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ジ・アナザー  作者: sularis
第十三章 メトロポリス大陸
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第十三章 第六話 ~廃村で待ち構えるモノ~

 クライスト達を誘拐した連中からの指示があったその日の夕方、指定された村まであと1kmほどという所で、グランス達は馬車を止めていた。このまま村に突っ込むのはまずいだろうという判断からである。

 勿論、馬車を止めているのが相手に見つかっても面白くないことになりそうだったので、森が途切れるギリギリの所に馬車を隠していた。

 既に日も大きく傾き、木々の影が地面に大きく伸びているのも馬車を見えにくくするのに一役買っていた。

「あれが指定された場所かのう?」

「そうみたいです。……どうですか?」

「ここからじゃ人影は見えぬが……」

 馬車から降りたディアナは地図を持ったミネアとそう話しながら、一層目を凝らした。が、身体強化で底上げした視力を持ってしても怪しい人影の類は一切見つけられなかった。

「……グランス、どうするつもりじゃ?」

「乗り込まないという選択肢はないだろう。後は作戦通りだが……いつまで誤魔化せるかだな」

 グランスはそう重々しく答えたのだった。



 一方、グランスたちが観察していた村の中には、既にクライスト達を攫った略奪団が勢揃いして、グランスたちが来るのを待ち構えていた。とは言え、未だにグランスたちはやってきていなかった。

 そのせいで、一部の見張りを除けば、ほとんどのメンバーが暇を持てあまし、暖をとるために焚いている火の周りに集まってだらだらと過ごしていた。

 そんなメンバーを眺めながら、ユーゲルトは幾ばくかの不安を覚えていた。

 勿論、獲物が来ない可能性というのも考慮はしていた。だが、今までにも何度かこういうことをしてきたが、日本人のどこか呑気な性格がまだまだ残っているのだろう。大抵の場合は攫われた仲間を助けにのこのこやってくる。だから、その点はほとんど心配していなかった。

 問題は、獲物の実力が分からない事の方だった。

「人質使ってやればいいんだよ。白いやつだって抵抗できなかったろうが」

 ロバーシュはそんな風に気にした様子もなかったが、ロバーシュたちが馬車を奪おうとして失敗したのは気になる。女しかいない馬車にも関わらず奪取に失敗したというのだ。女だけでそれだけの力があるのなら、男たちはどれだけの力を持っているというのか。

(こんな時期に旅をしているなど、キングダムから来た冒険者連中だろうしな……)

 おおよその当たりを付けている獲物の正体も、不安を煽ることしかしてくれなかった。

 一般的に、メトロポリス大陸の住人よりもキングダム大陸の住人の方が戦闘能力が高い。町に籠もっているような者たちなら大して差がないかも知れないが、少なくとも冒険者を名乗るキングダム大陸の者たちの実力は、頭1つ分も2つ分もメトロポリス大陸に住む者たちより高かった。

(人質が有効に働くことを期待するしかないか)

 そう考えるも、その点でも1つだけ懸念事項があった。

(白い方の男を捨ててきたのはまずかったかも知れない、か?)

 ロバーシュが四肢の腱を切って放り出してきた男の事を考える。もしその事が獲物に知られたら――何をしてくるか予想できない。最悪、人質のことなど無視して戦闘を仕掛けてくるかも知れなかった。

 そうなった時には、負けないまでもかなりの被害がこちらにも出るのは確実だった。

 そこまで考えたところで、ユーゲルトは軽く首を振った。これ以上考えていると、悪いことばかり考えてしまいそうだった。

 悪い癖とは自覚しているが、癖というモノは簡単に治らないから癖なのだ。

 せめて残った人質だけでも五体満足のままなら後は話の進め方次第かと、ユーゲルトはマージンが転がされているはずの建物の方へ視線をやった。

 そのユーゲルトの視線の先にあった建物の中には、確かにマージンがソファの上に転がされていた。

 尤も、この村から住人がいなくなってから月単位どころか1年以上が経っているのだろう。埃はさほど積もっていなかったが、部屋の隅に目を遣れば、蜘蛛の巣やらカビやら虫の死体やらがあった。それでいて、ソファだのテーブルだのといった大型の家具はそのまま残っていたりするのだった。

