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ジ・アナザー  作者: sularis
第二章 雨の森と治癒魔法の祭壇
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第二章 第二話 ~雨の森~

 朝から夕方まで雨の森攻略、の二日目。その昼前。

 蒼い月のメンバーは黙々と森の中を進んでいた。

 数メートルおきに白地図に現在地と周囲の地形を書き込み、近くの木に目印をつける。地図は後でギルドに売るし、木につける目印は迷子にならないため、でもあったのだが、おかげでなかなか前に進まない。

 おまけに、うっそうと茂った木々と雨雲のせいで太陽が見えないのである。方位時針があるからまっすぐ進むことは出来ているが、万が一、木につけてきた目印を見失おうものなら、いつ迷子になってもおかしくなかった。


「うー、ジメジメするよ~……」

 湿気を吸って重くまとわりつく服に辟易しているのはリリーだけではなかった。

「我慢するのじゃ」

 そう言うディアナも服がまとわりつくのには参っていた。


 一番簡単な解決策は、出来る限り薄着になることなのだが、ヤブ蚊や毒虫の類がほとんどいないとは言え、むき出しの肌は転んだりしたときに擦り剥いてしまい易いので、そうそう薄着にはなれない。

 何より……

「いや、わいは目の保養が出来て嬉しいけどな」

 とほざいて女性陣に殺されかけたメンバーがいることでわかるように、異性の目を気にする必要もあった。


「なかなか慣れないな」

 一見平然としたグランスに、

「涼しいだけマシじゃねえか?暑かったら最悪だぜ」

 開き直って袖を外してしまったクライストが答える。


 クライストが答えたように、雨の森は降り続ける雨のせいで湿度は高いが、気温は低い。ただ……


「てゆうか、暑さ寒さに湿度まで再現されるようになってるとは思わなかった……VRMMOでここまでやる?」


 というレックの言葉通り、普通はいくらVRMMOでも暑さ寒さは再現されない。再現されている場合でも、快適と呼べる範囲に収まることが普通だ。

 ちなみに、ジ・アナザーでも暑い寒い湿気てるは再現されていないはずだったのだが、『魔王降臨』以降はばっちり再現されていた。そのおかげで、大陸北方は寒すぎてプレイヤーが撤退し、大陸南方では自棄になったプレイヤー達が海水浴を満喫していた。


「そのうち、汗をかいたからお風呂に入りたい……なんて事もあるんじゃねーだろうな?」

「汗かかなくても、じゅーぶんお風呂入りたい……」

 リリーのその言葉に、クライストとマージンが視線を交わし、

「おぬしら、今、何を考えたのかのう?」

「「い、いやなんにも!」」

 ディアナに問いただされていた。その横では、

「今、どのくらい来た?」

「7キロくらいかな?」

 グランスの問いかけに、地図係になっていたリリーが答えていた。

「やはり、印をつけながらだと、さっぱり進まないな」

「だね~」


 雨の森の探索済み領域では、レック達がやってきたように、一定の距離ごとに印がつけられている。最初の5キロくらいはその印を辿って奥まで来たので割と早かったのだが、そこからが遅かった。僅か2キロ進むのに2時間以上もかかっていた。

 もっとも、これには途中で何回も雨の森に棲むエネミーと戦っていたからという理由もあるのだが。


「ちょっと地図、見せてくれないか?」

 リリーから地図を受けとったグランスの周りに、仲間達が集まった。

「どうかしたのか?」

「いや、単に進路を確認したいだけだ」

 クライストに訊かれ、意味はないと答えるグランスはリリーに地図を返し、

「それより、そろそろ一度休憩して飯でも食うか」

「そうじゃな。幸いすぐに何か襲ってくることは無さそうじゃしな」

 周囲を見回しながらミネアが答えた。

「よし、ではディアナ、リリー、マージンが先に食事をとってくれ。残り3名は俺と一緒に警戒に立つ」

 グランスのその言葉で、指名された3人はアイテムボックスからおにぎりを取り出した。

「いやぁ。サンドイッチもええけど、おにぎりも捨てがたいわ。日本人万歳やな」

「いや、おぬし、日本人じゃなかろうに……」

 おにぎりに嬉々としてかぶりついたマージンに、呆れながらディアナが突っ込む。

「でも、アメリカ人とは思えないけどね」

 警戒役ということでまだ食事は摂れないものの、レックが会話に混じってきた。

「確かにね~。マージンがアメリカ人って事意識したことって全然ないね」

 リリーが言うまでもなく、蒼い月のメンバーは普段、マージンがアメリカ人であることを基本的に意識していない。『魔王降臨』直後は通訳だの日本語教室だので意識していたが。

