第十四章 第二話 ~クラフランジェ、最後の平穏~
ミアナの発表があった翌日。クラフランジェの住人達の反応は大きく3つに分かれていた。
1つは、ミアナの言葉に従い、クラフランジェを離れてキングダムを目指すことにした移住派の者達。割合としては住人の4分の1を占める。
彼らもこのままクラフランジェにいても、いつかは行き詰まることに気づいていた。ただ、未来図を描けていなかっただけであった彼らにとって、ミアナの言葉は新たな希望に見えたのだ。
1つは、ミアナの言葉に反発し、クラフランジェに残ることを声高に主張する移住反対派の者達。割合としては住人の5分の2を占め、移住派より数が多く、ミアナ達としても決して無視できる勢力ではなかった。
彼らは、クラフランジェに残ろうとしている理由から2つのグループに分けることができた。すなわち、クラフランジェでも問題なく生活を続けることができると信じ込んでいる者達と、クラフランジェが限界を迎えつつあることは理解していても、町の外の世界を旅することへの不安の方が上回っている者達である。いずれも、町の外を旅する事への不安は共通しているが、未来への切迫感という点では、彼らはいつ分裂してもおかしくない勢力だった。
ただ、差し迫った脅威であるメトロポリスからの略奪団への対抗策だけは話が別である。つまり、略奪団に対抗するために必要な戦力になり得る移住派の者達が出て行くことには、どちらも反対していた。
そして最後の1つは、未だに判断しかねている者達。割合としては住人の3分の1を占める。
クラフランジェの未来に希望を持てず、かと言ってキングダムへ旅する事への不安も同じくらい大きい彼らは、今のところ数が多い移住反対派に迎合するような形で何の準備もしようとしていなかった。せいぜい、略奪団にいつ襲われても良いように防壁や武器のチェックに精を出しているくらいだった。
「とまあ、そんな状況なんだが……どうする?」
「どうするも何もないでしょう。私達がやるべき事は決まっています。今更誰に反対されようが、変えることなどできません」
そう言い切ったミアナに、自警団員達がまとめた報告を伝えにきたユーゲルトは「そうだな」と頷いた。
移住反対派達は分かっていないが、メトロポリスから来るであろう略奪団に勝つとか負けるとかの問題ではないのだ。略奪団など、クラフランジェを捨てる時期を早めるための方便でしかない。
「どう足掻いても、どんなに節約しても、クラフランジェの食料は後半年も持たずに尽きるのです。どうすれば、それを理解して貰えるのか……」
「単純な連中なら、前に俺達がやっていたようなことをやればいいとか考えそうだしな」
こんな状況に陥る前までクラフランジェが、自分達がやっていたことを思い出し、ユーゲルトは苦々しくそう言った。
勿論、ユーゲルト達がやっていたことを知る者は限られている。だが、追い詰められた人間が考えることなど、どうせ似たり寄ったりなのだ。おまけに、この町にはロバーシュ達の反乱で数が減ったとは言え、武器の類もまだまだ残っている。それを知っていれば、真っ先にユーゲルト達がしていたように、周辺の村々から食料を略奪してこようと誰かしら考えるだろう。
「できればそれも止めさせたいのですが……」
ミアナの言葉に、ユーゲルトは首を振った。
「最悪の場合は、放置するしかない。俺達にできることは限られているんだ」
実際、何とかなるのであれば、ユーゲルトは略奪などしたくはなかった。それでも他に生きる術を知らなかった、思いつかなかったが故に、略奪を行っていたのである。
だから、ユーゲルトは今も非情な決断をミアナに求めるしかなかった。
「そうですね。蒼い月から聞いたキングダムまでの距離を考えるなら、遅くとも半月以内にクラフランジェを離れなくてはなりません」
そうでなくては、キングダムないし、その支援を受けられる地域に到達する前に、ミアナ達の食料が尽きてしまう。
実際、昨日の発表の際にクラフランジェの住人達には既にそのことを伝えてあり、移住派は必要最小限の荷物をまとめ始めているはずだった。
「とは言え、説得に失敗すると後が事だな……」
ユーゲルトは部下からの報告の1つを思い出し、思わずそう呟いた。
「何かあるのですか?」
「ああ……どうしても残るって連中は置いていくとしても、そいつらとしては移住派をみすみす町から出すつもりもないらしい」
