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ジ・アナザー  作者: sularis
第十五章 シティ・メトロポリス
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第十五章 第五話 ~ガバメント~

 さて、レック達がヒュームの使いであるメイド達と共にメトロポリスへと向かっている頃にまで時間は戻る。

 グランスは目の前に姿を現したスーツ姿の女性の女性達と共に、女性陣と合流した後、メトロポリスへと向かっているはずのレック達を追いかけたが、その姿を捉えることは出来なかった。

「……これは、あちらに先を越されたかも知れません」

 スーツ姿の女性――ノーラ・リドリーと名乗った――は街道に残っていた足跡を確認するとそう言った。

「あちら?」

「カンパニーユニオンです。我々とは異なる勢力だと考えてもらって構いません」

「という事はどうなるんだ?」

「お連れ様との合流は……当面は諦めて貰うしかありません」

 ノーラの言葉をグランスは一瞬理解できなかった。

「それは、どういうことだ?」

「言葉の通りです。ですが、少なくともすぐに危害を加えられることはないと思っていて構わないでしょう」

 そのノーラの説明でグランスは取り敢えず落ち着きを取り戻したが、一名だけ、ショックで膝から崩れ落ちそうな仲間がいた。

 そのリリーを慰めつつ、ディアナが口を開いた。

「……合流できない以外に問題はあるのかのう?」

「そうですね。……利用価値がある間は、特に問題は無いかと」

 そのノーラの答えにディアナはきな臭いものを感じ取ったが、同時に、レック達の能力を考えれば当分は問題なさそうだと判断した。

 と言うか、レック達の心配ばかりしていられる状態でもない。レック達を連れて行ったカンパニーユニオンとやらもだが、目の前にいるノーラ達が属している組織だか集団だかも、ディアナ達に価値がなくなればどのような態度に出てくるか分からないのである。

 だが、敢えてそこをほじくり返すつもりはディアナにはなかった。わざわざ寝ている虎か何かの尾を踏む必要も無い。

 とは言え、このままノーラ達の後に付いて行くべきかは、改めて検討し直す必要があるとディアナは感じていた。

「……グランス。このままこの者達に付いて行っても良いと思うかの?」

 周囲の様子の確認を行っているノーラ達を横目に、ディアナはひそひそとグランスにそう訊ねた。

「……分からん。相手の手の内も分からんうちに相手を刺激することは避けたいが、気がついたら逃げられなくなっていた、なんてこともあり得るからな」

 グランスはそう言ったが、今は付いて行くべきだろうと考えていた。確かに、このまま付いて行くとそのまま逃げることが出来なくなるかも知れない。だが、今のグランス達には情報が圧倒的に不足していることの方が問題だった。

 そのことをグランスが説明すると、ディアナも渋々といった感じで頷いたのだった。

 それから間もなく、ノーラ達の周辺の確認も終わったらしく、再びグランス達はノーラ達の後を付いてメトロポリスへと向かっていた。ただ、ノーラ達と顔を合わせる前にリーフがどこかに飛んでいってしまったので、馬車は森の中に置いて来ざるを得ず、全員徒歩だったが。

 その途中、ディアナがノーラに話しかけていた。グランスはミネアとエイジを守る様に歩いていたし、アカリは当分マージンと会えないと知って意気消沈しているリリーを慰めていた。

「して、カンパニーユニオンであったか。それはどのような組織なのじゃ?」

「平たく言えば、企業の連合体ですね」

「企業の? しかし、こちらの世界には……ああ、そういうことなのじゃな」

 聞き返そうとしたディアナは、しかし途中で自分で答えに気づいたらしい。

「となると、やはり中核には有名どころが集まっておるのかの?」

「ローエングリスやワッツハイム、ジェネラル・カンパニーなどは存じてるかと思いますが」

「……そうそうたる大企業ばかりじゃな」

 ノーラの挙げた名前は、いずれも現実世界では知らぬ者のいないと言っても過言ではないほどの世界的な大企業ばかりだった。


 さて、そんな大企業が『魔王降臨』後のジ・アナザーで活動しているのは実は不思議でも何でも無い。

 現実世界の倍の速さで体感時間が経過するジ・アナザーという仮想現実空間の特性と世界中で常時1000万を超えるとされた接続人数は、現実世界の企業がジ・アナザー内部で活動する理由たるに十分なものだった。故に、メトロポリス限定とは言え世界中の企業がメトロポリスにオフィスを構え、そこではそれこそ無数の人間が働いていた。