「ってか、何で日本人プレイしてるんだ」

「そりゃ、わい、日本好きやからな」

 クライストに訊かれ、早くも4つめのおにぎりを囓り始めていたマージンが答えた。

「で、覚えたのが関西弁と。そこもよく分からんわ……」

「ま、その辺はしゃーないな。わいも最初はこれが標準的な日本語や思てたしな」

「あー、だまされた口か」

 納得したようにクライストは頷いた。

「さ、次はわいが警戒に立つわ」

 と、早くもおにぎり7つを平らげ、マージンは立ち上がった。それを見たグランスが、

「じゃあ、レック、ミネア。先に食べてくれ」

 と指示を出し、

「俺たち最後かよ、つかマージン食うの早えよ」

 と言いつつ、クライストは警戒を続けた。

「しっかし、ヘビとカエルと蜘蛛とトカゲばっかやな、ここ」

 背中に背負っていたツーハンドソードを軽く振りながらのマージンの台詞に、

「一応、リザードマンも時々いるらしいけど」

 とレックが答えた。

「どっちにしても、グロいのばっかだよね~。あんまし出てこないで欲しいよ~」

 リリーの言葉にミネアが熱心に頷いていた。

「巨大なヒルに襲われた連中もいるらしいな」

「うえ、マジ!?」

「知りたくない情報じゃったな……」

「想像してしまいました……」

 ボソッと言ったグランスは、女性陣から思いっきり睨まれた。グランスはその視線に気がつかなかった振りをしたようだが、微妙に顔が引きつりかけているのがレックには見えた。

 その援護というわけではないが、

「そう言えばさ、何でここのエネミーって名前がついてないの?」

「ん?そう言えばそうやな。なんでやろ?」

 レックの疑問に、マージンも首をかしげる。

「私達が知らないだけではないのかのう?」

「確かにそれはありそうだけど」

 首をかしげていた仲間達は、グランスなら知ってそうと視線をやったが、

「いや、俺も知らんな」

 とのこと。

 ただ、答えを知っている人物が一人いた。

「ほんとに名前がついてないそうですよ」

 一斉に仲間達の注目を集め、一瞬ビクッとなったミネアだったが、言葉を続ける。まあ、仲間内じゃなければ逃げていたかも知れないが。

「噂で聞いただけなんですけど……

 広くしたついでに、エネミーの種類も大量に用意したまでは良かったらしいです。ただ、イデア社では名前を用意しきれなかったみたいで、名前を先に決めてデザインしたエネミー以外は、ほとんど名前がないらしいです」

「なにそれ」

 リリーの言葉が仲間全員の呆れっぷりをよく表していた。

「微妙にお粗末というか、なんというか……」

 クライストもやれやれと首を振る。

「でも、道理でエントータでもここのエネミーの名前がいまいち統一されてなかったわけだね」

「やな」

 レックの言葉にマージンが頷いた。

 そうこう話しながら、やがて全員がおにぎりを食べ終わった。

「じゃ、出発するか」

 そして、グランスの言葉でレック達は探索を再開した。




 朝から夕方まで雨の森攻略、の六日目。昼過ぎ。

 雨の森は奥行き20キロ程度とされる。そして、グランスの推測が正しければ、祭壇は一番奥にはない。その仮定に基づき、蒼い月は森の中央付近を探し続けていた。

 入り口付近の探索が終了したこともあり、既に何組もの冒険者達が森の中央付近まで探索の手を伸ばし、ギルドに集められた情報では、虫に食われた葉っぱのように探索が進みつつあった。