 そんな部屋にはマージンの他に、マージンを見張る二人の男がいた。

「なあ、なんかこいつ……顔色が良くなってきてないか?」

「やっぱ、お前もそう思うか? なんなんだ、こいつ……」

 先ほど部屋が暗くなってきたからと、蝋燭の明かりを点けた二人の見張りはマージンの様子を改めてマジマジと見た後、そう言い合った。一方のマージンはと言うと、目の前で不気味なものを見たと言わんばかりの二人の様子に苦笑するしかなかった。

 実際、マージン自身が口に出すことはなかったが、捕まった時に比べると随分体調は良い。

(馬車やのうて馬の背中で揺らされとっただけやったしなぁ)

 などと、呑気に考えている辺り、荷物のように馬の背中に括り付けられていたにも関わらず、マージンにとっては馬車より乗り心地が良かったらしい。

 尤も、あまり元気な様子を見せても何をされるか分からないので、乗り物酔いのうめき声を上げなくなった他は、大人しくひっくり返されたままにしていた。だが、それでも顔つきなんかで何となく分かってしまうものらしい。

「どうする? すこし痛めつけておくか?」

「そうだな……暴れられても困るし……」

 そんなマージンにとっては全くありがたくないことを見張りの男たちが言い出した時だった。

「待て。それは止めろ」

 そう言いながら、鈍い銀色の髪の男――グランジが部屋に入ってきた。

「グランジさん!」

「止めろってのは一体?」

 そんな見張りたちの言葉をスルーし、グランジはマージンが転がされているソファの隣にまでやって来た。そして、マージンの様子を一瞥すると、

「まだ思っていたより無事だったみたいだな」

「おかげさまでな」

 マージンがそう皮肉を言ったが、グランジはそれもあっさり無視すると、見張りの男たちの方へと向き直った。

「こいつの仲間が来た時にこいつの状態が悪いと、人質の役を果たさないかも知れない。これ以上痛めつけないようにしろ」

「それだと、暴れ出すかも知れませんが……」

 見張りの片割れがそう意見すると、グランジは再びマージンを一瞥し、

「問題ない。下手なことをすればもう一人がどうなるか教えてやれば良い。それでも不安なら、手足を縛る縄を増やしておけ」

 そう言い残すと、グランジはさっさと部屋を出て行った。

 その背中を見送った見張りの男たちは安堵の息を吐くと、マージンへと声をかけた。

「と言う訳だ。もう少ししっかり縛るからな」

「暴れへんから止めてとか言うたら、止めてくれるんか?」

「止めないな」

 マージンの言葉に先ほどグランジに意見を出した見張りの男はそう答えると、アイテムボックスから新しい縄を取り出した。そして、既に後ろ手にマージンの両手を縛り上げている縄の上から、その縄で更にしっかりと縛り上げていく。

「……痛いんやけど?」

 時折マージンがそう訴えるも、見張りたちはそんな訴えなど完全に無視し、妙な緊張感を持ってマージンの両手両足を更にしっかりと縛り上げた。

 その結果を自らの手足で確認しながら、マージンはふと気になったことを訊いてみた。

「クライストもこんな感じに縛り上げられとるんか?」

 しかし男たちはすぐには答えなかった。

 互いに相手の顔を見て、マージンには分からないような何かを確認した上で、

「……多分な」

 そう答えたのだった。



 その頃、

「どうだ? なんか来たか?」

 村の中央、略奪団が陣取っている広場から少し離れた所に設けられた物見用の櫓を見上げ、ロバーシュはそこにいるはずの男に声をかけていた。

「馬車っぽいものはまだです」

 そんな返事を聞き、ロバーシュは不満げに唸った。

「ちっ、馬車ならとっくに着いてるはずだろうが。どこでちんたらやってやがる」

 間もなく辺りは薄暗くなり始める時間帯だった。自分たちが襲撃した場所からまっすぐここに向かえば、早ければ昼過ぎには獲物が来るはずだったのだ。

 それが蓋を開けてみればどうだろう。こんな時間になってもまだやってこない。

 馬車の連中が人質を見捨てた可能性は、経験から言ってほとんどなかった。ならば、

「まさか、迷子になったんですかね?」

 隣にいたステンの呟きが正解である可能性も――

「んなわけないだろうが」

 ロバーシュは軽く首を振ってステンの考えを否定した。

 曲がりなりにもこんな地域を彷徨く連中なのだ。地図だのなんだのはしっかり準備しているはずで、廃村と言えどもこの場所が分からないなどと言うことは考えにくかった。

(ってことは……余計な作戦でも立ててやがるのか?)

