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ジ・アナザー  作者: sularis
第十三章 メトロポリス大陸
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第十三章 第十四話 ~幕間~

 草木も眠る丑三つ時。

 勿論、大半の人間もまた、幸せかどうかは知らないが夢の世界の住人となっている。そんな時間帯――よりもまだずいぶんと早いが、それでも用事がない者ならまず寝ている時間帯。

 真っ暗な部屋の中で、ベッドやソファからむくりと起き上がった影があった。それも1つや2つではなく、あわせて5つ。

 それらの影は無言のまま何度か頷き合うと1つの影を残し、寝ていた場所から降りて、音を立てないように静かに静かに扉へと向かった。そして、1分以上の時間をかけてゆっくりと扉を開き、部屋から出た。

「……どや?」

「大丈夫だ」

 たっぷりと時間をかけて扉を閉めた後、出てきた廊下で小声でそう言葉を交わしたのはマージンとグランスである。

 だが、今は大丈夫でも部屋の前でノンビリしているわけにもいかない。

「念のため、別の部屋に移るぞ……」

 そう言ったグランスに先導され、グランスを含めた4人は、息を殺しつつ今出てきた部屋の隣の隣の部屋へと入った。

「ふぅ……」

 ここまで来れば大丈夫だろうと、アカリが白い息を吐いた。他の3人も緊張を解いてやっとリラックスできたといった感じである。

 と言っても、互いの顔すらまともに見えないほど部屋は暗かった。燃料すら不足しているので明かりは点けられないのである。尤も、燃料が十分にあったところで、こんな時間帯に明かりが付いている部屋など悪目立ちしかしないので明かりを点けることはなかっただろうが。

 寒い部屋の中、各々のアイテムボックスから羽織る物を取り出して着込んだ彼らは、部屋に置かれた粗末なベッドへと腰を下ろし、こんな深夜にわざわざ起き出してきた理由であるその話を早速始めた。

「さて、レックのことだったな。何か問題があるという事だったが」

 グランスはこうして呼び集められた理由を思い出しつつ、話し合いを呼びかけた本人へと声をかけた。

「そや。……ちょいと面倒な事になっとるかも知れへん。今更っちゃ今更やねんけどな」

 そう答えたマージンはそこで一度間を置いた。

「正直、この問題はレックだけやない。今までは運が良かっただけで、でも、全員が一度は向き合わなあかん問題や」

「どういうことじゃ?」

 そう訊いてきたディアナに、マージンは視線を――と言っても互いに見えていないはずだが――送ると、自嘲気味にふっと笑い、それからたっぷりと間を置いた。

「要するに、『人を殺せるか』っちゅう問題や」

 その言葉に、グランスも、ディアナも、アカリも動きを、いや同時に思考も止めた。

 それから数秒か数十秒か。やっとマージンの言葉を理解したグランスが口を開いた。

「……人を……殺す?」

「そや」

 動揺からかうまく言葉を発せなかったグランスに、マージンはあっさり答えた。

「どういう……!!」

 思わず声が大きくなりかけたグランスだったが、即座にマージンに口を押さえられ、静かにするように言われた。

 代わりにディアナがマージンを問い質す。

「……どういうことじゃ?」

「多分、運が良かったんやろうな。わいら、あんま対人戦の経験あらへんやん?」

「運がいいも何も、それが普通だろう?」

 グランスのその言葉に、首を振ったのはマージンだけではなかった。

「違います……。人が人を襲う事だってあるんです」

 アカリの言葉に、グランスはハッとなった。

 確かにアカリの村は、クラフランジェの略奪団によって皆殺しにされたのである。いや、他にも幾つもの村が襲われたという話も聞いていた。だが、所詮は他人事だったということだろうか。あまり身近な事としての自覚が抜けていたと言える。

 それに、それが希だったところで、結果が重大であるならばそれだけで軽視して良いことではなくなる。

 そう言われたグランスは、頷かざるを得なかった。それでもまだ、先ほどのマージンの言葉は理解できなかった。

 だが、ディアナは違っていた。

「……なるほどのう。守るために殺す、という訳じゃな」

「いや、守るために殺す必要はないだろう」

「甘い。甘いのう」

 ディアナは首を振りながらグランスの言葉を否定した。

「甘いとはどういうことだ? 俺は人殺しなどご免だぞ」

「ミネアを傷つけられてもかの? それでエイジを守れなかったとしてもかの?」

「それは……殺さずに無力化すればいいだけだろう?」

 実際、廃村での戦いではそうしたのだとグランスは主張した。だが、ディアナはやはり首を振った。

「手加減など、余裕がある者がすることじゃ。……そうじゃな、目の前でミネアが殺されかけておるとして、剣を振ればミネアを襲っておる痴れ者を無力ができるとしよう」

 唐突に始まった例え話に、とりあえずグランスは頷いた。

「じゃが、主が痴れ者に剣を当てるための軌道上には、おぬしに襲いかかってきておる別の痴れ者がおる。そして、ミネアを襲っておる痴れ者を止めるために剣を振るえば、おぬしを襲ってきておる痴れ者は身体を真っ二つにされ、確実に絶命する。そんな状況でも殺さぬと言えるかの?」

