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ジ・アナザー  作者: sularis
第十三章 メトロポリス大陸
138/204

第十三章 第十三話 ~騒乱の後で~

「あなたがっ……あなたがっ!!!」

 騒動が落ち着いたその日の夕方。

 臨時の町長の屋敷に定められた元空き家の臨時執務室。そこにアカリの叫びが響き渡った。

「危ないのう」

 ディアナがそう言いながら、アイテムボックスから取り出した刃物を片手にミアナに突っかかろうとしていたアカリを、後ろから羽交い締めにしていた。

「ディアナっ! 放して! 放してよ!! こいつのせいでっ! こいつのせいでみんなが!!」

 アカリが泣き喚きながらディアナの拘束から逃れようとするも、念のために身体強化まで発動させたディアナから逃れられるはずもない。それでも、手に持った金属の鈍い輝きをミアナに突き立てるべく、アカリは足掻き続けていた。

 その様子に、全てを察したミアナもまた、刺されるかも知れないというものとは別種の恐怖に、その身体をすくませていた。


 どうしてこうなったのか。

 それはほんの少し前までこの部屋で行われていた、ミアナによる事情の説明に理由があった。



「それじゃ、どうしてあんな事になったのか。いろいろ説明してもらえるんだな?」

 粗末な机の他は、辛うじて部屋にいる人数分の――これまた粗末な――椅子しかない部屋で、グランスは目の前にいるミアナに対してそう切り出した。

「はい。こうなったからには、隠す意味などありません。もう、私にできることは……何もないのですから」

 そう答えたミアナの目はひたすら疲れ切って、そして全てを諦めきっていた。それでもまだその奥に微かな光が残っているのは、彼女の強さだろうか。それとも義務感故か。

「ここまで旅をされてきたならご存じだと思いますが、この辺りはまともに食料がとれません。食料どころか、資材すら。いえ、たとえ資材があったとしても、それを生かすことのできる者がいないのですから、結局は一緒でしょうか」

 ぽつりぽつりと始まったミアナの説明は、既にレックたちがアカリから受けていた説明と大差ないものだった。要約すると、この一帯の町はどこも既にある物を食いつぶしながら生きていて、更に言うと、既に食いつぶすべき物すらなくなりつつあるのだということだった。

「実際には町だけじゃないんですけどね。まだ無事な村だって、必要な道具をほとんど作れないんです。だから、いずれは作物を育てることも満足にできなくなって……」

 途中に入ったアカリの説明に、レックたちは思っていた以上のメトロポリス大陸の状況に悪さに絶句せざるを得なかった。

 キングダム大陸はというと、確かに『魔王降臨』の後はそれなりの期間混乱が続いたものの、大陸会議を中心にして今ではすっかり――表現が正しいかは兎に角――立ち直っていた。そのことを知っていただけに余計に、である。


 その理由について、この場では結局誰も言及することはなかったが、少し説明が必要だろう。

 なぜ、キングダム大陸ではあらゆる物がちゃんと供給されているのに、メトロポリス大陸ではまともに供給されていないのか。理由は『魔王降臨』の前、ジ・アナザーがまだ単なるゲームに過ぎなかった頃にまで遡る。

 キングダム大陸はもう1つの人生を経験できる場所として提供されていた。

 そのため、現代における便利な道具の類など一切用意されていなかった。サービスの開始当初こそ、必要最小限の道具くらいは運営から提供されていたものの、そんなサービスは1年で終了し、結果、数年と経たないうちにユーザが手にするあらゆる物が、俗に職人と呼ばれるユーザ達によって作られるようになっていたのである。

 だが、メトロポリス大陸はそうはならなかった。

 あくまでも現実世界の延長として提供された近代都市メトロポリスでは、お金さえ払えばほとんどの物が都市に備え付けられた機能によって提供されていたのである。当時のソーシャル・アバターこそメトロポリスから出ることはできなかったが、プライベート・アバターは出入り自由であったため、メトロポリス大陸においてはほとんどのアイテムがメトロポリスで購入された物となり、結果として、キングダム大陸ほど生産系のスキルを身につけたプレイヤーが育たなかった。「生産したけりゃキングダムかカントリーに行け」がジ・アナザーの常識と言われたほどである。

