第十六章 第四話 ~メトロポリスの怪物~
ワッツハイム街区外縁部から僅か1kmほど。そこにある超高層建築の1つ、その正面では、ワッツハイム社から派遣されてきた男達が慌ただしくしていた。
レック達が見つけた惨劇の現場の調査のため、である。
「これは酷いな……」
超高層建築に入ったシモンは、それを見て、レック達が碌すっぽ調査もせずに報告だけしてきた理由を悟った。
真っ赤に染まった床。
そして、その辺中に散乱している肉片。
それが牛や豚の物でも、慣れない人間には相当きつい光景だった。
だが、それが牛や豚の物ではないだろうと分かる証拠もまた、容易に見つけることが出来た。
「うわ……これ、何人分でしょうかね」
「一人や二人じゃないな」
遅れて入ってきたソイニにそう返すと、シモンはその辺で調査をしている部下に声をかけた。
「やはり、これは全部人間か?」
「考えたくはありませんが、そのようです。判別できる限り、残っている肉片は全部人間ですね」
そう言いながらその部下がシモンの前にぶら下げた肉片は、確かに人間の物だった。こんなに毛が少ない生き物はそうそういない。
「何が起きたか、分かるか?」
目の前にぶら下げられた肉片に顔色一つ変えずにシモンが訊ねると、部下は首を振った。
「さっぱりです。ただ、少なくとも爆弾の類いじゃないことだけは確かですね」
シモンにもそれはすぐに分かった。
室内でこの人数を木っ端微塵にする威力の爆発があったにしては、建物や室内に散乱している備品の破損が小さすぎるのだ。
「となると、バラバラ殺人が趣味の殺人鬼でも出たか?」
「それならまだ救いがあったかも知れませんね」
「テッド、それはどういうことだ?」
シモン達が話しているところに声をかけてきたのは、やはりここで調査に当たっていた部下の一人だった。
「単純にバラバラにしただけにしちゃ、肉の量が合いません。正直、こいつらの正体も気になりますが……装備を見るだけでも、7人くらいいたはずです」
テッドの言葉に室内を見回したシモン達は、すぐにテッドの言葉が正しいことを認識した。
「殺された連中の正体も気になるが……確かに量が少ないな。どういうことだ?」
「少ないって事はここにないってことです。まだ傷口をちゃんと確認できてないんですが……」
シモンに訊かれたテッドはそこで顔を思いっきり顰め、一度言葉を切った。
「……出来れば、別の場所に運ばれたって考えたいんですけどね。多分、喰われてます」
テッドのその言葉を、シモン達はすぐには理解できなかった。
言葉が聞こえなかったとか、単語の意味が分からなかったとかではない。その内容を受け入れることを、無意識のうちに拒否しかけたのだ。
それでも真っ先に立ち直ったシモンは、流石だと言うべきだろうか。
「喰われた? 何にだ?」
ただ、流石に人間が人間を喰ったとは思いたくはなかったため、そんな質問になってしまったのは仕方ないと言えよう。いくら食糧不足が原因で人食いが流行りかけたことがあるとは言え、流石にそれはまともな人間が受け入れられることではなかった。カンパニーユニオンやガバメント、一部の宗教勢力までもが協力し、実際に人食いに走った人間はあらかた始末したほどである。
「人間、だとは思いたくありませんね。これだけの人数を食べるとなると、人間だと食べた側もかなりの人数になります。ここから運び出した痕跡がない以上、ここで食べられたとしか考えられませんから」
「運び出された痕跡がない? 証拠はあるのか?」
「これだけの惨状です。肉を運び出したなら、入れ物を用意してしても血の跡が残りますよ」
「……まだ、運び出してくれていた方が気が楽だったな」
テッドの説明から想像できるケースを幾つか思い浮かべたシモンは、思いっきり顔を顰めた。
はっきり言うまでもなく、碌なケースが思いつかなかったからだ。
「とりあえず、喰った連中が何なのか、突き止めろ。それと、喰われた連中の正体もだ」
シモンはテッド達にそう指示を出すと、もう1つ思い出して付け加えた。
「それから、ここでの調査は早めに切り上げたい。一部は持ち帰ってもいいから、そのつもりで動け」