 そして、今。

「あれ、でかすぎない?」

「でかいな」

「大きいですね」

「目の錯覚じゃと嬉しいんじゃがのう……」

 森の中の少し開けたその一帯は、浅いながらもちょっとした池になっており、その中央には島があった。

 その池を覗ける茂みの中から、蒼い月メンバーはその島の上にででんっと居座っている、20メートルほど先のそれを見て、足を止めていた。

「要するに、守護者ってことか?」

 その些か大きな――体長5メートル、体高4メートル弱を些かと言えるなら――カエルの後ろに、石で出来た遺跡が見えることから、クライストが言ったことも間違いではないのかも知れない。

「でも、あんなのいるっていうなら、ギルドの情報にあってもよかったんじゃない?」

「確かにな」

 かなり引き気味のリリーの言葉に、さすがに引き気味のグランスが答える。

 まあ、アマガエルあたりなら良かったかも知れないが、事もあろうにイボガエルでは……仕方ないのかも知れない。

 そのせいか、あの石の遺跡を確認したいが、誰もそのための方法を提案しようとはしなかった。

 一名を除き。

「でも、倒すんやろ?」

 その一人は巨大イボガエルにも特に何も感じてないのか、考えたくもないことをあっさり口にする。

「まあ、そうなるよなー……」

「だよね~……」

「じゃのう……」

 テンションはだだ下がりながらも、何とか答える仲間達。

「あれが祭壇なら、避けては通れないしな。そうでなくても、確認はせざるを得まい」

 微妙にイヤそうに話すグランス。

 仕方ないので早速、作戦会議に移る。幸い、耳は良くないのか、ここでごそごそ話していても、巨大カエルは気づいた様子はない。

 ただ、カエルは動くものに反応する……ということで、数メートルほど後退し、カエルから見えづらい位置で作戦を立て始めた。

「で、どう倒す?」

 このクライストの言葉に、

「「「触らなくて済む方法で」」」

 小声ながらも女性陣がハモる。

「となると、ミネアの弓とクライストの銃、リリーのパチンコくらいしか残らないが……」

「パチンコだと炸裂弾とか爆発系になるけど、あれ、火薬が湿って爆発しないとかありそ~……ってゆーか、パチンコでも狙いたくない!!」

 狙いたくないというリリーの我が儘は兎に角、確かに爆発しないのでは意味がなかった。

「わたしの弓だと、毒を塗ってでしょうか?」

「じゃな。まあ、生き物のはずじゃし、効くとは思うが……」

「あのサイズやと、かなり時間かかりそうやなぁ」

「一番きつい毒をたっぶり塗って、出来る限り射まくるしかないな」

 ミネアの毒矢は採用。

「銃はどうする?毒なんて塗れねえぜ?」

「目を潰すとか?」

「あー、それならいけるかもな」

 こうして、ミネアとクライストの役割は決まったものの、

「しかし、それだけだと決定打にはならないな」

 というグランスの言葉通り、あの巨体相手にどこまで通じるか……というのは大いに疑問であった。

「あのサイズだと、レックの武器もあまり効果はないだろうしな。俺かマージンがやるしかないか」

「わいは構わへんで」

 こうして、役割分担が決まっていく。

「じゃ、僕とリリー、ディアナはクライストとミネアの護衛かな?」

「護衛は三人も要らないと思うが、とりあえずそれで行くか。ちょっと慎重なくらいがちょうどいいはずだ」

 グランスの言葉に全員が頷き、大雑把な役割分担が決まった。

「攻撃順はまずはクライストが目を潰してくれ。片目だけでも潰れれば遠近感もなくなるし、何より死角が増えて攻めやすくなる」

「ああ、任せとけ」

「その後はミネア、毒矢をありったけ頼む。ただ、誤射には注意してくれ」

「分かりました」

「で、俺とマージンは前衛だが、あの巨体と真っ正面からやり合うのは避けたい」

「やな~」

「なので、クライストとミネアは左右に散って、ヤツの注意を逸らし続けてくれ」

「ああ」

「はい」

「他三名は基本的に二人の護衛だが、可能なら敵の注意を引きつけてくれ」

「了解」

「了解じゃ」

「は~い」

 こうして分担が決まり、

「最後に。

 見たところ、ここまでに倒してきたカエルがでかくなっただけのようだが、油断はするな。撤退は考えたくないが、合図を出したら撤退だ。クライスト、ミネア、リリーの3人はその時は援護を頼む。 じゃ、やるぞ」