 その状況を激変させたのが『魔王降臨』だった。

 あらゆるエネルギー源が停止したメトロポリスは、当然のようにアイテムの生産機能も停止した。結果、素材レベルから物を作れるようなプレイヤーがほとんどいなかったメトロポリスでは、あらゆる物が不足し始めたのだ。

 それでも、『魔王降臨』と同時に強制的にログアウトさせられたプレイヤーの残していったアイテムなどもあり、しばらくの間は大きな問題はなかった。だが、1年2年と経つうちに、物の不足は誤魔化せないほどに深刻になっていたのだった。


 そんな状況の悪さは、キングダムにも一部は伝わっていたのだが、所詮は一部だったらしい。今は作物を育てることができている村々ですら、道具がなくなってしまえばそれまでだと聞いて、レック達は絶句せざるを得なかった。

「それでは、このままでは皆が飢え死にしてしまうではないか」

 ディアナが辛うじて言葉を絞り出すと、ミアナが頷いた。

「だからこそ、略奪が横行しているのです」

 物がなくなっても作る手段がない。なら取ってくればいい。そんな結論に至るのはすぐだったという。

「そもそも、所有者がいなくなった物を勝手に取ってしまうことに慣れきっていた分、人から物を奪うことへの抵抗が薄れていたのかも知れません」

 ミアナはそう言うと、目を閉じて大きく息を吸った。

 そうして、ゆっくりと口を開く。

「私もまた、その決断を下した一人なのです」

 その瞬間、部屋の空気が凍った。何となく事情を察していたらしい2、3人は納得したような表情を浮かべていたが、他の者たちは驚きに動きを止めていた。

 そんな中、最初に口を開いたのはアカリだった。

「じゃあ……じゃあ……この辺の村を襲っていたのって……」

「……私の指示です」

 一呼吸置いて返ってきた返事に、アカリが目を見開き、次の瞬間、アイテムボックスから取り出したナイフを片手にミアナに襲いかかった。

 尤も、それはディアナによって簡単に食い止められてしまい、そして冒頭に戻る。



「ディアナ……放してよ……」

 怒りの衝動のままに暴れ続けたアカリだったが、それでもディアナの体力には結局勝つことができず、しばらくして鈍り始めた動きを止めると、短くそう言った。

「落ち着いたのじゃな?」

 その問いかけにアカリが無言ながらも頷くのを確認したディアナは、そっとアカリを解放した。ついでにアカリの手にあったナイフを回収することも忘れない。

 そんなアカリをレック達は痛ましげに見つめ、それからミアナへと冷たい視線を送った。実のところ、アカリが真っ先に暴走したというだけで、アカリが暴走しなければレック達の誰かが暴走していたかも知れなかったのだから、当然である。レック達の誰かが暴走しかねなかった理由は、言うまでもないだろう。

 レック達の視線に一瞬怯んだ様子を見せたミアナは、つばを飲み込んで覚悟を新たにしたらしい。ただ、それでも次に紡ぐべき言葉を慎重に選ぼうとしているのだろう。ミアナの口はなかなか開かれなかった。

「……許してくださいとは言えませんが、それでも説明くらいは聞いてもらえるでしょうか?」

 その言葉にアカリは全く反応しなかったが、それを見たグランスが微かに頷いた。

「こちらも訊きたいことがあるからな」

「訊きたいこと、ですか?」

「ああ。おま……えの放った略奪団に俺達も襲われた。その時、仲間が浚われた」

「……ええ、聞いています」

 その答えに、レック達が放つ気配が急激に膨れ上がった。しかし、ミアナにはそれを感じ取ることはできなかったらしく、グランスに促されるままに言葉を続けた。

「一人はロバーシュ達が途中で殺し、残る一人は奪回されたと」

 その言葉に、一瞬レック達の動きが止まったが、すぐに慌てて個人端末を取り出した。そして、クランチャットのメンバーリストにクライストの名前を確認し、ホッと息を吐いた。

 だが、その安堵も一瞬だった。

「……なら、クライストはどこにいるわけ?」

 レックの言葉に全員の動きがぴたりと止まり、ミアナへと視線が集中した。

「え? え?」

「確認するが……俺達の仲間はもう誰も手元にいないんだな?」

 一気に集中してきた視線に戸惑うミアナに、グランスが質問をぶつけた。

「え、ええ。報告ではそう聞いています」

 その言葉に、レック達の間に動揺が走った。

 クライストがこのクラフランジェにいると思ったから、ここまで来たのだ。それが蓋を開けてみれば、略奪団によって殺されているという話は出てくるわ、当然のようにクラフランジェにはいないと言われるわ。全くもって当てが外れた状態になっていた。