その命令に、テッド達は頷くと、再び作業に戻っていった。
それを確認することもなく、シモンはソイニを連れて建物を出た。
「……結局、何の仕業だと思います?」
動揺はしなかったとは言え、痛んだ血の臭いが充満している空間から出てきたことで、あからさまにホッとした様子になったソイニがシモンに訊いた。
「人間か野犬の群れだろう。どっちにしても見つけ次第、駆除だ」
シモンのその答えに、ソイニは何かを考え込んだ。
「……どうかしたのか?」
「いえ。人間の仕業でも野犬の仕業でも、これだけの被害を出すようなのの情報が今までないのがちょっと気になりまして」
「それは……」
ソイニの指摘に、シモンはすぐには反論を思いつかなかった。
「あと……野犬って、建物に自由に出入りできましたっけ?」
ソイニが付け加えた言葉に、シモンは完全に言葉を失ったのだった。
「え? 中止?」
信じられないという顔をするリリーに、ディアナは同情と安堵とが入り交じった表情を見られないように、深く頷いた。
今日予定されていたワッツハイム街区への出発が延期されたことを知ったのは、ディアナ自身つい先ほどのことだった。
「ワッツハイムの近くで、ちょっとした事件があったらしくてね。そちらの対応に手を取られるから、顔合わせは延期させて欲しいと連絡があったんだ」
急遽呼び出されて執務室に来たグランスとディアナが、風間から聞かされた台詞である。
どんな事件が起きたのかとグランスが訊くと、風間は隠すこともなくあっさり教えてくれた。
その内容を思い出しながら、ディアナはリリーを含む仲間達に説明をしていく。ちなみに、内容が内容だけにエイジには聞かせられないと、グランスはエイジを連れて、別の部屋に移動済みである。
「ワッツハイム街区の近くで、何者かに喰われた何人分かの人間の死体が見つかったそうじゃ。事件が事件だけに、ガバメントの人間と会う余裕がなくなったそうじゃ」
「何かに喰われた死体って……エネミーですか?」
ミネアのその言葉に思わず苦笑しつつも、ディアナは首を振った。
「正体は分からんそうじゃ。……しかし、やはり私達はメトロポリスの住人とは考え方が違うのう」
「え? どういうこと……ですか?」
「風間は人間か野犬の仕業じゃろうと言っておった。じゃが、私とグランスもエネミーの仕業を真っ先に疑ったのじゃよ」
「つまり?」
「私達もさっき知ったばかりなのじゃがな。少なくとも今まで、メトロポリスにエネミーが侵入したことはないそうじゃ」
その説明で、ミネアもディアナが言いたいことを理解した。
そのことを察したディアナは、風間との話の続きを説明した。
「ただ、これからもエネミーが侵入せぬとは限らぬ。風間もその点は懸念しての。私達も周辺の見回りに参加することになった」
風間曰く、元々一般人だった冒険者を対人戦闘に駆り出すつもりはないが、対エネミーなら別だとのこと。グランスとディアナも対エネミーならと了承していた。
そこで、リリーが再起動した。
「ちょっ! それじゃ、マージンと会えないの!?」
「残念ながら、延期じゃな」
「そんな……」
今度こそしっかり理解すると同時にリリーが床に崩れ落ちた。
流石にそれを見かねたディアナは、1つ助け船を出すことにした。
「……一応、望みは薄いが裏技がないわけでもないのじゃが」
「どんな?」
すっかりしょぼくれた顔を上げたリリーの頭を撫でつつ、ディアナは説明した。
「見回りの際、少し遠出をしてみるのじゃ。それがたまたまワッツハイム街区のある方角というわけじゃ。……まあ、余程偶然が重ならぬ限り会えぬじゃろうが、ゼロよりはマシじゃろう」
ディアナのその説明をなんとか理解したリリーの様子は、目に見えて明るくなった。
そのことにミネア達と一緒に押し殺しきれなかった笑みを浮かべながらも、ディアナはしっかりと釘を刺した。
「ただ、一人で動いてはならぬぞ。ここにおっては分からぬが、メトロポリスはキングダムより危険なのじゃ。リリーに何かあっては、私達も心配するからの」
「じゃ、ディアナと一緒だったらいいの?」
「あるいはグランスじゃな。アカリは……」
そこでディアナから視線を向けられたアカリが慌てて首を振った。