 グランスのその言葉で、全員が準備を始め、すぐにさっきカエルを覗いていた茂みに戻った。

 銃でカエルの目玉を狙うクライスト。

 その左に同じくミネアが弓を構え、すぐにでも動けるようにしている。20メートルではさすがに当てづらいので、必要なら前進することになるだろう。

 更に二人を挟んで左右にグランスとマージンが突撃の準備をしている。左右からカエルを挟撃するつもりだ。

 その後ろに、レック、ディアナ、リリーが待機していた。

 全員の準備が整ったのを確認すると、グランスはクライストに合図を送った。

 それを確認し、銃の狙いを慎重に定めるクライスト。

 ゆっくりと近づく戦闘開始に、全員の緊張が徐々に増していく。

 そして、

 パアァァァァ…………ン……

 クライストが撃った銃弾は、少しずれかけたものの、巨大カエルの左目を確かに潰した。

 突然のことに声もなく暴れ始めるカエル。

 そこに、立ち上がって距離を詰めたミネアが、次々と矢を射かけた。そのうちの何本かは外れたものの、かなりの数がカエルの背中や脇腹に次々と突き刺さった。

「行くぞ!」

 グランスが合図をするまでもなく、マージンも立ち上がり、ミネアに反応してこちらへ向き直ろうとしていたカエルに水を撥ね飛ばしながら一気に詰め寄った。

 が、

「ちょ!」

 あと7メートルに迫ったところで、巨大な口をガパリと開けて飛びかかってきたカエルから、マージンは慌てて逃げ出した。

「あんなん、一発昇天やん!!」

 まあ、牙や爪はないので、ショック死だろうが。

 しかし、マージンに跳びかかったカエルは当然グランスに背中を向けることになる。

 無論、グランスがその隙を逃すわけもなく、

「っらあああぁぁぁぁぁ!!」

 巨大な戦斧をカエルに振り下ろす。

 後ろ足を狙ったそれは、カエルの背中を大きく傷つけ、どろりと赤い血が流れ出し、池の水を赤く染める。

 距離が縮んだので、ミネアが必死になって次々と撃つ矢はことごとく、背中の痛みに暴れるカエルの頭部に突き刺さっていった。

 その間にもマージンはカエルから距離をとりつつ、潰れた左目の死角へと回り込んでいた。そして、ツーハンドソードでカエルの左前足へと斬りつける。

 レック達護衛組は、カエルが近すぎると判断したのか、ミネアとクライストをカエルから引き離そうとしていた。何しろ巨体なので、少し暴れただけでも数メートルくらい簡単に移動してしまうのだ。あまり近いとあっさり巻き込まれる恐れがあった。

 ミネアにはディアナとリリーが。クライストにはレックがついて、当初の予定通り左右に散開する。

 その間、完全に毒矢が止み、誤射に気をつけなくて良くなったグランスとマージンが交互にカエルに斬りつけていった。

「あぶなっ!?」

 闇雲に暴れるカエルが今度はのしかかるように跳んできて、池の中を転がりながらマージンがかろうじて避ける。

「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 その後ろでは、伸びきった後ろ足にグランスが戦斧を叩き付け、左後ろ足に大きな怪我を負わせていた。切断とまでは行かないものの、骨に達するその傷では最早まともに跳ねることは出来そうにもない。

「一気に攻めるぞ!」

 グランスの声に合わせて、マージンもすぐ横に来ていたカエルの右脇腹を斬り上げながら起き上がる。

「僕も行くよ!」

 既にクライストとミネアは出番がないと見て合流していて、その二人をディアナとリリーに任せて、レックもカエルへの攻撃に参加した。

 ただ、いくら斬っても、内臓が既にはみ出していても、なかなかカエルは動きを止めなかった。

 レックが左脇腹を深く切り裂き、グランスが背中に戦斧を打ち込み、マージンが右の後ろ足も切り落とし、それでもまだ動き続ける。もっとも、さすがにその動きは最早脅威とは呼べず、放っておいても間もなく絶命するのは間違いなかった。