「どう……します?」

 ミネアの声にグランスは少しだけ考え込むと、ミアナに向き直った。

「クライストを……俺達の仲間を殺したのは確かなんだな?」

「……ええ。何人もの者たちが見ていましたから」

 流石に答えにくいのか、少しどもりながら答えるミアナに、

「死体はその後どうした?」

 死体じゃないけどなと頭の中で付け加えつつ、グランスは質問を続けた。

「そのまま捨てた……そう聞いています」

 そう答えたミアナは、グランス達の態度に何かを感じ取ったらしい。だが、質問できる立場ではないと理解しているのか、何も訊こうとはしなかった。

 一方のグランスはというと、仲間達と相談を始めていた。

「ということだが……クライストに連絡を取っても大丈夫だと思うか?」

「少なくとも、略奪団に拘束されてることはなさそうだね」

 レックの言葉に、他の仲間達も次々と頷いた。

 それを確認したグランスは、出しっ放しにしていた個人端末に早速メッセージを打ち込み始めた。

 そして待つことしばし。

 クライストからの返事を確認したレック達は、歓声に包まれた。

「つまりは……クライストさん、生きてたんですね」

「そうだよ。しかも、近くまで来てるって」

 アカリの問いかけに、レックが嬉しそうに答えた。

 一方で、嬉しさとは別に怪訝そうな表情を浮かべている者もいた。ディアナである。

「じゃが、誰がクライストを助けたのじゃ? その狙いは何じゃ?」

 その言葉を受けたグランスが、チャットでクライストに問い合わせるもその点だけは不明だった。故に、素直に喜ぶことができない部分が残っていた。

 尤も、だからといってクライストとの合流をしないという選択肢はなかった。

「レック。リーフにクライストを探させてもらえるか?」

「そうだね。見つけたら、そのまま連れて帰ってくるように言ってくるよ」

 そう言って部屋を出て行ったレックを見送った彼らは、「さて」とミアナの方へと向き直った。

 一番の関心事は確認できた。だが、どうせなら聞ける話は全部聞いていこうというわけである。

「それじゃあ、説明の続きをしてもらおうか」

 そんなグランスの言葉に、レックがどこに行ったのか気になっていたミアナはその質問を飲み込みつつ頷いた。

「では……今のメトロポリスの情勢をご存じでしょうか?」

「大陸としてのことか? それとも」

「都市としてのメトロポリスです」

「そっちか。そっちはほとんどの区域が事実上のゴーストタウンになっていて、残りは無法地帯になっていると聞いている」

 グランスの答えにミアナは軽く頷いた。

「概ねその通りです。では、メトロポリスに幾つもの勢力があって、互いに争っていることもご存じでしょうか?」

 その問いかけにグランスは頷いた。

「なら、話は早いです。……質問ばかりになってしまいますが、その彼らがどうやって生きていっているか。ご存じでしょうか?」

 その言葉にグランスは軽く頷きかけ、そして動きを止めた。レック達もまた、ミアナが何を言いたいのかを察した。

 それだけで、ミアナはグランス達がそれに気づいたことを察したらしく、答えを口にした。

「そうです。彼らもまた、略奪によって生き延びているのです。実際には、周辺の町や村に略奪で物資を集めさせ、それを上納させるという形を取っているのですが……」

 そこまで言われれば、何となくその先も読める。

「つまり、この町も上納しているわけ?」

 リリーの言葉に、ミアナははっきりと頷いた。

「上納すべき量は毎月決められています。その分を納めることができないと、この町自体が彼らの略奪の対象になってしまうのです」

 その言葉に、流石にグランス達は同情せざるを得なかった。確かにミアナ達がしてきたことは許せない。だが、そうしなければ自分たちが殺されるのだとまで言われれば、単純に責めることもできない。