「そんな状況など、起こりえんだろう」

「じゃから、もしもの話じゃよ」

 頭の固い者なら更にディアナに反論しようとしただろうが、グランスは違った。あり得ないとは思いつつも、ディアナの言った状況を想像し、それから苦虫をまとめて噛み潰したような表情になると、

「……言いたいことは理解した」

 そう言わざるを得なかった。

「マージンが言いたかったこともそういうことか?」

「そやな。何も積極的に殺して回れ、とは言わへん。けどな、守るためとはいえ覚悟もなく人を殺してもうたらどうなるんかって、考えてほしゅうてな」

 マージンの言葉にグランスは考え込んだ。

 グランス自身、悪党と戦ったことはあるし、その際相手を傷つけたことはある。だが、そのときに何を感じていたかなど、よく分からなかった。

 キングダムの時は軍と一緒で実際の戦闘は任せっきりだったような気もするし、その次の時――つまり、この間の廃村での戦いの時はそんなことを考えている暇もなかった。――殺さないように手加減する余裕はあったが。

 では、冷静な時に人を傷つけたらどうなのか? あるいは冷静でなくても人を殺したら? まず、これまで感じたこともないくらいに最低の気分になるだろうなとグランスは思った。それと同時に、ぶるっと身体が震えた。

「……気分は良くないだろうな。むしろ最悪か?」

「そんくらいで済めばええんやけどな。まあ、そういうことや」

 マージンの答えに、グランスはさっきのマージンの「今更」という言葉の意味にも遅まきながら気づいていた。

「……確かに、この話はもっと早くにしておくべきだったな」

「そうじゃな。こればかりは比較的治安が良い場所でばかり活動しておったツケやも知れぬのう」

 ディアナがそうフォローしてくれるも、自分の至らなさにグランスは凹むばかりだった。

 尤も、凹んでばかりもいられない。レックに問題が起きていると言われて出てきた話がこんな話だったということは、

(ろくな予感がせんな)

 そう思いつつも、グランスはマージンに話を促した。

「それで、レックの問題というのは具体的にどんなことなんだ?」

「そやな。……キングダムでの魔術師殺し(マジシヤン・キラー)の騒ぎ、覚えとるか?」

 マージンの言葉に、グランスとディアナが頷き、その時はいなかったアカリが首を振った。

「どんな騒ぎだったんですか?」

「キングダムで通り魔が出没して、レックがそいつを倒した。そんだけや」

 異様に短くまとめたマージンの説明に、ディアナが思わず苦笑しながら補足を入れた。

「被害者の心臓を抜き取るというかなり猟奇的な犯行でな。被害者は数十人じゃったか。キングダムの住人を恐怖のどん底に叩き落とした事件じゃった」

 その内容に、アカリの顔が青ざめた。勿論、真っ暗なので他の3人は気づかずに話を進める。

「確か、犯人は化け物だったと思ったが?」

「そや。やけど、説明したやろ? 倒したら人間になってもうたってな」

「ああ、そうだったな。だが、それが何か関係が……」

 あるのかと訊こうとして、グランスも気づいたのだろう。尤も、口にしたのはディアナの方が早かった。

「つまり、そのときのショックがレックの中に残っておるのではないかということじゃな?」

 マージンが頷くと、ディアナもまた「(とく)(しん)がいったわ」と頷いた。

「何のことですか?」

「昼間、ロバーシュとか呼ばれとった男にレックが斬りかかったん、覚えとる?」

「え? はい。あの時はびっくりしました。レックさん、死んじゃったかと思って……」

 その時のショックまで思い出したのか、途中からアカリの声が涙声になってしまったが、今ばかりはディアナがマージンを茶化すこともなかった。というか、ディアナもグランスも他の仲間達も、あの時ばかりはレックが死んだものとばかり思ったのである。