「私じゃ無理ですから!」
「流石に、身体強化が使えぬ二人組はやめて欲しいがの」
リリーはディアナの言葉に素直に頷いた。
マージンと少しでも早く会いたいのは事実だが、馬鹿なことをしてマージンに会えなくなっては本末転倒であることは流石に理解していた。
ちなみに、ディアナもリリーも最初からミネアは候補に入れていなかった。その理由は言うまでもないだろう。
「とりあえず、出来れば今日から見回りに参加して欲しいと言われておる。ただ、今まで引き籠もっておったからのう。数日は案内役として風間の部下が同行する予定じゃ。その間だけは……我慢してもらえるかのう?」
ディアナの言葉に、リリーは悩んだ。
本当なら、明日にも会えるはずだったのだ。それがいきなり延期と言われて、ちょっと我慢するのはつらい状態だった。
だが、ここで我慢できないと答えてしまえば、ディアナは間違いなく自分を置いて行ってしまうだろう。
「……なんとか、頑張ってみる」
リリーがなんとか絞り出したその答えに、
「まあ……頑張って貰うしかないのう」
ディアナは苦笑せざるを得なかったのだった。
ディアナ達がそんな話をしている頃。
同じ超高層建築に設けられていた風間のオフィスでは、当の風間が軍の人間と会っていた。
「……というわけだ。正直、あまり考えたくないんだが、否定できるだけの根拠がない以上は、備えておかないとね」
「エネミーが都市の中にまで入ってくるなど……その冒険者達の話は信用できるのか?」
風間の言葉にそう疑念を投げかけた男は、リドベック・オーシャン。大佐の地位にいる男だった。
伊達に大佐の地位にいるわけではないらしく、その鍛え上げられた肉体は服の上からでも見て取れた。明るいブラウンの瞳からは普段の陽気さが消え、疑念一色となっていた。
それも無理もない。
風間に呼び出されてやってきてみれば、人が食われる事件の発生を伝えられ、おまけにそれがメトロポリス内部に入ってこられないはずのエネミーの仕業ではないかとまで言われたのだから。
「少なくとも嘘は吐いていないね。キングダム大陸の街では、キングダムそのものを含め、時折エネミーの大群による襲撃が発生しているのは確かだ」
「だが、メトロポリスではそんなことは一度も起きていないぞ」
「そうだね。だから、私もその可能性は思いつかなかった。だが、今後もそのルールが本当に守られるという保証はあるのか?」
その風間の言葉に、リドベックは短く唸った。
それなりに有能な軍人たろうとしているリドベックとしては、絶対あり得ないという証拠がない限り、どのようなリスクでも否定するつもりはなかった。つまり、風間になんとか反論しようとしているのは、単なる感情論に過ぎない。そう、分かっていたからだ。
「考えるのも鬱になるけど……この世界はイデア社が作ったものだ。ルールも、この世界にいるエネミーも全てね。そのイデア社が何を考えているか、何をしでかすか分からないってのは、3年前のあの時に嫌って言うほど教えられた」
「……そうだな。全くもって考えたくないし認めたくもないが、まさしくその通りだ。くそったれな事にな」
ぼさぼさの色あせたブロンドの髪を掻き毟りながら、リドベックは風間の言い分を認めた。
「言いたいことは分かった。エネミーの可能性は排除しない。だが、一般人に過ぎない冒険者を使うのは、どうなんだ? 俺達だって十分にエネミーとの戦闘経験はあるぞ」
「君たちの能力を疑っているわけじゃない。ただ、あらゆる兵器が使用できる状況ではない分、君たちの本来の能力は発揮できないだろう? なら、使えるものは何でも使うまでだ」
風間のその言葉にリドベックは溜息を吐くと、降参するかのように両手を上げた。
「いつもの事ながら、もう十分に考えた後みたいだな。なら、俺の方から言うことはもうないさ」
そんなリドベックに、風間も溜息を吐いて答えた。
「ここまで考えて、最悪を想定して準備していても、現実はいつもさらにその底を突き抜けてくるんだ。正直、まだまだだよ」
風間はそう言ったが、リドベックにしてみれば風間は良くやっている方だと言えた。少なくとも、ガバメントの命令系統におけるリドベックの本来の上司などよりは遙かに。