 だが、それでも動いている間は油断できない。

「これで……トドメだ!」

 レックが残る右目を潰し、マージンが下あごを池の底に縫い付け動きを止めたカエルの脳天に、グランスは戦斧を思いっきり振り下ろした。

 鈍い音共に巨大カエルの頭蓋骨が割れ、傷口から大量の血と脳漿が飛び散った。

 グランスとマージンはそれをもろに浴び、真っ赤に染まった。レックは一歩下がっていたのでそれを浴びずには済んだが、下半身はカエルの血で赤く染まった池の水を撥ね飛ばしながら戦っていたので、3人揃ってどろどろになってしまっていた。

「はぁっ……はぁっ……」

「ぜぇっ……ぜぇっ……」

 息も切れ切れにへたり込みかける3人だったが、さすがに血に染まった池の中にへたり込むわけにも行かない。

 池の真ん中にあるカエルがいた遺跡の島に上がり込んで、そこでやっと座ることが出来た。

「大丈夫ですか~?」

 対岸から聞いてくるミネア達に頷いて答える。

 それを見て安心したミネア達は、どうやって池を渡ろうかと相談を始めた。

 ただの水ならまだいいかもしれないが、何しろ今はカエルの血まみれ内臓まみれである。さほど汚れてもいない4人にとって、この池に踏む込むのは思い切りが必要だった……のだが、

「あー、反対側に飛び石が見えたで~。そっちからなら濡れずに渡ってこれるんちゃうか~?」

 というマージンの言葉で、そっちから渡ってくることになった。



 数分後。

 息を整え、血まみれになった装備を大雑把に池で洗ったグランス、レック、マージンと、飛び石を渡ってきたクライスト、ディアナ、リリー、ミネア達は無事に――といっても特に危険もなかったが――合流し、遺跡を調べ始めていた。

 上陸してみると、池の中にある割に島は意外と広く、池全体の大半を占めていた。

「池の中に島があるんじゃなくて、島の周りを川が流れてるみたいだな」

 というクライストの言葉が正しい表現だった。実際、一目では分からないほどゆっくりと水が流れており、戦闘から数分経った今では、カエルの血で赤く染まっていた水は元通り透明に戻っていた。

 島の周辺部の遺跡は大きく崩れ、4人が渡ってきた飛び石も、元々は石橋だったのが崩れ落ちて飛び石のようになっていただけのようだ。一方、中心部にある遺跡はほとんど壊れていなかった。

「なんか、ここにいると落ち着きますね」

 というミネアの言葉通り、エネミーが彷徨く危険な森の中だというのに、いつの間にかレック達はすっかりリラックスしていた。

 そして、思ったより広かったとはいえ、島の周囲は100メートルあるかどうかである。すぐに調べ終わったレック達は、島の中央にある石の台の周りに集まっていた。

 石の台は高さ1メートルで、直径は50センチほどの円筒状……というには、途中で大きくくびれていた。表面にはよく分からない文字や文様がびっしりと彫り込まれ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「きれいな模様ですね……」