 アカリもまた言葉にはしていなかったが、今の説明は彼女なりに衝撃的だったらしい。自らの敵もまた、略奪される側に過ぎなかったことが。

「それと私達を襲った事と、どのような関係があるのじゃ?」

「今月の上納分がないのです。それでも馬車を持っているあなた達を襲えば、今月は大目に見てもらえるだけの物資は手に入るかと……」

 それでもまだ、グランス達には分からないことが残っていた。

「それはよかろう。じゃが、私達を襲った者達の言葉が解せぬのう……。何故、彼らは私達を盗賊の手先などと決めつけておったのじゃ?」

 そのディアナの質問に、ミアナは唇を噛み締めた。だが、すぐに意を決して口を開いた。

「この町が……略奪で成り立っていることを知っている者は限られているからです」

 その答えに、グランス達はあっさりと納得した。小さな町とは言え、それでも二千人程度いるのである。その全員が略奪を良しとするはずもない。下手をすれば町が割れる。ならば、隠しておくのも不思議なことではなかった。

 こうして、粗方知るべき事は知ったグランス達だったが、今度は別の悩みを抱えることとなった。――クラフランジェの行く末である。

 いっそのこと、これ以上聞かない方がいいのではないか。そんな空気が流れかけたとき、マージンが口を開いた。

「ちなみに、このままやったらこの町、どうなるん?」

「……メトロポリスに略奪され、滅びるはずです」

「皆殺し?」

「…………はい」

 流石に2つめの質問には、ミアナも答えるか躊躇があった。だが、隠しても意味などなかった。

 一方、ミアナの返事を聞いたグランス達は、頭を本気で抱えたくなっていた。

 クラフランジェの住民達の事など、所詮は他人のことである。知らなければ放っておけることだった。ましてや、自分たちに危害を加えようとした者たちなのだ。見捨てても何の問題もない。そのはずだった。

 だが、そこまで冷酷に割り切ることなどできないのも事実だった。村を滅ぼされたアカリですら、である。

(どうしたものだかな……)

 グランスは悩んでいた。

 見捨てるのは簡単だが、あまりにも後味が悪い。何も知らなければ罪悪感を覚えることはないだろうが、知ってしまったのに何もしなかったというのは、罪悪感を感じるには十分だった。

 他の仲間達へと視線を向けると、同じように悩んでいるらしい。

 そして、最後に目をやったミネアと視線があい、

(……そうだな。できることがないかどうか。検討くらいはしてみるか)

 仲間の安全が最優先とはいえ、助けられるなら助ける。それが今この場だけのものに終わったとしても、何もしないよりはマシだろう。

 グランスはそう結論づけると、

「仮に略奪されるとして、だ。それはいつ頃になる?」

 そうミアナに訊いた。

「何故そんなことを……いえ。なんでもありません」

 一瞬、不思議そうな顔をしたミアナだったが、グランス達が逃げるまでの余裕を知りたがっていると思ったのだろう。

「遅くても一月以内、実際には2週間もないと思います」

 すぐに首を振って、そう答えた。

「なるほどな。なら、もう1つ質問だ。メトロポリスからやってくる略奪団の規模はどの程度だ?」

 その質問に、流石に何かおかしいと怪訝そうな顔になったが、それでもミアナは素直に答えることにした。どうせ、隠しても意味はない。

「上納物を集めて回っている隊だけなら、せいぜい2、30人程度です」

「……意外に少ないな」

「あまりこちらに人数を割く余裕もないそうですから。その分、武器が強力なんです」

 武器という言葉に、グランスはロバーシュたちが持っていた銃を思い出した。

 尤も、それはグランスだけではなかったらしい。

「……銃とか持っとるんか?」

「はい。全員が。流石にそれほど大型の銃はないのですが……」

「まあ、小型のんでもやばいわな」

 普通は弾が当たれば確実に大怪我、当たり所によっては即死する。そんな物相手に立ち向かえと言うのは、身体能力が元と大して変わらない者たちには厳しいだろう。しかも、それが30人分ともなると、身体強化が使える冒険者達でも被害なしに勝利を収めるのは難しいはずだった。

(それにそもそも、一度追い払っても、この町の状況が変わるわけではない、か)

 グランスはそう考えると、この件については今ここで考えても答えは出ないだろうと見切りをつけた。それに、何をどうするにせよ仲間達との相談が必要だが、そこにミアナを参加させるつもりはなかったのだから。



