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ジ・アナザー  作者: sularis
第十五章 シティ・メトロポリス
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第十五章 第六話 ~ガバメント 2~

 同じ街でも、人がいるのといないのとでは大きくその様相が異なる。グランス達は今まさにそのことを実感していた。

「流石にこの辺りは活気があるな」

 ガバメントの支配地域に入って半日も歩くと、周囲の様子も大きく変わってきた。

 とは言っても、建物の様子が大きく変わったわけではない。むしろ、建物そのものは――地域ごとのちょっとした特色を除けば――相も変わらず地上1000mにまで屹立する超高層建築ばかりだし、しかもそのいずれもが茶色や緑に薄汚れていた。

 そんな超高層建築が林立し、一日に一度、僅かな時間だけ直射日光が地表に届くだけの都市の地表はどこか薄暗く、陰気な感じが漂っていた。そのことにも変わりはない。

 ただ、キングダムほどではないが、通りにはそれなりに人々が行き交っている。それだけで、ここ数日感じていた寂寥感が洗い流されていくのをグランス達は感じていた。

「一枚岩ではないと言っても、ガバメントも治安維持の重要性は理解していますから」

 先を行くノーラは、グランスの零した言葉を耳にして、説明を始めた。

「たまに武装勢力にちょっかいを出されることもありますが、ガバメントの軍が厳重に警戒しています。おかげで、この辺りでは一般の人々も普通に生活できているわけです」

 その説明を聞いたディアナは、実際に通りを歩いている人々を観察し、あることに気がついた。

(あまり良い生活は出来ておらぬようじゃのう)

 それなりの服を身に纏っているためにぱっと見ただけでは気づかないだろうが、栄養状態はあまり良くないのだろう。頬がこけている者が多かった。肌の状態もよろしくない。おまけに目に宿っているべき生気がかなり弱い。

 何しろ、エイジという明らかな異物が歩いていても、誰一人として興味を示さないのだ。気づいているかどうかすら怪しかった。

 とは言え、ディアナはノーラ達にそのことを指摘する気は全くなかった。指摘したところで、ノーラ達の気分を害す以上の意味を見出せなかったからだ。

 が、

「なんか、あんまり元気がない街だね~」

 ディアナの考えを知らないリリーが、そんな感想をぽろりと漏らした。

 一瞬、ディアナとグランスがヒヤリとしたが、幸い、ノーラがそれで気分を害することはなかった。

「……そうかも知れません」

 ノーラはリリーの言葉をあっさりと認めると、道行く人々に視線をやりながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

「もうご存じでしょうが、メトロポリスには全住民を支えていくだけの生産能力が無いのです。今はまだ『魔王降臨』前からあった物資で凌げていますが、いつかは底を突くでしょう。流通に乗せる物資の量を制限して何とか先延ばしにはしていますが……」

 それでも抜本的な解決策ではない以上、このままではいけないのだとノーラは語った。

「メトロポリスを離れることは考えておらぬのか?」

「推奨はしています。ただ、メトロポリスを出て行こうという人が少ないのです」

 ノーラはその理由として、現実世界にはいないエネミーの存在を挙げた。ジ・アナザーを現実世界の延長としてのみ利用していた人々にとってエネミーは未知の存在であり、そんなものが存在しているメトロポリスの外での生活など想像すら出来ないということだった。

「厳しいとは言え、メトロポリスの中で生きていくことが出来ている以上、何が起こるか分からない様な外の世界には出て行けないのでしょうね」

 そう言ったノーラの顔には、諦観にも似た感情が浮かんでいた。いや、それはノーラだけではない。よく見るとグランス達の周囲を囲んでいる男達にも、そして道行く人々の顔にも同じものが浮かんでいた。

 それを見たグランス達はそれ以上言葉を紡ぐことは出来ず、時折エイジがぐずる他は誰一人として言葉を発さなかった。


 それから更に30分ほども歩いただろうか。

「ここがガバメントの施設の1つです」

 そう言ってノーラ達が足を止めたのは、一見、他の建物と何が違うのか分からない建物の1つだった。ただ、その建物の警備に立っているガバメントの兵士達の存在が、その建物が他とは違うことを物語っていた。

