第十四章 第六話 ~襲撃の夜明け1~
「全く、あいつらは何を考えてるんだっ!」
日も完全に落ち、なけなしの蝋燭によって弱々しく照らし出される部屋の中で、部下からの報告を聞いたノシュノレスはそう叫び、手に持っていた金属製のコップを壁へと投げつけていた。
報告に来ていた部下は身をびくっと竦ませたが、逃げ出すわけにも行かず、ただ視線だけが落ち着くことなくきょろきょろと室内を彷徨っていた。
そんな部下の様子を見たノシュノレスは、流石に今の自分の態度はマズかったことに気がついた。幸い、部下に手をあげるようなことはしていないが、いちいち落ち着きを失っていてはいかにも小物っぽい。
こっそり深呼吸をして何とか最低限の落ち着きを取り戻すと、ノシュノレスは報告に来ていた部下に退室の許可を出した。それを受けてそそくさと部屋を出て行った部下の様子に、我ながら失敗したかと反省しつつも、ノシュノレスの思考はすぐにそこから離れ、
「しかし、時間稼ぎがほとんど出来なかった。予定ではもう数日くらいはあそこで誤魔化しておくつもりだったんだが……」
そうぼやき始めた。
人前ではなるべく避けるようにしているが、一人の時はこうやってしばしば、ぼやいたり愚痴ったりする。それがノシュノレスの癖の1つだった。
正直、クラフランジェはそれほど広くないとは言え、第二武器庫に運び込まれていた武器の数々を隠す場所には困らないし、それを探すとなると今の自警団の規模では一月や二月では終わらないだろう。故に、第二武器庫にあった主立った武器がないことをミアナ達が確信するまでかなりの時間がかかる。それは確実だった。
直接問い詰めに来られたら少々面倒かも知れないが、それものらりくらりと躱せば済む話でもある。
そう考えれば、第二武器庫がこんなにも早く攻め落とされてしまったことは想定外ではあるが、何とかならないこともない。……外に出した者達が帰ってくるまでどれほどの時間がかかるか分からないことを考えると、少しでも長くあそこで時間を稼ぎたかったことも事実ではあるのだが。
とは言え、それはもう済んだことだった。幸い、何人かが自警団に拘束されたらしいが、現地にいたはずのレブナス達主要メンバーは無事に逃げ出せたらしいし、致命的な状況の変化ではなかった。
故に、ノシュノレスの思考は、何故、今、自警団が動いたのか。その理由へと移っていっていた。
(一番分かり易いのが、メトロポリスの連中が来ているということだが、いくら何でも早すぎる)
確かにメトロポリスからは定期的に上納金ならぬ資源の徴収に定期的に武装部隊がやってきていた。だが、三ヶ月に一度のそれが次に来るのはまだ一月ほど先のはずである。それが今来ているなど、あまりにタイミングが良すぎた。
故に、ノシュノレスはそれを信じなかった。代わりに、
(あっちもあまり余裕がないのだろうな。ならば、ここが正念場か……)
そんな風に考えてしまった。
そして、その考えに基づき、移住反対派の今後の方針と行動計画を脳内で組み立てていったのだった。
一方、戻ってきたレックからの報告を聞いた蒼い月の仲間達は、喧々諤々の論争を繰り広げていた。
とは言え、ミネアはいつも通り大人しいし、アカリも自分は口を出すべきではないと考えているのか、大人しくしている。グランスは横に逸れかけた議論の流れを戻すとき以外は原則見守っているだけだし、何を考えているのかマージンもまた黙りこくって議論の行く末を見守っているようだった。
そんなわけで、実際に議論を行っているのは、まだやっと片言で話せるようになったばかりのエイジも除いた4人と言うことになる。
「だから、反対側から逃げたらいいんじゃないの?」
「この町の人たちを見捨てて?」
「俺はそうしたいとこだけどな」
「まあ、どっちを取るかと訊かれたら、そうなるじゃろうなあ」
「でも、それはちょっと薄情な気がするんだけど……」
「薄情とは言っても、こっちが生き残れる保証があっての話じゃがのう」
「なら、ディアナは逃げた方がいいと考えてるわけ?」
「じゃが、反対側から逃げても追いつかれては意味が無いからのう。それくらいならば、この町の中で迎え撃った方が安全じゃろうな」
「あたしは逃げた方がいいと思う!」
「おれもどっちかって言うと、逃げるに一票だな。うまくいけば、この町が目くらましになって、逃げ切ることも出来るんじゃねぇか?」
