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ジ・アナザー  作者: sularis
第十五章 シティ・メトロポリス
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第十五章 第一話 ~プロローグ~

やっとメトロポリス本編の始まりです。


メトロポリスでは幾つか話が大きく動く予定です。レック達蒼い月はメトロポリスで何を経験し、何を知るのか。


……というか、メトロポリス本編、何話くらいかかるんだろ。。

「ああ……この地は良いな……」

 人の気配が全く感じられないその村に、一人の人影が立っていた。

 その人影は、壊された建物を見ては満足そうに笑い、建物の中に広がる黒いシミを見ては笑った。

「これは……」

 建物の1つでその人影はしゃがみ込んで拾い上げた白い骨は、見るべき者が見ればすぐに分かるだろう。まごう事なき人骨だった。

 その骨をじっと見つめていた人影は、やがて高々と笑い出した。

「……ははっ。良いな。実に良い。この無念が、怨念が、実に心地よいな」

 そうして一頻(ひとしき)り笑うと、その人影は大きく口を開け人骨を丸呑みにした。

「ああ……良い。実に良い。生きている人間を喰らうのも良いが、苦しみながら死んだ人間の念もまた良い」

 その人影はそう言って笑うと、再び村の中を歩き始めた。

 そして、その人影が村を去った後には、村の各所に散らばっていた白い骨は、1つ残らず無くなっていたのだった。





 春は一年のうちで最も変わりゆく季節を感じやすい時期だろう。少なくとも、クライストはそう思っていた。

 尤も、5月ともなれば春も終わりで、暖かいを通り越して暑い日すらあったりする。人の腰の高さほどにまで伸びた草花が風に揺れる様にちょっとした涼しさを感じてしまう辺りに気温の高さが察せられる。

 ただ、風になびく木々というものはこの辺りには一切無かった。それどころか、ここしばらくはまともに動物の姿すら見ていない。小鳥や虫程度ならいるのだが、中型以上の動物はエネミーすら見かけることがなかった。

「なんか、寂しいとこだよな」

 ガタゴトと揺れる馬車の荷台から周囲の景色を見ていたクライストがぼそりと呟くと、

「そうじゃな」

 とディアナが頷いた。

 他の仲間達も答えはしなかったが、同じようなことをずっと感じていた。

「やっぱ、全部狩り尽くされたってことなのか?」

 疑問系で口にしたクライストだったが、別に答えは求めていなかった。それで正解だと分かっていたからだ。レック達も分かっているだけに、敢えて質問に答えることはしなかった。

 代わりに、レックは前々から思っていた疑問を口に出した。

「でも、ここまでやっちゃって、どうやって食べていってるんだろう?」

「そりゃ、そのための略奪だろ?」

 クライストがそう返したが、それでもレックは首をひねっていた。

「それくらいじゃ足りないと思うんだよね。それなりに食料生産能力もあるみたいだけど……」

 レックの試算では、メトロポリスには下手すれば数百万単位の人間がいるはずだった。勿論、キングダムと同じくらいの割合で『魔王降臨』の時に人が残っていればの話なので、実際にはもっと多いかも知れないし少ないかも知れない。

 ただ、それでも相当な人数がいることは間違いなく、そんな彼らを養えるだけの食料生産能力がメトロポリスとその周辺にあるのかがレックには疑問だった。

「ギルドの方でも、そこまでは調べられてなかったな」

 そう言ったのは、御者台に座っているグランスだった。とは言え、馬車を引いているのがリーフなので、手綱も何も握っておらず、本当に座っているだけだったりするが。

「ってゆーか、ギルドの情報も穴だらけじゃない? あたし、こっちの大陸の状況、もっとマシだと思ってた」

 グランスの席を狙いつつ、リリーがそう言った。勿論、グランスを狙っているのではなく、リリーの狙いはその隣に座る仲間にあるのだが。

 リリーに狙われているという自覚があるのか無いのか、マージンがノンビリと口を開く。

「まー……多すぎたんやったら、それなりに人、減っとるやろうけどな」

 荷台にいると気分が悪くなるという理由で御者台にいるのが功を奏したのか。あるいは気分が悪くなるとリーフの背中に移動しているのか功を奏したのか。とりあえず、ここしばらくは酷い乗り物酔いに苦しめられることもなく、その調子は良さそうだった。