そうでなくても、残った食料や武器の分配をどうするのかという問題もある。食料は単純に頭数で割れば良いとしても、武器はそうはいかない。メトロポリスからの略奪団と対峙しなくてはならないクラフランジェに多く残していくべきか、町の外でエネミーと戦いながら進まなくてはいけない移住派に多く割り当てるべきか。
いくら平等にしようとしても、納得しない者たちが少なからず出てくるのは目に見えていた。
「……本当に最悪の場合も、考えておいた方がいいのでしょうね」
「そうだな。さっさと略奪団に襲われれば、その問題は解決するかも知れないが……」
「それでは本末転倒でしょう」
ミアナは首を振って、ユーゲルトの言葉を否定したのだった。
さて、そんな風にミアナ達がキングダムへの移住の準備を進めようとしている一方、移住反対派の中心人物達もまた、とある建物に集まっていた。
庭に面している大きな窓のカーテンが閉められているために、室内は妙に暗かった。そんな本来はリビングとして使用されているのだろう、そこそこに広い部屋はテーブルも撤去され、それでも今は、そこに集まった20人という人数故に随分と手狭になっていた。代わりに椅子だけは所狭しと並べられているのは、流石に立ったまま議論をするのは疲れるからだろう。
「全員揃ったか?」
室内の様子を見回して、上座に陣取った明るいグレーの髪の男が確認するように口を開いた。
左右の椅子を確保していた男達はそれを聞いて立ち上がると、部屋に集まった人数を素早く数え、予定していた出席者の数に達していることを確認すると、グレーの髪の男にそう報告する。幾つか空いている椅子があるのは、急いで準備したために、ちゃんと数えずに運び込んできた結果だった。
「そうか。なら、さっさと始めるか」
明るいグレーの髪の男はそう言うと、椅子から立ち上がって集まった者達を見回した。
集まった者達は男もいれば女もいる。ただ、年寄りと子供は全くいなかった。と言うより、下はせいぜい中学生以上の少年少女で、上もどう見ても30歳にも達していないような若い集団である。勿論、グレーの髪の男もその左右にいる男達もはっきり言って若かった。――中身は分からないが。
そんな集団の視線は今、グレーの髪の男へと集まっていた。そのことに満足したように頷くと、男は口を開いた。
「諸君。今日はこのノシュノレスの呼びかけに応じてもらって感謝する。こうしてここに集まってもらった理由は既にご存じかと思うが、如何かな?」
「勿論だ」
「教えてもらったから来たんだしね」
ノシュノレスと名乗った明るいグレーの髪の男の言葉に、彼の前に集まっている者達から、そう返事が返ってきた。
「そうだな。だが、改めて言わせてもらおう。ミアナ町長のキングダム移住計画に反対し、止めさせるために何ができるのか。それを話し合うために集まってもらったのだ」
ノシュノレスの言葉に、集まった者達の間から拍手が上がった。そうだそうだという声までは上がらなかったのは、この集まりが一応は秘密のものだからだろう。拍手自体もどこか遠慮が混じったものだった。
ノシュノレスは右手を軽く挙げて拍手を止めさせると、言葉を続けた。
「理想としては、全員に納得してもらっての移住取りやめが望ましい。だが、そう簡単に自らの意見を曲げない者もいるだろう。故に、数十人程度の移住者が出てしまうことはやむを得ない。無理に引き留めようとするのは、我々にも負担になるからだ。そのことを踏まえてもらった上で、如何にして我々の賛同者を増やすか。活発な議論を期待する」
そう告げて、ノシュノレスが自らの席に座ると、ノシュノレスの右側に座っていた男が立ち上がり、ざわつき始めた参加者達を順番に指名し、意見を述べさせていくのだった。
その頃。
未だクライストと合流できていないレックは、今日もリーフに乗ってクラフランジェ周辺を飛んでいた。
『まさか、ここまでクライストが方向音痴だとは思わなかったよ』
『言わないでくれ。俺も呆れてんだ』
最近、あまりにリーフに乗って飛んでいる時間が長かったせいか、リーフの背中の上でもクランチャットができるようになり、レックは暇つぶしと言わんばかりに個人端末をつついていた。
