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ジ・アナザー  作者: sularis
第十四章 クラフランジェ
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第十四章 第十話 ~クラフランジェ攻防 2~

「そうか」

 個人端末を開いて報告を確認したジェネラルの台詞はそれだけだった。

 だが、その機嫌は目に見えて悪くなっており、周囲の部下達は居心地が悪そうだった。

 勿論、機嫌が悪くなっただけでジェネラルが理由もなく部下を嬲るようなことはない。のだが、自らの生殺与奪の権限を持っている人間がすぐ側で機嫌が悪くなっているというのに、ノンビリしていられる方がおかしい。

 さて、ジェネラルの機嫌が一気に悪くなった原因は簡単なことだった。相手方に冒険者がいることで多少は楽しめそうだった攻略戦が、一気に味気ないものに成り下がろうとしていたからである。

 それでも、立場上、確実に勝てる手があるならそれを避けることは出来なかった。

「つまらんな」

 ジェネラルはそう言いながら何人か宛てに命令を打ち込むと、手にしていた個人端末をしまった。

 西の空には雲が広がりつつあった。

 どうやら、ますますつまらなくなりそうだ。そう感じたジェネラルは深い溜息をついた。



「くそっ! また来やがった!」

 防壁の上に立っていた見張りの自警団員がそう叫ぶと、防壁の下で休んでいた自警団員達もまた急いで立ち上がった。

「今度はどのくらいだ!?」

「変わらずだ! せいぜい20か30だな!」

 大声で交わされるやりとりに、防壁の上へと上がり始めていた自警団員達の顔に苦々しい表情が浮かんだ。

「じわじわ締め上げるつもりか」

 そう言ったのは東門に来ていたグランジだった。ギルドチャットだけでも連絡は取れるのだが、やはりそれでは伝わらないものもある。

 加えて、やはりグランジがいると現場の士気が違うのだ。本当ならばユーゲルトがいた方がいいのだろうが、ユーゲルトは西門に行っているはずだった。――グランジとしては、万が一を考えるとユーゲルトを前線に立たせることはしたくなかったのだが。

 それでも、慣れない防衛戦を半日以上も続けている自警団員達のことを考えれば、一度、前線にユーゲルトが立つ必要は確かにあった。

 略奪団として活動していた者達ですら、こういう神経を削るような戦いはしたことがないのである。負ければどうなるか分かっているからこそ戦おうとしているが、終わりの見えない戦いに自警団員達の神経は十分すぎるほどに削られていた。

 一時は止んでいた敵の攻撃だが、二時前くらいから散発的な攻撃が再開されていた。500m以上も離れた場所に作成されたメトロポリスの略奪団の陣地から、20~30名ほどの小隊が門へと突撃してくる。そんな攻撃が繰り返されていた。

 勿論、その攻撃だけで、クラフランジェをどうにかしようというつもりがないのは明らかだった。実際、二回に一回はこちらの射程ぎりぎりをかすめるだけで、そのまま引き返していくのだ。

 だが、放っておくと実際に門や防壁への攻撃を仕掛けてくるので、放置するわけにもいかなかった。

 そのせいで、あっちは少ない人数を動かしているだけだというのにこちらは毎回それなりの人数を動員する羽目になり、そのせいで自警団員達は十分に休めないという状況になっていた。

(少しは休めたのだが……これでは、夕方まで持つかどうか……)

 グランジがそんなことを考えている間にも、敵は防壁との距離を着実に縮めつつあった。

「構えぇ!!」

 防壁の上でうつぶせになった体勢から、現場指揮官の合図で自警団員達が銃を構える。

 そのことに気づいたのだろう。迫ってきていた人馬は急激に速度を落とした。

 だが、まだ油断は出来なかった。

 意表を突いてここからもう位置を速度を上げて突撃してくることすらあるのだ。数回前の突撃でそれをやられ、自警団には数名の犠牲者が出ていた。

「……今度は引き返すみたいだな」

 現場指揮官が続く指示を飛ばさないことで、防壁の下にいたグランジはおおよその状況を把握した。が、しばらくは警戒を続けざるを得ない。少なくとも、陣地に完全に戻ったことを見届けるまでは。

