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ジ・アナザー  作者: sularis
第十四章 クラフランジェ
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第十四章 第十一話 ~クラフランジェ混乱~

(さて、と。こいつもついでにおまけしとこか)

 雷撃の魔術の詠唱を終えつつあったマージンが取り出したのは、一本の投げナイフだった。

 ナイフそのものは何の変哲もない普通の代物なのだが、雷撃の魔術の発動に合わせて目標に投げつけることで、雷撃の魔術を誘導する効果があるのである。――ほんの少しだけだが。

 マージンは詠唱を終えると取り出したナイフを構え、

 ピシュン

「うおわっ!?」

 次の瞬間、頬に走った痛みと衝撃に思わず魔術を空へと向かって放ってしまっていた。

 それで魔術が一発分完全に無駄になったかと思いきや、それを目の当たりにしたクラフランジェ、略奪団双方の動きが止まった。

「マージン! どうかした!?」

 異常を察したレックが防壁の下から声をかけると、

「なんや、攻撃受けたみたいや!」

 飛び降りてきたマージンが右頬に手を当てたままそう答えた。

「怪我?」

「っつつ……痛むからそうなんやろうな。言うても、血は出とらんみたいやけど」

 そう言いながらマージンが右頬に当てていた手を離した下からは、ぽろぽろと炭がこぼれ落ちた。

「何、それ?」

「分からへんけど……(いつ)つ……」

 顔を顰めつつ、マージンはアイテムボックスから布を取り出し、炭がこぼれる傷口らしき場所へと当てた。

「大丈夫なのか?」

 そう言ったのはユーゲルトである。上空で炸裂した雷撃に驚いて反応が遅れたものの、レックとマージンのやりとりでハッと気がつき、既に攻撃再開の指示を出していた。

「大丈夫やとは思うで。っつぅ……まあ、痛いだけで血もそんなに出とらんし、な」

「ならいいが……薬ももう無くて、治療も出来ないからな」

 申し訳なさそうなユーゲルトを見ていたレックは、自分達が隠している治癒魔術――教えると攻撃魔術以上に面倒なことになるということで、エイジの存在と共にクラフランジェには隠していた――の事を思い、むしろ自分達の方が申し訳ない気持ちになった。この辺、まだまだ平和な日本人の性格が残っているのだろう。そんなことを思いながら、レックはマージンに肝心なことを訊いた。

「じゃあ、話変えるけど、どんな攻撃受けたか分かる?」

「いんや。ああ、でも、ナイフの方にも何か当たったような感触はあったわ」

 マージンはそう言いながら、空いている方の手で先ほどのナイフを取り出そうとして、

「あっちゃっちゃ!!」

 地面に落とした。

「え? 熱い?」

 レックはマージンが落としたナイフに恐る恐る触ってみた。

「……確かに熱いけど、なんでこんな事に?」

 一瞬なら兎に角、ぐっと握りしめていると軽い火傷をしそうな程度には熱を持ったナイフに、レックは首をかしげた。



 その頃、多々見達の陣地ではアリテルスが舌打ちをしていた。

「くそっ! 運がいいやつだ!」

「どうした? 外したのか?」

「いや、狙い通りドンピシャだ。けど、あいつが直前にナイフなんか出しやがった」

 アリテルスのその言葉だけで、多々見は何が起きたか理解した。

 アリテルス秘蔵の武器は火薬式の銃などとは比べものにならないほど高度な代物だった。所謂レーザーガンと呼ばれるものである。

 その射程は軽く1kmを超え、最大出力であれば2km先のターゲットを打ち抜くことも造作も無い。また、風の影響も受けないため、非常に高い精度を誇る上に引き金さえ引いてしまえば相手に躱す時間は無いなど非常に優れた武器なのだが、欠点も多かった。

 まず、空気中に漂う微粒子が多いと、距離に伴う威力の減衰が半端ない。霧が出ていたりするとまず使えない。おまけに鏡や鏡のように光をよく反射する物には威力を発揮しづらい。

 今回もその弱点が出てしまった、つまり、ターゲットの冒険者が直前に取り出したというナイフ。それにレーザーが反射されてしまったのだろうと多々見は理解した。

「もう一度狙えると思うか?」

「さあな。相手が余程迂闊か、追い詰められたなら兎に角、そこまで期待しない方がいいと思うぞ」

 アリテルスの言葉に、多々見は頷いた。

 そして、アリテルスの使いどころを改めて考え始める。

(勿論、冒険者が出てきたら優先的に狙わせる。だが、それが期待薄になった以上、ちまちま撃たせるしかないか)

