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ジ・アナザー  作者: sularis
第十三章 メトロポリス大陸
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第十三章 第八話 ~逃げる者たち~

 森の端で焚き火を焚いている者たちがいた。

 だが、それを見る者がいたなら、間違いなく驚くか無謀だと叫ぶだろう。

 何しろ、たった二人しかいないのだ。

 いや、神官っぽい服装の男が焚き火の側に寝かせられているので3人というべきか。それでも少ない。交代で見張りをするにしても、ギリギリの人数しかいない。こんな人数ではまともに睡眠時間を確保するのは難しいだろう。

 それでも、起きている二人からは、睡眠不足から疲れなどといったものの気配は感じられなかった。ただ、静かに焚き火の側で眠る男の様子を窺っていた。

 だが、その静寂は起きていた二人のその片割れによって不意に破られた。

「起きるかも?」

 日本語ではない言葉でそう言ったのは、ふかふかの毛皮がたっぷりと使われたコートに身を包んでいる、と言うよりも、コートの毛皮に埋もれていると評すべき少女だった。しかし、その格好はどう見ても旅人のそれではなかった。そもそも、明らかに戦いに向いていない。

 それでもこんな所で野営しているということは、見た目にそぐわぬ力を持っているのか、あるいは共にいる同伴者の実力故か。

 その同伴者たる青年は、流石に多少は旅人か冒険者っぽい装備だった。剣もちゃんと手が届くところに置いてある。

 少女の言葉を聞いた青年は、焚き火の明かりの中でさえもその色を失わない空色の髪を揺らすと、

「あの術はかけてあるよね?」

 少女にそう訊ねた。

 少女が腰まで届く美しい銀色の髪を揺らしながら、静かに頷くのを確認した青年は、剣を片手にゆっくりと立ち上がった。

「なら、そろそろ行こうか」

「そうするべき」

 少女もまた、焚き火の側で眠る男の事など既に忘れてしまったかのような様子で、青年に手を引かれて立ち上がった。




 背後で凄まじい音が聞こえたのは、ユーゲルトたちが逃げ始めてすぐのことだった。

「何の音だ!?」

「何が起きた!?」

 そう叫びながら、思わず足を止めかけた部下たちを「止まるな! 走れ!」と叱咤しつつ、ユーゲルトはひたすら走った。目指すは馬をつないでいる村の広場である。そこで馬に乗って、反対側の門から逃げるつもりだった。

「全員ついてきているか!?」

 足を止めることなく、そう確認すると、

「はい! 流石にロバーシュたちはいませんが」

 ユーゲルトのすぐ後を走っていたグランジがそう答えた。

 その返事に一安心したユーゲルトは、そのまま彼らの馬の元へと辿り着いた。

 眠っていたはずの馬たちは先ほどの轟音ですっかり目を覚ましていたが、幸いなことに多少警戒している様子はあったものの、パニックを起こしたりはしていなかった。

 ユーゲルトたちはそんな馬たちに次々と飛び乗っていき、

「反対側の門から脱出するぞ。……まだそいつを連れてきていたのか」

 そこでやっと、部下が輸送用の荷馬車に両手両足を縛られたマージンを乗せようとしている事に気がついた。

 逃げるにあたっては足手まといにしかならないお荷物を連れてきていたことに、感心するよりも呆れながら、ユーゲルトはどうしたものかと少しだけ考え、結論を後回しにすることにした。

 放り出すのはいつでも出来る。まずは、あの危険極まりない冒険者たちから十分な距離をとるべきだった。

「どうしますか?」

「とりあえず放り込んでおけ! まずはここを離れる。急ぐぞ!」

 グランジにそう答えると、ユーゲルトは西門へと向かって馬を走らせ始めた。

(あれだけの轟音……絶対やばい相手だ)

 何が起こったのか直接見てはいないが、ユーゲルトはそう確信していた。そもそも、並大抵のことであんな大きな音が出る訳がない。

 同じ事はユーゲルトについてきた者たち全員が感じていた。だからこそ、ユーゲルトの弱腰としか呼べないような指示に、反発なく従っていた。

 夜の闇の中、ユーゲルトの馬を先頭にして、略奪団は遁走していった。



 そんなことが同じ村の中であったとは露知らず。

 ユーゲルトたちと行き違いになったレックは、グランスたちがいる東門へと辿り着いていた。

(まずい事態になってる!?)