 ただ、その口から飛び出してきた言葉は、よく考えてみるとかなりとんでもない。

「…………」

「あいたっ!?」

 ディアナが無言で振るったハリセンに頭を直撃され、マージンは思わず蹲った。

「なにすんねん!」

「説明させるでないわ。理由くらいは分かるじゃろう……縁起でも無い」

 ビシッとした台詞よりも、その後にぼそっと付け加えられた言葉でマージンも理解したらしく、言葉を詰まらせながら、馬車の前方へと向き直った。

 そんな二人の様子を見ていたリリーはと言うと、今のやりとりが理解できないながらも、何となく羨ましかったりする。

 一方、会話に参加していないミネアはそれどころではなかった。

 つい先日2歳になったばかりのエイジだが、元気に歩き回れるようになったためか、馬車の上でもお構いなしに動き回るのだ。こけても何が楽しいのかキャッキャキャッキャと笑っているのは良いのだが、そのまま馬車の端まで行って落ちてしまいそうで、ミネアとしては気が気でなかった。

 幸い、アカリも注意していてくれているおかげで今のところは事なきを得ているが、このままではいつか落ちる。ミネアはそう確信していた。

(できれば、もうちょっと壁を高くして欲しいんですけど……)

 座って寄っかかれるくらいの高さしかない馬車の壁を見ながら、ミネアは溜息を吐いた。だが、それをマージンに頼むのもちょっと気が引けた。



 さて、ここで少し彼らの状況について説明しよう。

 クラフランジェを逃げ出したレック達は、キングダムへと引き返すか、メトロポリスへと向かうかで意見が真っ二つに割れた。それはもう見事に割れた。

 ちなみに、キングダムに戻るべきだとしたのがディアナとアカリで、メトロポリスへ行くべきだとしたのがレック、クライスト、マージン、ついでにリリーだった。

 グランス夫妻はメトロポリスが危険だと分かるだけにキングダムへと戻りたいが、トップクランの1つと見做されている自分達が戻ってしまうとクライストの現実世界への復帰が遅れそうでと、結局どっちが良いのか決めかねていた。

 ただ、ディアナとアカリも今キングダムに戻ってしまえば、次にメトロポリスに迎えるのはそれこそ数年先になりかねないことは分かっていた。妙な話術を披露したマージンがその辺りを突いて、二人を説得することで意見の統一が図られたという次第である。

 そうなると、次は移動手段である。これに関しては、人里離れた地域ならちゃんとした森が広がっていたこともあり、マージンが馬車を造り、それをリーフとレックが引くという形で決着した。ただ、十分な道具がなかったために、かなり貧相な馬車になってしまったのは否めない。

 さて、そんな彼らはクラフランジェですっかり懲りたのか、基本的に町や村には近寄らない形でメトロポリスを目指していたのだが、最近その方針も変わりつつあった。正確には、限られたメンバーだけでなら、積極的に町や村には立ち寄ることにしていたというべきだろう。

 その方針の転換の理由として、メトロポリスに近づくにつれて悪化すると思われていた治安状況が、むしろ改善されていたことが挙げられよう。思っていたよりも治安が良かった理由は幾つかあるのだが、やはり略奪に頼るだけでは持続できないからと言うのが大きいだろう。というか、そもそも略奪そのものが生産能力の不足を補うためという位置づけらしかった。

 そんな訳で、幾つか前の村ではレック達だけだが試しに宿を取ってみたし、それで大丈夫そうだったので前の街では全員で宿に泊まったのだが特に大きな問題は起きなかった。

 敢えて言うならば、やたら珍しい物を見る目で見られたことくらいだろうか。流石にこんな状況のメトロポリス大陸を旅する者は皆無と言って良いほど少ないらしい。

 ただ、それでも流石にエイジだけは常に隠していた。何しろ、メトロポリス大陸に入ってから一度も子供の姿を見ていないのである。キングダムでは数が少ないとは言え、最早珍しくはないのだが、どうやらメトロポリスではまだ子供が生まれるような事にはなっていないらしく、エイジが見つかると大騒ぎになるとレック達は考えたのだった。