 尤も、今回も相手はそれ以上何か仕掛けてくるつもりはなかったらしい。一分ほどたっぷり待ってから、現場指揮官の判断で迎撃態勢は解除されたのだった。



 さて、そんな状況は西門でも起きていた。

「無理に攻める必要はないんだ。圧力をかけ続けてやれば、それだけでどんどん疲労してくれるからな」

 多々見のそんな言葉通り、西門を守るクラフランジェの自警団にも着実に疲労が溜まりつつあった。

「とは言え、冒険者がさっぱり出てこないな」

 陣地からクラフランジェとそこから引き返してきた小隊の様子を眺めつつ、多々見が呟いた。

「そうだな。おかげで俺の出番はさっぱりだ」

 その呟きを拾い、アリテルスが首を振った。

「こっちが本気じゃないのが丸わかりだからじゃないか? それで出し惜しみをしてるんだろう」

「そうだな」

 多々見としては、そろそろ冒険者にもう一度おいで願いたいところだった。無論、こっちに被害が出るのは避けたいのだが、脅威の規模が分からないままというのはもっとよろしくない。

 故に、多々見は決断を下した。

「よし。次は半分投入しよう。すぐに引き返すのもなしだ」

 後方への警戒もあるので全部投入することは出来ない。が、それでも半分も攻撃に回してやれば、そしてすぐに引き返さずに攻め立ててやれば、相手も冒険者を投入してくるかも知れない。

 その時は、

「アリテルス。チャンスは逃がすなよ?」

「ああ。分かってるさ」



 そんな会話があったことなど、勿論クラフランジェにいる者達には分からない。

「……厳しいな」

 そう独りごちたのは、西門の視察にやってきたユーゲルトだった。

 その目の前では、戦闘が始まってからまだ一日も経っていないというのに疲れ果てた様子の自警団員達が、何とか休もうとしていた。その間を縫うようにして、非戦闘員であるクラフランジェの住民達が数名歩き回り、自警団員達の汗を拭いたり、水を配ったりしていた。

 そんな彼らは、ずっと町長の屋敷から指示を飛ばすだけだったユーゲルトが現場に現れたことで、少しばかりだが元気を取り戻しているように見えた。

 だが、ユーゲルトにはそれがつらかった。

 笑顔で様子を見て回りながら、励ましの声をかけて回りながら、一番彼らが必要としているであろう終わりを示してやることが出来ない。

 いや、正確にはある形の終わりなら容易に示すことが出来る。のだが、それが最悪の終わりである以上、その時が来るまで口に出すわけにはいかなかった。

 勿論、ユーゲルトとしてもそんな終わりを素直に受け入れるつもりはない。ないのだが、打開できる手がない。

(いや……1つだけある、かも知れない)

 今までその手を使うことだけは避けてきた。

 だが、こうして防壁に上がっては略奪団と対峙する自警団員達を直に見ていると、それを忌避する事こそが愚かなことなのだと納得できた。

 それと同時に、ミアナがクラフランジェの町長に選ばれたときのことを思い出す。

(ああ、そうだ。あの時に何でもすると決めた。そうだったな)

