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ジ・アナザー  作者: sularis
第二章 雨の森と治癒魔法の祭壇
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第二章 第六話 ~第四回大陸会議~

 キングダム大陸南西部最大の街、ラスベガス。

 無論、アメリカ西海岸のカジノで有名なラスベガスとは無関係である。単に、このプレイヤータウンを作った公認ギルドがそう命名したというだけである。もっとも、その後カジノっぽい建物が次々と建てられたりはしたが。


 現在、このラスベガスに大陸会議の本拠地は置かれていた。

 そして、その大陸会議の所有する建物の会議室に、大陸会議のメンバー15人が集まっていた。

 名前通りに会議を開くためである。

 有力クランおよび大陸会議によって設置されたギルドのマスター達15人が大陸会議メンバーとして、会議室の中央に置かれた円形のテーブルを囲むようにして座っていた。



「さて、会議を始めたいと思います」

 全員が席に着いているのを確認し、個人端末で時間を確認したフォレスト・ツリーのマスターにして大陸会議議長のエルトラータが会議の始まりを宣言した。金色の目にかかりかけた黒髪をさっと右手で撫でつける。

「あの『魔王降臨』から早3ヶ月が経とうとしています。そして、この大陸会議が結成されてからも既に二ヶ月。しかし、未だキングダム大陸の治安すら確保できたとは言い難い状況です。従って、本日もまた、現状報告および今後の行動計画について話し合いたいと思います」

 と無難な挨拶をこなすと、右に座っていたメンバーに目をやった。

「では、報告します」

 と、エルトラータから話を継いだのは、商業系クラン最大手のふたこぶらくだのマスター、ピーコだった。肩まで届いているウェーブがかかった焦げ茶色の髪と黒い瞳が、どことなく落ち着いた感じを相手に与える女性である。ほとんどの町にクランメンバーがいるため、大陸会議では情報の収集と整理を担当していた。

「まず、キングダム大陸全体のプレイヤー数がやっと絞れてきました。25万~35万ほどです」

「思っていた以上に多いな……」

 誰かのそんな声に、

「そうですね。我々大陸会議に所属しているクランの総人数は5万程度ですから、その数倍のプレイヤーがキングダム大陸にいるということになります」

「他の大陸はどうなんだ?」

 これはパンカス。戦闘系クラン、アヴァロンのマスターである。

「メトロポリスに関しては、目下治安の悪さもあって情報が少なく、ほとんど分かっていません。ただ、やはり数十万程度のプレイヤーがいるものと推測されます。カントリーに至っては、全く連絡が出来ないため、どうなっているのか全く分かりません」

 淡々と答えるピーコ。

 その答えに、参加者達の間からうなり声が聞こえた。無論、ピーコは気にしない。気にしていたら報告がまともに進まない。

「次に、治安状況ですが、私達大陸会議が管理できている町では、治安の不安はなくなりました。ただし、私達の手が届いているのは主に大陸南西部に限られています。大陸北部や中央部に点在するプレイヤータウンの治安は着実に悪化しているとのことです」

「具体的にはどの程度悪化しているんだ?」

 これはレイン。銀竜騎団のマスターで、ピーコと同じく大陸会議の副議長を務めている。一見、金髪青眼の優男で戦闘能力は低そうだが、万に届こうかというメンバーをしっかりまとめ上げている強者である。

「逃げてきたプレイヤーの証言では、PKや女性プレイヤーに対するレイプが多発しているそうです。また、かなりの町で、悪党クランが町を牛耳っているようです」

 再び議場を満たすうなり声。

 PKと言えば少しは軽く聞こえるが……今のジ・アナザーではリアルの殺人に等しい重みを持つ。加えてレイプとなると、治安もクソもなくなっているのがよく分かる。

 しかし、ピーコは自身が女性であるにも関わらず、冷静に報告を続ける。

「この問題は正直、今すぐどうにか出来るものではありません。理由については後ほど、レインから説明があると思いますので、私はその他の報告を先に済ませます。

 次は魔物の襲撃ですが、私達が把握している限りでは、週に3回程度のペースというのは変わりません。また、どこの町が襲撃されるのかも、相変わらず予想できません。町の規模が関係あるという話もありましたが、実際には無関係のようです。