ちなみに、一人でいると碌な事を考えないからとのことで、迷子のクライストもクランチャットに参加している。他の仲間達も見るだけは見ているらしく、たまにディアナあたりが突っ込みを入れてきていた。
『いっそのこと、時々クライストの方から何か目立つ合図を出してくれた方が楽かもね』
『ディアナじゃあるまいし、それはちょっと厳しいな』
『まあね。でも、あれくらいなら10km先からでも見えるから、半日もかけずに見つけられそうなんだけど』
ディアナの魔術の中でも特に派手な火球を念頭にレックが発言すると、クライストからすぐに同意が返ってきた。
『まーな。俺の手持ちじゃ、魔術も銃もほとんど目立たねぇからな』
『いっそのこと、閃光弾とか良かったね』
『あー……合流できたら、マージンに相談してみるか』
それを見ていたのか、マージンもクランチャットに参加する。
『いや、難易度高いで、それ』
『難易度が高いって……具体的には?』
『火薬の類使うんなら、材料やな。魔術っちゅーか、魔導具でいくんやったら……』
そこで、裏で何か調べているのか、マージンの言葉が途切れ、
『光らせる術式はあるんやけど……これやと、魔力を貯めとく必要あるし、ちょい、クライストの銃で撃てるようなサイズの弾には詰め込むんは難しそうやな。それくらいやったら、直接魔術覚えた方が早いし便利やな』
とのことだった。
「はぁ……簡単にはいかないよねぇ」
思わず漏れたレックのぼやきに、リーフが「きゅるる」と鳴いて返した。
「さて、この辺も外れみたいだし、もう少し移動しようか」
リーフの羽毛を撫でながらレックはそう言うと、クランチャットでクライストにもそう伝えた。
『了解。こっちも少し移動するぜ』
そんな返事を確認して個人端末を納めると、レックは西へとリーフを向かわせるのだった。
場面は変わって、レック達が泊まっている宿。
クライストとの合流もまだできていないこともあり、かといって他にするべき事もないグランス達は、時折宿の裏手で剣や槍の素振りをしたり簡単な魔術の訓練をする他は、ほとんど引きこもり同然に宿の部屋で過ごしていた。
彼らの引きこもりを正当化する理由を付け加えるなら、敢えてこの複雑な状況の時に出歩いて、揉め事の種になるつもりもないという理由もある。おかげで移住反対派の事についてほとんど知らないままという弊害もあったりするのだが……とりあえず、本人達はまだ気づいてすらいなかった。
「うーん……レックやないけど、ほんま、クライストの方向音痴は筋金入りやなぁ……」
クランチャットを見ていたマージンが、溜息交じりにそうぼやいた。
「そうは言ってものう。これといった目印のない森の中じゃ。私とて目的地にちゃんと着ける自信はないのう」
「でも、ミネアはちゃんとナビゲートしてくれるよね?」
「それは……方位磁針とか……いろいろ預かってますから。道具……足りなかったらわたしも……多分、道に迷うと思います」」
リリーに訊かれたミネアが苦笑いをしながら、そう答えた。
「私は道具があっても迷える自信があるがのう」
現実世界に構築された高度な交通機関網とナビゲート用の情報システムの恩恵にあずかっていたディアナとしては、言葉通り、原始的な道具だけでは道無き道を進むことなどできず、即座に迷子になる自信があった。
「皆はどうじゃ? 方位磁針だのアストロラーベだのがあれば、ちゃんと目的地に着ける自信はあるかの?」
ディアナが訊くと、
「俺は無理だな」
「あたしも無理だと思うな」
「私も無理です」
「だーだー」
グランス、リリー、アカリが即座にそう答えた。ちなみに最後のはエイジである。
これに驚いたのがマージンとミネアだった。
「え? マジ?」
「そんなに……難しいことではないと思うんですけど……」
「キロ単位の誤差で良かったら、それなりにできると思うんやけどなぁ」
「そんなに誤差があったら、目的地を掠りもせずに通り過ぎるだろうが」
「町とかやったら、遠くからでも見えるやん?」
「それもそうだが……」
マージンの言葉に黙り込んだグランス。それを幸いと、マージンに尊敬のまなざしを向けていたリリーが口を開いた。
「それでも、できるのってすごいよ! あたし、自信全然ないもん」
「いや、それはそれでどうかと思うで……」
仲間達のあまりと言えばあまりの反応に、思わずマージンはミネアと視線を合わせ、こそこそ相談を始めた。