 勿論、レーザーガンの希少性とエネルギーを使い切ったが最後、補充できないことを考えるなら、使わないという選択肢もあり得る。だが、

(……2、3発だけ撃たせて、相手に警戒はさせておくか)

 既に一回使ってしまった以上、不意打ちはもう出来ない。だが、警戒させることで相手の動きを縛ることは出来る。

(考えることはみんな同じってことだな)

 冒険者達にやられたことを思い出し、多々見は苦笑した。

 その時、多々見の個人端末にチャットの着信があった。

「ん?」

「何かあったのか?」

 アリテルスが個人端末を横から覗き込んで来るも、特に気にせずに多々見はチャットを開き、ジェネラルからの連絡を確認した。

 それを見た多々見は、この戦いの終わりが近いことを予感したのだった。



「で、結局、どのような攻撃なのじゃ?」

 マージンが攻撃された後、何故か一斉に略奪団が陣地にまで退いていったため、レックとマージンはマージンの治療とマージンが受けた攻撃についてグランス達と話し合うために、グランス達の元へとへと戻っていた。

「ナイフが溶けていたのとマージンの怪我を考えると、熱線兵器みたいなものだと思うんだけど」

 ディアナに訊かれ、レックはあちらでマージン、ユーゲルトの二人と共に出した推測を答えた。

 実際、マージンのナイフは非常に小さいながらも何カ所か溶けた跡があったし、マージンの頬の傷に至っては炭化していた。それらの状況証拠が示すことは、マージンが受けた攻撃は非常に高熱の何か、という事だった。

「熱線兵器……レーザーやビームの類か。面倒だな」

 グランスが深刻そうな顔でそう言った。

 ジ・アナザーにまでそんなものがあるとは思っていなかったが、レーザーやビームの特性くらい、大抵の人間が知っている。と言うのも、現実世界での携帯型の武器の主流がレーザーガンだのビームガンだのといった物だったからだ。

 勿論、それらを入手できる人間は日本では限られていた。だが、それらについての情報の入手までを制限することは難しく、それどころか物によってはニュースになる度に詳しい仕組みが説明されていたため、一部の人間を除けば大抵知っているという状況ができあがっていたのである。

 話が逸れたが、本当にレーザーの類なら、撃たれてから避けることなどできはしない。マージンが軽傷で済んだ理由も、たまたまナイフの刃でレーザーを反射したからではないか、と言うのがレック達の一致した見解だった。――断じて、仲間達、特にリリーには言わないが。

 ただ、グランスを始めとする仲間達が深刻そうな表情をする傍らで、レックとマージンは警戒しすぎる必要は無いと考えていた。

「面倒だけど、多分、それで戦局が決まることはないと思うよ」

「どういうことじゃ?」

「そんなに使えない武器のはずだから。遠慮無く使ってきてないから、数がないのは確かだよ。それに、火薬式の銃と違って、使い切ったらそれまでなんじゃないかな」

「使い切ったらそれまでってのは、楽観的過ぎやしねぇか?」

 クライストの疑問に答えたのはマージンだった。

「メトロポリスは『魔王降臨』の後、エネルギーの供給がなくなっとる。バッテリーの類に溜めとったエネルギーは使えとったみたいやけどな。やから、レーザーガンなら使えば使うだけ残りの弾数は減るはずや」

「なるほどな。だが、後どれだけ残っているかは分からないんだろう?」

 そのグランスの質問に答えたのはレックだった。

「分からないよ。でも、補給が出来ないと分かっている物って、使いづらくない?」

 その言葉にはグランスも頷かざるを得なかった。

 余程思い切りがいい人間でも無い限り、補給できない物をぽんぽん使うことは出来ない。逆に言えば、そんな人間ならとっくにレーザーガンのエネルギーなど使い果たしているとも考えられる。