とまあ、こんな具合なのでいつまで経っても話がまとまる気配はなかった。
ちなみに、レック、ディアナは町に残って戦うべきだと主張し、クライストとリリーは逃げるべきだと主張していた。数の上では2対2とバランスがとれているせいで、どっちにするかがいつまでも決まらないのである。
実のところ、クラフランジェに残るにあたって、どのような状況ではどのように動くかということは、予め話し合って決めていたのだが、今の、メトロポリスの略奪団がすぐそこに迫るまでクラフランジェにいるという状況は想定していなかった。そのため、議論がぐだぐだになっているのである。
尤も、いつまでも平行線を辿る議論など続けていても意味など無い。
それでも十分近くレック達の不毛な議論を眺めていたグランスだったが、ぱんぱんと手を叩いて4人の注目を集めると、
「悪いがおまえ達の議論もそこまでにしてくれ。もう、結論を出すべきだろう」
心持ち重々しくそう告げた。
レック達もその言葉には異論は無かった。詳細はどうあれ、今とるべき選択肢は戦うか逃げるかの二択なのだ。
「正直、もっと早くクラフランジェを離れていれば良かった、とは思っている。だが、今は反省すべき時ではない」
こういう時は、明らかにマズい点が無い限りはグランスの決定に従うという暗黙のルールに従い、喧々諤々の議論をしていたレック達もグランスの言葉に耳を澄ましていた。
「それで、だ。レック達の意見も、クライスト達の意見も十分に聞かせて貰った。正直、どっちの意見も分かる。だが、万が一を考える限り、どちらが正しいか。それは分からない」
その言葉に、仲間達が思い思いに頷いた。分かるようなら、先ほどまでの議論は何かしらの結論が出ていたはずだからだ。
「だから、この決定は俺の我が儘であり、独断だ。そう思ってくれて構わない」
グランスはそこで一度言葉を切り、
「……どっちが良いのか分からない現状、この町に残って戦う」
その言葉に、レックとディアナが僅かに頷き、クライストとリリーが僅かに顔を顰めた。が、勿論文句は言わない。グランスの決定は下ったのだ。
「確かに、この町の連中のことは好きじゃない。好きになれない。だが、それだけの理由で最初から見捨ててしまっていては、人として……そうだな、何かイヤなんだ」
その言葉に、先ほどまでクラフランジェから逃げることを主張していたクライストとリリーがハッとしたようになった。恨み辛みで目が曇っていたことに気づかされたといったところだろうか。
それはさておき、グランスの決定に結局異議は出なかった。
ただ一点。常に仲間を優先する。そのことだけを改めて確認し、蒼い月は再び議論を始めた。尤も、先ほどまでの不毛な議論とは異なり、今度は具体的な意見が幾つも出てきたのだが。
そして数分ほどで話をまとめたレック達は、それぞれの役割を果たすべく、速やかに動き出したのだった。
「それは本当かっ!?」
町長の屋敷の執務室にてバンッと大きな音を立てて机を叩き、その反動と言わんばかりに立ち上がったのはユーゲルトだった。
「ああ、本当やで。うちのんが偵察で確認したんや」
そう答えたのは、ユーゲルトに町の外の状況を伝えに来たマージンだった。勿論、ユーゲルトが勢いよく立ち上がったのは、町のすぐ外と言って良い距離にまで何者かが迫っているという情報を聞いたからだった。
尤も、あまりに大きな音を出しすぎたことに気づいたユーゲルトは、すぐに隣室へと続く扉の様子を、正確にはその向こうにいる人物が今の物音で目覚めてしまっていないかそっと伺い、どうやらまだ寝ているようだと察してホッと息を吐いた。
「町長さん、寝とるん?」
「ああ。流石に少し寝た方がいいと、何とか説得してな」
再び椅子に座りながらユーゲルトが答えたように、隣室ではミアナが寝ているはずだった。
ここ数日、まともに睡眠を取っていないミアナはつい先ほどまで起きていたが、正直横から見ているのもつらいほどにふらふらだった。流石に少し休まないと正しい判断など出来ないと何とか説得したのだった。
尤も、今聞いた話が正しければすぐにでも起きて貰う必要があるかも知れないと、ユーゲルトは考えた。が、その前に1つ確認すべき事がある。
「それで……君たち、蒼い月はどうするつもりなんだ?」
個人端末でグランジを呼び出しつつも、マージンにそう訊ねた。そんなユーゲルトの態度を咎めることなく、マージンは答えた。