「……これ、全員、道具使って位置の確認できるように軽く鍛えた方がええんちゃうか?」
「そう……かもしれません。……はぐれたときも……合流しやすくなりますし」
その様子を見ていて、勿論リリーが騒がないはずがない。
「ちょ、ミネア! ずるい!」
ずるいも何も、ミネアにはグランスという相手がいるのだが、それはそれ、これはこれという事らしい。尤も、リリーが騒いだからこそ目立たなかっただけで、グランスも少しばかり面白くなさそうな顔をしていたのだが。
ちなみに騒がれた当人達はけろりとしたもので、
「あー、方位磁針は材料があらへんからすぐには無理やけど、緯度と経度を測る道具、人数分用意するから、全員使い方覚えよか」
と、宣言した。
「ふむ。確かに悪くはないのう。グランス、どうじゃ?」
「そうだな。あまり嵩張るようでは困るが……マージン、小型化できるか?」
アイテムボックスの容量を圧迫しては困ると考えたグランスに訊かれ、
「精度が多少落ちてもええんやったら、できるで」
マージンはそう答えた。
「どの程度落ちる?」
「キロ単位の誤差が十キロ単位以上の誤差にはなるやろな」
役に立つのかどうか、マージンから上がった微妙な数字にグランスとディアナが顔を顰め、それでもすぐに無いよりはマシとの結論に達したらしい。
「それじゃ、時間があるときでいいから、人数分作ってくれ」
とのことになった。
ちなみに、ミネアが使っているのは折りたたみ式で、折りたたんだ状態でも30cm以上のサイズを誇っていたりするのは余談だろう。
そうして、雑談も一段落したときのことだった。
『今、何か見えたぞ!』
クライストからのメッセージがクランチャットに流れた。
『クライスト、それ本当!?』
懐の個人端末が振動し、慌ててクランチャットを確認したレックは、文字通り慌てふためいてメッセージを打ち込んだ。それと同時に、まっすぐ飛んでいたリーフに今いる場所で周回し続けるようにと指示を出すのも忘れない。
『気のせいじゃなきゃな……正直、森の中からだと空があんまり見えねぇんだよな』
『とりあえず、しばらく今の場所飛び続けるから、何とかして空を確認して』
『ああ、分かった』
クライストのメッセージを確認したレックは、そのまま身体強化のレベルを上げ、木々に覆われた地上へと目を凝らし始めた。正直、空の上から森の中にいるはずのクライストを見つけるのは、いくら身体強化で視力が良くなっていたとしても、かなり難しい。それでも、やらないよりはマシだった。
実際、
『やっぱりそうだ。今も一瞬見えたぞ!』
クライストからもう一度そんなメッセージが入ったにも関わらず、レックの目にはクライストの姿は捉えられていなかった。
とは言え、どうやら、やっとクライストの居場所が分かったらしい。が、問題もまだ残っている。
『どうやって、クライストの正確な場所を突き止めるか。……問題だな』
グランスの言葉通りである。
レックがクライストの場所さえ見つければ、クライストと合流するのは容易なのだが、今のところ、クライストからしかレック――正確にはリーフが見えていない。そして、空を飛んでいるリーフの正確な位置をクライストが特定する方法などあるわけもなく。
『……後一歩のところで、こう、もどかしいのう』
ディアナの言葉が仲間達全員の気持ちを代弁していた。
とは言え、いつまでもリーフに同じ場所を飛び続けさせていても問題の解決にはならない。
(姿が見えたらいいんだけど……木の上までジャンプしてとか、無茶だよね)
身体強化を使ったとしても、レック自身なら兎に角、他の仲間が木より高く跳べるとは思えなかった。
(せめて、木が少ないところにいてくれたら……)
そうすれば、クライストの姿を視認することは難しくないはずだった。
そうして、地上を眺めるレックの視界には、森が途切れる場所が映っていた。厳密には木々が疎らになっているだけなのだが、その辺りにクライストがいるなら探すのは難しくないはずだった。
(何とかしてあそこにクライストを誘導できたらすぐ見つけられるんだけど……)
レックがそう考えていると、
『レックが地面に降りて、大声出したらええやん。ずれても、せいぜい数百メートルやろ?』
身も蓋もないマージンの意見に、レックは思わず苦笑いが漏れてしまっていた。全くもってその通りなのだ。
『了解、やってみるよ』
