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ジ・アナザー  作者: sularis
第十六章 昏きメトロポリス
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第十六章 第二話 ~会談準備中~

 ソレは久しぶりに開放的な気分に浸っていた。

 何しろ、メトロポリスは全体的に薄暗い。無数の超高層建築によって日差しが遮られているからである。ちょっと変わった形の超高層建築の周囲なら、昼間でも本を読めないほどに暗い場所があるほどだった。

 そんなメトロポリスの構造は、太陽を嫌うソレにとって実に好ましかった。

 勿論、昼間でも活動できないわけではない。直射日光の元でもそれなりに活動できる。ただ、力を抑制され、十全に発揮できなくなるだけである。

 それでも、ソレにとってそのことは、窮屈な思いをするに十分だった。少なくとも、力を存分に使うことが出来れば狩れる獲物を逃がしてしまいかねないのだから。

 しかし、メトロポリスにはそれがなかった。

 昼間でも大抵の場所でそこそこの力を発揮できる。おまけに、かなり薄いが、都市全体を薄い絶望が覆っているのだ。

 実に心地よかった。

 ただ、それでもいいことばかりではない。

 まず、メトロポリスには弱い獲物しかいなかった。弱い獲物を喰らっても、それに見合った力しか得ることは出来ない。沢山の力を欲すれば、それだけ多くの獲物を狩る必要があった。それも、狩り方にも工夫が必要だった。