 そう自嘲するとユーゲルトは自警団員達に混じって行動しているはずの彼らの姿を求め、視線を彷徨わせた。

 ひょっとすると他の所に行っているかも知れない。そう考えたユーゲルトだったが、これまでの行いの割にまだ運には見放されていなかったらしい。

 すぐに目的の彼らの姿を見つけたユーゲルトは、急ぎその下へと向かった。


「ん? 何か用?」

 防壁の下で休んでいたレックは自分達の所にやってきたユーゲルトに気づき、そう声をかけた。

「ああ。……二人だけか?」

 レック達の元にやってきたユーゲルトが辺りを見回してそう言うと、レックは頷いた。

「戦闘が得意じゃない仲間もいるからね」

 レックのそれでも俺達よりは強いんだろうとユーゲルトは思ったが、ここで相手の反感を買うような真似は勿論しない。

「そうか」

 そう短く答えると、もう一度周囲を見回し、改めてレックとマージンに向き直った。

「……実は、頼みがある」

 潜めた声で発せられたその言葉に、レックはあからさまに顔を顰めた。

 一方のマージンはと言うとこちらは逆に面白そうな顔になり、

「どんな頼みや?」

 その様子に一瞬躊躇うも、ユーゲルトはすぐに口を開いた。

「……このクラフランジェを取り囲んでいる連中を退かせて欲しい。方法は問わない。手伝えと言われたなら何でもする。だから、この町を助けて欲しい」

 そうして大きく頭を下げた。

 その様子に気づいていた自警団員達からざわめきが広がり、瞬く間に周囲にいた者達の視線が頭を下げたユーゲルトと、レック達へと集まった。

 そのことに気づいたレックは、ユーゲルトの都合のいい頼みに顔を顰めながらも、流石に即座に拒否することは出来なかった。

 それで一瞬動きが固まったレックを横目に、マージンが口を開いた。

「そう言われてもな。ことがことやしな。わいらだけで決めることは出来へんな」

 ユーゲルトの耳にははっきり届いたその言葉は、しかし周囲で様子を窺っている自警団員達には聞き取れなかったらしい。聞き取れていたら、こんな時に何を言っているんだと怒り出す自警団員もいたはずだが、皆が皆、ユーゲルトとレック達の会話を聞き取ろうと耳を澄ませていることからも明らかだろう。

 ユーゲルトはと言うと、流石に即決で頷いて貰えるとはそもそも思っていなかった。むしろ、断られる可能性を考えていただけに、

「それはつまり、考えて貰えると言うことか?」

 軽い驚きを持ってそう聞き直していた。

「あんまりいい返事は期待せんほうがええとは思うけどな」

 マージンはそう言うと、軽く固まっていたレックに声をかけた。

「レック。ちょいと旦那の所行ってきてくれへんか?」

「あ、うん。それはいいけど、マージンはどうするの?」

「そうやな。思うところがないわけでもあらへんけど、まあ、多数決には従うって言うといて」

 正直、レックはそれでいいのかと思わないでもなかったが、一番強く反対する権利がある――と仲間内で見なされている――うちの一人の台詞である。

「分かった。一応、そう伝える」

 そう言い残すと、身体強化を駆使してグランス達の元へと向かった。

「と、まあ、そんな風に答えたわけやけど」

 残されたマージンは建物の屋根の上を飛び移っていくレックの背中が見えなくなると、苦笑しながら目の前にユーゲルトに声をかけた。

「あ、うん。なんだ?」

 レックの姿が一瞬で消えたことに驚いていたユーゲルトは、それで我に返った。

「ほんま、どうなるか分からへんで? 正直、今のうちに何人かだけ脱出させるいうなら、手伝えるんやけどな」

 流石に声を潜めてそう言ってきたマージンに、ユーゲルトはやはり今の状態でもクラフランジェを自由に出入りできるのだなと確信しつつ、

「……最悪の時の選択肢としては考えておこう」

 そう答えたのだった。



 さて、グランス達の所に戻ったレックはと言うと、ユーゲルトからの頼みを仲間達に伝えていた。

「と言う訳なんだけど……」

「やはり、打つ手がない状況か」

 レックが微妙にイヤそうに一言で説明を終えると、グランスが暗い表情でそう言った。

「ま、自業自得じゃねぇのか?」

「それを言うなら因果応報じゃろう」

「ま、そうとも言う」

 吐き捨てる勢いで言った台詞をディアナに突っ込まれ、クライストは何となく居心地が悪そうだった。

 そんな二人のやりとりを横目に、グランスは悩んでいた。

 はっきり言って、こんな事態になるまでクラフランジェに残っていた理由は、この町がどうなるか気になったから。言い換えるなら、破滅が確実な町がせめて何らかの行動を見せる所までは見届けたかったからである。

 そう考えるなら、もう少しだけ手助けしてもいいとは思える。

 が、それはすなわち、仲間達を危険に晒すことにもつながる。

「……どうしたものか」

「難しい……ですね」

「全くだ。どっちが正解か全く分からない。……いや、心をとるか安全をとるかなんだろうが、な」

 グランスの言葉に、ミネアが静かに頷いた。

 が、その言い方では分からなかった仲間もいた。

「心ってどういうこと?」

 そう首をかしげたのはリリーである。

「ふむ。リリーには難しいかの?」

「難しいって……馬鹿にしないで欲しいんだけど?」

 そう言ってぷーと膨れたリリーにディアナが笑みを零した。が、それも一瞬。

 ディアナは表情を引き締めると、リリーに説明を始めた。

「そうじゃな。例えば、じゃ。目の前でリンチに遭っておる人がおるとしよう。その様子を見て見ぬふりをしてその場を立ち去ったとしよう。その時、リリーはどんな気持ちになるのじゃ?」

