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ジ・アナザー  作者: sularis
第十三章 メトロポリス大陸
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第十三章 第十二話 ~クラフランジェ騒乱 2~

「ロバーシュ! 生きて……」

 新たに現れた男の名前を呼んだミアナの声は、しかし途中で尻すぼみになって消えてしまった。

 一方、グランスはというとその男の顔をどこかで見たような気がしていたが、それよりも男に対する警戒が先に立った。

 その理由はいずれも、ロバーシュが手に持っていた剣にあった。

「なぜ……なぜ、剣が血塗れなのですか?」

 ミアナが震える声でロバーシュに訊いた。尤も、答えなど聞くまでもなく、理由は分かっていた。ただ、誰かに否定して欲しかっただけなのだ。

 だが、そんな願いは意識に上る前にロバーシュによって叩き潰されてしまった。

「お利口な町長様にはもう分かってるんだろう?」

 それだけで、自分の推測が正しかったことを知り、自分に突きつけられた剣のことすら忘れたかのように、ミアナは力なく椅子に座り込んでしまった。

 そんなミアナの姿にロバーシュが嘲笑を浴びせようとした瞬間、バンッ!と音を立てて隣室への扉が開き、

「大丈……」

 飛び出してきたユーゲルトは、文字通り、瞬く間にマージンによって拘束され、床に押しつけられていた。

「なんや、メイドさんでも隠れとるかと思うとったのに、おっさんやないか」

 そう言いつつも、ユーゲルトが隠れていた部屋への扉の前に陣取っていたあたり、警戒だけはしていたらしい。

「ははっ! ユーゲルト、おまえもいいざまだな!」

 グランスによって剣を突きつけられたミアナ、マージンによって床に押しつけられたユーゲルト。その二人の姿を見て、ロバーシュは大きな声で笑った。



 時間は少し巻き戻る。

「いい感じに混乱してるな」

 様子を見ながら慎重にクラフランジェの門まで、手下たちを引き連れてやってきたロバーシュは、門のところに立っているはずの見張りすらいなくなっていることに満足そうに笑った。

「あいつらが苦労して、ついでに酷い目にも遭ってくれれば最高だと思ってたが、このままついでに……」

 そう言って歪んだ笑みを浮かべると、ロバーシュは手下たちを引き連れたままクラフランジェへと足を踏み入れた。戻ってきた、とはロバーシュ本人は全く思っていなかった。これからすることを考えれば、当然であるが。

 そんな一行に、町の人間たちが気づかないはずがない。

「あいつら生きてたのか」

 自警団が総出でレックたちを追い回しているのを見物に出てきていた野次馬たちから、そんな声が漏れ聞こえてくる。ユーゲルトたちと一緒に戻ってこなかった時点で、死んだと思われていたのだ。

 尤も、野次馬たちの間から漏れ聞こえてくる声には、ロバーシュたちが生きていたことを喜ぶ以外の感情が交ざっていた。

 それを聞き取ったわけではないが、ロバーシュは馬を下りると野次馬たちへと近づいた。そして、露骨にびくついている先頭の男に声をかけた。

「おい、門番すらいないが、何があった?」

「と、盗賊団の手先が宿に泊まっていたとかで、自警団総出で捕り物してんだよ」

 期待通りの答えに、ロバーシュはにんまりと笑うと、

「そうか、ありがとよ」

 そう言って踵を返し、再び馬上の人となった。その後ろでは、声をかけられた男が安堵の息をついていたが、とりあえず今は見ないことにする。

(楽しむのも後顧の憂いを断ってからってな)

 そんな内心は表に出さず、ロバーシュは手下たちに指示を出し、自警団の詰め所へと向かった。途中、捕り物の最中なのか町のあちこちから騒がしい音が聞こえてくるが、全て無視してロバーシュたちは馬を進めた。


「ロバーシュ! それに他のみんなも! 無事だったのか!」

 町の南西区画にある自警団詰め所。そこにロバーシュたちが着くと、馬の蹄の音を聞きつけていたのだろう。詰め所に残っていた自警団員たちが出てきていた。

「ああ。おかげさまでな。……状況はどうなってるんだ?」

 馬から下りつつ、ロバーシュはそう訊いた。

「思ったより手間取ってるみたいだ。応援に粗方かり出されたのに、まだ捕まってないみたいだからな」

 留守番役の団員の言葉通りなのか、ロバーシュたちの生還に驚いている団員の数は片手で数えられるほどだった。こんな時だけに、恐らくは詰め所に残っていたほぼ全員が出てきたのだろうと、ロバーシュは判断した。

