第二章 第四話 ~エントータの宿にて~
風見鶏メンバーを連れてエントータに戻ったレック達は、風見鶏のメンバーとはすぐに別れ、そのまま冒険者ギルドへ足を向けた。勿論、祭壇発見の報告のためである。風見鶏のメンバーを助けたことで予定より戻ってくるのが遅くなり、あたりは既に暗くなっていたが、賞金のことを考えると早い方がいい。
「本当ですか!?」
受付の女の子は自分の出した大声に周囲から視線が集まったのに気づくと、赤くなりながらも慌てて椅子に座り直した。
「し、失礼しました」
軽く頭を下げるとずれた伊達眼鏡(ジ・アナザーでは視力の悪いアバターなどいない)を直し、軽く咳をして、
「祭壇を見つけたということは、治癒魔法を覚えたんですよね?」
今度は小声で訊いてくる。
「ああ。仲間が使えるようになった」
グランスが答えると、受付の女の子は周りの冒険者達に素早く目を走らせ、少し考えた後、
「隣の子がそうですか?」
リリーを見ながら確認してきた。
「いや、残念ながら違うな。他の仲間なんだがそれがどうかしたか?」
「出来れば証拠を見せて欲しいので、別の部屋まで来て欲しいんですけど……呼んできて貰えます?」
「ああ、構わない。リリー、頼めるか?」
「ん。いーけど、全員連れて行っちゃった方が早くない?」
その提案に、受付の子は、
「それでも大丈夫ですよ」
と頷いた。
受付の子――ルルというらしい――に案内されたのは、冒険者ギルドの建物のさほど広くもない一室だった。会議室っぽいその部屋に入ると、ルルは真っ先にカーテンを閉めて周った。外から覗かれないようにである。
それが終わった頃に、ルルがこの部屋に来る前に連絡していたのか、冒険者ギルドの人間が何人か、部屋に入ってきた。
「あなたたちが祭壇を見つけたパーティですか?」
そのうちの一人、金髪の青年に訊かれ、
「ああ、そうだ」
と頷くグランス。
「それは実に嬉しいニュースですね。下手するとあと何ヶ月か見つからないかも知れないと思っていましたから。
ああ、自己紹介が遅れました。僕はここの支部長を任されていますサイマと言います。今後ともお見知りおきを」
「俺はグランス。ここにいるクラン蒼い月のマスターをやっている」
そう言いながら、二人は互いに握手を交わした。
「それでは、あれこれ訊いてみたいこともありますが、まずは治癒魔法を見せて頂きましょうか」
サイマの言葉にグランスは仲間達を振り返り、
「レック、実演を頼む」
「え?まあいいけど」
指名されてちょっと驚いたようだったが、レックは素直に前に出てきた。
サイマを始めとする冒険者ギルドの面々は、興味津々と言った様子でレックを見つめていたが、当のレックはちょっと戸惑った後、
「相手がいるんだけど……?」
とグランスに訴えた。
「あー、そうだったな」
すっかり忘れていたグランスがどうしたものかと頭を悩ませていると、
「怪我人が必要ということですか?」
サイマが確認してきた。
「ああ。治癒魔法だしな。治療相手が必要らしいんだ」
「なるほど、一理ありますね」
グランスにそう答えたサイマは、
「では、僕がその相手になりましょう」
そう言って顔を顰めながら、ポケットから取り出したペンで自分の指を軽く突いた。
「大した怪我ではありませんが、いいですよね?」
サイマの指先に膨れ上がる血の玉を見ながら、レックは頷く。
「では、始めます」
サイマの手を取り、呪文の詠唱を始める。それと同時に魔力を操って……レックの手から光が放たれる。
「「おぉ……」」
周囲のざわめきを余所に、あっという間に光は消えた。
「……確かに痛みが無くなりました」
感激したかのように自分の指を見て、サイマが言う。そして、ハンカチで指先の血を拭き取り、きゅっと押してみて、痛みもなく血も出ないことを確認する。
「治ってますね……!」
喜色を浮かべたサイマの台詞に、冒険者ギルドの面々も喜びの声を上げる。
「いいでしょう。確かにあなたたちは治癒魔法の祭壇を見つけたのだと認定します」