 さっくり殺すのではなく、十分に恐怖と絶望に染め上げてから喰らう。恨みや憎しみでもいいのだが、獲物にそれを感じさせるのは、ソレには難しかった。

 それでも、ソレにとってメトロポリスは居心地が良かった。

 キングダムでは獲物が強すぎたのだ。当初は調子よく狩れていたが、獲物の反撃を喰らったのか、ある時仲間の一体の気配が消えた。

 それを切っ掛けに、ソレはキングダムに代わる狩り場を探し、メトロポリスの噂を聞いたのだった。

 メトロポリスまでは遠かった。

 ただ、途中で幾つか見かけた廃村に染みついていた恐怖や怒り、憎しみに絶望。そんな諸々の負の感情を啜りつつ辿り着いたここは、新たな天国とも言えた。

 そこで、ソレはふと思い出した。

 仲間の一体は結局、キングダムに残ったのだったなと。

 キングダムでの狩りは旨味も多い。危険な目に遭わぬよう、慎重に、痕跡を残すことなく狩りを続けていれば、それなりに力を付けることも出来よう。

 ただ、ソレにとって、慎重に狩りをするというのはどうにも肌に合わなかったのだ。

 だから、ソレはキングダムを離れ、ここにいる。

 ソレはふと思いついて空を見上げた。

 超高層建築の隙間から、晴れ渡った青空が見える。だが、それだけだ。1000m以上も離れた青空など、ソレにとってどうということはない。

「クフッ」

 空を見上げていると、近くに獲物の気配を感じた。

「クフッ」

 今日はまだ狩りをしていない。ちょうどいいと言わんばかりに、ソレはおぞましい笑みを浮かべた。




 ワッツハイム街区を統括するワッツハイム社が占拠している超高層建築。その中で執務室として使われている部屋で、真剣な顔をしたベルザが一枚の紙切れを睨み付けていた。

「副社長。何を読んでいるんですか?」

 そこに入ってきたのはティム・マトスという、ベルザの秘書を務めている男だった。

「ああ、ティム。大した……」

 大したものじゃない、そう言おうとしたベルザは言葉を途中で切った。無視するにしろしないにしろ、この一枚の紙切れに書かれている内容は軽んじていいことではなかった。

 言葉を途中で切ったベルザは代わりに溜息を一つ吐くと、

「ガバメントからメッセージが来たのよ。……新しく手に入れた冒険者にちょっと力を借りたいことがあるってね」

 そう言ったベルザの台詞がどこかで聞いたことがあるような気がしますとは、ティムは流石に言わなかった。代わりに、

「ガバメントも耳が早いですね」

 とだけ言った。

 尤も、ティムにとってそれは別段不思議なことでもない。自分達に都合のいいことだけは素早く聞きつけ、素早く動く。それがガバメントの連中だと理解していたからである。

「それで、要請に応じるんですか?」

 そう言いつつも、実際には断るだろうなと考えていたティムは、おやっと内心首を傾げた。

「それなのよね。出来れば断りたいんだけど……」

 即断即決のベルザが珍しく悩んでいたからである。

「ガバメントの……どなたからですか?」

「アメリカの情報局からね」

 それでティムも、ベルザが悩んでいたことに納得した。

 ガバメントの連中は目先の自己の保身と利益のことしか頭にない人間が優勢なのだが、組織のちょっと下の方になると、油断ならない人間も少なからずいた。アメリカの情報局ともなれば、そんな連中の巣窟と言ってもいい。

 そんなとこからの要請を下手に断ってしまうと、後が、特に現実世界に復帰できた後のことが怖かった。

 かといって、件の冒険者達はローエングリス社のヒュームから借り受けている者達である。迂闊にガバメントと接触させて、そのまま取り込まれてしまった日には、またしてもヒュームに借りが出来てしまう。

 実際、その2つを天秤にかけていたベルザは、しばらくすると悩んでもどっちが正しいかなど分からないと、開き直った。

「最悪、ガバメントがヒュームに借りを作った形にしてしまえばいいのよ」

 カンパニーユニオンの幹部連中は利益に関して口うるさいが、実のところ、貸しを取り立てる相手が誰になろうと、利益を確保できるならあまり気にしない事が多かった。

 ヒュームもその辺りは他の幹部と変わりはない。ただ、後でちょっとした嫌みには耐える必要があるかも知れないが……問題はないとベルザは判断したのだった。



「……というわけで、近いうちにガバメントの人間と会うの。それに付いてきて欲しいのだけど、良いかしら?」

「急に呼び出されて何かと思ったんやけど……なんでわいらなんや?」

 特にやることも出来ることもなく、ワッツハイム街区を適当に散歩していたレック達が呼び出されたのは、ベルザの執務室だった。

 最初の頃はそれなりに緊張もしていたはずだが、ここ数日は毎日のように呼び出されていたからか、既にレック達の顔に緊張は見られなかった。――約一名、今もベルザと話しているマージンだけは最初から緊張と無縁の様子だったが。

 尤も、そんなことはベルザにとってはどうでもいいことだった。むしろ、下手に緊張されるよりは話がしやすいと言ってはばからない。それがベルザである。

「建前としては、少数精鋭の護衛ね」

「んで、実際のとこはどうなんや?」

「あっちがあなたたちに会いたがってるのよ」

「それまた、なんでや?」

 マージンの疑問は、ベルザも抱いたものだった。ただ、その答えをベルザは知らなかった。故に、「推測だけど」と一言断ってから答えた。

「冒険者の能力が目当てってことは、多分ないわね。実態は兎に角、あなた達はカンパニーユニオンが囲い込んだ冒険者ってことになってるわ。そんな人間に食指を伸ばすくらいなら、自前の軍隊を鍛えるでしょう。

 となると、あなた達が持ってる情報が目当てってことになるわ。あたしを介して情報を得るより、その方が信用できるでしょうから」

 ただ、それでもベルザはしっくりこなかった。

 自分が同席していては、レック達から引き出せる情報などたかが知れている。そんなことくらい、レック達のことを嗅ぎつけた人間なら分からないはずがなかった。

(つまり、別の狙いがあるはずなのだけど……)

 最初は、本当にレック達の力を借りたがっているのかとも思っていたが、ちょっと渋っただけでガバメントは最初の要求をあっさり撤回した。そして、単に会わせて貰うだけでいいと言い出したのだ。

