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ジ・アナザー  作者: sularis
第十六章 昏きメトロポリス
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第十六章 第一話 ~混乱の足音~

 ジ・アナザー最大の都市、メトロポリス。

 仮想世界に作られたその都市は、別名百億都市とも呼ばれた、現実世界、仮想世界の双方に存在する全ての年の中で間違いなく最大の規模を誇る都市だった。

 東西南北それぞれに100kmに渡って広がる超高層建築の群れとそれが実現していた人口密度は、現実世界では実現が困難な域に達しており、その広さと相まって、文字通り、百億の人間が活動する都市だった。

 ――『魔王降臨』までは。

 イデア社が引き起こしたその事件以降、メトロポリスの様相は大きく変わった。

 まず、メトロポリスにいた人間の大半が強制ログアウトさせられた。残ることを許された――あるいは閉じ込められた――人数は百万に満たなかったと言われている。確定情報でないのは、メトロポリスが広すぎることと、それでも残った人数があまりにも多く、『魔王降臨』後の混乱の中で、正しく人数を把握できた者が一人としていなかったことによる。

 次に、そして一番影響が大きかったのが、全てのエネルギー系の喪失である。電池のように独立してエネルギーを蓄積できる装置は無事だったが、これにより、都市からエネルギーの供給を受けて稼働していた全ての機械が停止した。

 メトロポリス内での人間の活動のほぼ全てに何かしらの機械が関わっていたため、この影響は極めて大きかった。交通機関の停止は勿論、超高層建築を上り下りするためのエレベーターまでもが停止したために、千m級の高さを誇る超高層建築はその大半の階層が実用に耐えなくなった。このため、取り残された人々は元々利用していた上層部を離れ、地面に近い低階層へと移動せざるを得なかった。

 また、エネルギーの喪失は光源の停止にも繋がった。そのため、煌々と輝いていたメトロポリスの夜は月明かりすらあてに出来ない深い闇へと閉ざされた。

 さらに、治安の悪化も生じた。元々、メトロポリスでは双方の合意がなければあらゆるネガティブな行動がシステムにより禁止されていた。そうでなくとも、現実世界での評判を考えれば仮想現実といえども迂闊なことは出来なかった。

 それが現実世界から切り離され、殺人すら含むネガティブな行為が同意なしでも可能となった。そこに、都市によってサポートされていた食糧供給を含む生活基盤の喪失が起きたことにより、治安は乱れに乱れた。

 それでも、ガバメントやカンパニーユニオンに代表される組織が発足し、彼らによってそれなりの治安が維持されるようになったことで、一部と言えども、メトロポリスにもそれなりの秩序が戻ってきていた。

 いや、そんなことは関係ない。

 メトロポリスには善悪ごった混ぜで無数の人間は確かにいたが、断じてエネミーはいなかった。

「なんだ! なんなんだ、あれは!」

 メトロポリスの大半を占める無人区域。その1つを走る通りを一人の男が必死の形相で走っていた。

 しっかりと着込んだ防弾チョッキに相応しく、その腰にはガンホルスターが巻き付けられていたが、そこにも、男の手にも銃はなかった。

 男は走りながら何度も後ろを振り返る。そして、その都度「くそったれ!」と叫んでいた。

 もう、10分以上も走り続けているのに、追いかけてくるソレを振り切れないのだ。

 いや、正確には一度は引き離した。そのはずだった。


 男がソレと遭遇したのは、数人の仲間達と共に無人街区の定期巡回を行っていた時だった。

「もうそろそろ暗くなるな。早めにどっかの建物に入っとくか」

 仲間の一人の言葉に、他の仲間達も次々と頷いた。

 ちなみに、どっかの建物と言っても特にこれがいいという建物は基本的にない。超高層建築はどれもこれも似たような物だからだ。住居以外の用途の超高層建築ならいざ知らず、男達が今巡回している辺りは住居向けの物ばかりだった。