そう返したレックはリーフに頼んで地上に降りると、身体強化を全力で発動させた。念のため、リーフには数十mほど離れてもらう。
そして、大きく息を吸い込み、
「クライストォォォーーーー!!」
と、叫んだはずなのだが、レックの口から放たれたのは爆音としか表現のしようのないものだった。
周囲の木々は打ち震え、あまつさえ無数の葉っぱがレックの頭上から降り注いできた。それどころか、気絶した鳥などの小動物まで落ちてくる有様である。
尤も、レック自身はそんな状況を知るどころではなかった。
「あああう……」
自らの発した爆音で耳が馬鹿になってしまったのである。怪我という意味でのダメージはなかったのだが、身体強化で跳ね上がった聴力に、爆音としか呼べない大声はそれなりのダメージを与えたのだった。
そして、
「どうしたんだよ。大丈夫か?」
レックの声に誘導されてやっと合流することができたクライストは、そんなわけで地面にうずくまっていたレックの姿を見ることになるのだった。
その1時間後。
クライストはついに仲間達との合流を果たしていた。
「やっと合流できたな。無事で良かったぞ」
「本当に……無事で良かったです」
「まあ、連絡がつくようになってからは心配はしておらなんだがのう」
「そうやな。この辺のエネミーって雑魚やしな」
「あんまり心配されるのもあれだけどな、おまえらみたいな態度もショックだぜ……」
尤も、ディアナやマージンのあまりに淡泊な態度は、クライストにとって些か以上に不満なものだったが。
「でもこれで、ようやくここを出発できるね~」
そんなクライストの不満を感じ取って空気を変えようとしたのか、リリーがそう言った。
「ああ、そうだな。とは言え、あと数日はいるつもりなんだがな」
「一応、ここの連中の出発くらいは見送りたいってか? グランスも人がいいよな」
大体の状況はクランチャットで聞かされていたクライストが、呆れたようにそう言った。
クラフランジェの住人の大半は関わりもなければ知ってさえもいないだろうが、クライストとマージンを酷い目に遭わせた連中を抱え込んでいた町なのだ。更に言うならば、そんな連中が略奪によってかき集めてきた物資で生きてきた町でもある。レック達に気を遣ってか何も言わないが、略奪団に住んでいた村を滅ぼされ、友人知人の安否すら分からないアカリなどは、こんな町の住人なんか全滅すればいいのにとすら心のどこかで思っていたりする。
そんなアカリほどではないが、やはり大抵の人間は、クラフランジェが今日までどうやって生き延びてきたかを知れば、グランスほど気にかけたりはしないだろう。詰まるところ、クライストでなくともグランスのことは人がいいと評するしかなかった。
「確かに、言われてみればそうじゃのう」
「気持ちは分からないでもないけど。でも、マージンとクライスト、結構酷い目に遭ってるよね」
「む、むむ……」
なにやら一瞬で四面楚歌になったグランスが思わず唸り、
「でも、だからわたしも……」
助け船を出してきたミネアとじっと見つめ合うに至り、
「あー、やめじゃやめじゃ。なにやら、室温がいきなり上がった気がするわ」
熱々な空気に当てられ、仲間達はあっという間にからかうのを止め、話を戻すことにした。
「まあ、今更無視して出発するのも後味悪そうだからね。何事もなくここを出発していくのくらいは、見届けてもいいかなとは思ったんだけど……」
そう言いながらレックは、いや、他の仲間達もクライストの様子をじっと観察していた。
流石にクライストも、何故自分に視線が集中しているのかはすぐに察した。
(要するに、俺がイヤなのかどうかってことなんだろうけどな)
クライストはそう考えつつも、略奪団に捕まって酷い目に遭ったもう一人の仲間、マージンへと視線をやった。当然の様にクライストと視線が交わったマージンはというと、なにやらにやりと笑い、親指をぐっと立てて見せた。
思わず脱力しそうになったクライストだったが、それでもどうやらマージンは既に割り切ったらしいと理解はできた。
(なら、俺もどうこう言う必要はねぇな)
確かに、かなり酷い目には遭わされた。だが、率先してやっていた者達は既に先日の騒乱で死ぬか、クラフランジェから逃げ出すかした後とのこと。言うなれば、直に恨むべき相手は既にここにいないのだ。