 もうそれだけで、顔がにやけるのが止められそうにもない。が、まだ早い。確認しておくべきことが1つ残っていた。

「盗賊団の手先が侵入してたって聞いてるが、ユーゲルトも捕り物に参加してるのか?」

「いや。町長さんの屋敷の方で警備に当たってるはずだが?」

「そうか」

 ロバーシュはそう答えると、おもむろに剣を抜き放ち、

 そして、

 目の前できょとんとしている自警団員の首に突き立てた。

「ぇ?」

 何が起きたのか、まだ理解できていないのか。

 そんな声にならない声を上げながら地面に崩れ落ちた団員の頭を蹴り飛ばし、ロバーシュは刺さっていた剣を抜き放った。

 それに一息遅れて、手下たちが外に出てきていた残りの自警団員たちに襲いかかった。

「なっ!?」

「ちょっと待て! 何のつもりだ!」

 状況を掴めていない団員たちがそんな声を上げるも、ロバーシュの手下たちは全く聞く耳を持たず、次々と団員たちを血祭りに上げていった。

 一人だけ、かろうじて武器を取り出すのが間に合った団員もいたが、多勢に無勢では為す術などあろうはずもない。かろうじて正面からの攻撃を捌いている間に、後ろから次々と剣で切りつけられ、あっさりと地面にその骸を晒すこととなった。

 尤も、それで終わりではない。

 間の悪い目撃者はさっさと消しておくべきだし、詰め所の奥にも用がある。

 外に出てきていた自警団員たちを皆殺しにすると、ロバーシュは手下を半分に分けた。その片方に目撃者たる住人たちを始末するように指示を出し、ロバーシュは残りの手下を引き連れて詰め所へと突入した。

「あれで全部だったか」

 見事なまでにもぬけの空になっていた詰め所に入り込んだロバーシュは、つまらなさそうにそう言うと、そのまま奥の倉庫に向かうように手下たちに指示を出した。

 クラフランジェは確かにあらゆる物資が不足していた。

 だが、そうではない物も勿論ある。特に日常的に使わない武器の類いは自警団の規模に対して少々余り気味だったこともあり、詰め所の奥に設けられた倉庫に保管されていた。

 それこそが、ロバーシュの目的だった。



 そして場面は戻る。

 一息遅れて追いついてきた手下たちの足音を背に、ロバーシュは今、ミアナの執務室の様子を見てご満悦だった。隠れていた隣の部屋から飛び出してきたユーゲルトも、あっという間に取り押さえられ、その悔しげな表情がロバーシュを満足させた。

「おまえは誰じゃ?」

 警戒しつつそう訊ねてきたディアナへと視線を移し、そのまま、室内にいる蒼い月の面々に順番に視線を彷徨わせていく。その視線がふと一人の上で止まった。

 ロバーシュはそれが誰だかを理解すると、にんまりと笑った。

 そして、ロバーシュの視線の先にいたリリーがその笑みの理由を理解するよりも早く、右手をさっと上げ、人差し指を動かした。

「っ!!」

 直後、室内に銃声が響き渡った。

 だが、ロバーシュは舌打ちした。確かに少女を撃ったはずなのに、今はその少女の前に一人の青年が剣を振り下ろし終わった体勢で立っていたからだ。

 その状況が意味することを理解できないほど、ロバーシュは耄碌していなかった。

(銃弾を剣で打ち落とすとか、化け物かよ!)