「ん~、後味悪いかも」

「ふむ。ならば、もう1つ。翌日、ニュースでその時の人が死んだと流れたらどう感じそうじゃ?」

「それは……すっごくイヤかも……」

 そこまで聞いて、リリーも先ほどのグランスの言葉の意味が分かったらしい。

「グランスが難しい言い方するから、分からなかったよ。そうならそうと言ってくれたらいーのに」

 そう言ってから、リリーも考え込んだ。

 いや、リリーだけではない。ここにいる全員が、である。

 ただ、結論は最初から出ているようなものだった。

 確かに後悔などはしたくない。だが、仲間が死ぬ可能性の前では些細なことだった。

 グランス達は互いに目配せをしあい、そうして何を考えているかを察していく。そうして、ほぼ全員が互いの考えを無言のうちに確認し終わった頃、

「やはり……」

 そう、グランスが口を開きかけ、

「あーあ。あーあ」

 隣の部屋からそんな声が聞こえてきた。

「あっ……エイジが起きた……みたいです」

 そう言って、ミネアが急いで隣の部屋で寝かせていたエイジの元へと向かった。

 その背中を見ながら、グランスはもう一度考えた。

 これでいいのか、と。

 確かに仲間を守ることは重要だ。だが、エイジの顔を思い浮かべたとき、それだけでいいのかという疑問をどうやっても消すことが出来ない。

 大勢の人を見捨ててまで逃げる。果たしてそれで、仲間を守ったとエイジに胸を張れるのだろうかと。

 ギリギリと歯を食いしばり、

 そうしてグランスは結論を出した。

「すまん……俺は……出来ることをしてからこの町を離れたい」

 その言葉に、室内が静まりかえった。

 その中で、最初に口を開いたのはディアナだった。

「それは、つまりこの町の者達を助けたいということなのかの?」

 その問いにグランスはゆっくりと、しかし迷うことなく頷いた。

「ふむ。その理由を訊いても良いのかの?」

「ああ。むしろ、ちゃんと言うべきだろう。俺は……エイジに誇れる親でありたい。そう思った」

「誇れる?」

 そう聞き返したのは誰だったか。

 それでもその言葉にグランスは再び頷いた。

「確かに、おまえ達をここから安全に逃がすことは、レックの力を当てにすることになるが簡単だ。だが、事情はどうあれ、必死にこの町で生きている人間を見捨てるような真似をすれば、俺はエイジに対して胸を張ることが出来ない。そう思った」