「そう言や、あと半日も行けば次の町のはずだろ? 泊まんのか?」

 ふと思い出したクライストがそう確認すると、御者台のグランスは首を振った。

「いや、エイジのためにも出来ればそれは避けたい」

 何しろ、エイジはまだまだ言葉で言っても大人しくしてくれるような歳ではない。起きている間中何かしら元気にちょろちょろしている。おかげで、前の町では町にいる間中、エイジは魔術で眠らされていた。グランスとしてはそんなことは避けたいのだろう。

「まあ、おまえ達だけで町に泊まるのは別に構わんが……どうする?」

 そうグランスが訊いたのはクライストに対してだけではなかった。レック、マージン、ディアナ、リリー、アカリもである。

「わいは止めとくわ。正直、野宿の方が気楽やし」

「だよね。クラフランジェでの事を考えると、いくら治安が良さそうでもちょっと町では気が抜けないよ」

 マージンの言葉にレックが頷いた。が、そこにディアナが待ったをかけた。

「いや、おまえ達は町に泊まってきた方がよいじゃろう。思っていたより治安は良いようじゃが、ノンビリ構えておられるほどでもなさそうじゃしな。情報収集を兼ねて、町があるなら行くべきじゃ」

 そんなディアナの言葉に、マージンとレックが微妙な顔になった。


 クラフランジェ辺りと比べてこの辺りの状況はかなり良い。だが、キングダム大陸に比べればかなり微妙な状況だった。

 具体的に言うならば、キングダムには大陸会議が人が住む地域のほとんど全てを管理下に置いており、人間同士の大きな争いは全く起きなくなっていた。

 一方、メトロポリスでは3つの大きな勢力が互いに勢力を競っている状況で、小規模な戦闘やらそれによる人死になどは日常茶飯事だというのだ。

 勿論、常に全力で争い続けていては共倒れになるのはどの勢力も分かっていて、おかげでこうしてある程度の平和は享受できているのだが、いつ何時他の勢力が攻めてくるか分からないという状態でもあった。

 他にも、主要3勢力に属さないグループも勿論いて、人間同士の争いなどたかが知れていると言えるキングダムに比べ、物騒極まりないと言える状況なのだった。


 そんなメトロポリスの状況を念頭に置いた発言だけに、レックもマージンもイヤだとは言いづらかったらしい。

「……しゃあない。諦めよか」

「そうだね……はぁ」

 基本的に大した情報が手に入らないとは言え、ちょっとした噂話を集めて繋げていけば見えてくるものもある。そのことが否定できないだけに、渋々とマージンもレックも次の街でも宿に泊まることを了承した。

「で、クライストも来るんだよね?」

「まあ、二人よりは三人の方が良いだろうしな」

 レックに訊かれたクライストは、あっさりと頷いた。

「他は……いないね」

 仲間を見回しながら、レックはそう言った。

 エイジがいるからミネアとグランスは論外で、身体強化が使えないリリーとアカリもいざという時のことを考えるとあまり街には近寄らない方が良い。ディアナは予備選力とでも言うべきか。

「……町の中より、町の外の方が安心できるって、おかしいと思うんだけど」

「こっちの状況が状況だ。仕方ないだろう」

 実際、この辺りはエネミーすら食料として狩り尽くされていて、町の外には基本的に危険が無い。いつ何時牙を剥いてくるか分からない人間がいる町の中より、外の方がよっぼど安全なのは事実だった。

 そのことに愚痴を垂れたレックをグランスが苦笑しながら宥めたのだった。





 その無機質なオフィスには大きな窓が備え付けられていた。だが、十分に明るいと言うだけで、その窓からの景色は決して良いものではなかった。何しろ、窓から見える景色の大半が建物で埋め尽くされているのだ。個性をもった建物が多少はあるが景色に花を添えるには至っていない。いや、そもそも見上げなければ空が見えない時点で閉塞感しか感じない。

 そんな窓の側に一人の男が立っていた。すらりとした肉体を包み込む灰色のスーツにそこだけ目を引くような赤いネクタイ。残念ながらその金髪は多少乱れているが、青い瞳に宿る力強さは誰にも負けまいと言う強い意志の表れだろうか。

