第十五章 第十一話 ~夜間強襲1~
メトロポリスの夜は深い。
例え満月が出ていたとしても、その光は立ち並ぶ超高層建築に遮られ、ほとんど地上に届かない。そのため、メトロポリスの地上は夜ともなると明かりなしには行動するのも困難なほどだった。
それでも、夜間に行動する必要がある時の対策は2つあった。
1つは普通に明かりを手にすることである。今のメトロポリスで手に入る携帯型の明かりでは、夜の闇を見透かすことは出来ないが、それでも室内で夜遅くまで仕事をするには十分だった。
ただ、今、夜のメトロポリスを歩いている一団は、もう1つの手段を使っていた。
「あとどのくらいだ?」
明らかに日本語ではない言語で仲間にそう尋ねた男の頭部には、ゴーグルのような機械が付いていた。いわゆる暗視装置である。
「このペースならあと30分ほどで着くはずだ」
そう答えた男も当然、暗視装置を身に付けていた。いや、20人に満たないとは言え、共に歩いている全員が暗視装置を身につけていた。それだけでも、今のメトロポリスでは驚愕に値することだったが、勿論、こんな時間帯に暗視装置などという物を身につけて行動している者達がそれだけでのはずはなかった。
全員がその手には機関銃を手にしていた。のみならず、腰にはサバイバルナイフと幾つもの手榴弾とおぼしき物をぶら下げ、その身は防弾チョッキをがっちりと着込んでいた。
「これだけの装備を揃えたんだ。失敗は許されない」
「問題ない。連中は餌に食いついた。今夜一晩は確実に守りが薄くなっている」
そんなことを集団の真ん中にいた男達が話していると、先頭から不機嫌な声が飛んできた。
「黙れ。雑談は後にしろ」
リーダーからの命令に、雑談をしていた男達は即座に黙った。ちょっと機嫌を損ねるくらいなら問題ないが、あまりリーダーを怒らせない方がいいのはよく知っていた。リーダーを怒らせた愚か者の末路は、一度見れば十分だった。
それからは男達の集団は一言も発さず、時折現在地を確認するために足を止めるのみで、黙々と前進を続けた。
メトロポリスに住む大半の人々がその暗さ故に夜の間は寝ざるを得ないとは言え、夜遅くまで起きている人間は他にもいた。
「副社長。まだ起きてらしたのですか」
ノックして部屋に入ってきた男にそう声をかけられ、ベルザは
「いつものことじゃない」
そう返した。
実際、暗くなったからと言ってベルザがすぐに寝てしまうことなどまずない。いや、寝ることが出来ないと言うべきか。
カンパニーユニオンの幹部の一人であるベルザにとって、一日は短すぎることはないが、明るい時間帯だけではやるべき事を全て終えることが出来ないのも事実だった。故に、メトロポリスでは貴重な光源を惜しみなく使って、毎日のように夜遅くまで仕事を続けていた。
「……既にいつもよりかなり遅い時間ですが」
「思ったよりあっけなかったみたいだけど、昼間のあれの後片付けがあるもの。いつもより仕事の量も増えるわよ」
いつもなら午後9時には寝支度を整えてベッドに入るのだが、今日は既に10時を回っていた。
ちなみに、ベルザの部下も何人かは夜まで仕事をしていたりするが、ベルザほど遅くまでは仕事を続けることは稀である。これは部下がベルザより働かないというのではなく、単に光源の貴重性の問題だった。
「あれとは……ああ、掃討戦ですか。あっさり終わったと聞いていますが」
「それでも、使った物資の管理とか、新たに手に入れた情報の確認とかあるもの」
「大半はオイラー達がやってくれているはずですが?」
「それでも、責任者である以上、私が最後の確認をしないと駄目よ」
そんな会話をこなしつつも、書類を確認する手を休めないベルザに、男はため息をついた。
ベルザという上司は、誰よりも率先して出来ることをこなす人間だった。まあ、夜の方の癖は決して良いとは言い難く、男も何度もその被害に遭っているが、それでも口先だけの上司よりも遙かに信頼できる。
ただ、それにも限度というものがあった。現実世界でならいざ知らず、こちらの世界で変に健康を害してしまうと、その後のフォローが大変なのだ。
いっそのこと、死ねばこの世界から出られるのではないかと考えたこともあったが、そんな簡単な話なら、そもそも外部からのBPの強制停止によってとうの昔にこの世界に閉じ込められた全ての人間が救い出されているはずだった。