 それは『魔王降臨』の時もそうだった。勿論、キングダムと同様、大多数の人間が『魔王降臨』の直前にジ・アナザーから強制切断されていたのだが、それでも組織として活動することが不可能ではない程度の人数は残った企業も少なくなかった。

 ただ、それだけのことである。


 とは言え、カンパニーユニオンの存在については納得したが、そうなると別の疑問も出てくる。

「して、現実世界の企業が、こんな世界で何年も何をしておるのじゃ?」

「素直に営利活動をしていてくれれば良かったのですけどね」

 ディアナの質問にノーラは苦虫を噛み潰した様な顔になった。

「残念ながら、あなた方の言うところの『魔王降臨』以降、メトロポリスではお金より現物の方が価値がある様な状態になっていまして、彼らの関心もお金儲けからは離れてしまった様なのです」

「と言うと?」

「支配、に関心がある様に見えますね」

「……企業にしては度を超しておるが……当然の流れかも知れぬのう」

 そのディアナの言葉に、すぐ後ろを歩いていたグランスが首をかしげた。

「そうか?」

「うむ。彼らにとっての今の利益が何であるかは知らぬが、手の届く全てを管理するのは利益を最大化する1つの手段であることには違いなかろうよ」

「なるほどな。しかし、この世界での企業の利益、か。何だと思う?」

「さあのう。ノーラよ。おぬしは知っておるかの?」

「……いえ。生憎と」

 そう答えたノーラの顔をディアナは少しだけ見つめ、すぐに溜息を吐いた。

 それでディアナ達からの質問は一段落したと考えたのだろう。今度はノーラがディアナ達に質問すべく、口を開いた。

「私からも質問、よろしいでしょうか?」

「内容に寄るのう」

 そのディアナの言葉に、全く拒絶はされていないと判断したノーラは一番気になっていた質問をすることにした。

「それでは。そのエイジという子は……『魔王降臨』の後にここで生まれたのでしょうか?」

 実のところ、この質問はノーラ個人の好奇心に基づくものではなかった。

 元々、ノーラ達の勢力も、メトロポリスを訪れている冒険者達からキングダム大陸の情報をある程度は得ていた。その中には幾つも興味深い情報があり、その中の1つに『魔王降臨』後に生まれた子供達のことがあったのだ。

「……否定はせぬよ」

 ノーラの質問に後ろを歩くグランスやミネアと視線を交わし合ったディアナは、一呼吸置いてからそう答えた。

 尤も、エイジを見られた時点で否定などできない。

 何しろ、言葉も話せない様な子供がジ・アナザーにログインすること自体、イデア社の方針として禁止されていた。様々な人間が挑戦しては誰一人として成功しなかったし、そもそも言葉も話せない様な子供に仮想現実を体験させることに社会そのものが拒否反応を示していた。

 そのため、そもそもジ・アナザーには10歳以下の子供というのが――見かけだけであっても――意図的に本来の体格を無視したアバターを作った人間でも居ない限り、存在しないのだ。

 それはさておき。

 ディアナの答えを聞いたノーラは、分かっていたことではあるが流石に少しばかり動揺した。ノーラの仲間達も同じらしく、その祥子に微かにざわついた。

「……知ってはいましたが、こうして実際に目にすると驚きますね」

 そう言いながら、ノーラはエイジについてもっと質問をしたかった。が、それは今は止めておくべきだと考え直した。元々、こうしてグランス達を迎えに来る前にも、その点は注意されていたこともある。

(仮想現実のはずのこの世界で、子供が生まれる? それならその中身は一体何?)