 外壁の向こうから響いてくる怒号、悲鳴、何かを強打する音。

 それらから判断するまでもなく、交戦状態に陥っているのはすぐに分かった。

 何故か誰もいない外壁の上へと、3mの高さをひとっ飛びに飛び上がったレックはしかし、そこで動きを止めた。

「え……何これ……」

 レックが上がった外壁の下では何故かリリーがディアナに羽交い締めに拘束されていた。

 一方、少し離れた所へ視線を移すと略奪団のメンツが死屍累々――と言っても、呻いているので生きてはいるようだが――と転がっていた。尤も全員が倒れている訳ではなく、何人かがグランスと刃を交えていた。

 何がどうなってこうなったのかは分からないが、既に粗方片付いたその状況を理解しようとしたレックは軽く首を振った。

(先に敵を倒さないと!)

 レックが地面に飛び降りると、

「レック!」

 この程度の連中相手なら随分と余裕があったらしいグランスが真っ先に気がついた。

 それでディアナとリリーもレックに気づいたらしい。

「レック! マージンは!?」

 ディアナの拘束を一瞬で振り切り――ディアナもリリーがレックに突進するのは止めなかっただけだが――詰め寄ってきたリリーに、グランスの援護をするつもりだったレックは思わず後ずさった。

「ちょ、リリー待って待って!」

 こんな状況にも関わらず、詰め寄ってきたリリーの顔の近さに思わず顔に血が上ったレックは、軽く動転してリリーから距離をとろうとした。

 が、リリーがそれを許さなかった。

(近い近い近い!!!)

 ますます顔が赤くなるのを感じたレックは軽い混乱状態に陥り、

「リリー、レックが怯えておる」

 そう言ってディアナがリリーを引きはがしてくれて、何とか落ち着くことが出来た。

 そうこうしている間にも、グランスの方も片がついたらしい。

「レック、無事だったか」

 略奪団全員を地面に這いつくばらせたグランスがやってきた。

「あ、うん。それでこの状況は?」

「こちらの説明より先に確認したいのだが、マージンを見なかったか?」

 グランスのその質問にあまり状況が良くないと察しつつ、レックはまずは答えることにした。

「建物の1つに閉じ込められてたよ。連れて行かれたけど」

「どこにだ?」

「たぶん、こっちに連れてこられたと思うんだけど……」

 そう言いながら、クライストの姿もマージンの姿も見えないことにレックは不安になり始めていた。

「……ひょっとして、失敗した?」

 その言葉にリリーがびくりと身体を震わせたが、グランスの方を見ていたレックが気づくことはなかった。

 グランスはと言うと、レックの言葉に苦虫を噛み潰したような顔になり、

「ああ。さっきまでマージンはそこに連れてこられていたんだが、略奪団の連中に連れて行かれた」

 そのグランスの説明に、ひょっとして行き違いになったかとレックは歯がみした。

 だが、まだ確認しないといけないことがある。

「クライストは?」

「……ここには連れてこられていないらしい」

 その言葉にレックもまた、グランスと同じような表情になった。

「まずい、よね?」

 確認するまでもないレックの台詞に、グランスは頷き、少し悩んでから口を開いた。

「こうなった以上、少しでもマシな結果を目指す。レックはここから去った略奪団の連中を今すぐに探しに行ってくれ。このままマージンを連れ去らせる訳にはいかん」

 グランスのその指示に、グランスが言葉にしなかった思いを察しながら、レックは頷いた。

 そして、外壁を飛び越えながら上空にいるはずのリーフを呼び、降りてきたリーフの背にそのまま飛び乗った。


 一方、後に残されたグランスはディアナに馬車とリリーを頼むと、地面に転がる略奪団の一人の元へと足を運んでいた。

「……まだ生きているな」

 身体強化を使った対人戦などこれが初めてだったグランスは、我知らず安堵の息を漏らしていた。

 尤も、自らが零した息の意味に気づくことなく、グランスは男の頭の側に膝をつき、その頬を軽く叩いた。

「う……ぐぅ……」

 どうやらそれだけで意識を取り戻したらしい男は、自らを覗き込むグランスに気がつくと、憎々しげに睨み付けた。

 グランスとしてはそんな男の様子に文句を言いたくなったが、そんなことのために男を起こした訳ではない。

 男の頭を鷲掴みにして持ち上げると、

「お前らが攫った俺たちの仲間はどこにいる?」

 その言葉に、男は驚いたような表情を一瞬浮かべると、次ににやりと笑みを浮かべた。

 グランスはその不快極まりない笑みに思わず男を地面に叩き付けたくなったが、それでまた気絶されては手間である。代わりに男の頭を掴んでいる手に込めている力を少し強めるにとどめた。