 自らの想定を上回りかねない冒険者の実力に、しかしロバーシュはすぐに次の行動に出た。

「おまえら! やれ!!」

 幸い、後ろにいた手下たちには今の場面は見えていない。それをいいことにロバーシュはそう命令を下した。多少こちらにも被害は出るだろうが、数で押せば何とかなる。最悪、自分だけ逃げる手もあるのだ。

 だが、レックはそれを許さなかった。というよりも、いきなりリリーが撃たれそうになったことに、焦りと、それ以上の怒りを覚えていたと言っていい。

 故に、その怒りにまかせてレックは剣を振りかざしてロバーシュへと襲いかかった。

 それを認識したロバーシュの顔が恐怖に歪む。

 だが、

「!?」

 ロバーシュの脳天に振り下ろされかけた剣は、そこで微動だにしなくなってしまっていた。

 レックがいくら力を込めても、全く下に降りていかない。

 そのことに気づいたロバーシュの顔が、レックの眼前で恐怖から侮る者の笑みへと変貌し、

「レック!!」

 誰かがそう叫ぶのと、再び室内に銃声が響き渡るのと。どちらが早かっただろうか。

 レックの額に銃口を突きつけたロバーシュは、一瞬の躊躇いもなく引き金を引いた。

 そして、レックの身体が崩れ落ちた。

「貴様、よくも!!」

 ディアナが激高するも、槍を振り回すには室内は狭すぎた。勿論、魔術は詠唱に時間がかかるため論外である。

 一方、グランスは目の前の出来事にショックを受けながらも、次にすべきことを即座に判断した。

「全員、隣の部屋に退け! すぐにだ!」

 そう怒鳴りつつ、ミアナに突きつけていた剣を全力で部屋の入り口へと向かって投げつけた。

「ぎゃっ!」

 ロバーシュは慌ててしゃがみ込むことで辛うじてそれを躱したものの、今から部屋に入ってこようとしていたロバーシュの手下たちはもろにその直撃を食らっていた。

 曲がりなりにも身体強化による腕力で投げつけられた剣は、その重さと相まって手下数名をいとも簡単に薙ぎ倒した。防具も何もあったものではない。

 それを見たロバーシュの手下たちは、室内に飛び込むことを流石に一瞬躊躇した。

 その隙に、ミネアを先頭に女性陣が隣の部屋へと駆け込んでいった。

 その背に銃口を向けようとしたロバーシュは、アイテムボックスから取り出したナイフをグランスが振りかざしているのを見て、再びしゃがみ込んでいた。

「マージン!」

 グランスはまだ部屋に残っているはずのマージンに声をかけようとして、目を剥いた。大きな何かが飛んできたからである。

「っ!? レックか!?」

 受け止めたそれがなんであるかを察したグランスは、マージンを怒鳴りつけようとして、あることに気づいて動きを止めた。

 直後、グランスとミアナの目の前にあった執務机が宙に浮き、そのまま入り口の扉へと激突した。入り口を塞ぐためにマージンが投げつけたのである。

「旦那! 逃げるで!」

 その声で、立て続けに起きた出来事に停止しかけていたグランスの思考が再び動き出した。

「分かった!」

 そう答えると、レックの身体を抱えたまま、マージンと共に隣の部屋へと駆け込んだ。

 そして扉を閉めようとして、躊躇する。

 が、それも一瞬。

「……来い!!」

 その声に、執務室にまだ残っていたミアナとユーゲルトは一瞬だけ互いに見つめ合い、グランスたちが逃げ込んだ部屋へと駆け込んできた。

 二人が駆け込んできたのを確認するやいなや、マージンが扉を閉め、ついでに部屋にあった微妙なぼろさが漂うベッドを扉の前に置いていた。

 そうして一息ついた仲間たちとその他二人の視線は、グランスが抱えてきたレックへと向けられた。

 沈痛な空気が室内を支配しかけるも、レックの身体を床に下ろしたグランスと、その様子を見ていたマージンの二人には、痛ましげな気配など微塵もなかった。

「……大丈夫だと思うか?」

 そんなグランスの言葉を、仲間たちは理解できなかった。

「まー、せいぜい脳震盪ってとこやろな」

 マージンの返答に更に仲間たちは首をかしげ、それからやっと理解した。

「ひょっとして、レック生きてるの?」

「ひょっとせんでも、生きとるで」

 そう言いながらマージンがレックの前髪をかき分けると、内出血こそしているものの、銃弾で撃たれたにもかかわらずそれだけの怪我しかない額が現れた。

 それを見た仲間たちから思わず安堵の息が漏れかけ、

 ドンドン!