尤も、それを言ったところで、風間にとっては何の慰めにもならないことは、短くない付き合いの中でよく知っていた。
だから、リドベックが口にしたのはこれから自分がすべきことの確認だった。
「とりあえず、見回りの頻度は上げることにする。後、見回りを行う人数や武装について、何か意見が欲しいんだが」
「そうだね。ワッツハイムで見つかった被害者は、皆、銃は持ち歩いていたらしい。その上で、少なくとも7人がまとめてやられたという話だから……」
改めて聞くその情報に、リドベックは思わず難しい顔になっていた。武装した7人を全滅させられることが出来るのが相手と言うことだからである。
その7人というのが、個別にやられたならまだいい。だが、ワッツハイムで実際に調査に当たった者達の見解では、集団で行動していたところをやられた可能性があるということだった。
それを考えるなら、
「重武装の上で最低でも10人。出来れば、20人体制の方がいいだろうね」
「1分隊でも足りない、2分隊か。……多いな」
おおよそ自分と同じ数字を風間がはじき出したことに、またもやリドベックの口から溜息が漏れた。
「あんまり溜息を吐くと、幸せが逃げるよ」
「そんなもん、とっくの昔にどっかに行ったさ。……とりあえず、意見は参考にさせて貰う」
リドベックはそう答えると立ち上がり、
「相変わらず、せっかちだね」
「こういうことは早いほうがいいだろう?」
そう言い残して、風間のオフィスを出たのだった。
「んで、結局まともに確認せえへんかった訳やけど、あれ、何の仕業やと思う?」
問題の惨劇現場を発見したレック達は、寝床にしている部屋で、今更ながらもう少し調べておくべきではなかったかと話していた。尤も、そのこと自体は状況が状況だけに、難しかったことも否定できなかったので、あっさりと話題が変わり、マージンが今のような発言をしたわけだが。
「……正直、人間の仕業とは思えねぇな」
「そうだね。メトロポリスにも猛獣とかいるのかな?」
「おったら、とっくに住人の腹ん中やろな」
メトロポリスでは常に食料は貴重品だった。カンパニーユニオンの中ですら、配給される食料の量にはかなりの差があるくらいで、一般の住人に至っては常にお腹を空かしていると言っても過言ではなかった。
そんな状況で食べても良い動物がいれば、それが例え猛獣だったとしても狩らない理由にはなり得ない。
いつぞや、ソイニから聞いたそんな話を思い出し、マージンはそう言った。
「じゃあ……エネミーとか?」
「エネミーって、人間を喰ったりするのか?」
レックの台詞にクライストがそう疑問を投げかけると、
「ゲームの頃やったら兎に角、今は……食べるかも知れへんなぁ」
またしてもマージンがそう答えた。
確かに、ゲームの時であれば、エネミーはあくまでもコンピュータによって制御されているだけのキャラクターに過ぎなかった。そのため、たまに演出として倒した――あるいは攻撃の一環として動いている――プレイヤーを食べるような動作を見せることはあっても、実際にプレイヤーを食べてしまうようなことはなかった。
ただ、今となってはエネミーが人を食べないとは誰にも言えなかった。むしろ、エネミーも生き物として再現されているなら、十分にあり得た。
「そうだな。肉食ならあり得るかも知れねぇか」
「それはそれで、メトロポリスにもエネミーが入り込んじゃったってことだけど……」
「キングダムやと、今更やけどな」
「でも、キングダムでも襲撃以外では基本、エネミーは町に入ってこねぇぜ?」
「そのルールも、いつ変わってもおかしくはない気がするで」
マージンのその言葉に、レックとクライストの表情が凍り付いた。
エネミーは基本的に町には入ってこない。その前提が狂ったらどうなるか。
「……実はあんまり変わらないような気がする」
しばし想像してみた後で、レックがそう言った。クライストも頷く。
考えてみれば、キングダムの町はどこもしっかりした防壁が用意されている。その上、大陸会議がその軍や冒険者達を使って、周辺の畑を荒らされないようにエネミーを定期的に駆逐していて、町の近くでエネミーを見かけること自体が珍しいのである。