サイマのその言葉に、今度はレック達が色めき立ったが、
「ただ、賞金の引き渡しは数日ほど待って頂きたい」
サイマはそう続けた。
「何故だ?」
「場所の正確な確認を行いたいのです。我々が知りたいのは祭壇の場所です。そのための賞金ですからね」
その答えに「そうだな」とグランスが頷くと、
「調査の人員を確保するのに一日、実際に確認してくるのにもう一日。賞金の受け渡しはその翌日になるので、早くても明明後日と言うことになります。よいでしょうか?」
「ああ、構わない」
「では、ルルさん。書類を」
そう言ってルルから書類を受けとったサイマは、ペンと共にそれをグランスに渡し、
「それでは、こちらの書類にギルド名と代表者名をご記入ください」
さらさらっと記入するグランス。
「デジタル処理じゃないというのも新鮮だな」
「端末はこういう事には使えませんからね」
サイマは、グランスから受けとった用紙に素早く目を通すと、
「地図の方もお預かりします」
グランスから地図を受けとり、祭壇の場所をまじまじと凝視した後、両方に10桁の同じ番号を書き込む。
横から見ていたリリーが、
「その番号、何?」
と訊くと、
「書類と地図がばらばらになっても、後で一緒に戻せるように、同じ番号を振っているんです」
とのこと。
「手慣れてるな」
とリリーもグランスも感心しきりである。
「いえいえ。上からの指示です。なんか、こういうのが得意な人がいるらしいんですよ」
そう言いながら、サイマはどこからか取り出した封筒に、グランスがサインした書類と地図を収めた。
「それでは賞金の受け取りですが、明明後日になります。詐欺を防ぐためにも貴方が直接受け取りに来て下さい」
そして、その翌日……の昼間はエントータの警備の仕事が入っていたため、特に休みというわけでもなく、特に変わったこともなく時間は流れ、夕食も食べ終わったその日の晩。
ここ二週間のパターンなら、翌日は雨の森の探索に出かける予定だったが、既に祭壇を見つけ、全員ではないものの治癒魔法も使えるようになった今、レック達にとって雨の森の探索は必須ではなくなっていた。
なので、今後のことについて話し合うために夕食を食べ、風呂も済ませた後に、全員が宿の男性部屋(人数が多い分広い部屋を取っていた)に集まっていた。今日はマージンも最初からちゃんといる。
ちなみに風呂上がりで寝る前なので、全員が邪魔な防具は外し、きつい服も脱いでいる。そのせいか、何となく普通の旅行のホテルで寝る前の雰囲気に近い空気が漂っていた。
お菓子やジュースはなかったが。
「しっかし、今日は大変だったなぁ……」
全員が集まるや否やぼやいたのはクライスト。
「有名税というやつじゃな」
微妙に石けんのいい香りを漂わせながらディアナ。ただし、微妙にツンツンしている。
「どっから情報漏れたんだろね~……」
やはり石けんの香り漂うリリー。ただ、こちらは疲れ気味である。
「冒険者ギルドか、それとも風見鶏の連中だろうな」
昼間のことを思い出しながら、グランス。
レック達が集まって、最初に始まった会話は昼間のことだった。
どこから情報が漏れたのか、蒼い月が治癒魔法の祭壇を見つけ、治癒魔法を使えるようになったことが既に噂になっていたのだ。
それだけなら、別に顔を知られていなければ問題なかったのだが、さすがに警備の仕事で一緒のプレイヤー達は、当然レック達のことを知っていた。
で、警備の仕事もそっちのけで、祭壇の話だの治癒魔法の話だの挙げ句使って見せてくれだので、レック達――特に治癒魔法を使える4人は疲れ果ててしまったのである。
「まあ、祭壇の調査人員募集も出ていたし、明日には調査に行った連中の何人かは治癒魔法を覚えて帰ってくるだろう。そうなったら、少しは物珍しさも減るだろう」
「そうなるといいね」
グランスの言葉に、心の底からそうあって欲しいとレックは思った。
「「はぁ~~……」」
一斉に漏れるため息。そして、落ちる沈黙。