「ぐうっ……」

 流石にキツかったのか、男の顔から笑みが消え、代わりに苦痛の色が浮かんだ。

 それを見たグランスは一度力を緩め、もう一度男に確認する。

「答えろ。お前らが攫った俺たちの仲間はどこにいる?」

「…………」

 だが、男はすぐに答えなかった。

 代わりにグランスを憎々しげに睨み付け、それからやっと口を開いた。

「クラフランジェだ」

「クラフランジェ?」

 聞いたことのない単語にグランスは首を傾げ、それからやっと男に聞き直せば済む話だと気がついた。

「クラフランジェとは何だ?」

 しかし、男は再びグランスを憎々しげに睨み付けるだけで答えようとはしなかった。が、

「ま、待て! 答える!」

 グランスがもう一度、手に力を込めようとしたのを察し、慌ててそう言った。

「俺たちの町だ。お前の仲間はそこに連れて行かれた!」

「それはここからどちらの方向にある?」

「多分、南西、南西だ!」

 グランスに頭を締め付けられるのが怖いのか、今度はすらすらと答える男。

 ついでに大体の距離も聞き出したグランスは、男を地面に落とすとこちらに向かってくる馬車へと歩き出した。

(クライスト……待ってろよ)

 そう心の中で呟きながら。



「行ったか……」

 グランスの尋問を受けていた男――ロバーシュは、馬車の音が十分小さくなったのを確認して、ゆっくりと起き上がった。

 途中、グランスに鷲掴みにされた頭が痛んだのだろう。片手を米噛みにあてながら、

「っつつ……あの馬鹿力め。頭が砕けたらどうしてくれる」

 そう零した。

 それでも何とか身体を起こすと、これからさっきの男たち、それと自分たちを置いて逃げたらしいユーゲルトたちがどうなるかを想像して、ロバーシュは「ククッ……」と短い笑いを漏らした。

 ユーゲルトたちは間違いなく、クラフランジェに戻るだろう。そこで自分たちを一蹴したあの連中と鉢合わせになれば何が起きるか。

 実に楽しみである。

 ロバーシュ自身も拠点にしているクラフランジェにまで多少の被害が及ぶだろうが、多少の混乱はロバーシュにとってはむしろ好都合だった。

(上手く踊ってくれよ?)

 ロバーシュはもう一度笑いを零すと、周囲を見回した。

 辺りには自分と同じようにさっきの連中になぎ倒された仲間たちが死屍累々と転がっている。が、どうやら死んでいる者はいないようだ。

(あまちゃん共かよ)

 そんな連中に後れをとったことに歯がみしたくなるが、逆に上手く踊らせればユーゲルトたちを始末するのにも役立ってくれるだろうと思い直した。

 出来れば共倒れになってくれると、いろいろ楽しめるのだが――欲のかきすぎはやはり良くないだろう。

 それはさておき、そろそろ動いた方が良さそうだとロバーシュは判断し、立ち上がった。

 まだ頭や背中は痛むが、夜、村の外で無防備なままでいるのはまずい。キングダムの冒険者たちにとってどうかは知らないが、少なくともロバーシュたちにとってこの近辺のエネミーは十分脅威に値するものばかりだった。

 とりあえず、近くに倒れている仲間から順に頬を叩いて目を覚まさせていく。

 流石に命に別状ないとは言え、骨折している者も何人かいた。いっその事足手まといは殺ってしまおうかとも思ったロバーシュだったが、すぐに思い直した。後で頭数が必要になるかも知れないのだ。