 扉が激しく叩かれる音に、全員が今の状況を思い出した。

「とりあえず、このまま立て籠もるのは……」

「下策だろうな。とっとと逃げるぞ」

 ミアナの言葉をグランスがばっさりと切って捨てた。

 実際、扉が破られるのは時間の問題だったし、何より、一階にあるこの部屋では窓から突入される可能性もあった。

「いっそのこと、ディアナに隣の部屋丸ごと吹っ飛ばしてもらう手もあるで?」

 そんなマージンの案にグランスは少しばかりの魅力を覚えたが、すぐに首を振った。

「駄目だ。ここは逃げるぞ。とっととレックを起こしてくれ」

 意識を失ったままだとお荷物にしかならないからというグランスの指示でレックも起こされ、

「じゃあ、わいが最初に行くで」

 そう言って窓を開けて飛び出したマージンに続いて、仲間たちも部屋を次々と抜け出した。

「俺たちも行くぞ」

 レックたちが次々と部屋を抜け出していくのを見ていたミアナに、ユーゲルトがそう声をかけた。

「え、ええ……そうですね」

 そうして、ユーゲルトと共にミアナも部屋を抜け出した。

 幸いと言うべきか、ロバーシュたちは庭まで見張っていなかったらしい。おまけに全員が屋敷の中に入り込んでいたらしく、誰もいない庭を抜け、ついでにあっさりと屋敷の門を出ることに成功したディアナが、

「拍子抜けじゃな」

 と漏らしてしまったのも仕方ないことだろう。

 一方、ミアナとユーゲルトは屋敷の入り口付近で無残にも殺されていた自警団員たちの姿に言葉を失っていた。どうやら、レックたちを追いかけてきた自警団員たちは、ここでロバーシュたちにやられたらしい。

 と、レックがあることに気がついた。だが、それを口にする前に町のあちこちから自警団員らしい男たちが、なにやら叫びながら集まってきていた。

 そんな彼らは屋敷の前で倒れている自警団員たちの姿を見て、レックたちがやったと思ったのだろう。次々に剣を抜き放ち、今にもレックたちに飛びかかろうとして、

「貴様らっ! 町長と団長に何をした!!」

 真っ先にレックたちの元にたどり着いた青年が不意にあげた怒号に、思わず足を止めていた。

 その青年はというと、他の仲間たちと同様に憎しみのこもったまなざしでレックたちを睨み付けてはいるものの、迂闊に飛び込めばミアナとユーゲルトが何かされると考えているのだろう。片手に構えた剣をレックたちに突きつけながらも、それ以上踏み込んでこようとはしなかった。

 それを見た他の自警団員たちも、何も考えずに飛び込むのはまずいと少しだけ冷えた頭で理解したらしかった。

 一方、自警団員たちの様子を見ていたユーゲルトは、

「俺に任せてくれないか?」

 そうグランスに申し出た。ここまでの間に、グランスがレックたちのリーダーだと見て取っていたらしい。

 グランスとしても、ここで揉めているのは無駄でしかなく、あっさりと頷いた。

 それに軽く感謝の意を示したユーゲルトは、グランスたちの前に立った。その様子に、集まってきていた自警団員たちの間からざわめきが巻き起こった。

「こいつらは敵ではない! あれはロバーシュの仕業だ!」

 ユーゲルトのその言葉に、自警団員たちの間に動揺が広がっていく。

 だが、ユーゲルトとしてはそれに構っている間も惜しかった。こうしている間にも、ロバーシュたちが出てきかねないのだ。実際、屋敷の中からは怒号と銃声が聞こえてきており、レックたちに詰め寄ろうとするのをやめた自警団員たちの中には、その音に気づくものも出始めてきていた。

「団長、ロバーシュの仕業って、どういうことですか!」

 どうやら、青年も何かおかしいと思い始めたらしい。戸惑うようにユーゲルトにそう訊ねた。

「ロバーシュたちがあいつらを殺したんだ。今も俺たちを殺そうとしている」

 その説明に、自警団員たちの間の動揺が更に大きくなった。だが、ユーゲルトはそれに構わず、指示を出し始めた。それに従い自警団員たちが動き始めたとき、屋敷の前に銃声が響き渡った。