しかし、この部屋に集まった最初の目的を忘れるわけにも行かず、
「さて、治癒魔法も覚えて、これ以上エントータに留まる理由はなくなったわけだ。で、次に向かうべき場所、或いはやるべき事を決めたい」
今日もグランスが話し合いの司会を買って出た。
「やるべき事というと、やっぱり治癒魔法の練習とか?」
「うんうん、練習したいね~」
似たような発言をしたにも関わらず、レックとリリーの考えはちょっと違っている気がするが、グランスは気づかない振りをする。藪を突く必要もない。
「俺は銃弾の補充だな。そろそろ補給しないとまずくなってきた」
銃が使えなくなると一気に役立たずになりそうなクライスト。銃弾は消耗品なのだが、『魔王降臨』以降、入手が困難になっていた。
「わいは鍛冶とかもーちょい練習したいわ。まだ、コマンド登録できへん図面とかいくつかあるねん」
日本語教室の教師をやっていたときはすごいイヤそうだったが、鍛冶の訓練は忙しくても割と気に入っているらしいマージン。
「細工で銃弾作ったりは出来ねえのか?」
「あー、確かにやっといたほうが良さそうやな。今度誰かに訊いてみるわ」
「是非とも頼む」
マージンはどうやら細工もすることになりそうだった。イヤそうな顔はしていないので、物作りが好きなのかも知れない。
「後は戦闘訓練くらいかのう?」
「お金は賞金が貰えますからね」
他は特に思いつかないといった様子のディアナとミネア。
祭壇の場所の報告が正しいと確認された場合、明後日にも100万ピクス(ジ・アナザーの通貨単位)の賞金が貰えるはずだった。ちなみに、蒼い月の一日あたりの生活費用は、現在は7人分まとめて宿代込みで1万ピクス程度である。武器の修理やポーション類の補給などの費用は計算しづらいが、100万ピクスもあれば一月は何とかなる計算である。
加えて、『魔王降臨』前の貯金もあるし、エントータでの警備などの仕事でも多少蓄えが出来ており、今すぐお金を稼いで回る必要は特になかった。
「治癒魔法の練習とか鍛冶の練習はいいとして、銃弾の補充はこの町で出来るのか?」
出てきた意見の中から、グランスはもっともネックになりそうなクライストの話を確認する。
「一応、在庫は残ってたから、こないだまでは購入は出来てたな。ただ、店では余所から仕入れてたとかで、今後も買えるかどうかは分かんねえ」
「わいも鍛冶仲間に訊いてみるけど、あんま期待せえへんといてな」
マージンへと視線を向けるとそう答えが返ってきた。
「入手不能になるようなら、あまりこの町にはいられないな」
「だな」
クライストが頷く。
「まあ、マージンに聞いてきて貰って、その結果次第と言うことだが……別の町に移ることを前提にしておこう」
「異議無~し」
「了解~」
仲間達の賛意が得られたのを確認すると、
「じゃ、次に向かうべき場所だな。どこがいい?」
町を出る前提で、グランスは仲間達の意見を尋ねる。
「別の魔法の祭壇を探してみたいのう」
皆が忘れかけているものの、魔法使い志望のディアナ。
「それいいよね!あたしも賛成~」
「他の祭壇って、どんな魔法だっけ?」
首をかしげるレックに、
「派手なところでは、火矢、火球、かまいたち(エアカツター)、氷矢。地味なところでは身体強化、睡眠、解毒だな」
指折り数えて教えるグランス。
「それだけじゃったか?他にもあったと思ったのじゃが」
「危険すぎて、冒険者ギルドに実力を認められたプレイヤーにしか情報が公開されてないものもいくつかあるそうだ。俺たちはまだだな」
「攻撃魔法もいいけど、ボディーブースト。前衛としては押さえておきたいね」
「そうやなぁ。もっとでっかい剣でばっさばっさ敵をなぎ倒してみたいわ」
微妙に物騒なことを言っているマージン。
ちなみに、ボディーブーストはその名の通り、肉体を強化して、筋力や素早さを高める魔法である。
「そや。レックもツーハンドソードやらなんやら、でっかい剣に乗り換えてみいひんか?」
