第十四章 第七話 ~襲撃の夜明け2~
男は考える。
こうして町を潰すのはこれで幾つ目だろうかと。
まだ東の空が白みはじめてすらいない早朝。
馬に乗った男とその部下たる兵士達が駆け下りていく斜面から見下ろす先にある1つの町は、確かクラフランジェという名前だったか。
これまで潰してきた町と同様、しっかりした防壁に周囲を囲まれ、守りは完璧であるように見える。だが、防壁など基本的に飾りに過ぎないと男は思っていた。
そもそも、メトロポリス大陸にある町や村の防壁は、デザイン上用意されただけで実際に使用されることを想定した設計にはなっていないものが大半だった。勿論、たまに町をデザインした者達の趣味で実用的な防壁が造られていることもあるが、それでも町全体をきちんと囲み切れていないなど、何かしらの弱点はあった。
そして、男が見る限り、クラフランジェの防壁はデザイン重視で造られたものに間違いなかった。ならば、機能しないとまでは言わないが、どうとでも攻略できるだろう。
加えて、数日前に武装した一団が町を離れたことは確認している。
予め報告されていたクラフランジェの人口や自警団、それに略奪団の規模から考えて、あれだけの人数が離れれば、クラフランジェの戦力はかなり低下しているはずだった。少なく見積もっても1割。場合によっては2割。
そもそも、クラフランジェほどの広さの町を守るに、100人程度という自警団の人数は少なすぎる。そこから20人も抜ければどうなるかなど、考えるまでもない。
(結局、今回も手応えなどないんだろうな)
兵士達やメトロポリスにいる男の上司達はそれでも良いだろうが、男としては限りなく不満だった。
それでも男は駆けていく。
自分が生きるために。
何より、いつかは望んだ戦いに巡り会えると信じて。
「鬨の声を挙げろ! 連中の士気をぶち破れ!」
男が声を張り上げて命ずると、男の周囲の兵士達から次々と鬨の声が上がった。
その声は彼らが駆る無数の馬の蹄の音と相まって、とてつもない威圧感を持ってクラフランジェへと襲いかかった。
さて、時刻は少し遡る。
「おまえら、こんな朝っぱらから勝手に何やってんだ!」
自警団と移住賛成派の住人達が、真っ暗な中でこれでもかと門の裏側に瓦礫を積み上げている所に、そう怒鳴りながらやってきたのは移住反対派の者達だった。
尤も、それにいちいち対応している暇など、自警団にも自警団を手伝っている者達にもない。ないのだが、放っておく訳にもいかなかった。
「見れば分かるだろう。門を塞いでるんだよ」
「そんなことは見れば分かる! 何でそんなことをしてるのかと訊いてるんだ! 俺達を外に出さないつもりか!?」
移住反対派の者達の先頭に立っていた男がそう怒鳴ると、自警団を手伝っていた住人達の間から微かな笑いが漏れた。
「何笑ってるんだ!?」
住人達に向かって男が怒鳴ると、ささやかな笑いは消えた。が、それくらいで笑われた男の苛立ちが収まるわけでもない。
「おいっ! 今笑ったやつ、出てこいよ!」
怒鳴りながらずかずかと住人達に詰め寄ろうとした男はしかし、対応していた自警団員にその肩をあっさりと押さえ込まれた。
「作業の邪魔はしないで貰えるか? こっちはかなり急いでるんだ。それこそ、猫の手も借りたいほどにな」
「てめっ!」
肩を押さえ込まれていた男が暴れようとするが、その自警団員は体勢を変えてあっさりと男を地面に押し倒してしまった。
「て、てめぇっ! あっ! 痛い! いたたたた!!」
それでもなお粋がっていた男だったが、関節でも決められたのだろう。悲鳴とともにあっさりと無力化されてしまった。
男と一緒にやってきた移住反対派の者達は、冷め切った目でそれを見ていたが、手を出さなければ何もされないことは分かっているのか、自警団員達を見る目に恐怖の色はなかった。ただ、嫌悪とちょっとした憎悪が浮かんでいたが、それよりも何をしているのか知るべきだという考えの方が優先したらしい。
「それで、なんでこんな事をしてるのか、聞かせて貰えるの? まさか、本当に私達をこの町に閉じ込めるため、なんて訳はないわよね?」
そう言いながら集団の中から出てきた女性を一瞥した自警団員は、今度は話が通じると思ったのだろう。
「ああ。大体、移住したがってる連中が自分達を巻き込んでまで、おまえらを閉じ込めようとするってのは、おかしい話だろう?」