 そんなわけで、適当な建物に入り込んだ男達は、まず建物の中の安全確認から始めた。滅多にないことだが、敵対勢力の人間が潜んでいれば、ゆっくり休むことなど出来ない。

 そんなことを男が考えていたからだろうか。

「ちっ! そのまま手ぇ上げろ!」

 どうやら、この建物には先客がいたらしい。別の部屋を調べていた仲間の怒鳴り声が聞こえてきた。

 男は調べていた部屋をざっと見回し、ここには誰も隠れていないと判断すると、怒鳴り声を上げた仲間の元へと向かった。

 おそらく男が着くまでに事は終わるだろうが、まあ、退屈しのぎにはなるだろう。

 他の仲間達も同じようなことを考えたのか、目的地の部屋の前で見事に合流することになった。

 が、一番面白いところは見れないだろう。

「だから、手ぇ上げろって言っただろうがっ!」

 そんな怒鳴り声と共に、銃声が一発、二発、三発。

「ちっ、あの馬鹿! 無駄弾撃ちやがって」

 二発も撃てば十分相手の動きは止められる。そのはずなのに三発も撃った仲間に、誰かがそう舌打ちをした。

 尤も、大半の仲間にはそんなことはどうでも良かった。

「入るぞ!」

 仲間の一人が、間違って撃たれないように声をかけてから、扉を開けた。

 案の定、硝煙と血の臭いが男達を出迎え、

「なっ、なんだこれはっ!?」

 真っ先に部屋に入った誰かがそう叫び、その直後、何かが潰れる音と倒れる音が相次いだ。

 そして上がる悲鳴。

「にっ逃げろ!」

 部屋に入っていた誰かが叫ぶと、男よりも先に入っていた仲間達が血相を変えて部屋の外へと飛び出してきた。その勢いに廊下まで押し出された男が不満を漏らすと、

「それどころじゃない! 全員、構えろ! 出てきたところを叩く!」

 グループのリーダーがそう命じ、男も訳が分からないままその部屋の入り口に向かって銃を構えた。

 誰かがつばを飲む音が妙に大きく聞こえた。

 そして、

「撃てっ!」

 部屋の入り口に人影が現れた瞬間、リーダーの命令で全員が一斉に引き金を引いた。

 だが、銃声はすぐには止まなかった。部屋の中の様子を見たらしい仲間達はありったけの弾を人影めがけて撃ち込んだのだ。

 その妙な怯え具合に、男は同じように部屋の中を見ることが出来なかった仲間と視線を交わし、首をかしげた。

 だが、その男の疑問は視線を部屋の入り口に戻した瞬間、消し飛んだ。

「馬鹿な……あれで立ち上がれるだと……?」

 誰かがそう言った。

 そして、それはその場にいた全員が思ったことだった。

 何十発もの銃弾を四方八方から喰らえば、例え防弾チョッキを着ていても無事では済まない。防弾チョッキが覆っていない場所に当たればそれまでだからだ。

 だが、その人影は、ソレは確かに立ち上がった。

 そうして再び響き渡る何発もの銃声。

 先ほどと同じように人影に何十発もの銃弾が殺到し、しかし今度はソレは倒れることすらしなかった。

 全ての銃弾を撃ち尽くした仲間達が立ち尽くす中、男は知らず知らずの間に出口へと後退しつつあった。

「生きが良い」

 背筋を凍らせるような声がそう言った。

 後退しつつあった男の足も、凍り付いたように動きを止めた。

 そして、暗い廊下の中に浮かび上がった2つの赤い光。

 それが、ソレの目だと理解する時間があった仲間は何人いただろうか。

 次の瞬間、リーダーの頭が爆ぜた。

 仲間の首が落ちた。

 ドンドンッという床に何かが落ちた音で、男が正気に返ったのは奇跡と言えた。

 幸いなことに、少しずつ後退していた男の位置にはソレの攻撃は届かなかったらしい。

 次々と仲間が崩れ落ちる中、ソレが反対側を向いたままリーダーの身体のところでかがみ込み、その装備を力任せに引きはがし、その胸を貫き、たった今鼓動を止めたばかりの心臓を引きずり出し……

 そこまで見たところで、男は手に持っていた空っぽの銃を投げ捨て、まっしぐらに逃げ出した。

 その時、確かにソレはおぞましい食事に夢中になっていて、男を追いかけてきてはいなかったはずだった。


(それなのにどうしてこうなった!)

