

 どうやら、冒険者達の後を付けているらしい。

 そう気づいたソレは軽い不快感を覚えたが、すぐに考えを変えた。

 冒険者を喰らう前の景気づけにちょうど良い。

 一つ懸念があるとすれば、そちらの集団を襲っている間に冒険者に気づかれる点だが、それはそれで一興だろう。

 そう決めたソレは早速近くにいる人形達にその人間の集団を襲うように指示を出した。ついでに、冒険者達の周囲を固めるのも忘れない。万が一逃げられないようにする……というのは無理でも、足止め程度にはなるだろう。

 ソレは空を見上げた。

 太陽はまだ高い。いや、これから正午に向けてもっと高くなるだろう。本来ならば狩りの時間としては良くなかった。

 それでも、メトロポリスなら大した問題ではない。ましてや今の自分ならば。

 にまりと笑ったソレは翼を広げると、狩り場へと向かって飛び立った。

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