「そうじゃのう」

 ミネアとディアナの二人の感想は、大体のメンバーに共通した感想だった。ただ、いつまでも眺めているわけにもいかない。

「一応、こいつが祭壇みたいだな。ギルドの情報にそっくりだ」

 アイテムボックスから取り出した祭壇のスケッチと見比べて、グランスがそう判断する。

「じゃ、当たりを引いたって事だな」

「で、どうやったら魔法を覚えられるのかな?」

 嬉しそうに言うクライストとレック。

「ちょっと待て。それも情報にあったはずだ」

 グランスは再びアイテムボックスを漁って、別の紙を取り出した。すかさず、リリーとクライストが横から覗き込む。

「祭壇に片手を載せ、目を閉じて瞑想する……だそうだ」

 紙に書かれていたのは、具体的なんだか、曖昧なんだかよく分からない内容だった。

「瞑想?」

「具体的には?」

 仲間から訊かれて、グランスも困った。

「瞑想としか書いてないな」

 紙を裏返して確認もしてみたが、瞑想についてはそれ以上は書かれていなかった。

 グランス達がどうしたものかと、悩んでいると、

「まー、とりあえず、手を載せて目ぇ閉じて、頭空っぽにしてみたらええんとちゃう?」

 と、気楽にマージンが言った。

「それもそうじゃな。分からんのであれば、やってみてもよかろうよ」

 ディアナの言葉に、仲間達も「そうだな」とその気になった。が、

「一度に全員でやっても大丈夫なのかな?」

 レックが首を捻ったが、これは、

「大丈夫だと書いてある」

 というグランスの一言ですぐに解決した。

「じゃ、やってみよっか」

 興味津々のリリーの言葉に頷くと、全員で祭壇を囲むように立ち、片手を祭壇の上に静かに載せる。

「では……」

 グランスのその声を合図に、仲間達は目を閉じ……

 待つことしばし。


 変化が現れたのはレックからだった。

 白い光がレックの周りにぼんやりと浮き上がった。それと同時にレックは何か暖かいものに包まれたように感じていた。

(なんだろう、これ……なんだか暖かい……)

 そのレックの周りを白い光はしばらくの間、ゆったりと漂っていた。その光は無数の光る文字と文様の集合体だったが、目を閉じているレックは知る由もない。勿論、仲間達も全員目を閉じていたため、それを見る者は誰もいなかった。

 その光がレックの周りを漂っていたのは時間にして僅か数秒。やがて、すっとレックの身体へと吸い込まれていった。その瞬間、レックは全身を走る強い力を感じ、それと同時に幾つもの、まさしく呪文のような言葉が頭の中に浮かび上がり、思わず目を開けてしまった。

 周りを見ると、他のメンバーはまだ目を閉じており、レックの様子に気づいた者はいなかった。

(今の感覚は……何だったんだろう?)

 仲間達の邪魔をするつもりはなかったので、声には出さない。ただ、何となく今のが魔法じゃないかと、手を突き抜けてそこでも複雑な動きをしていた魔力の感覚に、手を握ったり開いたりしながらレックが考えていると、

(!?)

 レック自身は知らなかったが、レック自身に起きたのと同じ現象がマージンにも発生した。レックと同様、光が浮き上がり、しばらくの間マージンの周囲を漂った後、やがてマージンに吸い込まれていった。その感覚のせいか、マージンも目を開け、そしてまじまじと今の現象を見ていたレックと目があった。