つまり、エネミーが自由に町に入れるようになっていたとしても、実際に町に入り込む可能性は極めて低かった。
「ってか、とっくに自由に入れるようになってたりしてな」
「そうなってても、気づかないね」
とは言え、それはあくまでもキングダムでの話である。
メトロポリスでそんなことになったら、大変なことになるのは目に見えていた。
何しろ、メトロポリスの大半の住人はまともに戦えない。元々ソーシャル・アバターなのだから、当然と言えば当然である。
一応、戦闘を生業としていた者達もいるが、
「エネミー相手にどこまで戦えるんやろなぁ」
というマージンの疑問の通りである。
「銃でなんとかなるならまだいいと思うけど」
「その辺の雑魚なら問題ねぇだろ。ちょっと強いのが出たら、厳しい気もするけどな」
クライストは、『魔王降臨』前の事を思い出しながら、そう言った。
実際のところ、銃が全く効かないエネミーは珍しい。少なくとも、町の近くにいるようなエネミーではまずいない。ただ、固い鱗や毛皮に覆われているエネミーでは、覆われていない場所を狙わないと銃は全く効果を発揮しない。あるいは驚異的な回避能力により、そもそも当てること自体が難しいエネミーもいる。
そんなエネミーが侵入していたら、少なくない被害が出る可能性があった。
「……ほんとにエネミーが相手なら、僕たちも手伝った方がいいと思うけど」
「あー、そう、だな」
正直、メトロポリス大陸に入ってからのあれやこれやの経験で、メトロポリスの人間に対する感情がかなり悪化しているクライストではあったが、それでも無駄に人が死ぬのを見過ごすのも気分は良くなかった。
レックも同じだからこそ、そう言いだしたのだろうと頷いたクライストは、マージンへと視線を遣った。
「まあ、エネミーの仕業やったら、わいらの出番やろうけど、出来ればその前に旦那達と合流したいな」
そろそろ安心しておきたいと言うマージンに、レックとクライストも頷いた。が、
「どこにいるのか分からないってのが問題だよね……」
「クランチャットがさっぱりだからな」
「ベルザ達のんは、機能しとるんやけどな」
「クランチャットって、故障とかするの?」
「どうやろ。むしろ、こんなんなってまだ動いとる方が不思議なんかも知れへんしなぁ」
そもそもイデア社が提供しているシステムだけに、いつ何が起きても不思議ではないとマージンは続けた。
「まあ……確かにね。ってか、未だにイデア社が何であんなことしたのか、全然分からないんだけど」
「魔王倒すまで、分からへんやろなぁ」
「それ、だいぶ気が長い話だよね。……でも、ロイドも教えてくれなかったし、そうするしかないのかな」
ふと口にしたロイドの名前に、レックは少し懐かしさを覚えた。
キングダム大陸中央部にある霊峰。そこに隠れ住んでいたロイドは、今でも元気にしているのだろうか。
「僕たちの後に、誰かロイドの所にまで辿り着いたかな?」
「いろいろ条件が厳しかったから、無理じゃねぇか? 居場所のヒントを誰かから教えて貰ったら駄目ってのは……なぁ?」
「ちょっとでもロイドの話を聞いてもうたら、もうロイドには会えへんってことやしな」
「機会があったら、また会いに行きたい気もするけど……」
「いや、無理だろ。あそこ行くだけで、月単位の時間がかかるぞ」
「リーフに乗っていけば、かなり早く着くと思うんだけど……」
「それ、一人しか行けねぇじゃねぇか」
クライストのもっともな突っ込みに、レックが誤魔化すようにあははと笑った。
「それよりも、や」
そこで、マージンがふと気がついた様子で、言葉を発した。
「今思ったんやけどな? ロイドみたいなんって、多分他にもおるんちゃうか?」
その言葉に、レックとクライストは一瞬動きを止めた。
「確かに、いてもおかしくないね」
「そうだな。っつっても、どこにいるかとか、さっぱり分からねぇけどな」
「キングダムみたいに、大図書館とかあらへんしなぁ」