「何の施設じゃ?」

「それはすぐに分かると思います。取り敢えず中にどうぞ」

 そう言ったノーラに案内されてディアナ達が入った建物の中は薄暗かった。小さな受付もあるエントランスは開け放たれた扉や幾つも設けられている大きな窓から入ってくる光でそれなりの明るさがあるのだが、そこから奥へと続く通路に至っては昼間だというのに随分と暗かった。十数mおきに開け放たれた扉、その先の部屋から入ってくる光がなければ真っ暗だったろう。

 そんな通路を少なくない人数が行き来している様は、些か異様だった。

「……暗いな」

 思わずグランスはそう零したが、異様だと言わなかっただけマシだろう。

 ただ、ノーラにとっては暗い通路を人々が行き交うのは既に普通の光景だった。故に、グランス達が抱いた感想には全く気づかないまま、グランスの言葉だけに頷いた。

「そうですね。正直、あらゆる機械が動かなくなったメトロポリスの建物の居住性は最悪です」

 何しろ、あらゆる所に機械が使われているのだ。扉や窓もそうであるし、明かりも一種の機械と言える。冷蔵庫の類も動かなくなっているし、何かを暖めるための熱源すら動かない。

 そして、機械類に依存することを前提とした設計の建物ばかりであるが故に、機械に頼らずに生活しようとすると、いろいろな場面で不便を感じるのだった。

「それでもメトロポリスに固執するのじゃな」

 誰の事とも言わず、ディアナはそう零した。正直、これならばキングダムの空き家の方がまだマシだという感じすらする。

「メトロポリス全部がこうなのか?」

「そうですね。少なくとも私達が知る限り、例外はありません」

 そのノーラの答えに、グランス達のテンションは限りなく低下していった。メトロポリスに来るまでは、久しぶりに自分達のプライベートルームに行けるかも知れない事にどこか抱いていた期待が見事に萎んでしまったのだ。

 尤も、もう3年近くもこのメトロポリスに住んでいるノーラにはグランス達のそんな気持ちなど今更分かるはずもなく、グランス達に一言断ると、エントランスの受付らしき場所へと足を運び、そこで時折グランス達の方へと視線を移しながらあれこれと話していた。

 その間、グランス達は自分達に集まる視線に妙な居心地の悪さを感じていた。

 この建物にいる人間――少なくない人数が兵士のようだが――は、外を歩いている無気力な人々とは違い、まだまだ生気を保っていた。そのせいか、この世界にいるはずのない子供という存在と、そのエイジを連れているグランス達を時として足を止めてまでちらちらと見ていた。

 声をかけてこられることはなかったのだが、ちらちらと見られていることが分かっていて居心地の悪さを感じないというのは難しい。

 そろそろこの場にいることが耐えがたくなってきた頃、ノーラが戻ってきた。

「お待たせしました」

 ノーラがそう言った向こうでは、受付にいた白人の兵士の一人が駆け足で通路の奥へと消えていくところだった。

「あなた方をお連れしたことを報告したので、すぐに担当の者が来ると思います」

「担当?」

 ホッとしたグランスがそう訊くと、ノーラは軽く頷いた。

「はい。この後はその担当の方についていってください。皆様に必要な説明をした後、用意した部屋まで案内してくれます」

「ということは、おぬしとはここでお別れということかのう?」

「残念ですが、そうなります」

 ノーラはそう言ったのだが、実際にはそうならなかった。

「ノーラ、戻ってきたのか」

 そう声をかけてきたのは、見るからに日本人と言った風体の男だった。一見すると頼りない、やや背が低い痩せぎすの男だった。ただ、服装にはあまり頓着していないのか、あるいは頓着する余裕がないのか。よれたスーツに身を包んでおり、それが外見を頼りなく見せるのに一役買っているのは間違いなかった。