 そんな男は、たった今、部下からの報告を聞き終えたところだった。

「なるほど。新しい冒険者達か。使えるのか?」

 男は開口一番にそう言った。だが、別に部下の返事を期待していたわけではない。それが分かるようなら、まとめて報告されているだろう。

 今までも何組もの冒険者達がキングダムからこのメトロポリスを訪れていた。その全員がメトロポリスに元々いた者達よりも遙かに高い能力を有していたが、中には性格や考えから男とはそりが合わなかった冒険者も少なからずいた。

 そういった冒険者達の末路は、男の元から無事に逃げおおせたか、あるいは……と言ったところだが、それはさておき、男の元で動いている冒険者達はいずれも一騎当千とまでは言わないが、圧倒的とも言える戦闘能力を備え、このメトロポリスで頻発している小競り合いで十分な活躍を見せていた。

 故に、男としてはキングダムからの冒険者は一人でも多く欲しいのである。勿論、彼らの力を持ってしてもどうにもならないことも多い。だが、下手な武器と違って使い減りしないというのが大きかった。

 だが、今回の報告では注目すべき事は他にもあった。

「それと……子供、か」

 クラフランジェの住人達からの証言からその冒険者の一行には、年端もいかない子供がいることが明らかになっていた。どうもそのことを隠そうとしていたらしく証言が少ないのだが、それでも嘘ではないだろうと男は判断していた。

 と言うのも、男の部下となっている冒険者達からも、キングダムでは子供が生まれているという情報が得られていたからである。

 最初にそれを聞いたとき、男は全く信じなかった。何しろ、自分達がいるのは仮想世界なのだ。男女の営みが可能とは言え、そこから新たな命が生まれるわけがない。

 だが、NPCという形であればあり得るのかも知れないと言われれば、それは否定は出来なかった。ただ、そうなるとイデア社は人間のように成長し、人間と見分けることが出来ないほど高度な人工知能を開発したということになる。

 そう判断したときの男の台詞は「一刻も早く現実に戻り、なんとしてでもその技術を手に入れなくてはな」というものだった。

 勿論、そう簡単に事を運べるような相手ではないことは百も承知であるが、これだけ大規模な事件を起こした以上、どうとでも交渉の余地はあると男は考えていた。

 ただ、現実に戻るのは男を持ってしてもそう簡単なことであるとは思えなかった。

 何しろ、ここはイデア社が作り上げた仮想世界なのだ。本来なら強制的に長時間の仮想世界への接続を切断してしまうBPの安全機構が動作しない以上、この世界に閉じ込められた者達にとって、イデア社は文字通り神のごとく振る舞える。

 故に、現実世界で男がどれだけの力を持っていたとしても、ここでは大した力たり得ず、イデア社が定めているであろうゴールを目指して醜く足掻くしか現実世界に戻る術はないだろうと男は考えていた。

 幸いなことにそのためのヒントはあの時、速やかに与えられた。ただ、それを実行に移すための力と情報が男には圧倒的に不足していたのだ。

「子供がなんなのか……解析するのは難しいだろうが、別の使い道があればそれだけで十分だな」

 うまく使えば、新しい冒険者達は男の思うままに扱えるようになるだろう。報告を聞くだけでも、今男の元にいる冒険者達と一線を画す能力の持ち主達らしい。それほどの力があれば、男の足を引っ張る愚か者共をねじ伏せ、現実に復帰することも夢ではなくなるかも知れない。

(いや、それは過剰な期待か)

 一瞬いきすぎた思考に歯止めをかけ、男は短い息を吐いた。そして、報告を済ませた後、退室の許可を待っていた部下に改めて確認する。

「他の連中は、まだその冒険者達には気づいていないな?」

「……ええ。一応、ジェネラル達にも口止めはしておいたわ。長くは隠せないでしょうけど」

 そう頷いたのは紗耶香だった。その服装は、ジェネラル達と行動を共にしていたときとは異なり、無骨なものではない、十分な色気を感じさせる女性用のスーツだった。膝上丈のスカートからすらりと伸びる足など、女に飢えた男には目の毒では済まないだろう。