 被害の方ですが、ゼロにはなりそうにありません。最近は犠牲がだいぶ減りましたが、その町のプレイヤー数に合わせた規模の襲撃が行われているのか、大抵数名が犠牲になります」

 ピーコの説明に、皆の顔が暗くなる。

 犠牲を出さないように努力しているのに、必ず少数の犠牲が避けられないのでは、暗くもなるというものだ。

「これに関しては、襲撃にあった町の規模、迎え撃った戦力、その時町にあった戦力、襲撃してきた魔物の集団の規模を調べ、関連の有無を調べているところです。次の会議までには結果が出ると思いますので、その報告を待ってから、対応を検討した方がいいと思いますが……」

 そこでピーコは視線をエルトラータにやって、

「ああ、それでいいと思います。レインが後で説明する問題もありますからね」

 その言葉で、その説明を聞いてからでも意見するのは遅くないと思った参加者達は、とりあえず話の続きを促した。

「次は食糧問題です。元々、ジ・アナザーでは畑などで食料の生産を行っていたのはご存じの通りです。しかし、その面積と畑を耕作するプレイヤーが足りません。幸か不幸か、『魔王降臨』の際に相当数のプレイヤーが切断されたため、それほど大きな不足にはなっていませんが、いずれ表面化する問題の1つです」

「最近野菜が減ってきているのはそれが原因か?」

 厳つい外見に反して菜食主義者のパンカス。

「ええ、そうですね。これも後から話し合う予定です」

「……他にも問題があったりしないだろうな?」

「少なくとも1つはありますね。でも、それは最後に。

 では次の報告ですが、冒険者ギルドに登録したプレイヤーの人数が8万人を越えました。軍の志願者の方は確か……」

 そこでピーコが視線をやると、

「4万を既に越えている」

 とレイン。

「ただ、冒険者ギルドに登録しても、実際には冒険者としてほとんど活動していないプレイヤーも大勢いるようですので、こちらの8万という数字はあまり当てになりません」

 そこで一度言葉を切ったピーコに、

「大陸会議所属が5万で、冒険者と軍で12万かい。残りの8万人はなにをしてるんだい?」

 そう訊いたのは、きれいな黒髪を結い上げたティーパーティーの女性マスター、ケイだった。着ている服も洋服ではなく、質素ながらも和風の着物とかなり凝っている。

「キングダム大陸に25万人いるとしてですが、残りは8万人ではなく、少なくとも10万人程度はいると思われます」

 淡々とケイの発言を修正するピーコ。その理由をケイが訊こうとする前に、

「大陸会議、冒険者ギルド、軍のそれぞれに重複登録しているプレイヤーも相当数いますから。確認は取れていませんが、それでものべ2万人以上の重複はあると見積もっています」

「ああ、なるほどねぇ」

「ちなみに、いずれにも所属していないプレイヤーの動向を把握する必要もあると、私個人は考えていますので、後で議題に上げさせて頂ければと」

「それは構わないよ。……話の腰を折って悪かったね。続けとくれ」

「いえ。私からの報告は以上です。次は軍からお願いします」

 ピーコに話を振られ、大陸会議直轄の軍を担当しているレインが口を開いた。

「さっき言ったとおり、軍の規模は4万を超えた。ただ、うちのクランを核にした指揮系統を組み上げて何とか動かしてるが、限界が近いな。ちゃんとした体制に作り直しておきたい。

 あと、最近軍がやってることとしては、小規模な戦闘訓練を行っていることと、治安の悪化したプレイヤータウンへの侵攻、主要な街道の巡回くらいだ。

 ただ、軍の規模の拡大のせいで、そっちもちょっと滞りがちだ。おかげで軍が常駐している町でも、魔物の襲撃に万全に備えることが出来ていない。議長やピーコがさっき言っていたのはこのことだ」

 軍の活動内容はスルーされたが、指揮命令系統が貧弱で軍が実力を発揮できないという部分は、事実上の議題提起であった。

「管理しきれないのか?」

「確かにうちのクランは巨大だが、絶対的な統制を敷いていたわけじゃない。むしろ数十人規模の仲良し集団が無数に集まっていただけの寄り合い所帯みたいなものだったからな。数万の人間をピシッと管理するノウハウも体制もないんだ」