「ここで戦うことにはなったで」
その言葉に、ユーゲルトは軽い驚きを感じた。が、それ以上に安堵を感じたと言うべきか。
何しろ、レック達の戦闘能力の高さはユーゲルト自身がよく知っていた。正直、自警団員100人よりもレック達の方が間違いなく強い。そう断言できる。
だが、不安もないわけではなかった。
自分達が彼らにしたことを、ユーゲルトは忘れていなかった。はっきり言って、恨まれていてもおかしくない。いや、恨まれてない方がおかしい。
だから、
「それは、本当か?」
気がつくとそう聞き返していた。
「ほんまやで。まー、自分らの指揮系統には入らへんし、自分らが危なくなっとっても助けるか分からへんけどな」
どうやら、蒼い月は勝手にやると言うことらしい。それも、クラフランジェの住人達を見捨てるかも知れないという宣言付きである。
だが、それでもユーゲルトには十分だった。武器も人数も足りない尽くしの自警団の状況を考えれば、多少なりとも敵と戦ってくれるだけでもありがたいのだ。
「それで十分だ。……ただ、出来れば最低限の連携くらいは取りたいのだが」
「それは勿論や。ま、言うても互いに邪魔にならんような場所で戦うくらいしかできへんやろうけどな」
マージンのその言葉に、ユーゲルトは頷き、感謝の言葉を述べようとして、代わりにもう一度深く頷き直したのだった。
マージンがユーゲルトと会っていたその頃、レックは再びリーフにまたがり、夜空を舞っていた。先ほど確認したのはクラフランジェの西側だったのだが、それでは東側はどうなのかという疑問が出てきたためである。
「東側に敵がいなければ、そちらから逃げることも出来るからな」
グランスはそんなことを言っていたが、要するに東側が空いているかどうかでどう動けるかが大きく変わってくるのである。
尤も、前に見つけた野営の跡地からクラフランジェまでの距離を考えるに、あそこで野営をした者達がクラフランジェを目指していたのであれば、とっくにクラフランジェに着いていなくてはならない。それから今まで何をしていたのかを考えると、東側も押さえられているだろうとレックは考えていた。
それでも東側を偵察することにしたのは、念のためである。今の状況に分からない点は少ない方がいい。
(それに、相手の戦力も把握しておきたいしね)
とりあえず今はクラフランジェの東側を確認することを優先しているが、それが終われば西側に見つけた野営の火の明かりをもう一度確認しに行くつもりだった。夜中なので正確な相手の戦力を把握することは出来ないだろうが、やらないよりはいい。
レックはそう考えながら、夜の空を飛び続けた。
一方、ディアナとクライストは西門の様子の確認に来ていた。町に入り込まれては出会い頭の遭遇戦という非常に危険な戦闘を繰り返す羽目にもなりかねず、出来ることなら町に入られる前に叩くべきだからである。
「ふむ……これでは、丸見えじゃな」
「だな。正直、銃相手にこれはきついぜ」
見張りに集まっていた自警団員達に断って上った西門の防壁の上からクラフランジェの外を見渡し、ディアナ達はそうぼやいた。分かっていたことではあるが、改めて確認するとクラフランジェの周辺は何もない。正確には、草が生い茂った草原が山の斜面にまで広がるばかりで、木という木が無い。背の高い木も低い木も、全て薪として伐られてしまっていた。
尤も、ディアナ達が気にしているのはそちらではなかった。何しろ、クラフランジェの外に何もないということは、攻め手が身を隠す場所がないということである。それはつまり、弓や銃などの遠距離攻撃の手段を持っているならば、守り手は非常に攻撃しやすいということである。
問題は、防壁の上にも身を隠せる場所がほとんどない点にあった。つまり、防壁の上から攻撃しようとすれば、敵に姿を晒さざるを得ず、すなわち、確実に銃で武装しているであろう敵に狙ってくださいと言うも同然なのだ。
流石に自警団員達もそれはよろしくないと考えているのか、どこからか石材を運んできては防壁の上に積み上げているのだが、どうにも数が足りていない。ディアナ達を優先してくれとは、到底言い出せる状態ではなかった。
「正直、出来ればここで敵を迎え撃つなどしたくはないのじゃが……おぬしはどう見る?」
「とりあえず、自前で壁作るしかねぇな。じゃなきゃ、相手の腕に期待ってとこか?」