「実際にはぴんぴんしておったわけじゃがな。……身体強化もあそこまでいくと、防具いらずじゃのう……」

「防具いらずというか……いやまあ、あれは驚いたな」

「そやな。まあでもそっちは本題ちゃうから。問題はその直前の方や」

 逸れかけた話題をマージンが引き戻した。それでグランスも思い当たったらしい。

「ああ、あれか。……撃たれるタイミングではなかったと思ったが、一瞬動きが止まったように見えたのは……」

「気のせいやあらへん。一瞬どころやなく止まっとった。やなかったら、撃たれとらんかったで」

「そしてその原因が、キングダムでの一件にある。おぬしはそう言うのじゃな?」

 ディアナは確認するように言ったが、答えなど求めてはいなかった。既に確信していたからである。

 そのことを理解しているのか、マージンもディアナに答えることなく、話を先に進めた。

「正直、今回はまあええわ。クライストも明日には合流できるやろうし、な。やけど、メトロポリスに行った後が心配やねん」

「揉め事に巻き込まれる可能性が高いからか」

「その場限りのもんやとしても、力尽くで解決せなあかん場面に出くわすのは、まあ、間違いないやろうな」

 その時に、レックがどうなるのか、それが心配なのだとマージンは言った。

「単に気絶させるだけにとどめるようにしても駄目なのか?」

「試してみんと分からへんけど。ただ、レックのパワーやろ? 事故が起きたらどうなるかと思うとなぁ……」

 マージンの言う事故が何を意味するか、それを理解したグランスも頭を抱えた。

「確かにな。予想通りの状態だったとして、そこでもう一度そんなことが起きたら……」

「マズいかも知れへん」

 かと言って、簡単にどうにかできる問題でもない。

「本人が自覚したら、どうにかなるかも知れへんのやけど」

「でも、それって危ないですよね?」

 自覚したときにレックがどうなるか。それを危惧したアカリの言葉に、マージンは首を振った。

「危ないかも知れへんし、大丈夫かも知れへん。どっちに転ぶかは分からへんな」

「なら……」

「しかし、本人が勝手に気づいてしまう可能性もあるからのう」

 そうなったことに周りが気づかず、手遅れになるよりはマシかも知れないとディアナが言うと、アカリもどうしたらいいか分からなくなったらしかった。

「……しばらく様子を見ていれば、レックが察しているかどうか分かると思うか?」

「難しいところじゃが……」

「分かるかも知れへんな」

 二人の返事を聞いたグランスは、レックについてはしばらく様子を見ることに決めた。尤も、場合によってはメトロポリスに行くことも考え直す必要があるかも知れないだけに、クラフランジェにいる間には結論を出すという期限付きだったが。

 さて、レックのことについて結論が出た後は、他の仲間達についてである。

「ディアナはどうなんだ?」

「私かの?」

「そやな。昼間の魔術で結構な数焼いとったけど、どうなん?」

「何人かは死んだらしいのう」

 そう言ったディアナの様子に、グランスは軽く驚いた。

 ディアナがあまりに平然としているので気にとめていなかったが、何人かを殺していてここまで平然としているのは、今は十分驚くに値することだった。

「割と平気そうやん?」

「そうじゃな。人を殺したのは初めてではないからのう」

 その発言に、グランスが思わず引いたのは責められることではないだろう。

 グランスの知る限り、『魔王降臨』以降にディアナが人を殺したのは今日が初めてのはずだった。それ以前も対人戦闘で他のプレイヤーを倒したことはあったが、

(あれは流石に人を殺したとは言わんだろう)

 となると、ディアナは現実世界で人を殺したことがあるということになるからだ。

 そんなグランスの様子に気づいたディアナが、苦笑いを漏らした。

「グランス、そう引くでないわ。別に犯罪者ではないのじゃから」

 手をぱたぱたと振りながらそう言ったディアナは、

「本来なら、守秘義務なんぞに引っかかるのじゃがな。もう良かろうて」

 どこか寂しげにそう言うと、説明を始めた。と言っても、大したものではない。

「現実での私はこう見えても刑事をやっておってのう。滅多にないことではあるのじゃが、武装した凶悪犯と銃撃戦をやったこともある、と言えば大体の事情は察して貰えるじゃろう?」