 はっきり言って、ベルザには相手の考えが読めなかった。

 そんなベルザの考えに気づいたわけでもないが、ベルザの正面に座っていたマージン達も首を傾げていた。

「なんで、ベルザを介した情報は信用できねぇんだ?」

 そうベルザに尋ねたのは、マージンの右側に座ったクライストだった。ちなみに、レックはマージンの左側、つまりは扉に一番近い席に座っていた。その理由は敢えて言うまい。

「……そっか。あなた達、こういう話には慣れてないのね」

 そのことを少しだけ羨ましく思いながらベルザが軽く説明をすると、

「めんどくせぇ話だな」

 そう、クライストは露骨に顔をしかめた。

 ちなみに、ベルザをしても何を考えているのかさっぱり分からないマージンは兎に角、妙にレックの反応も薄かったのだが、特にベルザはなんとも思わなかった。

「でも、俺達の持ってる情報ってそんなに価値があるのか?」

「そうね。ここ数日あなた達から話を聞いていたけど、正直、目新しい情報はほとんどなかったわ。それでも、キングダムからここまで来る冒険者は少ないもの。直接話をしたいと思うのはおかしいことではないわ」

 ベルザ自身はおかしいと思っているのだが、それを口にすることはない。

 そのおかげもあってか、クライストはすんなり頷いた。

「それで、いつ、どこで会う予定なんや?」

「日取りはまだ決めてないけど、一週間以内には済ませたいわね。場所はここでいいって先方が言ってきてるわ」

「それは……ほんまに護衛とか建前やなぁ……」

 カンパニーユニオンの管理するワッツハイム街区のど真ん中での会談など、カンパニーユニオンとしては護衛など付け放題である。そこに、わざわざレック達を駆り出す理由などないに等しい。

 故に、マージンの言葉にベルザも苦笑するしかなかった。

「一応、建前というのは大切なものよ?」

「ま、それはええわ。……それより、大事な事訊いときたいんやけど、ええか?」

「どうぞ何なりと」

「そのガバメントの人間って、信用できるんか?」

「出来ないわね」

 一瞬の間も置かなかったベルザの答えに今度はマージンが苦笑した。

「それでも会うんや。それも面倒な話ってやつなん?」

「そうね。利害が一致していてなお、騙し合い化かし合う。普通の人には到底勧められない世界よね」

 そこまで言って、ベルザは首を軽く振った。

「話が逸れたわ。あなた達の返事を聞かせて頂戴。同席してもらえるのかしら?」

 それから数分後。

 ベルザの使っている建物を出たレック達は、寝床に戻る前に割り当てられているワッツハイム街区周辺部の見回りに向かっていた。その途中、先ほどのことを思い出したレックが口を開いた。

「それで、なんでマージンはベルザの頼みを聞いた方がいいと思ったわけ?」

「ん? 大した理由はあらへん。ただ、折角ヒュームに比べたら良くしてくれとるんや。ちょこっとやけど食べ物も貰うとるし、少しでも借りは減らしときたいってとこやな」

 その説明に、レックも納得せざるを得なかった。

 実のところ、レックのアイテムボックスにはキングダムで準備した分を含めて大量の食料が入っているのだが、そのことがばれると面倒なことになりかねないという理由で、レックのアイテムボックスは封印状態だった。

 そんなわけで、ヒュームの所にいる時から、食事は配給された主に食料で賄っていたのだが、ヒュームに対しては兎に角、ベルザに対してはちょっと申し訳ない気持ちがあった。

 ただ、レック達としてはいつまでもベルザの所にいるつもりもない。連絡が取れなくなっているグランス達を探したり、クリスタルタワーに入る方法を調べるために、もう少し今のメトロポリスに慣れたらベルザの元を去るべきだと、三人の意見は一致していた。