 勿論、ノーラはおろか、ノーラをグランス達の迎えに送り出した者達の中にもその答えを知っている者は一人もいなかった。

 ただ、研究者達の間では、仮説だけなら幾つか出てきているらしい。ノーラの所まで届いた噂ではAIなのではないかという仮説が有力視されていた。

 ただ、そうなるとノーラとしてはとても気味が悪かった。

 コンピュータの計算結果に過ぎない代物が人間のふりをしていることも、そんな得体の知れないものを可愛がっている人間がいることも。

『動物のロボットをペットとして可愛がることはあるだろう? それの延長なのだろうよ』

 グランス達の一行に年端もいかない子供がいるという情報があったため、グランス達を迎えに行くノーラにわざわざ会いに来た研究者の一人にそう言われていなければ、その気持ち悪さが態度に出てしまっていたかも知れない。

 尤も、その研究者は子供の正体について、別の意見をノーラに吹き込んでもいたのだが、ノーラにとって、それはよりおぞましい仮説だったため、その研究者を思いっきりはっ倒してきたのは、

(ちょっとやり過ぎ……ってことはないわね)

 全く反省の必要が無いことだった。

 さて、無表情ながらもそんなことを考えていたノーラを眺めつつ、ディアナはいつレック達に連絡を取るべきか、考えていた。クランチャットを使えば簡単なのだが、ノーラ達の目の前でほいほいと使って良いのかどうか、悩んでいたと言うべきか。

 実のところ、ソーシャル・アバターしか持っていないプレイヤーはゲームとしてのジ・アナザーの機能に非常に疎い人間が多かった。昔のギルド、今で言うところのクランでのみ使用できる機能についてなど、雀の涙ほども知らないということも珍しくはなかった。

 ノーラ達もそうなのかどうか。もし知らないのであれば、下手に教えない方が良いのではないか。ディアナはそう考えていたのだ。

 かと言って、ノーラ達に前後を固められている今の状況では他の仲間に相談することはできなかった。ただ、グランスがノーラを連れて戻ってきたとき、余計な情報は与えない方が後々有利になれるからと口止めだけできているだけマシだろう。

 などと考えていたディアナは、ノーラ達に訊くべき事の1つをまだ聞いていなかったことを思い出した。実のところ、訊くべき事は無数にあるのだが、その中でも特に気になっていたことと言うべきだろう。

「まあ、エイジのことは良かろう。それよりも、まだ訊きたいことがあるのじゃが、良いかの?」

「ええ、どうぞ」

「おぬし達、どうやって私達の居場所を知ったのじゃ? 見張られておるような気配は感じなかったのじゃが」

「それは、私の口からは説明できません」

「ふむ。それは、相応の誰かからであれば教えて貰えると考えて良いのかのう?」

「……多分、それも無理だと思います」

 ノーラがそう答えたが、ディアナはそれほどがっかりしなかった。予め予想できていた答えだったからだ。むしろ、グランス達の居場所を特定できる様な手段をほいほい説明する方がどうかしているとすら思っていた。それにも関わらず訊いたのは、駄目で元々というやつである。

(とは言え、監視手段は知っておかねば、何かあったときにこちらの居場所が筒抜けになりかねぬからのう)

 頭の痛いことだとディアナはこっそり溜息を吐いた。

 その傍らで、少し今の状況に慣れてきて余裕が出来てきたのか、グランスが質問を投げた。

「そう言えば、何故北門を目指すんだ? 近いのは北東の門だと思うが」

「北東一帯は、カンパニーユニオンの支配下です。生憎、我々とカンパニーユニオンはあまり仲が良くないので……」

 申し訳なさそうに説明したノーラに、再びディアナから質問が飛ぶ。

「そう言えば、おぬし達はどのような勢力なのじゃ? カンパニーユニオンがメジャーな企業の集合体であるというのは分かったのじゃがのう」

「それについては訊かれたら答えても良いと言われています。私達は各国の政府機関が集まった組織です。言わば、ジ・アナザーに閉じ込められた全ての人々に対する責任を負うべき組織だと思ってもらえれば」