 だが、その中身は決して侮れる様な人物ではないのだろう。

「風間局長、ただいま戻りました」

 その男が現れたことに驚きながらも背筋を伸ばしたノーラの様子が、その言葉がそれなりの役職にある人間であることを表していた。

 尤も、グランス達はそんなノーラの態度には全く気がついていなかった。

「日本人?」

「そのようじゃな」

 メトロポリスに入ってから全くと言って良いほど見かけなかった日本人に思いも寄らないところで遭遇し、軽く驚いていた。

 一方の風間と呼ばれた男の方は全く驚いていなかった。

「君達が報告にあった冒険者か。……なるほど、今回も日本人の様だな」

 プライベート・アバターであるグランス達の外見は日本人からはかけ離れているのだが、それでもグランス達がぽろりと零した僅かな台詞だけで、グランス達が日本人だと確認するには十分だったらしい。

「しかし、日本人は珍しくもないだろう? このメトロポリスにもごまんといるが……ああ、日本人居住区を通らなかったのか」

 風間は自分でそう納得すると、つかつかとグランスの所へとやってきて片手を差し出した。

「酔狂な冒険者諸君。ようこそ、メトロポリスへ。我々は君達を歓迎しよう」

 そのあまりと言えばあまりな挨拶に、握手のために手を出しかけていたグランスは思わず固まってしまった。が、すぐに気を取り直して、風間と握手を交わした。

 その握手を終えると、風間はすぐに口を開いた。

「こんなところで立ち話もなんだ。付いてきたまえ。ノーラ、君も一緒にだ」

 そう言い終えると踵を返し、さっさと元来た通路へと戻っていった。

 その風間の後を追ったグランス達が案内されたのは、3階にある部屋の1つだった。ただ、どうやらプライベートルームの類ではないらしく、扉を入ってすぐにちょっとした広さの部屋が広がっているだけだった。

 全員が揃っていることを確認した風間は、最後に部屋に入ってきたノーラに扉を閉めさせた。そして全員に部屋に並べられていた椅子に座る様に告げた。

「さて、いろいろ説明したいこともあるし、そちらには訊きたいこともあると思うが、まずは自己紹介からいこう。僕は風間信司。見ての通りの日本人で、今はガバメントのある部門で局長をやっている。そしてこっちが部下のノーラだ」

 一人だけ立ったままの風間に振られ、ノーラが改めて自己紹介をする。

「ノーラ・リドリーです。一応、国籍はアメリカですが、日本語もこうして話せます」

「だから、君達を迎えに行くのを彼女に任せたんだがな」

 風間はそう補足を入れると、次はグランス達の番だと促した。

「アバターネームでもいいのか?」

「本名の方がありがたいが、プライベート・アバターでは本人確認も出来ないからな。好きにしてくれ」

 その言葉に、グランス達が今まで通り、アバターネームでの自己紹介を済ませると、

「これでやっと本題に入れるな」

 と、風間が笑った。

「さて、まず確認すべきは、互いの利害が一致するかどうかだ。例え一致しなくとも、対立さえしなければある程度の協力関係は築けると思うが、どうかな?」

 その風間の言葉に、グランスはディアナと一瞬視線を交わし、頷いた。

「そうだな。だが、先に聞かせて貰おう。利害が対立したら、どうするつもりだ?」

「程度によるな。ただ、お互いあまり愉快なことにならないのは確かだ。そうなった時は早めにこの都市から立ち去ってくれるなら、同胞のよしみで手は出さないことは誓おう」

 そこまで聞いたグランスは、これ以上は踏み込むべきではないと考えた。この手の話し合いの経験などほとんど無いが、それでも小説やドラマから得た――微妙な――知識から、そうすべきだと考えたのだ。