 むしろ、そうとしか考えられなかった。

(……場合によっちゃ、その辺から村の様子を窺ってる可能性もあるな)

 事実その通りなのだが、ロバーシュはそれでも問題ないと判断した。

 この廃村の周囲にはしっかりとした外壁が設けられていて、例え夜でも、こちらに気づかれずに村に入り込むことなど出来るはずもない。故に、こちらは人質で相手を牽制しつつ、荷物と女を積んだ馬車だけを村の中に入れるように命じれば良いのだ。

 どう考えても楽な仕事だった。

 それだけに、楽しみが先に引き延ばされるのが、ロバーシュには何とも不満だった。

「ったく。とっとと来いよな」

 そう愚痴をたれつつ、櫓の上から出なければ見えない、村の外へと目を遣ったのだった。



「そろそろいいか」

 日もすっかり落ち、辺りが十分に暗くなったことを確認したグランスがそう言った。

 それに答えたのはディアナである。

「そうじゃな。……これ以上遅くなっては、二人にどのような危害が加えられるか分かったものではないからのう」

 その言葉に、すっかり戦う準備を整えた仲間たちが一斉に頷いた。

 ちなみに、先ほど食事も軽く済ませている。

「予定通り、ミネアとアカリはここで待機。俺とディアナが馬車の外に陣取る。リリーは馬車の中で、いつでも攻撃に移れるようにしていてくれ」

 予め決めた配置をグランスが告げた。その顔には、ミネアとエイジを置いていくことへの不安が見て取れた。

 この辺りのエネミーはミネア一人でもどうとでも料理できる程度のものしかいなかった。だからこそ、下手に村に連れて行くよりエイジともどもここで待っていてもらった方が安全だと、判断したのである。

 それでも、不安なものは不安なのだ。

 そんなグランスの様子を見たミネアとアカリが、

「わたしは……大丈夫ですから」

「私も二人を守るために頑張ります!」

 笑顔でそう言った。

「……そうだな。レック次第だが、出来る限り早く帰ってくるからな」

「グランスは心配性じゃのう」

「そうだよ。この辺の敵なんて雑魚ばっかりなんだし、大丈夫だよ!それより早く行こう!」

 ディアナにからかわれ、焦りを見せるリリーに馬車の中からせっつかれ、グランスは頷いた。

「よし、それじゃ行くぞ。最悪、戦闘になるかも知れない。十分に注意しておけ」

 御者台に乗り込んだグランスはそう言うと、馬に鞭を当て、馬車が動き出した。



「みんな、動き出すのがちょっと早いよ!」

 夜の暗闇の中、グランスたちが乗った馬車が動き出したことを強化された視力で見て取ったレックは思わずそうぼやいた。

 だが、グランスたちを止める術はない。

 いつもならクランチャットで連絡を取るのだが、今それを使うと、クライスト達の個人端末から誘拐犯たちにレック達の動きがばれてしまう恐れがあった。

 ちなみに、グランスたちはまだ確信していないようだが、レックが眼下に眺める村は、明らかにおかしかった。言ってしまえば、人はいるのだがまっとうな人間が集まった村には見えない。

 まだ明るい時間帯からこうして村の上空をリーフに乗って飛んでいたのだが、村の規模に対して人が少なすぎる。その上、男しかいない。おまけに建物などがかなりぼろいのだ。

 どう見ても、誘拐犯たちがレック達を誘い込むためだけに陣取っているようにしか見えなかった。

 だからこそ、クライストとマージンがいる場所を突き止めるため、こうして飛び続けていたのだが、まだ二人がいそうな場所は見つけることが出来ていなかった。――そもそも、建物の中の様子が分からない上空から探そうというのも結構無理があるのだが。

 そんな事情を頭を軽く振って追い払ったレックは、リーフに聞こえるように指示を出した。、

「仕方ない……リーフ、もうちょっと高度下げて。早く怪しい建物見つけないと!」

 それにリーフは小さい声で短く答えると、夜の寒風が吹きすさぶ中――尤も、背に乗るレックに寒風が当たらないようにレックの周りだけ魔術で風を防いでいたのだが――その高度をじりじりと下げ始めた。