 そんな答えに、グランス達が感心しそうになったところで、ノーラが言葉を続けた。

「ただ……これは知っておいてもらった方が良いことですので予めお伝えしておきますが、私達の組織は決して一枚岩ではありません」

 ノーラはそう言うと、自分達の組織について補足を始めた。

「そもそも各国の政府機関の寄り合い所帯なので、国ごとに考え方が違ったり、グループが出来ていたりするのです。私達が言うのも何ですが、中にはかなり傲慢な考え方をするグループもあります」

「傲慢、とは?」

「そうですね。言ってしまえば、ジ・アナザーに閉じ込められた人々は全てそのグループに従うべきだという考え方です」

 そのノーラの説明に、グランス達は全員が思わず足を止めてしまった。

「なんだ、それは。一体どこの国の連中だ」

 今時あまりにあり得ない考え方に、グランスが呆れた様にそう言った。

 だが、ノーラは首を振った。

「そこまではお教えできません。知らせるべき事ではないと言われておりますから」

「……ここまで言ってしまえば、同じような気もするがのう」

 ディアナはそう言うと、ノーラの仲間達をざっと見回し、

「して、ここにおるのはそのグループとは全く関係ない者達だけじゃと思って良いのじゃな?」

「はい。付け加えますと、そのグループはあなた達のことは全く知りません」

 その言葉に驚いたグランス達だったが、先ほどからのノーラの説明もあり、あまり大きく驚くことはなかった。

「ふむ。その理由は教えて貰えるのじゃろうな?」

 再び歩き出しながら、ノーラにディアナが訊いた。

「ええ。私達としてもそのグループにあまり力をつけられるのは困るのです。ですので、出来ればあなた方には私達のグループに入って貰えれば、と。それが無理でも中立を保って欲しいと考えています」

「まあ、そんな考え方をするところに行ってしまうと、口で良い様に使われそうじゃしな」

「そうだな」

 ディアナと同じように考えたらしいグランスが、うんうんと頷いた。人質をとって脅すなりなんなり、手段を問わなさそうな辺りがまたイヤである。

 実のところ、ノーラ達のグループもそこまで信用できるか分からないのだが、流石にディアナもグランスも口には出さなかった。


 それからも、カンパニーユニオンやノーラ達の組織――ガバメントの規模や勢力範囲について説明を受けつつ、グランス達はノーラ達に連れられ、北門を目指して歩き続けた。

 ただ、直径で約100kmもあるメトロポリスの規模が規模だけに、その北門までの距離は相当長かった。簡単な計算でもざっと40km。実際には最短距離を取れるわけでもない上に、メトロポリスからある程度の距離を取って移動しなくてはならないため、5~60km程度の道のりになると、ノーラは説明した。

 当然、それだけの距離を一日で移動できるわけもなく。

 グランス達がメトロポリスに入ったのは二日後の朝のことだった。



「……妙に古ぼけた感じがするな」

 メトロポリスの北門の1つが見えてきたところで、グランスがそう言った。似た様なことをレックも言っていたのだが、勿論、お互いに知る由もない。

「ふむ。そこかしこが汚れておる上に、植物が絡みついておるからかのう」

 門とその周囲の様子をよく観察していたディアナは、グランスがそう感じた理由をそう分析してみせた。

 ノーラはと言うと、「気がついたらあの(ざま)です」と全く気にしていなかったが。

 それから間もなく門へと近づいたグランス達は、誰か出てくると思っていたのに実際には誰も出てこないまま門を通過したことに拍子抜けしていた。

「門番などはおらぬのか?」

「ここにはいませんね。この辺りを実効支配している勢力がいたら門番くらいは置いていたかも知れませんが、この辺りには特に有力な勢力はいませんから」

 そのままノーラが説明したところによると、直径100kmにも達するメトロポリスの半分以上の地域が無人地帯と言うことだった。たった今グランス達が通過した門の周辺も、そんな無人地帯の1つなのだった。