 そう考えたロバーシュは、とりあえず全員を村の中に入れることにしたのだった。



 その頃。

 夜の空をリーフが舞っていた。高度は200mほどだろうか。

 その背中からレックは、最大限の身体強化を発動させて地上を睨み付けていた。マージンを連れているはずの略奪団の残党を探しているのだ。

 東門にグランスたちがいる以上、逃げたのであればそれ以外の門――幸い北門はなかったので、西か南である。

 そう絞り込んだは良いが、いくら空の上からと言えども、相手の足の速さ次第では間違えた場所を探すとその間に逃げられてしまう恐れもあった。のだが――

「見つけた!!」

 夜の闇の中と言えども、完全な闇などではない。

 故に、夜でも空の上からなら数km先まで見通すことが出来るレックにとって、物陰に隠れることもせずに走り続けている馬の集団を見つけることは容易だった。

 そして一度見つけてしまえば、いくら略奪団の馬が速くとも、速さで空を往くグリフォンに敵うはずもない。

 レックの指示を受けたリーフは短く鳴くと、向かい風の中、南西へとひた走りに走る馬に乗った集団を追い始めた。



「ふぅ……」

 名も忘れられた廃村を抜け、駆け足の馬に揺られながらユーゲルトはやっと一息ついていた。

 周囲を見ると、他の仲間たちも似たようなものなのだろう。明らかに空気が弛緩していた。

 鉄蹄の音が少々響きすぎているのが唯一の懸念事項だが、馬に乗ってさえいれば、どうとでも逃げ切る自信がユーゲルトにはあった。何しろあちらは足が遅い馬車なのだ。こちらにも馬車はあるが、最悪諦めてしまえば、後は足の速い馬だけになる。

 全く問題ないはずだった。

 そうして、一度安堵してしまえば、気になるのはやはり先ほどの冒険者たちの実力である。

 一体何をすれば、あれだけの轟音を出せるのか。

 気がつけば、仲間たちの話題もそれ一色だった。

「ユーゲルトはどう思います?」

「そうだな。逃げて正解だったとは思っている」

 隣を走る馬の上からそう話しかけてきたグランジに、ユーゲルトはそう答えた。

「そうですね。正直、あの音を聞いた時は肝が冷えました」

「全くだ。どんな攻撃だったかは知らないが……まともに食らったら、まず助からないだろうな」

 そう言った後、少し考えてから、「どんな鎧を着けていてもな」とユーゲルトは付け加えた。

「下手すれば、門も破られていたかも知れませんね」

「はは……まさか、な?」

 グランジの言葉を笑い飛ばそうとするも、ユーゲルトは否定しきれなかった。確かに、一発くらいで壊れるような柔な外壁や門ではない。そんなに脆いなら、外敵から村を守る役に立たないからだ。

 だが、あの轟音を立てた攻撃が何発も放てるなら?

 そう考えると、背筋が冷えた。

 町や村の周囲に張り巡らされている外壁や防壁の類は確かに頑丈だが、絶対に壊れない物ではない。むしろ、敵の攻撃を凌いだ後の補修を前提としている物が多い。

 確かに、ユーゲルトたちのような略奪団が横行するようになってから町や村を守る防壁はより頑丈な物へと補強されていたが、あの村の外壁はそこまでの強度はなかったはずだった。

(やはり、さっさと逃げていて正解だったか……)

 改めてユーゲルトが安堵しかけたその時だった。

 その耳に何かが羽ばたく音が聞こえてきたのだ。

(鳥か? いや、これは……音が大きすぎる!)