「が……」

 ゆっくりとユーゲルトが崩れ落ちる。

 その様を、屋敷の前に集まっていた全員が、コマ送りの映像でも見るかのように見ている中、ユーゲルトは膝をつき、両手で身体を支えようとして、それにも失敗した。

「ユーゲルト!!」

「団長!!」

 ミアナと青年が倒れたユーゲルトに駆け寄ろうとしたとき、もう一度銃声が鳴り響いた。

 それで足を止め、銃声の元へと視線をやった青年の目に改めて憎しみの炎がともった。

「ロバーシュ、貴様!!」

 そう踏み出そうとした青年はしかし、

「おっと、カイン、動くなよ?」

 そう言いながらロバーシュに銃口を向けられ、歯を食いしばりながらも足を止めた。

「あーあー、全くの予定外だ。まさか、あそこでまんまと逃げられるとは……」

 そう言いながら、ロバーシュは手下たちで周囲を固め始めていた。その視線は、いつの間にかカインと呼ばれた青年から外され、仲間と一緒に立っていたレックへと向けられていた。

(馬鹿なっ! 確かに眉間を打ち抜いたはずだ! 何で生きている!?)

 内心、恐怖と焦りが渦巻くものの、下手に動いて相手を、レックを刺激したくない。銃が効かなかったらしい化け物になど目をつけられたくない。その一心でロバーシュは冷静さを保って見せた。その思考は既に、この場からどうやって逃げるかだけに絞られていたが。

 尤も、そんなことなど他の者たちに分かるはずもない。

「貴様っ! なぜこんな事をした!」

 がなり立てるカインを疎ましげに睨み付けたロバーシュは、隣に立っていた手下の一人にカインを撃たせた。

 が、

「下手だな、おい」

 カインから逸れた銃弾が、他の団員を撃ち倒すのを見てロバーシュは頭を抱えたくなった。今、こんな状況でなければ、間違いなく手下をぶっ飛ばしていただろう。

 それはさておき、今のでレックがどう反応したか。それが気になったロバーシュはさりげなくレックたちに視線を移し、特に反応を見せていないことを確認すると、胸をなで下ろした。

 尤も、レックたちはレックたちで気が気ではなかった。ぞろぞろと現れたロバーシュとその手下たちの大半が、銃を手にしていたからである。

 レック辺りなら銃弾を叩き落とせるのは証明済みだったが、それだけでは仲間全員を守るには全く足りない。

(なら、一気に全員叩きのめす?)

 そう考えたレックは、自らの身体がほんの僅かだが強ばるのを感じ取った。

(さっきもだったけど……これ、なんだろう?)

 その正体を掴めなかったレックだったが、そもそも相手を全員叩きのめす間、仲間たちが無防備になってしまうので、叩きのめす案は諦めざるを得なかった。

 グランスはグランスで、焦っていた。はっきり言って、この状況から仲間全員を無傷で切り抜けさせるのは、どう考えても困難を極めるからだった。さっきのレックの時は、レックの頑丈さ――だけで片付けるには無理がある気がするが――に助けられたが、レック以外を狙われたら守り切るのは不可能と言っていい。

(クライストを助けに来たつもりがこんなことになるとは!)

 仲間を見捨てるという選択肢はなかった。そのはずだった。だが、そうしなくてはもっとまずい状況になることもあるのだと、グランスは理解したくなかった。

 勿論、そんなことを考えているのは専らグランスだけだったのだが、焦っているところまでは蒼い月の他の仲間たちも同様だった。そんな中、約一名、外に出たことで可能になったことを実行に移そうとしている者がいた。

 周りに気づかれないように、小声で呪文をぶつぶつと唱え、術式を練り上げる。

 その気配で、どうやら隣に立っていたマージンがディアナがやろうとしていることに気づいたらしい。そろそろと少しだけ動いて、ディアナの手元をロバーシュたちから隠していた。

 そして、ディアナのやろうとしていることに気づいたのはマージンだけではなかった。レックもまた、ディアナが用意している魔術の気配を感じ取っていた。

(ディアナ、あれやる気なんだ。なら、僕は流れ弾だけは防ぐ!)