 ソレを追い払おうにも武器などない。いや、銃が全く利かなかった時点で、男には逃げるしかなかった。

 にもかかわらず、ソレは男を追いかけてきていた。それも延々と。

 そして、その距離が着実に縮まりつつあることを理解した瞬間。

 男の精神は崩壊した。




 その日、グランスとディアナは風間に呼び出されていた。

「ただ飯喰らいに何かさせる気かのう」

「ただ飯喰らい……いや、否定はしないがな」

 風間の部屋に向かう廊下でのディアナの発言に、グランスは苦笑するしかなかった。

 実際、キングダムの状況について、どうせそのうち伝わってくるだろう情報に限りつつ風間に説明した他は、特に何もしていない現状、ただ飯喰らいと言われても仕方ないと自覚していたからである。

 実のところ、風間達の研究のために魔術も何度か見せているものの、その調査、解析に手伝えることなど全くなかった。使い方を教えてくれとも言われたが、祭壇で使い方を覚えたグランス達には、どうやって教えればいいのか見当すら付かなかった。

 近接戦闘の訓練相手くらいならできるのだろうが、今のところ、ガバメントの兵士の訓練につきあって欲しいとは風間に頼まれておらず、もっぱら風間の部下に連れられ、メトロポリスのあちらこちらを見て回るくらいしかすることがないのだった。

 そんなことを話しながら風間の部屋に着いた二人は、そこで思いがけない情報を聞かされた。

「俺達の仲間が?」

「かも知れないと言うだけだな。タイミングを考えると、可能性は高いと睨んでいるんだが」

「外見は分かるかのう?」

 ディアナの問いかけに、風間は報告書にあった通りの説明をしたが、特徴とも言えない情報だけではグランスにもディアナにも判断は出来なかった。

「ただ、今までワッツハイムには冒険者はいなかった。ローエングリスから借り受けた可能性はあるが、そうでなかった場合、タイミングを考えればその可能性は十分高いだろう?」

「そうじゃな。……それで、その事を私達に話して、どうさせたいのじゃ?」

 ディアナの言葉に、風間は口元を微かに上げた。

「実のところ、優秀な冒険者というのはいくらいても足りないくらいだ。つまり、カンパニーユニオンの子飼いと言えど、手を借りられる可能性があるなら繋ぎをつけておきたい。そして、彼らが君たちの仲間だとしたら……後は言うまでもないだろう?」

「もしそうじゃったとして、じゃ。私達にどうして欲しいのかという答えにはなっておらぬのう」

「そうだな。君たちには話しておくと、近いうちにローエングリスのベルザと会おうと思っている。その時に一緒に付いてきて貰いたい」

「全員でかのう?」

 ディアナの確認に風間は首を振った。

「一人か二人で十分だ。出来れば君たち二人のどっちかには来て欲しいんだが」

 その風間の要望に、ディアナもグランスも即答は出来なかった。いや、一人にしろ二人にしろ、理想的なメンバーは簡単に思い浮かべることが出来る。ただ、話が話だけに、仲間と話し合っておく必要があると感じたのだった。

 その事を伝えられた風間は、軽く頷いた。

「返事は明日でいい。ただ、メンバーは明日の朝までには決めておいてくれ。カンパニーユニオンの連中はフットワークが軽いからな。明日の朝には出発なんてことにもなりかねない」

「そこまでなのか?」

「世界に名だたる大企業の幹部達だからな。必要だと判断したら即断即決即行動だ。正直、うちの連中にも見習わせたいよ」

 そう答えて溜息をついた風間に、グランスとディアナは思わず苦笑した。

 そんな二人が部屋から出て行った後、風間はこれからのことを改めて考えていた。

 ベルザとの連絡は、ガバメントに公然と潜り込んでいるカンパニーユニオンの者に頼めば問題はなかった。表向き、カンパニーユニオンとガバメントは仲が悪いとされているが、現実での関係を考えるならむしろこれくらいは当然と言えた。