 パンカスに訊かれ、素直に答えるレイン。

「あー、うちも似たようなものだしな。言われてみればそんなもんか」

 パンカスが納得して頷くと、

「では、本日の議題をまとめたいと思いますが、他の報告はありませんか?」

「特に危急のものはないな」

「ないね」

「ありませんね」

 ピーコの確認に、そう答える会議のメンバー達の中で、

「冒険者ギルドからは1つある」

 冒険者ギルドの代表となったギンジロウが手を挙げた。

「なんでしょう?」

「つい先日、雨の森で治癒魔法の祭壇の位置が特定されたとの報告があった。祭壇に行ったからといって全員が使えるようになるとは限らないが、それでも次々と使えるようになったプレイヤーが出てきている」

 この報告には、会議参加者達から喜ぶ声が上がった。

「これで、防衛戦であれ何であれ、死人が出にくくなりますね」

「そうですね。大変喜ばしいことです」

 エルトラータとピーコも素直に喜ぶ。

「何しろ、祭壇の大まかな場所は分かっても、細かい場所が分からないケースが大半ですからね。マッピングはちゃんとしておいて欲しいものです」

 ついでに毒を吐くピーコ。

「いや、マッピングしていたプレイヤーが残ってなかっただけなんだが……」

 というギンジロウの台詞をあっさり無視し、ピーコは言葉を続ける。

「軍の方も、治癒魔法の祭壇に順次メンバーを派遣し、治癒魔法を覚えさせた方がいいでしょう。最低限の町の確保は出来ていますし、今後のことを考えるなら必須でしょう」

「ああ。今のところ死人は出てないが、今後もそうとは限らないからな。手の空いた連中から少しずつ派遣するとしよう。命令系統の組み直しが終わってからな」

 そんなレインを一瞥し、ピーコは、

「他にはありませんね?では、議長」

 そう背中を押され、エルトラータが口を開く。

「そうですね、レイン、そちらはお任せします。では、本日の議題ですが、食糧生産、軍の体制、統治外の町の治安は今は手が出せないとのことなので、情報収集体制です。加えて、キングダムの支配権の奪取も入れたいと思います」

「キングダムの支配権?」

 誰かの言葉に、「ええ」とピーコは頷くと、

「私からの今日最後の報告になりますが、治安の悪化はキングダムでも見られます。あそこは誰にとっても重要な拠点ですので、治安が悪化するのは好ましくありません」

「聞いてはいたが……そんなに酷いのか?」

 呆然とした様子のパンカスに、

「悪いな。一応、一部地域をうちのクランで制圧してあるんだが、はっきり言って無法地帯だったらしい」

 レインがそう答える。

「ハラスメント防止機能は停止中、運営も姿を消し、悪さをしても取り締まられることはない。悪党共に大人しくしていろと言う方が無理だろう」

「それでも初心者プレイヤーは迂闊にキングダムから離れることが出来ない、というのも状況を悪化させていますね。PKも頻繁に起きているようですし、放置は出来ません」

 ピーコの言ったPKという言葉に、会議参加者達の表情は再び暗くなった。しかも、ピーコの発言からは被害に遭っているのは実力の足りない初心者プレイヤーばかりのようにも聞こえた。

「では、議題の優先順位を提案したいのだけど、いいでしょうか?」

 重くなった空気を押し流すかのように、エルトラータがそう発言し、やっと全員がほうっと息をついた。

「治安の問題は重要ですが、我々の体制がしっかりしていなければ、迂闊に手を出して手ひどいしっぺ返しを喰らいかねません。そこで、食料と軍の問題を最優先とし、その次にキングダムを含む治安問題。情報収集に関しては、ここにいる方々がマスターを務めているクランやギルドを利用する従来の形のまま、しばらくは我慢したいと思うのですが、どうでしょうか?」