「確かにな。だが、要所要所では使ってくるとは考えておいた方がいい。それも踏まえて、作戦を再検討しよう」

 グランスの言葉に、レック達は一斉に頷いた。



 薄い暗闇の中、先ほどまで部屋に響いていた苦鳴もたった今途切れた。それと同時に、組み敷いていたそれがただの肉塊になったことを悟り、ノシュノレスは舌打ちをした。

「くそっ! もう壊れたか!」

 ノシュノレスは立ち上がり様にそれを蹴りつけた。何度も何度も蹴りつける度に、ぐちゃっという音がたつ。

 やがて、息が切れ、蹴りつけるのを止めたノシュノレスは、ぶつぶつと呟きながら着衣を整え始めた。

「まだか。まだ連絡は来ないのか」

「レブナスめ、どこで道草を食ってるんだ」

「このままでは……このままでは……」

 そう一人呟き続けていたノシュノレスの耳に、建物の扉が規則正しく叩かれる音が聞こえた。

 一瞬、自警団に見つかったのかと身を竦ませたノシュノレスだったが、その規則正しい叩き方は予め自分達が決めておいたパターンだと気づくと、ホッと身体から力が抜けた。

 そうして、どうやら待ちに待った報告が来たらしいと考え、ノシュノレスは足下に転がっているそれを部屋の片隅へと移動させた。

 それと同時に、部屋の前まで数人ほどの足音がやってきて、部屋の扉がノックされた。

 それにすぐにでも返事をしようとしたノシュノレスだったが、それではあまりに安っぽい。そう考え、一呼吸置いてから、

「入れ」

 そう許可を出した。

 部屋に入ってきたのは五人だった。うち、二人はノシュノレスもよく知っている男達だろう。ここに移ってきたノシュノレスについてきた移住反対派の者達のはずだった。残り三人はと言うと、こちらはとんと心当たりがない。と言うことは、

「そちらがメトロポリスの?」

 そう訊ねたノシュノレスに、移住反対派の者ではない一人が軽く頷いた。

 それを見たノシュノレスは一気に心が軽くなった。それと同時に、これでユーゲルトとミアナを見返すことが出来ると、暗い喜びに満たされた。

 だが、それも一瞬のことだった。

 移住反対派ではないまた別の一人がアイテムボックスから取り出した明かりで部屋が一気に明るくなり、正体不明の三人の素顔を照らし出した。

 それを見たノシュノレスは驚きのあまり、動きが止まってしまった。

「お、おまえ……ロバーシュ! 生きていたのか!」

 三人組のうち、一人は黒髪の美女とも呼べる女性だったのだが、それは今はノシュノレスにはどうでも良かった。それよりも、よく見知った顔がいたことの方が驚きだった。

「ああ、そうだぜ。ノシュノレスさん。こうして生きて帰ってきたのさ」

「そうだな。よく無事だったな」

「ああ、おかげさまでな」

 そう言ったロバーシュの声と瞳は冷え切っていたが、ユーゲルトを嫌っていたつながりでつきあいのあったロバーシュと再会できたノシュノレスは、そのことに気づかなかった。

 いや、永遠に気づく機会はこの瞬間に失われていたと言うべきだろう。

「そこの女性はどうしたの?」

 黒髪の女性にそう訊かれたノシュノレスは、部屋の片隅に蹴り転がしておいたそれが明るくなって丸見えになっていることにやっと気がついた。

 だが、そのことは些細なことだとしか考えていなかったが故に、

「壊れたんだ。後で捨てるつもりだったんだが……」

 そう答えている途中で、胸に衝撃を感じ、言葉を止めた。そして、衝撃を受けた胸へと視線を移し、それから正面の女性へと視線を移し、

「な、何故……だ?」

 ノシュノレスの質問に答えたのは、不機嫌そうな女性ではなく、案内してきた男達の一人を射殺したロバーシュだった。

「簡単さ。元々この町の連中は皆殺しってお達しなのさ。ははっ。つまり、あんたは自分で自分の寿命を縮めたってわけだ」

 そう言い切ったところで、ロバーシュは既にノシュノレスの意識がないことに気がついたらしい。

「ちっ……。紗耶香さんよ。やっぱ、心臓はやりすぎだったんじゃないのか?」

 あまりにあっさりノシュノレスが息絶えたことに不満を覚えたロバーシュが、黒髪の女性にそう噛みついた。

「仕方ないじゃない。こんなのと同じ空気なんて吸っていたくなかったんだから。……さ、行くわよ」

 紗耶香と呼ばれた黒髪の女性はそう言うと、さっさと踵を返した。

 ロバーシュともう一人も、足下に転がる二つの死体をまたぎ、その後を追った。



 ミアナのいる町長の屋敷に戻ってきていたユーゲルトは、しばらくして姿を見せたレックとクライスト、ディアナの三人と会っていた。

「そうか。それなら、何とかなるかも知れないが……うまくいくと思うか?」

「どうじゃろうな? あちらの頭を仕留めるだけなら何とかなるやも知れぬが、それで退いてくれる保証はないぞ?」

 ディアナのその言葉に、それもそうかと肩を落としつつユーゲルトは頷き、そして用件を聞くことにした。今の話を聞く限り、自分達にもやって欲しいことがあるのは明らかだった。