 むしろ、考えるべきはグランス達蒼い月の扱いだった。

 ここしばらく、ノーラ達に命じてメトロポリスを連れ回させたり、日常生活をそれとなく監視していたが、人間性にも問題はないし、メトロポリスのどこかの組織の回し者という事もなさそうだった。

 だからこそ、先ほどの話もしたのだが、それはそれとして、そろそろ冒険者ならではの活躍をして貰いたいところだった。……何の貢献もしない者を養い続けることが出来るほど、今のメトロポリスは余裕があるわけではないのだ。

(一番の理想は、彼ら自身の目的を果たして貰うことだが……)

 そうすれば、この世界からログアウトして元の世界に戻ることが出来るかも知れなかった。

 ただ、それには問題があった。

 クリスタルタワーへの入り方について、ガバメントの中には知っている者がいそうになかったのだ。正面から堂々と訊いて回るわけにもいかないため、迂遠な方法で探して回ったのだが、手応えは全く感じられなかった。

 かといって、メトロポリスにはキングダムのような図書館もない。

 はっきり言って、早々に手詰まりだった。今回、ベルザと連絡を取ろうと考えたのは、カンパニーユニオンの中に知っている者がいるかもしれないと、淡い期待を抱いたのも一因なのだが……正直、あまり期待はしていなかった。

(……そっちの方面はしばらく期待できないか)

 現状を考えれば、蒼い月にそっち方面で動いて貰うのは当分無理そうだった。

 となると、他の面で何かしら役に立って欲しいところだった。

 ただ、その中で真っ先に思いつく魔術に関しては、全くのお手上げ状態だった。

 使い方を教えてくれと言っても、祭壇とやらで覚えたせいか、彼らの説明は全くもって意味不明だった。……本人達も混乱していたが。

 かといって、実際に使って貰っての調査、解析も早々に行き詰まった。彼らの言う魔力とやらが観測できるかと思ったのだが、何度やって貰っても全く観測できなかったのである。

(所詮はゲームの仮想現実……と言えたら良かったんだが……)

 とは言え出来なかったことは出来なかった。

「……いっそのこと、部隊の模擬戦の相手でもして貰うか?」

 元々、軍はエネミーのような存在と戦うことを想定していない。それでもこれまで戦ってきてはいるのだが、冒険者達の話を聞く限り、メトロポリス周辺に出現していたエネミーは相当に弱い部類に入るらしかった。

 ただ、今後とも軍が相手にするのが弱いエネミーだけとは限らなかった。勿論、現状を維持し続けるのであれば、話に訊くような強力なエネミーとの戦闘をこなさなくてはならなくなる可能性は低いだろう。だが、風間はそれでよしとするつもりはなかった。

(いや……むしろイデア社がそれを許さない、か?)

 今のところ、メトロポリスは話に聞くエネミーの襲撃イベントを経験したことはない。だが、そんなものはイデア社の心の気が変わってしまえばそれまでだと風間は理解していた。

 そこまで考えた風間は、悪くない案だと本気でそれを検討し始めた。

 実のところ、冒険者の身体能力を考えればメトロポリスの無人街区の調査も悪くないのだが、宗教系の武装勢力があちこちに出没している現状では、対人戦闘では素人であろう彼らを使うのは少々気が引けていた。故に、風間は半ば意図的に現時点ではその選択肢を外していた。

 だが、このとき風間が練り上げた蒼い月による部隊の訓練計画は結局実行に移されることはないのだった。



 一方、少し時間は戻る。

 風間の部屋を退出したグランスとディアナは、さっき風間から聞いた話をどう仲間に伝えるか、悩んでいた。

 実のところ、一人でもいいと言われている以上、グランスかディアナが一人で行くのが一番良いのは分かっていた。少なくとも、一人だけ風間に同行したところで、風間に罠にはめられることはないと思える程度には、この十日でグランス達は風間を信用していた。