 情報収集を後回しにされたことに、ピーコの眉が一瞬つり上がるが、隣に座っているエルトラータに見えるはずもなく。

「確かに、足下が崩れては、人様を助けることは出来ませんね」

「そうだな」

「優先順位としては妥当だね」

 皆の賛意を得て、食料と軍をどうにかすることから話し合いは始まった。



「結局、農地と農業人口が足りないってことだよな?」

「募集かけるしかないんじゃないか?」

「専業農家ってか?なり手いるのか?」

「命の危険性が低ければいるんじゃないか?」

「でも、開墾はどうするよ?」

「開墾に手間取ると、収穫も遅れるものねぇ?」

「いっその事、クエストで出してしまえ」

「ってか、軍の方で肉体鍛錬と称して開墾させろ!」

「「屯田兵かよ!?」」


 すったもんだの末、野菜に関しては、結局畑を増やすしかないということで落ち着いた。畑の開墾に関してはクエストという形で冒険者に依頼し、できあがった農地で働くプレイヤーを募集する形となった。屯田兵はレイン達戦闘系クランのマスター達がこぞって反対したため、採用されなかった。

 肉の類はその辺で凶獣でも普通の獣でも狩ってくれば済む話なのだが、狩りすぎて獲物がいなくなりました……ということが『魔王降臨』以前には時々あったので、肉の買い取り価格を操作することで、狩りすぎを防ぐことになった。これは、冒険者にしろ狩人にしろ、自分で消費者に売ることが出来ず、小売業者を介さざるを得ないために出来た方策である。



「で、レインとしてはどういうのがお望みなんだ?」

「お望みというか、その辺が分からないから議題に上げて貰ったんだが……」

 パンカスに問われ、困ったように答えるレイン。

 今の議題は、軍の新体制について、である。

「結局、今は銀竜騎団の連絡網を使って、動いてるだけって事よねぇ?」

 脳筋二人に任せていると話が進みそうにないと、ケイが口を挟んでくる。

「ん?ああそうだな」

「で、小隊規模には分けてあるけれど、連絡は全部トップから直接行ってると」

「うちはそんな感じだったからな」

「で、銀竜騎団のマスターとか上の方に全部負担が行っちゃってると」

「うむ」

「バカ」

「なんだと!?」

 ケイに一言で切り捨てられ、思わず立ち上がったレインを、「まあまあ」と宥めながらエルトラータはケイに質問した。

「どういうことですか?」

「話は簡単よ。今まで銀竜騎団は頭が直接手足を管理してたわけ。クランとしてなら手足をきっちり管理する必要はなかったから、そんなんでも頭に負担がかかることはなかったわけね。でも、軍になっちゃったら、手足を全部きっちり管理しないといけないのよ。それも4万人という手足をね。それを銀竜騎団の幹部だけで全部管理できるわけないじゃない」

「ああ、なるほど」

「確かにこれは、軍が本格的に動き出す前にどうにかしないと行けないわ。治安維持の面でも、魔王討伐の面でもね。じゃないと、レインを始めとした幹部連中が知恵熱か胃潰瘍で全員潰れるわよ」

「う……」

 何か心当たりがあるのか、腹に手を当てるレイン。それを見て、

「……手遅れだったみたいですね」

 ピーコがぼそりと呟く。

「ま、今ならまだ犠牲は胃袋一個で済むわ。

 とりあえず、小隊を直接首脳部が管理するのは止めた方がいいわね。軍を幾つかに分割して、それぞれにちっちゃい頭をつけてやる。レイン達はそのちっちゃい頭だけ管理するようにすれば、いいと思うのだけど?」

「師団、大隊、中隊、小隊に階層化するわけですね」

 これはピーコ。

「まあ、そんな感じ?人数は分かんないけど、10人で小隊、それを10個集めて中隊。中隊を10個集めて大隊。大隊を10個集めて師団って感じでいいんじゃない?」

「師団1つで1万人だと、少し扱いづらい気がしますが……」

「なら、大隊5つで師団でもいいんじゃない?大隊の規模ももっと小さくてもいいかもしれないわね」

 他の参加者が口を挟む間もなく、てきぱきと話を進めてしまうケイとピーコ。当のレインや戦闘系クランのマスターであるパンカスでさえも口を挟む隙がない。

 そして、エルトラータはそれをにこやかに眺めるだけ。


 ちなみにこれは大陸会議ではよくある光景であった。こうなると他の参加者は時折意見を出すものの、大筋はケイとピーコが決めてしまう。リアルでベンチャーの社長をやっていたケイと、コンサルタント会社に勤めていたピーコの二人が本気になれば、大抵のことは他の参加者達が口を出すまでもなくさくさく決まってしまうのであった。