 そこまで言ってから、グランスは仲間達を見回し、

「馬鹿な男の意地だと笑ってくれ。それでも、俺はそうありたい。ただ、これは俺個人の我が儘だ。おまえ達まで付き合う必要はない」

 ゆっくりとそう告げた。

「ふむ。じゃが、それをミネアはどう思うかのう?」

「それは……」

 ディアナに言われ、グランスは言葉に詰まった。

 だが、グランスを助ける声は部屋の入り口からした。

「私は……構いません。グランスがそう……決めたのなら」

「本当にそうか? ミネアよ。おぬし、辛そうじゃぞ?」

 ディアナの言葉通り、エイジを抱いて戻ってきたミネアの表情は、辛そうだった。

 それを見たグランスが何か声をかけようとしたが、

「いいんです。後悔し続けるあなたを……わたしが見ていたくない……それだけですから……」

 そう言われ、動きを止めた。

「ふむ。ならば、私も腹をくくるとしようかのう」

 ディアナに一斉に仲間達の視線が集中した。

 それに気づいたディアナは苦笑すると、

「なに。無理をする気はない。じゃが、グランス一人など不安でしかないじゃろうが」

 そう言って、手をひらひらとさせた。

「だが……ディアナもきつかったのだろう? いいのか?」

「構わぬよ。それに、私も後悔などしたくはない。それだけじゃからな」

 ほとんど逡巡することなくそう答えたディアナに、グランスは無言で頭を下げた。

 その様子を見ていたクライストが大きく息を吐き、

「はー。正直気は乗らねぇが……グランスとディアナがそうするってんなら、俺も力を貸すぜ」

 そう言いながら仲間達の顔を見回した。

「レック、おまえはどうする?」

「え? あ……うん。それなら僕も手伝うよ」

 レックがそう答えると、クライストは真剣な顔でレックの目をのぞき込んだ。

「そうか? 多分、敵は人間だけどな。それで大丈夫なんだな?」

 そう、強く確認してくるクライストに、レックは一瞬戸惑った後、それでも何とか頷いたのだった。



「と言うわけで、マージンの意見を聞くまえに決まっちゃったんだけど……ホントにどっちでもいいの?」

 西門に戻ってきたレックは、開口一番にマージンにそう言った。マージンの隣で不安げにこちらを見ているユーゲルトのことは、とりあえず無視である。

「ん。男に二言はあらへんで」

「ホントに? 後悔したりしない?」

「いやー、流石に仲間おいて一人で逃げるとか、あらへんやろ」

「……あれ? ひょっとして、もうチャットで聞いた?」

「いんや。でも、その様子やと、やっぱそうなったみたいやな?」

 マージンのその台詞で、どうやら鎌をかけられたらしいと気づいたレックは、そういうことかと納得した。

 それからレックはユーゲルトへと向き直った。

「大体今ので分かったと思うけど、そういうことになったから」

「……すまん。本当に助かる」

 そう言って頭を下げたユーゲルトを見つめながら、レックは言葉を付け加えた。

「でも、危なくなったら見捨てるよ。そのことは覚悟しといて」

「ああ。分かっている」

 素直にそう頷いたユーゲルトだったが、既にその頭の中ではぎりぎりまでレック達の力を利用する方法を模索し始めていた。なんだかんだ言っても、レック達の冒険者の力は、メトロポリスの略奪団相手にどこまで通じるかは分からないが、それでも唯一この事態を打開できる可能性なのだ。

 とは言え、どうにも良い手は思い浮かばなかった。

 そもそも、力尽くでどうにか出来るような相手ではない。というか、そんなことをすれば恐らくはマイナスの方が大きい。

 即座にそう算盤を弾いたユーゲルトは、最悪、ミアナと数名の信用できる自警団員だけでもクラフランジェから連れ出して貰うあたりが落としどころかと、結論づけた。

 そうして一人納得したユーゲルトは、肝心のことを訊くことにした。

「それで、何かいい作戦はあるのか?」

「んー……ありきたりな作戦なんだけど、ちょっと実行に難があるんだよね」

 ユーゲルトに訊かれたレックは、僅かに顔を顰めた。

 ここに戻ってくる前にグランス達と少しばかり作戦を考えてみたのだが、どう考えても完璧な作戦は出てこなかった。それでも絞り出した、成功する可能性が高そうな作戦はあるにはあるのだが、レックとしてはうまくいくかどうかもであるし、実現できるかどうかも半信半疑だった。