 グランスが首肯するのを見た風間は満足げに笑った。

「それでは、まずは君達の目的から聞かせてくれないか?」

 その問いかけに答えようとして、グランスは固まった。

 目的は分かっている。だが、精霊王の解放という目的は、あまりに漠然としすぎていた。メトロポリスの人間に話したところで、理解して貰えるのかどうか。

 考え込んでしまったグランスの様子を風間はしばらく見ていたが、フッと笑った。

「後ろめたい目的を持っている様子ではない。にもかかわらず説明できないというのは、僕達に理解できないと思える様な目的ということか」

「っ!」

 考えていたことを言い当てられ、グランスが動揺すると、風間は笑いながら言った。

「ははっ。分かり易すぎるな、君達は。それではこのメトロポリスでは食い物にされるだけだ」

 そして表情を引き締め、言葉を続ける。

「実のところ、君達の目的が我らガバメントのそれと対立しないであろう事は分かっている。キングダムからの冒険者は別に君達が初めてではないのだからな」

 その言葉に驚きつつも、考えてみればそれも当然かと納得するグランス達に、風間は話を続けた。

「キングダムからこちらにやってくる冒険者の大半は、キングダムの大陸会議の意を受けてやってきている。そしてキングダムの大陸会議。彼らの目的もまた、僕達と同じくこの世界からの帰還だ。故に、君達冒険者の目的もまた、現実世界への帰還だと推測される。……違うかな?」

「……いや。その通りだ」

 風間に遊ばれた直後だけに、正直に答えるべきか否か一瞬悩んだものの、グランスは誤魔化す様なことでもないと素直に答えた。

「うむ。そうであってくれて重畳。つまり、僕達と君達の目的は大局的な視点からは同じであるということだ」

「大局的な視点から、とは?」

 そう口を挟んだディアナを一瞥すると、風間は一呼吸置いて答えた。

「目的を達成するための手段が対立する可能性はある」

 その後に続いた風間の話はあまり面白いものではなかった。


 ガバメントには、非人道的手段を用いてでも現実世界への帰還を実現すべしと言う勢力が存在する。極端な意見ともなると、一人でも多く帰還させることよりも、自分達だけでも確実に帰還することを目的としている。すなわち、その過程において、どれだけ多くの犠牲が出ようとも構わない。どれだけ多くの人間が苦しもうとも構わないというのだ。


「そんな者達と協力など出来るかな?」

「……無理だな」

 考えるまでもなく、グランスは答えた。一瞬間が開いたのは、風間の説明に絶句していたからに過ぎない。

「まあ、そんな連中はまだまだ少数派だ。何しろ、彼らに協力したところで使い捨てられない保証がないからな。ただ、注意だけは促しておきたかった」

 風間はそう言うと、高層建築の壁面しか見えない窓の側へと歩いて行った。

「さて、一番注意すべき相手について話したところで、メトロポリスの状況と、我らガバメントについてもう少し説明しておこうか」


 かの『魔王降臨』の直前、このメトロポリスでも大半の人間が強制的にログアウトさせられた。一方、残された人間はログアウトも出来ないまま、ここでの生活を強制された。

 それでも、『魔王降臨』の前と同じように過ごすことが出来るのであればまだ良かっただろう。だが、実際にはそんなことはなかった。

「君達も知っての通り、何もかもが現実のそれと酷似してしまった。痛みも、空腹もだ。行動制限すらなくなった」

 それはログアウトできなくなったことによる混乱と恐怖に拍車をかけた。それでも、それだけならばまだマシだったと風間は断言した。

「メトロポリスに存在するあらゆる機械が動作しなくなった。正確には、携帯型の物は動作していたな。内蔵されたエネルギーが尽きるまで、という条件が付くが」

 キングダム大陸ではそもそもそのような機械など存在しなかったため、混乱の最中ですら餓死者が出る様な事態には至らなかった。だが、メトロポリスではそうはならなかった。

「消費した物は無くなったまま補給されない。動かなくなった機械はただの置物だった」

 故に手の届くところにある食料が消費され尽くしたメトロポリスを襲ったのは、誰も想像だにしなかった飢饉だった。

「それだけで10万以上の人間が亡くなった。一部では、死体食いすら横行したほどだ」

 その説明に、ミネアとリリーが顔を歪めた。吐くに至らなかったのは、エネミーの解体などでそれなりにグロい場面も見てきたからだろう。

「勿論、全員がそうなるまで手を(こまね)いて見ていたわけではない。カンパニーユニオンや我らガバメントの様に早い段階から現状を受け入れ、動き始めた者も少なくなかった」