 その時にベルザに大量に借りを作ったままではちょっとばかり気分が悪くなりそうなのは、甘さなのだろう。

 レックは、そう思ったのだった。



 ここ最近の紗耶香の行動パターンは、非常にシンプルである。

 朝、監視対象であるレック達よりも早く起きて、レック達の朝の日課であるワッツハイム街区周辺部の見回りを監視する。

 昼、ワッツハイム街区の商業区を適当にぶらつくレック達を監視する。

 夕方、夕方の見回りを行い、寝床に戻っていくレック達を監視する。

 それだけである。

 何もなければいちいち報告など要らないと言われているため、ヒュームへの報告すらない。

 ついでに言えば、下手に知り合いが増えると後でどういう影響が出てくるか分からないため、ワッツハイム街区の住人と話すこともない。そのために、最低限必要な物資は食料を含めて予め与えられていた。

 一応、ヒュームの所からレック達に付いてきたジャレッドがその辺にいることは知っているが、向けてくる視線が不快極まりないため、紗耶香から会いに行くつもりはなかった。

 その結果、現在の紗耶香の行動パターンは非常にシンプルかつ無味乾燥なものとなってしまっていた。

(考えてみれば、もう何日も人と話すらしてないわ……)

 実のところ、何日も人と話さないことは紗耶香にとって珍しくはなかった。他の街に行くために一人で馬を走らせていれば、自然とそうせざるを得ないのだから当然である。

 だが、こうしてそれなりに人がいる街の中で、通りを歩いている時には人とすれ違いすらするというのに何日も誰とも話さないというのは、紗耶香にとって新鮮なものがあった。

(ローエングリスでもこうならいいのに)

 そう思ってしまうのは、ローエングリスで紗耶香が置かれている立場に原因があった。

 ヒュームのオモチャ。

 それが、紗耶香に対する周囲の認識である。

 ヒュームのオモチャであるからこそ、どんなに蔑んでいても周囲は決して紗耶香に手を出そうとはしなかった。ヒュームの許可なくそんなことをすれば、どんな目に遭うか分からないためである。

 それでも、紗耶香に向けられる視線にも言葉にも侮蔑がたっぷりと乗っていた。さもなくば、恐怖と嫉妬が。

 ローエングリス街区は白人至上主義のヒュームが支配しているだけあって、露骨な人種差別が蔓延っていた。そんな中、ヒュームのお手つきとなった紗耶香だけは、下手な白人よりも良い待遇が約束されていた。

 そんな環境で、人と話したいと思えるわけがない。

(このまま、戻らなくて良ければいいのに)

 そんな考えが出てくるのも不思議なことではなかった。

 尤も、

(あいつらも不幸になればいいのに)

 視線の先にいるレック達に紗耶香の望むように何らかの不幸が降りかかるなら、その時は紗耶香はヒュームの所へ戻らなくてはならないだろう。何故なら、その不幸は多分、ヒュームの命令で降りかかるものだろうだからだ。

 ただ、紗耶香は自分が抱える矛盾に気づいていなかった。

 気づきたくないからというのもあるが、それ以上に気づく必要がなかった。

 既に、紗耶香はいろいろなものを諦めてしまっていた。願っても祈っても、踏みにじられるだけだと知っていた。

 戻りたくないという思いも、監視対象が不幸になればいいという願いも、叶うことはないと知っている故に、それらが矛盾するかどうかなど考える意味すらないのだ。

 故に、紗耶香は思い、呪う。

 ただ、それらは単調な日々が続き、どうでもいいことを考える時間が有り余っている結果だった。

 そのため、数日ぶりにベルザの使っている建物に入っていったレック達を確認した紗耶香は、別のことを考えざるを得なかった。

(先にあいつらの所に誰か来ていた。と言うことは、ベルザがあいつらを呼び出した。どういう用事で?)