 略奪団としての仕事がない時には動物を狩っているユーゲルトには、その羽ばたきの音から違和感を即座に感じ取った。

 それは一緒に逃げていた他の仲間たちも同じだったらしい。

「なんだあれは!?」

「でかいぞ!」

 即座に音の方へと振り向いた誰かが、それを見つけて叫んだ。

 その言葉を聞く前に振り返っていたユーゲルトの目にも、それは見て取れた。夜にも関わらず、である。

 馬より遙かに大きい鳥のようなもの――大きさから見て、ユーゲルトには鳥だとは思えなかった――が明らかにこちらに向かって飛んできているのだ。

 略奪団の面々は、一瞬で恐慌状態に陥った。

 あんなサイズの空を飛ぶ生き物を、彼らは見たことがなかった。だが、1つだけ即座に理解したのだ。

 あれは人を襲うエネミーだと。

 そんな中、ユーゲルトとグランジだけは辛うじて冷静さを保っていた。伊達に略奪団をまとめている訳ではない。

 だが、冷静さを保っていたからと言ってこの場での彼らは無力だった。

 乗り手の恐慌が移ったのか、あるいは迫り来る脅威を察知したのか。略奪団の男たちを乗せていた馬たちもまた恐慌状態に陥ってしまったのだ。

 怒号と悲鳴、馬の嘶きが入り乱れ、乗り手の意志も無視して馬たちが暴走を始めた。

「待て! おい! 全員馬を抑えろ!!」

 自らの馬を抑えながらユーゲルトがそう叫ぶも、暴走した馬たちは次々と思い思いの方角へと走り去っていく。

 だが、それが良かったのかも知れない。

 ユーゲルトたちに迫っていたエネミーは、ばらけて逃げ出した馬の方に興味が移ったらしく、そちらを追っていったのだ。

 暫く呆然としていたユーゲルトだったが、周囲に満ちるうめき声でハッと正気に返った。

 どうやら恐慌状態に陥った馬を押さえ込めたのは、ユーゲルトを含めて数人程度だったらしい。他の馬は全てどこかに行ってしまっていたのだが、その際、少なくない乗り手が馬から振り落とされてしまっていたのである。うめき声は馬に振り落とされて怪我をした彼らのものだった。

 だが、この場で治療する気にはなれなかった。さっきのエネミーが戻ってくるかも知れないからだ。

 馬車が残っていれば良かったのだが、どうやら馬車馬も暴走したらしい。馬車もろともいなくなってしまっていた。

 それでも、移動しない訳にはいかない。そう判断したユーゲルトは、残った馬に怪我人を乗せるように指示を出し、

(全く、とんだ厄日だ。くそったれ!)

 仲間たちには聞かせられない悪たれを心の中で叫んだのだった。


 さて、時間は少し戻る。


「気づかれた!?」

 略奪団に迫りつつあるリーフの背中で、レックは思わずそう叫んでいた。

 どうやら耳が良いのがあちらには何人かいたらしく、リーフの羽音に感づかれてしまったらしかった。

 レックの視線の先で、ノンビリと逃げていたはずの略奪団の動きが慌ただしくなり、一瞬で散開して逃げ始めたのだ。

(どれを追えば!?)

 マージンを乗せている馬を特定する前にばらばらに逃げられては、マージンを奪還することすらおぼつかなくなる。

 慌てるレックの視線は必死にばらばらになっていく略奪団の影の上を彷徨い、そして一箇所でぴたりと止まった。

(やっぱり、あれから?)

 そう考えたレックの視線の先には、暴走した馬に引っ張り回されている一台の馬車があった。

「リーフ、あの馬車を追いかけて!」

 両手両足を縛られたマージンを乗せるにはやはり馬車が一番無難だろうと、馬車を追いかけることにしたレックは、リーフにそう指示を出した。

 その指示に反応したリーフは即座に進路を変え、そして30秒と経たないうちにリーフは馬車に追いついていた。

 自らのすぐ後ろまで迫ってきたリーフに怯えた馬に引かれている馬車は、飛び跳ねるように暴走していた。流石のレックもその屋根に飛び降りることを一瞬躊躇したほどである。

 それでも覚悟を決めて飛び降りたレックは、即座に屋根にしがみつくと、そのまま御者台を覗き込み、

「……あれ?」

 そこはもぬけの殻だった。誰もいなかったのである。

(逃げてるんじゃなかった?)

 拍子抜けしながらも、兎に角レックは馬車を止めることに決めた。

 御者台に何とか降りるとタイミングを見計らい、片手で剣を振るって馬と馬車をつなぐ棒、左右の二本をまとめて切断する。

 途端、動力を失った馬車はあっという間に速度を落とした。何度か跳ねて大きく揺れたが、倒れることもなく無事に止まる。

 一方、重荷から解放された馬はというと、残された棒っきれを引っ張りながら速度を上げ、あっという間に夜の闇の向こうへと消えていった。

 その背を見送ることもせず、レックは御者台から降りた。そして地面に降り立ったリーフに見張りを任せ、馬車の中に入ってみる――までもなかった。

 ふにょっと何か柔らかいものを踏みつけた感触に、レックは慌てて飛び下がった。そして、目を凝らして今踏んだものの正体を確かめ、

「マージン!!」

 そう叫んで、慌てて駆け寄った。

 まずはいきなり動かしたりせず、マージンの脈と呼吸を確かめ、

「…………」

 レックは無言で顔を顰めた。

 死んではいなかったのだが、呼吸は大きく乱れていた。逆に脈拍はやたらと少ない。どう見てもまともな状態ではなかった。

 あれだけ激しく揺れる馬車に放り込まれていたのだから、それが原因なのだろうが、馬車が暴走する原因となったレックは激しく悔いていた。

 だが、それでは何も事態は改善しないことをレックは知っていた。

 馬車の中に他に誰もいないことを確認すると、マージンの両手両足を縛る縄を剣で斬った。結構な時間、縛られたままだったらしく、縄の下から現れた痣にレックは思わず目を逸らしかけた。