ディアナとしては、相手が外してくれることになど期待したくなかった。HP制のゲームならいざ知らず、銃弾で頭でも撃ち抜かれようものなら、間違いなく即死である。そんなことを運任せになどしたくはない。
「クライストの言うとおり、壁を自前で用意した方が良いようじゃな」
「だろ?」
「それで、クライストよ。おぬし、銃の方は大丈夫なのか?」
「まあ、威力不足で最近はご無沙汰だったけどな。無いよりはましだろ」
そう言いながら、アイテムボックスから取り出した銃をクライストは構えて見せた。その構えは、一年以上も銃を使っていないとは思えなかった。
「ふむ。期待しておるぞ」
「いや。あんまり期待しないでくれ」
それから二人はもうしばらく防壁の状態を確認した上で、攻撃から身を守るための壁を防壁の上に作るための材料を集めに町へと戻ったのだった。
さて、残るメンバーのうち、グランスとリリーはクラフランジェの町の中を確認して回っていた。尤も、移住反対派に見つかると面倒なので、こそこそとであるが。
それで何をしているのかというと、いざという時の避難経路の確認と、避難先の確保である。
どう考えても、町の主要な通りに面している宿屋というのは、何かがあったときに安全とは言い難い。せめて、作りが堅牢かつ守りやすいなら良いのだが、そもそも町そのものが人間同士の戦いを想定した形になっていない。町を囲む防壁自体、あったらかっこいいからという理由で作られたというのであるから、他の建物の構造など推して知るべしである。
「せめて、公認ギルドのメンバーが町を管理していたならな……」
イデア社から町や村を管理する権限を与えられていたのが公認ギルドである。そのメンバーは権限を有する町や村の建物の建築許可やエリアごとの立ち入り許可を設定することができた。
このことを利用し、キングダム大陸では大陸会議にも参加している公認ギルドの1つであるフォレスト・ツリーが主導して、町や村に犯罪者の立ち入りを禁止することで治安を維持していた。
だが、メトロポリス大陸ではそうならなかった。
そもそも、公認ギルドのメンバーがほとんどいなかった上に、元々管理していた町や村以外を管理する方法を結局見つけることが出来なかった。おまけに『魔王降臨』以降の混乱の中で、残っていた公認ギルドのメンバーも自らが管理していた町や村を離れて行方不明になったり、最悪、略奪団に殺されたりで、メトロポリスでは公認ギルドのメンバーによって管理されている町も村もほとんど無い状態になってしまっていた。
無論、クラフランジェも例に漏れず、公認ギルドのメンバーによる管理などはされていない。つまり、町の中に略奪団が侵入してきても、正面から実力で排除するしかないのである。
とは言え、ないものはない。
「いてくれたら、ほんと、楽だったんだけどね~」
「まあ、素直に探せって事だろう」
グランスはそう言いながらも、町の様子に注意を払うことを忘れない。
幸い、それなりの月夜である。新月の夜などは建物の影などは真っ暗としか言いようのないほどに暗いのだが、これくらいの暗さであればグランスの身体強化でも何とか建物の様子くらいは確認できる。
尤も、同行しているリリーは全く見えていないようで、
「あの建物とかどう?」
と、適当に指さしてはグランスに確認して貰っている有様だったりする。
そんな感じで役に立っていないリリーがついてきている理由は、グランスの護衛、だろうか。
正直、リリーは蒼い月でも最強に近いと目されていた。何しろ、水の精霊魔術は詠唱なしでいきなり発動できる上に、近距離であればまさしく自由自在に操れるのである。はっきり言って、グランスでは身体強化を使っても、水を操っているリリーには絶対勝てない。
そんなわけで、グランス一人で歩くよりは安全だと言うことで、リリーも同行させられることとなったのである。勿論、リリーとしては別のメンバーと一緒が良かったのであるが、こんな時に我が儘を言うつもりはなかった。
「なかなか隠れ家に向いていそうな建物などないものだな」
「ってゆーか、外から見るだけで分かるの?」
町の中を彷徨うこと20分。ぽつりと漏らした台詞にリリーから返ってきた言葉を聞いて、グランスは溜息を吐いた。
「やはり、そう思うか?」
「だって、外からじゃ全部同じに見えるもん」