 要するに、その際に犯人を射殺してしまったということらしかった。

 それでやっとグランスも一息ついた。一方、マージンはと言うと、

「わいは、ディアナを信じとったで」

「おぬしはもう少し動揺してくれても良かったのじゃがのう……」

 全く動揺しなかった事を逆にディアナに責められていた。

 その様子を見ながら――と言うより、聞きながら――グランスはふと思いついた疑問をディアナにぶつけた。

「しかし、刑事ともなればゲームなんてやってる時間、ほとんどないだろう? その割には結構ログインしていたように思うのだが」

「……あまり乙女の秘密を詮索するでないわ。嫌われるぞ?」

 少しの間を空けてそう返したディアナは、その後複雑そうな顔をして、言葉を続けた。

「じゃが、やはりあれだけ人を死なせるのは……全く何も感じなんだとは言わんよ」

 その言葉にどこかほっとしながら、グランスは次の仲間へとターゲットを移した。

「で、マージンはどうなんだ? なんだ、人を殺しても、大丈夫、だと思うか?」

「そうやな。意外と大丈夫な気がするわ」

 微妙に問題発言である。

「……どうしてそう思う? まさかおまえも刑事で犯人を撃ったことがあるとか言うなよ?」

「あっはっは。んなことあらへんって。わいやて、ショックなしとはいかへんで。けどな、もっと大事なもんがあったら、へこたれてる訳にはいかへんやろ」

 問題発言に続いたどうにも臭い台詞に、グランスは思わず背中がかゆくなったのだが……どうやら、ディアナも同じらしく、わざとらしく背中を掻いていた。

 だが、臭くともグランスはマージンの言葉を否定できなかった。むしろ、同意さえしていた。

「……そうだな。俺も、ミネア達のため、おまえ達のためなら、そうだな」

 大事な人を守るためなら、ショックを受けてもそれに耐えきる。まさしく正論だった。耐えられなければ、ミネアが死ぬ。そう考えれば、耐えるしかないとも言えた。

「耐えられなくても耐えるしかない。それなら俺も耐えよう。参考になった」

 グランスは自らの言葉を噛み締めるようにそう言った。

 そして次はアカリの番である。

「えっと……私もそう思いますけど……自信はありません……」

「まー、アカリは火力あらへんし、気にせんでもええかも知れへんな」

 申し訳なさそうに言ったアカリに、身も蓋もない台詞で突っ込んだマージンだったが、これはすかさずディアナによる鉄拳制裁の餌食となっていた。

「全く……こやつはデリカシーをどこに落としてきたんじゃ」

 呆れたようなディアナの台詞に、アカリは思わず笑いを零した。

 アカリの笑いが収まる頃、呆れたようにディアナとマージンを見ていたグランスが口を開いた。

「まあ、俺達はそれでいいとしてだ。後はリリーとクライストか」

「ミネアはどうしたのじゃ?」

「ミネアは大丈夫だ」

「どうしてや?」

「……言わんでも分かるだろう」

 しつこく訊いてくるマージンに、グランスの苛立ちを表してか、返事までに少し間が開いた。

「分からぬから訊いておるのじゃ。どうして大丈夫なのか教えて欲しいのう」

 妙に食い下がるディアナにアカリは首をかしげていたが、問い詰められているグランスには変だと思う余裕はなかった。

「そ、それはだな……」

「どうしてなんや?」

「ミネアはだな、俺がだな……」

「ミネアは? 俺が?」

 そこでやっと、グランスはからかわれていることに気がついたらしい。ゴツンと一発マージンに鉄拳を落とすと、

「答える必要はない。いいな?」

 これ以上からかうなと言わんばかりに、そう宣言した。

 が、ディアナにとってはまだからかえるネタだったらしい。

「ふむ。まあ、よかろう」

 そう言いながら、ディアナの視線は殴られた箇所をさすっているマージンへと向かった。

「リリーもマージンが守るから、大丈夫じゃろう」

「……へ?」

「……っ!!」

 とぼけた声を漏らしたマージンとは裏腹に、グランスはさっと紅潮した。そのままディアナに鉄拳制裁を――加えるわけにも行かず、マージンにもう一度鉄拳を落とすのは、流石に八つ当たりでしかない。

 そんなグランスの様子を察しながら、ディアナはにまにまと笑っていた。その顔を見たなら、グランスも鉄拳制裁を躊躇わなかったかも知れないが、生憎と真っ暗な部屋の中ではディアナの表情など誰にも分からなかった。

 ちなみに、リリーを守るように言われたマージンの方はと言うと、

「まー、仲間やし手が届く範囲なら守るけどな。……あれえ?」

 そう言いつつ首をかしげていたのだった。

第十三章に入れておくべき内容があったので、幕間という形で追加しました。


しかし……1シーンだけでこの文字数。文字の割に話が進まない理由はこの辺にあるのでしょうか??

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