 しかし、まだ目を逸らす訳にはいかない。

 ゆっくりとマージンを馬車から降ろそうとして、レックはその感触に顔を顰めた。それでも何とか地面に下ろし、改めてマージンの状態を確認する。

 先ほど村の中で見かけたマージンは元気そうだったが、はっきり言って今の状態は良くなかった。

 脈拍と呼吸は既に落ち着きつつあったが、激しく跳ねていた馬車の中であちこちに跳ね飛ばされて怪我をしたのだろう。マージンはあちこちから出血していた。出血に至らない打ち身なども含めると、相当箇所を怪我しているに違いない。

「治癒魔術が使えたら……っ!」

 今すぐ怪我を全部治したくとも、それも出来ないレックは歯がみした。

 それでもマージンの状態確認を続けたレックは、一分としないうちに安堵の溜息を漏らしていた。

 確かにあちこち打ち付けて怪我をしてはいるが、出血を含めて命に関わるようなものは1つもないと確信したからだった。

「そうと分かれば……リーフ、お願いできるかな?」

 それだけでレックの言いたいことを察したリーフは、すっと地面に伏せた。

 その背にマージンをうつぶせに乗せると、そのマージンを抱きかかえるようにレックもリーフに乗り込んだ。

 そして、合図を出すとリーフは静かに空へと舞い上がり、ミネアが待つ場所へと向かったのだった。




「うわああああぁぁぁ!!!」

 エネミーに手足を食いちぎられそうになり、クライストは飛び起きた。

 そうして、ハタと正気に返る。

「……あれ?」

 両手を目の前に持ってきてぐっぱ、ぐっぱとしてみるも、何の異常も感じられなかった。勿論、手足に齧り付こうとしていたエネミーの姿などどこにもない。

「夢だったか……」

 安堵のあまり、ほうっと息を吐いたクライストは、何となく周囲の様子を見回して――跳ね起きた。

 今まで寝ていた側には、やけどしないだけの距離を置いて焚き火が燃えていた。だが、それだけなのだ。誰もいない。

 そんな異常な状態は、クライストの警戒心を呼び起こすのに十分だった。

 何かあればすぐに迎撃できる、あるいは逃げ出せるように構えること数分。

 状況が理解できない緊張の中で周囲の気配を探り続けていたクライストだったが、あまりにも何も起きない、何も感じられないことに徐々に緊張が解けてきた。

 それと同時に、頭の片隅でどうしてこんな状況になっているのかと、寝る前の記憶を確認し始め、

「…………治ってる、よな?」

 周囲への警戒も忘れ、自らの両手をマジマジと見つめてしまった。その次は両足である。

「治ってる、な?」

 手で触ってみても、全く痛みを感じない。どころか、軽く動かしてみても違和感一つ残っていない。

(あれも夢……だったのか?)

 確か、略奪団に攫われ、最後には両手両足の腱を切られて放り出されたはずだったのだが、そんな傷があった痕跡すら見つけることが出来なかった。

 故に夢かと思ったのだが、それならそれで今の状況が説明できない。――夢でなかったとしても十分説明できないのだが。

 そうして自らの身体の状態を確認し終えたクライストは、そこでやっと焚き火から少し離れた所に一枚の紙が置かれているのに気がついた。

 焚き火から飛んでくる火の粉を警戒しつつ、しかし焚き火の明かりで十分見える、そんな絶妙な位置に置かれていたその紙を、何かの罠かと警戒しつつ近寄ったクライストは、そこに書かれていた内容に思わず紙をひったくっていた。

 そこには、


 何も夢ではない。

 囚われた仲間を助けたければ、クラフランジェの町へ向かえ。

 クランチャットは相手に気づかれる。使ってはいけない。


 そんなメッセージと共に、現在位置とクラフランジェの場所が載った地図がその紙には書かれていたのだった。

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