メトロポリスは現実世界を模していただけあって、あらゆる情報は――仮想現実でこう表現するのも奇妙な話だが――オンラインで取得することができた。一応本なども存在はしていたが完全に嗜好品であり、結果として、本屋や図書館といった施設はメトロポリスには存在しなかった。
「ヒントすらないんじゃ、無理だろ。テレビゲームならまだマップを隅々まで調べられるけどな」
地球並みの広さを誇るとされるこの世界を隅々まで調べるのは不可能だと、クライストがぼやいた。
「ロイドの時みたいに、人づてにヒントを聞いたら辿り着けなくなる仕掛けとかあったら話にならないね……」
「ってか、あんなん完全に糞ゲーじゃねぇか」
「いやいや。そんなん言ったら、『魔王降臨』自体あれやん」
「まあ、そうだけどな」
「それより! どんなエネミーだと思う?」
微妙に悪化しかけた空気を振り払うべくレックが声を張り上げた。
クライストとマージンも、別に空気を悪くしたかったわけでもないので、レックの強引な話題の転換に乗ることにした。
とは言え、ろくに現場を確認せずに飛び出したため、推測のための根拠すらほとんどなく。
「魔獣型のエネミーじゃねぇのか?」
「いやいや。ひょっとしたら、オークやゴブリンみたいに群れ作るタイプかも知れへんで」
「建物に出入りできるサイズ、なのは間違いないと思うんだよね」
「なんで……ああ、確かにそうだな」
入り口が全く壊れていなかったことを思い出し、クライストもレックに同意し、ついでにあることに気がついた。
「って、ちょっと待てよ? 入り口、一応閉まってたよな?」
「そうやな」
マージンとレックが頷いたのを見て、クライストはそれが自分の思い違いではないことを確認した。
「ってことは……建物の入り口を開け閉めできるだけの知能があるってことにならねぇか?」
クライストの言葉に、レックが思わず唸った。マージンも難しい顔になっていた。
「人間じゃないとしたら……相当厄介な相手、かもしれないね」
「あんな事しでかすんは人間じゃない方がええんやけど、人間の方がマシかも知れへんな」
一般的なエネミーの身体能力は、多かれ少なかれ、普通の人間のそれを上回る。初心者向けのエネミーであればそうでもないが、あんな惨状を作り出せるエネミーは、まず初心者向けではない。
それでも戦闘が成り立つのは、キングダムの冒険者の身体能力の高さの他に、一般的なエネミーは賢くないという理由があった。イノシシ系のように突撃しかしないエネミーが極端だがいい例だろう。
しかし、エネミーがそれなりの知能を持ったとなると、それは一気に厄介な存在になる。キングダム大陸で難易度が高いと見做されていたエネミーの一部がまさしくそうだった。
「……ちょっとベルザに注意を促しておいた方がいい気がしてきたよ」
「そうだな。俺も同感だ」
レックの言葉にクライストが賛同し、マージンも頷いてみせた。
「こういうのは早いほうがいいよね」
そうレックが言うまでもなく、クライストとマージンも立ち上がると、揃ってベルザの元へと向かったのだった。
はっきり言うまでもなく、機嫌は悪かった。
ここ数日寝床にしていた場所に、いきなり沢山の人間が出入りするようになってしまい、新しい寝床を探さないといけなくなったからである。
せめて、出入りする人数がもっと少なければ良かったのだが、あれだけ沢山の人間が出入りしていては、下手に手を出せば危ないことくらいは想像できた。
ただ、どうやら出入りしている人間達は、自分の食い残しを調べているらしい。
ならば、次はもっときれいに食べるべきだろうか。
食い残しがあると彼らがやってくるのであれば、食い残しがなければいい。だが、そこまできれいに平らげる自信はなかった。丸呑みにするくらいしなければ、それなりに散らかってしまうだろう。
それならば、食事は寝床以外でするべきだろうか。そうすれば、少なくとも寝床に食い残しが散らかることはなくなるだろう。
ただ、食い残しから漂ってくる臭いはなかなかに落ち着けたし、生きながらに喰われた獲物達の恐怖と絶望の残留思念も心地よいだけに、寝床以外で食べるのはちょっと惜しい気がした。
とりあえず、考えるのに疲れたソレは、この問題を先送りにすることにして、新しい寝床を探すのだった。