正直、完全に割り切れるわけではないが、今更蒸し返して揉める方が割に合わないだろうと考えれば、我慢できないこともなかった。
(何より、この世界には……)
そう考えかけて、クライストはそれ以上考えるのを止めた。代わりに口を開く。
「俺も異論はねぇぜ。それに、久しぶりにベッドでゆっくりしたいしな」
こじつけ半分、本音半分でそう言ったのだった。
「にしても……」
レックがそう切り出したのは、久しぶりのベッドでクライストが爆睡した後のことだった。
「クライストを助けてくれたのって、結局誰なんだろう」
当然、クライストがこれまでどうしてきたのか真っ先に聞いたレック達だったが、どうやってクライストが助かったのかは全く分からないままだった。いや、誰かが助けてくれたらしいのは確かなのだが、それが誰なのか。何のためにクライストを助け、そしてクライストが目覚める前に立ち去ったのか。それが全く分からないのだった。
「敵意はないのじゃろうが……何とも、薄気味悪い話じゃのう」
略奪団に致命傷を負わされ、放置されたとの話をクライストから聞いたときにはぞっとした仲間達だったが、そんなクライストを助けてくれた人物の目的も正体も分からないことも、それはそれで不気味なのだ。
尤も、そうは思わない仲間もいたりする。
「いーんじゃないの? 助けてくれたんでしょ?」
単純明快に割り切っているのはリリーだった。そんなリリーの意見にマージンも同調する。
「そうやな。気にしたって、何かが分かるわけちゃうんやしな」
「うんうんっ!」
マージンと意見が同じになったのが嬉しいのか、リリーがぶんぶんと頷いた。
が、グランスとディアナはそうもいかなかった。特に、なんだかんだで仲間達のリーダーであると自認しているグランスとしては、予期せぬトラブルを避けるためにも、分からないことは少ない方がいいと考えていた。
「助けるだけ助けて、助けた相手が目覚める前にはどっかに行ってしまう、か。何がしたいのかすら分からないな」
とは言え、考えれば考えるほど理解できなくなる。結局は、数分としないうちにそちらの件はうやむやになってしまい、もう1つの話へと話題は移った。
「後は、クライストが聞いたという蹄の音だが……」
「どう考えても、ここを逃げていった連中じゃろうな」
「時期的にも一致するしね」
「ま、他にあらへんやろ」
クライストが近隣の森を彷徨っている間に聞いたという蹄の音。その正体についてだった。が、レック達の意見は既にまとまっていた。
クラフランジェから逃げ出したロバーシュ達だろう。
全員が全員、そう推測したのである。馬で集団で移動できるような連中がこの近辺にそうそういるわけもない。それに蹄の音の数もそれほど多くなかったとなると、他に考えようもなかった。
「まあ、それはそれで一段落ってとこか」
当分は戻ってこないだろうというグランスの言葉に仲間達が次々と頷き、しかし、
「そうやろか?」
マージンが疑問を呈した。
「どういうことだ?」
「いやな。なんか、ヤな予感がすんねん。なんちゅうか、このままほっといたらあかんような、な?」
どうやら本人にも分かってないらしい。だが、仲間達もマージンの不安も全く理解できないわけではなかった。
「……確かに、行き先くらいは確認しておいても良いかもしれんのう」
「そうだね。念には念を入れるくらいがちょうどいい、かな?」
多分大丈夫だろうとは思いつつも、一応、レック達は逃亡者達の行き先を軽く追いかけてみることにした。尤も、これはリーフという手段があったからで、リーフがいなければやろうとすら思わなかっただろう。
それでも、実行する手段があったことには変わりが無く。
「それじゃ、ちょっといろいろ偵察してくるよ」
そう言ってレックがリーフと共に飛び立ったのは、簡単な昼食も済ませた後のことだった。
「杞憂だといいんだがな」
表通りからかなり離れた建物の屋上で、レック達を見送ったグランスがそう漏らした。
「そうじゃな。じゃが、杞憂ではなかったとしても、今、何かを見つけることができれば、寸前に気づくよりは随分良いはずじゃ」
ディアナの言葉にグランスは無言で頷いた。
既にリーフも、その背に乗ったレックも、青空に吸い込まれて全く見えなくなっていた。
「……戻るか」
グランスはディアナにそう声をかけると、仲間達が待つ宿へと足を向けたのだった。