 その根拠は、この十日間、何もなかったからというだけのものだが、風間をそこそこ信用するには十分だった。

 まあ、風間が会うという相手は信用できるか分からないが、グランスとディアナの二人が抜けてしまうと、後に残されるのがミネア、リリー、アカリ、エイジと妙に不安が残る面子だけになってしまうので、グランスとディアナが二人とも風間と一緒に行くという選択肢はなかった。

 では、グランス達は何を悩んでいるのかというと、

「……リリー、絶対行くって言うよな」

「じゃな。マージンと会える可能性が1%でもあるのなら、まずそう言うであろうな」

 ということだった。

 今のところ、マージンと連絡が取れなくなっていてもリリーは大人しくしているが、それはマージンがどこにいるか分からないからというだけだった。居場所が分かれば、間違いなく飛び出していくとグランスもディアナも確信していた。

「いっそのこと、後から教えるってのはどうだ?」

「出来れば避けたいのう。下手に隠し事をすれば、今後、無茶をせんようにと説得できなくなるかも知れんからのう」

 予想外の状況でマージンと離れてしまってもリリーが大人しくしている理由の一つが、グランス達年長者組――リリーも年齢だけ見ればもう成人していると言えるのだが――を信用していることだった。

 それが、マージンの行方に関わるかも知れないことで隠し事をされたと知ったらどうなるか。火を見るよりも明らかとまでは言わないが、ディアナの懸念は十分現実のものになる懸念があった。

 そこまで考えれば、結論は1つしかなかった。

「……リリーを制御できる自信がないんだが」

「となると、もうメンバーは決まったようなものじゃな」

 こうして覚悟を決めた二人が部屋に戻ると、待っていた仲間達が早速声をかけてきた。

「ねーねー、何の話だった?」

 真っ先にそう訊いてきたリリーの目には、ひょっとしたらという期待の色がありありと見て取れた。

 それにある程度だけだが答えられることに、グランスとディアナが内心ホッとしたのは、ここ数日、リリーが無理をしているのがなんとなく分かっていたからだろうか。

 それはさておき、リリーを落ち着かせたグランス達は、風間から聞いてきた話を仲間に伝えた。

 その話が終わるのを待たず、ぴょんとリリーが飛び上がった。

「あたし行く! 絶対行く!!」

 あまりにも予想通りなリリーの反応に、グランスとディアナは苦笑しかけたが、なんとか表情を引き締めた。

「とりあえず、全員が風間に同行するというのはない。風間も嫌がっていたし……」

 そこでグランスの視線は、ミネアとエイジ、それからアカリの上を彷徨った。

 その意味を正確に理解したアカリが苦笑しながら答えた。

「カンパニーユニオンの人と会いに行くより、ここにいた方が多分安全ですからね」

「そう、ですね。……私もエイジとここで留守番を……していたいです」

 予想通りの仲間達の答えに、グランスは軽く頷いた。

「そうなるとは思っていた。なら、その時風間に同行するのはディアナとリリーになる」

 そう話がまとまると、後はワッツハイムに現れた冒険者達がレック達なのかどうかという事に話題は移った。

「レック達だと思いますか?」

「確率としては……半々と言ったところかのう。風間は冒険者者と判断しておったが、そもそも冒険者でない可能性もあるからのう」

「それを言い出したら、俺達自身が直接確認しないと駄目だって事になるな」

「それは否定できぬのう。まあ、今まで聞いた話じゃと、冒険者の身体能力はメトロポリスの人間を大きく凌駕しておるようじゃしな。多分、冒険者という所までは間違いないじゃろう」

「身体能力と言えば……なんで身体強化なしでも……私達の運動能力……メトロポリスの人たちよりこんなに……高いんでしょうか?」

 ふとミネアが零した疑問に、グランス達は一斉に首をかしげた。

「でも、アカリはそんなに弱くないよね?」

「まあ、皆さんよりは弱いですけど……ここの人たちよりは強いですね」

 リリーの言葉に、アカリが頷いた。

 腕相撲でもすれば分かるのだが、アカリは蒼い月の誰よりも――エイジを除けば――弱かった。だが、それでもメトロポリスに元々いる人間相手であれば、例え相手が大男であってもまず負けることはないと断言できた。