故に、ベルザにそろそろ休むように言おうと男が口を開いた時だった。
こっちの世界に来てから聞き慣れた音が、かすかに耳に届いた。
それが何を意味するかは男には分からなかったが、その全身を緊張が支配した。一方のベルザは、一瞬だけ何事かを考えた後、即座に男に指示を出した。
「直ちに全員を叩き起こしなさい。それと、警備の者達に即時に応戦できる体制を整えるように伝えなさい」
ベルザの指示に頷き、そのまま部屋を飛び出そうとした男の耳に、もう一度先ほどの音が聞こえてきた。
いわゆる、爆発音が。
ベルザ達が耳にした爆発音は、ベルザが管轄する区域の大半に響き渡っていた。ただ、それで即座に動き出した人数は、そこにいるはずの人口に比べてあまりに少なかった。
何しろ、時間が時間である。大抵の人間が寝静まっていたというのが大きい。加えて、メトロポリスの超高層建築は高い防音性能を誇っており、爆発音といえども室内にいればドライヤーの音よりも小さくなってしまい、寝入った人々の目を覚ますには至らなかったのだ。
それでも目を覚ます人間はいた。
「……なんか今、音がしなかった?」
「物騒な音なら聞こえたで」
一度目の爆発音で目を覚ましたレックが仲間に声をかけると、マージンから即座に返事が返ってきた。クライストは、どうやらまだ起きていないらしかった。
「何かあったのかな?」
「まあ、何もあらへんかったら爆発とかせんわな」
マージンはそう答えると、呪文を唱え、空中に一本だけ火矢を浮かばせた。明かり代わりである。
レックとしては攻撃魔術を明かり代わりにするのはやめて欲しかったが、今はそんな場合ではないと思い返し、
「……また聞こえた。結構まずい事態、かな?」
「やろな。……クライスト、はよ起き」
レックが貧相なベッドからブロードソードを片手に飛び出す傍らで、マージンはまだ夢の世界にいるクライストの身体を揺さぶり起こそうとしていた。
「んあー……なんだ? もう朝……っじゃねぇ! マージン何やってんだ!」
寝ぼけ気味だったクライストだったが、部屋の中央にふわふわと浮いている火を見て一瞬で飛び起きた。状況が分かっていないだけに、マージンが何かを燃やそうとしているとでも思ったのだろう。
「それは単なる明かりの代わりや。それよりも面倒なことが起きとるみたいやで」
「面倒なこと?」
マージンの言葉に、クライストは即座に冷静さを取り戻し、レックの方を見た。
「なんか、爆発音が聞こえた。それも二回」
レックの答えは何が起きているのか説明するものではなかったが、それでもクライストにも寝ていて良い状況ではないことだけは伝わった。
「確かにそりゃ、厄介ごとの気配がぷんぷんするな」
そもそも人の住んでいるエリアで爆発が起きた時点でただ事ではない。それが、爆発につながるようなエネルギー源がないメトロポリスとなると余計に、である。
「何が起きとるんやと思う?」
「楽観的に見て事故」
「悲観的ならなんや?」
「戦闘。つまり、カンパニーユニオンの敵対勢力が入り込んでる」
即座にレックがそう答えるとマージンは満足げに頷いた。
「なら、さっさと動かんとな」
「具体的には?」
「ベルザに恩を売る」
「全然具体的じゃねぇぞ」
クライストはそう言ったが、レックにはマージンの言いたいことがなんとなく分かった。
「……つまり、戦闘に介入する?」
戦闘という言葉をおそるおそる口にしたレックに、マージンはあっさりと頷いた。
「そや。ついでに、ちと名前を売っときたいんや」
「なんで?」
「軽い噂話にくらいになってくれた方が、旦那達の耳に入るかもしれへんやろ」
つまり、ベルザに恩を売ることでいろいろな情報を仕入れやすくすると同時に、自分たちの噂が流れやすくすることでグランス達にこっちを見つけてもらおうという一石二鳥を、マージンは考えているらしかった。
ただ、その案には問題もあった。
「……変に噂になると、いろんな勢力から狙われない? 特に今ここで戦闘が起きてるとなると、その相手からとか」
そのレックの指摘は、マージンも否定しなかった。ただ、それでも今は動くべきだとマージンは言った。
「そやけど、これはチャンスやと思うねん」
レックもまた、マージンのその言葉を否定することは出来なかった。
確かに、このままヒュームやベルザの指示に従って動き続けるのも1つの選択肢であるが、大人しくしていても状況はそうは変わらない。何というか、ヒュームの世話になり始めてから迂闊なことは出来ないからか、息が詰まるような感じもあった。