「それもそうなんだけどね。ちょっとした確認よ」
女はそう言うと、未だに自警団員に取り押さえられたままの男を一瞥した。尤も、取り押さえられたままの上に辺りはまだまだ暗かったため、男がその視線に気づくことはなかったが。
「まあ、理由は簡単だ。おまえらは信じてないらしいが、それでも話くらいは聞いてるだろう? メトロポリスの連中がすぐそこまで来てるんだ。それで、町に入られないようにこうして門を塞いでるって訳だ」
「……後のことは考えてないのね?」
「そこまで考えている余裕なんか無いからな」
自警団員はそう言うと、やっと諦めて許しを請い始めた男を解放した。
「く、くそっ!」
かなり痛かったのだろう。捨て台詞すら残さずに逃げていく男を引き留める者は誰もいなかった。勿論、追いかける者もいない。
ただ、その背中を見送った女性は、いつの間にか作業に戻ろうとしていた自警団員にもう一度声をかけた。
「そこまで、切羽詰まってるの?」
「ああ。だから、邪魔だけはしないでくれ」
作業に戻った自警団員は、それ以上は答えようともせず、再び作業に専念し始めた。
その様子を見ていた移住反対派の住人達は、ひそひそと相談を始めた。
「おい、どう思う?」
「どうって……パフォーマンスだろ?」
「でも、なんか変じゃないか?」
「いやいや。それがあいつらの手だって、ノシュノレスさん達が言ってたじゃないか」
そんな中、先ほど自警団員に向かって質問を投げかけていた女性が口を開いた。
「はいはい、言い合いしても無駄よ無駄。私はさっさと帰って寝るわ。別に、この町から勝手にあれこれ持ち逃げしようって訳じゃなさそうだしね」
それだけ言い残すと、女性はさっさとその場を立ち去った。
その背中を見ながら、残された移住反対派の者達は互いの顔を見つめ、
「俺も帰るわ」
「そうだな」
何人かがそう言って女性の後を追うように帰って行った。
勿論、
「俺はノシュノレスさんに報告してくる」
と言って、ノシュノレスの元へ向かった者もいる。
だが、そのどちらにも属さない者達もいた。
「……何か、手伝えることはあるか?」
残った彼らがおずおずと声をかけると、先ほどとは別の自警団員が足を止め、驚いたように彼らを見た。
「驚いたな。おまえら、反対派だろう? 手伝ってくれるのか?」
逆にそう訊かれた彼らは互いの顔をもう一度見合うと、自警団員に向かってはっきりと頷いた。
「あんた達がここまで熱心にやってるんだ。万が一を考えるなら、ちょっとくらい手伝っておいても罰はあたらないだろ?」
「間違ってても、今日、寝不足でふらふらになるくらいだしな」
それを聞いた自警団員は感極まったように声を詰まらせ、しかしすぐに軽く首を振ると、自分達が今している作業を簡単に説明し始めた。
「なるほど。でも、それなら俺達でも手伝えるよな」
「私はちょっと無理かも……」
説明された作業内容が思いっきり肉体労働だっただけに、力仕事に自信の無い若い女性が残念そうにそう言った。
それでも残っていた男性陣はすぐに動き始めようとし、
その時、遠くから蹄の音とそれに遅れて大勢の人間が挙げる声が轟いてきた。
「これは……来たかも」
グランス達が見つけてきた空き家にとりあえず移動していた最中のことだった。
不意にレックが立ち止まり、そんなことを言った。
「来たって、何が?」
そう訊いたリリーは、レックを真似してか耳を澄ませてみるも何も聞こえてこなかった。
だが、他の仲間達は違った。
素では何も聞こえないことを確認すると、すぐに身体強化を発動させてもう一度耳を澄ませ、
「これは……」
「来たようじゃな」
一気に深刻になった仲間達の顔を見るまでもなく、自身でもレックが聞き取った無数の蹄の音を確認したグランスは、即座に仲間達に急ぐようにと指示を出した。
「幸い、あと少しだ」
そう付け加えたグランスの後を追って、レック達はクラフランジェの路地裏を駆け抜けていき、そしてグランスの言葉通り、数分と立たずに目的の建物へと着いていた。
「ここだが、どうだ?」
外見はクラフランジェの他の建物と大差ない、その二階建ての建物は中に入ってみてもただの住宅にしか見えなかった。
「防衛能力は低そうじゃな」
「そうやけど、多分、それはどの建物も一緒やろうな」
マージンの言葉に、ディアナも「違いない」と苦笑した。