 大陸会議が、身内ではケイとピーコの追認機関などと言われる所以でもある。


「で、銀竜騎団はどうすんの?」

「え?」

 既に話しについて行くことを放棄しかけていたレインは、ケイからいきなり話を振られ、軽く混乱してしまった。

「だから、銀竜騎団を軍の中枢に置くのか、それともいっその事、別のクランを立ち上げて、そっちを軍の中枢として再編するのか、よ」

「でも、指揮系統にギルドチャット(こっちの呼称は変わらなかった)を利用するなら、指揮官クラスは全員別のクランに移って貰わないといけなくなりますね」

 レインが答える前に、別の問題点を提示するピーコ。

「そこまではしなくていいと思うけど、要所要所に連絡員として同じクラン所属のプレイヤーを配置しないといけないのは確かね」

「確かにそれでもいけますね。むしろ、その方が敷居は低くなりますか」

「ということだけど、問題ある?」

「いや、話しについて行けなかった……」

 ケイに確認され、レインはぐったりしながらそう答えるしかなかった。


 結局、軍の体制はケイとピーコが提示した案がそのまま採用された。10人で小隊、10小隊で中隊、10中隊で大隊、5大隊で師団となる。中隊以上の隊の司令部には隊長、副隊長に、銀竜騎団から出向する形の連絡係を加えた3人が必ず配属され、大隊以上の司令部には二人目の副隊長と必要に応じて参謀がつけられることになった。これにより、大陸会議直轄軍には8つの師団が結成されることになる。

 階級制については、一部の軍隊マニアがリアルそのままの階級の採用を強く推したが、採用は見送られた。ただし、全軍を統括する立場にあたるレインにだけは、「元帥」の称号がからかい半分で贈られた。



「次はキングダムの扱いですが……レインさん、大丈夫ですか?」

「残念ながら、HPは既に残っちゃいない……」

 軍の体制についての話が終わって、エルトラータに声をかけられたレインは、テーブルに突っ伏したまま、そう答えた。

「軍を統括する立場の人間としては、情けありませんね」

「いや、お前が言うな」

 レインを沈めた本人であるピーコの発言に、パンカスが突っ込む。

「まあまあ、皆さん、その位にしてください」

 エルトラータが仲裁に入り、ピーコがパンカスに送っていた冷凍光線のような視線を引っ込める。

「それでは改めて……キングダムですが、軍の方はしばらく動けないものと見ていいですか?」

「ああ。キングダムの状況は戦い慣れてない軍の下っ端にはつらい。ゲリラ戦みたいになりそうだしな。指揮系統が今のままじゃ、無駄な被害が出るだろうな」

「銀竜騎団の方は?」

「俺とか幹部連中が軍の世話にかかりっきりになると、さすがにつらいな。確保した地区の警備もあるしな」

「なるほど……やはり、何もかも力尽くでというのがネックですか」「そうなるな」

 レインの返答を受けて、考え込むエルトラータ。

「他の町なら、悪さした連中を立ち入り禁止にしてしまえば済む話なんだけどねぇ?」


 ケイの言ったように、大陸会議が治安を回復したプレイヤータウンでは、犯罪を犯したプレイヤーへの罰として、公認ギルドによる町の施設への出入り禁止が行われる。これによって、治安維持が容易に行われていると言ってもいい。ちなみに、「町の施設には道路も含まれる」ため、事実上、町への出入りを禁止することも可能である。