「ふむ。確かにやって欲しいことはあるのじゃが……」

 だが、意外なことにユーゲルトの確認に、ディアナの歯切れは悪かった。それどころか、レックとクライストもである。

 それでも言わなくては話が進まないと覚悟を決めたディアナが、口を開いた。

「やって欲しい事は2つじゃ。1つは指揮官がいる場所を調べること。もう1つは実際に攻撃するとき、少しでも良いから相手の注意を逸らすこと」

 それを聞いたユーゲルトはそれをどうやって実現するか考え、そうして即座に頷くことに躊躇した。同時に、ディアナ達が言い淀んだ理由も何となく察した。

(……まだ、こんな甘い考えの連中がいたのか。いや、キングダムはそれが許されるほど平和なのかも知れないな)

 そのことを羨ましく思いつつも、ユーゲルトは頷いた。

「分かった。ただ、最もいい作戦だと納得できる作戦を考えるまで、少し時間をくれ。無闇に実行して、あっちの指揮官に逃げられでもしたら面倒だ」

 ユーゲルトの返事を、ディアナ達は素直に受け入れた。どういう方法をとるにせよ、ディアナ達が頼んだことを達成するためには、少なくない被害が出る。そう確信していたからである。

 故に、ディアナ達はユーゲルトが一瞬躊躇したとは言え、その場であっさり頷いたことの方に驚いていた。

「……思ったより、あっさり頷きやがったな」

 帰り道、クライストがどこか忌々しそうにそう言った。

「ふむ。じゃが、あれくらいでなくては、この町を守っていくことはできんじゃろうよ。所詮、誰一人取りこぼさず、全員を助けるなど理想に過ぎぬのじゃ」

 そう言ったディアナはしかし、

「だからと言って、好感を持てるとは限らぬがの」

 そう言葉を付け加えた。

「そりゃそうだけどよ。レックはどう思う?」

「え? 僕?」

 急に話を振られ、レックは戸惑いながらも答える。

「いや、全員助けようとして失敗するよりはいいんじゃないかな」

 その答えたレックは、次の瞬間、クライストとディアナからの視線に別種の戸惑いを覚えた。

「え? 僕、何か変なこと言った?」

「い、いや。おまえにしちゃ割り切った考え方だなってな」

「そうじゃな。てっきり、もっと甘い答えが返すかと思って追ったのじゃが」

 そう言われたレックは、自身の答えを考え、

(ああ……。これ、サビエルの考え方だ)

 そう気がついた。が、今更取り消すこともおかしい。故に、

「ま、まあ、こんな世界で生きてきたら、そんな考え方にもなるよ」

「ふむ。それもそうじゃな」

 幸い、ディアナもクライストもとりあえず、それで納得することにしたらしい。

「まあ、さっぱり甘いのが治っておらんのが少なくとも一人、おるがのう」

「いや、それ言ったら俺達もじゃねぇか。少なくとも、仲間には激甘だろ?」

「ははっ。相違ない」

 そんなことを話しながら帰っていたためか、三人とも、裏道の向こうを走り去る数名の人影に全く気づかなかった。



 ユーゲルトとミアナの元にその報告が上がってきたのは、その日の夕方も近い時刻のことだった。

「ノシュノレスが死んでいた、だと?」

 意外な報告に思わずバンと机を叩いて立ち上がったユーゲルトは、すぐにそれもあり得る話かと思い直した。

 何しろ、平然とトカゲのしっぽを切るような男である。それでも強いカリスマか何かがあれば良かったのだろうが、そんなものは欠片もない。せいぜい、小悪党よりマシな悪知恵を働かせる事が出来る程度だった。