勿論、実際には立て籠もるのに向いている建物もクラフランジェにないわけではない。ただ、そういった建物は立派な塀やらどっしりとした重厚感やらで、良くも悪くも目立つ。
そういった建物に立て籠もっても、蒼い月の人数では守り切れない。それならいっそのこと、防衛能力は捨てて目立たない建物を探したという訳である。
それはさておき、避難場所に着いたら着いたで、レック達はすぐに動く必要があった。
「よし、それではクライスト、ディアナは西門の防衛に参加。レックとマージンは上空からの偵察と、可能であれば後方からの攪乱を狙ってくれ。他はここで待機。いいな?」
予め決めていたとおりにグランスが指示を出すと、クライスト達4人は即座に建物を飛び出していった。
「……大丈夫、かな?」
彼らの後ろ姿を見送ったリリーが、不安げにそう呟いた。
「大丈夫だと……信じましょう」
うつらうつらしているエイジを抱きかかえたミネアが、励ますようにそう言い、
「そうです。皆さん、とっても強いんですから、問題なんかありません!」
アカリがそう断言した。
尤も、一度クライストとマージンが誘拐されている以上、絶対なんて事は無いと誰もが知っていた。それでも、今の状況では他に手はない。
「マージン……」
心配げにリリーが声なき声でそう呟くその横では、アカリも誰かの名前を呟いていた。
一方、避難先の空き家を飛び出したレック達は、更に二手に分かれていた。西門へと向かうクライスト、ディアナと、偵察と後方攪乱に向かうレック、マージンである。
「まだ、ちょっと距離があるみたいだな」
西門に駆けつけたクライストは、周囲の様子を見てそう言った。
自警団員達が慌ただしく駆け回っていた。一方、先ほどまで門の所に瓦礫を運んでいた一般住人達の姿はどこにもなかった。自警団員達に避難させられたのである。
と、駆け回っていた自警団員達の一人がふとクライストとディアナに気がつき、駆け寄ってきた。
「おいっ! まだ避難してなかったのか!」
どうやら、一般住人と勘違いしたらしい。そう察したディアナが口を開いた。
「避難も何も、私達は戦いに来たのじゃ。町長か自警団長あたりから話は伝わっておるはずじゃが?」
それを聞いた自警団員は顔に怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに思い出したらしい。
「ああ、そうだった! ってことは、おまえらがなんだっけ、青い太陽、だったか?」
「違うわっ! 蒼い月じゃ!」
「ああ、そうそうそれそれ……」
と、そこまで言ったところで、自警団員の顔が再び怪訝そうなものへと変わった。
その視線はクライストとディアナの腰の辺りをふらふらと彷徨い、
「おまえら、銃、持ってないのか?」
心配そうな顔でクライスト達に訊いてきた。
「やっぱ、銃っているのか?」
「そりゃそうだろ。間違いなく相手が使ってくるってのに、こっちだけ素手とか、あり得ないだろ。で、どうなんだ?」
腰に下げてはいなくても、アイテムボックスには入れているかも知れないと自警団員は確認してくる。
それに対してクライストはアイテムボックスから愛用――と言うには最近ほとんど使っていないが――の銃を取り出して見せた。
「ああ、俺は持ってるぜ」
慣れた感じで構えて見せたクライストの様子に、自警団員はあからさまにホッとした様子を見せた。
「そうか。ならいい。……おまえらの実力とやら、見せて貰うぞ」
そう言うと、さっさと走り去っていった。とは言え、西門が受け持ちらしく、クライスト達の視界から消えることはなかったが。
そんなことがあったので、クライストとディアナは防壁に上がるまであと何回かは足止めをされそうだと思っていたが、実際にはそうはならなかった。
既に、後方の空はかなり白んできており、中途半端な明かりは要らなくなりつつあった。
そんな中、馬蹄の轟きは身体強化など使うまでもなく聞こえるようになってきており、自警団員達も防壁に上がってきたクライスト達に気を使う余裕がなくなりつつあったのだ。
とは言え、流石にクライスト達が陣取った左右の自警団員達には軽く事情を説明せざるを得なかったが。
「あれがそうなんじゃな?」
防壁の上に急遽積み上げられた瓦礫。その陰に身を隠しつつ、1kmを切る距離にまで迫ってきていた騎馬の集団を指してディアナが言うと、
「俺に訊かれてもな……。まあ、間違いねぇとは思うぜ」