尤も、リリーの台詞の理由の半分以上がそもそもリリーの夜目が利いていない事にある。実際、グランスの目から見れば、どの建物にもそれなりの個性があった。
だが、入ってみなければ分からないというのは実に正論である。特に、地下室などは入ってみなければ絶対に分からない。
「急がば回れ、か」
「え? 何それ?」
思わずグランスが零した言葉を、リリーは知らなかったらしい。
そのことにちょっとしたジェネレーションギャップを感じつつも、
「急いでいるときほど手を抜くな。ちゃんとやれという意味だ」
そう説明し、この後は建物の中まで入って確認していくと、リリーに伝えたのだった。
「ふう……」
マージンが帰った後の夜の執務室で、ユーゲルトは深い息を吐いていた。
マージンとの打ち合わせは10分ほどで終わったし、マージンの相手そのものはそれほど疲れるものでもなかった。積極的に力を貸してくれる気はないようだったが、別にこちらを出し抜こうという考えもなかったらしく、協力関係についての打ち合わせそのものはスムーズに進んだのだ。
故に、ユーゲルトの感じているこの疲れは、マージンのせいなどではなかった。はっきり言ってしまえば、明日にも来るかも知れないメトロポリスの略奪団のせいである。
蒼い月が戦ってくれると言うだけでかなり気が楽にはなったが、それでもこちらの不利は覆らない。
(最悪、一部の住人だけでも逃がしたいところだが……)
相手の戦力次第ではそれも適わないだろう。それに、一部だけ逃がすというのも難しい。準備なしではうまく逃がすこともままならないだろうが、下手に準備をすれば、クラフランジェが2つに割れてしまうかも知れない。
そう考えたところで、ユーゲルトは自嘲した。
(割れるも何も、既に割れているではないか)
そう、ひとしきり自らを嘲笑うと、ユーゲルトは部屋の扉を叩くノックに応じた。
「失礼します。……廊下でマージンとすれ違いましたが、何かあったのですか?」
「1つは既にチャットで伝えたとおりだ。もう1つは、彼らもクラフランジェに残って戦うのだそうだ」
部屋に入ってきたグランジにそう答え、そのまま席に着くように促した。
「それは、本当ですか?」
深刻そうな表情から一転し、驚きと喜色を同時に浮かべたグランジの様子に、先ほどの自分を思い出して微かに苦笑しながらも、ユーゲルトはこんな時間にグランジを呼んだ理由を口にした。
「とりあえず、敵をどう迎え撃つか。そして、門を破られた後はどう動くか。蒼い月の行動も含めた上で、計画を練り直すぞ」
それを聞いたグランジは、再び深刻そうな表情を浮かべた。
「やはり、門は破られると?」
「いや、それは分からなくなった」
そのユーゲルトの言葉に、グランジは再び驚くこととなった。
正直、西か東、いずれかの門は破られるだろうというのが、先ほどまでのグランジと、ユーゲルトの共通認識だったのだ。それが、どうして分からないとなったのか。
そう考え、最初に思いついた可能性をグランジは口にした。
「……それほどまでに、蒼い月の戦力は高いと?」
「いや。正直、彼らがどれだけ強くても、あの人数だ。2つある門を両方とも守り切ることなど不可能だ。もっと単純な話だ」
にやりと笑うと、ユーゲルトは先ほどマージンから提案された策をグランジに説明した。
「……なるほど。それならば、門が破られる可能性はほとんど無くなりますね」
「ああ。急いで自警団の連中に作業をやらせろ。いや、他の連中にも手伝って貰え。命がかかってるんだ。戦わなくてもそれくらいはして貰っても罰は当たらないだろう?」
「分かりました。移住反対派はどうします?」
「……数だけは馬鹿に出来んが、どうせこっちの言うことなど信じんだろう。邪魔をされないように見張りだけ付けて放っておけ」
ユーゲルトの言葉に、グランジは素直に頷いた。グランジ自身、移住反対派が簡単にこちらの言うことを聞いてくれるなどとは思っていない。正直、邪魔さえしなければいいとすら思い始めていた。
そんな二人は、それから門が破られる前と、破られた後の戦い方と一般住人の避難について軽く打ち合わせをした後、各々の仕事に戻ったのだった。
「どうだった?」
予め決めていた通りの時間に、再び宿に集まったレック達は、互いの状況を確認し合っていた。時刻は既に深夜を回っており、流石にエイジは寝かせないとマズいだろうということで、エイジとその母親であるミネアはいなかったりするが。