 だからこそ、メトロポリスにまだ数十万を数える人間が住んでいた。そうでなければ、その十分の一も残っていなかっただろう。

「さて、それだけの人間がいると国籍、宗教、いろいろな理由でいろいろな集団が出来る。カンパニーユニオンは実際の会社組織が元になっているし、我々は各国の行政機関が元になっている。他にも宗教団体が元になった集団もあるが、一部を除けば大した影響力も無い。

 ……ここまでで何か質問はないかな?」

 だが、グランス達は誰も手をあげなかった。

 訊きたいことは無数にある。だが、どこまでなら訊いても大丈夫か。それが判断できなかった。

 そんなグランス達の考えを知ってか知らずか、風間は説明を続けた。

「ガバメントについては、ノーラから多少は説明を受けているはずだが……」

 風間の視線を受け、ノーラが僅かに頷いた。

「ガバメントはいくつかの国の行政機関、それと軍部が集まって出来た集団だ。ただ、残念なことに一枚岩とは言い難い。実のところ、カンパニーユニオンに対抗するためだけに集まった様なものだからな」

 ガバメントにはいろいろな国の行政機関や軍が参加しているが、その中には元々国同士で対立していたところもあった。そんな敵同士が手を組んだのは偏にカンパニーユニオンの存在故である。

「そのまま何もしなければ、カンパニーユニオンに潰されるか取り込まれるかしていただろう」

 それを忌避したが故に、ガバメントは生まれたのだと風間は言った。

「そんな組織の詳細は冒険者に聞かせても意味は無いだろう。だが、それでも目的だけはある。さっきも話した、現実世界への帰還だ」

 風間がそう言った瞬間、ここからが本題だとグランス達は気を引き締めた。

「その目的のためにガバメントはいくつかの部局を立ち上げた。尤も、その大半は未だまともに機能していないがね。僕の所もその1つで、主に情報の収集と分析を担っている」

 その言葉に思わずグランス達は反応した。

 グランス達が今最も欲しているのは、まさしく情報なのである。勿論、グランス達が求めている情報を風間が知っているとは限らないが、それでも可能であれば聞きたい。

 そんなグランス達の反応を見た風間は、再び苦笑した。

「もう一度言うが、そんなに分かり易い反応をするのは良くないな。……というか、このままでは少し心配だ」

 あごに手をやって少し考えた後、風間はノーラに声をかけた。

「いつでもいい。彼らにポーカーフェイスというものを少し教えてやってくれ」

「分かりました」

 ノーラが頷くと、今度はグランスが少しばかり自信がなさそうに風間に尋ねた。

「……そんなに分かり易い反応をしているか?」

「ああ。海千山千の狸共は、ちょっとした反応からでも知りたい情報を読み取るし、相手を自在に誘導する。メトロポリスにはそんな狸が沢山いるからな。相手を読めとは言わないが、自分の考えくらい隠せるようにはなっておいた方が良い」

「確かにのう。しかし、何故そこまで良くしてくれるのじゃ? 単に同じ日本人だからというだけではあるまい?」

「勿論、理由はある。僕の部局では冒険者達とも協力関係を築いていてね。君達とも協力関係を築き上げたいわけだが……折角の協力者が狸たちに翻弄されるのは好ましくないわけだ」