それを打開するのにちょうどいいチャンス、かもしれないのだ。
ただ、レックの悩みを解決したのはクライストの言葉だった。
「……この辺って、普通の人も住んでたよな?」
「そうだね。って、あっ!」
「あー、戦闘やったら武器を持っとらん人達にも被害が出とるかもしれへんな」
マージンのその一言で、レック達の意思はあっさりと固まった。
別に正義の味方をやろうなどというつもりは毛頭ない。ただ、普通の人たちが意味もなく殺されていくのを黙って見ていられない。そんな理由からだった。
その時、何度目かになる爆発音が聞こえてきた。
「さっきより近い。これ、事故なんかじゃないね」
表情を引き締めたレックの言葉に、クライストとマージンも頷き、レックを先頭に部屋から飛び出した。
が、
「っ!? おまえら! どこに行くつもりだ!」
部屋を出てすぐにジャレッドにそう声をかけられた。爆発音で目が覚めたのか、それとも最初から起きていたのかは分からない。だが、何が起きているか分からない時にレック達に自由にさせるつもりはジャレッドにはないようだった。
尤も、ジャレッド程度でレック達を止めることなど出来はしない。身体をはってレック達を止めようとするも、
「悪いけど、今はそれどころちゃうやろ!」
そんな声を残して、レック達はジャレッドの頭上をいとも簡単に飛び越えていった。
「ジャレッド無視したけど、良かったのかな?」
「状況が状況や。後からベルザに口添えでも頼めばええやろ」
「えっ……ちょっとそれは……」
ベルザの名前にあからさまにレックの様子がおかしくなった。が、部屋を出る前にマージンは火矢を消しており、身体強化なしでは一歩先すら見えないほどに暗い廊下では、そんなことは分からなかった。
結局、レック達は勢いを殺すことなく建物の外にまで飛び出した。
「どっちだ?」
クライストのその質問に答えたのは、風に乗って聞こえてきた怒号と銃声だった。
「思いっきり戦闘が起きてるな」
クライストの言葉に、レックとクライストがそのまま音がする方向へと走り出したところで、マージンが制止の声をかけた。
「ちょい待ち」
「何? すぐに行かないといけないと思うんだけど」
「いや、どこ行くんか訊きたいだけやけど」
「そりゃ、戦闘が起きてるところに決まってるだろう」
そう勢いよく答えたのはクライストだったが、
「そこで、敵と味方、区別できるんか?」
マージンのその言葉にハッと動きを止めた。
暗いだけでも敵味方の区別が大変なのに、敵の姿どころか味方の姿すら知らないのである。
「っあー……外で銃を撃ってる奴ら、とか?」
「敵が立てこもってたらアウトだよね。よっぽど分かり易くないと、マージンの言うとおり、敵も味方も分からないね。となると、最初に行くべき所は……」
「ベルザんとこやな」
そう言って頷き合ったレックとマージンが走り出し、クライストもまたその後を慌てて追いかけた。
その頃、ベルザはと言うと。執務室で部下から状況の報告を受けていた。
「状況は?」
「あまり良くありません。なんとか足止めは出来ていますが、やや押され気味です」
これが昨日であれば、何の問題もなく対処できていたであろう。だが、昼間の作戦行動の後始末のため、ベルザの抱える戦力のうち、特に能力の高い者達が今、このエリアにいないことが問題だった。
せめてもの救いは、偶然とはいえ、武装した侵入者達がエリアの奥深くに侵入する前に発見できたことだが、思っていた以上に侵入者達の戦力が高いらしく、このままでは押し切られるのも時間の問題だというのが、戦闘を確認してきた男の感想だった。
「ドニ達が戻ってきてくれれば、なんとかなると思うんだけど」
このエリアを離れているドニ達には既に連絡は付いていた。ただ、時間が時間であること、そしてタイミング良く襲撃をかけてきた者達が、シモン・ドニ達が戻ってくることに何の対策もしていないとは考えられなかった。そのせいで、僅か10kmにも満たない距離をドニ達が戻ってくるまで、最低でも2時間。場合によっては4時間以上かかるというのが、シモンの見立てだった。
「それだけの時間、持ちこたえられるかどうか、ね」
正直、今攻めてきている集団がそれだけの時間でベルザが管轄する街区全てを蹂躙し、略奪できるとは思わない。だが、短くても2時間という時間は、絞り込まれた目標であれば達成するに十分な時間だった。