 さて、時間は少し戻る。場所もクラフランジェの近くの山へと移る。

「そっか。全員無事だったんだな」

 嬉しそうに呟きながら木々に覆われた山の中を一人進んでいるのは、クライストだった。

 一人ぼっちでここまでやってくるのは確かに結構苦労したが、この辺りの地域にいるエネミーはクライストにとっては軒並み雑魚であり、特に大きな問題はなかったと言える。

 さて、そんな彼が嬉しそうにしている理由は簡単である。

 先ほど個人端末にクランチャットの着信があり、マージンを含めた全員の無事が確認できたのだ。マージンのことは特に心配していただけに、無事と分かって一安心である。おまけに、他に行く当てもなく、メモ書きの通りにやってきたクラフランジェに、仲間達もいるというのだから、これほど嬉しいこともなかった。

 故に、足取り軽く、しかしメモと共にあった地図を確認しながら、クライストはクラフランジェへと向かっていた。正確な場所が分からないのが問題だが、クラフランジェ周辺の山は軒並みはげ山になっているらしい。そこまで行けば、リーフが見つけ出してくれるはずだった。

 ただ、問題もある。

「……暗くなる前にクラフランジェに着けるかな」

 既に太陽は大きく傾き、後しばらくで山稜へさしかかろうとしていた。それでもしばらくは明るいだろうが、隠れてしまえば一気に暗くなってしまう。そうなってしまえば、リーフに見つけてもらえるかどうかは怪しいわけで、仲間との合流は明日の朝までお預け、なんてこともあり得た。

 そして、それはあっさり事実になってしまった。

「夜までにはクラフランジェに着くだろうと思ってたんだけどな」

 太陽が完全に隠れたのだろう。急速に暗くなりつつある空を木々の間から眺め、クライストはぼやいた。ついでに、個人端末を取り出して、到着が明日になる旨を仲間達に伝えた。

 すぐに返ってきた残念そうな仲間達のメッセージに苦笑しつつ、クライストはもう少しだけ歩いておくことにした。どうせ野宿の準備などほとんどないのだ。それならば、少しでも距離を詰めておきたかった。

 だが、そこでクライストは足を止めた。

(何かいる?)

 正面からやや左にずれた方から、落ち葉を踏む音が聞こえてきたのだ。断じて、風か何かの音ではない。

 となると、残る選択肢はただ1つ。

 そう判断したクライストは軽く腰を落とし、同時に身体強化を発動させた。

 そして、

(先手必勝!)

 と、地面を蹴って飛びかかり、

「わわっ!?」

「なっ!?」

 慌てて地面にしゃがみ込んだ男性の頭上を、勢いのまま飛び越えることになった。

「すまねぇ! 大丈夫だったか?」

 クライストが慌てて駆け寄ると、地面に尻餅をついていた男性は「あはは」と笑いながら、「大丈夫だよ」と答えた。

 その姿を見たクライストは、しかし一瞬顔を顰めた。男性のあまりにもぼろい服装故に、である。

 いや、ぼろいのは服装だけではなかった。髪もぼさぼさだったし、暗くなりかけている中ではよく分からないが、どうやら顔も汚れで黒っぽくなっているような、そんな気がした。