「……キングダムも無人の地区がかなりあったが、メトロポリスもなんだな」

「規模はこちらの方が大きいだけに、文字通りのゴーストタウンになってしまっておるな」

 全く人気の無い通りを歩きながら、グランスとディアナがそんな感想を漏らした。

「なんか、落ち着かないよ~」

 流石に二日も経ってマージンがいないことに慣れてきたのか、会話に混ざる様になっていたリリーが辺りの様子をしきりに見回しながら、そう言った。

「そう……ですね。少し、気味が悪いです」

 エイジを抱きかかえたミネアも、周囲の様子を気にしながらリリーの言葉に頷いていた。

 アカリだけは、

「そうですか? ちょっと寂しい感じはしますけど、それだけだと思うんですけど」

 と、リリーたちとはちょっと違う感想を抱いていた。

 一方、ノーラ達はと言うと、メトロポリスに住んでいるだけあって慣れているのだろう。

「メトロポリスは大半がこんな感じです」

 そう言った後に、思い出した様に言葉を付け加えた。

「でも、獲物を漁っている武装集団が時々潜んでいますから、十分に注意してください。少なくとも、遠くまで聞こえる様な大きな声や物音は立てない様にお願いします」

「武装集団? 略奪団か?」

「……まあ、似た様なものでしょうね。ただ、武装集団は考えられる限り悪質な集団だと思ってください。生きて捕まる様なことがあれば、考えられる限り最悪な目に、それこそ死んだ方がマシだと思う様な目に遭わされます」

 口調こそ丁寧だが、憎しみを隠しきれないノーラのその言葉に、グランスは思わず周囲に視線をやった。勿論、何の気配もなかったが。

 一方、ノーラが武装集団とやらにあまり良い感情を持っていないことを感じ取りつつも、ディアナは敢えて武装集団について質問することにした。知っておくべき危険の1つだと判断したためだ。

「出来れば教えて欲しいのじゃが、武装集団とは言うが、どんな連中なのじゃ?」

「平たく言えば人間のクズの集まりですね。それも最悪な部類の、です。現実に戻れたらなんとしてでも社会から排除すべき連中だと断言します」

 そんなノーラの発言から、武装集団というのは相当にたちが悪いらしいと察したディアナは苦虫を噛み潰した様な顔になった。それでも、まだ訊くべき事は残っていた。

「どんな武器を持っておるか、訊いても良いかの?」

「武器ですか? どこから手に入れたのか知りませんが、銃火器で武装していますね。防弾チョッキなども持っていますし……クズの集まりですが、その点では油断できない連中です」

「銃火器か。メトロポリスでは結構出回っておるのかのう?」

 そのディアナの質問にはどう答えるか少し悩んだノーラだったが、あまり隠すべき事でもないと考えた。

「……そうですね。流石に溢れかえっているとまでは言いませんが、大きい勢力ならばそれなりの数は保有していると見ています」

 つまりそれは、本来銃火器を持つべきではない者達もが、銃火器によって武装しているということだった。

 その事を理解したディアナはますます苦虫を噛み潰した顔になった。

 確かに、メトロポリスにいる人間に比べるとディアナ達の身体能力は極めて高い。だが、レックでもあるまいし、少なくともディアナには銃で撃たれて無傷で済ませられる自信は無かった。言い換えれば、銃で武装している相手はディアナにとって十分脅威なのである。

 それはディアナに限ったことではなかった。恐らくはレックを除く仲間全員に当てはまる。

(これは思っておった以上に危険な所に来てしまったのかも知れぬのう……)

 そう後悔するも、今更だった。

(最悪、何の収穫もなくともメトロポリスを離れることも考慮に入れておいた方が良いのじゃろうな)

 そう考えていたディアナは、ふとグランスと目が合った。

 ディアナ同様、なにやら考えていた様子のグランスは目が合うと、さりげなくディアナとの距離を詰めた。

「……レック達とは連絡が付いたか?」

 ノーラ達に聞かれないよう、声を潜めてそう確認してきたグランスに、ディアナは微かに首を振った。

「そうか……。一度ゆっくり相談した方が良さそうだな」

 グランスはそう言うと、再びさり気なさを装いながらミネアとエイジの下へと戻っていった。

 そんなグランスではなく、いつの間にか少し前を歩いていたノーラの背中を見ながら、ディアナはもう1つの問題について思いを巡らせた。

(レック達との連絡が付かねば、メトロポリスを離れるも何もないのう……)