そして、その目標というのもベルザには見当が付いていた。
故にベルザは決断を下す。
「……一度、ここを離れるわ」
おそらく、侵入者達の目標はベルザか、その周りの者達だろう。あるいはこの街区の制圧まで考えているかもしれないが、どんな場合であれ、ベルザ達の身柄が第一目標である可能性は高かった。
ならば、この建物から別の場所に移るだけでも、侵入者達に対する時間稼ぎにはなり得る。
そして、打てる手はもう1つあった。
「レック達には連絡は付いたの?」
「まだです。貼り付けていた者達によると、ヒュームの所の連中に邪魔をされて、接触できないとか」
ベルザは思わず舌打ちした。
確かに、あの冒険者達は作戦のためにヒュームから借り受けた。だからこの事態への対処に使うのは、契約違反とも言える。
ただ、それでもベルザの身に何かあれば、カンパニーユニオンという集団自体がぐらつきかねない。ガバメントよりマシではあるが、それでも各々の利益のために結束しているだけなのだ。大きく揺らされれば、即座に瓦解するとまではいかなくとも、組織として動くのが難しい程度にはひびが入る可能性は高かった。
勿論、ヒューム自身がいれば即座にレック達を戦力として提供してくれただろうが、ヒュームの部下となるとそれを判断する権限を持っていないのだろう。故に、対応が硬直化しているのだろうとベルザは心の中で山のように悪態をつこうとして、目の前の部下が個人端末で新しい報告を受けているのに気がついた。
「どうかしたの?」
「冒険者達が泊まっていた建物から飛び出していったそうです。残念ながらどこへ向かったかは分からないとのことですが」
1つくらいはいい報告を聞きたいと思っていたベルザにとって、それは良いのか悪いのか。
ヒュームの部下の態度を考えれば、よくぞ出し抜いてくれたと褒め称えたい。だが、戦力になりそうなレック達の行方が分からなくなったというのは悪い知らせだった。
ただ、日本人には根っこがお人好しの者が多い。ベルザが見たところ、レック達もそうだった。
「……彼ら、どこに行ったと思う?」
「逃げたか、戦闘が起きてる場所に向かったか。どちらかでしょう。作戦では対人戦闘も危なげなくこなしたということですので、確率としては半々かと」
ベルザにそう答えた部下だったが、ベルザはその答えに首をかしげた。
「逃げるという根拠は?」
「それは……」
ベルザに問われ、部下は言葉に詰まった。戦いを生業にしている、あるいは覚悟している者でもなければ、戦闘が起きたら逃げ出すとなんとなく考えていた。だが、考えてみれば、レック達は対人戦闘を危なげなくこなしたという。それはつまり、戦闘が怖いから逃げるかも知れないという予想は成り立たないことを意味していた。
では、他の可能性はあるのかと考えてみると、あまり思いつかない。
ヒュームの命令があったというなら、そもそもお目付役のジャレッド達を出し抜かないだろう。ベルザとベルザの管轄するこの街区を見捨てる可能性はあるが、規模も分からない戦闘程度であっさり逃げ出すだろうかという疑問が残る。
そんなことを考えていた部下の様子を眺めていたベルザは、これ以上は時間の無駄だと判断した。
「いいわ。意地の悪い質問だった。忘れて頂戴」
手を振って部下の思考を中断させると、戦況の確認に向かうように指示を出した。一方、扉の外に待機していた別の部下達を室内に入れ、避難の作業を開始させる。
「書類とかありったけアイテムボックスに入れなさい。椅子や机はほうっておくわよ」
実際、ベルザにとって重要なのは情報と人である。机や椅子なんかは、この広いメトロポリスならば、探せばいくらでも調達できるのだから。
そうして、人を集めて次々と書類や調達が難しい物をアイテムボックスに放り込んで、避難の準備をしている時だった。
「副社長!」
執務室に駆け込んできた男の声に、室内に緊張が走った。が、その緊張は男の続く言葉で簡単に解けた。
「冒険者3名が副社長に会いたいと来ています!」
「っ!」
状況を理解したベルザの顔に、驚きと、一瞬遅れて歓喜の笑みが浮かび上がった。
「分かったわ! ここに……」
ここに通すように言おうとして、執務室を見回したベルザは言葉を切った。どう見ても、避難のために部屋中がひっくり返った状態のここは、人を迎え入れるに相応しくなかった。