 実のところその理由は難しいものでもなかったりする。

 メトロポリスという都市に最初からいる人間の身体は、元々がソーシャル・アバターなのだ。ソーシャル・アバターの身体能力は、持ち主の現実世界の身体能力と大差なく、また、少なくとも『魔王降臨』以前はいくら鍛えたところで筋肉が付くようなこともなかった。

 一方で、グランス達蒼い月は勿論、元々メトロポリス以外の村にいたアカリもまた、その身体は元々プライベート・アバターである。このプライベート・アバターは『魔王降臨』以前から鍛えれば鍛えただけ、身体能力が増強される仕様になっていた。

 この違いは、ソーシャル・アバターがあくまでも現実の延長だったのに対し、プライベート・アバターは仮想現実というゲーム体験のためだったものに由来する。

 ただ、『魔王降臨』以前は、プライベート・アバターでもメトロポリスには入れたが、メトロポリス内でのプライベート・アバターとソーシャル・アバターの直接的な戦闘――喧嘩を含む――は出来なかったため、このことはあまり知られてはいなかった。

 当然、グランス達もそのことは知らないわけで、結局、この時はメトロポリスの人間とグランス達の身体能力があまりにも違う理由は分からないままとなった。後日、マージンの前でその話をしたところ、マージンは一部とはいえ開発に関わっていたからか、さも当然のように前述の事を説明したのだが、それは余談であろう。


 それはさておき。

 脱線した話があっさり行き詰まると、グランス達の会話は再びワッツハイムに現れた冒険者達の事に戻った。

「活躍したって、具体的にどんななの?」

「ふむ。その前に、じゃ。おぬし達も、このメトロポリスの夜の暗さはもう知っておるな?」

 ディアナの言葉に、リリーとアカリが頷いた。

「明かりなしじゃ足下すら見えないなんて、あり得ないよ」

 その明かりすらメトロポリスでは貴重なため、夜になるとさっさと寝るか寝床の中で話でもするしかなかった。どうしてもとなれば、ディアナが火矢の魔術を明かり代わりに出してくれるが、如何せん、攻撃魔術をどこにも放たずに維持するのはかなり難しく、そのくせ失敗すると何かが燃えるため、本当に必要な時だけしか頼めなかった。

 一応、身体強化を使えば夜でも建物の外ならそこそこ見えるとは、身体強化が使える三人の台詞だが、身体強化が使えないリリーとアカリにとって、メトロポリスの夜は布団の中で過ごすものになりつつあった。

「でも、それがどうかしたの?」

「件の冒険者達が活躍した戦闘というのがじゃな、夜間戦闘だったらしいのじゃ」

 リリーがディアナの説明をすぐに理解できずに首を傾げた一方、アカリはディアナの言いたいことをきっちりと察した。

「それってつまり、その冒険者達は身体強化を使えるということ、ですよね?」

「うむ。まあ、暗視装置を使った可能性もないわけではないのじゃが、まず、そうじゃろうな」

 実のところ、身体強化そのものは祭壇に行きさえすれば、結構な割合の人間が使えるようになる魔術だった。それでも、二人に一人程度である。

「それじゃ、タイミングとか身体強化が使えるとか……これだけ条件が揃っているってことは、やっぱりレックさんたちなんでしょうか」

 嬉しそうに言ったアカリに、ディアナが首を振った。

「可能性は低くはないじゃろう。人数が三人であれば、さらに可能性が高かったのじゃが、その辺りは分からぬしな。……じゃが、期待しすぎるのは禁物じゃ。そうでなかった時にがっかりしたくないじゃろう?」

「そうだな。だが、全く期待するなと言うのも無理だろう?」

 グランスが言うと、ディアナが苦笑しつつ頷いた。

「そうじゃな。正直私も……少し期待しておる」

 ディアナのその言葉に、仲間達は思わず笑い声を上げたのだった。



 ちなみに、その晩、

「そう言えば……確認できた冒険者の人数、三人だって伝えるの忘れたな」

 寝る前にそう独りごちた風間が、まあいいかとそのまま寝た事を、グランス達が知ることはなかった。

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