 マージンはすぐにレックから目を離し、首をかしげると、祭壇から少し離れた。そして、ちょいちょいっと指を動かしてレックを呼び寄せる。

「今、何か感じへんかった?」

 祭壇の仲間達の邪魔にならないよう、小声で話しかけてきたマージンにレックも小声で答える。

「マージンも?」

「とゆうことは、レックもやな?」

「うん。今のはなんだったんだろう」

「多分、魔法の使い方、ちゃうかな?」

「使い方?」

 スキルは個人端末のコマンドから使うのではないのか?と、首をかしげるレックに、

「ジ・アナザーのスキルは最終的にはコマンドやない。身体で覚えて使うやろ?それと同じやないか思うんや」

「そうだけど、それだったら別に祭壇で体験させなくてもいいと思うんだけど?」

「あー、それもそうやな……」

 マージンは言葉を切って、少し考えた後、個人端末を取り出した。

「スキルに魔法コマンドがあるかどうか、見てみるわ」

 しかし、

「ん~、あらへんなぁ……」

「ない、ね」

 二人の個人端末には、魔法コマンドは追加されておらず、当然治癒魔法などどこにも見つからなかった。

 そうこうしている間に、光が現れることもないままに残りのメンバーが目を開け始めた。

「これで治癒魔法覚えられたわけ?」

 首をかしげながらのリリーの言葉に、

「どうもそんな気はしねえな……」

 クライストも首をかしげる。

「やり方が違うのかも知れんのう……」

 残念そうに言ったディアナは、周りを見回し、

「して、あの二人は何故あそこにおるのじゃ?」

 少し離れたところにいたレックとマージンを見つけてそう言った。


 仲間達が目を開けて祭壇から手を放したのを見た二人は、声をかけられるまでもなく、すぐに戻ってきた。

「みんなはどうだった?」

 レックが訊くと、

「ダメっぽいのう」

「わたしもです」

「なーんにも起きなかったよね」

「ダメダメだな」

 と、何かを考え込む様子のグランスを除いた全員から、出来なかったと返事が返ってきた。

「そういうレックはどうだったの?」

 リリーに訊かれ、レックはマージンと視線を交わした後、

「何というか、こう、身体の中を何かが動く感じとか、頭の中に呪文っぽい何かが浮かんだんだけど……」

「マジ!?」

「それ、何!?」

「なんで、レックだけ!?」

 何も起きなかった仲間達に詰め寄られ、たじたじになったレックは、

「いや、僕だけじゃなくてマージンも……」

 その言葉にギン!と仲間達から視線で射られ、

「怖っ!みんなの視線が怖っ!!」

 思わずマージンは後ずさった。

 それを思わず追いかけようした仲間達の耳に、パンパンと手を叩く音がした。

「まあ、落ち着け」

 グランスはそう言うと、レックとマージンに交互に視線をやり、

「とりあえず、スキルなら使えるはずだ。やってみてくれるか?」

 その言葉に、レックとマージンは再び顔を見合わせて、困ったような表情を浮かべた。

「どうかしたのか?」

「んーと、端末にはコマンド登録されてないんだよね」

 グランスに訊かれ、自信なさげにレックが答える。グランスが視線をマージンに移すと、マージンも、

「そうやねん。あらへんのや」

 それを聞いて、仲間達は――特にリリーとかクライストとかがガックリと肩を落とした。

「外れか~」

 その様子を見ていたグランスは、「そう言えば」と、

「魔法は端末にコマンド登録されないらしいな」

 その今更ながらの台詞に、仲間達――特にリリーとかクライストとかディアナとかがグランスを思いっきり睨み付けた。しかし、

「何で、そう言う情報を予め言っとかねえんだ」

「忘れていただけだ。すまんな」

 グランスはあっさりを受け流し、再びレックとマージンに視線を戻した。

「ということだから、端末からは使えない。さっきの感覚とやらで何とかしてみてくれないか?」

「まあ、そういうことなら……」

 自信なさげにレックは答えると、さっきの体内を力が流れる感覚と呪文を思い出す。

 あまりに強烈だったそれらは、まだレックの中に確たる存在感を持って残っており、再現するのにそれほどの苦労は必要なかった。

「…………」

 そしてそこで固まった。

「……?」

「どうした?」

 様子がおかしいことに気づいたグランスに訊かれ、

「『治癒』魔法だからかな。対象が必要みたいなんだけど……」

 体内を流していくべき力の行き先……それがないと機能しそうにない。レックにはそんな気がした。

「ああ、そういうことか」

 それでグランスも納得したらしい。そして、被験者(?)を決めようと振り返ると、

「じゃ、私が受けてみようかのう」

「いや、俺が受ける!」

「あたしも!」

 希望者が殺到していた。

 ミネアも口には出さないだけで、興味津々といった様子だった。

 さっきの巨大カエル戦で怪我した仲間はいなかった――というか、あれは即死級だったので怪我できなかった――のだが、その前からの戦闘で全員何かしらの切り傷や擦り傷は負っていた。