「面接室で会うわ。すぐに連れてきて」
その指示を受けて走り去っていった部下の背中を見送ったベルザは、妙に静まりかえった室内の様子に気がつくと、
「手を休めないで! 避難の準備は進めておいて頂戴!」
すっかり手が止まっていた部下達に声をかけ、自らはその面接室へと急いだのだった。
『なんか、大変そうですね』
『ええ。来てくれたってことは、そう期待してもいいのかしら?』
面接室で顔を合わせたマージンとベルザが最初に交わした言葉がそれだった。
英語が話せないことになっているレックとクライストは、マージンのおまけポジションで大人しくしていた。
『状況によります。説明はしてもらえますよね?』
普段であれば、そんなことを言ってくる相手とは、あらゆる手練手管で交渉を楽しむところだったが、緊急事態の今、ベルザは遊ぶつもりはなかった。
『そうね。こうして来てくれたってことは、ある程度は状況は理解してると思うのだけど。知りたいのは戦況と敵について、よね』
『はい。で、どうなんですか?』
『戦況はあんまり良くないわ。時間稼ぎは出来ているけど、そのうちここまで攻め込まれるでしょうね』
ベルザのその言葉に、マージン達は全く驚かなかった。戦闘の場所が徐々に移動していることは、それも街区の中心へ向かっていることはここに来るまでの間に分かっていた。それが意味するところも当然、理解していた。その上でここへと来たのだから。
ベルザもそんなマージン達の様子に、頼もしさを覚えつつ、説明を続けた。
『敵はまだ断定は出来ないけれど、昼の作戦で攻めた相手の残党だと思われるわ。いえ、あっちが囮でこっちが本命なのかしらね』
シモンの分析を思い出しながら、ベルザは素直にそう言った。少なくとも、今回は誤魔化す必要はない。
マージンもそのベルザの言葉を疑う様子はなかった。
『つまり、宗教系の武装過激派と』
『そうね。正直、プロじゃないからって甘く見てたわ』
思わず愚痴を吐いてしまったベルザだったが、今のところ、マージンはベルザの部下でも何でもないので、気にせず、確認すべきことを確認することにした。
『それで、手伝ってくれるわよね?』
『そういう状況なら問題なく。ただ、我々だけで動くのはちょっと避けたいんですが』
そのマージンの言葉に、ベルザはなぜレック達がこっちに来たのか。その理由を理解した。レック達がなぜ単独行動を避けたのかという理由までは察することが出来なかったが、ベルザは所詮戦いのプロでも何でもないのだから、仕方ないだろう。
それでもベルザは機嫌良くマージンの言葉に頷いた。
『分かったわ。人を付けるから、一緒に行動して頂戴』
ベルザはそう言うと、部屋の入り口に待機していた部下に、レック達と一緒に行動する兵士を用意するように命じ、
『それじゃ、あなたたちに期待するわ』
レック達にそう告げたのだった。
ベルザとの面会を終えたレック達は、ベルザの指示に従い、建物の入り口へと移動した。ここで、同行者と落ち合う予定なのだ。ただ、同行予定者が来るまで10分ほどあるとのことだった。
「さっきよりも、音が近くなってるね」
待っている間、時折響いてくる爆発音や銃声を聞きながら、レックがそう言った。
「あとどのくらいだと思う?」
「もう1キロもないんじゃないかな」
「やったら、あんまり広いとこ、出んほうがええな。流れ弾飛んでくるかも知れへんし」
「え? 銃ってそんなに飛ぶの?」
「命中するかどうかは兎に角、銃弾の飛距離だけなら数キロくらい飛ぶのは珍しくないぜ? まあ、そこまで飛んだ銃弾の威力なんて知れてるけどな。多分、身体強化してれば痛いだけで済むかも知れねぇな」
そんなことを話しながら待つ10分は長かった。
何しろ、ひっきりなしとは言わないまでも、銃声だの爆発音だのが響いてくるのである。それも、人と人が戦う戦闘での。出来れば何かして気を紛らわせていたかったが、仲間内での雑談以外にすることもないレック達にとって、その10分はやはり長かった。
このまま攻め込まれるとこの建物の入り口は危険地帯になるからか、人影すら見かけない。
そんな中、通り沿いに二つの人影が走ってくるのに、レックは気がついた。
「来たかも知れない」
クライスト達にそう声をかけるも、絶対の自信はない。抜けてきた敵かも知れないからだ。