 レック達がベルザと会う。それだけなら、いちいち報告する必要はない。ベルザの男癖の悪さは有名だからだ。ただ、場合によっては、ヒュームに報告する必要があった。

 とは言え、ベルザの使っている建物の警備はそれなりに厳重だった。顔見知りになっているらしいレック達はあっさり入っていったが、紗耶香が入り込むのは難しかった。

 勿論、ヒュームの部下であると明かせば、入ること自体は簡単だろうが、それはそれで警戒されるだろう。

 いろいろ考えた末に紗耶香が出した結論は、今まで通りに監視を続けるというものだった。

 ただ、何かが動く。

 ちょっとだけそんな予感がしていた。



 会談について、ベルザから了承の返事が風間の元に届いたのは、冒険者に会えればそれでいいと伝えた当日のことだった。

「流石、カンパニーユニオンは反応が早い」

 ガバメントの人間相手だと、こうはいかないと苦笑しつつ、風間はスケジュールを確認した。

 ちなみに、スケジュールの管理はとても大事なのだが、メトロポリスではそれ以上に紙は貴重である。故に、スケジュールの管理は頭の中でやらざるを得なかった。

 ガバメントの人間の中には、自らのスケジュールを紙で管理していたが、その紙をうっかり他部署への連絡に使ってしまったなどという失敗談も耳にする。そんな失敗よりは、スケジュールをうっかり忘れた方がマシ――勿論、そんなへまをするつもりはないが――というのが風間の持論だった。

「出来れば早めの方がいいが……明明後日はちょっとこっちの都合が悪いな。その次にするか」

 風間はベルザと会う日をそう決めると、執務机の前で立って待っていた部下に、ベルザに日程を伝えるように命じた。ついでに、ノーラを呼び出し、当日までに必要な準備をしておくように伝える。

 何しろ、こっちからワッツハイム街区まで出向くのだ。

 同じ街とは言え、メトロポリスの広さが広さである。風間のいる街区とワッツハイム街区はそこそこ離れていた。具体的に言えば、50km近くの距離があった。

 メトロポリスの各種交通機関が生きていれば往復でも1時間とかからないのだが、その手のものは全て機能停止しているために、良くて馬。通常は徒歩での移動になる。それに加えて、最近活動を活発化させている武装集団への警戒も考えると、行って帰ってくるのに4日程度かかるはずだった。

(連絡だけなら、ギルドチャットの応用ですぐなんだけどな。ほんと、不便になったものだ)

 ちなみに、ギルドチャットすらなかったらさらに不便になってしまうのだが、正直、それは考えたくない。ただ、どこの組織も今のようには動けず、メトロポリスがさらに混沌としていた可能性は高いだろうと、風間は考えていた。

 それはさておき。

 往復で四日となると、それなりの準備が必要になってくる。幸いなことに、気温はだいぶ上がってきていて、夜でもそんなに寒くはなかった。おかげで防寒具の類いはほとんど要らないのだが、それでも少しは必要だし、食料の準備も欠かせない。

 そんな準備の負担もだが、ここを丸四日も空けるのも、全く不安がないわけではなかった。一応、信頼できる人間で周りを固めてはあるのだが、風間の不在を知って余計なちょっかいをかけてきそうな人間は、ガバメントの中にいくらでもいた。

 正直、蒼い月のメンバーと覚しき冒険者の話がなければ、わざわざワッツハイム街区まで行きたくはなかったというのが、風間の本音である。

 それでも、蒼い月のメンバーに貸しを作るためなら、風間には行かないという選択肢はなかった。

 現実世界ほどの技術力を維持することが不可能なこの世界で、なすべき事をなすためには力ある冒険者達の力を借りられることが何よりも重要だというのが、風間と風間の部下達の結論だったからである。

 そして、風間の知る限り、蒼い月は間違いなく力ある冒険者だと言えた。少なくとも、魔術が使える分、チャレンジャーズ――風間に協力してくれている冒険者クランよりも戦闘能力は高い。

(……そうなると、残りのメンバー次第だが、あの話をするべきかも知れないな)