 だが、紗耶香の目の前に立っている男は気にするそぶりも見せなかった。

「構わない。最悪、丸ごと飲み込めば良いだけだ。問題は、他のグループだな。そっちに行くようなことがあったら、迷わず殺れ」

 同じグループ内の争いであれば基本的に武力による実力行使などしなくても、なんとでもできる。だが、メトロポリスに蔓延る男が所属するグループの敵対勢力にその冒険者達が味方するような事態となると、こちらにかなりの被害が出ることが予想された。それくらいなら、さっさといなくなって貰った方がありがたいというわけである。

 尤も、それが実現できるかどうかは分からない。そもそも、簡単に殺せるような相手なら逆に男が欲しがるはずもない。

 そのことを紗耶香が指摘すると、

「だろうな。だが、俺に従わない戦力など邪魔なだけだ。確実に潰せ。いいな?」

 男は不敵に笑いながら、そう念を押したのだった。





 それが解き放たれた瞬間。

 分かる者にだけ分かる何かが、世界中を走った。

 メトロポリス大陸も。

 キングダム大陸も。

 カントリー大陸も。

 そして、未だ誰一人足を踏み入れたことのない中央大陸も。


 それを感じた瞬間、

 ある者は喜び、

 ある者は畏怖し、

 ある者は欲望を滾らせ、

 ある者は憎しみを抱いた。





「これが……風の精霊王、なのか」

 強い風が吹きすさぶ中、たった今、自分達が解放したばかりのそれを見上げながらロマリオが言った。その声音には驚きよりもむしろ畏怖こそが多く感じ取れた。

「……多分」

 言葉足らずに答えるエセスもまた、目の前に現れたそれ――風の精霊王と思しき巨大な半透明の女性らしき何かを見上げ、それに対する畏怖を隠せない様子だった。

 周囲には果てしない青空が広がっていた。ただ、二人がいる塔の下からは遠くに見える地平線までひたすら人工の灰色が広がっていたりして、開放感こそあれど心洗われる……とは言い難い景色だったりするが。

 尤も、今の二人はそんなことは忘れ去っていた。

 封印を解いた直後、精霊の(エレメンタル・アーク)から勢いよく吹き上がった風の中から現れたそれのまき散らす圧倒的な存在感と魔力に畏怖していたのだから。

 ただ、いつまでも固まっているわけにもいかない。ロマリオ達がここに来た目的はまだ半分も達せられていなかった。

 本来ならば、目の前の精霊王が現れた時点でその存在感に飲み込まれ押しつぶされ目的も何もなくなるのだが、ロマリオ達にここの事を教えた者はそのようなことは望んでいなかった。おかげで、ロマリオもエセスも畏怖を感じこそすれ、全く動けなくなってはいなかった。

 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 そして、ロマリオが意を決して口を開こうとした時、

『あなたたちが我が封印を解いたのですか?』

 二人の前にいるそれが透き通るような、それでいて決して無視できない重みを持つ声を発した。

「あ、ああ。そうだ」

 辛うじて答えを返したロマリオは、しかし今にも汗が噴き出ようとしているのを感じていた。予言者から授けられた魔術によってそれの存在感から守られているはずにも関わらず、声を聞くと改めて押しつぶされそうになったのだ。

 何とか気を取り直し、今も自らを守っているはずの魔術を必死に支え、効果を高めようと試みる。

『なるほど。……やはり、彼らはここには間に合わなかったのですね』

 ロマリオとエセスをしばし観察していたらしいそれの呟きに、ロマリオは「彼らとは?」と訊きたくなったが、予言者から伝えられていた言葉を思い出し、その質問は飲み込んだ。

『精霊王はおまえ達の質問に1つだけ、許される範囲で答えるだろう。くれぐれもつまらぬ質問などしないことだな』

 逆に言えば、許される範囲ならロマリオ達が知りたいことに答えてくれるかも知れない。そして、どんな質問をするかは予めエセスと相談して決めていた。――理想から言えば、リヴォルドの仲間達とも相談したかったが、キングダム大陸から遠く離れたここでは仲間達とは連絡を取ることは不可能だった。

 故に、

『それでもこうして風の精霊王たる我の封印は解かれました。ならば、あなた達には褒美を与えねばなりません。何か望むものはありますか?』

 精霊王の言葉に、ロマリオはしっかと頷いた。

 そして、

「訊きたいことがある! この世界は……一体何なんだ?」

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