 なので、被験者は誰でも良かったのだが、選ぶのが面倒になったグランスは、

「じゃ、俺で試してくれ」

「「「ええぇ~~!?」」」

 恨みがましい4人の視線を黙殺して、蜘蛛の足でやられた右腕の刺し傷をレックに示した。

「じゃあ……行くよ」

 グランスの後ろの仲間達に何か言われないうちにと、レックはグランスの怪我の上に両手をかざした。

 それを見て、不満そうだったディアナ達4人も、今から起きる事への好奇心で静かになった。

 そして、レックは目を閉じると、身体の中で力――魔力の流れを生み出し、自らの意思でそれを制御しながら、ゆっくりと呪文を口にする。

「生命の息吹、神秘なる水、内に秘められし陰陽よ

 汝、我が前に汝があるべき姿を示せ」

 呪文の途中、グランスの怪我の具合が頭の中に浮かんできた。そして、元々はどうなっていたのかも。

 そして、怪我のイメージを無傷の状態のイメージで塗りつぶしながら、呪文の残りを唱え、頭の中のイメージを包み込んだ複雑な構造の魔力の籠を手から送り出す。

「……我が魔導の導きに従いて、正しきあり方を取り戻せ!」

 詠唱の完了を待たずに、グランスの傷の上にかざした手のひらから踊るような白い光が放たれ、傷口に吸い込まれていく。

 そして、光が消えた後、そこには傷は残っていなかった。

「「おぉ~……」」

 感心したように息をつく仲間達。

「ほんとに魔法だね~」

「ああ、久しぶりに見たぜ」

 なにやら興奮を抑えきれない様子だが、ジ・アナザーで(まともな)魔法を使えるプレイヤーはほとんどいないことを考えれば、当然の反応と言えた。

 仲間達の視線はすぐにマージンにも向かい、

「マージンも出来るの?」

 そう訊かれ、マージンはリリーの肘に出来ていた擦り傷を治す羽目になった。

 レックがグランスの傷を治したときと同じように、マージンの手から放たれた光がリリーの傷口を癒す。

「これは、便利じゃのう」

 リリーの傷があった場所を調べながら、感心するディアナ。

「だな。ポーションよりすげえな」

 こっちはグランスの傷があった場所を突きながら、クライスト。


 ジ・アナザーではポーションの類は傷を治す力が弱い。エリクサーに分類される例外を除けば、瞬時に傷を塞ぐことは出来ない。せいぜいが回復速度を早める程度の物だった。

 それだけに、瞬時に怪我を治してしまう治癒魔法に、蒼い月のメンバーは興奮していた。


 しかし、彼らの興奮に水をかけるかのように、

「だが、2つほど確認しておくことがあるぞ」

 とグランスが言った。

「なになに?」

「まずはどの程度の傷まで治せるかだ。それと何回くらい使えるかだな」

 グランスの言うことはもっともだった。

 治癒魔法があれば、今まで以上の無理が利くだろうが、それにも限度がある。それ以上に、こんな便利な物が無制限に使えるとは考えにくかった。

「まあ、安全な場所に帰ってから、確認しておくべきじゃろうな。少なくとも、ここで試すのは避けた方が良さそうじゃのう」

 ふむ、と頷きながらディアナがそう言った。

 すると、レック自身が、

「確かに回数制限はあるかも。多分、魔力だと思うんだけど、身体の中からすーっと抜けていった感じがあったし、その分少しだるいかな」

 そう言いながら、身体を少し動かして確認する。

「多分、何回も使ってたら、動くのが億劫になるかも知れない」

「思ったより回数が少ないのかも知れないな。あまり頼らずに済むようにした方が良さそうだ。まあ、ディアナの言ったように、その辺は宿に戻ってから確認しよう」

 レックの言葉を受けて、グランスはその件をまとめ、次の疑問を持ちだした。

「で、次は何故、二人だけ覚えることが出来たのか、だな」

「あ、それ知りたい~」

「そーいや、何で二人だけなんだ?」

 そう言ったリリーとクライストがレック、マージンを見つめる視線は露骨に「羨ましい羨ましい」と言っていた。

「そう言われてもなぁ?」

「だよね?」

 再び困ったように顔を見合わせるマージンとレック。

「片手を祭壇に載せたやろ?目を閉じたやろ?で、祭壇に載せた手に神経を集中させながら、何も考えんようにしたやろ?それだけやで?」

 マージンが指を折りながら自分のしたことを確認し、

「僕もそれしかしてないな」

 レックが同意する。そんな二人に、

「ほんとにそれだけか?」

 クライストが訊いてくるが、

「うん、それだけ」

 二人はそう答えるしかない。実際、特別なことなど何もしていないのだ。

 一方でグランスはあごに手を当て、

「俺は祭壇に神経を集中させたりはしてなかったな」

「あたしもやってなかったかも……」

 手を載せて目を閉じた後、頭を空っぽにしただけの仲間もいたらしい。

「頭を空っぽにすると言っても、実際には何かしら考えてしまうものじゃしな。祭壇に載せた手に神経を集中させるのはいいかもしれん。……もう一度やってみるかの」

 冷静に分析し、リトライを提案したディアナは再び祭壇に手を置き、目を閉じた。

「あ、あたしも!」

「もう一度やってみっか」

「ですね」

 と、他の仲間達も次々祭壇に手を載せた。

 残されたレックとマージンはそれを静かに見守るのみだった。

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