「キングダムだけは運営の直轄ですからね。運営が機能しなくなってしまえば、後は武力による実力行使しかありません」

「それでも、無闇にプレイヤーを殺してしまうのは避けたいところです」

 ピーコが暗に仄めかした悪党共をPKしてしまえという過激意見を、エルトラータは首を振りながら却下した。

「では、いっその事牢獄でも作って放り込みますか」

 過激意見再び。

「結局、それが一番無難ですかねぇ。もっとも、脱走犯が後を絶たない気がしますが……」


 ある程度鍛えられたアバターなら、素手で建築物を破壊することも不可能ではない。牢獄を作りづらい理由である。


 エルトラータ達が悩んでいると、

「ちょっと、いいかな?」

 と一人の参加者が手を挙げた。グラニッド。公認ギルドである町作り協議会の生き残り(?)である。

「……どうぞ?」

 何故かピーコに発言を許可され、「どうも」と頭を下げつつ、グラニッドは、

「脱走不能の牢獄は作れるよ」

 この発言には、他の参加者達が一斉に驚いた。

「どうやって!?」

「プレイヤータウンなら、施設ごとに立ち入り禁止を設定できるよね。つまり……」

「立ち入り禁止にした施設で周囲を囲ってしまえばいい、ということですか」

 途中でグラニッドの考えを理解したピーコが、グラニッドの言葉を遮って言ってしまう。

 苦笑いしながら、それでもあまり気にした様子のないグラニッドはある意味大物かも知れないなと、見ていたパンカスは少し思った。

(っていうか、ピーコのドSっぷりが半端ない気もするけどな!)

 無論、いじめられる趣味はないので、パンカスは声には出さない。

 その周囲では、

「なるほど、それならいけるな」

「いや、考えつかなかったな」

 感心した参加者達が、ざわめいていた。

「プレイヤーを殺すことなく、キングダムから隔離する……それならできそうですね」

 エルトラータも満足そうに頷いている。

「牢獄案、私としては採用したいと思います。いいでしょうか?」


 無論、反対などあるはずもなく、設置場所などは軍や各町の管理担当と話し合って詰めるということで、キングダム近辺の町を1つ選んで、牢獄が作られることが決定した。

 それと共に、軍と牢獄の準備ができ次第、キングダムの制圧に動くことも決定された。

 一方で、他の治安の悪化している町に関しては、管理役になる公認ギルド所属プレイヤーと軍の準備が出来ていれば、エルトラータ、ピーコ、レインの3人の判断で制圧することになった。重要な町は既に管理下に置いているため、特に事態が悪化しない限り、大陸会議で扱っても特に決められることがなかったためである。

 ちなみに、魔物の襲撃への対策は、有効な対策自体が取れるかどうか不明であるため、もう少し情報が集まるまで様子見ということになってしまった。



 そして、会議終了後。

 人気が無くなった会議室に、エルトラータ、レイン、ピーコの3人だけが残っていた。


「あーあ、いつまで経っても厄介ごとが尽きませんねぇ」

「仕方ないだろう。法律もクソもない世界に放り出されたんだ」

「私達はそれを見て見ぬ振りを出来ないお人好しばかりですしねぇ」

「お人好しだからこそ、公認ギルドとして認められたんだろう?」

「まあ、そうとも言えます」

 それを否定することは、ここにいる3人には出来なかった。大陸会議の参加者の中には、自らの利益のために参加した者もいるが、自分たちはお人好しだという自覚が、3人にはあった。

 しばしの沈黙。

「しかし、いつになったらここから出られるんだろうな?」

「魔王を倒してみるしかありませんねぇ。それも、私達が全滅する前に、です」


 死んだプレイヤーは生き返ることはない。PKであれエネミーとの戦闘であれ、着実にプレイヤーが死んでいっているならば、いつかは全滅してしまう可能性は高かった。


「そのためにも、私達は強くならなくてはなりません」

「そうだな」

 しんみりと話し続けるエルトラータとレイン。

 その二人の会話を聞いていたピーコは、ふと違和感を覚えた。

(……?)

 リアルでは毎月あるそれは、しかしVRMMOであるジ・アナザーではあり得ないはずの現象だった。

(でも、トイレのこともありますし……)

 全否定は出来ず、もしかしたらとも思う。

「そろそろ私は失礼します」

 もうしばらく会議室に残るつもりらしい二人に挨拶をして、会議室を出たピーコは近くの女性用トイレへと向かった。

 そしてそこで、月のものが来てしまった証拠を見たのだった。

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