 それでも、とりあえず説明だけはしようとレックが口を開きかけた時、

「敵襲! 敵襲だ!!」

 防壁の上で見張りをしていた自警団員がそう怒鳴った。

 その自警団員は焦ったようにすぐに言葉を継ぎ足した。

「連中、今度はマジだぞ! 数が多い!」

 実際、今回は突撃してくる敵の数が多かった。ここしばらくは多くても20程度しか来ていなかったというのに、今回は100を超える数が突撃してきていた。

 ただ、妙に10人構成の小隊同士の距離があいていた。これは、固まっていると冒険者の魔法でまとめてやられかねないと考えた多々見の指示通りである。

「なんや、敵さん本気なんかいな?」

「それでも、半分程度は陣地に残ってるみたいだよ。後方攪乱の効果はあったみたいだね」

 防壁の上に上がり込んだマージンとレックは、敵の状況を見ながらそう話していた。その傍らでは、休憩を終えた自警団員達が続々と防壁の上へと戻ってきていた。

 ちなみに、ユーゲルトはと言うと、レック達と一緒に防壁の上に上がって外の様子を見ようとして、急いでやってきた自警団員達に引き留められていた。

「これは……まあ、やるしかない」

 一方、ガチャガチャとフルプレートを鳴らしながら上がってきたアッカンはそう言うと、期待に満ちた視線をレック達に寄越した。

「朝のお仲間みたいに派手な攻撃はできないか?」

 その言葉に、レックとマージンは顔を見合わせ、

「僕は無理」

「わいはー……ディアナほどの威力はあらへんな。正直、見た目だけやな」

 その言葉にあからさまに肩を落としたアッカンだったが、すぐに気を取り直し、

「見た目だけでもいいから、頼めるか?」

 それだけでも、相手の士気をくじき、こちらの士気を高めることが出来るなら十分だとアッカンは頭を下げた。

 それを防壁の下から聞いていたユーゲルトも、叫ぶ。

「俺からも頼む! ここを破られたら、それだけで終わりなんだ!」

 流石にそこまでされてはと、マージンは渋々と頷いた。

「まぁ、それでええんならやるで。でも、ホント、相手に与えるダメージは期待せんといてや」

 予め予防線を張るマージンに、それでもアッカンは「助かる」と短く答えた。ユーゲルトもホッと胸を撫で下ろしていた。

「さて……それじゃ一発やったるか」

「それはいいけど……気をつけてよ?」

「分かっとるって。ここからは出んようにするし、大丈夫や」

 そう言いながら、マージンは防壁の上に積み上げられた瓦礫をぽんぽんと叩き、それから呪文の詠唱を始めた。



「来たっ! あれだ!」

 陣地から双眼鏡でクラフランジェの防壁の上を観察していた多々見は、空いている方の手をぐっと握りしめた。

「アリテルス! 準備はいいか!?」

「ああ。少し距離はあるが、これくらいなら何とかなる」

 そう答えたアリテルスは、陣地の中央。そこだけ周囲からかき集めた土で盛り上げた場所に身体をうつぶせに横たえていた。

 勿論、横になって休憩している訳ではない。アリテルスはその正面に無骨な火薬式の銃とは一線を画すデザインの青い塗装の銃を構えていた。その上部に取り付けられたスコープを見るまでもなく、明らかに遠距離狙撃用の銃である。

 アリテルスが狙うは、今まさに500m先の防壁の上で光っている電撃。それを生み出していると思しき青い服装の男だった。

「ちょっと勿体ない気もするが……悪く思うなよ」

 アリテルスはそう言うと、ゆっくりと引き金を引いたのだった。



 一方その頃、西門からも東門からも離れた所に位置する防壁の側に、30組ほどの人馬が集まっていた。

 それを見下ろすように、防壁の上にも白い布を掲げた数名の男達が集まって、防壁の外にいる男達と話をしていた。

「ああ。そうだ! だから、俺達は助けてくれよ!?」

「分かった。それくらいなら問題はない。で、おまえらは結局何人くらいいるんだ?」

 防壁の上からの叫びに、防壁の外にいる者達の一人が馬に乗ったままそう訊いた。

「俺達の仲間はそんなに多くない! せいぜい30人もいない!」

 その返答を馬上で聞いた何人かの者達――10人ほどは顔に布を巻き付けていて性別が分からなかった――が何事か話し合ったのだが、防壁の上の男達はやりとりに気が向いていて、そのことには全く気がつかなかった。

「そうか。それならまず大丈夫だ。安心しろ」

 やりとりをしていた男の馬上からの台詞に、防壁の上にいた男達があからさまにホッとした様子を見せた。

 彼らの懸念は、クラフランジェの中にメトロポリスの略奪団のメンバーを引き込んでも、一緒にまとめて始末されるのではないかというその一点に尽きていたからだ。故に、その懸念が払拭された以上、最早、彼らがその行動を躊躇う理由はなかった。

「それじゃ、少し防壁から離れていてくれ! その方がやりやすいんだ!」

 防壁の上からの警告に、外にいた男達は馬の手綱を操り防壁から少しばかり距離を取った。それを確認した防壁の上の男達も、そそくさと防壁から降りて内側へと姿を消した。

 そして、待つこと数分。

 防壁の裏からガリガリゴンゴンと音がし始めたかと思うと、馬から下りて待っていた男達の目の前で、防壁を形作っていたブロックの1つが中から押し出され、ゴトンと地面に落ちた。

 それからは早かった。

 次々とその周囲のブロックも中から押し出され、地面へと落ちていき、あっという間に人一人通り抜けられるほどの大きさの穴が空いたのだ。

「これくらいでどうだ? 通れそうか?」

 穴の向こう側から、先ほどまでメトロポリスの略奪団とやりとりをしていた男の顔が覗いた。

「ちょっと狭いな。……馬が通れるようには出来ないのか?」

「馬は流石に諦めてくれ。あまり穴を広げると、崩れかねない。そうでなくても、時間がかかるからな」

 その説明に、略奪団の男はそれなら仕方ないと頷いた。

 そして後ろに待機していた仲間達についてくるようにと手で合図を送ると、クラフランジェの防壁に空けられた穴をくぐったのだった。

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