「ふむ。一理あるのう」

 それでも風間自身が信用に値する保証にはならないのだが、今後のことを考えておくならば、ノーラにポーカーフェイスを教えて貰うのは無駄にはならないだろう。

 それよりも確認すべきことがあった。

「今、協力関係と言ったが、具体的な説明はしてもらえるのか?」

「勿論。それを聞いてから断るのも自由だ。今のところ、断られたことはないがね」

 そうして風間は協力関係について説明を始めた。

「内容としては簡単だ。ギブアンドテイク。これに尽きる。君達は知り得た情報を可能な限り提供する。僕達はその情報に見合うだけの情報を提供する。ただ、残念ながら、物的支援はほとんど行えない。食料を少々と、隠れ家を提供するのが限界だな。金を支払っても良いが、あまり勧めはしない」

「それだけなのか?」

 拍子抜けしたように言うグランスに、風間は軽く首を振った。

「他にも、強制ではない頼み事をすることがある。勿論、これに対しても何らかの対価は用意する」

「……悪い話ではなさそうだな」

 グランスはそう答えたが、今、この場での返答はしないつもりだった。

 あまりにも都合が良すぎる話なのだ。

 先ほど風間が言った狸たちの中に、風間自身が入っていないとも限らない。少なくとも、全員で相談してからどうするか決めるべきだと、グランスは判断した。

「返事は少し待って貰っても良いか? 仲間達とも相談しておきたい」

「構わないとも。この場にいない仲間達とも、ギルドチャット、いや、今はクランチャットと言ったか? それで連絡が取れるんだろう? じっくりと相談してから決めてくれ」

 風間はそう言うと、再び動揺を見せたグランスを横目に、ノーラにグランス達の今夜の宿についての指示を出した。

「それでは失礼する。……そうそう。タイミングがあえば、協力者の冒険者達を紹介しよう。彼らはなかなか捕まらないんだがね」

 そう言い残して風間が部屋から出て行くと、ノーラも後から迎えに来るので待っていて欲しいと言い残し、風間の後を追うように部屋を出て行った。

 そして部屋に残されたのは、グランス達だけとなった。

「……要するに、ここで相談しろと言うことか?」

「かも知れぬのう」

「盗聴とかは大丈夫だと思うか?」

「彼らの用意した場所にいる限りは、どこも似たようなものじゃろう」

 ディアナの言葉に、それもそうかとグランスは頷き、それからこの場にいる仲間達を見回した。

「先ほどの話、みんなはどう思った?」

「う~ん、悪くはないと思うんだけどね~」

「ちょっと、出来すぎてますよね。そのせいで、逆に胡散臭いです」

「エイジを見ても何も言わなかったのが……気になります」

 平たく言うと、信じられないということらしい。

 勿論、グランスも同じ感想ではあったので、それを否定したりはしなかった。

 が、ディアナは少し違う意見だった。

「確かにのう。では、断ったらどうなるのじゃろうな?」

 その一言で、場の雰囲気は一変した。

 何しろ、グランス達にはこのメトロポリスに頼る当てなど全くない。これがキングダム大陸であれば、何かあれば冒険者ギルドに頼れば良いのだが、メトロポリス大陸にはそんなものはなかった。

「寝床くらいはなんとかなりそうだな」

「食料はどうしますか?」

「買えば良いんじゃないの?」

「買えるほど食料があれば良いがのう。配給制でも驚かぬがの」

 周辺の町や村ですら、食料が十分にあるとは言い難い状況だったのだ。メトロポリスにだけ食料がふんだんにあるとは、ディアナには思えなかった。

「そもそも、略奪団がメトロポリスから出てるって話があったくらいだ。食料が普通に買えるとは思えないな」

 グランスの言葉に、リリーも「それもそっか」と頷いた。

「でも、そーなると、どーすればいいの?」

「手持ちの食料でも一週間かそこらは持ちますけど……レックに連絡が付かないと……」

「そのレックを探すのも、俺達だけじゃ難しいか」

 どうやら他に選択肢が無いと結論が出るまで、あっという間だった。

「……あまり、流れが良くないのう」

 そう、ディアナが溜息を吐いた。

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