 だが、そんな外見とは裏腹に、その男性の声は割と明るかった。

「いや、まさかこんなところで人に会うとは思わなかったよ」

 立ち上がりながら自らの尻を軽く叩き、男性はそう笑った。

「あ、ああ。俺もまさか人だとは思わなかったんだ。すまねぇ」

「人と思わなかったって事は……ひょっとしてエネミーと勘違いされたってことか」

 自らの格好を見ながらショックを受けているらしい男性に、クライストは首を振った。

「いや、音だけで攻撃しかけたからさ。別に格好がどうとかじゃねぇぜ」

 その言葉に、男性はあからさまにほっとした様子だった。

「ああ、そうなんだ。やっぱり、エネミーに間違われて攻撃されましたってのは嬉しくないから」

 そう言うと、男性はクライストをまじまじと眺め、それから首をかしげた。

「ところで、君はこんなところで一体何を? というか、どこを目指してるんだい?」

 その言葉に、クライストは一瞬だけ警戒するも、即座に警戒を解いた。こんなところで罠も何もないだろう。

「はぐれちまった仲間達と合流するために、クラフランジェって町に向かってるところさ」

「クラフランジェ? ああ、あそこか」

「知ってるのか?」

「勿論。でも、そうすると……あれ?」

 男性は自慢げに胸を張った後で、再び首をかしげ、クライストの顔を見た。そして、クライストが歩いてきた方角を指し、

「君が来たのは、あっちからだよね?」

「そうだぜ。それがどうかしたのか?」

 そのクライストの返事を聞いた男性は、「あちゃー」と額に手を当てた。

「何かマズかったのか?」

「マズかったというか何というか……君、クラフランジェを通り過ぎちゃってるよ」

「……マジで?」

「マジで」

 今度はクライストが額に手を当てる番だった。



「……クライストのやつ、道を間違えたらしいな」

 ドタバタした一日が終わり、レック達は宿に戻ってきていた。そんな中、クランチャットに入ったクライストからの連絡を一読したグランスが、そう言った。

「道なんてなかったけど……」

 レックの突っ込みに、それもそうかとグランスはため息をついた。

「でも、道理でリーフが見つけられなかったわけだよ」

 日が落ちる頃、クラフランジェの片隅で待っていたレックの元に戻ってきたリーフは、その背に誰も乗せていなかった。そのことを不思議に思っていたレックだったが、クライストが迷子ということで実に納得できたのだった。

「ま、明日には合流できるやろ。それより、旦那。なんや、全員に話がある言うとったけど、なんなん?」

 マージンのその言葉に、グランスはそう言えばと思いだした。

「そうだな、クライストは明日、レックとリーフに迎えに行ってもらおう。いいか?」

「勿論。というか、今日もそうすれば良かったかな?」

「どうじゃろうな。まだ森の中におるという事じゃから、どっちにしても見つからぬかったやも知れぬのう」

 それを言うと、明日も見つかるかどうか分からないのだが……レックは敢えてそれを口にすることはなかった。

「それじゃ、俺からの話だが……ここで俺達に何ができるか、だ」

 仲間達の空気が一気に引き締まった。

「やはり、このまま見捨てるのは後味が悪いからのう」

「ああ。……この際、この町の住民達がどうやって食っていたかは、いったん横に置いておきたいが……」

 そう言いながら向けられたグランスの視線に、アカリは少し逡巡してから、頷いた。確かに、村のみんなを殺された恨みはある。だが、それでもここにいる人たちまでみんな死んでしまえ、というのは間違っている気がしたのだ。

 勿論、これがレック達に助け出された直後だったら、迷わず全員死んでしまえと叫んでいただろう。今でもそう叫びたくないと言えば嘘になる。

 だが、レック達と旅をするうちに恨みが減ることはないまでも、復讐に必ずしも意味がないことは何となく察するようになっていた。いや、復讐だけに染まることで、レック達からずれてしまいたくなかっただけかも知れない。

 どちらにしても、レック達がこの町の住民達を助けるために何かしようというのであれば、アカリに反対するつもりはなかった。

 そんなアカリの賛成を取り付けたことで、ひとまず部屋の空気は多少穏やかなものへと変わっていた。

「正直、銃を持った連中をまともに相手にしたいとは思わん。仮にそれで勝てたとしても、どのみちこの町は長くは持たんしな」

 まずはそう言い出したグランスの言葉に、仲間達は思い思いに頷いた。メトロポリスから来るという略奪団。それを追い払ったところで、このままでは一月と持たずにこの町の食糧は尽きるのだ。