 グランスたちが馬車を進め始めて数分後。

 村まであと200mほどになった辺りで、櫓にいた見張りはグランスたちに気づいた。

「おーい! 来たぞー!!」

 その合図は櫓の下にいた者たちによって、すぐに略奪団の全員に伝えられた。

「やっと来たか」

 ユーゲルトが待ちくたびれたと言わんばかりに伸びをした。他の団員たちも似たようなものである。結構な時間、暇を持てあましていたのだが、流石に酔っ払っている団員などいなかった。

「予想通り、東から来ているようです」

 グランジの報告にユーゲルトは頷きかけ、ふとある考えが脳裏を過ぎった。

「まっすぐ来たにしては、時間がかかり過ぎてるな……。何人か、外壁の見回りに割け。裏側から侵入しようとしているかも知れないからな」

「はい。早速そのように伝えます」

 そう言って見回りを命じる団員を集めに動き出したグランジの背中を見送ったユーゲルトも、その命令を受け取ったグランジも、流石に上空に気を払うことはなかった。

 尤も、最後まで空という考えが浮かぶことはなかったのだから、この時の判断を後悔することすらなかったのだが。

 ちなみに、ロバーシュやステンはと言うと。

「やっと来たみたいだな」

 待ちに待ったその時の到来である。

 食料もだが、それ以上に女の柔肌を、悲鳴を楽しみにしていたロバーシュはもう待ちきれそうになかった。

「すぐに行きましょう」

 ステンの言葉に、一も二もなく頷き、東門へと走り出した。

 一方、この時が来ても自由に動けない者たちもいた。

 マージンの見張りの当番になっていた者たちである。

「獲物、来たみたいだな」

「くそっ。こんな時にこっちに回されてるとか、何の嫌がらせだ」

「しょうがないだろ。文句なら来るのが遅れた連中に言ってやれ」

 待ちに待った獲物の方へと行きたいのを我慢して、それでも愚痴だけは抑えきれない二人だった。


 何しろ、マージンを見張るのは相当に暇だったのだ。

 普通、攫ってきた獲物は男なら殴る蹴るでストレス発散の的にするし、女なら獣欲のはけ口にしてやはり存分に楽しめる。

 それが出来ない人質の類でも、暴れたり、罵詈雑言をまき散らしたりするのをからかうのはそれなりに暇つぶしになる。勿論、女の人質ならこっそり楽しむこともできる。

 だが、マージンは兎に角大人しかった。かと言って、諦めて絶望した様子もない。勿論、からかってもむしろ見張りの方がからかい返される有様だった。

 仲間から何か連絡を受けているのかも知れないと、何度かマージンに個人端末を開かせ、クランチャットを確認してみたがそれもない。

 そんな状況で、絶望どころか焦りすら見せないマージンに、何でそんなに余裕なのかと問い質してみれば、

「必ず助けに来てくれるんや。心配なんてする訳あらへんやん」

 と返ってくる。

 その根拠が全く不明な自信に、見張りの男たちがマージンを見る目が残念なヒトを見るそれに変わってしまったのも仕方ないことだろう。


「まあ、もう暫くしたら、獲物に見せるためにこいつを連れて行くことになるんだ。それまでの辛抱だな」

「はあ。そうだな。どうせ本番はそれからだし、それまで待つか」

 そう話しながら、見張りの男たちはマージンが転がされているソファの正面に置かれたソファに、座り直した。

 一方、東門の方はと言うと集まってきた略奪団メンバーのおかげで、往年の賑わいと一時だけとは言え取り戻していた。

 そんな中、一人の男が馬車に向かって大声を上げた。

「止まれ! 止まれーー!!」

 その声が聞こえたのか、閉じた東門へと進んできていた馬車がゆっくりと止まった。



「思っていた以上に数がいるな……」

 グランスは御者台の上で小声で呟いた。

 村の外壁の上には誘拐犯の仲間たちと思われる男たちが、何十人も立っていた。夜とは言え、いや、夜だからこそ、彼らが掲げている松明やらランプやらでその多さがはっきりと分かった。

 グランスはそのあまりの多さに、正直、こうやって来たことを後悔しかけていた。

 だが、

「ふむ。ならば、ここで引き返すかの?」

「……いや。何もせずに仲間を見捨てたくはない」

 ディアナに問われ、グランスは即座に後悔を投げ捨てた。

 確かに今引き返せば、自分たちは確実に怪我すらせずに済むだろう。だが、そうすれば間違いなく、この先一生仲間を見捨てた後悔に苛まれながら生きていくことになる。

 勿論、ミネアとエイジの元に帰らなくてはならないし、ディアナやリリーもここにはいる。だから、何が何でもクライスト達を助けるという訳にはいかないのだが、それでも弱腰になることだけは止めようとグランスは心の中で決めた。