 気づいたのは一昨日のことだった。

 ノーラ達の目を盗んでクランチャットでレック達に連絡を取ろうとしたところ、全く反応がなかったのだ。それから何回か試してみたのだが、結果は常に同じ。

 一応、ノーラ達にクランチャットのことは隠しておこうということになっていたこともあり、グランスとディアナが時折連絡を取るだけにとどめる事にしていたため、このことはまだリリーには気づかれていなかった。

 だが、一度気づかれてしまえば、例えレック達の名前が白く、生きていることだけは確認できていたとしても、間違いなくリリーが騒ぎ出すことは目に見えていた。故に、リリーにだけはこのことは気づかれない様にしようと、リリー本人を除く全員で決めていた。

(とは言え、いつまで隠し通せるかじゃな。そうなる前にレック達と合流できれば良いのじゃが……)

 ディアナはそう考えるものの、連絡が付かなくなってしまっている現状、合流の目処などどこかに吹き飛んでしまっていた。

(全く。面倒な状況になってしまったものじゃな……)

 これからのことを考え、ディアナはこっそりと溜息を吐いた。


 一方、グランス達を先導しているノーラ達は、密かにグランス達の挙動を観察していた。グランス達が時折、聞き取ることが出来ないほど小さな声で話し合っていることも、勿論気づいていた。

 だが、そのことを咎めるつもりはノーラ達にはなかった。ただ、その内容には大いに関心がある。が、1mの距離でも聞き取れないほどの小声では、盗み聞きも出来ない。と言うか、それでどうやってお互いの声を聞き取っているのか。それがノーラには不思議だった。

(これが、冒険者の能力ということ?)

 そう推測してみるも、それが正解かどうかすら分からない。

 ノーラの属する組織は、キングダムから来た冒険者達を少数ながら取り込むことに成功していた。故に、ノーラも冒険者達の能力を少しは知っていた。

 彼らの身体能力は、ソーシャル・アバターとプライベート・アバターの違いなのか、ノーラ達を大きく凌駕していた。勿論、銃で撃たれればそれなりの怪我はするし、十分倒せる範囲ではあるのだが、同じような武装を与え、十分に訓練を積ませれば、一人で一個小隊にも匹敵する戦力たり得るのだ。

 ノーラ達がメトロポリスの外まで迎えに行ったこの冒険者達もまた、彼らと同じように相当な身体能力を有しているのはほぼ間違いないだろう。ならば、常人にはほとんど聞き取れない様な小さな声でも会話が成立するのかも知れない。

(一度、確認しておくように、進言しておいた方がいいわね)

 ノーラはそう心にメモすると、今度は周囲の様子に注意を向けた。

 この辺りはそれほど危険ではないはずだが、それでも警戒するに越したことはない。あの犯罪者達が普段どこにいるのかは、ノーラ達の組織もまだ掴めていないのだ。

 ノーラ達の組織――ガバメントは、確かに一大勢力として認められるだけの規模を誇っている。また、グランス達には言っていないが、各国の政府機関の人間だけではなく、『魔王降臨』当時、ジ・アナザーにて訓練中だった軍の一部までもが属している。他にも、一般には知られていない部署の者達すらいるほどだ。

 故に、所属人数や支配域の広さという点ではカンパニーユニオンに大きく劣るが、組織としての能力の高さはカンパニーユニオンに引けを取らないはずだった。

 そんなガバメントが力を入れていることの1つが、あの犯罪者達の組織――マーダーズの情報収集だった。にもかかわらず、まだしっぽすら掴めていないのだ。

 ひょっとしたら、この冒険者達の情報を掴んで、この辺りにいるのかも知れない。

 そう警戒しておくのも無駄にはならないだろう。


 とは言え、そうそう問題が起きるわけでもなく。

 その二日後には、無事、ノーラ達はグランス達を連れてガバメントの支配地域へと入ることが出来たのだった。

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