「して、どうするのじゃ?」

「選択肢は多くない、というか1つしかないだろうな」

 この町がやってきたことを、これからもやり続けることを容認するのでなければ、とれる解決策は1つしかない。グランスはそう言った。

「キングダムへの移住?」

「そこまでは言わんが……せめて、大陸会議の手の届くところに新しい町か村を作って、移住するしかないだろう」

 逆に言えば、それ以外にこの町の問題を解決する手段など、ありはしなかった。

 しかし、その方法には問題が山積していた。

「でも、どうやって?」

 リリーですらそう訊くほどに、である。

「まあ、歩かせるしかないのじゃろうが……どれだけ時間がかかるのか。おまけに、食料が足りるかという問題もあるのう」

「エネミーやら、他の略奪者対策も必要だよね」

 ディアナとレックの言葉に、全員が思わず黙り込んでしまう。それほどにそれらの問題は大きかった。

 だが、それらをばっさりと切り捨てた者がいた。

「それって、わいらが考える問題とはちゃう気がするんやけどな。仮にこの町の連中が移住を決めたとしてや。わいらにできるんは、せいぜい紹介状を書いたるくらいやで」

 そう言ったマージンに、誰一人として反論することはできなかった。実際には移住を決めた者たちを護衛していくことくらいはできるのだが、そんなことをしていては、いつまで経ってもメトロポリスに辿り着けない。薄情と言われようともそこは割り切ると、アカリの時に決めていたのだ。

 結局、レック達の話し合いは大した結果を出すことはできなかった。せいぜい、大陸会議への紹介状を用意するから、移住を検討してみてくれとミアナに伝える。それが決まっただけだった。



 翌朝。

 日が昇る前に目覚めたクライストは、すぐに昨夜のことを思い出し、隣の木へと目をやった。しかし、

(誰もいねぇ……もう行っちまったか)

 そこで寝ていたはずの男性の姿は既になかった。どうやら、クライストと共にクラフランジェに行く気はないという言葉は本当だったらしい。

「尤も、あいつの言うことがどこまで本当かなんて、分からねぇわけだけどな」

 とは言え、互いに自己紹介すらしなかった男性との遭遇は、クライストにとっては決して悪いものではなかった。そもそも、男性と出会わなければクラフランジェを行きすぎたことすら分からないままだっただろう。

 そこまで思い出したクライストは、昨夜、男性が取り出した道具で測定した現在位置を思い出すと、もう一度ため息が出そうになった。

 クライスト自身も道具を借りて測定してみたのだが、経度は兎に角、緯度は確かにおかしかった。メモと一緒に残されていた地図、そこに記されているクラフランジェの位置よりも些か南に来てしまっていたのだ。ついでに言うと、経度の方もちょっぴり西に来てしまっていた。

「この距離なら半日もあればクラフランジェに着くよ」

 救いとも言えるそんな男性の言葉を思い出し、クライストは木から下りようとして、そこでふと動きを止めた。

 遠くから馬蹄の音が響いてくる。それを聞きつけたのだ。

(こっちに向かってきてる……わけじゃねぇが……)

 それでも、一騎や二騎ではない馬蹄の音にいい予感は全くしなかったのだった。



 さて、クライストが聞きつけた馬蹄の音は、ミアナを焚きつけた黒髪の女性と、その後に続くロバーシュ達だった。尤も、ロバーシュ達の数はかなり減ってしまっていた。もう、ロバーシュ本人を入れても5人ほどしかいない。

 そんなロバーシュ達は、クラフランジェを逃げ出してきたところを黒髪の女性に拾われたのだった。

 勿論、ロバーシュ達は普通なら女に拾われるような真似はしない。それどころか、嬉々として襲いかかるだろう。それをしなかったのはひとえに黒髪の女性の正体を知っていたからだった。

 そして、彼女が今どこに向かっているかも知っているからこそ、ロバーシュ達は彼女の後をついていっていた。

(待ってろよ、すぐに戻ってきて、今度こそ殺してやるからな!)

 ロバーシュは、火傷を負ってじわじわとした痛みを伝えてくる右腕を垂らしながら、そう呪詛を吐いていた。

えー、なにやら中途半端な終わり方ですが……読んでいただければ分かるとおり、説明回になってしまいました。しかも、クラフランジェ編がまだ続きそうな……予定と違うぞ~!!


本当ならですね、ユーゲルトとミアナとロバーシュの誰かは死ぬはずだったんです。でも、誰も死ななくて、おまけにクライストも未だ合流できず。

おっかしーなー、と作者が悩むも物語は続きます。


さて、次回ですが……その前に。


実は今回で第十三章は終わりです。

理由は長くなってきたから、そろそろキリのいいところで(全然キリが良くないですが)切っておきたい……というより、予定していた筋書きからずれてきているので、その修正というかエピソードに一章使った方が良さそうだという判断からです。


なお、例によって新章の投稿は少し間が開くかと思いますが、一月以内には始めますので、気長にお待ちください。


それでは、今後ともよろしくお願いしますです。

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