ちなみに、レックが偵察していたクラフランジェの外の様子は、既にクランチャットで全員に報告済みである。故に、集まった全員の間には結構な緊張感が漂っていた。
「防壁の上から攻撃するのは、少々厳しいな。一応、その辺の建物を崩した瓦礫なんかでちょっとした壁は作ってみたけどな」
「そもそも防壁の上に新たに壁を作ること自体に、無理があるのじゃ」
「やはり、元が飾りの防壁だとそんなものか」
クライストとディアナの報告に、グランスがそう唸った。
そもそも、キングダム大陸にしろメトロポリス大陸にしろ、町が攻められるという事態は基本的に想定されていない。故に、町の周囲に防壁が張り巡らされていたとしても、『魔王降臨』以降に作られたものでもない限り、基本的に実用性を考えていない飾りに過ぎないのである。
勿論、全く役に立たないわけではない。
見栄えのためであっても十分な厚みと高さを持って作られていれば、それなりに機能はする。ただ、クラフランジェの防壁もそれなりの強度は持っているのだが、やはりこうなってみると物足りないのだった。
「一応、門は中から瓦礫で埋めるように提案はしてきたんやけど、防壁に直接穴開けられるかも知れへんなあ」
「それはないと思うけど?」
「いや、最悪は想定しておくべきだと思うよ」
楽観的な意見を述べたリリーに対し、即座にレックが首を振って戒めた。
レックが見たところ、正直、クラフランジェの防壁はあまり良いものだとは言えない。確かに一朝一夕でどうにかなるようなものではないだろうが、3mほどの高さでは防衛側の隙を突けば乗り越えることも不可能ではない。そうでなくても、一週間も熱心に破壊活動にいそしめば、穴くらいは開けられそうだとレックは見ていた。
実際には、クラフランジェの自警団が見過ごすこともないだろうから、そう簡単に防壁を突破されることはないだろうが、それでも油断はすべきではない。
そう説明すると、リリーも納得したらしかった。
「で、グランス達の成果は? いい建物は見つかった?」
レックにそう訊かれたグランスとリリーはあっさり首を振った。
「せめて明るい時間なら良かったんだが、これはという建物は見つけられなかったな。それでも、大抵はここにいるよりはマシだろうが」
グランスの意見には、全員が素直に頷いた。
大通り沿いの宿など、目立つことこの上ない。例え頑丈な建物でなかったとしても、身を隠すには些か不適切だったとしても、このまま宿にいるよりは絶対マシだという点では、誰にも異論は無かった。
「他には、報告すべき事はないな?」
その確認に仲間全員が頷いたことを確認したグランスは、仲間達に指示を出した。
「とりあえず、ミネアを起こしてきて建物を移るぞ。そこでもう一度、状況と各自の役割分担を再確認してから、仮眠を取って、明日に備えることにする」
そうして、レック達は明日に備えて動き出した。
この時点で既に時刻は深夜を回り、日付は変わっていた。
他方、ユーゲルト率いる自警団も、明日にでも襲ってくるかも知れないメトロポリスの略奪団へと備え、着実に準備を進めていた。とは言え、どうやっても最早準備不足は否めない。
「どうだ? これくらいで足りると思うか?」
「ちょっと足りないような気もするが……どう思う?」
西門の内側に積み上げた瓦礫の山を確認しつつ、自警団員達はそう話し合っていた。暗い中での作業ということもあり、単に瓦礫を積み上げるだけの作業ですら捗っているとは言い難かった。
ただ、門が内開きの構造になっていた点だけは救いだろう。外開きの構造などになっていれば、門の内側にいくら瓦礫を積んでいても、門を開けた後に外から人海戦術で瓦礫を撤去することも容易である。だが、内開きであればそもそも瓦礫の重みで門が開かない。仮に門を破壊したとしても、効率的な瓦礫の撤去は望めない。
とは言え、それも十分な量の瓦礫を積み上げることが出来ればの話だった。
そして、こんな光景は西門だけではなかった。
クラフランジェの至る所で、ひたすら文字通り寝る間も惜しんで自警団全員が、それどころか移住派の住人達すら駆り出して、来て欲しくもない朝へと備える。
それでもクラフランジェの眠れない夜は着実に更けていき、そして朝が近づき、
「さあて、楽しい狩りの時間だ!」
うっすらと東の空が白み始める頃、クラフランジェを睨み付けていた男がそう叫んだ。