マージンからいいアイデアだとばかりに提案され、
「う~ん、大きすぎて使いづらそうだけど……」
拒否しようとしたが、
「いやいや。でかいって事はリーチがあるって事やで?相手の間合いの外から一方的に粉砕できるってのはええで~?ってゆうかな、デカ物相手の火力として、今使うとる剣やと物足りへんやろ?その点もばっちりやで。切れ味落ちても重量でぶん殴ればそれだけでダメージ入るしな!」
「あ、うん。考えとくよ」
きっぱり断るのに失敗してしまった。後日、レックはこのことを少々後悔する羽目になるのだが、それはまた別の話。
「まあ、勝てない相手から逃げるにしろ、身を守るにしろ、使えそうだな。他の魔法より優先する価値がありそうだが?」
マージンとレックのやりとりを横目に、グランスが提案する。勿論、本人はかなり乗り気であった。
「生存率を上げる役には立ちそうじゃな」
「そうですね」
「地味だけどね?」
「銃の威力は上がりそうにないな」
一部、あまり乗り気ではなかったものの、特に反対意見は出なかった。しかし、
「あ、でも、また使えないメンバー出たりして……」
マージンから逃げ切ったレックの言葉に、全員がピキーンと固まる。
「レック、余計なことを……」
珍しくグランスに睨み付けられ、縮み上がるレック。
「でも、レックの言うことももっともだぜ?今ですら、何で使えるヤツと使えないヤツがいるのかすら分からねえんだからな」
「それもそうじゃのう。そもそも、魔法がどういう物なのか、私達はあまりにも知らなさすぎるのではないか?」
実際、ディアナの言うとおりだった。ジ・アナザーでは魔法を覚える機会自体がほとんど無いため、関心はあっても情報自体はほとんど出回っていなかった。使えるプレイヤーからしてみても、自分が使える魔法以外は何も知らないに等しかった。
「魔法について勉強しなきゃいけないってこと?」
イヤそうなのか、面白そうなのか、微妙な顔になるリリー。
「それ以前に、魔法についての情報を手に入れるアテがないのう」
ディアナの言葉通りだった。使えるプレイヤーもほとんどいないのでは、大した情報など手に入りそうにもない。
しかし、
「あー、それなら公立図書館とかどないや?」
「何それ?」
即座に全く知らない、初耳だと言わんばかりにリリーにそう言われ、絶句するマージン。
ただ、幸いなことに知っているメンバーもいたわけで。
「公立図書館はイデア社が用意したジ・アナザー内部の図書館だな。リアルの本を始めとした膨大な書物が収められているはずだが」
「そう、それや!」
グランスの説明に助けられ、マージンがショックから復活する。
「公立図書館はエントランス・ゲートがある街に1つずつあるんや。品揃えはちゃうんやけどな。ただ、ジ・アナザーに関する書籍も大量に収められてるゆう話や。多すぎて全部読もうとしたもんがおらんらしいけどな」
「つまり、そこに行けば魔法についても何か分かるかもしれないということかの?」
「そうや。ま、外れを引くかもしれんけど、一番まともな情報源やとわいは思うで」
マージンのその言葉をしばし考える仲間達。
そこにトドメとばかりにマージンが、
「武器や防具の図面とか、裁縫の型紙や縫い方の本とか、細工で出来るアイテムの作り方とかの本も多分あると思うんや。他にも役に立ちそうな本、あるかも知れんで」
「まあ、そう言うことなら一度行ってみる価値はありそうだな」
重々しく頷くグランス。他の仲間達もそれに追随する。
「それじゃ別の祭壇を探す前に、キングダムってことだな?」
クライストの言葉に、全員が頷き、
「では、次はキングダムに向かうか」
グランスが決定を宣言した。
「キングダム、久しぶりだね~」
「そうですね」
早速盛り上がる女性陣。
蒼い月の結成はキングダムでのことだったが、半年も経たずにキングダムを飛び出し、その後戻っていないのだから、無理もない。懐かしいのだ。
その夜は結構遅い時間まで、キングダムでの思い出話に花を咲かせていた。