何しろ、鬨の声まで挙げながら突撃してきているのだ。まだ攻撃こそしてきてはいないが、ほぼ間違いないだろう。と言うか、強化した視力で見てみれば、銃を振り回しながら突撃してきているのがはっきり分かった。これで穏便な集団だなどと言われても誰も信じないだろう。
ディアナもそれを確認したのだろう。クライストに対して頷くと、即座に火球の詠唱を開始した。
それを聞きつけた周辺の自警団員達が怪訝そうな顔になるが、武装集団が実際に迫ってくる状況下ではいつまでもディアナのことなど気にしている余裕はなかった。
「射程に入り次第、撃ちまくれっ!」
そんな指示があっちからこっちへと順次伝えられていき、防壁の上に陣取っていた数十名の自警団員全てが迫り来る集団へと向かって銃を構えた。
その手が震えている者が少なからずいるのはやむを得ないと言うべきか。それでも、自らの生存を賭けた戦いであることを知っているのか。それとも自警団になど所属するだけあって、責任感が強いのか。
震えながらも誰一人として逃げだそうとしないのは見事と言えるだろう。
とは言え、突撃してくる集団にしか目が行っていなかったのは事実である。だからこそ、その時まで自警団員達はそれに気がつかなかった。
「少し遠いようじゃが、そろそろやっておいた方がよいかの?」
「あんまり早いと効果の割に目を付けられるだけだぜ?」
そんなクライスト達の会話に、というよりも、先ほどから目の端にちらちらを映り込んでいた明かりの正体が気になったのだろう。何人かの自警団員達がディアナの方を、正確にはディアナの手の上で燃えさかっている小さな炎を見て腰を抜かしかけた。
「……あんまり持ってると、味方が使い物にならなくなりそうだぜ?」
クライストに指摘されるまでもなく、腰を抜かしかけた自警団員達を見ていたディアナは溜息を吐きつつ、瓦礫のバリケードの陰から立ち上がり、おもむろに突撃してきている集団へと手の上の炎を投げつけた。
投げつけられた炎は、クラフランジェ自警団、突撃してくる集団。その両者に属する全ての人間の目を引き、一瞬時が止まったかのような錯覚すら全員に与えた。
だが、ディアナが放った炎の球は止まりなどしない。
理解できない事態に突撃が緩んでいた武装集団の先頭へと落ち、
そして、大爆発を上げた。
凄まじい爆音が轟き、吹き飛ばされた土砂の一部が防壁の上にまで降ってきた。
「いつもよりすごくねぇか?」
おっかなびっくり、防壁の上に積み上げられた瓦礫の陰から顔を出したクライストが言うと、
「手加減などせず、全力で放ったからのう……」
ディアナはそう言った。が、本人も思った以上の威力だったらしい。
実際、ディアナの火球が着弾した箇所には小さいながらも地面がえぐれた穴が空いており、周辺にいたはずの騎馬は軒並み吹き飛ばされるか薙ぎ倒されるかしていた。
離れたところの騎馬は流石に大したダメージはなかったようだが、驚きのあまり暴走状態に陥った馬に人が振り回されているという状況だった。
「……す、凄まじいな」
ぽつりとそう漏らした自警団員は誰だったか。
だが、完全に全員が動きを止めていたのは僅かな間のことだった。
「今がチャンスだ! 撃て! 撃ちまくれ!」
自警団の中からそんな声が上がったかと思うと、ハッと気がついたように自警団員達からクラフランジェ目がけて突撃してきていた人馬の群れに、無数の銃弾が放たれた。
混乱に陥っていた人馬の群れは無論、為す術もない。ただ、自警団員達の的になるのみである。
だが、それでも数十m以上もの距離を持って撃たれた銃弾が、そうそう目標に当たるものではない。
混乱のあまり読みづらい動きとなっていた人馬の群れは、それが幸いして防壁の上から撃たれた銃弾の大半を躱してしまっていた。
「思ったより、被害が出てねぇな」
できる限り馬を狙っていたクライストは、落ち着きを取り戻しつつある人馬の群れを見ながら、そう漏らした。
勿論、被害が軽微であるというわけではない。だが、元々相手が密集していなかったために、これまでの攻撃で1割も削れていないとクライストは見ていた。
「おいっ! もう一発さっきの撃てるか!?」
自警団の中から上がった声に視線を向けたクライストは、そこで思いもかけぬ、しかし予想していても良かったはずのものを見た。
「……無理だ! 少し休ませてやってくれ!」