 故に、

「裏切られたか……」

 そうぼそりと呟いてしまったのも当然だろう。

 だが、報告に来ていたグランジはあっさりと首を振った。

「いえ、それにしては気になることが……」

「気になること?」

 そう首をかしげたミアナに、グランジは頷いた。

「ええ。1つ目は、ノシュノレスを裏切った者がいるなら、我々の元に投降してきていてもおかしくありませんが、そんな報告は受けておりません」

「単に、ノシュノレスの代わりになろうとしただけという考え方もあるんじゃないか?」

「はい。なので、それだけならそこまでおかしいとは思わないのですが……現場に不審な点があるんです」

「どういうことだ?」

「何というか、中途半端なんです。現場には争ったような跡はありませんでした。そのくせ、ノシュノレスの他に、部屋の入り口付近に移住反対派の者と思しき死体が2つ。襲撃を受けたにしては部屋がきれいすぎますし、報告に来た部下が裏切ったにしては、意見が合わずに殺さざるを得ないような者を同行させるのはどうにも違和感が拭えません」

「……想定外の何かが起きている、そう思うんだな?」

 ユーゲルトの言葉にグランジは頷き、ユーゲルトをじっと見つめた。

 その視線に、グランジが何を言いたいのか。ユーゲルトは悟らざるを得なかった。

 だが、そうするにはまだ少し早い。せめて、もう少し粘らなくては、後がない。

 故に、ユーゲルトは軽く首を振ると、

「人を集めてくれ。決死隊への参加者を、だ」

 グランジが望む言葉とは別の命令を口にした。

 だが、グランジがそれに反応するより早く反応した者がいた。

「ユーゲルトッ! 決死隊とは何なんですか!?」

 興奮して詰め寄ってくるミアナを宥めつつ、ユーゲルトはグランジに行けと命じ、改めてミアナへと向き直った。

「言葉通りだ。事ここに至っては、被害を出さずにこの場を乗り越えることなど不可能だ。起死回生の一手。そのための犠牲なんだ」

「それでも! そんなことは間違っています! まだ、まだ絶対に方法があるはずです! 全員が揃って助かるような方法が!」

 泣きながら訴えるミアナの頭を優しく撫でつつ、ユーゲルトは謝った。

「すまない。そうかも知れないが、俺にはその方法が分からない。だから、ああするしかなかったんだ」

「今からでも……今からでも止めることは出来ますよね?」

「いや……。もう時間が無い。正直、この方法ですら間に合うかどうか……」

 既に見えない破滅の足音が迫っている。その可能性を考慮し、ユーゲルトはそう答えた。ミアナに恨まれるかも知れなくても、他に方法がないと確信しつつあったが故に。

 だが、ユーゲルトはまだ知らなかった。

 事態はユーゲルトが想像する最悪よりも、更に一歩だけ、進んでいたことに。



「なんか、ちょっと静かになった気がするのは気のせいかな」

「いや、俺もそう思うぜ。あっちも流石に疲れたんじゃないのか?」

 クラフランジェの東門の周辺に集まっていた自警団員達は、休憩の間そんなことを話し合っていた。

 実際、夕方が近くなるにつれ、明らかに敵が攻めてくる回数が減ってきていた。そのせいか、夜襲の可能性もあるとは言え、どうにか今日一日を乗り切った。生き延びた。そんな安心感に自警団員達は包まれていた。誰一人として明日のことは口にしない。それが暗黙のルールだった。

 無論、そんな雰囲気を共有することが出来なかった者達も存在する。そんな彼らは自警団員達が休んでいる場所から少し離れた場所に寝かされており、周囲で休んでいる者達は努めてそちらへと視線を向けないようにしていた。

 ただ、それ以外は、例え戦うのが難しいほどの怪我を負っていたとしても、皆が皆、今日を乗り越えられそうだという喜びに包まれつつあった。

 そこにグランジがやってきた。

 グランジは一目で、休んでいる自警団員達の間に流れる空気を読み取り、顔を顰めた。

 それでも、やるべき事はやらなくてはならない。

「……そのままでいい。聞いてくれ!」

 そう大声を上げ、自警団員達の注意が集まったことを確認すると、ユーゲルトと自分からの頼みであり、これから話すことは命令ではないと断った上で、

「状況を打開するため、決死隊を募集したい!」

 そう言った。

 その瞬間、確かにその場の空気が凍った。少なくとも、グランジはそう感じた。

 ここでこのまま説明を続けても良かったが、それよりはちゃんと自警団員達の頭に今の言葉が理解されるまでグランジは待った。実際、すぐにちらほらと理解した自警団員達が現れたのだろう。しばらくの間静寂に包まれていたその場にじわじわとざわめきが広がり始めた。