 今のところ、どれだけの人間がそれに気づいているか分からないが、少なくとも風間達はある事実に気づいていた。それを公表する影響が読めないため、知っている人間全てに口外を厳禁しているものの、その秘密を伝えることは風間が蒼い月をどれだけ重要視しているか伝えるのに役立つだろう。――少なくとも、チャレンジャーズはそのことを教えて以降、それまでより風間に協力的になった。

 唯一懸念があるとすれば、この世界に対して自暴自棄になる可能性が否定できないことだが、風間の経験上、仲間と一緒の人間ならマイナス方向に落ち込む心配はほとんど必要ないはずだった。

 そこまで考えたところで、風間はし忘れていることがあることに気がつき、グランス達を呼んだ。

 そして数分後。

 今日も特にしなくてはいけないことがなかったグランス達は、兵士達と軽い訓練をしていたらしいが――グランス達のあまりの手持ち無沙汰っぷりに、軽い訓練を風間自身が依頼した――、風間からの呼び出しに思うところがあったらしく、急いでやってきていた。

「日取りが決まったのじゃな?」

 部屋に入ってきて開口一番にそう言ったディアナに、風間は思わず苦笑した。

「その通りなんだが……相当待ち遠しいんだね」

「それはそうじゃろう。それで、いつなんじゃ?」

 ここでちょっとでも照れが入れば可愛らしいところがあると言えるのだろうが、そこはディアナである。平然と風間に聞き返した。

「五日後の予定だ。ただ、移動時間があるから、出発はその前日になる」

 その風間の言葉に、グランスとディアナは少し残念そうな顔をした。これがリリーだったら見ている方が気の毒になりそうなほど、落ち込んだかも知れない。

「とりあえず、他のメンバーに伝えるのは君たちの判断に任せる」

 風間はそう言うと、会談での注意をついでにしておくことにした。直前にしてもいいが、相手が相手だけに忘れられても困る。

「ちなみに、会談の時だが、相手の言動を素直に鵜呑みにしないで欲しい。相当なやり手だからね。気がついたらその気にさせられていたなんてことも十分ありうる」

「そんなこともある、のか?」

 グランスは風間の言葉をすんなり信じられなかったようだが、ディアナはうんうんと頷いていた。

「たまにおるのう。そういう会話が出来る者が。その、ベルザという者もそうなのか?」

「直接会ったことはないから知らないが、注意しておくに越したことはないだろう? ああ、勿論下手に言質を取られないようにも注意して欲しいんだが」

 その風間の台詞に、グランスとディアナは少し不安になった。

 ディアナはいい。問題は、一緒に行く予定のリリーだった。

「……リリーには口を開かないように、しっかり注意しておかないとまずそうだな」

 グランスの言葉にディアナが頷いた。

「そうだな。是非とも頼む。……あと、挑発の類いはしてこないと思うが、そうなった時のフォローも考えておいて欲しい」

 それにディアナが頷くと、風間はやっと一息吐いた。

 そして、ベルザについてちょっと思い出したことを、雑談代わりに口にした。

「ベルザと言えば、結構男癖が悪いので有名なんだが、知ってるかな?」

「男癖って……」

 そう言いかけたグランスとディアナの笑顔が、ぴしりと固まった。

「……まさか、あいつら……大丈夫だよな?」

「クライストは問題なかろう。レックも……まあ、最悪問題なかろうが……」

「マージンだとちょっとまずいか?」

「ちょっとどころではないわ。……その場合、ミネアかアカリにもいて欲しいのじゃが」

 いきなりひそひそと話し始めたグランス達の様子に、風間は今のが失言だったのかと首を傾げ、それからすぐに納得した。

(離れてる仲間が男で、そいつを好きなメンバーがいるんだな)

 そうなったらそうなったでご愁傷様、と言いたいところだが、それが原因で蒼い月が使い物にならなくなるのも困ると考え直し、

(……その時は、なんとかフォローしてみるか)

 まだ内緒話を続けるグランスとディアナを見ながら、フォローの方法を考えるのだった。

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