「さて。問題は、あいつらがクライスト達を攫った連中で間違いないかってことだが……」

「確認するしかあるまいのう」

 後ろの馬車の中で、ほとんど殺意とも呼べる気配が膨れ上がりかけていることを感じつつ、ディアナはグランスに答えた。

「そうだな……急いだ方が良さそうだ」

 グランスも同じ気配を感じ取ったのだろう。その時だった。

「止まれ! 止まれーー!!」

 外壁の上、門のすぐ側に立っていた男が大声を張り上げてきた。

 どっちにしろ、馬車を止める気だったグランスは少々距離が離れているなと思いつつ、素直に馬車を止めた。

 それから、次にこちらに投げかける言葉を悩んでいるのか、誘拐犯たちと覚しき者たちから、すぐには指示が飛んでこなかった。

 だから、先にグランスが声を張り上げた。

「昨晩俺たちを襲ったのはお前らか!?」

 それにすぐに返事はなかった。

「間違いじゃったかのう……?」

 不安げな気配が馬車の中からも漏れてくる。

 だが、それはすぐに一掃された。

「そうだ! そちらの仲間の男を二人預かっている!」

 その瞬間、馬車の中から漏れてきていた不安の気配は、一気に敵意と殺意に切り替わった。

「リリー、まだじゃ。二人の姿を確認するまで待つのじゃ」

「でも、でも……マージンが!」

「相手が思っておったより多いのじゃ。下手に動けば、助けられぬかも知れぬ。レックを信じて待つのじゃ」

 ディアナの言葉に、リリーの放っていた殺気が急激に萎んでいった。それにリリーの暴発が抑えられたと、グランスが息を吐く。

 だが、問題はここからだった。

 見たところ、外壁の上にはクライストもマージンも連れてこられていなかった。と言うことは、まだ二人ともどこかに監禁されたままのはずだった。



 それは昼頃のことだった。

 森の中で小休憩のために止めた馬車の中。

「まともに正面からいっても、全員が無事に帰ってこられる可能性は極めて低い」

 そう言ったのはグランスだった。それにアカリも賛同する。

「彼らのやり口はまともじゃないです。信用したら、絶対に後悔します」

「何も考えずに行っても、クライスト達を無事に返して貰える可能性は低いということかの?」

 ディアナの言葉に、リリーの肩がびくりと震えた。

 それを宥めつつ、ミネアが口を開く。

「つまり……相手の裏をかく……必要があるんですね?」

「そうだな。理想としては、こっそり潜入して二人を助け出してそのまま脱出するのが望ましいんだが……」

 グランスの言葉に、レックは問題点を指摘した。

「リーフに頼めばどんな村でも町でも入るのは簡単だけど、昼間だとすぐ見つかるよ」

「かと言って、距離的に到着があまり遅れるのは好ましくないのう」

 そんなことになれば、人質にされている二人に余計な危害が加えられかねないとディアナが指摘した。

「だが、レックが見つかるのはもっとまずい。多少の怪我なら、魔術で治せることも考えると……二人には悪いが、少し我慢してもらうことも選択肢に入れておいた方が良いだろう」

「そんな! そんなのイヤ!!」

 グランスの言葉にリリーが半泣きで叫んだ。

「リリー。一番大事なのは二人を無事に取り戻すことじゃ。それを忘れてはならぬ」

「それでも、それでもイヤなの……」

 そう言って泣き出してしまったリリーを慰めつつ、ミネアがグランスとディアナを睨み付けた。

 それにグランスは小さくなってしまったが、ディアナは平然とミネアの視線を受け止めた。

「ここで間違えれば、二人を助けることはできぬ。……私とて、二人に要らぬ怪我などしてほしゅうはないのじゃ」

 その言葉が理解できるだけに、リリーはディアナもグランスも責めることが出来なかった。それでも、マージンが危険に晒される可能性を考えるだけで、リリーにはきつかったらしい。