 そんなレックたちを焦らすかのように、ゆっくりと魔術を完成させつつあるディアナの手元には、幾つもの火の塊が生まれつつあった。夜ならばこの時点で目立っていただろうが、昼の明るさの中では気づく者もほとんどいなかった。尤も、気づいた者たちが騒ぎ始める前に、事は起こった。

「マージン!」

 ディアナの声に反応したマージンが、ディアナの眼前から飛び退いた。

 直後、ディアナの魔力を食らって肥大化した幾つもの火が炎となり、ロバーシュたち目がけて宙を走った。ファイアアローの魔術である。

 ディアナが放った魔術は、何が起きているのか全く理解できていないロバーシュたちへと襲いかかった。それでも、前列にいた者たちは何とかファイアアローを避けることに成功していたが、後列にいた者たちはそうはいかなかった。

 突如開いた視界。その中で眼前にまで迫ってきていた炎を避けることもできず、次々とその全身が炎に覆われていった。

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

「助けっ! 助けてっ!!」

 炎に焼かれたロバーシュの手下たちは、手に持っていた銃などあっさり取り落とし、周りの仲間に助けを求めるようにしがみつこうとしていた。だが、しがみつかれる方はたまったものではない。

「やめろっ! 放せ!!」

 炎に包まれた仲間たちから必死に距離をとり、それが適わないとなると殴りつけ、蹴りつけてでもしがみつくのを拒絶した。

 カインはというと、他の自警団員たちと同じように呆然とその様を見ていたが、やがてはっと気がつくと、声を張り上げて仲間たちに指示を飛ばし始めた。

「今のうちだ! 連中を取り押さえろ!!」

 その命令に、自警団員たちも慌てて動き出し、銃すら放り出して逃げ惑っていたロバーシュの手下たちを片っ端から拘束し始めた。

 その様子を見ていたレックはというと、あっさりと混乱して逃げに走ったロバーシュの手下たちの様子に、先ほどの覚悟が空振りに終わってしまった脱力感に苛まれていたのだった。



 やがて、ディアナの魔術による炎も消えた頃には、ロバーシュの手下たちは粗方取り押さえられていた。尤も、何人かは取り逃してしまっていたし、ディアナの魔術の直撃を食らった者たちは、途中で息絶えてしまっていたが。

 そうして、やっと落ち着きを取り戻した屋敷の前で、ミアナは地面に横たわっているユーゲルトの横に座り込み、その手を取って泣いていた。

 ユーゲルトは即死はしていなかったし、まだ生きてはいたのだが、その怪我は間違いなく致命傷なのだ。詰め所にはなけなしのポーションの在庫があったはずなのだが、ロバーシュたちに奪われてしまったらしく、取りに行った者たちからは1つも見つからなかったという報告だけが届いていた。

 それ故に、ユーゲルトはまだ辛うじて意識があるにもかかわらず、その場の雰囲気はまさしく葬式のそれとなってしまっていた。

 それを見かねたのが、レックたちである。

 仲間同士で目で合図をしあい、マージンがゆっくりと一人歩み出た。

「あー……雰囲気作っとるとこ悪いんやけどな?」

 そう切り出したマージンに、その場にいた自警団員たちや、野次馬として集まってきていた町の住民たちからの視線が幾つも突き刺さった。

 その無言の圧力に、レックたちが耐え切れそうになくなった頃、ユーゲルトとミアナの側にいたカインが口を開いた。

「……邪魔だ。引っ込んでろ」

 引っ込まなければ、殴り合いも厭わない。そんな声音だったが、マージンはそれでも口を開いた。

「あー、わいら、一応治癒魔術も使えるんやけど?」

 そう言われたカインは、すぐには何を言っているのか飲み込めなかったのだろう。しばし呆然とした後、

「悪い。もう一度言ってくれないか?」

「だからな、多分やけどな、そのおっちゃんの怪我、治せるで?」

 その言葉に、ミアナが泣きはらした顔をがばっと上げた。

 尤も、ミアナが何か口を開く前に、今度こそマージンの言葉を理解したカインがマージンの腕をひっつかみ、ユーゲルトの側へと引きずり寄せていた。

 そして、勢いよく自らの頭を地面に叩き付けた土下座で、

「頼むっ! 団長を! 団長を助けてくれ!!」

 そうマージンに頼み込んだ。

「私からもっ! お願いします! 彼を、ユーゲルトを助けてください!」

 カインに続いてミアナにまで土下座で頼み込まれては、マージンも今更断れない。いや、断るつもりはなかったのでそれは良いのだが、土下座までされてはかえって気まずくなったと言うべきだろうか。

 それでもマージンは何とか気を取り直すと、ユーゲルトの治療を始めたのだった。


 ちなみに、思ったよりユーゲルトの怪我が深く、多少手こずったものの何とか治療に成功し、ユーゲルトは一命を取り留めた。

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