故に、建物の影に身を隠したレック達の耳に、男達の声が聞こえてきた。
『ここで待ち合わせのはずだが……』
『いないってのは……今更逃げたとは思えないし、隠れてるのか?』
話の内容から、どうやら待ち合わせの相手らしい。が、レックには言い出せなかった。そもそも、英語は聞き取れないということになってるのだから無理もない。
幸い、マージンも同じ結論に至ったらしく、
「ちょっと、わいが顔出してみるわ。敵やったら即逃げるで」
そうレックとクライストにだけ聞こえるように言うと、二人が止めるまもなく、建物の影からゆっくりと男達の前へと歩み出た。
途端、マージンに気づいた男達は誰何の声と共に、マージンへと銃を構えた。
『誰だっ!』
『あんた達がベルザの言っていた同行者か?』
マージンのその言葉に、男達は警戒を解かないままに軽く頷き、
『人数が足りないようだが? あと3人はどうした?』
『人数が違う。正しい人数は聞いてるよな?』
『……同行者は3人と聞いている』
男の言葉に、マージンが頷いた。それと共にマージンが警戒を解いたのを感じたのだろう。男達もまた、どうやら正しい待ち合わせ相手だと認識したのか、警戒を解き、マージンへと向けていた銃口を下ろした。
その様子を確認したレックとクライストも、ほっと胸をなで下ろすと建物の影から出て行った。
『確かに3人だな。おまえ達が冒険者か』
そう言った男の目には、期待も何も浮かんではいなかった。ただ、焦りの色はあった。
『仲間達が敵を食い止めてくれてはいるが、俺たちが抜けた分、敵を抑えきれない。すぐに戻るがいいか?』
マージンが翻訳した言葉にレック達が頷くのを見た男は、連れと共に元来た道を走り出した。
その後を追いかけながら、マージンが男に声をかけた。
『敵って、何人くらいいるか分かるか? 武装は何だ?』
そんなマージンを一瞥した男は、すぐに視線を正面へと戻してからマージンの質問に答えた。
『敵はそれほど多くない。最大で20人に届かないだろう』
それを聞いていたレックは驚いた。カンパニーユニオンの兵力がどのくらいかは知らないが、たった20人ということはあり得ないからだ。
尤も、その答えはすぐに男の口から語られた。
『ただ、装備で負けてる可能性が高い』
男はそう言うと足を止め、空を見上げた。
『メトロポリスはこの暗さだ。はっきり言って、連中の侵入に気づいたのも奇跡と言っていいくらいだ。にもかかわらず、連中はこっちの居場所を正確につかんで撃ってくる。暗視装置でも持ってるんだろう』
その結果、一方的に蹂躙されているのだと男は言った。それでも、こちらの方が数が圧倒的に多い分、なんとか食い止めることが出来ているのだとも。
「暗視装置って……身体強化より上かな?」
「レックは知らねぇが、俺とマージンはそこまで夜目は利かねぇな」
ただ、相手が有利に戦いを進めている理由が分かっただけでも収穫はあった。
「暗視装置を壊すだけでも良さそうやな」
マージンの言葉に、レックとクライストが頷いた。尤も、実際にその方法を使えるとは誰も思っていない。暗視装置だけを壊すとなると、手が届くほどにまで近づかなくてはならないからだ。そこまで近づいてしまえば、殴って気絶させた方が早い。
「とりあえず、どうやって近づくかだけど、正面からは無理っぽいね」
「素直に後ろに回り込むか。気づかれると思うか?」
『十分距離をとって回り込めば大丈夫だろう。最初は後ろにも気を遣っていたようだが、こっちがまともに見えてないと知ってからは、前進を優先してるようだからな』
クライストの質問を翻訳され、男は少し考えてから答えた。
「それなら、セオリー通り、後ろに回り込んで攻撃かな」
「そうやな。出来れば、一人一人静かに仕留めて回りたいところやな」
そうすれば、20人程度なら安全に無力化できるだろうとマージンは言った。
同行している男達はそんなことが出来るのかと半信半疑だったが、ベルザからレック達の指示には従うようにと命令されていた。
ただ、実際には説明と案内だけで他はほとんど何もしなくて良いとは思っていなかったらしい。
『本当に俺たちがするのはそれだけなのか?』
防戦に回っているカンパニーユニオンの私兵達にレック達のことを伝えるように頼まれた男達は、むしろ不満げにそう言った。
それに対するマージンの答えは一言だった。
『俺たちの身体能力についてこれないだろうからな』