 それを確認したグランジは、改めて大きな声で言葉を紡いだ。

「今からどういうことか説明を行う! まずはそれを聞いてくれ!」

 そうしてグランジは説明を始めた。

 まず、これは決死隊という名前の通り、非常に危険な、平たく言えば死ぬ可能性が決して低くない任務になること。一方で命令でも何でもなく、拒否したければ拒否できること。

 次に、任務が成功すればこの町を囲んでいる敵が退いてくれるかも知れないこと。ただ、絶対に退いてくれるという保証はないこと。

 そこまで説明したグランジだったが、1つだけ、説明しなかったこともあった。それは、任務の成功率である。ただでさえ、ユーゲルトの考えていることは成功率が高く思えない。参加者が減ってしまえばその成功率は更に下がることは間違いなかった。

 それでも、かなりの部分を正直に説明したグランジは、

「それでは、参加希望者は広場に集まって欲しい! ただ、ここの防備も忘れないようにはしてくれ!」

 作戦のために門が破られては意味が無いと――門自体はまず開けられないが、壁を越えられたら同じである――いうことを思い出させた上で、そう締めくくった。

 そして、グランジが西門へと向かった後。その場に取り残された自警団員達は、どうするべきか考え始めていた。

 先ほどまでは、ただ今日を生き延びられればいい。それだけを考えていた。だが、誰も言わなかっただけで、それでいいとは誰一人思っていなかった。放っておけば、今日はあっても明日がないかも知れなかったのだ。

 だが、今は違う。ひょっとすると、今の絶望的な状況から生き残れるかも知れないのだ。

 やがて、

「俺は……行くぞ」

「ああ。俺も行く!」

 そんな風に声が上がり始め、何人もの自警団員と手伝っていた男達が広場へと向かったのだった。



 その頃、クラフランジェの裏通りに面している建物の中に十人ほどの集団が集まっていた。正確には、ずっと固まったまま行動しているので、移動してきたと言うべきか。

 そんな彼らの視線の先には一枚のドアがあった。

 彼らはそのドアを取り囲み、一気に中に突入できるような体制を整えて待っていた。

 そんな仲間達の準備が整ったことを確認した一人の男――ロバーシュが、ドアに全力で体当たりをかけた。銃で破壊しても良いが、弾が勿体ない。

 幸いなことに、あるいは建物の住人にとっては不幸なことに、ドアはさほど頑丈ではなかったらしい。たった一回の体当たりで大きく変形し、二度目の体当たりであっさりとその用を果たさなくなってしまった。

「行けっ! 逃がすな!」

 そう叫んだロバーシュは真っ先に室内へと押し入り、何事かと飛び出してきた住人を見つけると、そのまま射殺した。

「ちっ! 男かよ!」

「女だったらどうするつもりだったのよ」

「決まってるだろ」

 そう言ったロバーシュを、紗耶香は汚れたモノを見るような目で見た。それだけで、紗耶香の言いたいことが分かったロバーシュは、

「はっ。おまえだって、十分手遅れだろうが」

 好色そうな笑みで紗耶香の身体をなめ回すように見、

「っ! 分かったよ! 危ないだろうが」

 銃を突きつけられて、おどけたように部屋の探索へと戻った。

 紗耶香はそんなロバーシュの背中を見送った後、他の仲間達がどうしているか把握に努めた。が、正直、把握しようとするまでもない。こいつらのやる事なんて分かりきっているのだ。

 男を見つけたら殺す。

 女を見つけたら輪姦(まわ)す。

 勿論、そうではない者もいたかも知れないが、紗耶香達の受けている命令は目についた者は皆殺し、である。その命令に背くことが出来ない以上、結果は同じだった。

 そんなことを紗耶香が考えている間にも、建物の探索は終わったらしい。

 続々と戻ってきた仲間達をまとめ上げ、紗耶香は次の建物への移動を命じた。

 これからまるまる一晩、こんな殺戮を繰り返すのだ。場合によっては、もっと短くて済むかも知れないが、余計なことは考えない方がいい。

 そのためにも、次はもっと殺しに行こう。紗耶香はぼんやりとそう考えていたのだった。

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