姿を現しつつある朝の太陽の光の中にクライストが見たものは、青ざめて息を荒くしているディアナの姿だった。
「くそっ! 今のは何なんだ!」
そう怒鳴ったのは、クラフランジェを西門から攻める部隊を任されていた日本人風の男だった。名を多々見章吾という。
先ほどクラフランジェの防壁から炎が飛んできたとき、多々見はかつて無いほどの危機感を覚え、急ぎその着弾地点から距離を取った。
それが奏功してか、多々見自身は人馬ともに無事だったのだが、着弾地点付近にいた十数名の兵士達がもろに爆発に巻き込まれてしまっていた。爆発で吹き飛ばされた兵士達も数えるなら、20名を越える兵士が今の攻撃だけで戦闘不能に陥ったと見るべきだろう。
おまけに、その爆発で混乱したところに防壁の上から降り注いできた銃弾の洗礼で、更に数名の兵士が脱落した。
そんな状況であるからして、多々見が舌打ちするのも無理はなかった。
だが、舌打ちをしていても状況は改善などしない。
一度距離を取り、混乱の収拾を付けるべきだと判断した多々見は、即座に兵士達に後退命令を発した。
その指示を耳にして、混乱していた兵士達は混乱したままながらも一斉に退き始めた。
その様子を見ながらもう一度舌打ちした多々見は、個人端末を取り出すと東門から攻めているはずの部隊を率いている、自らの上官へと連絡を取った。
「ジェネラル。どうかしましたか?」
そう訊いてきたのは男の部下だった。
略奪団の半分を率いて今まさにクラフランジェに襲いかかろうとしていた男――ジェネラルは、もう少しで防壁の上の敵を武器の射程に捕らえようとしていたところで、西門から攻めているはずの別の部下――多々見から、急遽連絡が入ったのだ。
その内容を一読したジェネラルの様子に違和感を覚えたが故に、先ほどの部下の台詞である。
だが、ジェネラルは部下の質問に答えなかった。代わりに別の指示を出す。
「全軍を一度止めろ。……いや、10名ほど選んで距離を詰めさせろ。勿論、援護は忘れるな」
自らの質問に答えを貰うことが出来なかった部下は、しかし全く不満を見せることもなく、ジェネラルからの指示を実行に移した。
その指示を受け、配下の略奪団の大半が一気に動きを止めるのを確認したジェネラルは、すぐに多々見に何があったのか、詳細な報告を求めた。
『炎を撃たれ、それが爆発を起こしました。手榴弾より遙かに強力です』
とりあえず、こちらが思っていたよりも、クラフランジェ側が強力な武器を手に入れていることは確からしい。だが、よく分からない部分もあった。
『炎とは何だ?』
『正体は分かりません。ただ、炎と見えたとしか』
爆発を起こしたというなら、爆弾の類だろう。炎というのはよく分からないのだが、火炎瓶のように予め点火されていた火種がそう見えたのかも知れない。
ジェネラルはとりあえずそう納得し、西門の方でも様子を見ながら攻めるようにと指示を出した。
いつも通りつまらない仕事だと思っていたが、どうやら思ったより手応えのある相手かも知れない。
そう考えたジェネラルは、確かに喜びを感じていたのだった。
「……敵が退いてきとるな」
そう言ったのは、レックの後ろに乗ったマージンだった。
上空から見ていると、既にそれなりに明るくなってきている地上で、西門へと突撃していった略奪団が退却にかかったのがよく分かる。
「やっぱり、さっきのディアナのが効いたんだね」
「そうやろなぁ。あれで退いてくれたらええんやけどな」
そうは言うものの、マージンに自らの言葉を信じている様子は全くなかった。レックとしても、あの程度で略奪団が諦めるとは到底思えなかった。
とは言え、力尽くで攻めてこなくなれば、それだけ数が少ないクラフランジェ側としては、守りやすくもなる。
「これで、多少は余裕が出来るのは間違いないと思うよ」
レックはそう言うと、これからの行動についてマージンと最後のすりあわせを行った。
「僕らはこの退いてきた連中をつっついて、攪乱すればいいんだよね。一撃離脱でいいと思うけど、どう?」
「それで十分やろ」
あっさりとレックの言葉に頷いたマージンは、しかし別のことが気になっているようだった。そして、それを確認することに決め、
「それよりも、や。今回の相手は人間や。レック、問題あらへんか?」
そう訊かれたレックは、思わず身体をびくりと震わせた。
「な、何のことかな? ちゃんと役目は果たすよ?」