「……少し、リリーを連れて離れて……いますね」

 ミネアはそう言うと、泣き止む様子のないリリーを連れ、馬車を降りていった。

 そのせいか、かなり気まずい雰囲気が馬車の中に流れる。

「アカリ、悪いが二人だけだと心配だ。あっちについてやってくれんか?」

「そうですね。わたしがここにいても出来ることは少なそうですし……そうします」

 グランスに頼まれたアカリが、ミネアたちを追いかけて馬車を降りたのを見届け、誰かが息をほうっと吐いた。

「さて、話の続きだ。理想を軸にして作戦を立てるなら、結局レックには村に潜り込んでもらうことになる。その際の問題は、二人を見つけて助け出す前にレックが見つかってしまうことだ」

「大して広い村じゃないだろうから……どこかに注意を引きつける必要があるね」

「リーフに暴れてもらうのはどうじゃ?」

 ディアナの台詞にレックが反対しようと口を開きかけると、

「博打だな。下手をすれば、二人の所に誘拐犯たちが集まりすぎかねん」

 先にグランスがディアナの案を却下した。

 確かに、そんなことになってしまえば助け出すどころではなくなってしまう。

「つまり、注意を引きつけるなら、俺たち自身が囮になるのが一番確実だ」

「じゃが、それはそれで、私たちに見せつけるために連れ出された二人の周りに誘拐犯どもが集まったりせぬかのう?」

「いる場所がはっきり分かれば、奇襲も出来る。レックとリリーで一人ずつ助ければ、何とかなる可能性も低くはない」

「……そうだね。一人だけ助ければ良いなら、奇襲さえ出来れば囲まれていても何とかなる……と思うよ」

 実際にそんな状況で誘拐犯たちに突撃する場面を想像したレックは、言葉を詰まらせながらも、自信を持ってそう答えた。

「リリーの方は、正面からでも十分奇襲になるはずだ。暗い方がやはり確実だろうがな」

 どうやら何とかなりそうだとグランスとレックが息を吐きかけた時、ディアナが別の可能性を言い出した。

「では、二人を連れてこなかった時はどうするのじゃ? あるいは一人ずつ連れてこられたらどうなるのじゃ?」

 その想定はなかったと、グランスとレックは思わず考え込んだ。

「……二人一緒に閉じ込められてるなら、奇襲さえ出来れば何とかなると思う」

 暫くしてそう答えたレックに、すぐにディアナが別の可能性をぶつける。

「ならば、ばらばらだとどうじゃ?」

「それはそれで、一人助けても他の連中に連絡さえ取られなければいいんじゃないか?」

「そうだね。その時は最初の一人はリーフに連れ出してもらって、もう一人は僕が連れ出せばいいね」

「では、一人だけ私たちの前に連れ出された時はどうするのじゃ?」

「一人は僕が助けるとして……もう一人が問題、だね」

 そうして暫く考え込んだ3人が出した作戦は、グランスたちの前に連れ出された一人はリリーが助け、もう一人をレックが助けるという内容だった。タイミングは、レックが一人を助けた直後にリーフに大きく鳴いてもらえば、相手にその意味を気づかれることもないはずだった。



 そうして昼間に決まった作戦に従い、レックは廃村の中に降り立っていた。

 思っていたよりかなり誘拐犯たちの人数が多かったが、それでも予定通り、グランスたちの方へとかなりの人数が集まっていることは確認していた。

(後は二人の場所を探すだけだけど……)

 村の中に降りる前にリーフの背中から見たところ、外壁の辺りにクライストとマージンが連れてこられている様子はなかった。つまり、二人の居場所を探し出すところから始めないといけない。

 が、幸いなことに、リーフから降りる直前、一箇所だけ怪しい場所を見つけることが出来ていた。一軒だけ、明かりの灯っている建物があったのである。

(外には二人はいなかったから……あそこが怪しいね)

 そう判断していたレックは、周囲に気を払いつつ、まっすぐにその建物へと向かった。

 だが、

(……マージンだけ? クライストは別の所?)

 窓から部屋の中を覗き込んだレックは、面倒な状況であることを確信した。

 蝋燭の光が照らしだしている室内には、両手両足を縛り上げられたマージンと、マージンを見張っているだろう二人の男。その三人しかいなかったのだ。

(今すぐマージンを助け出すか、クライストを見つけてからにするか……)

 マージンを助け出したとしても、外壁に集まっている連中がマージンを連れに来ていないことを見つけてしまったら――どう考えてもクライストが危なくなる。

 勿論、そうなる前にクライストを見つけ出せば良いだけの話なのだが、それが言うこと簡単な事だとは、レックには到底思えなかった。

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