何とか誤魔化そうとするも、しかし、誤魔化せたとは流石に思わなかった。
大変不本意かつ嬉しくないことに、リーフの上という狭い場所でマージンとは身体が密着しているのである。身体の震えは当然ばれただろうし、声の震えもしっかりばれているに違いなかった。
だからこそ、
「……ま、ええけどな。気いつけや」
マージンがそれ以上、何も訊こうとしなかったことに心の底からホッとした。
尤も、それもマージンに気づかれたくなどない。
「少し離れたところに降りて、そこから徒歩で襲撃しよう。集合は降りた場所と同じ場所でいい?」
「その方がええやろな。あと、相手は武器もクラフランジェより格上やと思っといた方がええやろ」
「そう? まあ、確かにメトロポリスなら何でもありそうだけど」
そんなことを話しながら、リーフに乗った二人は略奪団から2km以上も離れた山の中へと降り立った。
既に周囲は十分に明るく、これなら注意さえしていれば戻ってこれなくなることはなさそうだった。
「……別に、相手を無力化できなくてもいいよね?」
周囲の様子をしっかりと頭に叩き込みつつ、レックはふと思いついたことをマージンに確認した。
「そやな。狙いは相手の動きを制限することや。後ろからも攻撃されるかも知れへん。そう思うたら、相手も自由に動けへんからな」
マージンの肯定に、レックは胸を撫で下ろした。
正直、人を攻撃すると考えるだけでも、かなりきついものがある。だが、気がすらさせなくて良いなら、まだ何とかなりそうな気がするのだった。
「よし。行こうや」
マージンの言葉に頷き、二人はリーフの側を離れ、西門を攻めようとしていた略奪団の元へと向かったのだった。
その頃、リリーは閉ざされた雨戸の隙間から明るくなってきた外の様子を窺っていた。
「……大丈夫かな~」
その頭を占めているのが何かは、言うまでも無いだろう。
勿論、クライストやディアナ、レックのことも気にはなるのだが、やはり好きな相手のことが一番心配なのは当然のことだった。
「今のところは、何の連絡も来ていない。大丈夫だろう」
そう答えたのはグランスである。隣にはエイジを連れたミネアも立っていた。
それでも、リリーの不安は簡単には消えなかった。
「でも、連絡が無いからって無事とは限らないでしょ?」
実際、生きていたとしても気絶していれば連絡が入ることはない。その時、ここにいない仲間達が大怪我をしていないという保証はどこにもなかった。
ただ、何も出来ないことには変わりがない。
「今は……信じて待つだけです」
ミネアのその言葉に頷き、いるかどうかも分からない神に祈りながら、リリーはマージン達の無事を願った。
どうやら、流石にまだ町の中にまでは攻め込まれていないようだったが、それもいつ状況が変わるかは分からない。
うまく相手が警戒してくれれば、それなりの時間は稼げる。だが、それだけでは足りない。相手を退かせることが出来るだけの何かが起きる、あるいは起こす必要があった。
その何かについても、案がないわけではなかった。だが、あまりにも危険なために、誰もそれを実行に移そうとは言わなかったのだが。
そんなことを考えながら、リリーは、いや、ここにいる全員が祈るように外の気配を窺っていた。
「話が違うっ! こんなに早く来るとか聞いてないぞ!」
寝ているところに襲撃の報告を受けたノシュノレスは自らの部屋で、苛立ちを隠せないままにぐるぐると歩き回っていた。
「どうしてだ! どうして今来るんだ!」
そう怒鳴っても、答える声などない。報告に来た部下は、ノシュノレスの八つ当たりを受けてはかなわないと、とっくに部屋から逃げ出していた。
代わりにノシュノレスの八つ当たりを受け、机の上にあったものは全て薙ぎ倒され、床の上に散乱していた。それでもまだなお壊す物を求めていたノシュノレスだったが、ハッと正気に返った。
「くそっ! こんな事をしてる場合じゃない!」
苛立ちは収まっていなかったが、このまま何もしなければ、自らの立場がなくなってしまう。ユーゲルト達自警団が防衛に成功しても失敗しても、である。
「……くそったれ!」
ノシュノレスは最後にもう一度机を蹴り飛ばすと、部屋の外にいるはずのレブナスを呼びつけた。
「レブナス、やるぞ!」
ノシュノレスのその宣言を予想していたのだろう。
レブナスは驚くことなく、その言葉を受け入れたのだった。




